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第四章
お茶会の終わり
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(side ローズ)
「あら、プリシラ様じゃない?お久しぶりね?」
「スティーブン様。お久しゅうございます。一年ぶりになりますかしら?」
「昨年のシーズン以来だものね。元気そうで何よりだわ」
スティーブン様は、ジェフ様とプリシラ様の間に割り込み、美しく紳士の礼をした。
そこは、男性の礼なのね。
すらりとした長身に加え、その体は、彫像のように美しく整っている。
口調は女性的で柔らかく、独特のしなはあるけれど、仕草は洗練されていて、華やかな美青年のスティーブン様。
ジェフ様に抱きついても、注意を受けることもなく、王子殿下とも、お知り合いのご様子。
間違いなく、高位の貴族出身者だわ。
「何だか、聖女候補としての貫禄も出てきたみたい。神々しいわ」
「ありがとうございます」
「ジェフ。プリシラ様は美味しそうに見えるだろうけど、ダメよ。貴方は、私みたいなのを選びなさい」
「遠慮させて下さい」
わー。即答。
ジェフ様、凄く良い笑顔だわ。
「何も、私を選べと言っているわけじゃなくてよ?専門学校のご学友あたりになさいってことよ」
「スティーブン様。私は、ジェフ様と親しくさせて頂ければ嬉しいのですが……」
「そんな勿体ないこと言っちゃだめよ?貴女なら、幾らでも高位貴族を狙えるんだから!ジェフなんて、もっての外だわ」
「厳しいなー。でも、仰る通りですね。僕なんかには、勿体無いです」
「オルセー伯のこと、色々聞いているけど、安売りは駄目。今度良い男、紹介してあげるから!」
「いえ。そういうつもりでは。私はただ……」
「ところでジェフ。聖堂や殿下にしっかりお詫びはしたのかしら?」
プリシラ様の反論を聞いていなかったわけでは無いだろうけど、『話はおしまい!』とばかりに、ジェフ様に向き直るスティーブン様。
ジェフ様は苦笑いで答えた。
「殿下には、はい。聖堂には、事件に関して不問にして頂きましたので、後日、一定額の資金援助を検討しています」
「あら、そう。聖堂の責任者は?」
「先程まで補佐がいたんですが、さっきお茶会は閉会しましたので、今は席を外されてますね」
「それなら、そちらは後回しね。殿下は……」
「僕もご一緒しますよ。それでは、プリシラ様、またお会いしましょう」
「え?えぇ。ごきげんよう」
「お話の途中で、ごめんなさいね?ごきげんよう」
プリシラ様とのお話をきりあげて、二人はこちらに来るみたい。
プリシラ様は、残念そうに眉を寄せていたけれど、お別れの挨拶をされてしまえば、一緒についてくることも出来ない。
わたしの横で、お兄様が頭を下げるのが視界に入った。
「オレガノ君、伝達ありがと」
「いえ」
お兄様は、静かに答えて一歩下がった。
「エミリオ王子殿下。ごきげんよう」
「ああ。相変わらずだな。スティーブン」
「イヤですわ。どうかステファニー、と」
「あ?あぁ。……ステファニー」
たじたじと、エミリオ様が言い直す。
距離が近づくと、少し逃げ腰になっていて、何だか可愛い。
スティーブン様は、エミリオ様の前に、すっと膝をつくと、深く頭を下げた。
「この度は、我が愚弟が、殿下並びに皆さまに、多大なるご迷惑をおかけして、誠に申し訳なく……」
「待て待て。それを、今、ここで、俺が謝られると困るんだ」
エミリオ様は、慌ててそれを止め、立ち上がるように促した。
「ダミアンだったか?あれは、失態を犯していない……ことになっている」
「と、申されますと?」
「聖女様、並びに聖堂側の配慮だ。詳しい説明は、後日、聖堂から公爵家へ連絡が有るだろうから、俺からは控えるが、兎に角、『彼奴の魔導披露自体は問題無かった』ということになった」
「あら。では、私がお茶会を騒がせてしまいましたお詫びだけ。申し訳ありません」
「ああ」
「……ジェフ」
「はい」
「後で私に、経緯を詳しく」
「……はい」
ワントーン以上低い声で告げられた言葉に、いつも余裕のジェフ様が、姿勢を正して苦笑いを浮かべ、返事を返すだけに留めた。
スティーブン様……最強かな?
というか、『愚弟イコールダミアン様』と言うことは、バーニア公爵家の御令息ってことで……。
やっぱり、高位の貴族でいらっしゃったわ。
こんなこと声に出しては言えないけれど、びっくりするくらい似てないですね?
「聞けば、お茶会は、もうお開きなのですってね?残念だわ」
「ああ。今日は皆、疲れただろうから、少し早めに切り上げた。もうそろそろ、俺たちも帰るところだ」
「そうでしたの。私も、仕事上がりで、事が事でしたので、着替える間も無く。あら、よく考えたら、お恥ずかしいですわ」
「いや。お前がアレを引き取りに来てくれて、安心した」
「僕からは、お詫びを。急に呼び出して、すみませんでした。ステファニー様」
ジェフ様が謝罪をしている。
そうか。
ダミアン様が倒れてしまったから、家の方に来ていただいたのね。
「それは良いのよ。お陰で、ジェフや殿下のお顔も見れたし、可愛い聖騎士の子とも、お知り合いになれたわ。それに、ずっと会ってみたかったオレガノ君にお目にかかれたしね?」
スティーブン様のウィンクを受けて、お兄様は、無言で一歩後ずさった。
あら?
お兄様、まさかのロックオンですか?
「そんなことより殿下。両手に花で、良いですね?そちらの方は聖女候補ね?」
示された先は、わたし。
あれ?
わたしも、リリアさんも、二人とも聖女候補なんだけど……。
「あらあら~。このお嬢さん、すっごく可愛らしいわ!二人は、とってもお似合いですね」
「待て!まだ、そんなんじゃっ」
顔を真っ赤にして、慌てて否定するエミリオ様。
そんな反応されたら、こっちも恥ずかしくなってきて、頬が熱くなる。
「まぁっ。初々しい反応。かわいい~!二人は凄く相性が良いと思うわ?即刻、ヴェロニカ様に、相談!」
「待って下さい!」
「そうですよ。そんな軽々しくまとめられては困りますね」
話に割って入ったのは、リリアさんとジェフ様。
わたしは、お兄様に袖口を引かれて、エミリオ様から、半歩分離された。
それを、目ざとく見ていたスティーブン様は、訝しげにこちらを見る。
「あら?オレガノ君の、お知り合いなの?」
「スティーブン様、これは、自分の妹で、ローズマリーと申します」
「初めまして。お目にかかれて光栄でございます」
お兄様が紹介して下さったので、その場でカーテシー。
「あらやだ。さすがは英雄のお子様たちね。お嬢様も聖女候補だなんて!でも……その、失礼だけど、あまり似ていないのね」
「よく言われます」
あっさりとお兄様が答えて、わたしは苦笑いを浮かべた。
そうですね。
そういえば、わたしたちも全然似ていなかったわ。
「オレガノ君の妹さんなら、男爵家の長女……。あら、尚更丁度いいじゃない。婚姻後の立場はアレだけれど、ヴェロニカ様はいい女だから、聖女候補なら不問じゃないかしら?」
「それなら、聖女候補の私も無問題ですね?エミリオ様を思う気持ちなら、リリア、負けません!」
ずいっと、一歩前に踏み出して、力強く言い切るリリアさん。
その強心臓、感服するわ。
「貴女が聖女候補?」
スティーブン様は向き直ると、リリアさんを凝視。
やがて、優しい笑顔を向けた。
「残念だけど、貴女は駄目ね」
「は?」
「そこは生まれ持ってのものだから、諦めた方がいいわ。もっと、貴女に似合う殿方がいるはずよ?」
「いや、でもっ!私だって……」
スティーブン様は、もう一度優しく微笑むと、視線をエミリオ様に戻す。
先程プリシラ様に対してもそうだったけど、『これ以上、話すことは無い』と言ったところかしら。
リリアさんは下唇を噛んでいる。
そこに、あくまで優雅な口調で口を挟んだのは、ジェフ様。
「まだ、成人したばかりのレディーに、正妻のいる家庭に嫁ぐことを勧めるなんて、正気ですか?選択肢は広いのですし、強要はどうかと思いますよ?」
「まあ、ジェフ。困った子ね。それは、貴方から見ればプリシラ様同様、このお嬢さんは美味しそうに見えるでしょうけど、ダメよ」
「論点をずらさないで頂けますか?」
「でも、そういうことを言いたかったのでしょう?」
うわぁ~。
お互い笑顔なのに、ジェフ様がスティーブン様に向けている気配は、ひどく挑戦的だ。
それにしても、どういうことなんだろう?
スティーブン様のおっしゃっていることは、奇妙なほど小説のストーリーと合致している。
小説のヒロインは、一貫してエミリオ様に夢中で、ジェフ様は眼中になく、序盤散々嫌がらせをしてくるヴェロニカ様は、終盤ヒロインとエミリオ様の仲をすんなり認める。
彼には何か、わたしたちには見えない物が見えているのかしら?
それともまさか、わたし同様、前世の記憶保持者?
んー。
でも、わたしが名のる前から、お似合いって言っていたし、その可能性は低いかな。
わたしは、ちらりとエミリオ様に視線を向ける。
彼は、視線を前の二人に向けている。
お似合いか……。
初めてお会いした時は、困った悪ガキだと思っていた。
次の時は、可愛い弟に。
そして、今日は?
不意に、エミリオ様の視線がこちらを向いた。
目が合った瞬間、彼の頬が瞬く間に紅潮するのが見えて、わたしは慌てて視線を下げた。
なんでこんなに、心臓がバクバクするんだろう?
頬が熱を帯びるのが分かる。
雰囲気に流されて、つられてしまったのかな?
「私だって、『無理矢理に』とは、思っていないわよ。でも、ほら。悪くない雰囲気じゃなくて?」
ニヤニヤ笑いのスティーブン様。
見られていた事が分かれば、尚更恥ずかしくて、わたしは俯いた。
「どうぞ、ゆっくり親交を深めて下さいませね?殿下」
「うるさい」
「あらあら。差し出がましいことを申し上げました」
「ああ。かまわん」
殿下が言うと、スティーブン様はその場で一礼。
「では、私は聖堂の責任者にお詫びに行って参りますわ」
「分かった」
「僕も行きますか?」
「貴方は、今はご学友方を優先なさい。そうそう。明日にでも領館に説明に来てくれると助かるわ。私、休みだから」
「分かりました」
ジェフ様の返事に頷くと、スティーブン様は会場全体を見回し、華麗にお辞儀をした。
「お騒がせして、ごめんなさいね?それでは皆様、ごきげんよう」
そのまま、颯爽と立ち去っていく姿を、会場の人たちは、茫然自失の程で見送った。
嵐のような人だったな。
「それでは、我々もそろそろ」
執事のハロルドさんが声をかけ、お茶会は完全にお開きとなり、会場内に残っていた人たちは皆、聖堂裏門へと動き出した。
◆
神官長室に残っていた二人の補佐に、簡単な謝罪と、後日、本人を連れて、再度お詫びに来る旨を告げ、スティーブンは聖堂事務局を後にした。
どういった事がおきて、どういった措置が取られたのか。
詳しいことについては、醜聞になってはまずいということで、その場での説明は無かったが、スティーブンには、大方の予測が付いていた。
(聖女様が絡んでいるならば、王宮にも当然報告すべき案件。別の誰か、身分の低い者が罪を被った……と考えて妥当。ならば、その人物は……多分、彼)
芝生に散らばる黒髪を思い出して、スティーブンは眉を寄せた。
(王宮に報告可能、と言うことは、『聖堂は、彼の出自を王宮に報告済み』ということ。ま、あそこまで種族の特徴をはっきり残していては、報告しないわけにはいかないか。この国では、完全に併呑されて、既に忘れ去られた種族ではあるけれど。でも、それなら当然監視が……)
と、そこまで考えて、スティーブンは、ロータリーに残っていた聖騎士と談笑している王国騎士を、視界に捉えた。
「あらやだ。やっぱりちゃんとついていたわ」
スティーブンは呆れて、小さくため息をつく。
王国騎士は、話していた聖騎士に別れを告げて、スティーブンの元へ走って来るようだった。
「貴方知ってる。確かユーリーとか呼ばれていたかしら?以前、王宮で見かけたわ」
「さすがは、スティーブン様」
「ありがと。私を待っていたってことは、伝えたい事があったんでしょ?」
「待っていたところまでお分かりですか。恐れ入りました。対象と接触があったようですので、念のため情報共有を」
「あら、そう。最近は、わざとぼかすような教育方針に切り替わっているとは言え、流石に公爵家レベルとなれば、知っている情報ですものね。で?」
「はい。彼の両親と、妹に当たる娘は、一般的な国民と変わらぬ容姿で、彼らは平民として、完全に王国に溶け込んで生活していますね。調べた限りでは、亡帝国の皇帝の系譜に、彼の苗字の記載はありません。容姿は彼のみ、覚醒遺伝したらしく、生まれた時から特に母親に疎まれ、最終的に育児放棄に至り、道端で餓死しかけていたところを、当時の聖女様に拾われたそうです」
「ざっと聴いただけでも、痛ましい話ね」
「十になった頃から、こちらの孤児院で養育されており、表情が無いことを除いては、性格に異常はみられません。私が付いたのは、ここ一年ほどですが、品行方正で、他者に寛容。その性質は穏やか。王国への反逆の意思は見受けられません」
「そ。なら、ほどほどにしてあげてよね?既に昔話になった亡き帝国の忘れ形見が、今更一人で何をするっていうのよ。境遇が少しだけ似ているから、同情しちゃうわ」
「同感です」
「さて、じゃ、私帰るわね?あのお馬鹿を連れ帰らないといけないから」
「お疲れ様でございます」
「貴方もね。ごきげんよう」
スティーブンが片手をあげると、ユーリーは頭を下げた。
二人は並んで聖堂の門を潜ると、別方向へ分かれた。
「あら、プリシラ様じゃない?お久しぶりね?」
「スティーブン様。お久しゅうございます。一年ぶりになりますかしら?」
「昨年のシーズン以来だものね。元気そうで何よりだわ」
スティーブン様は、ジェフ様とプリシラ様の間に割り込み、美しく紳士の礼をした。
そこは、男性の礼なのね。
すらりとした長身に加え、その体は、彫像のように美しく整っている。
口調は女性的で柔らかく、独特のしなはあるけれど、仕草は洗練されていて、華やかな美青年のスティーブン様。
ジェフ様に抱きついても、注意を受けることもなく、王子殿下とも、お知り合いのご様子。
間違いなく、高位の貴族出身者だわ。
「何だか、聖女候補としての貫禄も出てきたみたい。神々しいわ」
「ありがとうございます」
「ジェフ。プリシラ様は美味しそうに見えるだろうけど、ダメよ。貴方は、私みたいなのを選びなさい」
「遠慮させて下さい」
わー。即答。
ジェフ様、凄く良い笑顔だわ。
「何も、私を選べと言っているわけじゃなくてよ?専門学校のご学友あたりになさいってことよ」
「スティーブン様。私は、ジェフ様と親しくさせて頂ければ嬉しいのですが……」
「そんな勿体ないこと言っちゃだめよ?貴女なら、幾らでも高位貴族を狙えるんだから!ジェフなんて、もっての外だわ」
「厳しいなー。でも、仰る通りですね。僕なんかには、勿体無いです」
「オルセー伯のこと、色々聞いているけど、安売りは駄目。今度良い男、紹介してあげるから!」
「いえ。そういうつもりでは。私はただ……」
「ところでジェフ。聖堂や殿下にしっかりお詫びはしたのかしら?」
プリシラ様の反論を聞いていなかったわけでは無いだろうけど、『話はおしまい!』とばかりに、ジェフ様に向き直るスティーブン様。
ジェフ様は苦笑いで答えた。
「殿下には、はい。聖堂には、事件に関して不問にして頂きましたので、後日、一定額の資金援助を検討しています」
「あら、そう。聖堂の責任者は?」
「先程まで補佐がいたんですが、さっきお茶会は閉会しましたので、今は席を外されてますね」
「それなら、そちらは後回しね。殿下は……」
「僕もご一緒しますよ。それでは、プリシラ様、またお会いしましょう」
「え?えぇ。ごきげんよう」
「お話の途中で、ごめんなさいね?ごきげんよう」
プリシラ様とのお話をきりあげて、二人はこちらに来るみたい。
プリシラ様は、残念そうに眉を寄せていたけれど、お別れの挨拶をされてしまえば、一緒についてくることも出来ない。
わたしの横で、お兄様が頭を下げるのが視界に入った。
「オレガノ君、伝達ありがと」
「いえ」
お兄様は、静かに答えて一歩下がった。
「エミリオ王子殿下。ごきげんよう」
「ああ。相変わらずだな。スティーブン」
「イヤですわ。どうかステファニー、と」
「あ?あぁ。……ステファニー」
たじたじと、エミリオ様が言い直す。
距離が近づくと、少し逃げ腰になっていて、何だか可愛い。
スティーブン様は、エミリオ様の前に、すっと膝をつくと、深く頭を下げた。
「この度は、我が愚弟が、殿下並びに皆さまに、多大なるご迷惑をおかけして、誠に申し訳なく……」
「待て待て。それを、今、ここで、俺が謝られると困るんだ」
エミリオ様は、慌ててそれを止め、立ち上がるように促した。
「ダミアンだったか?あれは、失態を犯していない……ことになっている」
「と、申されますと?」
「聖女様、並びに聖堂側の配慮だ。詳しい説明は、後日、聖堂から公爵家へ連絡が有るだろうから、俺からは控えるが、兎に角、『彼奴の魔導披露自体は問題無かった』ということになった」
「あら。では、私がお茶会を騒がせてしまいましたお詫びだけ。申し訳ありません」
「ああ」
「……ジェフ」
「はい」
「後で私に、経緯を詳しく」
「……はい」
ワントーン以上低い声で告げられた言葉に、いつも余裕のジェフ様が、姿勢を正して苦笑いを浮かべ、返事を返すだけに留めた。
スティーブン様……最強かな?
というか、『愚弟イコールダミアン様』と言うことは、バーニア公爵家の御令息ってことで……。
やっぱり、高位の貴族でいらっしゃったわ。
こんなこと声に出しては言えないけれど、びっくりするくらい似てないですね?
「聞けば、お茶会は、もうお開きなのですってね?残念だわ」
「ああ。今日は皆、疲れただろうから、少し早めに切り上げた。もうそろそろ、俺たちも帰るところだ」
「そうでしたの。私も、仕事上がりで、事が事でしたので、着替える間も無く。あら、よく考えたら、お恥ずかしいですわ」
「いや。お前がアレを引き取りに来てくれて、安心した」
「僕からは、お詫びを。急に呼び出して、すみませんでした。ステファニー様」
ジェフ様が謝罪をしている。
そうか。
ダミアン様が倒れてしまったから、家の方に来ていただいたのね。
「それは良いのよ。お陰で、ジェフや殿下のお顔も見れたし、可愛い聖騎士の子とも、お知り合いになれたわ。それに、ずっと会ってみたかったオレガノ君にお目にかかれたしね?」
スティーブン様のウィンクを受けて、お兄様は、無言で一歩後ずさった。
あら?
お兄様、まさかのロックオンですか?
「そんなことより殿下。両手に花で、良いですね?そちらの方は聖女候補ね?」
示された先は、わたし。
あれ?
わたしも、リリアさんも、二人とも聖女候補なんだけど……。
「あらあら~。このお嬢さん、すっごく可愛らしいわ!二人は、とってもお似合いですね」
「待て!まだ、そんなんじゃっ」
顔を真っ赤にして、慌てて否定するエミリオ様。
そんな反応されたら、こっちも恥ずかしくなってきて、頬が熱くなる。
「まぁっ。初々しい反応。かわいい~!二人は凄く相性が良いと思うわ?即刻、ヴェロニカ様に、相談!」
「待って下さい!」
「そうですよ。そんな軽々しくまとめられては困りますね」
話に割って入ったのは、リリアさんとジェフ様。
わたしは、お兄様に袖口を引かれて、エミリオ様から、半歩分離された。
それを、目ざとく見ていたスティーブン様は、訝しげにこちらを見る。
「あら?オレガノ君の、お知り合いなの?」
「スティーブン様、これは、自分の妹で、ローズマリーと申します」
「初めまして。お目にかかれて光栄でございます」
お兄様が紹介して下さったので、その場でカーテシー。
「あらやだ。さすがは英雄のお子様たちね。お嬢様も聖女候補だなんて!でも……その、失礼だけど、あまり似ていないのね」
「よく言われます」
あっさりとお兄様が答えて、わたしは苦笑いを浮かべた。
そうですね。
そういえば、わたしたちも全然似ていなかったわ。
「オレガノ君の妹さんなら、男爵家の長女……。あら、尚更丁度いいじゃない。婚姻後の立場はアレだけれど、ヴェロニカ様はいい女だから、聖女候補なら不問じゃないかしら?」
「それなら、聖女候補の私も無問題ですね?エミリオ様を思う気持ちなら、リリア、負けません!」
ずいっと、一歩前に踏み出して、力強く言い切るリリアさん。
その強心臓、感服するわ。
「貴女が聖女候補?」
スティーブン様は向き直ると、リリアさんを凝視。
やがて、優しい笑顔を向けた。
「残念だけど、貴女は駄目ね」
「は?」
「そこは生まれ持ってのものだから、諦めた方がいいわ。もっと、貴女に似合う殿方がいるはずよ?」
「いや、でもっ!私だって……」
スティーブン様は、もう一度優しく微笑むと、視線をエミリオ様に戻す。
先程プリシラ様に対してもそうだったけど、『これ以上、話すことは無い』と言ったところかしら。
リリアさんは下唇を噛んでいる。
そこに、あくまで優雅な口調で口を挟んだのは、ジェフ様。
「まだ、成人したばかりのレディーに、正妻のいる家庭に嫁ぐことを勧めるなんて、正気ですか?選択肢は広いのですし、強要はどうかと思いますよ?」
「まあ、ジェフ。困った子ね。それは、貴方から見ればプリシラ様同様、このお嬢さんは美味しそうに見えるでしょうけど、ダメよ」
「論点をずらさないで頂けますか?」
「でも、そういうことを言いたかったのでしょう?」
うわぁ~。
お互い笑顔なのに、ジェフ様がスティーブン様に向けている気配は、ひどく挑戦的だ。
それにしても、どういうことなんだろう?
スティーブン様のおっしゃっていることは、奇妙なほど小説のストーリーと合致している。
小説のヒロインは、一貫してエミリオ様に夢中で、ジェフ様は眼中になく、序盤散々嫌がらせをしてくるヴェロニカ様は、終盤ヒロインとエミリオ様の仲をすんなり認める。
彼には何か、わたしたちには見えない物が見えているのかしら?
それともまさか、わたし同様、前世の記憶保持者?
んー。
でも、わたしが名のる前から、お似合いって言っていたし、その可能性は低いかな。
わたしは、ちらりとエミリオ様に視線を向ける。
彼は、視線を前の二人に向けている。
お似合いか……。
初めてお会いした時は、困った悪ガキだと思っていた。
次の時は、可愛い弟に。
そして、今日は?
不意に、エミリオ様の視線がこちらを向いた。
目が合った瞬間、彼の頬が瞬く間に紅潮するのが見えて、わたしは慌てて視線を下げた。
なんでこんなに、心臓がバクバクするんだろう?
頬が熱を帯びるのが分かる。
雰囲気に流されて、つられてしまったのかな?
「私だって、『無理矢理に』とは、思っていないわよ。でも、ほら。悪くない雰囲気じゃなくて?」
ニヤニヤ笑いのスティーブン様。
見られていた事が分かれば、尚更恥ずかしくて、わたしは俯いた。
「どうぞ、ゆっくり親交を深めて下さいませね?殿下」
「うるさい」
「あらあら。差し出がましいことを申し上げました」
「ああ。かまわん」
殿下が言うと、スティーブン様はその場で一礼。
「では、私は聖堂の責任者にお詫びに行って参りますわ」
「分かった」
「僕も行きますか?」
「貴方は、今はご学友方を優先なさい。そうそう。明日にでも領館に説明に来てくれると助かるわ。私、休みだから」
「分かりました」
ジェフ様の返事に頷くと、スティーブン様は会場全体を見回し、華麗にお辞儀をした。
「お騒がせして、ごめんなさいね?それでは皆様、ごきげんよう」
そのまま、颯爽と立ち去っていく姿を、会場の人たちは、茫然自失の程で見送った。
嵐のような人だったな。
「それでは、我々もそろそろ」
執事のハロルドさんが声をかけ、お茶会は完全にお開きとなり、会場内に残っていた人たちは皆、聖堂裏門へと動き出した。
◆
神官長室に残っていた二人の補佐に、簡単な謝罪と、後日、本人を連れて、再度お詫びに来る旨を告げ、スティーブンは聖堂事務局を後にした。
どういった事がおきて、どういった措置が取られたのか。
詳しいことについては、醜聞になってはまずいということで、その場での説明は無かったが、スティーブンには、大方の予測が付いていた。
(聖女様が絡んでいるならば、王宮にも当然報告すべき案件。別の誰か、身分の低い者が罪を被った……と考えて妥当。ならば、その人物は……多分、彼)
芝生に散らばる黒髪を思い出して、スティーブンは眉を寄せた。
(王宮に報告可能、と言うことは、『聖堂は、彼の出自を王宮に報告済み』ということ。ま、あそこまで種族の特徴をはっきり残していては、報告しないわけにはいかないか。この国では、完全に併呑されて、既に忘れ去られた種族ではあるけれど。でも、それなら当然監視が……)
と、そこまで考えて、スティーブンは、ロータリーに残っていた聖騎士と談笑している王国騎士を、視界に捉えた。
「あらやだ。やっぱりちゃんとついていたわ」
スティーブンは呆れて、小さくため息をつく。
王国騎士は、話していた聖騎士に別れを告げて、スティーブンの元へ走って来るようだった。
「貴方知ってる。確かユーリーとか呼ばれていたかしら?以前、王宮で見かけたわ」
「さすがは、スティーブン様」
「ありがと。私を待っていたってことは、伝えたい事があったんでしょ?」
「待っていたところまでお分かりですか。恐れ入りました。対象と接触があったようですので、念のため情報共有を」
「あら、そう。最近は、わざとぼかすような教育方針に切り替わっているとは言え、流石に公爵家レベルとなれば、知っている情報ですものね。で?」
「はい。彼の両親と、妹に当たる娘は、一般的な国民と変わらぬ容姿で、彼らは平民として、完全に王国に溶け込んで生活していますね。調べた限りでは、亡帝国の皇帝の系譜に、彼の苗字の記載はありません。容姿は彼のみ、覚醒遺伝したらしく、生まれた時から特に母親に疎まれ、最終的に育児放棄に至り、道端で餓死しかけていたところを、当時の聖女様に拾われたそうです」
「ざっと聴いただけでも、痛ましい話ね」
「十になった頃から、こちらの孤児院で養育されており、表情が無いことを除いては、性格に異常はみられません。私が付いたのは、ここ一年ほどですが、品行方正で、他者に寛容。その性質は穏やか。王国への反逆の意思は見受けられません」
「そ。なら、ほどほどにしてあげてよね?既に昔話になった亡き帝国の忘れ形見が、今更一人で何をするっていうのよ。境遇が少しだけ似ているから、同情しちゃうわ」
「同感です」
「さて、じゃ、私帰るわね?あのお馬鹿を連れ帰らないといけないから」
「お疲れ様でございます」
「貴方もね。ごきげんよう」
スティーブンが片手をあげると、ユーリーは頭を下げた。
二人は並んで聖堂の門を潜ると、別方向へ分かれた。
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