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第四章

ヤキモキ。ドギマギ、もやもや。

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(side エミリオ)


 リリアと、もう一人の聖女候補に先導されて、俺はお茶会の会場に、急ぎ向かっていた。

 お茶会に出席する者たちは、既に会場に向かったそうで、事務局へ抜ける際、横を通ったロータリーには、旅団員しか残っていなかった。

 あいつらはお茶会には出ないんだな。
 まぁ、興味があったのが模擬戦だけならば、浮ついた茶会なんて、彼奴等にとっては、どうでもいいのかもしれない。
 王族専用室がお茶会の会場らしいが、今日来た観客全員が中に入るには、やや手狭な気もするしな。

 そんなことより、早く会場に行かなければ、会が始められず、聖堂側はヤキモキしているかもしれない。

 それにこのお茶会で、俺はやらなければならないことがある!

 風通しのいいベストの、胸ポケットにそっと触れると、硬質なカードの感触が伝わってきた。
 今日、これをマリーに手渡すのを、俺は昨日から楽しみにしていた。
 上手く二人きりになるタイミングをつくれるといいんだが。

 後ろについて来ているだろう、マリーの顔を見るために僅かに振り返り、会場に向かうこの集団の中に、その姿が無いことに、俺は愕然とした。

 立ち止まって振り返る。
 俺専属の騎士団を先導している聖女候補の中にも、マリーの姿は無い。

 冗談だろう?

 てっきり、一緒に来ているものと思っていた。
 いつも控えめに一歩下がって行動しているから、俺の後ろを歩いているだろうと。
 いつからいなかった?


「マリーはどうした?」


 小声で横を歩くジュリーに尋ねると、彼女は困ったように微笑んだ。


「ジェファーソン様に付き添っておられます。少し休んでから見えられるかと……」

「なにっ⁈ 彼奴の体調に、マリーは関係ないだろう?アイツ一人で休んでくれば良いだろうに」

「そういう訳にも。案内は必要ですから」

「他の者でも良いだろう?」

「ジェフ様が、自らお声をかけていらっしゃいましたので……」
 
「アイツ……」


 いつもながらに、ちゃっかりしている。
 あんな狼と二人きりで置いて来てしまうなんて、不覚だ。


「なんで俺に言わなかった?アレと二人きりなんて、危なっかしいだろう?」

「ジェファーソン様は、弁えていらっしゃいますから、流石に神聖な聖堂の敷地で無茶なことは、なさいませんよ。それに、念のためオレガノ君を置いて来ました」


 言われて見れば、最近外出の際、必ず俺の後ろに控えている真面目面がない。
 オレガノからすれば、大事な妹のことだから、何かあったら必ず守るだろう。

 それなら少し安心か?
 
 でも、アイツ……。
 魔導披露の時、危険を承知でジェフの元に走ったマリーのことを、『アレはあそこにいた方が良いでしょう』とか言ってたんだよな。
 前回のお茶会の時も、挨拶を受けていたし、意外とジェフのことを気に入っていて、二人の関係を温かく見守っていたりしないだろうな?


「エミリオ様?到着で~す」


 にこにこしながら、甘えるように言ってくるリリアに、内心の苛立ちを抑えながら頷いた。

 『自分の役割を果たす男』が、マリーにとってかっこいいわけだから、ここで引き返すのは駄目ってことだよな?

 お茶会で挨拶をするのが、今日の主催者の役割だから、例え心中でヤキモキしていても、ちゃんとこなさなければ駄目だ。

 大丈夫だ。
 どうせ、暫くしたら来るだろうから、その時上手く二人になれるよう、ジュリーに手配させよう。

 俺は内心焦れながらも、なんとか顔に笑みをのせて、なかなかに賑やかな王族専用室へ入った。
 




(side ローズ)


 うぁぁっ!
 焦った!ヤバかったー!


 救護用テントから出て、ジェフ様の半歩後ろを歩きながら、わたしは心の中で絶叫していた。
 
 さっきは、慌ただしくテントに入って来たラルフさんの様子から、間違いなく具合の悪そうなレンさんの心配の方に意識が向いていた。
 でも、ラルフさんに全てを任せ、テントから出てきてしまった今、思い出すのは、直前のジェフ様との会話だった。
 あの場にラルフさんが入って来なかったら、いったいどうなっていたのかな?
 そう考えただけで、全身の毛穴から汗が噴き出る思いだわ……。

 こちらとしては、ジェフ様が掛けているソファーの横に座らせていただくだけでも、滅茶苦茶ハードルが高かったのに、離れて座ったその距離を一瞬で詰められて、頭が真っ白になった。

 『肩を貸して欲しい』と、ねだられた時は、パニックのあまり、意味を理解できなくて。
 ただ、わたしを見つめる瞳が、凄く真剣でとても綺麗で……直視できなくて、俯くことしかできなかった。

 そしたら、わたしの顔の横に、ジェフ様の綺麗な顔が近付いてきて、サラリと音を立てて溢れ落ちた髪から、ふわっと爽やかな香りが…………。


 うわぁぁぁっ!!!

 
 思い返すだけで、顔面から火を吹きそうだわ。

 いやいや。
 無理ですって。
 わたし、本当に恋愛経験ゼロなので!
 あんな、いとも簡単に、あま~い雰囲気って作れるものなの?
 恋愛上級者怖い。

 少し前を歩くジェフ様の表情をこっそりと伺い見るけれど、いつも通りのどこか軽薄な雰囲気の笑みを浮かべていて、焦りなんて一切感じられなかった。

 あの程度のことは、ジェフ様にとっては日常茶飯事で、彼のことだから、ちょっと気になるレディーがいたら、きっと呼吸をするのと同じ感覚で、そういうことをなさるに違いない。

 あれ?
 わたし、落ち込んでいる?

 だって、自分ばかりが、こんなにドキドキさせられて、切ないやら、苦しいやら。
 深く考えすぎると、自分の感情が行方不明になる。

 これが、好き……なのかな?

 …………。

 まって待って?
 落ち着け、わたし。

 そんな簡単に絆されていいもの?
 こういうのが、吊橋効果とか言われる現象なのかもしれないし。
 きっとジェフ様にとっては、いつもの恋愛テクニックよね?
 それに簡単にのって『あっさり恋に落ちました!』なんて、絶対とか言われちゃうから!
 リリアさんあたりに、『その程度なのねっ』て、鼻で笑われちゃうから!
 

 ……そうよ!

 落ち着いて考えれば、ジェフ様は本気で肩を借りるつもりなんて、無かったのかも?
 だって、ラルフさんが立ち去った後、何事も無かったかのように、平然としていたし。

 やっぱり、からかわれたのかな?

 だって、そうでなければ、もう一度座り直すことだって。

 …………!!

 ちょっとぉ。
 何を少し残念に思っているの?

 本当に自分の気持ちが掴めません!
 
 一人で勝手にドギマギしながら、待合場所になっていたロータリーを通り抜ける。


 ロータリーには、旅団所属の王国騎士の皆さんが残っていた。

 彼らの持っている雰囲気と、腕章の色から察するに、第六と第七の旅団員ね。

 彼らは、競技場入り口の前で立っている聖騎士、ニコさんに、何やら詰め寄っているみたい。
 ニコさんは、厳しい面持ちで、キッパリと首を横に振っているけれど、旅団員さんたちは全員その場に留まっていて、動く気配がない。

 彼らは、お茶会には出席しないのかな?
 団長さんたちは、いないようなので、既にお茶会に行かれていると思うのだけど。

 あとは数人の使用人さんたちが、片付け作業で動き回っていた。

 わたしたちは、そんな様子を横目に見ながら事務局の中へ。

 因みに、二人きりかと思いきや、テントの外に出たあたりから、後方にジェフ様の強面な護衛さんたちがしっかりついていたりする。
 ということは、救護テントの内外の行動も、ちゃんと把握されていたことが分かるよね。

 うぁ~。
 益々顔が火を吹きそう。



 お茶会の会場になっている王族専用室にたどり着くと、中から和やかな気配が伝わってきた。
 雰囲気的には、砕けた印象の気軽な立食パーティーといった感じで、貴族のティーパーティーのような、華やかで格式高い感じでは無い。

 色々な階級の人が集まっているから、こう言った感じだと、入りやすくてありがたいな。
 
 ジェフ様から半歩遅れて、室内に入ると、入り口周辺に集まっていたらしい魔導学生の皆様が、一斉にこちらにやって来た。
 皆様、一様に心配そうな顔をしている。


「ジェフ様、お加減は如何ですか?」


 最初に駆け寄って来たのは、グラハム様で、それを皮切りに、一斉に方々からジェフ様を気遣う声がかけられた。
 そして、それは彼の魔導の素晴らしさを褒め称える言葉へと変わっていく。

 ジェフ様は、にこにこと愛想よくそれに答えていて、もう不調は感じていないみたい。

 よかった。

 わたしは一歩下がって、その様子を微笑ましく眺めていた。
 ジェフ様の人気は、学校でも相変わらずよね。
 今、周囲を取り囲んでいるのは男子学生さんだけど、話しかけたそうにしている女子学生さんたちが、二列目にしっかりスタンバイしている。
 そして、彼女たちが、時折わたしに向かって投げて来る視線は、なかなかに鋭い。

 ここでもライバル認定?
 人気のある男性の近くにいるって、結構精神えぐられるわ。
 
 『いいでしょー!彼はわたしに夢中なのよ!ふふん』みたいなこと、たまに悪役令嬢ものの小説のヒロインとかが言っているけど、どういう鋼メンタルなの?
 それで実は、自分も取り巻きの一人だったりとかしたら、後で精神崩壊しそう。
 
 わたしは苦笑いで、もう一歩下がった。
 これ以上は下がれないのよね。
 ジェフ様の護衛の方が、後方で壁になっているから!

 とりあえず、ジェフ様との距離をとって、『わたしは案内を任されただけの聖堂関係者ですっ』て感じを装ってみる。
 そうしたところ、鋭い視線は幾分緩和された。


「あ、あの」
 

 小さな声で横から声をかけられて、そちらをみると、一人の女子学生さん。
 ウェーブのかかった美しいブロンドの持ち主で、小ぶりな青い目が可愛いらしい。


「あの、私、先程聖女様テント前で壁の作成を担当していて……」

「あ、はい!聖女様をお守り頂き、ありがとうございました」


 わたしは深く頭を下げる。
 彼女は確か、風の呪文を唱えていた方。
 観客としてやって来ただけなのに、ダミアン様のせいで、相当怖い思いをして……お気の毒に。


「お怪我はありませんでしたか?」

「ええ。大丈夫です。その、守って頂いたので……」


 尋ねると、彼女は、瞳をふせて頬を赤く染める。

 あら?
 何か、恋愛センサーが反応しましたよ?

 
「聖騎士さんて、逞しくて素敵ですね?」

「え?ええ。そうですね?」

「このような物でお恥ずかしいのですけど、どうしてもお礼を言いたくて、これ渡して頂けませんか?」


 彼女は、ノートを破いて四つ折りにした物を、わたしに差し出して来る。

 手紙かな?

 でも、なんでわたし?
 他にもたくさん、聖堂関係者いますよね?
 というか、自分で渡す選択肢は無いの?
 
 えーと。
 まあいいか!
 暴走火球から守られたとき、彼女を支えていたのは、確か……ジャンカルロさんだったかしら?

 視線を彷徨わせると、ジャンカルロさんは会場中央付近で、エミリオ様付きの王国騎士たちに囲まれていた。
 囲まれているから近づけないのかな?
 でもわたし、ジャンカルロさんとあまり親しく無いんですけど?

 私の視線がジャンカルロさんにあることに気づいたのか、彼女は慌てて両手を振った。


「違います。あの、この後、こちらには来ないと聞きましたから、お願いを」


 ん?
 ここに来ない?
 すると、ジャンカルロさんでは無い?


「ええと。誰にお渡しすれば?」

「その。黒髪の……」


 え゛?
 レンさん⁈⁈


「何故、わたしに?」


 思わず尋ねる。
 すると、彼女は、考えるように口元に手を当て、やがて微笑んだ。


「魔導披露の時、お話をしていたようなので?」


 えー?
 そんなことで?
 あれは今後どうなるのか、危険はないかなどの確認に行っただけで……。

 手が、受け取ることを拒絶する。
 なんだろう、なんか。


「すみません。その、わたしもそれほど親しいわけでは?」

「そうなんですか?」

「どうしたの?」


 ジェフ様が、不意に話に入ってきて、彼女は肩を震わせた。

 それは、そうよね?
 今回招待された方って、きっとジェフ様のご学友で、社会的地位や魔導のレベルが高い方、かつジェフ様に好意をお持ちの方だと思うの。
 女性は特に。
 ジェフ様のことだから、その気持ちはしっかり理解しているはずよね?

 そんな方が、今日初めて会った聖騎士さんに、お手紙とかを出しちゃって、その現場をジェフ様に見られちゃうとか。

 わわわ、気まずい。
 めっちゃ気まずいわ!
 なんとかフォローを……


「ん?手紙かな?ローズちゃんに?」
 
「え?そ、そうなんですか?おともだちになれますね!嬉しいです!あはっ」


 なわけないよね?
 無理無理。
 わたし顔に出ちゃうらしいので。
 ジェフ様の流し目が苦しいです。


「すみません。今日のお礼を、聖騎士の方に」


 彼女は、ぎゅっと目を閉じて白状した。
 周囲の女子魔導学生さんの目の色が、どことなく冷たい。

 こんな辱めを受けさせてしまうなんて!  
 わたしが早く手紙を受け取っていれば。
 ごめんなさい!


「ああ。身を挺して守られれば、グッと来るよね?分かるよ」


 そう言って微笑みながら、ジェフ様は彼女の手紙をすいっと受け取り、胸のポケットにしまった。


「レンさんに、で?いいんだよね?僕から渡して置こう。親しくしているから、安心して?君は風属性で魔力も高いし、階級も合うから、案外お似合いかもね?」


 ジェフ様は、綺麗に笑った。

 なんだ。
 ジェフ様、しっかり話を聞いてらっしゃったのね?
 それなら彼女が他の学友方から外れないよう、ちゃんとフォローして下さるだろう。
 その点は一安心。

 それにしても……手紙、レンさんに渡るんだ……。
 自分で手渡さなくて済んだことに安堵しつつも、胸のあたりがもやもやして、息苦しい。
 なんだろう、このすっきりしない感じ。


 またしても自分の感情が掴めず、とりあえず、無理矢理顔に微笑を浮かべていると、奥の方から、一団がこちらに向かって来るのが目に入った。


「やっと来たか!お前たち、おそいぞ?」


 そう言いながら、先頭に立ってズカズカと大股でやって来たのは、エミリオ様!
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