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第四章

閑話 恋する乙女の胸の内?

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(side リリア)


 あー!
 エミリオ様、めっっちゃ、かっこよかったぁ❤︎

 夕食の後、部屋に戻ってきた私は、ベッドの上で、壁に寄りかかると、大きなクマのぬいぐるみを、ぎゅっと抱きしめて、今日のことを思い出しながら、頬を緩めていた。

 いつもながら、エミリオ様の柔らかそうな金髪や、キラキラした子猫のような瞳、マシュマロのように柔らかそうな頬は、とても可愛いけど、なんだか前回会った時より、キリっとしたっていうか?とにかく、ステキだった!

 剣術披露も、やばかったなぁ。
 体は、まだ小さくて細いのに、大人の騎士さんと変わらないサイズの剣を振る姿は、しっかりと男の子っぽくてかっこよかった。
 これから益々、カッコよくなるんだろうなぁ。

 想像するだけで、ワクワクしてくる。

 ふふっ。
 私の王子様❤︎


 剣術披露の直後に、歓声を上げる私に向かって、にっこりと笑ってくれたのも、嬉しかった~!
 あれ、絶対、私の声援に応えてくれたのよね?
 そういう優しさが、ホント好き!

 私は、興奮のあまり、ぬいぐるみに顔を埋めて、足をバタバタと動かす。

 今日一日、ずーっとエミリオ様だけを見ていたけど、びっくりするほど、全然飽きなかった。

 メインイベントは模擬戦だったんだろうけど、そっちの内容は、実は全然覚えてない。
 っていうか、模擬戦は、なんか、すごい逞しい感じの騎士たちが、勝手にぶつかり合っていて、ちょっと気合い入りすぎ?って感じ?
 怖かった……って言うか、キモかった。
 嫌すぎて、途中からマリーさんにしがみついて、目を閉じちゃっていたくらい。

 アレって、何が面白いのかな?
 だって、どっちかがうっかり斬り殺しちゃったりしたら、嫌すぎでしょ!
 そんなの、見たくないもん。
 野蛮だよね?

 それを、ずっと見ていられるんだから、マリーさんて、実はかなり心臓が強いんじゃないかな?

 ああいうのが気にならないなら、いっそ騎士さんを好きになれば良いよね?
 仲良さそうだし?

 誰に対しても、分け隔てなく、にこやかに接していて、常に異性からの人気を集めるマリーさん。
 今日も隣でしっかり見張っていたけれど、あの娘、こと恋愛に関しては、呆れるほど何の計算もなく動いているよね。
 ジェファーソン様がダミアン先輩の暴走火球を止めようとした時もそうだった。
 自分の身をかえりみず、ジェファーソン様のところに走っちゃってさ。
 馬鹿正直で一生懸命で、無鉄砲。

 それなのに、エミリオ様からも、しっかりと興味持たれてて……ずるいなぁ。

 その上『名前で呼べ!』なんて。
 ……私も言われたかった。

 私なんて、お名前を教えて頂いた後、何度も勝手に呼ぶことで、既成事実化して、ようやく今に至るのに。
 悔しいし、羨ましい。
 
 でも、マリーさんは、控えめにしているの分かるから、案外イラつかないのよね。
 彼女も、私の気持ちを知っているから、エミリオ様と私が二人で話している時は、基本一歩下がっていて邪魔しないし。

 ジェファーソン様と二人で消えた時は、しめしめと思ったっけ。
 プリシラさんがいたせいで、結局エミリオ様と二人きりにはなれなかったけど。
 

ーーばんっ


 突如、背中を預けていた壁に、何かぶつかるような振動がきた。

 なに~?
 少し揺れたんだけど?

 背中を預けていた壁は、プリシラさんとの部屋を仕切っている壁。

 プリシラさん……まさかの壁ドン?
 誰か部屋に連れ込んでたり?
 って、まさかね。
 ここ、女子寮だし、男子禁制だし。

 それにしても、プリシラさん。
 今日は、ぶっちゃけ邪魔だったわ。
 私にとっては、ジェファーソン様とマリーさんが、くっついてくれるのがベストなシナリオなのに、ちゃっかり間に割り込んじゃってさ。

 ジェファーソン様に興味があるのなら、マリーさんと一緒に、競技場に残れば良かったのに。
 そうすれば、エミリオ様と二人きりでお話できたのになぁ。

 しかも、戻ってきたジェファーソン様を独り占めにして、マリーさんを放置とか、ありえないんだけど?
 ジェファーソン様だって、迷惑そうにしてたよね?

 ホント邪魔。
 次は絶対誘わないでおこう。
 
 あと、突然出てきた、やたらゴージャスなオネエ!
 エミリオ様に、私は似合わないとか言ってきて、凄いヤだったなぁ。
 誰だか知らないけれど、勝手に決めつけてきて、凄く感じ悪かった。
 あの人も、絶対貴族だよね?
 ホント、高い地位にいる貴族ってキライ。
 
 私は、大きくため息をついた。

 はぁ。
 なかなか思った通りにならないや。
 私、ちゃんとお母さんに言われた通りに動いているのになぁ。

 でも、エミリオ様の好みのタイプは、『天真爛漫とした奔放な性格で、天然に見せかけて、実はあざとい女の子』だって、お母さんが言っていたし、それが本当なら、私にもまだチャンスはあると思う。

 マリーさんの気持ちが、誰に傾いているのかは分からないけど、私は、ひたすらエミリオ様にアタックするのみ!

 エミリオ様も、お茶会の最後の方は、ずーっと、私のお話しを聞いて下さったしね。

 少し沈みかけた気持ちを、無理矢理もちあげる。

 王子様との素敵な結婚!
 そう簡単には諦めないんだからね!

 私は、その場で拳を高く掲げた。



(side プリシラ)


「どう言う意味ですの?アレは!」


 わたくしは、持っていたクッションを、壁に向かって投げつけました。
 クッションは、私が思ったよりも、ずっと大きな音を立てて壁にぶつかり、ズルズルと下に。

 いけない。
 隣の部屋のリリアーナさんに、不快な思いをさせてしまったかしら?
 それに、物に当たるなんて、レディーとして恥ずかしいですわ。

 理性的な自分が、そう言っているけれど、それでも私の苛々は、まだおさまりそうもありません。

 あの時、スティーブン様は、『私に、ジェフ様は勿体ない』とおっしゃって、会話を途中で打ち切らせました。
 その、悠然とした仰りようは、確かに、私を立てて下さっているようにも聞こえます。
 でも、聞き方によっては、まるで私が、『財産目当て』でジェファーソン様に言い寄っているかのようにも聞こえました。
 
 失礼ですわ!

 確かに我が伯爵家は、現在、経済的に危機に瀕しています。
 それもこれも、父の、人が良すぎた事に起因するのですが、それでも細々返済してきましたし、私が聖女になれば、状況も上向くはず。
 私だって、そんな、軽い気持ちで近付いたわけでは、ありませんのに!


 私とジェファーソン様の初めての出会いは、ニ年ほど前に遡ります。

 成人の年に、聖女候補に選ばれて、その勉強に没頭するあまり、社交会に出遅れてしまった私。
 初めてご招待頂いた、ドウェイン侯爵家のサロンで、同じ年に成人だった彼の兄、フランチェスコ様に目をつけられ、知らずに、人気の無い庭に連れ出されてしまったことがありました。
 今では遊び人で有名なフランチェスコ様ですが、成人した当時は、まだそのことは知られていなかったので、社交会を知らない私は、彼にとって良い鴨だったのでしょう。
 慌てて、皆のいる会場に戻ろうとしたのに、フランチェスコ様は手を離してくれず、私はとても怖い思いをしたのでした。
 そこに、颯爽と現れて、私を逃して下さったのが、ジェファーソン様。
 白馬の王子様に見えました。

 それ以来、私はジェファーソン様のことを一途にお慕いしておりました。
 ……それなのに。

 確かに、スティーブン様は、公爵家のお生まれで、私など足元にも及ばない権力者でいらっしゃるけれど……。

 ……そうですわね。
 あのお方は、爵位に縋る必要すらないお方。
 彼の思考はとても深く、その発言は、国王陛下ですら耳を傾けると聞きます。
 ですから、彼が仰っていることは正しいのかも。

 でも……。
 この思い、そう簡単に諦めきれませんわ。
 
 私は、彼のロジックに、何か抜け道がないかを考えることに致しました。

 私とローズマリーさんは、ジェファーソン様にとって美味しそうに見えますが、ダメ。
 ローズマリーさんは、王子殿下とよくお似合いで、殿下とリリアーナさんはダメ。

 リリアーナさんは、ジェファーソン様には興味がなさそうですから、こちらの邪魔にはならない気も致しますわね。
 では、殿下とローズマリーさんがくっついて、私がジェファーソン様を諦めなければ、どうでしょう。
 ジェファーソン様が私をお選びになる可能性はあるのではないかしら?
 
 問題は、ローズマリーさんが、どなたを好いているかですわ。

 不意に、暴走した火の魔法を『受け止める』と言ったらしいジェフ様の後ろに走り寄った、彼女の姿を思い出して、私は焦燥感にかられました。
 もし、私が彼女の立場だった場合、あの場面で、咄嗟に自分の命を危険に晒すような行動が取れたかしら?
 でも、あの行為は、あの時確かに、ジェファーソン様の心の支えになったに違いないのです。


「では、ローズマリー様は、やはりジェファーソン様がお好きなのね……」


 そして、ジェファーソン様の対応を見ても、やはり彼女のことを……。

 それでも、諦め切れないですわ。
 私は、膝を抱えて涙を落としました。




(side 聖女アンジェリカ)

 
 聖女の居室に戻ると、既に指示を受けて動き出していた使用人たちに、浴室が使えるかを確認し、私は、着ていたドレスを脱ぎ捨てた。
  
 部屋の中を守る聖騎士の一人は、慌てて顔を背けているけれど、この際どうでもいい。
 下着やらコルセットやら沢山着ているし、焦げ臭いドレスをずっと着ていたくなかったから。
 
 慣れたもので、平然とその場に立っているのは、筆頭の エンリケ。
 彼に頼み、お茶会への参加は取りやめにしてもらう。
 王子殿下はいらっしゃるけれど、精神的に疲労を感じていると言えば、理解はしてくださるわよね?

 というか、ホント、お茶会どころじゃ無いわよ!

 私は、イライラしながら、聖女専用の浴室に突き進む。

 暑い最中、野外でのイベントは、そうでなくても汗まみれだし、埃っぽい。
 挙句の果てに、あのふざけた学生の魔法の暴走。
 お陰で、酷い目に遭ったわ!

 体を洗いながら、鏡に写る顔を見る。
 嫌だ!
 頬のあたりが、煤で黒くなっているじゃない!
 ごしごしと全身を隈なく洗い、お湯で流しても、怒りがおさまらなくて、私は勢いよく湯船に浸かった。
 お湯が大量に流れ落ちるけど、その程度、大した八つ当たりにもならない。

 目の下までお湯に浸かり、ぶくぶくと息を吹いたり、水面を叩いたりして、しばしストレスを発散させた。

 気に入らないのは、あの専門学校の生徒たち。
 特に、呪文を唱えていたわりに、一度も魔導を発動できなかった、役立たずの長い金髪の女。

 確かに、命の危険に晒されていたのだろうけど、そんなのは、私を含め、あの場にいた者、全員がそうだった。
 私を差し置いて、個人的にレンに助けられるなど、言語道断よ!

 しかもその後、頬を赤らめて、ずっとレンのことを見つめていた。

 なんて穢らわしい……!

 想像するだけで、胸に当たりがムカムカと胸焼けのように疼いて、不愉快だわ。

 曲がりなりにも、アレは私専属の聖騎士で、神聖なものだというのに、あの様な邪な視線で見つめてくるなど、破廉恥極まりない。

 そのことを考えれば、あの罰は我ながら見事だったわね。
 レンをお茶会に出られなくすれば、あの娘がモーションを仕掛けようにも、機会がないもの。

 ほんの少しだけ機嫌が良くなって、ふふん、と鼻で笑う。

 そこで、ふと、あの時のレンの表情を思い出した。

 ……そういえば、罰を伝えた時、レンが真っ青な顔をしていたけど、あれは何だったのかしら?

 まさか、アプローチしたい相手でもいた?
 そうだとしたら、そんな機会が潰せたのも良かったわね。

 ま、絶対そんなこと無いとは思うけど。

 だって、どう考えても、レンは私のことが好きだもの。

 昼前、エンリケに連れられて挨拶に来た時、珍しくほんの少しだけ、髪が乱れていたのを思い出す。

 普段、凄くクールだけど、側に置くと、ごく稀に可愛いところが見え隠れする。

 髪を直してあげた時、僅かに肩を震わせ、その後、耳まで赤く染めた横顔も可愛かったわ。

 彼が、ああいった顔を見せるのは、私だけ。

 それから、今日は、カッコいいところも見れた。

 剣術が他の聖騎士より優れていることは、エンリケから聞いて知っていたけれど、英雄の御子息を負かしてしまうとは思わなかった。
 二人目の王国騎士と戦った時の、普段の穏やかさを封じた攻撃的なレンも、見ていてゾクゾクしたわ。

 そして極め付けは。
 迫り来る炎を、受け止める背中を思い出す。

 レンは、私の為なら、命だって差し出すもの。
 これを愛と呼ばずに、なんと言うのかしら?

 彼は、私が聖女候補として、この聖堂にやって来た時から、いつも私を守ってくれた。
 あれはまだ、彼が孤児院にいた頃のこと。
 高い木に登って降りられなくなってしまった、幼い孤児の男の子を助けようとして、危うく木から落ちそうになった私を、風の魔法で無事に下まで下ろしてくれた。
 そのあと、魔力切れで倒れて、大騒ぎになったのよね。
 後日、孤児院担当の神官から、彼が数日、生死の境を彷徨ったと聞いた。

 その後、聖騎士になってからも、何かと私を守ってくれた。
 そして、私が聖女になった後も、変わらず私だけを守る。
 

 レンは私のことが好き。

 ほらね?
 一番しっくりくる。


 考えてみれば、ぽっとでの魔導学生なんかに、心がうつるはずも無かったわね。
 私たちは、もう八年の付き合い。
 レンはきっと、一途な性格だもの。


 そう言えば、『隙を見せれば良い』って言われたから、今日は思い切ってネグリジェ姿を披露したけれど、どうだったかしら?
 きっと興奮して、今晩眠れなくなるに違いないわ。


「ぅふふっ」


 私は、一人ほくそ笑むと、気分良く浴室を後にした。
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