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第四章
思いがけないプレゼント
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(side ローズ)
「やっと来たか!お前たち、遅いぞ?」
エミリオ様が近づいてくると、学生さんたちは左右に分かれて道を開けた。
周囲には、リリアさんとプリシラさんもいて、その後方には執事のハロルドさんと、数人の王国騎士の皆さん。
いつもの配置と違って、ジュリーさんは右後方にいるけれど、団長さんとお兄様はいない。
周囲の騎士さんたちも、前回の歴戦の猛者的な風貌の人たちではなく、洗練された印象の綺麗な人たちが守っている。
状況に応じて、配置人員が変わるのかしら?
確かに、ムキムキマッチョのおじさん連の中にいるよりは、優男の中にいる方が、近付き易く、親しみ易い。
それにしても、エミリオ様って、本当に整ったお顔をされていらっしゃるのね!
それとも、持っているオーラがそうさせるのかな?
全体的に綺麗なお顔をしている集団の中にあるのに、存在感が凄いわ。
やっぱり、あの瞳かしら?
ぱっちりと大きな猫目は、複雑な色合いの青緑色。
光を受けて、エメラルドのようにキラキラと輝いている。
一行がこちらに到着すると、ジェフ様が綺麗に礼をした。
「これは、お待たせしてしまったようで」
「ジェフ。具合はもう良いのか?」
「だいぶ回復しましたよ?ありがとうございました」
「そうか。それなら良かった。まぁ、無理のないようにな」
「ええ。休み休みやりますよ」
ジェフ様に対して頷くと、エミリオ様は笑顔でこちらに向き直った。
「マリーは大丈夫だったか?」
「わたくしは付き添いですので」
笑顔を返すと、エミリオ様は眉を寄せながら小声で返す。
「そうじゃない。ジェフに嫌なことをされなかったか?」
「え?」
い……嫌なこと?は、されていないけれど……。
自分の頬に、髪が触れるほど近づいたジェフ様との距離を思い出し、頬が熱くなる。
「殿下……流石にそれは侮辱です。神聖な聖堂で、僕がレディーを困らせるわけ無いじゃないですか」
「お前を侮辱するつもりは無いが、いつの間にかいなくなっていれば、心配もするだろう?」
「彼女には、案内をお願いしただけですよ」
「では、次は是非、私を御指名下さいませ」
話に割って入ってきたのは、プリシラさん。
ジェフ様に対して向けられた笑顔は、気品が感じられて美しい。
その直前に、わたしに向かって投げられた視線は、結構棘があったけど。
まずいわ。
ここでも摩擦が……。
本当にジェフ様の人気ぶりは、留まることを知らない。
これは、結婚する人大変だわ。
相当自信家なら良いけれど、わたし今、しばらくの間横に立っていただけで、胃に穴があきそう。
「ああ、知っているか?オルセー伯の御令嬢だぞ?」
エミリオ様が会話を引き取り、ジェフ様はいつもの笑顔を向ける。
「ええ。存じておりますよ?プリシラ様。本日はまた、一段とお美しいですね?」
「まぁ。相変わらずお上手ですわ。宜しければ、あちらで少しお話しを……」
「ああ。いいじゃないか。折角だから親交を深めるといい」
「…………」
エミリオ様は、プリシラ様に笑顔で言い、プリシラ様は嬉しそうに微笑む。
ジェフ様は、顔に笑みを貼り付けたまま、返答をしなかったけど、レディーからのお誘いだし、エミリオ様からの勧めもあっては、この場は断れないかな?
「では、あちらへ。今日は私の用意させた茶菓子もありますので、是非召し上がって頂きたいわ」
「そぉなんですかぁ?きっと高級なんでしょうね。折角だから、マリーさんも一緒に行ってきたら?」
牽制球はリリアさんから。
わーっ!
火花が散りまくってるわ。
でも……そっか。
今までプリシラ様が一緒にいたから、エミリオ様と二人きりになれなかったのね?
双方にとって、わたしはお邪魔虫ってこと?
じゃ、いっそのこと席外そうかしら。
お化粧直しも、しておきたいところだし。
そんなことを考えていると、エミリオ様がストップをかける。
「いや。マリーには用事があるんだ。リリアもお菓子を食べてきたらどうだ?」
「ええ?私は、エミリオ様と一緒にいたいですぅ。お菓子には別に興味が無いですしぃ」
「そう言うな。マリーの兄の職務に関する話で、内密なことだから、少しだけ外してくれないか?」
エミリオ様のウィンクに、リリアさん、完全に毒気を抜かれてる!
「少しだけ?本当に少しですか?」
「ああ」
「わかりました。じゃ、ちょっとだけお化粧を直してきますけど、帰ってきたら私とお話ししてくださいね!」
「わかった」
リリアさんは、口を尖らせながら、わたしにちらりと視線を向けて、一度会場から出て行った。
あー。コレ。
また後で拗ねられそうだわ。
でも、実はリリアさんの拗ね方って、ストレートでハッキリしているから、嫌味な感じじゃなくて付き合いやすいのよね。
お話しの内容がお兄様のお仕事関係だから、すんなり席を外してくれたのかな?
他ならぬ、エミリオ様本人からのお願いだしね。
斜め前に立っていたジェフ様も、他の人には聞こえない程度、小さくため息をもらした後、先導して歩き出したプリシラ様の後に続くみたい。
「そう言うことだから、マリー。少し時間をくれるか?」
エミリオ様はにっこり笑うと、わたしに向かって手を差し出した。
あ。
今回は、腕を掴んだりなさらないのね?
仕草や態度が、以前より随分洗練されている。
それから、なんだか……身長?
少し伸びましたよね?
ダンスをさせて頂いた時からあまり経っていないのに、目線が僅か上がっている。
「マリー?」
笑みを浮かべながら、首を傾げる表情はあどけないのに、名前を呼ばれた時、何故か鼓動がはねた。
いやいや。
待って?
今日は、ちょっと心臓の動きが異常だわ。
不整脈かな?
呼ばれ慣れない愛称で呼ばれたからかしら?
何というか、特別感が凄い。
そう思いながら、エミリオ様のお顔を拝見すると、なんだか凛々しく見えてくるから不思議。
これがメインヒーロー補正なの?
おずおずと右手を差し出すと、エミリオ様は、わたしの手を取り、窓際へエスコートして下さった。
案内された先。
大きな嵌め殺しの窓のおかげで、閉塞感はないのだけど、窓以外の部分を、護衛の騎士にぐるっと囲まれてしまい、周りからは完全に隔離されてしまった。
ええと……ちょっと怖いです。
というか、お兄様関連の内密なお話しなのに、お兄様がいない件。
何かやらかしちゃっちゃったのかな?
それとも、模擬戦の敗北のこと?
エミリオ様は、しばらく窓の外に視線を向けていたのだけど、こちらを向き直ると、小さく咳払いをした。
「マリー。一方的に悪かったな」
「いえ。兄が模擬戦で負けた件でしょうか?エミリオ様に恥をかかせてしまい、わたくしからもお詫び申し上げます」
とりあえず、お兄様の件で、思い当たることのお詫びをする。
エミリオ様は、虚を突かれたような顔をしたあと、何故か顔を赤らめ、考えるように俯いた。
やがて、上目遣いでこちらを見る。
「ええと。済まない。情報量が多すぎて処理しきれなかった。もう一度頼む」
「兄が申し訳ありま……」
「いや。そこじゃ無い」
謝罪の言葉は、エミリオ様に途中で遮られる。
ええぇ?どこ?
「ええと……?」
「いや、やっぱりいい」
よく分からなくて、首を傾げると、エミリオ様は、頬を赤くして視線を逸らした。
まずい。
怒らせちゃったかしら?
「模擬戦のことじゃないんだ。心配させたなら悪かった。オレガノは、よく頑張ってくれたし、切り捨てたりしないから、心配するな」
一拍置いて、少し口ごもりながら、エミリオ様は言葉を続けた。
機嫌を損ねたわけでは無いようで、安心する。
「そうですか。ありがとうございます!」
でも、その件で無いなら、なんだろう。
「うん。それで要件だけどな。お前にコレを……」
はにかんだ笑みを浮かべながら、エミリオ様はベストの胸ポケットから、金属でできたカードを取り出し、こちらに差し出した。
「これは?」
「第一の城壁南門の通行許可証だ」
はぁ。
第一の城壁の。
…………。
え?だいいち⁈
王宮の入り口じゃないですかぁぁっ‼︎
「いえ!ですが、わたくしのような者が……」
「マリーはっ!家族と別れて王都に出て来て、きっと心細いだろう?せめて、兄と連絡を取りやすい方がいいと思ったんだ!もちろん、何の連絡も無しに入れるわけじゃ無いぞ?先に連絡を入れておくか、こっちから呼び出した場合は、コレを門で提示すれば素通り出来るってだけで……」
エミリオ様は、捲し立てるように早口で仰った。
あ、なるほど。
そういう感じの?
では、エミリオ様は、わたしを心配して下さったのかな?
手の中にある、金属製のカード。
裏側の色は赤く、王家の紋章が刻印されている。
この色から察するに、殿下が直々に手配して下さったものに違いない。
「オレガノに頼むと、ちゃんと渡すか心配だったからな」
お兄様の信頼度……。
それはさておき、家族と分かれて生活する淋しい気持ちを、察してくれる優しさに、胸が温かくなった。
「ありがとうございます!エミリオ様」
微笑んでお礼を言うと、エミリオ様は、また一瞬固まった後、頬を赤くして俯く。
「もう一回言ってくれ」
え?
お礼くらい何度でも言いますけど……。
「本当にありがとうございました!」
「…………いや、そこじゃない」
エミリオ様は、小さくつぶやいた。
???
ええと。どこ?
わたしが口を開く前に、リリアさんがこちらに向かって大股でやって来たので、そこでお話はお終いになってしまったのだけど、わたしは手の中のカードを、大切に手持ちのポーチの中にしまった。
◆
(side オレガノ)
ローズとジェファーソン様が、仲良く連れ立って、事務局に向かって歩いていく。
その後ろ姿を、テント側面に身を隠し、息を吐き出しつつ眺めていた。
上官命令とは言え、まさか妹の恋愛模様を監視しなければならないとは……。
あれ?
おかしいな。
さっきから胃がシクシク痛む気がするし、何故か目から汗が……。
しかし、さっきは焦ったな……。
日が傾いたからと言って、暑さは相変わらずだが、自分の額に浮かぶこの汗は、暑さのせいでは無く、どちらかと言うと、冷や汗に分類される物。
ジェファーソン様は、社交界でも名の知れたプレイボーイであられるから、ローズのような田舎の小娘を手玉に取ることなど、簡単なことだろう。
それでまた、ローズはローズで、恋愛方面に疎いだけでなく、全くと言っていいほど経験がないから、押されるとおしきられてしまう。
そこは……故郷にいた時から、過保護に守りすぎていた、自分にも原因があるのだが。
しかし、ぐいぐい行くのにスマートって……。
ジェフ様の恋愛テクニックには、舌を巻くばかりだ。
『肩を借りていいかな?』のくだりの時は、流石に偶然を装ってテントに入ろうかと思ったものだ。
というか、実際、テントに入るべく、入り口に向かった。
入り口に、壁のように立ちはだかった、ジェファーソン様の護衛の方々に邪魔されて、結局入れなかったのだが。
たまたま逆方向の入り口から、タイミングよく飛び込んでくれたラルフ君には、どれだけ感謝しても足りないな。
前回の礼もまだだし、今度レン君も誘って、食事でもご馳走するとしよう。
ローズたちが、事務局の中に入って行くのを、確認してから立ち上がり、ズボンの汚れを払う。
後を追って、直後にお茶会会場に行くと、いかにも隠れて見守ってました感があって、お互いに気まずいから……。
そうだ!
二人がテントから出たことを、彼らに伝えてやるか。
恐らく、ジェファーソン様がいらっしゃるから、レン君は救護テントに入れなかったのだろうし。
競技場側へ回り込むと、聖女様のテント前の空いたスペースに、二人の姿を見つけた。
他にも数人の神官たちが動き回っているが、別件で忙しいようで、二人の周囲に人はいないようだ。
レン君は寝そべった状態で、ラルフ君から手渡された水を飲んでいる。
意外だな。
『気を抜いてゴロゴロしていた』とのラルフ君の発言には、若干懐疑的だったから。
レン君と会ったのは数回ほどで、何を知っているわけでもないが、しっかりしている彼に限って、まさか、と思った部分もある。
まぁ、ほとんど人も残っていないし、気を抜ける場所があるのは良いことか。
驚かさないように、気配はそのまま二人に近づくと、レン君が顔をこちらに向けた。
「やぁ。救護用テントが空いたから知らせに来たんだが……」
「っ‼︎ オレガノさっっ……ぅぐっ」
起きあがろうとしたらしいレン君が、その場で口元を押さえてうずくまる。
「ぎゃーっ‼︎ 先輩っ!無理しないでっ⁈」
焦った声をあげ、レン君の背中をさするラルフ君。
「そ……れ……やめてくれ……はく……」
ラルフ君の腕を、弱々しく払いながら、途切れ途切れに言葉を吐き出すレン君。
その顔は、完全に血の色を失い、充血した目には、うっすらと生理的な涙が浮かんでいる。
慌てて二人に駆け寄ると、ラルフ君がこちらに向かって頭を下げた。
「すいません!吐き気が凄いらしくて、動けないみたいなんです。しばらく横になれば違うらしいので!ご無礼をお許しください」
「み……ぐるしい……ところを……」
「話さなくて大丈夫だ。とにかく休んでくれ」
さっきは平然と動いているように見えたから、ここまで酷いとは気づかなかったが、近づいて見れば彼の状態の悪さは、はっきりと分かった。
こちらに向けられた視線も、うまく焦点が合っていないじゃないか。
もしかして、一番救護テントが必要な状態なのは、彼だったのではないか?
「テントまでは?」
「無理だそうです。運ばれるのも、しんどいらしくて」
「それでも、直射日光は避けたほうがいいな。ラルフ君。あの、子どもたちが使っていた布テントなら、二人でも簡単に動かせそうだから、運ぶのを手伝ってくれ」
「もちろんです!」
嬉しそうに、パァっと明るい笑みを浮かべて、ラルフ君は立ち上がった。
…………そうは言っても、風で飛んだりしないよう、テントは地面にしっかりと杭で留められている。
ラルフ君は、一度事務局に走り、バールのようなものを持って帰ってきた。
それから杭を抜きとって、二人でテントを移動し終えた頃には、レン君は意識を手放していた。
彼は寝ている状態のようだし、こちらとしては、ひとまず日陰を確保できたことに安堵し、額の汗をぬぐう。
ところで、なんだか裏門のほうが騒がしくなってきたが、今頃来客だろうか?
まぁ、差し当たり、こちらには関係が無いし、多少は疲労も感じていたので、自分もテントの影に腰をかけた。
近くに転がっていた水差しなどを集めているラルフ君に、のんびりと声をかける。
「疲労かな?」
そうでなくても、彼は今日一日、休む間も無く動き回っていた。
「いえ。魔力切れだそうですよ?こう見えて先輩、体力は俺以上ですし」
ラルフ君は、自分の制服のジャケットを脱いで、器用に丸めると、レン君の頭の下に入れながら答えた。
「ガス欠……ああ。魔法の方か」
「ええ。元々、滅多に魔法を使わない人ですから、あんな凄いことが出来るなんて、びっくりしましたケド」
「確かにアレは凄かったな」
何をやって、ああなったのか。
魔法と縁の無い自分には、理解不能な現象だったが、見た通りに表現するならば、炎の竜巻だった。
あんなモノをぶつけられたら、生身の人間はひとたまりもない。
ジェファーソン様がいてくれたから、良かったが。
そんな将来は無いと思うが、はっきり言って、絶対敵対したくない相手だ。
苦笑いで、昏昏と眠るレン君の顔を見る。
もちろん、現在身動きが取れなくなっているところからも分かる通り、ああいった類の魔法は、彼にとっても奥の手なのだろう。
だから、多分、絶体絶命の時以外は使わない。
だが、剣術に加え魔法まで。
その能力。
少し怖くなるな。
小さくため息を吐き出すと、ラルフ君はこちらに向かって笑った。
「オレガノ様!ありがとうございました。オレ一人では、どうしたらいいか分からなくて、勉強させて頂きました」
「いや。自分も大したことは、できていないから」
「お茶会、もうとっくに始まってますよね?行かなくて大丈夫ですか?こちらに付き合わせてしまって、申し訳無かったです」
「それは構わないが、そうだな。そろそろ行った方がいいか……」
嫌だな。
また、ローズをめぐる二人のバトルを見せられるのか。
しかも、口撃や化かし合いがメインになるから、見ているこっちは、精神のえぐられ具合が半端ないんだよな。
二人とも自分より位が高いから、文句を言えないし。
胃に痛みが戻ってきた気がして、眉を寄せた。
その時、近くでカツンと靴の踵が鳴る音が聞こえた。
仰ぎ見ると、一人の王国騎士。
体は細身で、背はかなり高い。
長い金髪を後ろでひとまとめに束ねていて、左耳には宝玉をあしらった大きなピアスをしている。
「あらあらあら!こっちにも微弱な魔力を感じたから念のために来てみたけど、この子のほうがよっぽど重篤な状態じゃない!」
その王国騎士は、ぷりぷりと怒りながら、ズカズカとこちらにやって来て、止める間も無く、レン君に近づくと、彼の制服の胸元を大きく開いた。
「ちょっ、何を⁈」
「これをあげるわ」
彼はポケットの中から石のついたペンダントのようなものを取り出すと、レン君の首にそっとかけた。
「え?あ?はぁ。ありがとうございます?」
ラルフ君は、呆然としながら、お礼を述べた。
ええと……。
ところで、貴方はどちら様ですか⁈⁈
「やっと来たか!お前たち、遅いぞ?」
エミリオ様が近づいてくると、学生さんたちは左右に分かれて道を開けた。
周囲には、リリアさんとプリシラさんもいて、その後方には執事のハロルドさんと、数人の王国騎士の皆さん。
いつもの配置と違って、ジュリーさんは右後方にいるけれど、団長さんとお兄様はいない。
周囲の騎士さんたちも、前回の歴戦の猛者的な風貌の人たちではなく、洗練された印象の綺麗な人たちが守っている。
状況に応じて、配置人員が変わるのかしら?
確かに、ムキムキマッチョのおじさん連の中にいるよりは、優男の中にいる方が、近付き易く、親しみ易い。
それにしても、エミリオ様って、本当に整ったお顔をされていらっしゃるのね!
それとも、持っているオーラがそうさせるのかな?
全体的に綺麗なお顔をしている集団の中にあるのに、存在感が凄いわ。
やっぱり、あの瞳かしら?
ぱっちりと大きな猫目は、複雑な色合いの青緑色。
光を受けて、エメラルドのようにキラキラと輝いている。
一行がこちらに到着すると、ジェフ様が綺麗に礼をした。
「これは、お待たせしてしまったようで」
「ジェフ。具合はもう良いのか?」
「だいぶ回復しましたよ?ありがとうございました」
「そうか。それなら良かった。まぁ、無理のないようにな」
「ええ。休み休みやりますよ」
ジェフ様に対して頷くと、エミリオ様は笑顔でこちらに向き直った。
「マリーは大丈夫だったか?」
「わたくしは付き添いですので」
笑顔を返すと、エミリオ様は眉を寄せながら小声で返す。
「そうじゃない。ジェフに嫌なことをされなかったか?」
「え?」
い……嫌なこと?は、されていないけれど……。
自分の頬に、髪が触れるほど近づいたジェフ様との距離を思い出し、頬が熱くなる。
「殿下……流石にそれは侮辱です。神聖な聖堂で、僕がレディーを困らせるわけ無いじゃないですか」
「お前を侮辱するつもりは無いが、いつの間にかいなくなっていれば、心配もするだろう?」
「彼女には、案内をお願いしただけですよ」
「では、次は是非、私を御指名下さいませ」
話に割って入ってきたのは、プリシラさん。
ジェフ様に対して向けられた笑顔は、気品が感じられて美しい。
その直前に、わたしに向かって投げられた視線は、結構棘があったけど。
まずいわ。
ここでも摩擦が……。
本当にジェフ様の人気ぶりは、留まることを知らない。
これは、結婚する人大変だわ。
相当自信家なら良いけれど、わたし今、しばらくの間横に立っていただけで、胃に穴があきそう。
「ああ、知っているか?オルセー伯の御令嬢だぞ?」
エミリオ様が会話を引き取り、ジェフ様はいつもの笑顔を向ける。
「ええ。存じておりますよ?プリシラ様。本日はまた、一段とお美しいですね?」
「まぁ。相変わらずお上手ですわ。宜しければ、あちらで少しお話しを……」
「ああ。いいじゃないか。折角だから親交を深めるといい」
「…………」
エミリオ様は、プリシラ様に笑顔で言い、プリシラ様は嬉しそうに微笑む。
ジェフ様は、顔に笑みを貼り付けたまま、返答をしなかったけど、レディーからのお誘いだし、エミリオ様からの勧めもあっては、この場は断れないかな?
「では、あちらへ。今日は私の用意させた茶菓子もありますので、是非召し上がって頂きたいわ」
「そぉなんですかぁ?きっと高級なんでしょうね。折角だから、マリーさんも一緒に行ってきたら?」
牽制球はリリアさんから。
わーっ!
火花が散りまくってるわ。
でも……そっか。
今までプリシラ様が一緒にいたから、エミリオ様と二人きりになれなかったのね?
双方にとって、わたしはお邪魔虫ってこと?
じゃ、いっそのこと席外そうかしら。
お化粧直しも、しておきたいところだし。
そんなことを考えていると、エミリオ様がストップをかける。
「いや。マリーには用事があるんだ。リリアもお菓子を食べてきたらどうだ?」
「ええ?私は、エミリオ様と一緒にいたいですぅ。お菓子には別に興味が無いですしぃ」
「そう言うな。マリーの兄の職務に関する話で、内密なことだから、少しだけ外してくれないか?」
エミリオ様のウィンクに、リリアさん、完全に毒気を抜かれてる!
「少しだけ?本当に少しですか?」
「ああ」
「わかりました。じゃ、ちょっとだけお化粧を直してきますけど、帰ってきたら私とお話ししてくださいね!」
「わかった」
リリアさんは、口を尖らせながら、わたしにちらりと視線を向けて、一度会場から出て行った。
あー。コレ。
また後で拗ねられそうだわ。
でも、実はリリアさんの拗ね方って、ストレートでハッキリしているから、嫌味な感じじゃなくて付き合いやすいのよね。
お話しの内容がお兄様のお仕事関係だから、すんなり席を外してくれたのかな?
他ならぬ、エミリオ様本人からのお願いだしね。
斜め前に立っていたジェフ様も、他の人には聞こえない程度、小さくため息をもらした後、先導して歩き出したプリシラ様の後に続くみたい。
「そう言うことだから、マリー。少し時間をくれるか?」
エミリオ様はにっこり笑うと、わたしに向かって手を差し出した。
あ。
今回は、腕を掴んだりなさらないのね?
仕草や態度が、以前より随分洗練されている。
それから、なんだか……身長?
少し伸びましたよね?
ダンスをさせて頂いた時からあまり経っていないのに、目線が僅か上がっている。
「マリー?」
笑みを浮かべながら、首を傾げる表情はあどけないのに、名前を呼ばれた時、何故か鼓動がはねた。
いやいや。
待って?
今日は、ちょっと心臓の動きが異常だわ。
不整脈かな?
呼ばれ慣れない愛称で呼ばれたからかしら?
何というか、特別感が凄い。
そう思いながら、エミリオ様のお顔を拝見すると、なんだか凛々しく見えてくるから不思議。
これがメインヒーロー補正なの?
おずおずと右手を差し出すと、エミリオ様は、わたしの手を取り、窓際へエスコートして下さった。
案内された先。
大きな嵌め殺しの窓のおかげで、閉塞感はないのだけど、窓以外の部分を、護衛の騎士にぐるっと囲まれてしまい、周りからは完全に隔離されてしまった。
ええと……ちょっと怖いです。
というか、お兄様関連の内密なお話しなのに、お兄様がいない件。
何かやらかしちゃっちゃったのかな?
それとも、模擬戦の敗北のこと?
エミリオ様は、しばらく窓の外に視線を向けていたのだけど、こちらを向き直ると、小さく咳払いをした。
「マリー。一方的に悪かったな」
「いえ。兄が模擬戦で負けた件でしょうか?エミリオ様に恥をかかせてしまい、わたくしからもお詫び申し上げます」
とりあえず、お兄様の件で、思い当たることのお詫びをする。
エミリオ様は、虚を突かれたような顔をしたあと、何故か顔を赤らめ、考えるように俯いた。
やがて、上目遣いでこちらを見る。
「ええと。済まない。情報量が多すぎて処理しきれなかった。もう一度頼む」
「兄が申し訳ありま……」
「いや。そこじゃ無い」
謝罪の言葉は、エミリオ様に途中で遮られる。
ええぇ?どこ?
「ええと……?」
「いや、やっぱりいい」
よく分からなくて、首を傾げると、エミリオ様は、頬を赤くして視線を逸らした。
まずい。
怒らせちゃったかしら?
「模擬戦のことじゃないんだ。心配させたなら悪かった。オレガノは、よく頑張ってくれたし、切り捨てたりしないから、心配するな」
一拍置いて、少し口ごもりながら、エミリオ様は言葉を続けた。
機嫌を損ねたわけでは無いようで、安心する。
「そうですか。ありがとうございます!」
でも、その件で無いなら、なんだろう。
「うん。それで要件だけどな。お前にコレを……」
はにかんだ笑みを浮かべながら、エミリオ様はベストの胸ポケットから、金属でできたカードを取り出し、こちらに差し出した。
「これは?」
「第一の城壁南門の通行許可証だ」
はぁ。
第一の城壁の。
…………。
え?だいいち⁈
王宮の入り口じゃないですかぁぁっ‼︎
「いえ!ですが、わたくしのような者が……」
「マリーはっ!家族と別れて王都に出て来て、きっと心細いだろう?せめて、兄と連絡を取りやすい方がいいと思ったんだ!もちろん、何の連絡も無しに入れるわけじゃ無いぞ?先に連絡を入れておくか、こっちから呼び出した場合は、コレを門で提示すれば素通り出来るってだけで……」
エミリオ様は、捲し立てるように早口で仰った。
あ、なるほど。
そういう感じの?
では、エミリオ様は、わたしを心配して下さったのかな?
手の中にある、金属製のカード。
裏側の色は赤く、王家の紋章が刻印されている。
この色から察するに、殿下が直々に手配して下さったものに違いない。
「オレガノに頼むと、ちゃんと渡すか心配だったからな」
お兄様の信頼度……。
それはさておき、家族と分かれて生活する淋しい気持ちを、察してくれる優しさに、胸が温かくなった。
「ありがとうございます!エミリオ様」
微笑んでお礼を言うと、エミリオ様は、また一瞬固まった後、頬を赤くして俯く。
「もう一回言ってくれ」
え?
お礼くらい何度でも言いますけど……。
「本当にありがとうございました!」
「…………いや、そこじゃない」
エミリオ様は、小さくつぶやいた。
???
ええと。どこ?
わたしが口を開く前に、リリアさんがこちらに向かって大股でやって来たので、そこでお話はお終いになってしまったのだけど、わたしは手の中のカードを、大切に手持ちのポーチの中にしまった。
◆
(side オレガノ)
ローズとジェファーソン様が、仲良く連れ立って、事務局に向かって歩いていく。
その後ろ姿を、テント側面に身を隠し、息を吐き出しつつ眺めていた。
上官命令とは言え、まさか妹の恋愛模様を監視しなければならないとは……。
あれ?
おかしいな。
さっきから胃がシクシク痛む気がするし、何故か目から汗が……。
しかし、さっきは焦ったな……。
日が傾いたからと言って、暑さは相変わらずだが、自分の額に浮かぶこの汗は、暑さのせいでは無く、どちらかと言うと、冷や汗に分類される物。
ジェファーソン様は、社交界でも名の知れたプレイボーイであられるから、ローズのような田舎の小娘を手玉に取ることなど、簡単なことだろう。
それでまた、ローズはローズで、恋愛方面に疎いだけでなく、全くと言っていいほど経験がないから、押されるとおしきられてしまう。
そこは……故郷にいた時から、過保護に守りすぎていた、自分にも原因があるのだが。
しかし、ぐいぐい行くのにスマートって……。
ジェフ様の恋愛テクニックには、舌を巻くばかりだ。
『肩を借りていいかな?』のくだりの時は、流石に偶然を装ってテントに入ろうかと思ったものだ。
というか、実際、テントに入るべく、入り口に向かった。
入り口に、壁のように立ちはだかった、ジェファーソン様の護衛の方々に邪魔されて、結局入れなかったのだが。
たまたま逆方向の入り口から、タイミングよく飛び込んでくれたラルフ君には、どれだけ感謝しても足りないな。
前回の礼もまだだし、今度レン君も誘って、食事でもご馳走するとしよう。
ローズたちが、事務局の中に入って行くのを、確認してから立ち上がり、ズボンの汚れを払う。
後を追って、直後にお茶会会場に行くと、いかにも隠れて見守ってました感があって、お互いに気まずいから……。
そうだ!
二人がテントから出たことを、彼らに伝えてやるか。
恐らく、ジェファーソン様がいらっしゃるから、レン君は救護テントに入れなかったのだろうし。
競技場側へ回り込むと、聖女様のテント前の空いたスペースに、二人の姿を見つけた。
他にも数人の神官たちが動き回っているが、別件で忙しいようで、二人の周囲に人はいないようだ。
レン君は寝そべった状態で、ラルフ君から手渡された水を飲んでいる。
意外だな。
『気を抜いてゴロゴロしていた』とのラルフ君の発言には、若干懐疑的だったから。
レン君と会ったのは数回ほどで、何を知っているわけでもないが、しっかりしている彼に限って、まさか、と思った部分もある。
まぁ、ほとんど人も残っていないし、気を抜ける場所があるのは良いことか。
驚かさないように、気配はそのまま二人に近づくと、レン君が顔をこちらに向けた。
「やぁ。救護用テントが空いたから知らせに来たんだが……」
「っ‼︎ オレガノさっっ……ぅぐっ」
起きあがろうとしたらしいレン君が、その場で口元を押さえてうずくまる。
「ぎゃーっ‼︎ 先輩っ!無理しないでっ⁈」
焦った声をあげ、レン君の背中をさするラルフ君。
「そ……れ……やめてくれ……はく……」
ラルフ君の腕を、弱々しく払いながら、途切れ途切れに言葉を吐き出すレン君。
その顔は、完全に血の色を失い、充血した目には、うっすらと生理的な涙が浮かんでいる。
慌てて二人に駆け寄ると、ラルフ君がこちらに向かって頭を下げた。
「すいません!吐き気が凄いらしくて、動けないみたいなんです。しばらく横になれば違うらしいので!ご無礼をお許しください」
「み……ぐるしい……ところを……」
「話さなくて大丈夫だ。とにかく休んでくれ」
さっきは平然と動いているように見えたから、ここまで酷いとは気づかなかったが、近づいて見れば彼の状態の悪さは、はっきりと分かった。
こちらに向けられた視線も、うまく焦点が合っていないじゃないか。
もしかして、一番救護テントが必要な状態なのは、彼だったのではないか?
「テントまでは?」
「無理だそうです。運ばれるのも、しんどいらしくて」
「それでも、直射日光は避けたほうがいいな。ラルフ君。あの、子どもたちが使っていた布テントなら、二人でも簡単に動かせそうだから、運ぶのを手伝ってくれ」
「もちろんです!」
嬉しそうに、パァっと明るい笑みを浮かべて、ラルフ君は立ち上がった。
…………そうは言っても、風で飛んだりしないよう、テントは地面にしっかりと杭で留められている。
ラルフ君は、一度事務局に走り、バールのようなものを持って帰ってきた。
それから杭を抜きとって、二人でテントを移動し終えた頃には、レン君は意識を手放していた。
彼は寝ている状態のようだし、こちらとしては、ひとまず日陰を確保できたことに安堵し、額の汗をぬぐう。
ところで、なんだか裏門のほうが騒がしくなってきたが、今頃来客だろうか?
まぁ、差し当たり、こちらには関係が無いし、多少は疲労も感じていたので、自分もテントの影に腰をかけた。
近くに転がっていた水差しなどを集めているラルフ君に、のんびりと声をかける。
「疲労かな?」
そうでなくても、彼は今日一日、休む間も無く動き回っていた。
「いえ。魔力切れだそうですよ?こう見えて先輩、体力は俺以上ですし」
ラルフ君は、自分の制服のジャケットを脱いで、器用に丸めると、レン君の頭の下に入れながら答えた。
「ガス欠……ああ。魔法の方か」
「ええ。元々、滅多に魔法を使わない人ですから、あんな凄いことが出来るなんて、びっくりしましたケド」
「確かにアレは凄かったな」
何をやって、ああなったのか。
魔法と縁の無い自分には、理解不能な現象だったが、見た通りに表現するならば、炎の竜巻だった。
あんなモノをぶつけられたら、生身の人間はひとたまりもない。
ジェファーソン様がいてくれたから、良かったが。
そんな将来は無いと思うが、はっきり言って、絶対敵対したくない相手だ。
苦笑いで、昏昏と眠るレン君の顔を見る。
もちろん、現在身動きが取れなくなっているところからも分かる通り、ああいった類の魔法は、彼にとっても奥の手なのだろう。
だから、多分、絶体絶命の時以外は使わない。
だが、剣術に加え魔法まで。
その能力。
少し怖くなるな。
小さくため息を吐き出すと、ラルフ君はこちらに向かって笑った。
「オレガノ様!ありがとうございました。オレ一人では、どうしたらいいか分からなくて、勉強させて頂きました」
「いや。自分も大したことは、できていないから」
「お茶会、もうとっくに始まってますよね?行かなくて大丈夫ですか?こちらに付き合わせてしまって、申し訳無かったです」
「それは構わないが、そうだな。そろそろ行った方がいいか……」
嫌だな。
また、ローズをめぐる二人のバトルを見せられるのか。
しかも、口撃や化かし合いがメインになるから、見ているこっちは、精神のえぐられ具合が半端ないんだよな。
二人とも自分より位が高いから、文句を言えないし。
胃に痛みが戻ってきた気がして、眉を寄せた。
その時、近くでカツンと靴の踵が鳴る音が聞こえた。
仰ぎ見ると、一人の王国騎士。
体は細身で、背はかなり高い。
長い金髪を後ろでひとまとめに束ねていて、左耳には宝玉をあしらった大きなピアスをしている。
「あらあらあら!こっちにも微弱な魔力を感じたから念のために来てみたけど、この子のほうがよっぽど重篤な状態じゃない!」
その王国騎士は、ぷりぷりと怒りながら、ズカズカとこちらにやって来て、止める間も無く、レン君に近づくと、彼の制服の胸元を大きく開いた。
「ちょっ、何を⁈」
「これをあげるわ」
彼はポケットの中から石のついたペンダントのようなものを取り出すと、レン君の首にそっとかけた。
「え?あ?はぁ。ありがとうございます?」
ラルフ君は、呆然としながら、お礼を述べた。
ええと……。
ところで、貴方はどちら様ですか⁈⁈
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