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第四章
責任の取り方
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(side オレガノ)
「え?あ?はぁ。ありがとうございます?」
レン君の枕元に、しゃがみ込んでいたラルフ君が、呆然とした面持ちでお礼を述べると、その王国騎士は顔を上げ、驚いた顔でラルフ君を凝視した。
「あら~。聖騎士は、整ってるって知っていたけれど、アナタはまた、カワイイわね~っ!」
「かわっ?……オレ、可愛いですか?」
あぁ。
ラルフ君が、泣きそうな顔をしている。
そうだよな~。
少年から青年に成長中の思春期に、可愛いとか言われるのは、屈辱だろう。
ラルフ君の見た目は、多少の少年っぽさは残るものの、どちらかと言えば精悍で、男らしい雰囲気だしなぁ。
性格は、子犬系でかわいらしいが。
「なんか、それ、最近よく言われるんですけど、どっちかというと、オレよりも先輩のが、童顔で可愛らしい顔立ちだと思います!」
レン君を右手で示しながら、力強く断言するラルフ君。
こらこら。
意識のない先輩を売るんじゃない。
思わず苦笑が浮かぶ。
「あら?気に障っちゃったら、ごめんなさいね?えーと、そうね。確かに、彼は美人だけど……」
その騎士は、示された先、レン君の顔をまじまじと見ながら、小首を傾げた。
そして、ガバッと顔を上げた後、ラルフ君に向かって、左目でウインクした。
彼は、涼しげなアイスブルーの垂れ目の持ち主で、左目の目元には泣き黒子。
こう言っては失礼だが、無駄に色気がある。
「個人的には、どちらかと言うと、アナタくらいしっかり筋肉がのってる方が、好みのタイプよ❤︎」
「…………は?」
あ~。
やっぱりそっちの意味か~。
ラルフ君の顔から、一気に血の気が引くのが見えた。
「さて、口説くのは後にして、さっさと、やるべきことをしないとね?」
ラルフ君は立ち上がって、一歩後ずさる。
王国騎士は、再度レン君に視線を落とした。
「あらヤダ。お互い二つずつ持っているのに、属性が真逆だわ。相性が悪いわね。それなら、主属性の方が、まだ効きが良いかしら?」
「え?」
王国騎士は、レン君の胸元に下げたペンダントに手をかざすと、口を開いた。
「謹んで乞い願い奉る
その壮観なる雄黄
土の守護ノーミリエラの眷属よ
我に宿りし古の血を媒介に
その力賜らん
慈しみ深き土の子らよ
この者を癒やしたまえ」
呪文?
この方は魔法が使えるのか?
ペンダント全体が、一瞬金色に輝いたかと思うと、すぐに落ち着く。
「魔法具よ。癒しの魔導は、単発では効きが悪いけど、この魔法具は、魔法石の魔力が尽きるまでは、継続して癒しを施してくれるの。これで、少しだけ回復が早くなると思うわ。そうは言っても、『三時間寝ないと身動きできない』場合の、『三時間』が『二時間』になるくらいの効果しかないけれど」
そう言いながら、彼は優しい目で微笑み、レン君の額に張り付いていた髪を払った。
よく見ると、頬に若干の赤みがさしたようにも見える。
それを近くで見ていたラルフ君は、その場で頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「あら?良いのよ。聞けば、うちのおバカのせいらしいじゃない?寧ろ、ごめんなさいね?目覚めたら、謝っていたと伝えてくれる?というか、後日また、お詫びに伺うわ」
「え?」
疑問符を顔に浮かべるラルフ君。
王国騎士の、この発言で、ようやく彼が誰なのかの見当がついた。
全然似ていないが、言われてみれば、所々面影はある。
目元なんかは特に。
「あの、失礼ですが……」
自分は蚊帳の外にいたから、話しかけない、という選択肢も有ったのだが、相手が相手だけに、ご挨拶をしないのも失礼だろう。
振り返る王国騎士に、頭を下げる。
「あら?」
頭を上げて、目があった瞬間、一気に距離を詰められた。
流石は、王国騎士最強で名高い方だ。
動きが速い!
こちらが口を開く前に、両手で両頬を挟まれた。
今現在、鼻と鼻が触れ合うほど近くに、彼の顔がある。
ってか、近すぎますから……(泣)。
「あらあらアラアラ?貴方、オレガノ君ね?英雄の息子さんの!そうでしょう?」
「は……い。自分はオレガノですが、何故……?」
「何故分かったかって?会ったこと無いものね。でもアタシ、気配とか匂いとかで分かっちゃうの。貴方、とーーっても良い匂いがするから」
「そ……うです……か?」
「そうよ?すごく美味しそう」
「っ⁈」
は?
…………。
美味し……喰われる?
冗談じゃないぞ!
声をかけなければ良かった。
ラルフ君を口説くんじゃなかったのか?
後ずさろうとするが、顔面を抑えられているから身動き出来ない。
力が強いっ!けど、何とか抵抗を!
「あーっあの!スティーブン様ですよね?クリスティアラ王女殿下付きの副官で、王国騎士最強の……」
「あら?知っていてくれたなんて、もしかして、相思相愛?」
…………藪蛇だった。
「そうよ。私はスティーブン=バーニア。以後、ステファニーって呼んでね?」
「は……はぁ」
飛んでくるウィンクと投げキス。
でも、とりあえず手を離してくれたので、一歩分、距離を取ることができた。
ステファニーって……。
そういえば、王子殿下が以前、そんなようなこと言っていたような気もする。
スティーブン=バーニア様。
バーニア公爵家の次男であらせられるこの方は、今回の魔法暴走事故の主犯である、ダミアン様の兄君に当たる。
救護テントでジェファーソン様が、ダミアン様の従者に、スティーブン様を呼ぶよう指示を出していたから、急いで駆けつけてくれたのだろう。
先程の、聖堂裏門の騒ぎは、彼だったわけだ。
「ダミアン様は、大丈夫ですか?」
「ええ。元が少ないから、問題無いわ」
「元……ですか?」
「んー。つまりね?最初から二しか無いのが、一になっても、案外どってことないのよ。問題は、この子みたいに、元が十あって、一になっちゃった場合ね?魔力が半分になったあたりから、多少目眩と脱水症状が出てくるし、一割きるとか洒落にならないわ。気絶しちゃった場合は、早く意識を戻さないと、水分も自発的に取れないから、場合によっては命に関わるの」
なるほど。
分かりやすい説明だ。
「あの阿呆は、もう意識も戻ったし、さっき馬車に押し込んで来たわ。とりあえず、一度領館に連れ帰って、領地のお父様に連絡をとらないとね?」
ああ……。
彼に関しては、少し厳しめの罰が下ればいい。
三男だから跡を継ぐことは無いにしても、責任を人に押し付けることに慣れてしまえば、今後益々増長するだろう。
長年高い地位にいる貴族は、昨今その傾向が顕著で、自分のしでかした不祥事を、地位や権力の無い者に押し付けがちだ。
それが常態化すると、民心が離れる。
王都が今、平和なのは、国王陛下が自らの地位に甘んじることなく、尊厳を持って足元を治めているからに他ならない。
実際問題、地方では、頻繁に内乱が起きていたりする。
そのほとんどは、第六・第七旅団が、聖女様の御公務に託けて、平定・鎮圧しているが、昨年はヒヤリとさせられる事件もあった。
ダミアン様は、まだ若いから、今のうちに貴族としての在り方を、しっかり学んでおいた方が良い。
まぁ、スティーブン様を見れば、ちゃんと良識のありそうな方だ。
流石は、公爵令息と言ったところか。
先程、明らかに年下のラルフ君に対して、レン君の件の詫びをいれていたし、自分の弟を阿呆呼ばわりしているあたり、誰が原因での惨事であったかを正確に理解し、兄として、また家としても、ダミアン様にしっかり責任を取らせるだろう。
個人の趣味、嗜好に関して言えば、一歩距離を置いて眺めたい人物ではあるが、総合的に見て、素晴らしい人物であることは間違い無さそうだ。
「ところでオレガノ君。この後、お茶会に顔を出すなら、私を案内してくれない?ジェフに御礼と苦言を言わなきゃいけないし、エミリオ王子殿下には、お詫びをしなきゃいけないから」
「畏まりました。お供いたします」
「悪いわね。それじゃぁ、ええと……アナタ、名前は?」
視線の先はラルフ君だ。
ラルフ君は、少し気を抜いていたのか、慌てて背筋を伸ばした。
「オレは、ラルフ=バナーです」
「その子は?」
「レン=クルスです」
「オッケー。何か欲しいものがあったら、考えておいてちょうだい」
「はっ……はい」
あの、瞬間的にお礼を食べ物に置き換えるラルフ君が、視線を逸らして言葉を濁したことに、僅かばかり衝撃を受ける。
先程口説くと言われた手前、やはり、一緒に食事とかは避けたいのかもしれない。
分かるよ。
良い人であることは間違いないけど、迂闊に懐に飛び込むと、別の意味で危険だと、本能が警鐘を鳴らす感じ。
「ラルフ君。自分も君たちには礼をしたいから、後日連絡する」
「いえ、お礼なんて。寧ろテントの移動とか、色々ありがとうございました」
逆に礼を言われてしまったが、絶対何か奢ろうと心に決めた。
「それでは、参りましょうか?」
「えぇ」
二人で競技場を出て、事務局へ向かう。
途中ロータリーで、旅団の衆が、一人の聖騎士と何やら揉めていた。
茶会にも行かず、帰りもせず、何を聖堂にご迷惑をかけているのかと思ったら、『黒騎士を祝いたいのに、罰で茶会出れないとは何事か!』と、口を揃えている。
本当に、彼らはブレないな。
普段、相当世話になっているのだろう。
レン君には、頭の下がる思いだ。
「彼は、大分疲労が溜まっているようなので、今は休ませてあげて下さい。こちらの聖騎士さんも困っておられますし、後日祝勝会でも開いてあげては如何です?」
そう提案すると、
「ならば、オレガノ様の残念会も同時開催で!」
と、うっかり巻き込まれてしまった。
それはそれで愉快そうではあるので、了解すると、旅団員たちは、機嫌を直して家路につくようだ。
困り果てていた聖騎士からは、丁寧に礼を言われ、スティーブン様からは『流石ね!』と、褒められた。
役に立てれば何よりだ。
そろそろ茶会も終わりの時間になるので、その後は歩調を早めて、会場になっている王族専用室に向かった。
◆
(side ローズ)
予定されていた時刻より、少し速い時間だけど、お茶会は緩やかに終わりに近づいていた。
テントの中とは言え、暑い中での模擬戦観戦だったし、予定外の事故もあって、出席者たちは、一様に顔に疲労を浮かべている。
色々なことが一度にあって、ワクワクしたり、ドキドキしたり。
でも、流石に少し疲れたな。
隣で、殿下に、きゃぴきゃぴと話しかけるリリアさんを見ながら、わたしは笑顔で、そんなこと考えていた。
リリアさんの話に合わせて、相槌を打っているエミリオ様も、少し眠そうな顔をしていらっしゃる。
そういうところは年相応で、何だかとっても可愛い。
先程、エミリオ様が、一度会を締めたので、第三旅団の若者たちが、一斉にやって来てお暇を告げて行った。
あと、王国騎士で残っているのは、エミリオ様付きの皆さんと、旅団長さんくらい。
それぞれが、お話をしながら、少しずつ帰り支度を進めている。
魔導学生の皆さんも、入り口周辺に集まって、荷物をまとめている。
そう言えば、ダミアン組の学生さんたちは、お茶会に出席することなく、早々に帰られたそうだ。
レンさんに嫌がらせをしただけでなく、あの事故にも一枚絡んでいるみたいだから、それは居づらいよね。
それから、ジェフ様だけど……。
実は、ずっとプリシラ様が張り付いていて、近寄れる雰囲気では無い。
魔力切れが落ち着いた状態とは言え、ずっと立ちっぱなしだし、大丈夫かしら?
心配になって、少し視線を流した時、入り口から背の高い王国騎士が入ってきて、ジェフ様にツカツカと歩み寄ると、突然バックハグした。
唖然とする周囲。
その人物は、綺麗な長い金髪を後ろで一つにまとめていて、左耳には、繊細な金細工に、琥珀とサファイアをあしらった大振りのピアス。
綺麗にお化粧されたお顔。
すっごい美人さんだわ!
多分、性別は男性だと思うけど。
「ジェフ!アナタ、もう少し休まないとダメじゃない!オネエさんが添い寝してあげるから、一緒に医務室に行きましょう?」
「ステファニーさま。お気持ちは嬉しいですが、僕は大丈夫ですから、腕を解いて?」
ジェフ様はやんわりと言いながら、でも腕の中からはしっかりと脱出した。
ええと……ステファニー様?
誰?
状況を、呆然としながら見守っていると、エミリオ様の後ろに、お兄様が戻ってくるのが見えた。
今まで、どこにいたのかしら?
「何だ、お前。スティーブンを案内してきたのか?」
「は。殿下にも、ご挨拶とお詫びを申し述べたいそうで、先に許可を頂きに参りました」
「お詫びなんて、別に要らないけどな。そもそもアイツ、何しに来たんだ?」
「ジェファーソン様に依頼されて、ダミアン様を回収に見えたところです」
「あー。それでか」
エミリオ様は、僅かに苦笑いを浮かべた。
「え?あ?はぁ。ありがとうございます?」
レン君の枕元に、しゃがみ込んでいたラルフ君が、呆然とした面持ちでお礼を述べると、その王国騎士は顔を上げ、驚いた顔でラルフ君を凝視した。
「あら~。聖騎士は、整ってるって知っていたけれど、アナタはまた、カワイイわね~っ!」
「かわっ?……オレ、可愛いですか?」
あぁ。
ラルフ君が、泣きそうな顔をしている。
そうだよな~。
少年から青年に成長中の思春期に、可愛いとか言われるのは、屈辱だろう。
ラルフ君の見た目は、多少の少年っぽさは残るものの、どちらかと言えば精悍で、男らしい雰囲気だしなぁ。
性格は、子犬系でかわいらしいが。
「なんか、それ、最近よく言われるんですけど、どっちかというと、オレよりも先輩のが、童顔で可愛らしい顔立ちだと思います!」
レン君を右手で示しながら、力強く断言するラルフ君。
こらこら。
意識のない先輩を売るんじゃない。
思わず苦笑が浮かぶ。
「あら?気に障っちゃったら、ごめんなさいね?えーと、そうね。確かに、彼は美人だけど……」
その騎士は、示された先、レン君の顔をまじまじと見ながら、小首を傾げた。
そして、ガバッと顔を上げた後、ラルフ君に向かって、左目でウインクした。
彼は、涼しげなアイスブルーの垂れ目の持ち主で、左目の目元には泣き黒子。
こう言っては失礼だが、無駄に色気がある。
「個人的には、どちらかと言うと、アナタくらいしっかり筋肉がのってる方が、好みのタイプよ❤︎」
「…………は?」
あ~。
やっぱりそっちの意味か~。
ラルフ君の顔から、一気に血の気が引くのが見えた。
「さて、口説くのは後にして、さっさと、やるべきことをしないとね?」
ラルフ君は立ち上がって、一歩後ずさる。
王国騎士は、再度レン君に視線を落とした。
「あらヤダ。お互い二つずつ持っているのに、属性が真逆だわ。相性が悪いわね。それなら、主属性の方が、まだ効きが良いかしら?」
「え?」
王国騎士は、レン君の胸元に下げたペンダントに手をかざすと、口を開いた。
「謹んで乞い願い奉る
その壮観なる雄黄
土の守護ノーミリエラの眷属よ
我に宿りし古の血を媒介に
その力賜らん
慈しみ深き土の子らよ
この者を癒やしたまえ」
呪文?
この方は魔法が使えるのか?
ペンダント全体が、一瞬金色に輝いたかと思うと、すぐに落ち着く。
「魔法具よ。癒しの魔導は、単発では効きが悪いけど、この魔法具は、魔法石の魔力が尽きるまでは、継続して癒しを施してくれるの。これで、少しだけ回復が早くなると思うわ。そうは言っても、『三時間寝ないと身動きできない』場合の、『三時間』が『二時間』になるくらいの効果しかないけれど」
そう言いながら、彼は優しい目で微笑み、レン君の額に張り付いていた髪を払った。
よく見ると、頬に若干の赤みがさしたようにも見える。
それを近くで見ていたラルフ君は、その場で頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「あら?良いのよ。聞けば、うちのおバカのせいらしいじゃない?寧ろ、ごめんなさいね?目覚めたら、謝っていたと伝えてくれる?というか、後日また、お詫びに伺うわ」
「え?」
疑問符を顔に浮かべるラルフ君。
王国騎士の、この発言で、ようやく彼が誰なのかの見当がついた。
全然似ていないが、言われてみれば、所々面影はある。
目元なんかは特に。
「あの、失礼ですが……」
自分は蚊帳の外にいたから、話しかけない、という選択肢も有ったのだが、相手が相手だけに、ご挨拶をしないのも失礼だろう。
振り返る王国騎士に、頭を下げる。
「あら?」
頭を上げて、目があった瞬間、一気に距離を詰められた。
流石は、王国騎士最強で名高い方だ。
動きが速い!
こちらが口を開く前に、両手で両頬を挟まれた。
今現在、鼻と鼻が触れ合うほど近くに、彼の顔がある。
ってか、近すぎますから……(泣)。
「あらあらアラアラ?貴方、オレガノ君ね?英雄の息子さんの!そうでしょう?」
「は……い。自分はオレガノですが、何故……?」
「何故分かったかって?会ったこと無いものね。でもアタシ、気配とか匂いとかで分かっちゃうの。貴方、とーーっても良い匂いがするから」
「そ……うです……か?」
「そうよ?すごく美味しそう」
「っ⁈」
は?
…………。
美味し……喰われる?
冗談じゃないぞ!
声をかけなければ良かった。
ラルフ君を口説くんじゃなかったのか?
後ずさろうとするが、顔面を抑えられているから身動き出来ない。
力が強いっ!けど、何とか抵抗を!
「あーっあの!スティーブン様ですよね?クリスティアラ王女殿下付きの副官で、王国騎士最強の……」
「あら?知っていてくれたなんて、もしかして、相思相愛?」
…………藪蛇だった。
「そうよ。私はスティーブン=バーニア。以後、ステファニーって呼んでね?」
「は……はぁ」
飛んでくるウィンクと投げキス。
でも、とりあえず手を離してくれたので、一歩分、距離を取ることができた。
ステファニーって……。
そういえば、王子殿下が以前、そんなようなこと言っていたような気もする。
スティーブン=バーニア様。
バーニア公爵家の次男であらせられるこの方は、今回の魔法暴走事故の主犯である、ダミアン様の兄君に当たる。
救護テントでジェファーソン様が、ダミアン様の従者に、スティーブン様を呼ぶよう指示を出していたから、急いで駆けつけてくれたのだろう。
先程の、聖堂裏門の騒ぎは、彼だったわけだ。
「ダミアン様は、大丈夫ですか?」
「ええ。元が少ないから、問題無いわ」
「元……ですか?」
「んー。つまりね?最初から二しか無いのが、一になっても、案外どってことないのよ。問題は、この子みたいに、元が十あって、一になっちゃった場合ね?魔力が半分になったあたりから、多少目眩と脱水症状が出てくるし、一割きるとか洒落にならないわ。気絶しちゃった場合は、早く意識を戻さないと、水分も自発的に取れないから、場合によっては命に関わるの」
なるほど。
分かりやすい説明だ。
「あの阿呆は、もう意識も戻ったし、さっき馬車に押し込んで来たわ。とりあえず、一度領館に連れ帰って、領地のお父様に連絡をとらないとね?」
ああ……。
彼に関しては、少し厳しめの罰が下ればいい。
三男だから跡を継ぐことは無いにしても、責任を人に押し付けることに慣れてしまえば、今後益々増長するだろう。
長年高い地位にいる貴族は、昨今その傾向が顕著で、自分のしでかした不祥事を、地位や権力の無い者に押し付けがちだ。
それが常態化すると、民心が離れる。
王都が今、平和なのは、国王陛下が自らの地位に甘んじることなく、尊厳を持って足元を治めているからに他ならない。
実際問題、地方では、頻繁に内乱が起きていたりする。
そのほとんどは、第六・第七旅団が、聖女様の御公務に託けて、平定・鎮圧しているが、昨年はヒヤリとさせられる事件もあった。
ダミアン様は、まだ若いから、今のうちに貴族としての在り方を、しっかり学んでおいた方が良い。
まぁ、スティーブン様を見れば、ちゃんと良識のありそうな方だ。
流石は、公爵令息と言ったところか。
先程、明らかに年下のラルフ君に対して、レン君の件の詫びをいれていたし、自分の弟を阿呆呼ばわりしているあたり、誰が原因での惨事であったかを正確に理解し、兄として、また家としても、ダミアン様にしっかり責任を取らせるだろう。
個人の趣味、嗜好に関して言えば、一歩距離を置いて眺めたい人物ではあるが、総合的に見て、素晴らしい人物であることは間違い無さそうだ。
「ところでオレガノ君。この後、お茶会に顔を出すなら、私を案内してくれない?ジェフに御礼と苦言を言わなきゃいけないし、エミリオ王子殿下には、お詫びをしなきゃいけないから」
「畏まりました。お供いたします」
「悪いわね。それじゃぁ、ええと……アナタ、名前は?」
視線の先はラルフ君だ。
ラルフ君は、少し気を抜いていたのか、慌てて背筋を伸ばした。
「オレは、ラルフ=バナーです」
「その子は?」
「レン=クルスです」
「オッケー。何か欲しいものがあったら、考えておいてちょうだい」
「はっ……はい」
あの、瞬間的にお礼を食べ物に置き換えるラルフ君が、視線を逸らして言葉を濁したことに、僅かばかり衝撃を受ける。
先程口説くと言われた手前、やはり、一緒に食事とかは避けたいのかもしれない。
分かるよ。
良い人であることは間違いないけど、迂闊に懐に飛び込むと、別の意味で危険だと、本能が警鐘を鳴らす感じ。
「ラルフ君。自分も君たちには礼をしたいから、後日連絡する」
「いえ、お礼なんて。寧ろテントの移動とか、色々ありがとうございました」
逆に礼を言われてしまったが、絶対何か奢ろうと心に決めた。
「それでは、参りましょうか?」
「えぇ」
二人で競技場を出て、事務局へ向かう。
途中ロータリーで、旅団の衆が、一人の聖騎士と何やら揉めていた。
茶会にも行かず、帰りもせず、何を聖堂にご迷惑をかけているのかと思ったら、『黒騎士を祝いたいのに、罰で茶会出れないとは何事か!』と、口を揃えている。
本当に、彼らはブレないな。
普段、相当世話になっているのだろう。
レン君には、頭の下がる思いだ。
「彼は、大分疲労が溜まっているようなので、今は休ませてあげて下さい。こちらの聖騎士さんも困っておられますし、後日祝勝会でも開いてあげては如何です?」
そう提案すると、
「ならば、オレガノ様の残念会も同時開催で!」
と、うっかり巻き込まれてしまった。
それはそれで愉快そうではあるので、了解すると、旅団員たちは、機嫌を直して家路につくようだ。
困り果てていた聖騎士からは、丁寧に礼を言われ、スティーブン様からは『流石ね!』と、褒められた。
役に立てれば何よりだ。
そろそろ茶会も終わりの時間になるので、その後は歩調を早めて、会場になっている王族専用室に向かった。
◆
(side ローズ)
予定されていた時刻より、少し速い時間だけど、お茶会は緩やかに終わりに近づいていた。
テントの中とは言え、暑い中での模擬戦観戦だったし、予定外の事故もあって、出席者たちは、一様に顔に疲労を浮かべている。
色々なことが一度にあって、ワクワクしたり、ドキドキしたり。
でも、流石に少し疲れたな。
隣で、殿下に、きゃぴきゃぴと話しかけるリリアさんを見ながら、わたしは笑顔で、そんなこと考えていた。
リリアさんの話に合わせて、相槌を打っているエミリオ様も、少し眠そうな顔をしていらっしゃる。
そういうところは年相応で、何だかとっても可愛い。
先程、エミリオ様が、一度会を締めたので、第三旅団の若者たちが、一斉にやって来てお暇を告げて行った。
あと、王国騎士で残っているのは、エミリオ様付きの皆さんと、旅団長さんくらい。
それぞれが、お話をしながら、少しずつ帰り支度を進めている。
魔導学生の皆さんも、入り口周辺に集まって、荷物をまとめている。
そう言えば、ダミアン組の学生さんたちは、お茶会に出席することなく、早々に帰られたそうだ。
レンさんに嫌がらせをしただけでなく、あの事故にも一枚絡んでいるみたいだから、それは居づらいよね。
それから、ジェフ様だけど……。
実は、ずっとプリシラ様が張り付いていて、近寄れる雰囲気では無い。
魔力切れが落ち着いた状態とは言え、ずっと立ちっぱなしだし、大丈夫かしら?
心配になって、少し視線を流した時、入り口から背の高い王国騎士が入ってきて、ジェフ様にツカツカと歩み寄ると、突然バックハグした。
唖然とする周囲。
その人物は、綺麗な長い金髪を後ろで一つにまとめていて、左耳には、繊細な金細工に、琥珀とサファイアをあしらった大振りのピアス。
綺麗にお化粧されたお顔。
すっごい美人さんだわ!
多分、性別は男性だと思うけど。
「ジェフ!アナタ、もう少し休まないとダメじゃない!オネエさんが添い寝してあげるから、一緒に医務室に行きましょう?」
「ステファニーさま。お気持ちは嬉しいですが、僕は大丈夫ですから、腕を解いて?」
ジェフ様はやんわりと言いながら、でも腕の中からはしっかりと脱出した。
ええと……ステファニー様?
誰?
状況を、呆然としながら見守っていると、エミリオ様の後ろに、お兄様が戻ってくるのが見えた。
今まで、どこにいたのかしら?
「何だ、お前。スティーブンを案内してきたのか?」
「は。殿下にも、ご挨拶とお詫びを申し述べたいそうで、先に許可を頂きに参りました」
「お詫びなんて、別に要らないけどな。そもそもアイツ、何しに来たんだ?」
「ジェファーソン様に依頼されて、ダミアン様を回収に見えたところです」
「あー。それでか」
エミリオ様は、僅かに苦笑いを浮かべた。
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