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第四章

責任の取り方

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(side オレガノ)


「え?あ?はぁ。ありがとうございます?」


 レン君の枕元に、しゃがみ込んでいたラルフ君が、呆然とした面持ちでお礼を述べると、その王国騎士は顔を上げ、驚いた顔でラルフ君を凝視した。


「あら~。聖騎士は、整ってるって知っていたけれど、アナタはまた、カワイイわね~っ!」

「かわっ?……オレ、可愛いですか?」


 あぁ。
 ラルフ君が、泣きそうな顔をしている。

 そうだよな~。
 少年から青年に成長中の思春期に、可愛いとか言われるのは、屈辱だろう。
 ラルフ君の見た目は、多少の少年っぽさは残るものの、どちらかと言えば精悍で、男らしい雰囲気だしなぁ。
 性格は、子犬系でかわいらしいが。


「なんか、それ、最近よく言われるんですけど、どっちかというと、オレよりも先輩のが、童顔で可愛らしい顔立ちだと思います!」


 レン君を右手で示しながら、力強く断言するラルフ君。

 こらこら。
 意識のない先輩を売るんじゃない。

 思わず苦笑が浮かぶ。


「あら?気に障っちゃったら、ごめんなさいね?えーと、そうね。確かに、彼は美人だけど……」


 その騎士は、示された先、レン君の顔をまじまじと見ながら、小首を傾げた。
 そして、ガバッと顔を上げた後、ラルフ君に向かって、左目でウインクした。
 彼は、涼しげなアイスブルーの垂れ目の持ち主で、左目の目元には泣き黒子。
 こう言っては失礼だが、無駄に色気がある。
 

「個人的には、どちらかと言うと、アナタくらいしっかり筋肉がのってる方が、好みのタイプよ❤︎」
 
「…………は?」

 
 あ~。
 やっぱりそっちの意味か~。

 ラルフ君の顔から、一気に血の気が引くのが見えた。


「さて、口説くのは後にして、さっさと、やるべきことをしないとね?」


 ラルフ君は立ち上がって、一歩後ずさる。
 王国騎士は、再度レン君に視線を落とした。


「あらヤダ。お互い二つずつ持っているのに、属性が真逆だわ。相性が悪いわね。それなら、主属性の方が、まだ効きが良いかしら?」

「え?」


 王国騎士は、レン君の胸元に下げたペンダントに手をかざすと、口を開いた。


「謹んで乞い願い奉る
 その壮観なる雄黄
 土の守護ノーミリエラの眷属よ
 我に宿りし古の血を媒介に
 その力賜らん

 慈しみ深き土の子らよ
 この者を癒やしたまえ」


 呪文?
 この方は魔法が使えるのか?

 ペンダント全体が、一瞬金色に輝いたかと思うと、すぐに落ち着く。
 

「魔法具よ。癒しの魔導は、単発では効きが悪いけど、この魔法具は、魔法石の魔力が尽きるまでは、継続して癒しを施してくれるの。これで、少しだけ回復が早くなると思うわ。そうは言っても、『三時間寝ないと身動きできない』場合の、『三時間』が『二時間』になるくらいの効果しかないけれど」


 そう言いながら、彼は優しい目で微笑み、レン君の額に張り付いていた髪を払った。
 よく見ると、頬に若干の赤みがさしたようにも見える。
 それを近くで見ていたラルフ君は、その場で頭を下げた。


「ありがとうございます!」

「あら?良いのよ。聞けば、うちのおバカのせいらしいじゃない?寧ろ、ごめんなさいね?目覚めたら、謝っていたと伝えてくれる?というか、後日また、お詫びに伺うわ」

「え?」


 疑問符を顔に浮かべるラルフ君。
 王国騎士の、この発言で、ようやく彼が誰なのかの見当がついた。

 全然似ていないが、言われてみれば、所々面影はある。
 目元なんかは特に。


「あの、失礼ですが……」


 自分は蚊帳の外にいたから、話しかけない、という選択肢も有ったのだが、相手が相手だけに、ご挨拶をしないのも失礼だろう。
 振り返る王国騎士に、頭を下げる。


「あら?」


 頭を上げて、目があった瞬間、一気に距離を詰められた。
 流石は、王国騎士最強で名高い方だ。
 動きが速い!
 
 こちらが口を開く前に、両手で両頬を挟まれた。
 今現在、鼻と鼻が触れ合うほど近くに、彼の顔がある。
 ってか、近すぎますから……(泣)。
 

「あらあらアラアラ?貴方、オレガノ君ね?英雄の息子さんの!そうでしょう?」

「は……い。自分はオレガノですが、何故……?」

「何故分かったかって?会ったこと無いものね。でもアタシ、気配とか匂いとかで分かっちゃうの。貴方、とーーっても良い匂いがするから」

「そ……うです……か?」

「そうよ?すごく美味しそう」

「っ⁈」


 は?

 …………。

 美味し……喰われる?
 冗談じゃないぞ!
 声をかけなければ良かった。
 ラルフ君を口説くんじゃなかったのか?

 後ずさろうとするが、顔面を抑えられているから身動き出来ない。
 力が強いっ!けど、何とか抵抗を!


「あーっあの!スティーブン様ですよね?クリスティアラ王女殿下付きの副官で、王国騎士最強の……」

「あら?知っていてくれたなんて、もしかして、相思相愛?」


 …………藪蛇だった。


「そうよ。私はスティーブン=バーニア。以後、ステファニーって呼んでね?」

「は……はぁ」


 飛んでくるウィンクと投げキス。
 
 でも、とりあえず手を離してくれたので、一歩分、距離を取ることができた。

 ステファニーって……。
 そういえば、王子殿下が以前、そんなようなこと言っていたような気もする。


 スティーブン=バーニア様。

 バーニア公爵家の次男であらせられるこの方は、今回の魔法暴走事故の主犯である、ダミアン様の兄君に当たる。

 救護テントでジェファーソン様が、ダミアン様の従者に、スティーブン様を呼ぶよう指示を出していたから、急いで駆けつけてくれたのだろう。
 先程の、聖堂裏門の騒ぎは、彼だったわけだ。


「ダミアン様は、大丈夫ですか?」

「ええ。元が少ないから、問題無いわ」

「元……ですか?」

「んー。つまりね?最初からしか無いのが、になっても、案外どってことないのよ。問題は、この子みたいに、元があって、になっちゃった場合ね?魔力が半分になったあたりから、多少目眩と脱水症状が出てくるし、一割きるとか洒落にならないわ。気絶しちゃった場合は、早く意識を戻さないと、水分も自発的に取れないから、場合によっては命に関わるの」


 なるほど。
 分かりやすい説明だ。


「あの阿呆は、もう意識も戻ったし、さっき馬車に押し込んで来たわ。とりあえず、一度領館に連れ帰って、領地のお父様に連絡をとらないとね?」


 ああ……。
 彼に関しては、少し厳しめの罰が下ればいい。
 三男だから跡を継ぐことは無いにしても、責任を人に押し付けることに慣れてしまえば、今後益々増長するだろう。


 長年高い地位にいる貴族は、昨今その傾向が顕著で、自分のしでかした不祥事を、地位や権力の無い者に押し付けがちだ。

 それが常態化すると、民心が離れる。

 王都が今、平和なのは、国王陛下が自らの地位に甘んじることなく、尊厳を持って足元を治めているからに他ならない。

 実際問題、地方では、頻繁に内乱が起きていたりする。
 そのほとんどは、第六・第七旅団が、聖女様の御公務にかこつけて、平定・鎮圧しているが、昨年はヒヤリとさせられる事件もあった。


 ダミアン様は、まだ若いから、今のうちに貴族としての在り方を、しっかり学んでおいた方が良い。


 まぁ、スティーブン様を見れば、ちゃんと良識のありそうな方だ。
 流石は、公爵令息と言ったところか。

 先程、明らかに年下のラルフ君に対して、レン君の件の詫びをいれていたし、自分の弟を阿呆呼ばわりしているあたり、誰が原因での惨事であったかを正確に理解し、兄として、また家としても、ダミアン様にしっかり責任を取らせるだろう。
 
 個人の趣味、嗜好に関して言えば、一歩距離を置いて眺めたい人物ではあるが、総合的に見て、素晴らしい人物であることは間違い無さそうだ。
 

「ところでオレガノ君。この後、お茶会に顔を出すなら、私を案内してくれない?ジェフに御礼と苦言を言わなきゃいけないし、エミリオ王子殿下には、お詫びをしなきゃいけないから」

「畏まりました。お供いたします」

「悪いわね。それじゃぁ、ええと……アナタ、名前は?」


 視線の先はラルフ君だ。
 ラルフ君は、少し気を抜いていたのか、慌てて背筋を伸ばした。


「オレは、ラルフ=バナーです」

「その子は?」

「レン=クルスです」

「オッケー。何か欲しいものがあったら、考えておいてちょうだい」

「はっ……はい」


 あの、瞬間的にお礼を食べ物に置き換えるラルフ君が、視線を逸らして言葉を濁したことに、僅かばかり衝撃を受ける。

 先程口説くと言われた手前、やはり、一緒に食事とかは避けたいのかもしれない。

 分かるよ。

 良い人であることは間違いないけど、迂闊に懐に飛び込むと、別の意味で危険だと、本能が警鐘を鳴らす感じ。


「ラルフ君。自分も君たちには礼をしたいから、後日連絡する」

「いえ、お礼なんて。寧ろテントの移動とか、色々ありがとうございました」


 逆に礼を言われてしまったが、絶対何か奢ろうと心に決めた。


「それでは、参りましょうか?」

「えぇ」


 二人で競技場を出て、事務局へ向かう。

 途中ロータリーで、旅団の衆が、一人の聖騎士と何やら揉めていた。
 茶会にも行かず、帰りもせず、何を聖堂にご迷惑をかけているのかと思ったら、『黒騎士を祝いたいのに、罰で茶会出れないとは何事か!』と、口を揃えている。

 本当に、彼らはブレないな。
 普段、相当世話になっているのだろう。
 レン君には、頭の下がる思いだ。


「彼は、大分疲労が溜まっているようなので、今は休ませてあげて下さい。こちらの聖騎士さんも困っておられますし、後日祝勝会でも開いてあげては如何です?」


 そう提案すると、


「ならば、オレガノ様の残念会も同時開催で!」


 と、うっかり巻き込まれてしまった。

 それはそれで愉快そうではあるので、了解すると、旅団員たちは、機嫌を直して家路につくようだ。

 困り果てていた聖騎士からは、丁寧に礼を言われ、スティーブン様からは『流石ね!』と、褒められた。

 役に立てれば何よりだ。

 そろそろ茶会も終わりの時間になるので、その後は歩調を早めて、会場になっている王族専用室に向かった。




(side ローズ)


 予定されていた時刻より、少し速い時間だけど、お茶会は緩やかに終わりに近づいていた。

 テントの中とは言え、暑い中での模擬戦観戦だったし、予定外の事故もあって、出席者たちは、一様に顔に疲労を浮かべている。

 色々なことが一度にあって、ワクワクしたり、ドキドキしたり。
 でも、流石に少し疲れたな。

 隣で、殿下に、きゃぴきゃぴと話しかけるリリアさんを見ながら、わたしは笑顔で、そんなこと考えていた。

 リリアさんの話に合わせて、相槌を打っているエミリオ様も、少し眠そうな顔をしていらっしゃる。
 そういうところは年相応で、何だかとっても可愛い。

 先程、エミリオ様が、一度会を締めたので、第三旅団の若者たちが、一斉にやって来てお暇を告げて行った。
 あと、王国騎士で残っているのは、エミリオ様付きの皆さんと、旅団長さんくらい。
 それぞれが、お話をしながら、少しずつ帰り支度を進めている。

 魔導学生の皆さんも、入り口周辺に集まって、荷物をまとめている。

 そう言えば、ダミアン組の学生さんたちは、お茶会に出席することなく、早々に帰られたそうだ。
 レンさんに嫌がらせをしただけでなく、あの事故にも一枚絡んでいるみたいだから、それは居づらいよね。


 それから、ジェフ様だけど……。
 実は、ずっとプリシラ様が張り付いていて、近寄れる雰囲気では無い。
 魔力切れが落ち着いた状態とは言え、ずっと立ちっぱなしだし、大丈夫かしら?

 心配になって、少し視線を流した時、入り口から背の高い王国騎士が入ってきて、ジェフ様にツカツカと歩み寄ると、突然バックハグした。
 
 唖然とする周囲。

 その人物は、綺麗な長い金髪を後ろで一つにまとめていて、左耳には、繊細な金細工に、琥珀とサファイアをあしらった大振りのピアス。
 綺麗にお化粧されたお顔。
 すっごい美人さんだわ!

 多分、性別は男性だと思うけど。


「ジェフ!アナタ、もう少し休まないとダメじゃない!オネエさんが添い寝してあげるから、一緒に医務室に行きましょう?」
 
「ステファニーさま。お気持ちは嬉しいですが、僕は大丈夫ですから、腕を解いて?」


 ジェフ様はやんわりと言いながら、でも腕の中からはしっかりと脱出した。

 ええと……ステファニー様?
 誰?

 状況を、呆然としながら見守っていると、エミリオ様の後ろに、お兄様が戻ってくるのが見えた。
 今まで、どこにいたのかしら?
 
 
「何だ、お前。スティーブンを案内してきたのか?」

「は。殿下にも、ご挨拶とお詫びを申し述べたいそうで、先に許可を頂きに参りました」

「お詫びなんて、別に要らないけどな。そもそもアイツ、何しに来たんだ?」

「ジェファーソン様に依頼されて、ダミアン様を回収に見えたところです」

「あー。それでか」


 エミリオ様は、僅かに苦笑いを浮かべた。
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