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第五章
予測不能?波乱含みの事後処理会議
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公爵家でサロンが始まったのと、時を同じくして……。
聖堂内事務局の一階、神官長室の横に位置する中会議室では、神官長補佐ミゲル、マルコを中心とした神官職五名と、聖女付き聖騎士筆頭エンリケ、聖騎士職現場責任者のライアンが、沈痛な面持ちで席につき、客の来訪を待っていた。
「聖女様の様子は、如何ですか?」
「昼ごろ一度、目を覚まされましたが、しばらくうつらうつらとされ、現在は、まだ、お休みになっておられます。突然のことに強いストレスをお感じになった上、長旅の疲れもありましょうから、今日のところは、お話しするのは難しいでしょう」
ミゲルの質問にマルコが答える。
ミゲルは眉間に皺を刻みつつ、深く息を吐き出した。
「それならば、今日中に判断を下さずに済みそうですね。この様なことを言うのは、些か不謹慎ですが、話し合いを行う時間稼ぎが出来たのは、僥倖でした」
「そうですね。しかし、状況が状況ですから、どう決着をつけるのが一番良いのか」
「今回の事件……。神官長が勝手に決めた事とはいえ、ダミアン様をお預かりすることを引き受けてしまった以上、聖堂職員の罪は重い。私の首一つで、型がつけば良いが……」
ミゲルの発言に、神官たちは凍りついた。
今、ミゲルを失えば、聖堂運営が立ち行かなくなることなど、火を見るよりも明らかだ。
「責任の所在は、神官長ではありませんか!公爵令息を預かるなど、安請け合いして……どうせ金でも握らされたのでしょう?最近、高級娼館で神官長が派手に騒いでいたと、庶民にまで噂されていましたよ!」
「そうだ!しかも、今日は突然、体調を崩して早退されたそうですね?どう考えても、責任回避のための口実でしょう!」
年若いが、仕事の出来る二人の男性神官が、気色ばみ、声をあげるのを、紅一点の女性神官カタリナが、首を振って諌めた。
「静粛になさい。あの神官長は、確かに始末に負えない人物ではありますが、別の責任を負う可能性を持って、国王からお預かりしている方です。ここで切り捨てることは出来ません。どうせ切るならば、より効果的なタイミングで、全ての罪を暴いてから、徹底的に……」
((止めに入って来た割に、言ってること一番きつくない?))
二人の若手神官は、顔を見合わせると、なおも小声で怨嗟の呟きを漏らすカタリナに、苦笑いを贈り、口を閉ざした。
「聖女様の安全確保が甘かったのは、私の責任ですから?私をクビにすれば、事足りませんかね?」
小さく挙手しながら、口元を片側だけ上げて苦笑して見せたのは、エンリケ。
すると、直ぐにライアンも続く。
「では、現場の統率を任されていた私も、同罪ですね」
「いや。お前には、俺が抜けた後、聖女付きを埋めてもらわにゃ困る。レンは、つい最近二十になったばかりで、正職に就くには、まだ少し若い」
「私とて、荷が重いです」
「よく言うぜ」
二人の、何処か諦めたような会話を聞いて、ミゲルは困ったように笑った。
「二人に罪が及ばぬよう、こちらでも出来る限りのことは、させてもらいます。勿論、取り押さえたバナー君、引き止めようとしたセドリック君も同様」
「その二人は、是非なんとかしてやって下さい。職務をまっとうして、罪に問われたら、かなわない」
「全くだ」
憤りながらライアンが言い、エンリケが同意した。
そのまま言葉をつなげて、エンリケは、ミゲルに問う。
「二人は、今どうしている?」
「セドリック君は、手当を済ませた後、自室に籠っています。自分が止められなかったせいだと、塞ぎ込んでいるようで。バナー君に関しては、たまたまその場に居合わせただけの、貰い事故ですからね。今のところ、自由にさせています。馬小屋に寄ってから、昼食を摂りに行くと言っていました。多分、クルス君と一緒でしょう」
「アイツは、マイペースだなぁ」
エンリケは、ため息をつきつつ苦笑いを浮かべた。
「公爵家としては、聖堂に全面的に罪を被せたいところでしょうな。少しでも、聖堂側の被害が抑えられれば良いのだが。最後は、聖女様のお心次第だ」
窓の外を眺めながら、マルコが小さく呟き、周囲も同意するように頷いた。
その時、会議室の扉がノックされる。
室内の全員は、緊張の面持ちで立ち上がった。
「どうぞ、お入りください」
ミゲルが声をかけると、扉が静かに開き、案内の神官に先導されながら、護衛も含めた一団が室内に入ってきた。
護衛と従者は後方に控え、席を勧められた五名が着席する。
聖堂関係者は息をのみ、ミゲルはハンカチで額の汗を拭った。
予定より多い上、部外者がいる。
五人の内訳は、バーニア公爵と、その次男スティーブン、それからドウェイン侯爵夫妻と、その嫡男フランチェスコだった。
「お呼び立てして申し訳なく思います」
ミゲルが言葉を発し、聖堂関係者は一斉に頭を下げる。
細身で背の高い、癖のある長い金髪と薄い水色の瞳の美丈夫、バーニア公爵は、立ち上がると、全員席にかけるよう手で示した。
沈痛な面持ちで瞳を伏せながら、よく通るバリトンの声で言葉を発する。
「この度は、我が愚息が、本当に申し訳ないことをした。聖堂の皆様に、この場をお借りして、深くお詫び申し上げる」
予想外の反応に、聖堂側は驚きを隠せない。
公爵が謝罪することなど、有り得ない、あってはならないことだから。
相手が貴族の場合、『聖堂が、管理責任を怠ったのだ』と、第一声で罵るのが既定路線であり、つい先程まで、聖堂職員の何人が職を失い、何人が罪に問われるか、それを前提として話し合いがなされていた。
公爵が謝罪したとなると、罪も罰も、全て公爵家、並びにダミアンが負うことになる。
「いえ。どうぞ、お顔を上げてください。この度のことは、我々も想像だに致しませんでした。監督不行き届きを詫びねばならないのは、こちらです」
最初に我に帰ったミゲルが、慌てて謝罪を口にすると、公爵は、首を横に振る。
「公爵家の息のかかった施設では、結局甘えが出る。そのため、この度は聖堂のご好意に甘え、使役される立場の人の在り方を学ぶ機会を頂いた。にもかかわらず、よりによって、恩を仇で返すとは。本日はアレの母親も謝罪に連れて来たかったのだが、話を聞いて前後不覚に陥り、話にならない。このような醜態を晒し、全く身の置き場のない思いだ。聖堂の皆様には、本当に申し訳ない」
最後の言葉は、苦しげに吐き出された。
聖堂側は、何も言えず押し黙った。
沈黙を破り、立ちあがって頭を下げたのは、ドウェイン侯爵。
彼は、兄のバーニア公爵に良く似た風貌だが、髪にクセはなく短い。
「この度の一件、我が愚息、フランチェスコの愚行が、引き金となりました。私からも、お詫びを申し上げます」
「……?どういうことでしょう?」
ミゲルは、意味が分からず、上擦った声で尋ねる。
「今朝方、フランチェスコは、聖堂に赴き、広場内で清掃活動に励んでいたダミアン様を、口汚く罵ったようなのです。プライドを傷つけられたダミアン様が、あのような暴挙に出ただろうことは、明白。お詫びの言葉もありません」
(それが原因なのか?)
聖堂職員は、一斉に息を呑む。
マルコが隣に座る男性神官に目配せすると、その神官は、ハッとしたように立ち上がり、一礼して席を立った。
事実関係を、使用人に確認しなければならない。
程なくして戻ると、男性神官は頷いた。
「本日は、聖女様ご帰還のため、朝、広場全体を掃き清める作業を行いました。その際、ダミアン様を中心に、小さな諍いがあったこと、また、その相手が、銀色の髪の青年だったことを、数人の使用人が記憶していました」
神官の発言を受けて、ドウェイン侯爵はため息を落とす。
「フランチェスコ。謝罪を……」
矛先が自分に向いて、フランチェスコは不貞腐れた。
「っは? 何で僕がっ? アンタが謝ったんだから、もう良いでしょ。僕は、本当のことを言っただけで、勝手にキレたのは、ダミアン様だし……」
「そういうものでは無い」
「ぅるっせぇんだよ。アンタ、穢れた血筋の分際で、こういう時だけ父親きどってんじゃねぇぞ……」
ーーパンっ
唐突に、横から平手打ちがとび、口の中を切ったフランチェスコは腕で顔を覆った。
叩いたのはドウェイン侯爵夫人。
息子を一瞥すると、立ち上がる。
「この度のこと、本当に申し訳なく思います。息子に代わりお詫び申しあげます。聖堂の皆さまにおかれましては、大変なご迷惑をおかけしました。……バーニア公爵、息子の暴言をお詫びいたします」
聖堂職員は、小さく頭を下げる。
バーニア公爵は、前を向いたまま、何も答えることは無かった。
「さて、ここから先は、公爵家並びに侯爵家の地位を守るための、非常に低劣な交渉事となります。父並びに叔父に変わりまして、当家で最も穢れた血の濃い私めが、その役割をお受けいたしますね?」
嫌味を交えて、悠々と話し始めたのは、スティーブン。
ドウェイン公爵夫人は、僅かに眉を上げたが、何も言わなかった。
ミゲルが頷くと、スティーブン以外の者たちは席を立つ。
面々が静々と退席していく中、最後に立ち上がったフランチェスコが、苛立ち紛れに椅子を蹴ろうとしたが、瞬時に向けられたスティーブンの鋭い視線に気付き、舌打ちしながらズカズカと足音荒く退室して行った。
「まずは、このような事態を招きましたこと、改めてお詫び申し上げます」
深く頭を下げるスティーブン。
その声音は真摯で、憂い含み。
だが、次に顔を上げた時には、口元に不敵な笑みを浮かべていた。
「堅苦しいのは、お互いに疲れますでしょう?いつも通りお話しさせて頂きますわね?」
「結構です」
呼吸を整え、ミゲルは頷いた。
「では。まず、王宮でこのようなことがあった場合は、その場で手打ちが妥当。聖堂は捕縛ですのね?」
「止むを得ない場合を除いて、基本殺生はせず、一度捕縛し、審議にかけるきまりです」
「有難いことです。お陰で、弟を失わずに済みました。捉えてくださったのは?」
「名前は控えさせてください」
「そう。分かりました。それで、本来こういった事件は、聖堂では、どのような処分が為されるのかしら?」
「今回は、目的が謝罪であった事、武器の所持が無かったことから、罪状は『聖女様の進路妨害』で、王宮並びに聖堂の幹部による審議にかけられるのが妥当です。刑罰については、良くも悪くも聖女様の御心次第ですね」
「そうね。聖女様にご迷惑をおかけしたのは、二回目だし。極刑も有り得るということかしら?」
「或いは……」
「そう。……アレの首をはねろと言われたら、私がその場ではねるけど。それでは、慈悲と慈愛の象徴である聖堂や、聖女様の印象を、悪くしかねないわね?」
聖堂職員は眉を寄せた。
確かに、その通りなのだ。
前回の罪を、別の人間にすげ替えてしまった以上、ダミアンは、これが初犯となる。
傍目から見たこの事件は、聖女様に直接懺悔する為にやって来た、貴族出身の哀れな狂人による進路妨害のみ。
にも関わらず、罰として、その首を実の兄にはねさせたとあっては、それまで培って来た聖女様の清廉なイメージを、失墜させかねない。
ミゲルは、額の汗を拭う。
「それは……脅しで?」
「いいえ。もし仮に、皆さんが聖女様のお怒りを鎮めることに協力して下さるならば、お礼をさせて頂くと申し上げているの。こちらでご用意できるものならば、多少融通が効きましてよ?」
「聖堂は、個人の利益のために、寄付や寄贈品を頂くことを、許されていません」
「私どものみの利益だったらそうでしょうけど、今回の提案は、結局は聖堂、延いては王国の利益となるのでは?」
「そ……れは」
「いいえ。もちろん、聖堂関係者のみで、どうにかしてほしいとは言わないわ。例えば、そうね。セディーをうまく使って、何とかならないかしら?あの子は、聖堂並びに聖女様の為なら、きっと身も心も捧げると思うから」
「色仕掛けで言うことを聞かせろと⁈いくらスティーブン様と言えど、聖女様を愚弄することは、看過できません!」
机を叩きながら立ち上がり、ミゲルが声を荒らげる。
「あら。失礼をお許しくださいな。そういうつもりでは無かったのだけど。ほら、あの子にお願いされると、何となく言うこと聞いてあげたくなるでしょう?」
口元に浮かべた笑みを右手で隠して、スティーブンがミゲルを見ると、ミゲルは怒りに顔を染めながらも、何とか堪え着席した。
「セディーには、私の方から策を与える。あとは、聖堂に誰か、聖女様の手綱を取れる人間はいないかしらね?上手くやってくれたら、ご褒美いくらでも差し上げちゃうけど」
「スティーブン様……。聖堂職員は、女神様並びに聖女様を崇め、神聖視しております。邪に利用しようと考えるものはいないとご承知おきください」
「もちろん?こちらも、そんなことまでは、望んでいないのよ?聖女様のことを真に思って行動し、諌めることができて、聖女様がその者の意見を受け入れても良いと思う程度の関係性があれば、十分なのだけど」
「そんなことで、本当に説得が出来ましょうか?」
小さく呟いたのは、マルコ。
「出来なければ、私が、ダミアンの首をはねれば良いだけのこと。あまり深刻に考えず、運が良ければ双方助かると思って、力を貸して下さらないかしら?」
ミゲルは黙り込んだ。
(スティーブン様の提案は、理にかなっているが、うまく丸め込まれたような感もある。本当にこのまま進めてしまって良いものか?だが、他に良い方法も思いつかない。正直、今ここにいる神官だけで、因業なところがある聖女様を説得できるとは思えない)
「ミゲル補佐。お聴きしましょう。結論は聴いてからでも構いませんね?」
返答したのはマルコ。
ミゲルは、目を閉じ眉を寄せて小さくうめいた後、首を縦に振る。
スティーブンは、それは美しく微笑んだ。
聖堂内事務局の一階、神官長室の横に位置する中会議室では、神官長補佐ミゲル、マルコを中心とした神官職五名と、聖女付き聖騎士筆頭エンリケ、聖騎士職現場責任者のライアンが、沈痛な面持ちで席につき、客の来訪を待っていた。
「聖女様の様子は、如何ですか?」
「昼ごろ一度、目を覚まされましたが、しばらくうつらうつらとされ、現在は、まだ、お休みになっておられます。突然のことに強いストレスをお感じになった上、長旅の疲れもありましょうから、今日のところは、お話しするのは難しいでしょう」
ミゲルの質問にマルコが答える。
ミゲルは眉間に皺を刻みつつ、深く息を吐き出した。
「それならば、今日中に判断を下さずに済みそうですね。この様なことを言うのは、些か不謹慎ですが、話し合いを行う時間稼ぎが出来たのは、僥倖でした」
「そうですね。しかし、状況が状況ですから、どう決着をつけるのが一番良いのか」
「今回の事件……。神官長が勝手に決めた事とはいえ、ダミアン様をお預かりすることを引き受けてしまった以上、聖堂職員の罪は重い。私の首一つで、型がつけば良いが……」
ミゲルの発言に、神官たちは凍りついた。
今、ミゲルを失えば、聖堂運営が立ち行かなくなることなど、火を見るよりも明らかだ。
「責任の所在は、神官長ではありませんか!公爵令息を預かるなど、安請け合いして……どうせ金でも握らされたのでしょう?最近、高級娼館で神官長が派手に騒いでいたと、庶民にまで噂されていましたよ!」
「そうだ!しかも、今日は突然、体調を崩して早退されたそうですね?どう考えても、責任回避のための口実でしょう!」
年若いが、仕事の出来る二人の男性神官が、気色ばみ、声をあげるのを、紅一点の女性神官カタリナが、首を振って諌めた。
「静粛になさい。あの神官長は、確かに始末に負えない人物ではありますが、別の責任を負う可能性を持って、国王からお預かりしている方です。ここで切り捨てることは出来ません。どうせ切るならば、より効果的なタイミングで、全ての罪を暴いてから、徹底的に……」
((止めに入って来た割に、言ってること一番きつくない?))
二人の若手神官は、顔を見合わせると、なおも小声で怨嗟の呟きを漏らすカタリナに、苦笑いを贈り、口を閉ざした。
「聖女様の安全確保が甘かったのは、私の責任ですから?私をクビにすれば、事足りませんかね?」
小さく挙手しながら、口元を片側だけ上げて苦笑して見せたのは、エンリケ。
すると、直ぐにライアンも続く。
「では、現場の統率を任されていた私も、同罪ですね」
「いや。お前には、俺が抜けた後、聖女付きを埋めてもらわにゃ困る。レンは、つい最近二十になったばかりで、正職に就くには、まだ少し若い」
「私とて、荷が重いです」
「よく言うぜ」
二人の、何処か諦めたような会話を聞いて、ミゲルは困ったように笑った。
「二人に罪が及ばぬよう、こちらでも出来る限りのことは、させてもらいます。勿論、取り押さえたバナー君、引き止めようとしたセドリック君も同様」
「その二人は、是非なんとかしてやって下さい。職務をまっとうして、罪に問われたら、かなわない」
「全くだ」
憤りながらライアンが言い、エンリケが同意した。
そのまま言葉をつなげて、エンリケは、ミゲルに問う。
「二人は、今どうしている?」
「セドリック君は、手当を済ませた後、自室に籠っています。自分が止められなかったせいだと、塞ぎ込んでいるようで。バナー君に関しては、たまたまその場に居合わせただけの、貰い事故ですからね。今のところ、自由にさせています。馬小屋に寄ってから、昼食を摂りに行くと言っていました。多分、クルス君と一緒でしょう」
「アイツは、マイペースだなぁ」
エンリケは、ため息をつきつつ苦笑いを浮かべた。
「公爵家としては、聖堂に全面的に罪を被せたいところでしょうな。少しでも、聖堂側の被害が抑えられれば良いのだが。最後は、聖女様のお心次第だ」
窓の外を眺めながら、マルコが小さく呟き、周囲も同意するように頷いた。
その時、会議室の扉がノックされる。
室内の全員は、緊張の面持ちで立ち上がった。
「どうぞ、お入りください」
ミゲルが声をかけると、扉が静かに開き、案内の神官に先導されながら、護衛も含めた一団が室内に入ってきた。
護衛と従者は後方に控え、席を勧められた五名が着席する。
聖堂関係者は息をのみ、ミゲルはハンカチで額の汗を拭った。
予定より多い上、部外者がいる。
五人の内訳は、バーニア公爵と、その次男スティーブン、それからドウェイン侯爵夫妻と、その嫡男フランチェスコだった。
「お呼び立てして申し訳なく思います」
ミゲルが言葉を発し、聖堂関係者は一斉に頭を下げる。
細身で背の高い、癖のある長い金髪と薄い水色の瞳の美丈夫、バーニア公爵は、立ち上がると、全員席にかけるよう手で示した。
沈痛な面持ちで瞳を伏せながら、よく通るバリトンの声で言葉を発する。
「この度は、我が愚息が、本当に申し訳ないことをした。聖堂の皆様に、この場をお借りして、深くお詫び申し上げる」
予想外の反応に、聖堂側は驚きを隠せない。
公爵が謝罪することなど、有り得ない、あってはならないことだから。
相手が貴族の場合、『聖堂が、管理責任を怠ったのだ』と、第一声で罵るのが既定路線であり、つい先程まで、聖堂職員の何人が職を失い、何人が罪に問われるか、それを前提として話し合いがなされていた。
公爵が謝罪したとなると、罪も罰も、全て公爵家、並びにダミアンが負うことになる。
「いえ。どうぞ、お顔を上げてください。この度のことは、我々も想像だに致しませんでした。監督不行き届きを詫びねばならないのは、こちらです」
最初に我に帰ったミゲルが、慌てて謝罪を口にすると、公爵は、首を横に振る。
「公爵家の息のかかった施設では、結局甘えが出る。そのため、この度は聖堂のご好意に甘え、使役される立場の人の在り方を学ぶ機会を頂いた。にもかかわらず、よりによって、恩を仇で返すとは。本日はアレの母親も謝罪に連れて来たかったのだが、話を聞いて前後不覚に陥り、話にならない。このような醜態を晒し、全く身の置き場のない思いだ。聖堂の皆様には、本当に申し訳ない」
最後の言葉は、苦しげに吐き出された。
聖堂側は、何も言えず押し黙った。
沈黙を破り、立ちあがって頭を下げたのは、ドウェイン侯爵。
彼は、兄のバーニア公爵に良く似た風貌だが、髪にクセはなく短い。
「この度の一件、我が愚息、フランチェスコの愚行が、引き金となりました。私からも、お詫びを申し上げます」
「……?どういうことでしょう?」
ミゲルは、意味が分からず、上擦った声で尋ねる。
「今朝方、フランチェスコは、聖堂に赴き、広場内で清掃活動に励んでいたダミアン様を、口汚く罵ったようなのです。プライドを傷つけられたダミアン様が、あのような暴挙に出ただろうことは、明白。お詫びの言葉もありません」
(それが原因なのか?)
聖堂職員は、一斉に息を呑む。
マルコが隣に座る男性神官に目配せすると、その神官は、ハッとしたように立ち上がり、一礼して席を立った。
事実関係を、使用人に確認しなければならない。
程なくして戻ると、男性神官は頷いた。
「本日は、聖女様ご帰還のため、朝、広場全体を掃き清める作業を行いました。その際、ダミアン様を中心に、小さな諍いがあったこと、また、その相手が、銀色の髪の青年だったことを、数人の使用人が記憶していました」
神官の発言を受けて、ドウェイン侯爵はため息を落とす。
「フランチェスコ。謝罪を……」
矛先が自分に向いて、フランチェスコは不貞腐れた。
「っは? 何で僕がっ? アンタが謝ったんだから、もう良いでしょ。僕は、本当のことを言っただけで、勝手にキレたのは、ダミアン様だし……」
「そういうものでは無い」
「ぅるっせぇんだよ。アンタ、穢れた血筋の分際で、こういう時だけ父親きどってんじゃねぇぞ……」
ーーパンっ
唐突に、横から平手打ちがとび、口の中を切ったフランチェスコは腕で顔を覆った。
叩いたのはドウェイン侯爵夫人。
息子を一瞥すると、立ち上がる。
「この度のこと、本当に申し訳なく思います。息子に代わりお詫び申しあげます。聖堂の皆さまにおかれましては、大変なご迷惑をおかけしました。……バーニア公爵、息子の暴言をお詫びいたします」
聖堂職員は、小さく頭を下げる。
バーニア公爵は、前を向いたまま、何も答えることは無かった。
「さて、ここから先は、公爵家並びに侯爵家の地位を守るための、非常に低劣な交渉事となります。父並びに叔父に変わりまして、当家で最も穢れた血の濃い私めが、その役割をお受けいたしますね?」
嫌味を交えて、悠々と話し始めたのは、スティーブン。
ドウェイン公爵夫人は、僅かに眉を上げたが、何も言わなかった。
ミゲルが頷くと、スティーブン以外の者たちは席を立つ。
面々が静々と退席していく中、最後に立ち上がったフランチェスコが、苛立ち紛れに椅子を蹴ろうとしたが、瞬時に向けられたスティーブンの鋭い視線に気付き、舌打ちしながらズカズカと足音荒く退室して行った。
「まずは、このような事態を招きましたこと、改めてお詫び申し上げます」
深く頭を下げるスティーブン。
その声音は真摯で、憂い含み。
だが、次に顔を上げた時には、口元に不敵な笑みを浮かべていた。
「堅苦しいのは、お互いに疲れますでしょう?いつも通りお話しさせて頂きますわね?」
「結構です」
呼吸を整え、ミゲルは頷いた。
「では。まず、王宮でこのようなことがあった場合は、その場で手打ちが妥当。聖堂は捕縛ですのね?」
「止むを得ない場合を除いて、基本殺生はせず、一度捕縛し、審議にかけるきまりです」
「有難いことです。お陰で、弟を失わずに済みました。捉えてくださったのは?」
「名前は控えさせてください」
「そう。分かりました。それで、本来こういった事件は、聖堂では、どのような処分が為されるのかしら?」
「今回は、目的が謝罪であった事、武器の所持が無かったことから、罪状は『聖女様の進路妨害』で、王宮並びに聖堂の幹部による審議にかけられるのが妥当です。刑罰については、良くも悪くも聖女様の御心次第ですね」
「そうね。聖女様にご迷惑をおかけしたのは、二回目だし。極刑も有り得るということかしら?」
「或いは……」
「そう。……アレの首をはねろと言われたら、私がその場ではねるけど。それでは、慈悲と慈愛の象徴である聖堂や、聖女様の印象を、悪くしかねないわね?」
聖堂職員は眉を寄せた。
確かに、その通りなのだ。
前回の罪を、別の人間にすげ替えてしまった以上、ダミアンは、これが初犯となる。
傍目から見たこの事件は、聖女様に直接懺悔する為にやって来た、貴族出身の哀れな狂人による進路妨害のみ。
にも関わらず、罰として、その首を実の兄にはねさせたとあっては、それまで培って来た聖女様の清廉なイメージを、失墜させかねない。
ミゲルは、額の汗を拭う。
「それは……脅しで?」
「いいえ。もし仮に、皆さんが聖女様のお怒りを鎮めることに協力して下さるならば、お礼をさせて頂くと申し上げているの。こちらでご用意できるものならば、多少融通が効きましてよ?」
「聖堂は、個人の利益のために、寄付や寄贈品を頂くことを、許されていません」
「私どものみの利益だったらそうでしょうけど、今回の提案は、結局は聖堂、延いては王国の利益となるのでは?」
「そ……れは」
「いいえ。もちろん、聖堂関係者のみで、どうにかしてほしいとは言わないわ。例えば、そうね。セディーをうまく使って、何とかならないかしら?あの子は、聖堂並びに聖女様の為なら、きっと身も心も捧げると思うから」
「色仕掛けで言うことを聞かせろと⁈いくらスティーブン様と言えど、聖女様を愚弄することは、看過できません!」
机を叩きながら立ち上がり、ミゲルが声を荒らげる。
「あら。失礼をお許しくださいな。そういうつもりでは無かったのだけど。ほら、あの子にお願いされると、何となく言うこと聞いてあげたくなるでしょう?」
口元に浮かべた笑みを右手で隠して、スティーブンがミゲルを見ると、ミゲルは怒りに顔を染めながらも、何とか堪え着席した。
「セディーには、私の方から策を与える。あとは、聖堂に誰か、聖女様の手綱を取れる人間はいないかしらね?上手くやってくれたら、ご褒美いくらでも差し上げちゃうけど」
「スティーブン様……。聖堂職員は、女神様並びに聖女様を崇め、神聖視しております。邪に利用しようと考えるものはいないとご承知おきください」
「もちろん?こちらも、そんなことまでは、望んでいないのよ?聖女様のことを真に思って行動し、諌めることができて、聖女様がその者の意見を受け入れても良いと思う程度の関係性があれば、十分なのだけど」
「そんなことで、本当に説得が出来ましょうか?」
小さく呟いたのは、マルコ。
「出来なければ、私が、ダミアンの首をはねれば良いだけのこと。あまり深刻に考えず、運が良ければ双方助かると思って、力を貸して下さらないかしら?」
ミゲルは黙り込んだ。
(スティーブン様の提案は、理にかなっているが、うまく丸め込まれたような感もある。本当にこのまま進めてしまって良いものか?だが、他に良い方法も思いつかない。正直、今ここにいる神官だけで、因業なところがある聖女様を説得できるとは思えない)
「ミゲル補佐。お聴きしましょう。結論は聴いてからでも構いませんね?」
返答したのはマルコ。
ミゲルは、目を閉じ眉を寄せて小さくうめいた後、首を縦に振る。
スティーブンは、それは美しく微笑んだ。
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