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第四章

手紙 ⑴

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(side エミリオ)


 城に戻ると、すぐに入浴を勧められ、全身を隈なく洗い清められた。
 半日外にいたから、あちこち埃っぽかったし、直ぐにさっぱり出来て満足だ。

 気分良く風呂場を出ると、護衛の騎士たちが全員いれ変わっていた。
 そういえば、いつも交代する時間より遅いもんな。

 今日護衛にあたったメンバーも、きっと疲れただろう。
 警備増員の影響で二日連続勤務の者も少なからずいるし、何か労う方法をハロルドに相談してみるか。

 部屋に戻ると、団長が待っていた。


「なんだ。まだ居たのか?」

「ええ。お疲れのところ申し訳ありません」

「いや。お前こそ疲れただろう。用事があるなら、風呂の前に聞いておけばよかったな」

「お気遣い痛み入ります。いえ、大した用事ではございません。殿下の満足したお顔を拝見出来ましたので、私もこれで退散致します」

「そんなことのために待っていたのか。気を使いすぎだ。さっさと帰って体を休めろ」

「ありがとうございます。それでは、失礼致します」


 団長は、顔に笑みを浮かべると、一礼して出て行った。
 本当に顔を見るためだけに待っていたのだろうか?
 そうだとしたら、律儀な男だ。
 あの様子だと、本当にすぐ帰るかどうかも怪しいな。

 今度、何としてでも休ませてやる!

 一つ決意をして椅子にかけると、ハロルドが、手紙の束を持って、こちらにやってきた。

 何かを始める時と終わる時、手紙の束が用意されると言うことを、俺は前回のお茶会で学んだ。

 俺には執事がいるから、何処に出すべきか悩むこともないし、自分で文面を考える必要も無い。
 更に言うなら、字が汚いとか気に病むこともない。
 やることといったら、ただ内容を確認してサインするだけの簡単な作業だ。

 でもハロルドは、俺が風呂でのんびりしている間に、これだけの量の手紙を書いていたわけだよな。
 更に、それとは別に大量の報告書も各部署に上げねばならない。
 生まれた時から、いつも側にいたハロルド。
 世間知らずの俺を、常に支えてくれる。


「いつも、ありがとうな」


 礼が口をついて出た。
 
 
「エミリオ王子殿下……」


 ハロルドは、ハンカチを取り出し、目頭を押さえた。

 別に、湿っぽくするつもりじゃ無かったんだけどな!
 なんだか気恥ずかしくなって、俺は置かれた手紙を手に取ると、文面に目を通し始めた。

 まずは聖堂への手紙、三通。

 一通は聖女様宛。
 ご参加いただいた事に対するお礼の言葉と、予期せぬ事故が起きたことのお詫び、それに関しての寛大な対応に対する感謝が綴られていた。

 残りの二通は、神官長宛と、ミゲル神官長補佐宛。
 内容を読んで、あまりの内容の差に笑ってしまった。
 神官長への手紙は、対応に対する賛辞がさらりと書かれただけのもの。
 ミゲル補佐には、俺が喜んでいた内容を詳細に挙げ、神官、聖騎士、聖女候補、更には個人名などもあげながら、かなり細かく謝意を書き綴ってある。
 ハロルドも、誰が本当に聖堂を取り仕切っているのかを、しっかり把握しているみたいだ。

 それから……これは魔導士専門学校宛。
 学校長宛の手紙には、ジェフや、その学友たちを褒める内容に加えて、ちょっとした事故があった旨を、簡単に知らせる内容となっていた。
 『事故の詳細は王宮魔導士長より』と、付け加えられていて、驚く。


「魔導士長から説明なのか?」

「聖堂側と事故の内容が食い違うと困りますので、ミゲル補佐が、先程王宮に報告に見えられました。その際、そういうことになったそうです。表向きな説明だけでなく、真実も話さなければなりませんが、手紙ですと後に残りますから」

「そうか」


 俺がのんびりしている間に、たくさんの人間が動いてくれているんだな。
 俺は感嘆のため息を落とす。
 
 残りの手紙は、観戦に来てくれた各騎士団の団長や、王宮内の各部署長宛、ドウェイン侯爵家、バーニア公爵家、オースティン子爵家への感謝状。

 全てにざっと目を通し、サインをして積み上げていく。
 あんな程度の企画なのに、お礼だけでも一苦労だ。
 面倒だけど、世話になった人に謝意を伝えることは、それだけ大切ってことなんだろう。
 確かに、手紙って貰うと嬉しいもんな。

 最後の手紙にサインをすると、俺は大きく伸びをした。

 終わってしまうと、なんだか寂しい。

 番狂わせの模擬戦や、魔導披露の事故と、色々あったけど、全体的には凄く勉強になったし、楽しかった。

 何より、マリーの笑顔がたくさん見られたのが、一番良かったよな。
 スティーブンにお似合いだと揶揄われた時の、俯き気味で頬を赤く染めた顔も可愛かった。
 帰り際にお菓子を手渡した時も、凄く喜んでくれた。

 それから、嬉しいのは、今後王宮に呼び出すことが可能なこと。
 もちろん、都度両親からの許可は必要だが、正門通過許可を依頼に行った時の二人の反応は、思ったより悪く無かったし。

 王宮なら、邪魔も入らずゆっくり話せる。
 嬉しくて、つい頬が緩んだ。


「次はいつ会えるかな……」

「次は、一ヶ月後に王宮主催の晩餐会兼舞踏会が予定されていますよ?聖堂からは、聖女様のみならず、聖女候補を全員招いて行われます」


 うっかり漏れた言葉に、返事が帰ってきて驚いたが、それ以上に、その内容に驚いた。


「何だそれ⁈そんなん去年もあったか?」

「毎年恒例行事でございます。そう言えば、昨年は中央ガーデンの道具小屋の裏に隠れておいででしたかな?一昨年は……」
「悪かった!」


 言われて、赤面した。
 我ながら、本当にどうしようもない。

 でも、そうか。
 直ぐに社交シーズンが始まるから、今年成人したマリーも、あちこちから誘いがかかるだろう。

 そういえば、ヴェロニカから預かった手紙を、帰り際にマリーに渡してきたけど、あれもそんな感じの誘いなのかもしれない。

 社交シーズンか。
 なんか……急に心配になって来た。
 
 知らないところで、マリーが変な男に引っかかっては困る。


「大丈夫でございます。殿下。マリー様は今年社交デビューですから、ご家族もご一緒に参加されますよ。オレガノ様に確認すれば、どの催しに参加されるか分かります。私にお任せ下さい」


 俺は苦笑した
 どうやら、俺の考えていることは、完全にハロルドに筒抜けらしい。


「そうか。頼りにしている」


 そう言うと、ハロルドは優しい顔で微笑んだ。




(side ローズ)

 お茶会の後、分担された箇所の片付け作業など、タチアナさんや神官見習いの女の子たちと一緒に、慌ただしく動き回っていたら、いつの間にか夕食を頂けるギリギリの時間になっていた。

 一緒に作業をしていたタチアナさん以外の聖女候補の皆さまは、いつの間にか仕事を終えて、各部屋に戻られていたみたい。

 皆さん仕事が早いのね。
 自分の作業効率の悪さが悔やまれる。

 でも、若い見習いの女の子たちが、今日の模擬戦やお茶会についてアレコレ話しているのを聞きながらする片付け作業は、結構楽しかった。

 女の子たちの話題の中心は、やっぱりエミリオ様とジェフ様。
 金髪キラキラ王子様の人気は、不動なのね。

 ただ、『お二人に近付いて、どうこうなりたい』というよりは、『見ているだけで十分眼福』と言った感じの意見が大半をしめていた。
 特にエミリオ様は、今日一日で爆発的にファンが増えた感じかしら?

 わたしと同世代の神官見習いの女の子たちが、多いに噂していたのは、実はジャンカルロさんだったりする。
 試合に負けてしまったとは言え、元々人気のある人だし、剣術の腕前もそれなりであることが証明されたので、お近づきになりたい子たちは、寧ろ増えたみたい。
 お茶会の時、殿下付きの騎士さんたちが、彼を取り囲んで、その腕前を絶賛していたので、余計にイメージアップした部分もありそう。

 こちらは、手が届きそうな王子様ってところかな?
 本気で熱をあげている娘も多く、今後水面下での熾烈な争い、待ったなしかしら。

 今回の勝者、レンさんに関しては、不自然なほど、話題にあがらなかった。
 その無関心ぶりは、『あえて話題にするのを避けているのでは?』と邪推するほど。
 神官長の対応とか、聖堂での彼の立ち位置がそうさせているのかもしれない。
 でも、みんな口にしないだけで、実際は密かにファンとかいても、おかしくなさそうな気がするんだけどね。

 因みに、何人かの女性神官さんや、わたしより年上の見習いさんたちからは、『王国騎士さんたちとのお食事会が出来ないか?』と、打診された。

 『何故わたしに言うの?』って?
 狙いがお兄様だからよね。

 お食事会って、都合のいい言葉だけど、前世風に言えば合コンだ。

 やっぱりお兄様は、どこでも、そこそこ人気がある。
 本人が全く気づいていないのが、お兄様のお茶目なところよね。
 人のことになると、結構鋭くていらっしゃるのに、自分のこととなると、全く鈍感。
 まぁ、真面目でらっしゃるから、迂闊にハニトラに引っかかることは無いだろうし、そこは安心だけど。

 それから、もう一人、声をかけるように頼まれたユーリーさんだけど、彼に関してはあまり詳しくないから、何とも答えようが無かった。
 だって、あのぶり。
 普通に彼女いるんじゃないかな?
 いや、かわいいお嫁さんや子どもがいたって、わたしは驚かない!


 今日のことを反芻しながら、湯船にのんびりと浸かっていたら、ヨハンナが寄ってきたので、頭を撫でた。
 くすぐったそうに笑ってくれて、とても可愛い。


「ローズマリーさんは、お二人の、どちらが気になられますか?」

「え゛?」


 核心をズバリとついた質問に、心臓を射抜かれる。
 

「ええと?」

「王子様ですか?それとも、魔法の貴公子様ですか?」

「……そうね」


 ジェフ様、凄い二つ名ついてる‼︎
 どこぞの美少女戦士モノで、ピンチの時に、顔を隠して颯爽と現れそうな、正体不明の殿方的な呼び名ね。

 さておき、これは、もしかして深い意味は無い質問かな?
 どちらかと言うと、アンケート調査的な?
 もしかしたら、みんなに聞いているのかも。

 でもね、例え軽い気持ちの質問だったとしても、安易にどちらかなんて、答えられないわ。
 適当に選択して、うっかり噂をたてられても困る。

 今日のお茶会を思い出せば、聖堂関係者の中だけでも、二人に心から想いを寄せる女性が存在している。
 まぁ、ずばり言ってしまえば、リリアさんとプリシラ様ね。
 
 わたしがどちらかを選択すると、必ず聖女候補のどちらかと険悪になるという、残酷なシナリオ。
 ああ。
 物語内の聖堂でのいじめって、やっぱり色恋沙汰が原因じゃない?
 なんともありそうな推論に、わたしは小さく肩を落とした。


 ストーリーのヒロインならば、脊髄反射でエミリオ様を選択していたのかな?
 ヒロインの、自分の『好き!』をスパッと決められるところ、少し羨ましい。
 優柔不断と後ろ指さされても、一言の弁明も出来ないわ。
 わたし、かっこ悪い。

 でもでもだって、お二方とも真逆の方向で魅力的なんだもの!
 

「二人とも本当に素敵でいらっしゃるから、それはとても難しい質問ね?」

「そうですか。私は王子様が素敵でした!」

「そう。凛々しくていらっしゃるものね」

「はい!あと、優しくていらっしゃいました。私がお茶会会場の入り口で転んでしまったら、手を差し伸べて下さって」

「あら。良かったわね」

「はい!」


 にこにこ微笑むヨハンナ。

 うん。
 とりあえず、足元に気をつけるようにしましょうね?


 結局、部屋に戻ったのは、かなり遅い時間で、今日自分の身に起こった出来事を頭の中で纏めたいのに、押し寄せる睡魔に意識を持っていかれそうになる。

 ルームウェアに袖を通しながら、視線を送った先、テーブルの上には、今日いただいた物が、手をつける余裕もなく置かれていた。

 部屋の中は 濃く香る薔薇の香り。
 テーブルの上に置かれた花瓶には、淡いピンク色の薔薇のブーケが咲き乱れていた。

 薔薇の香りは、わたしにジェフ様を思い起こさせる。
 水を自在に操るジェフ様。
 少し背が伸びて、骨格がしっかりしてきた後ろ姿、かっこよかったな。
 それから……ふわりと私の頬に触れた柔らかい髪。
 爽やかな香りとともに、遠くで薔薇が薫った気がして……。
 ジェフ様は、やっぱり、とても魅力的。

 眠い目を擦りながら、ゆっくりテーブルに向かう。

 花瓶の横には、エミリオ様から頂いたカードと、去り際に手渡されたお菓子。
 エミリオ様は、今日わたしに様々な表情を見せて下さった。
 王子様らしい堂々とした登場から始まって、剣術披露の時の凛々しい表情、そのあとの嬉しそうな笑顔には、目を奪われたっけ。
 エミリオ様は、会うたびに素敵になられる。

 二人からの素敵な贈り物に、ふわふわと幸せを感じ、笑みが溢れた。

 エミリオ様のお菓子の包みの横には、洗練された一通の封筒。

 わたしは、それを手に取った後、ベッドに全身を投げ出した。

 手紙……読まないと。
 ヴェロニカ様から頂いた……。


 そこで、その日のわたしの記憶は完全に途切れている。
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