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第五章

ギャップって!!

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(side ローズ)


 いつもの如く、早朝目覚めたわたしは、身だしなみを整えると、散歩に出かけた。


 昨日は色々な事がありすぎて、寝て起きてから思い返してみると、数週間前のことのように感じてしまうほど。

 すっかり疲れてしまっていたけれど、最後に甘くて美味しいものを頂いたお蔭なのか、ずっと胸の辺りにわだかまっていた謎のは、いつのまにか落ち着いていた。


 朝の清々しい空気の中を歩きながら、昨日のことを思い出す。

 
 まず最初に考えたのは、聖堂で起きた事件のこと。

 何故か、精神的にいっぱいいっぱいになっていて、思考から除外されてしまっていたのだけれど、何気に重大な事件を起こしたダミアンさんの処遇はどうなるのかな?

 昨日の夜まで、聖堂内でも完全に箝口令かんこうれいが敷かれていて、ダミアンさんが何処に居るのかすら、分からない状態なのよね。

 昨日の様子だと、場合によっては今日にでも、王宮を巻き込んで審議が行われるかもしれない。
 そして、そうなったら、間違いなく極刑。
 自業自得とは言え、彼の年齢を考えると、流石に気の毒になる。

 まぁ、そうならないように、スティーブン様が来ていたのだろうけど。


 スティーブン様が、昨日、事務局内を動き回っていたのは、夜お風呂の時に、ヨハンナから何となく聞いた。

 事件当時の状況や配置などの確認をするていで、職務中の男性神官さんや聖騎士さんに、彼方此方で声をかけていたらしいけど、それが若干のナンパも含んでいたそうで、午後の聖堂は異様な緊張に包まれていたんですって。

 ゴリマッチョ体育会系の多い聖騎士さんは、お兄様やラルフさんとも雰囲気が被るから、ターゲットになるのは分からないでも無い。
 でも、神官さんたちは、どちらかと言うと痩身でインテリ風が多い気が?

 スティーブン様……守備範囲が、凄く広いのかな?

 それなら、お兄様を救護室に放置しておいても、案外問題なかった?
 だとしたら、レンさんやラルフさんに、大変なご迷惑かけてしまった。

 この後、お兄様とも相談して、何かお礼を考えなければ。
 私は、今日仕事だけど、きっと帰り際に、声をかけてくれるよね?その時にでも!

 お父様やお母様は、きっと心配しているから、取り急ぎ手紙を書いて……そうそう、ヴェロニカ様とエミリオ様、ジェフ様にも、お礼状を出すべきね。

 頭の中で、仕事の前後にするべき事をまとめていく。


 仕事といえば、今日明日はマデリーン様が外泊でお休みだったかな?
 今日は、リリアさんから昨日のことを聞いて、しっかりと仕事をこなさないとね!
 降臨祭に向けて、お花や紙吹雪などの小道具作りが主な仕事らしいから、頭を使わなくて済む分、気楽よね。
 

 今日のお散歩コースは、女子寮を時計回りに半周回って一度鍛錬場に出てから、ロータリーを一周して戻ってくるという、短めのコース。
 鍛錬場横を歩きながら、わたしは視線を彷徨わせる。

 あれ?
 誰もいない。

 まぁ、かなり早い時間だから?
 ……いやでも、昨日の午後は、休みだったのよね?
 彼は、前日がどんな激務でも、当直の日以外は必ず朝鍛錬をしていて……。

 あ!
 もしかして、お兄様がいるからかな?

 ラルフさんやジャンカルロさんたちが出てくるのは、もう半刻くらい後だし。

 少し残念に思いつつ、そういう日もあるのだろうと、思考を切り替えた。


 のんびりとロータリーに向かいながら、また、昨日のことを考える。


 それにしても、公爵家のサロンは素敵だったなぁ。

 サロン会場となったガーデンに面したホールは、柔らかな白を基調としたシックなデザインで、弦楽器の生演奏が心地よく流れる、とても過ごしやすい空間だった。
 頂いたお茶やお菓子も上品で、本当に美味しかったなぁ。

 迎え入れて下さったヴェロニカ様は、氷の妖精さんの様に涼しげで、綺麗で。
 わたしからすれば雲の上の存在なのに、あんな近くでお話しさせて頂けるなんて……思い返してみると、夢の中の出来事だったのかしら?と思ってしまうほど、得難い経験だった。

 それだもの、出席できるだけでステータスだと言われているのも、頷けるよね。

 実は、事前に事務局へ、半日お休みの申請書を提出しに行ったのだけど、たまたまそこにいたプリシラ様の視線が、結構怖かったのよね。

 『伯爵家出身の聖女候補である私ですら招かれていないのに、生意気よ!』なんて、言葉にはしないけれど、目が雄弁に語っていた気がする。

 ミュラーソン公爵家が、ドウェイン侯爵家と結びつきがあるのも、きっと気に入らなかったよね。
 ジェフ様の参加が、ほぼ確定だもの。

 それでも平静を保って牽制してこなかったのは、プリシラ様の育ちの良さと、常態化しているドレスのカーテンの信頼性なのかな?
 『みんなのジェフ様』だから、抜け駆けすれば、今後社交界で爪弾きにされることは、目に見えているものね。

 昨日は運良くお話しが出来て、しかも送り届けて頂けるなどという、驚きのヒロイン補正にあやかってしまったけれど……ラッキーすぎて、後が少し怖いわ。


 まぁ、ジェフ様に女性が群がってしまうのは、仕方ないよね。
 何と言っても、顔が良いし、声も良い。
 その上、清潔で良い匂いがするから、それだけで、目も耳も鼻も幸せなわけで。
 更に、頭の回転が速いから、話していても凄く楽しいし、気遣い上手。
 何処か軽薄な雰囲気はあるけれど、いやらしさがないから、『みんなのジェフ様』が成立している。

 でも、本当の彼は、もっと違うのではないかしら?と、最近思うのよね。
 普段大人びているから、たまに見せてくれる、裏のない柔らかい微笑みや、隙だらけの少年っぽい笑顔を思い出すと、どうにも落ち着かない気分になる。
 
 そういう、ギャップっていうのかしら?
 逆方向に振り幅のある男性って、やっぱり魅力的だわ。
 誰も知らない彼を見つけた気がして、特別感が凄いのよね。


 ギャップと言えば、昨日はエミリオ様にも驚かされたっけ。

 つい数ヶ月前まで、悪童と言われても仕方がないような、幼い振る舞いをしていたというのに、彼は、あっという間に成長していった。
 勿論、容姿はまだ少年なのだけど、考え方が大人っぽいというか?
 弱者に手を差し伸べることのできる度量の広さは、見習いたいとすら思ってしまう。

 それから、想像以上の逞しさも!
 まだ、わたしよりは幾分背が低いのに、転ばないようにしっかりと支えてくれた。
 あぁ、男の子なんだなぁと、ドキドキしちゃったよね。
 そんな、大人びた部分もありながら、ジェフ様に文句を言った時や、悔しそうに唇を噛んでいる表情なんかは年相応で、可愛らしくて。
 ヒロインは、そういうギャップにドキドキしたんだろうなぁ。
 分かる気がしてきた。


 それから、ラルフさんのギャップも中々よね。
 普段は、人当たりの良い、人畜無害な腹ペコ男子って感じなのに、スイッチが入ると、実は好戦的で皮肉屋。

 ダミアンさんを捕えたときなんかも、凄かった。
 一番近くにいたのもあるんだろうけど、いち早く異変に気付き、秒で制圧した。
 近くにいた他の聖騎士さんたちは、ラルフさんが抑え込んだ後に駆け寄った、くらいに時間差があったもの。
 やんわりした印象と、職務中の鋭い印象のギャップは、萌えを感じる。


 ん?
 すると、お兄様も、ギャップ男子なのかな?
 普段はとにかくマジメで堅物なのに、お酒で酔っ払って寝てしまうところなんて、ちょっとだけ可愛い気もする。
 妹としては若干恥ずかしいけど、そういうところに きゅん とくる女性が、あらわれれば、我が家も安泰だわ。


 ロータリーを、右回りにぐるりと進み、孤児院の前あたりを歩いていると、裏門にある、人が通るための格子扉が、ゆっくり開いた。
 こんな時間に、誰かが帰ってくることは無さそうだし、交代の時間かな?

 そんなことを考えつつ眺めていると、門番の聖騎士さんに小さく会釈しながら、入って来る黒髪が見えた。
 
 え?
 いや、レンさんだけど、今帰ってきたの?
 彼の性格上、夜遊びは考えにくいけど、仕事はお休みだったよね?
 お兄様も、部屋にいるわけだし……。
 
 訝しんでいると、門番の聖騎士さんが、どこか揶揄からかいまじりに声をかけているのが聞こえた。


「おかえり。言伝ては聞いていたが、遅かったから、皆心配していたんだぞ?大丈夫だったか?ガニ股になってないか?」

「ええ。大分飲まされましたが、何とか」

「ほぉー。君、案外いける口か?」

「いぇ。結構酔ってます」

「そのようだな。風呂は酔いが覚めてからにしないと、危ないぞ?」

「ご助言、感謝致します」

「ああ、ゆっくり休みたまえ」


 聖騎士さんは、レンさんの背中をバシバシ叩くと、豪快に笑いながら、外に出て扉を閉めた。

 取り残されたレンさんは、しばらく気怠げに首の後ろあたりを掻いていたけど、やがて、小さく欠伸をした。


 か……可愛いものを見てしまった!


 彼は、その後、当直室の壁面に体をあずけながら、持っていた書類に書き込みを始める。

 そして、こちらにもハッキリ聞こえるくらい、深く息を吐き出した。

 溜め息をついた?
 レンさんが?

 初めて聞いた。
 何か嫌なことでもあったのかな?

 わたしは歩き続けているから、レンさんとの距離は、自然、少しずつ縮まっているわけで。

 近づいてみると、レンさんは、左腕に制服の上着をかけていた。
 よく見たら、ズボンも制服だし、無造作に袖をめくり上げているシャツも、規定のワイシャツ。

 すると、やっぱり仕事だったのね。

 仕事を終えてから、飲みに行った?
 誘われたのかな?
 だから、とりあえず上着だけ脱いで、お付き合いしたということ?
 そういうところは、流石に律儀だわ。

 それにしても……。
 普段キッチリかっちり制服を着ている彼だけに、着崩した雰囲気は……なんと表現するのが適切かな?

 ん~。
 しどけない?
 
 先ほどから、書類に記載する都度、何故かしきりに手の甲で口元を拭っていて、唇が僅かに赤くなっているし、髪も幾分乱れているから、余計そう感じてしまう。

 ところで、気付けば随分近くに来ていたけど、これ、声をかけて良いものかな?
 なんというか、見てはいけないものを見てしまった気がして、若干の後ろめたさがあるんですけど?
 でも、スルーするのもどうかと思うし。

 レンさんが、書類を書き終え、当直室に差し入れたタイミングで、わたしは、思い切って彼に近付き、笑顔で声をかけた。


「おはようございます。お仕事上がりですか?お疲れ様です」

 
 レンさんは視線を上げて、わたしを見ると、一秒間フルに硬直し、横に一歩移動して、わたしから距離をとった。

 ええっ⁈

 あの敏感なレンさんが、ここまでわたしの接近に全く気付かなかったことにも驚きだけど、今は、空けられた距離に、彼の拒絶を見た気がして、ショックが隠せないんですけど……?

 でも、次に彼の口から出た一言で、不安は一気に解消する。
 レンさんは、若干頬を赤らめながら、すぐに頭を下げた。


「おはようございます。すみません。その……匂いますので、あまり近づかないほうが……」

「え?いえ。そんなこと無いですよ?」


 慌てて否定するけど、彼は更に一歩距離をとる。

 えぇぇ?
 確かに、近寄った時、微かにアルコールと煙草の匂いがした気もする。
 それから、遠くにふわりと……香水かな?
 普段、彼は香水をつけていないから、一緒に飲んでいた人のものが、うつったのかもしれないけど。


 でも、それらは不快なほどではなくて、寧ろ大人の男性って感じ?
 実は、ちょっと、色気の様なものまで感じてしまったりして。

 それなのに、彼は、更にもう一歩下がると、再度頭を下げた。
 

「お散歩中、不快なものをお見せしてすみません。直ぐに退散しますので」


 いやいや。
 わたし的には、何処か物憂げなレンさんが見られるなんて、全然有りだし、むしろご褒美ですけど?

 あー。
 でも、いつもキチンとしているレンさんからしてみれば、もしかしたら、物凄い失態と感じているのかもしれない。

 無理に引き留めるのは、流石に失礼だわ。

 
「不快なことは全く無いですけど、少しお疲れの様には見えます。どうぞ、ゆっくり休んで下さいね。兄は、適当にベッドから叩き落として良いですので!」

「いえ。そう言うわけには」


 冗談混じりにそう言うと、普段通りの柔らかい声音が返ってきた。


「オレガノ様に、何かお伝えしますか?」

「では、帰り際でいいので、声をかけてほしいと。今日は一日、事務局で作業していますので」

「わかりました。では、私はこれで失礼します」

「はい!お疲れ様です」


 そんな会話を交わして、わたしたちは別れた。

 レンさんは、特にふらつく様子もなく、聖騎士寮へと戻っていく。

 『酔っている』と言っていたし、多少気怠そうにはしていたけれど、受け答えはしっかりしているし、余裕がある感じで、格好良いなぁ。

 私は、感心してため息をついた。

 普段キチンとしている人の、少し砕けた姿というのも、またギャップがあって素敵なものね。
 何だか得をした気分になりつつ、わたしは散歩を終えた。





 朝礼の時、ミゲルさんから、ダミアンさんの処遇についての説明があった。

 結果は、不問。

 事件の前に、ダミアンさんが広場で清掃中、通りすがりの知人に侮辱されたことが確認されたらしい。
 その結果、極度の怒りから、事件当時は、判断能力を欠いた状態だったと、聖堂は結論付けた。

 つまりは、聖女様が、寛大にも彼をお赦しになったということね。

 聖女様は、本当に慈悲深く、お優しい方だ。
 わたしも、そうなれるよう努力しよう。


 そして、まんまと思い通りの状況に話を持っていっただろう、スティーブン様。

 ナンパをして回っていると見せかけて、その実、しっかり仕事をこなす手腕は、流石、王国一のキレ者と名高い彼らしい。

 命拾いをしたダミアン様は、当面の間、王都の城壁の外にある厩舎で働くそう。

 今度こそ更生出来ますように!と、わたしは思わず、心の中で祈った。







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