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第四章

お茶会の終わり

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(side ローズ)


「あら、プリシラ様じゃない?お久しぶりね?」

「スティーブン様。お久しゅうございます。一年ぶりになりますかしら?」

「昨年のシーズン以来だものね。元気そうで何よりだわ」


 スティーブン様は、ジェフ様とプリシラ様の間に割り込み、美しく紳士の礼をした。

 そこは、男性の礼なのね。

 すらりとした長身に加え、その体は、彫像のように美しく整っている。
 口調は女性的で柔らかく、独特のしなはあるけれど、仕草は洗練されていて、華やかな美青年のスティーブン様。
 ジェフ様に抱きついても、注意を受けることもなく、王子殿下とも、お知り合いのご様子。
 間違いなく、高位の貴族出身者だわ。


「何だか、聖女候補としての貫禄も出てきたみたい。神々しいわ」

「ありがとうございます」

「ジェフ。プリシラ様は美味しそうに見えるだろうけど、ダメよ。貴方は、私みたいなのを選びなさい」

「遠慮させて下さい」


 わー。即答。
 ジェフ様、凄く良い笑顔だわ。


「何も、私を選べと言っているわけじゃなくてよ?専門学校のご学友あたりになさいってことよ」

「スティーブン様。私は、ジェフ様と親しくさせて頂ければ嬉しいのですが……」

「そんな勿体ないこと言っちゃだめよ?貴女なら、幾らでも高位貴族を狙えるんだから!ジェフなんて、もっての外だわ」

「厳しいなー。でも、仰る通りですね。僕なんかには、勿体無いです」

「オルセー伯のこと、色々聞いているけど、安売りは駄目。今度良い男、紹介してあげるから!」

「いえ。そういうつもりでは。私はただ……」

「ところでジェフ。聖堂や殿下にしっかりお詫びはしたのかしら?」


 プリシラ様の反論を聞いていなかったわけでは無いだろうけど、『話はおしまい!』とばかりに、ジェフ様に向き直るスティーブン様。
 ジェフ様は苦笑いで答えた。


「殿下には、はい。聖堂には、事件に関して不問にして頂きましたので、後日、一定額の資金援助を検討しています」

「あら、そう。聖堂の責任者は?」

「先程まで補佐がいたんですが、さっきお茶会は閉会しましたので、今は席を外されてますね」

「それなら、そちらは後回しね。殿下は……」

「僕もご一緒しますよ。それでは、プリシラ様、またお会いしましょう」

「え?えぇ。ごきげんよう」

「お話の途中で、ごめんなさいね?ごきげんよう」


 プリシラ様とのお話をきりあげて、二人はこちらに来るみたい。

 プリシラ様は、残念そうに眉を寄せていたけれど、お別れの挨拶をされてしまえば、一緒についてくることも出来ない。

 わたしの横で、お兄様が頭を下げるのが視界に入った。


「オレガノ君、伝達ありがと」

「いえ」


 お兄様は、静かに答えて一歩下がった。


「エミリオ王子殿下。ごきげんよう」

「ああ。相変わらずだな。スティーブン」

「イヤですわ。どうかステファニー、と」

「あ?あぁ。……ステファニー」


 たじたじと、エミリオ様が言い直す。
 距離が近づくと、少し逃げ腰になっていて、何だか可愛い。

 スティーブン様は、エミリオ様の前に、すっと膝をつくと、深く頭を下げた。


「この度は、我が愚弟が、殿下並びに皆さまに、多大なるご迷惑をおかけして、誠に申し訳なく……」
「待て待て。それを、今、ここで、俺が謝られると困るんだ」


 エミリオ様は、慌ててそれを止め、立ち上がるように促した。


「ダミアンだったか?あれは、失態を犯していない……ことになっている」

「と、申されますと?」

「聖女様、並びに聖堂側の配慮だ。詳しい説明は、後日、聖堂から公爵家へ連絡が有るだろうから、俺からは控えるが、兎に角、『彼奴の魔導披露自体は問題無かった』ということになった」

「あら。では、私がお茶会を騒がせてしまいましたお詫びだけ。申し訳ありません」

「ああ」

「……ジェフ」

「はい」

「後で私に、経緯を詳しく」

「……はい」


 ワントーン以上低い声で告げられた言葉に、いつも余裕のジェフ様が、姿勢を正して苦笑いを浮かべ、返事を返すだけに留めた。

 スティーブン様……最強かな?
 というか、『愚弟イコールダミアン様』と言うことは、バーニア公爵家の御令息ってことで……。
 やっぱり、高位の貴族でいらっしゃったわ。
 こんなこと声に出しては言えないけれど、びっくりするくらい似てないですね?


「聞けば、お茶会は、もうお開きなのですってね?残念だわ」

「ああ。今日は皆、疲れただろうから、少し早めに切り上げた。もうそろそろ、俺たちも帰るところだ」

「そうでしたの。私も、仕事上がりで、事が事でしたので、着替える間も無く。あら、よく考えたら、お恥ずかしいですわ」

「いや。お前がアレを引き取りに来てくれて、安心した」

「僕からは、お詫びを。急に呼び出して、すみませんでした。ステファニー様」


 ジェフ様が謝罪をしている。
 そうか。
 ダミアン様が倒れてしまったから、家の方に来ていただいたのね。


「それは良いのよ。お陰で、ジェフや殿下のお顔も見れたし、可愛い聖騎士の子とも、お知り合いになれたわ。それに、ずっと会ってみたかったオレガノ君にお目にかかれたしね?」


 スティーブン様のウィンクを受けて、お兄様は、無言で一歩後ずさった。

 あら?
 お兄様、まさかのロックオンですか?


「そんなことより殿下。両手に花で、良いですね?そちらの方は聖女候補ね?」


 示された先は、わたし。

 あれ?
 わたしも、リリアさんも、二人とも聖女候補なんだけど……。


「あらあら~。このお嬢さん、すっごく可愛らしいわ!二人は、とってもお似合いですね」

「待て!、そんなんじゃっ」


 顔を真っ赤にして、慌てて否定するエミリオ様。
 そんな反応されたら、こっちも恥ずかしくなってきて、頬が熱くなる。


「まぁっ。初々しい反応。かわいい~!二人は凄く相性が良いと思うわ?即刻、ヴェロニカ様に、相談!」

「待って下さい!」

「そうですよ。そんな軽々しくまとめられては困りますね」


 話に割って入ったのは、リリアさんとジェフ様。
 わたしは、お兄様に袖口を引かれて、エミリオ様から、半歩分離された。
 それを、目ざとく見ていたスティーブン様は、訝しげにこちらを見る。


「あら?オレガノ君の、お知り合いなの?」

「スティーブン様、これは、自分の妹で、ローズマリーと申します」

「初めまして。お目にかかれて光栄でございます」


 お兄様が紹介して下さったので、その場でカーテシー。


「あらやだ。さすがは英雄のお子様たちね。お嬢様も聖女候補だなんて!でも……その、失礼だけど、あまり似ていないのね」

「よく言われます」


 あっさりとお兄様が答えて、わたしは苦笑いを浮かべた。
 そうですね。
 そういえば、わたしたちも全然似ていなかったわ。


「オレガノ君の妹さんなら、男爵家の長女……。あら、尚更丁度いいじゃない。婚姻後の立場はアレだけれど、ヴェロニカ様はいい女だから、聖女候補なら不問じゃないかしら?」


「それなら、聖女候補の私も無問題ですね?エミリオ様を思う気持ちなら、リリア、負けません!」


 ずいっと、一歩前に踏み出して、力強く言い切るリリアさん。
 その強心臓、感服するわ。


「貴女が聖女候補?」


 スティーブン様は向き直ると、リリアさんを凝視。
 やがて、優しい笑顔を向けた。


「残念だけど、貴女は駄目ね」

「は?」

「そこは生まれ持ってのものだから、諦めた方がいいわ。もっと、貴女に似合う殿方がいるはずよ?」

「いや、でもっ!私だって……」


 スティーブン様は、もう一度優しく微笑むと、視線をエミリオ様に戻す。
 先程プリシラ様に対してもそうだったけど、『これ以上、話すことは無い』と言ったところかしら。

 リリアさんは下唇を噛んでいる。
 そこに、あくまで優雅な口調で口を挟んだのは、ジェフ様。


「まだ、成人したばかりのレディーに、正妻のいる家庭に嫁ぐことを勧めるなんて、正気ですか?選択肢は広いのですし、強要はどうかと思いますよ?」

「まあ、ジェフ。困った子ね。それは、貴方から見ればプリシラ様同様、このお嬢さんは美味しそうに見えるでしょうけど、ダメよ」

「論点をずらさないで頂けますか?」

「でも、そういうことを言いたかったのでしょう?」


 うわぁ~。
 お互い笑顔なのに、ジェフ様がスティーブン様に向けている気配は、ひどく挑戦的だ。

 
 それにしても、どういうことなんだろう?

 スティーブン様のおっしゃっていることは、奇妙なほど小説のストーリーと合致している。

 小説のヒロインは、一貫してエミリオ様に夢中で、ジェフ様は眼中になく、序盤散々嫌がらせをしてくるヴェロニカ様は、終盤ヒロインとエミリオ様の仲をすんなり認める。

 彼には何か、わたしたちには見えない物が見えているのかしら?
 それともまさか、わたし同様、前世の記憶保持者?

 んー。
 でも、わたしが名のる前から、お似合いって言っていたし、その可能性は低いかな。

 わたしは、ちらりとエミリオ様に視線を向ける。
 彼は、視線を前の二人に向けている。

 お似合いか……。
 初めてお会いした時は、困った悪ガキだと思っていた。
 次の時は、可愛い弟に。
 そして、今日は?

 不意に、エミリオ様の視線がこちらを向いた。
 目が合った瞬間、彼の頬が瞬く間に紅潮するのが見えて、わたしは慌てて視線を下げた。
 なんでこんなに、心臓がバクバクするんだろう?
 頬が熱を帯びるのが分かる。

 雰囲気に流されて、つられてしまったのかな?
 

「私だって、『無理矢理に』とは、思っていないわよ。でも、ほら。悪くない雰囲気じゃなくて?」


 ニヤニヤ笑いのスティーブン様。
 見られていた事が分かれば、尚更恥ずかしくて、わたしは俯いた。


「どうぞ、ゆっくり親交を深めて下さいませね?殿下」

「うるさい」

「あらあら。差し出がましいことを申し上げました」

「ああ。かまわん」


 殿下が言うと、スティーブン様はその場で一礼。


「では、私は聖堂の責任者にお詫びに行って参りますわ」

「分かった」
 
「僕も行きますか?」

「貴方は、今はご学友方を優先なさい。そうそう。明日にでも領館に説明に来てくれると助かるわ。私、休みだから」

「分かりました」


 ジェフ様の返事に頷くと、スティーブン様は会場全体を見回し、華麗にお辞儀をした。


「お騒がせして、ごめんなさいね?それでは皆様、ごきげんよう」


 そのまま、颯爽と立ち去っていく姿を、会場の人たちは、茫然自失の程で見送った。
 嵐のような人だったな。


「それでは、我々もそろそろ」


 執事のハロルドさんが声をかけ、お茶会は完全にお開きとなり、会場内に残っていた人たちは皆、聖堂裏門へと動き出した。





 神官長室に残っていた二人の補佐に、簡単な謝罪と、後日、本人を連れて、再度お詫びに来る旨を告げ、スティーブンは聖堂事務局を後にした。

 どういった事がおきて、どういった措置が取られたのか。
 詳しいことについては、醜聞になってはまずいということで、その場での説明は無かったが、スティーブンには、大方の予測が付いていた。


(聖女様が絡んでいるならば、王宮にも当然報告すべき案件。別の誰か、身分の低い者が罪を被った……と考えて妥当。ならば、その人物は……多分、彼)


 芝生に散らばる黒髪を思い出して、スティーブンは眉を寄せた。


(王宮に報告可能、と言うことは、『聖堂は、彼の出自を王宮に報告済み』ということ。ま、あそこまで種族の特徴をはっきり残していては、報告しないわけにはいかないか。この国では、完全に併呑されて、既に忘れ去られた種族ではあるけれど。でも、それなら当然監視が……)


 と、そこまで考えて、スティーブンは、ロータリーに残っていた聖騎士と談笑している王国騎士を、視界に捉えた。


「あらやだ。やっぱりちゃんとついていたわ」


 スティーブンは呆れて、小さくため息をつく。
 王国騎士は、話していた聖騎士に別れを告げて、スティーブンの元へ走って来るようだった。


「貴方知ってる。確かユーリーとか呼ばれていたかしら?以前、王宮で見かけたわ」

「さすがは、スティーブン様」

「ありがと。私を待っていたってことは、伝えたい事があったんでしょ?」

「待っていたところまでお分かりですか。恐れ入りました。対象と接触があったようですので、念のため情報共有を」

「あら、そう。最近は、わざとぼかすような教育方針に切り替わっているとは言え、流石に公爵家レベルとなれば、知っている情報ですものね。で?」

「はい。彼の両親と、妹に当たる娘は、一般的な国民と変わらぬ容姿で、彼らは平民として、完全に王国に溶け込んで生活していますね。調べた限りでは、亡帝国の皇帝の系譜に、彼の苗字の記載はありません。容姿は彼のみ、覚醒遺伝したらしく、生まれた時から特に母親に疎まれ、最終的に育児放棄に至り、道端で餓死しかけていたところを、当時の聖女様に拾われたそうです」

「ざっと聴いただけでも、痛ましい話ね」

「十になった頃から、こちらの孤児院で養育されており、表情が無いことを除いては、性格に異常はみられません。私が付いたのは、ここ一年ほどですが、品行方正で、他者に寛容。その性質は穏やか。王国への反逆の意思は見受けられません」

「そ。なら、ほどほどにしてあげてよね?既に昔話になった亡き帝国の忘れ形見が、今更一人で何をするっていうのよ。境遇が少しだけ似ているから、同情しちゃうわ」

「同感です」

「さて、じゃ、私帰るわね?あのお馬鹿を連れ帰らないといけないから」

「お疲れ様でございます」

「貴方もね。ごきげんよう」


 スティーブンが片手をあげると、ユーリーは頭を下げた。

 二人は並んで聖堂の門を潜ると、別方向へ分かれた。
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