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第四章
敵わない人
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(side ジェフ)
「は~~っ」
これが、僕が魔導披露で実際に起こったことを、包み隠さず最初から最後まで説明した後の、スティーブン様……以降は、紛らわしいからステファニー様と呼ぼうかな……の反応だった。
ここは、バーニア公爵家領館の応接室。
ソファーに向き合う形で座って、静かに話を聞いてくれていたステファニー様だけど、話が終わると、額を抑えて項垂れた。
がっくりと肩を落とす、その姿を見るにつけ、こちらとしては本当に申し訳なくなる。
「その……本当にすみませんでした。何かあっても対処できるだろうと……自惚れていたと思います。このようなことになってしまい……」
「できたじゃない」
頭を下げると、ステファニー様は顔を上げながら、少し困ったように優しい笑みを浮かべた。
「は?」
「貴方はちゃんと対処出来たでしょう?聖堂に被害を与えることなく、場を収めたのだから、上出来だったわ。聖堂側もそれを認めたから、事実を捻じ曲げてでも、問題が無かった方向で収めてくれたのでしょうし」
「はぁ。ですが、ダミアン先輩がレンさんを……ええと、責任を負わされた聖騎士の方ですが……彼を厄介払いにしようとしたところで僕が止めていれば、こんな事には……」
「それこそ、貴方は何を自惚れているの?先のことを全て見通せる神にでもなったつもり?」
「いえ……そんなつもりは」
「ダミアンの魔力量を考えれば、大したことが出来ないことくらい分かるでしょうから、その場での判断がそういったものになったのは当然よ。身の丈にあったことだけしていれば良かったものを、わざと類焼使って制御ミスした挙句、気絶して火炎の球を転げ落とした先が、あろう事か聖女様って……!」
ステファニー様は、怒りがフツフツと込み上げてきているようで、右手の拳をぎりぎりと握りしめると、自らの膝の上に叩きつけた。
その横、床の上で正座をしていたダミアン先輩が、びくりと肩を震わせる。
まぁ。
あの時、ダミアン先輩は、レンさんが最初にやり始めた魔導以上のものを披露したかったわけだから、普通に考えて、類焼は必須だったんだよな。
ダミアン先輩の気持ちは、分からないでもない。
暴走を始めた時にすぐに気付いて、助けを求めてくれれば、あそこまで事態は酷くならなかった、とは思うけど。
「しっかし、真相がこれほど酷いとは……貴方に説明に来てもらって正解だったわ。ダミアンは、しょーもない嘘ばっかりつくし、聖堂側から示された内容は、結構オブラートに包んであったしね。昨日呼んでくれたのも正解よ。一応会えたから。そのレン君っていう聖騎士にも」
「そうでしたか。彼、何か言ってましたか?」
「いいえ。そもそも『会えた』だと語弊があるわね。見たと言うべきかしら。意識がなかったから、話しはしていないの」
「意識が……やはり魔力切れ、相当酷かったようですね」
「そうね。元の魔力量が、専門学校の下位の生徒相当だと仮定して、私が到着した時見た彼の魔力量を考えたら……かなりキツかったんじゃないかしら。それこそ、その日食べたもの全部吐いちゃうくらいには」
「それは……キツイですね」
そんな状態の人間を、無実の罪で責め立ててたとか、聖堂側もやることエグいな。
もっとも、聖堂の職員には魔力持ちがいないから、彼がそんな酷い状況に置かれているなんて、思いもしなかったんだろうけど。
……いや、そうでもないか。
気付いていた人もいたな。
僕の見た限り、神官長補佐の二人と、それから、聖女様付きの聖騎士の男性も。
だから、罰がああいったものになったのだろうし、話を早く切り上げようとしている気配もあったっけ。
あと、ローズちゃんも気付いていた。
彼女は魔法学で習ったから、知識として意識下にあったんだろうか?
僕のことも心配してくれていたし。
そうだとすれば、彼女、かなり賢い部類だ。
聖女になるために、魔法学が何の役に立つのかさっぱりだというのに、きっちり覚えていたわけだから。
他の聖女候補の人たちは、全く気付いていなかった様子だったし。
……聖女候補の中で、彼女だけがレンさんの体調不良に気付いていた、と言う事実には、何となくモヤモヤしたものを感じてしまう。
報告によれば、今日も一緒に食事をするような話だったっけ。
考えるだけで気分が落ちる。
僕は、気分を持ち直すために、さりげなく、一つ息を落とした。
一方、ステファニー様も、深くため息をついたようだった。
「それにしても、最悪だわ。何が最悪って、今回、聖騎士には一切非が無いのに、罪を被らせてしまったってことと、よりにもよって、その聖騎士がレン君ってことよ。ハンカチを噛んで『キェーっ!』とか叫びたいくらい最悪よっ!」
思うだけで、やりはしないんだな。
ぼんやりと、そんなことを考える。
何故、レンさんだとマズかったのかは、聞かない方がいいのかな?
うっかりツッコんで、性癖的な内容だったりしたら、僕の精神がダメージを負いそうだ。
「ねぇ……ダ~ミアン?」
優しい笑みを浮かべて……額には青筋が立っているけれど……猫撫で声で、ステファニー様はダミアン先輩に顔を向けた。
床に正座のダミアン先輩は、青ざめて体を震わせ始める。
「アナタ、さっき私に言ったわね?『自分の代わりに魔導披露してほしい』と微弱な魔力しか無い聖騎士から熱望された?暴走は、仲間が勝手に魔力貸しをしたのが原因?火炎球を放った時、聖女様の前の競技場に聖騎士が立っていたから、そこを狙った?……はぁっ?」
「そ……そうですよ?僕が嘘を言うわけ無いじゃないですか」
「先に読んだ聖堂からの報告書と照らし合わせて、なんとか整合性をとったつもりでしょうけど、嘘は簡単にバレるものね?」
「う……嘘つきはジェフです!ジェフが僕を陥れようとしているんです。信じて下さい!お兄様!」
足に縋りつきそうな勢いで、大袈裟に身振り手振りをするダミアン先輩。
まだ誤魔化そうとしていたことにも驚きだけど、僕に矛先を向けてくるなんて、呆れすぎて、笑えてくる。
そもそも、僕が彼を陥れることにデメリットしかない事を、彼は気付いていないのだろうか?
優秀なバーニア家に生まれて、この残念さ。
育て方って重要なんだな……。
彼だけが妾腹の子だから、適当でいいってわけじゃなかったんだろうけど、第二夫人が自分で育てると言って聞かなかったらしいから、どうにもならなかったんだろう。
「あらそぉ~。アナタを陥れて、ジェフに一体何のメリットがあるのかしらね?」
「………そりゃ、色々あるでしょう?」
「もういいわ。とりあえず、自室に下がって静かにしていなさい。あぁ。逃げようなどと思わないように。今回の件、お父様が酷くお怒りになっているから、うっかり逃げたら、二度と戻って来られなくなるわよ?」
「…………はい」
渋々立ち上がるダミアン先輩。
突然その場で転倒し、足を上げて震わせはじめた。
そこに、何事もなかったかのように先輩の従者数人が現れて、彼の脇の下あたりに手を入れ、ずるずると扉に向かって引きずっていく。
まさか、部屋まで引きずっていくのだろうか?
退場まで締まらないな……。
「ごめんなさいね。貴方にまで迷惑をかけてしまって。貴方の立場なら、ダミアンの嘘に乗っかって、聖騎士の首を切った方が良策だってこと、あの子は理解できないのよ」
謝ってくれるステファニー様に、僕は苦笑を返した。
「流石に、あれだけ目撃者がいては、貴族として、そういうわけにはいかないですよ。何より、家の評判が落ちます」
「その通りね。ドウェイン家では、どうお詫びをする予定かしら?」
「昨日父に手紙を出しましたので、回答待ちですが、聖堂への資金援助になると思います。レンさんには、僕が個人的にお詫びをするつもりですが」
「彼とは親しくしているの?」
「親しい……というのとは少し違って。彼は僕にとって、今のところ有益なのですが、同時に警戒もしているんです」
「そう。警戒っていうのは?性格に問題でもあるのかしら?」
「性格?いえ。彼は、非常で穏やかで良く分を弁えていますし、彼の上司に忠実です。ただ、お気に入りの娘と仲が良いので、少し気になって?」
ステファニー様は、目をパチクリさせると、右手で口元を隠しながら表情を緩めた。
「やっだ~っ!ジェフが恋煩いとか、冗談でしょう?『狙った獲物は秒で仕留めて、その日のうちにお持ち帰り』って噂、王宮にも聞こえてくるわよ?」
「いやいや。持ち帰りませんよ?節度は弁えているつもりです」
「そうらしいわね?中々手を出してもらえないって、女の子たちが私のところに相談に来るもの」
「女性は怖いですからね」
「否定はしないわ。ところで、お気に入りって、昨日王子殿下と一緒にいた娘かしら?」
分かっていたけど、バレバレだな。
昨日、少し強めに突っかかってしまったから。
もちろん、こちらとしても、昨日言われたことの意味が知りたくて、わざと話題に出したわけだけど。
「ええ。まぁ」
「あの娘の相手は、貴方じゃ駄目。レン君も無しだわ」
僕のみならず、レンさんも無し?
「何故です?」
「言ったでしょう?彼女は王子殿下とお似合いよ。それに……多分彼女、次の聖女様じゃないかしら?選定まで、あと二年あるけれど、あれほどの純粋な人間、まさに『近年稀に見る』よ。オレガノ君もだけど、さすが英雄の子どもたちよね」
「純粋な人間?」
「あら?貴方にも分かるでしょう?とても清らかで、汚れない気配というか、思わず食べたくなっちゃうような匂いとか?」
「それ、本気で言ってたんですか?」
「本気も本気よ。昨日は、オレガノ君に案内して貰っている間中、ムラムラしちゃって大変だったわ。『御伽噺の吸血鬼の心境ってこんな感じかしら?』って思いながら、何度自分を諌めたか分からないわよ。でも、私は彼には手を出さないわ!彼を汚してはならない!つまり、そういうことよ!」
「分かるような……関わりたくないような?」
拳を握りしめて力説しているステファニー様を半眼で見ながら、僕は苦笑いを返した。
ステファニー様は、ハッとした顔をして、咳払いをしながら居住まいを正し、一拍空けて、ポツリとつぶやく。
「そうね。貴方達も難儀よね。逆だったら良かったのに」
「誰がですか?」
「ダミアンと貴方よ」
「…………は?」
何処から出てきた仮説だろうか?
それは、僕がバーニア家に生まれれば良かった、ってことか?それとも?
困惑していると、ステファニー様は困ったように微笑みながら、手を振って発言を訂正する。
「ああ。やっぱりそこじゃないわ。もっと根本的なことなのよね。父と貴方のお父様の生まれる順番が逆なら、こんな面倒なことにはならなかったの。ほら、やっぱり適材適所ってあるじゃない?」
「はぁ。僕には、よく分かりませんが」
「そうね。貴方はまだ成人したばかりだから。もう少ししたら、貴方のお父様からお話があると思うわ」
「今、お聴きするわけにはいかないんですか?」
「私から?」
「ええ」
「それは、父親の役目だから、私が奪うわけには、いかないわ」
「そうですか」
「ええ」
会話はそこで一度途切れた。
気になるけど、これ以上聞き出すのは難しそうだ。
タイミングを見計らっていたかのように、メイドがカップごと新しい紅茶に取り替えていった。
ステファニー様はそれを手に取ると口に含む。
僕もそれに倣った。
「さて!それでは、公爵家としても、聖堂へ資金援助の方向でまとめることにするわね。金額は、そちらに何割か上乗せするから、正確な額が決まったら教えてくれるかしら?あとは、レン君へのお詫びだけど。はぁ~~」
ステファニー様は、そこで再び大きくため息をついた。
レンさんに、何か問題でもあるのだろうか?
「何か?」
「ん?んー。ちょっとね。相手がラルフ君だったらなーって、思っただけよ。彼、可愛いじゃない?」
「ああ。そうですか」
聞かなきゃ良かった。
「貴方も、レン君に関わるのは程々にね?大丈夫よ。彼は、その娘に手を出さないと思うわ。最低七年は」
「何故です?」
「え?だって、分を弁えているのでしょう?聖騎士が、聖女様やその候補に手を出すのは、禁止事項のはずよ?」
「ああ。成程」
「ね?気にするまでも無いわよ。だから放っておきなさい。侯爵家のためにもね」
「はぁ」
侯爵家のためにもって何だろうか?
含みのある言い方だな。
まぁ、別に、どうしても仲良くしたいわけでも無いから、助言に従った方が良いんだろうけど。
「そうは言っても、借りを作った以上は、しっかり返して後腐れないようにしないとね?はぁ~。近いうちに一度お詫びに行って来るわ。いっそ、『ダミアンを好きにしていい』って、リボンで縛ってプレゼントしてこようかしら」
「新手の嫌がらせですか?」
「やっぱり駄目?」
「僕なら熨斗つけてお返ししますけど?」
「そうよね~。あら、可笑しいっ!っふふ」
本気か冗談か分からないような話で、その後も色々と煙に巻かれてしまった。
僕には、ステファニー様に見えている景色の、半分も見えていないんだろうな。
父から話を聞けば、幾らか理解できるだろうか?
……良い内容とは思えないけど。
聞いてしまえば、『僕とローズちゃんが結ばれない』理由がはっきりしてしまう訳で、でも、聞かなければ対処方も見いだせない。
八方塞がりだ。
ステファニー様の、世の中のこと全部知っているのに肝心なことをはぐらかす、人を食ったような話し方は、相変わらず苦手だ。
小さくため息をつきながら、僕は帰路をいそぐ馬車の中から、聖堂の夜景を眺めた。
「は~~っ」
これが、僕が魔導披露で実際に起こったことを、包み隠さず最初から最後まで説明した後の、スティーブン様……以降は、紛らわしいからステファニー様と呼ぼうかな……の反応だった。
ここは、バーニア公爵家領館の応接室。
ソファーに向き合う形で座って、静かに話を聞いてくれていたステファニー様だけど、話が終わると、額を抑えて項垂れた。
がっくりと肩を落とす、その姿を見るにつけ、こちらとしては本当に申し訳なくなる。
「その……本当にすみませんでした。何かあっても対処できるだろうと……自惚れていたと思います。このようなことになってしまい……」
「できたじゃない」
頭を下げると、ステファニー様は顔を上げながら、少し困ったように優しい笑みを浮かべた。
「は?」
「貴方はちゃんと対処出来たでしょう?聖堂に被害を与えることなく、場を収めたのだから、上出来だったわ。聖堂側もそれを認めたから、事実を捻じ曲げてでも、問題が無かった方向で収めてくれたのでしょうし」
「はぁ。ですが、ダミアン先輩がレンさんを……ええと、責任を負わされた聖騎士の方ですが……彼を厄介払いにしようとしたところで僕が止めていれば、こんな事には……」
「それこそ、貴方は何を自惚れているの?先のことを全て見通せる神にでもなったつもり?」
「いえ……そんなつもりは」
「ダミアンの魔力量を考えれば、大したことが出来ないことくらい分かるでしょうから、その場での判断がそういったものになったのは当然よ。身の丈にあったことだけしていれば良かったものを、わざと類焼使って制御ミスした挙句、気絶して火炎の球を転げ落とした先が、あろう事か聖女様って……!」
ステファニー様は、怒りがフツフツと込み上げてきているようで、右手の拳をぎりぎりと握りしめると、自らの膝の上に叩きつけた。
その横、床の上で正座をしていたダミアン先輩が、びくりと肩を震わせる。
まぁ。
あの時、ダミアン先輩は、レンさんが最初にやり始めた魔導以上のものを披露したかったわけだから、普通に考えて、類焼は必須だったんだよな。
ダミアン先輩の気持ちは、分からないでもない。
暴走を始めた時にすぐに気付いて、助けを求めてくれれば、あそこまで事態は酷くならなかった、とは思うけど。
「しっかし、真相がこれほど酷いとは……貴方に説明に来てもらって正解だったわ。ダミアンは、しょーもない嘘ばっかりつくし、聖堂側から示された内容は、結構オブラートに包んであったしね。昨日呼んでくれたのも正解よ。一応会えたから。そのレン君っていう聖騎士にも」
「そうでしたか。彼、何か言ってましたか?」
「いいえ。そもそも『会えた』だと語弊があるわね。見たと言うべきかしら。意識がなかったから、話しはしていないの」
「意識が……やはり魔力切れ、相当酷かったようですね」
「そうね。元の魔力量が、専門学校の下位の生徒相当だと仮定して、私が到着した時見た彼の魔力量を考えたら……かなりキツかったんじゃないかしら。それこそ、その日食べたもの全部吐いちゃうくらいには」
「それは……キツイですね」
そんな状態の人間を、無実の罪で責め立ててたとか、聖堂側もやることエグいな。
もっとも、聖堂の職員には魔力持ちがいないから、彼がそんな酷い状況に置かれているなんて、思いもしなかったんだろうけど。
……いや、そうでもないか。
気付いていた人もいたな。
僕の見た限り、神官長補佐の二人と、それから、聖女様付きの聖騎士の男性も。
だから、罰がああいったものになったのだろうし、話を早く切り上げようとしている気配もあったっけ。
あと、ローズちゃんも気付いていた。
彼女は魔法学で習ったから、知識として意識下にあったんだろうか?
僕のことも心配してくれていたし。
そうだとすれば、彼女、かなり賢い部類だ。
聖女になるために、魔法学が何の役に立つのかさっぱりだというのに、きっちり覚えていたわけだから。
他の聖女候補の人たちは、全く気付いていなかった様子だったし。
……聖女候補の中で、彼女だけがレンさんの体調不良に気付いていた、と言う事実には、何となくモヤモヤしたものを感じてしまう。
報告によれば、今日も一緒に食事をするような話だったっけ。
考えるだけで気分が落ちる。
僕は、気分を持ち直すために、さりげなく、一つ息を落とした。
一方、ステファニー様も、深くため息をついたようだった。
「それにしても、最悪だわ。何が最悪って、今回、聖騎士には一切非が無いのに、罪を被らせてしまったってことと、よりにもよって、その聖騎士がレン君ってことよ。ハンカチを噛んで『キェーっ!』とか叫びたいくらい最悪よっ!」
思うだけで、やりはしないんだな。
ぼんやりと、そんなことを考える。
何故、レンさんだとマズかったのかは、聞かない方がいいのかな?
うっかりツッコんで、性癖的な内容だったりしたら、僕の精神がダメージを負いそうだ。
「ねぇ……ダ~ミアン?」
優しい笑みを浮かべて……額には青筋が立っているけれど……猫撫で声で、ステファニー様はダミアン先輩に顔を向けた。
床に正座のダミアン先輩は、青ざめて体を震わせ始める。
「アナタ、さっき私に言ったわね?『自分の代わりに魔導披露してほしい』と微弱な魔力しか無い聖騎士から熱望された?暴走は、仲間が勝手に魔力貸しをしたのが原因?火炎球を放った時、聖女様の前の競技場に聖騎士が立っていたから、そこを狙った?……はぁっ?」
「そ……そうですよ?僕が嘘を言うわけ無いじゃないですか」
「先に読んだ聖堂からの報告書と照らし合わせて、なんとか整合性をとったつもりでしょうけど、嘘は簡単にバレるものね?」
「う……嘘つきはジェフです!ジェフが僕を陥れようとしているんです。信じて下さい!お兄様!」
足に縋りつきそうな勢いで、大袈裟に身振り手振りをするダミアン先輩。
まだ誤魔化そうとしていたことにも驚きだけど、僕に矛先を向けてくるなんて、呆れすぎて、笑えてくる。
そもそも、僕が彼を陥れることにデメリットしかない事を、彼は気付いていないのだろうか?
優秀なバーニア家に生まれて、この残念さ。
育て方って重要なんだな……。
彼だけが妾腹の子だから、適当でいいってわけじゃなかったんだろうけど、第二夫人が自分で育てると言って聞かなかったらしいから、どうにもならなかったんだろう。
「あらそぉ~。アナタを陥れて、ジェフに一体何のメリットがあるのかしらね?」
「………そりゃ、色々あるでしょう?」
「もういいわ。とりあえず、自室に下がって静かにしていなさい。あぁ。逃げようなどと思わないように。今回の件、お父様が酷くお怒りになっているから、うっかり逃げたら、二度と戻って来られなくなるわよ?」
「…………はい」
渋々立ち上がるダミアン先輩。
突然その場で転倒し、足を上げて震わせはじめた。
そこに、何事もなかったかのように先輩の従者数人が現れて、彼の脇の下あたりに手を入れ、ずるずると扉に向かって引きずっていく。
まさか、部屋まで引きずっていくのだろうか?
退場まで締まらないな……。
「ごめんなさいね。貴方にまで迷惑をかけてしまって。貴方の立場なら、ダミアンの嘘に乗っかって、聖騎士の首を切った方が良策だってこと、あの子は理解できないのよ」
謝ってくれるステファニー様に、僕は苦笑を返した。
「流石に、あれだけ目撃者がいては、貴族として、そういうわけにはいかないですよ。何より、家の評判が落ちます」
「その通りね。ドウェイン家では、どうお詫びをする予定かしら?」
「昨日父に手紙を出しましたので、回答待ちですが、聖堂への資金援助になると思います。レンさんには、僕が個人的にお詫びをするつもりですが」
「彼とは親しくしているの?」
「親しい……というのとは少し違って。彼は僕にとって、今のところ有益なのですが、同時に警戒もしているんです」
「そう。警戒っていうのは?性格に問題でもあるのかしら?」
「性格?いえ。彼は、非常で穏やかで良く分を弁えていますし、彼の上司に忠実です。ただ、お気に入りの娘と仲が良いので、少し気になって?」
ステファニー様は、目をパチクリさせると、右手で口元を隠しながら表情を緩めた。
「やっだ~っ!ジェフが恋煩いとか、冗談でしょう?『狙った獲物は秒で仕留めて、その日のうちにお持ち帰り』って噂、王宮にも聞こえてくるわよ?」
「いやいや。持ち帰りませんよ?節度は弁えているつもりです」
「そうらしいわね?中々手を出してもらえないって、女の子たちが私のところに相談に来るもの」
「女性は怖いですからね」
「否定はしないわ。ところで、お気に入りって、昨日王子殿下と一緒にいた娘かしら?」
分かっていたけど、バレバレだな。
昨日、少し強めに突っかかってしまったから。
もちろん、こちらとしても、昨日言われたことの意味が知りたくて、わざと話題に出したわけだけど。
「ええ。まぁ」
「あの娘の相手は、貴方じゃ駄目。レン君も無しだわ」
僕のみならず、レンさんも無し?
「何故です?」
「言ったでしょう?彼女は王子殿下とお似合いよ。それに……多分彼女、次の聖女様じゃないかしら?選定まで、あと二年あるけれど、あれほどの純粋な人間、まさに『近年稀に見る』よ。オレガノ君もだけど、さすが英雄の子どもたちよね」
「純粋な人間?」
「あら?貴方にも分かるでしょう?とても清らかで、汚れない気配というか、思わず食べたくなっちゃうような匂いとか?」
「それ、本気で言ってたんですか?」
「本気も本気よ。昨日は、オレガノ君に案内して貰っている間中、ムラムラしちゃって大変だったわ。『御伽噺の吸血鬼の心境ってこんな感じかしら?』って思いながら、何度自分を諌めたか分からないわよ。でも、私は彼には手を出さないわ!彼を汚してはならない!つまり、そういうことよ!」
「分かるような……関わりたくないような?」
拳を握りしめて力説しているステファニー様を半眼で見ながら、僕は苦笑いを返した。
ステファニー様は、ハッとした顔をして、咳払いをしながら居住まいを正し、一拍空けて、ポツリとつぶやく。
「そうね。貴方達も難儀よね。逆だったら良かったのに」
「誰がですか?」
「ダミアンと貴方よ」
「…………は?」
何処から出てきた仮説だろうか?
それは、僕がバーニア家に生まれれば良かった、ってことか?それとも?
困惑していると、ステファニー様は困ったように微笑みながら、手を振って発言を訂正する。
「ああ。やっぱりそこじゃないわ。もっと根本的なことなのよね。父と貴方のお父様の生まれる順番が逆なら、こんな面倒なことにはならなかったの。ほら、やっぱり適材適所ってあるじゃない?」
「はぁ。僕には、よく分かりませんが」
「そうね。貴方はまだ成人したばかりだから。もう少ししたら、貴方のお父様からお話があると思うわ」
「今、お聴きするわけにはいかないんですか?」
「私から?」
「ええ」
「それは、父親の役目だから、私が奪うわけには、いかないわ」
「そうですか」
「ええ」
会話はそこで一度途切れた。
気になるけど、これ以上聞き出すのは難しそうだ。
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「さて!それでは、公爵家としても、聖堂へ資金援助の方向でまとめることにするわね。金額は、そちらに何割か上乗せするから、正確な額が決まったら教えてくれるかしら?あとは、レン君へのお詫びだけど。はぁ~~」
ステファニー様は、そこで再び大きくため息をついた。
レンさんに、何か問題でもあるのだろうか?
「何か?」
「ん?んー。ちょっとね。相手がラルフ君だったらなーって、思っただけよ。彼、可愛いじゃない?」
「ああ。そうですか」
聞かなきゃ良かった。
「貴方も、レン君に関わるのは程々にね?大丈夫よ。彼は、その娘に手を出さないと思うわ。最低七年は」
「何故です?」
「え?だって、分を弁えているのでしょう?聖騎士が、聖女様やその候補に手を出すのは、禁止事項のはずよ?」
「ああ。成程」
「ね?気にするまでも無いわよ。だから放っておきなさい。侯爵家のためにもね」
「はぁ」
侯爵家のためにもって何だろうか?
含みのある言い方だな。
まぁ、別に、どうしても仲良くしたいわけでも無いから、助言に従った方が良いんだろうけど。
「そうは言っても、借りを作った以上は、しっかり返して後腐れないようにしないとね?はぁ~。近いうちに一度お詫びに行って来るわ。いっそ、『ダミアンを好きにしていい』って、リボンで縛ってプレゼントしてこようかしら」
「新手の嫌がらせですか?」
「やっぱり駄目?」
「僕なら熨斗つけてお返ししますけど?」
「そうよね~。あら、可笑しいっ!っふふ」
本気か冗談か分からないような話で、その後も色々と煙に巻かれてしまった。
僕には、ステファニー様に見えている景色の、半分も見えていないんだろうな。
父から話を聞けば、幾らか理解できるだろうか?
……良い内容とは思えないけど。
聞いてしまえば、『僕とローズちゃんが結ばれない』理由がはっきりしてしまう訳で、でも、聞かなければ対処方も見いだせない。
八方塞がりだ。
ステファニー様の、世の中のこと全部知っているのに肝心なことをはぐらかす、人を食ったような話し方は、相変わらず苦手だ。
小さくため息をつきながら、僕は帰路をいそぐ馬車の中から、聖堂の夜景を眺めた。
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