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第四章
手紙 ⑶
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模擬戦翌日。
今日は登校日。
体調は万全ではなかったけど、魔力も八割ほど戻ったので、学校に向かう。
一番最初に向かったのは、教員棟。
担任に、模擬戦の余興で魔導披露をすることを事前に報告したところ、終了後に報告を依頼されていたから。
担任に声をかけると、校長室に行くよう指示された。
昨日の魔導暴走の件が、伝わっているとみて間違いなさそうだ。
昨日招待した学生の中に、教員の子どももいたわけだから、当然筒抜けだろう。
校長室の扉をノックすると、直ぐに入るよう返事がある。
扉を開けて驚いた。
「魔導士長様……」
ソファーに掛けて、こちらを見ていたのは、王宮魔導士長様。
お忙しい彼が、わざわざ学校へ出向くなんて、大事だ。
僕はその場で姿勢を正した。
「おはよう。ジェファーソン殿。なに、緊張することはない」
「はい」
「まずは、中級精霊を無事召喚されたとのこと。流石ですな」
「いやぁ、本当に。流石、ジェファーソン様ですね!お伺いして、まさかと思いましたが、貴方ならば、あり得るのも分かります。さあ、どうぞ、かけてください」
校長先生も加わり、僕は居た堪れない気分でソファーに掛けた。
「今、校長には話していたのだがね。とりあえず、これを受け取って貰えないだろうか?」
封書を差し出され、僕はそれを受け取った。
魔導士長を見ると、封を開くよう促される。
封蝋を解いて、中の便箋……というよりは、厚紙を開く。
「これは……!」
僕の手の中にあるのは、王宮魔導士の仮登録書だった。
「いえ、ですが、僕は学校も一年目で……まだ魔導士認定試験すら受けておりませんし」
「『中級精霊召喚ができる時点で、素質十分』という話は聞いたことがあるかな?もちろん、これはあくまで仮登録で、学術も伴わなければ正規とは認められない。よって、授業は今まで通り受け、試験もパスして貰うことになる。だが、仮登録してくれれば王宮内の魔導士事務局や魔導練習場に自由に出入りできる上、本職から魔導を習うことも出来るというわけだ。どうかな?」
「それは、願っても無い申し出ですが、何だか僕にとって都合が良すぎて」
「逆に怖いかね?流石は、ジェファーソン殿。実は三点ほど、君にとってのデメリットがある」
やっぱりそうか。
うまい話には、裏があるのが普通。
そこは、しっかり聞いておかなければ。
「まず、基本給がでない」
「は……はぁ」
軽く肩透かしを喰らった。
それは当たり前だろう。
今まで通り学校に通うといことならば、業務をこなすわけでは無いだろうから。
「それから、王宮で企画された魔導強化訓練への参加。その間は学校を休んで参加して頂く」
「はい」
それは、僕にとっても願ったりな企画だ。
実戦に近い魔導の訓練ができる。
「そして、一番きつい条件が、次の三点目。有事の際は、王宮魔導士として王都を守る、また戦地に赴くこともあるということだ」
「なるほど」
確かに、三点目は命に関わる条件では有るけれど、特に躊躇する問題では無い。
国を守ることは、王宮魔導士になれば当然負うべき責務でもあるから。
「もちろん、訓練や防衛に赴いた際は給与がでるのだが」
魔導士長は、白い顎髭を撫でながら、ふぉっふぉっ、と笑った。
金銭的なことは、正式に就職したわけではないので置いておくとして、安易に受けて良い内容でも無い。
最終決定は僕がするとしても、一度持ち帰って、両親に相談すべき案件だ。
「少し考えさせて頂いても?」
「それはもちろん。ゆっくりで構わぬ。社交シーズンに入るから、それが落ち着いた後でも良い。よく考えて、気持ちが固まったら、それに署名して、校長に提出するように」
「分かりました」
答えると、魔導士長は立ち上がった。
「良い報告を楽しみにしているよ」
「はい」
頭を下げて、校長室を出る魔導士長を、校長先生と共に見送った。
「さて、ジェファーソン様、それとは別に知らせておくべき事があります」
「はい」
校長先生に声をかけられ、僕は再び姿勢を正した。
「ダミアン様の件ですがね」
きた。
こればかりは避けて通れない話題だ。
魔導の暴走を起こして自滅したのは彼だけど、彼に魔導披露を許可した責は、僕にある。
「申し訳ありませんでした。彼が魔導を披露すると言った時、僕が止めなかったのが全ての原因です。結局、当初一緒に魔導披露する予定だった聖騎士に、責任を押しつける形になりましたが、本当は……」
「詳しい説明は、魔導士長から頂いています。貴方は、しっかりと成すべきことをなされた。責任をとるべきはダミアン様だと、学校側は考えます」
「ですが」
「今朝、バーニア公爵家より、一時休学の申し出がありました。聖堂から公爵家へ、事故の詳細の説明があり次第、今後のことを考えるようです」
「そうですか」
僕は、ほっとして小さくため息を落とした。
この感じなら、学校側から退学を勧告されることは無さそうかな?
バーニア公爵には面識もあるし、いつも良くして頂いているので、今回のことがきっかけで、ドウェイン家と亀裂が入るのは避けたい。
「ジェファーソン様が責を被ろうとしていた旨は、バーニア公爵にお伝えしておきますね」
僕の心中を察してくれたのか、校長先生は、そう付け加えた。
「それから、君たち此方へ」
パテーションのある応接から、三人の男子学生が、項垂れながらこちらへ出てきた。
その表情は、一様に暗い。
彼らは、いつもダミアン先輩の周囲にいる貴族出身の三人の先輩たちで、当人たちは一応それなりの魔力量を有している。
昨日のダミアン先輩の態度を見ても、普段から魔力を貸したり、何かと先輩を支えていたに違いない。
もちろん、全ては自身の将来のため。
そのまま行けば、ダミアン先輩の学友扱いで、バーニア家からテコ入れも貰え、すんなり王宮魔導士になっていたかもしれない。
昨日の一件で、完全に梯子を外された形だろうな。
気の毒と言えばその通りだが、助けてあげたいほどでも無い。
事故に間接的に関わっているとは言え、責任を追求されるほどのことはしていないから、精々厳重注意ってところだろうし、あとは自力で頑張って頂く他無いんじゃないかな。
「昨日の件で、どうしても謝罪がしたいそうなのですが」
「僕にですか?」
困ったように仰ったのは校長先生。
僕は眉を寄せた。
三人は一歩前に進み出ると、中央の先輩が口を開く。
「僕たちが安易に魔力貸しをしたせいで、ダミアン様が暴走するきっかけを作りました。結果、ジェファーソン様に多大なるご迷惑を……」
「待って下さい」
謝罪が始まりそうだったので、途中で、きっぱりと止めた。
それは、僕が受けるべき謝罪ではない。
「先輩方の魔力による類焼は、確かに原因の一つでしょう。でも、それがダミアン先輩の指示だったのは、見ていましたので知っています。そもそも、普段は暴走しないのでしょう?丁度あの時、僕の隣にいた聖騎士が、自分の魔力分の類焼を悔いていました」
三人の顔から、血の気が引いていくのが見えた。
そう。
彼らが謝罪をするべきは、レンさんに対してだ。
それこそ、真摯に謝るべきだろう。
「彼の魔導披露の前と、その最中、それから、類焼を止めるよう依頼に行った時。最低でも三回。貴方たちは彼に嫌がらせをしましたね?魔力貸し云々より、聖騎士の彼が何の弁解もなく罪を被ったことを、貴方達がどう考えているのか、僕は問いたい」
一人ずつ、目を合わせながら真剣に問う。
この意味が分からないならば、この人たちは、貴族どころか、人間として終わっている。
三人は、視線を下げて、小刻みに体を震わせ始めた。
「平民の……しかも孤児院出身者に頭を下げたとあっては、父に勘当されてしまいます」
本気で言っているのか?
確かに、貴族が安易に平民相手に謝罪をするべきでは無い。
だけど、自分の過ちを無かったことにするのは、違うのではないかな?
頭を下げる以外でも、謝罪の方法は、いくらでもあるだろうに。
「では、好きになさればよろしいのでは?ああ。僕に対しての謝罪は不要ですよ。貴方達のことを心から軽蔑します。金輪際近寄らないで頂きたい」
顔に浮かべていたのは、いつもの笑顔だったはずなんだけど、三人は顔を青ざめさせて体を震わせ、強く唇を噛んでいる。
「どのようにすれば、貴方様にお許し頂けるのでしょうか?」
「許すも何も。僕には関係のない話だ」
「平民に直接謝罪など、出来ません!」
「知りませんよ」
「冷たいことを仰らないで下さい。僕たちには、もう貴方しか縋る人が……」
「すがる……?」
ああ。
なるほど。
そういうことか。
頭に上っていた熱が、一気に引いていくのがわかる。
つまり、ダミアン先輩から、僕に鞍替えをしたかったわけだ。
本当に勘弁してほしい。
「僕はね、自分の友人は自分で選ぶ主義なんです。貴方達も、強者に寄生する方策を考える余裕があるならば、その回転の早い頭をいかして、学業に励まれてはいかがです?」
一つため息を吐き出し、表情を笑顔に戻してから、校長先生に会釈した。
「それでは、授業が始まりますので、これで失礼致します」
校長先生は、静かに微笑んで会釈を返してくれた。
校長室から退室し、講堂へ向かいながら考える。
想像以上に、残念な思考の持ち主だったな。
流石はダミアン先輩のご学友だ。
よく考えたら、レンさんだって、あんな者たちに謝罪されても困るだろう。
上から目線での謝罪なんて、相手が美少女でもない限りムカつくだけだし。
……いや。
逆に、普段虐げられることに慣れ過ぎているから、『何を謝られているのか分からない』なんて事もありそうだ。
想像して笑ってしまった。
学校内では、昨日の模擬戦の、特に僕の魔導の話題で持ちきりになっていたようで、何処に行っても人が寄って来た。
本来メインは、企画名の通り、『騎士対聖騎士の剣術の模擬戦』だったわけだけど、専門学校生からすれば、そちらには興味が無いのも当然と言えば当然かな?
人が群がる都度、グラハム君を中心に、最近親しくしている数人の男子生徒が、ガードしてくれた。
やっぱり、友人は自分でしっかり選ばないと。
◆
昼食を食べ終わると、僕は迎えにきていた馬車に乗った。
今日は、午後の実技授業を休む事にしている。
魔力は、ほぼ戻っているから、授業に出ても問題は無いけれど、取り急ぎスティーブン様のところに昨日の説明に行かねばならないから。
「それで、会えたかな?」
前に座るアメリに尋ねると、彼女は小さく頷いた。
「はい。手紙はお渡しして参りました」
「ありがとう。それで、どんな反応だった?」
「期待できないかと。こちらでお返しのお手紙を預かる旨お伝えしましたが、丁重にお断りされてしまいました。そこまでご迷惑はおかけできないと」
「なるほど」
昨日帰り際に、託された手紙をレンさんに渡すべく競技場に寄ろうとしたところ、入り口にいた聖騎士に制止されてしまった。
片付け作業で散らかっているとのことだったし、もしかしたら当人は意識が無いかもしれないと思い、その場は諦めて帰った。
翌日渡すならば、ノートの切れ端では彼女にとっても体裁が悪いだろうから、昨晩のうちに、こちらで用意したレターセットに清書しなおして貰い、今日の昼にアメリに届けて貰った次第だ。
あわよくば、くっついてくれればいいと思ったんだけど。
彼女は、まぁまぁ可愛らしいし、魔力に関しても申し分ない。
何とかゴリ押し出来ないものかな。
「それよりも、問題はその後でございまして」
アメリは、歯切れ悪くそこまで言うと、困ったようにこちらを見る。
「うん?」
「その、私は昼食の少し前に伺ったのですが、その後、ローズマリー様が寮の方から出ていらっしゃいました。大きなバスケットを持っていらして……もしかしたら、あの後一緒に食事をなさったのでは無いかと。同僚の方も一緒におりましたので、二人きりでは無いかと思いますが」
「へぇ……詳細はいつ分かる?」
「明日使用人の方と雑談してまいります。お花を用意しても?」
「頼む」
「かしこまりました」
どういう経緯があったか知らないけれど、気分の良くない情報だ。
レンさんが侮れないというよりは、どちらかというと、ローズちゃんのガードが甘いんだよな。
多分。
ふつふつと、怒りと加虐心が首をもたげてくる。
まだ彼女が僕の手に入ったわけじゃないから、これはただの嫉妬だ。
それでも、僕の気持ちは流石に気づいているだろうに、もしかしてわざとやっているわけじゃないだろうね?
ローズちゃん。
そこまで考えて、それを打ち消す。
分かっている。
無自覚だってことくらい。
でも……昨日、もっと攻め込んでおくべきだったかな。
「無自覚って怖いよね。心配すぎて、閉じ込めたくなるよ」
誰の目にも触れないように。
僕だけが彼女を見れたらいいのに。
柔らかく微笑む彼女を思い出して、一つため息をおとす。
馬車は、バーニア公爵家の領館の門を通り抜けた。
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