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第五章

社交シーズンがやって来る

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「この高低差。羨ましいですわね」


 採寸をしながら、頬を蒸気させつつ、微笑む仕立て人のお姉さん。

 彼女は王宮御用達の老舗ドレスメーカーの方で、今日は、わたしとリリアさんのドレスの原案を作るために、聖堂にやって来ていた。

 事務局に存在する、応接兼フィッテイングルームのような部屋……普段は聖女様の控室にもなる部屋で、聖堂の真横に位置している……で、現在絶賛採寸中だったりする。


「そう……ですかね?太って見えがちなので、厄介なんですけど」

「確かに、そういうこともありますかね?襟ぐりを大きく開いて、ウエストを絞ったデザインであれば、美しさが際立つ体つきですが、今回は、聖女候補仕様のドレスですから。いえ、勿論こちらもよくお似合いになるでしょうけど。聞けば貴族のご令嬢とのこと。これから社交も増えるでしょうから、是非、当社で一着仕立てさせて頂きたいわ」

「まぁ。そんな風に言っていただけたら、とても光栄です」


 ふわっとした返事を返しつつ、心の中で苦笑する。

 いやいや。
 普通に無理でしょ。
 わたし、しがない辺境の男爵令嬢ですよ?
 王宮御用達の高級なドレスなんて、買える財源もなければ、着こなせるスペックも持ち合わせてないです。

 それじゃ、どうして今回ドレスのための採寸しているのかというと、何と、費用は王宮持ちだからなのだ!

 信じられない!
 聖女候補って贅沢だわ。


 王宮で年に一度行われる、聖女様並びに聖女候補を招いての晩餐会まで、いよいよ一ヶ月をきったわけだけど、この晩餐会、規定された服の着用義務がある。

 因みに、聖女候補は、王国から支給される高級なシルクの生地で作られた、シンプルなAラインドレスで、足と肩が隠れるデザインのものと決まっている。
 しかも、色は白のみ。

 それだと、全員右に倣えで、似たような雰囲気になると思うでしょ?
 でも、袖口や首周りのデザイン、生地の織り方、刺繍の入れ方など、細かい部分に候補の好みが反映されるから、案外個性が出る。

 何でそう思うかというと、先輩たち三人のドレスを着たトルソーが、窓際に並べて置かれているからなのよね。

 保管は聖堂でしてくれているため、今回、わざわざ参考に、用意してくれたという親切さ。
 先に見せて貰えれば、デザインが分かるから、まるかぶりしない様に出来るし、有難いよね。

 どれもこれも凄く素敵で、それぞれの個性をよく生かしたデザインだから、言われなくても、何となく誰のものかが分かった。

 大人っぽい印象のVネックで、グラジオラスの花を象った銀糸刺繍の洗練されたドレスは、きっとプリシラさんだし、柔らかなパフスリーブのスクエアネックに、薄黄色の糸でオンシジュームの花を細く刺繍した、優しげなドレスはマデリーンさんだわ、とか。
 ドレスなんて、きっと初めて作って貰ったんだろうな、そんな、嬉しさと初々しさが感じられる、薄ピンクのデイジーが刺繍されているのは、きっとタチアナさんだろうな、とか。
 

「マリーさんはずるい。何食べたらそういう体つきになるの?胸はふっくらなのに、ウエストは、そんなにくびれているなんて」


 横で採寸をしていたリリアさんが、口を尖らせながら、こちらをジロリと見た。
 採寸用の、体にフィットした下着の胸元をくいっと持ち上げ、不満げに頬を膨らませている。

 女の子同士で勃発しがちな、お胸論争。

 これ、何を言っても、大きい方が圧倒的に分が悪いことを、わたしは知っている。
 前世はぺたんこだったから、両方の気持ちがわかるもの。

 お胸が控えめだった時の記憶では、大きな胸は、ある種、憧れだし、あったら男性にモテるんだろうなとか、素敵だなって、単純に羨ましかった。
 巨でなくて良いから、綺麗な形になりたいなぁ、とか?

 それなりにある側になってみて、初めて感じたのは、谷間が蒸れて、ケアしないと汗疹ができるとか、着る服によっては太めに見えるとか、結構マイナスなことが多いってこと。

 それから、何より気恥ずかしいのは、男性の視線。
 お話しする時って、まず、お顔を見るでしょ?
 で、お話ししている間中、視線が、お胸とお顔を何往復もする人、結構いるのよね。

 分かってる。
 彼らに悪意は無く、無意識か、純粋に興味があるだけなのよね?
 エミリオ様も、たまに視線が上下するし、聖騎士さんや神官さんだって、そうなる人も多い。
 だから、男の人からすれば、本能的なものだから仕方がないのだと、考える様にはしている。

 神官長とか、ダミアン先輩レベルで、ねっとり凝視されると、気持ち悪いからやめて欲しいと、思ってしまうけど。
 
 そんなわけで、こんなマイナス面がありますよ、って、思わず言いたくなるんだけど、それを言うと、結局、感じが悪いのだ。

 だって、真っ平だった時に思ったもの。
 ある人はそう言うけど、結局自慢じゃない!って。

 だから、わたしはいつも、お胸から離れた返事で、お茶を濁すことにしている。


「わたしからすれば、リリアさんは、華奢で羨ましいわ。わたし、どこか厚みがある感じになってしまって、儚げなドレスを着ると、だらしない印象になってしまうもの」

「え?そうかなぁ。儚げ?そう?」

「えぇ。守ってあげたくなる感じ?」

「え?えへへ。やっぱり?」


 リリアさんは、嬉しそうに微笑んだ。
 どうやら、機嫌を直してくれたみたい。

 エミリオ様に、王宮正門の通行許可証を頂いた時のことで、ギクシャクしてしまうかな?と、心配していたけど、彼女は翌日にはあっけらかんとしていて、関係性は変わっていない。
 リリアさんは、気に入らなければなその場で態度に出すけど、引きずらないから付き合いやすい。

 因みに、今のわたしの発言は、リップサービスじゃなくて、本心。

 リリアさんて、骨とか全体的に細くて華奢で、女のわたしから見ても、守ってあげたくなる感じなのよね。
 だから、今回彼女が選んだ、優しい光沢のある生地に、百合の花とリボンのモチーフを薄水色で刺繍した、ふんわりしたドレスは、きっと、とても似合うと思う。
 因みに、刺繍は、名前のリリーに引っ掛けたデザインね。

 かくいう私も、純白の絹糸で、薔薇の花をモチーフにした刺繍をして頂いた。
 デザインにオールドローズを選んだのは、刺々しい雰囲気にしないため。
 やっぱり棘は無い方が優しげかと思って。

 生地はハリがあって、光沢を抑えたものを選び、胸元は、ポイントになる飾りをつけたボートネック。
 これなら、飾りに視線がいくから、幾分胸がすっきり見える。
 あとは、流行に関係ない定番の形を選んだ。
 最低三年は着ることになるものだから。

 しかも、このドレス。
 聖女候補から一般に下る時に頂くことができて、そのままウェディングドレスに使う人も多いのですって。
 そうなると、デザインは、余計に慎重になるよね。


 次の聖女選別まで、二年と半分ほど。
 その間に結婚相手が決まっているかも!とか?はっきり言って、全然想像できないわ。
 まぁ、聖女になれば、まだその先、五年は猶予があるけれど。

 でも、そうね。
 結婚相手……。

 ふと、エミリオ様のお顔が、脳裏に浮かんだ。
 物語に決められた通りなら、わたしが聖女の役目を終えてから、ヴェロニカ様と同時に、エミリオ様と結婚式を挙げることになる。
 両手に花嫁状態ね。

 凛々しくて国民から愛されるエミリオ様と、美しくて聡明なヴェロニカ様。
 そして、二人と並んで祝福を受ける、天真爛漫な元聖女。
 そんなエンデイングに向かう前段階で、物語が途切れているから、実際は、どうなったか分からないんだけど。

 あれ?
 でもよく考えたら、それってつまり、エミリオ様にとってのハーレムエンドよね?
 ヒロインにとって、美味しいのかな?
 いや、ヒロインがハーレムエンドというのは、嫌だけどね。
 わたしのキャパでは、添い遂げる異性は一人で十分なので。

 すると、やっぱり、ライバルにあたるジェフ様と結ばれる方が、幸せなのかな?

 …………いやいや。
 でも、あの人気ぶりよ?
 きっと、一生周りから、似合わないとか言われ続けるよね?
 浮気だってされるかもだし、ゆくゆくはお妾さんも貰うかも?

 あれれ?
 トゥルーエンドに行っても、逆張りしても、あまり良い将来が見えないのは何でなの?
 やっぱり、サブストーリーのヒロインだから、扱いが雑なのかな?

 もちろん、こんな世界だから、貴族と結婚するなら、奥さん数人いたって仕方ない気持ちもあるけれど、何だかやるせない。
 それとも、恋に落ちていれば、その辺りはオッケーな感じになるのかな?

 深刻に考えると凹んで来るので、わたしは一度、思考を停止した。





 
 採寸が終わって、わたしとリリアさんは、仕立て人さんと最終的な打ち合わせをした。
 あとは形にして頂くだけ。
 出来上がって来るのが楽しみだな。

 お話しが終わって、ゆっくりお茶を頂いている間も、使用人さんたちは、テキパキと動き回って下さっている。

 ありがたいな。

 ある程度部屋が片付くと、女性の使用人さんに呼ばれて、大きな荷物を運ぶために、二人の男性の使用人さんが、部屋に入って来た。

 彼らは、今週から聖堂に加わったニューフェイス。

 うち一人は、何と!あろう事か、ダミアン先……さん。
 今は、便宜上平民の使用人という扱いなので、さん付けで呼ばせて頂いている。

 何故こんなことになっているかって?
 話せば長くなるから、物凄く短縮して話してみると、『バーニア家から下された罰』ってことらしい。


 それは遡ること三日前、朝からシトシトと雨がふる日の朝礼のこと。
 新しい職員が入るには、どう考えてもおかしい時期にも関わらず、二人の使用人が紹介された。

 『二人とも、他の使用人と区別なく働いてもらいます』とは、ニヨニヨ笑いの神官長の言。

 ダミアン様のお顔や体型を見て、模擬戦に参加していた職員は、『魔法を暴走させた人だ』と分かった様だった。
 でも、彼が貴族であることを知る人は多くない。
 そんなわけで、彼は、先輩諸氏の指導のもと、現在仕事を習得するべく、彼方此方連れ回されている。

 でもほら、知ってる人たちは、そうはいかないでしょう?
 神官長は、ネジがどっかに吹っ飛んでいるから置いとくとして、聖堂幹部は当然のこと、わたしやリリアさんは、心理的に依頼とか出来ないよね。
 
 で、そんな人たちが、思わず忖度して甘やかしてしまう可能性を潰すために、お目付役として配属されたのが、もう一人の使用人さん、ということらしい。
 彼は、常にダミアンさんと一緒に仕事をし、自分と違う扱いをされた場合、その場でクレームをつける役割を担っているんですって。
 
 そして、その使用人の少年だけど、何と『協力者のイケメンの一人、セディー君』でした。

 そんな事ってある?
 物語の強制力、凄い!
 お陰で、お助けキャラ五人が揃った!
 やっほうっ!

 なんて、暢気な事考えて、喜んでられないよね。
 役者が揃ったということは、わたしの聖女確定任命の後、魔王軍が攻め込んでくるわけでしょ?
 しっかり対策を立てないと……。


 ところで、一足早く、しかも使用人としてやってきたセディー君。

 本名はセドリック=ホワイト。
 小説を読んでいる時から、とにかく真っ白なイメージがあったけど、本当に何もかもが白かった。
 ファミリーネームまで白いのにも驚いたけど、それは代々、家系的にアルビノが生まれることに起因しているらしい。

 マッシュボブの髪も肌の色も真っ白、瞳の色まで、淡い色合いの白っぽいグレーだったりする彼は、聖堂に立っていると、さながら天使のよう。

 『アルビノなので、日光には弱いですが、一生懸命働きます!子どもの時から聖堂で働きたいと思っていました。ゆくゆくは神官になりたいです』と、自己紹介の時に言っていた彼。
 小説の中でも、神官見習いとして聖堂にやって来たので、ダミアンさんのせいで、(お陰で?)配置の時期が少しだけ早まった、といったところなのかな?
 

 ほけっと眺めていたら、目があってしまい、会釈をしたら、にっこり微笑んでくれた。
 かわいい~っ!


「きゃー!超かわいいっ!」


 あらら。
 隣でリリアさんも大興奮だわ。

 セディー君は、年齢不詳だけど、多分わたしより少し若いのかな?
 イケメン五人の中で、唯一女顔の、キラキラアイドル系美少年。
 そのあまりの可愛らしさと、健気な仕事ぶりに、まだ働いて三日しか経っていないのに、周囲がメロメロ状態。

 その上……


「こんなっ重いものが持てるかっ!」


 あ、はじまった。
 ここ三日恒例の、ダミアンさんの逆ギレだけど……。


「僕も持ちますよ!頑張りましょう?ダミアンさん」
 

 きたー!
 キラかわ上目遣いっ!
 あざとかわいいっ!

 ダミアンさんは、うんざりした顔をしているけれど、周囲にいた人たちは、『自分が持ってあげたい』って顔で、セディー君を見ている。

 彼が、ヒロインの心を癒す存在になるんだと思うと、納得だ。
 見てるだけで、癒し効果が凄いもの。


 一方、ぶちぶち言いながら、フラつきつつ荷物を何とか持ち上げるダミアンさん。
 目元や頬が、幾分やつれたかしら?
 半年ほど、お詫びの無償奉仕(給金はバーニア家が使用人と同額払う)らしいけど、一週間持つかどうか怪しい感じね。

 聖堂からしても、厄介者を押し付けられた感じだから、誰得なのかしらね。
 
 ヨタヨタと部屋を出て行くダミアンさんと、ゆっくり後ろに続くセディー君を見守りながら、わたしは苦笑い気味に、小さく息をおとした。
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