投稿小説のヒロインに転生したけど、両手をあげて喜べません

丸山 令

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第四章

祭りの後 (1)

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(side ローズ)


「ありがとうございました」


 救護テントへ向かう道すがら、わたしはジェフ様にお礼を言った。


「ん?」


 ジェフ様は、不思議そうな顔で首を傾げる。
 
 そんな顔をされても、彼の性格を考えれば、意図的に助け舟を出してくれたのは、明白だった。
 
 先程、ジェフ様は、レンさんの体調をおもんばかって、王子殿下に休憩を申し出て下さったよね?
 それに、こっそりラルフさんを呼んでくれたのも、魔力切れのレンさんに付き添わせるためだ。

 もちろん、ジェフ様本人も休憩をされたかったかもしれない。

 でも、それなら、神官長が出てきたあたりで、さっさと救護テントに行ってしまう選択肢もあった。
 あの茶番は、あくまで聖堂内のゴタゴタで、エミリオ様とジェフ様には関係のない事だもの。

 それなのに、エミリオ様の名采配に乗っかる形で、ジェフ様も上手に援護をして、レンさんを助けてくれた。
 その優しい気遣いが、とても嬉しかった。
 

「その、レ……」
「レンさんの件なら、ローズちゃんからのお礼は不要だよ?」


 わたしの言葉を遮るように、言うジェフ様。
 その際、視線をわたしから外し、右斜め下方向に下げた。

 あれ?
 ちょっとだけムッとされた?
 何か気に触ったかしら?

 ……確かに、わたしがお礼を言う事ではないのかもしれないけど。

 不安になって黙り込むと、ジェフ様は、表情を普段の笑顔に戻した。
 それは、不特定多数の方に向けられる、例の何処かチャラい笑顔で、最近わたしに向けてくれるものとは違う。

 やっぱり、怒らせてしまったかしら?
 

「お礼なら僕から言わないと。僕に付きそってくれてありがとう」

「いえ。そんな!それくらいはさせて下さい!その……具合は如何ですか?」

「そうだなぁ。ちょっとだけ、ぐるぐるするかな?」

「ぐるぐるですか?」


 視界が回る感じかしら?
 目眩ということ?
 それは大変だわ!

 心配になってジェフ様を覗き込むと、彼は口元に手を当てて、小さく吹き出すように笑った。

 あ、良かった。
 いつもの笑顔に戻った。


「そうそう。ぐるぐるするから、後で少し甘えさせて?」

「はい!わたしでよければ、何でも仰ってくださいね?」

「本当に?……何でも?」

「え?……はい!出来ることならば」

「ふぅん……」


 ジェフ様は、右手を口の前にかざし、考えるように暫し黙りこくる。
 そして、次にこちらを向いた時の表情は、初めて会った時に見た、あの妖艶な流し目と、怪しげな微笑だった。


「ローズちゃん。無自覚なんだろうけど……その言葉、出来たら僕以外に使わないで欲しいな」

「……え?」


 わたし、何かまずいこと言った⁈

 目が合っていたのは数秒で、ジェフ様はすぐに元の優しい笑顔に戻り、救護テントの下げられた天幕を、片手で押し上げた。







(side レン)


 王子殿下と、それを取り巻く人たちが、ロータリースペースへ移動していくのを、私は頭を下げて見送った。
 その後、ジェファーソン様とローズさんが、連れそうように救護用テントに入っていくのを確認して、深く息を吐きだす。


 先程、ローズさんから『大丈夫ですか?』と問われ、『問題ない』と答えた。

 周りの人の目には、あからさまな痩せ我慢とうつっていただろう。
 態度や受け応えなどは平静を装えても、表情や顔色など、隠しきれない部分もあっただろうから。

 だからこそ、ローズさんは不安な表情をなさっていたに違いないし、ジェファーソン様は、私を置いていくよう、ローズさんを諭して下さったのだろう。


 ジェファーソン様は、魔力切れの場合どういった状況になるのかを、ご存知なのかもしれない。
 あるいは、限界を試されたことがあるのか?
 

 二人でテントに行ってくれたことが、今は本当に有り難かった。
 お陰で、高貴な方々の前で、失態を晒さずに済む。


 それにしても……情けないことだ。

 先ほどから目の前の世界は、歪みながら回り、細かい光が点滅して見えている。

 貴族階級以上の方が、全員移動を終えたのを確認して、私は半ば尻餅をつくように、その場に座り込んだ。

 先程、聖女様から叱責を受けているからと言うわけではないが、守護する対象を目の前にして、膝をつくような体たらくは見せられない。
 
 今の今まで、その思いだけを精神的な支柱にして、するべきことを優先していた。
 だが、限界など、とうの昔に超えていたから、気が抜けてしまえば、前に足を踏み出すどころか、立っていることすら出来そうもなかった。

 それでも、座れば多少は良いだろうと、楽観していたが、世界は相変わらず歪み続けている。
 これは……久しぶりに、かなりまずい状態だ。


「先輩っ⁈ わーっ!大丈夫ですか⁈」


 近くまで来ていたらしいラルフが、慌てて駆け寄ってきたが、言葉を返す余裕もなかった。

 顔を見上げることも、今はしたくない。
 目を閉じても、視界は赤黒い渦のように回り続ける。


 可能ならば、部屋に戻り、人目に触れることなく、一人静かに横になりたかった。
 ある程度の魔力切れならば、それも可能なのだが、今回はそれすら難しい。

 しばらくの間は、歩くどころか、立ち上がることも出来まい。

 いや……違うな。
 座っていることすら、無理だ。
 
 あきらめて、私はその場に上体を倒し、仰向けになった。
 情けない事この上ないが、今は、この体勢が一番楽だ。

 有難いことに、救護テントは天幕を下ろしていて、あちらからこちらは見えないだろう。
 それ以外で鍛錬場に残っているのは、数人の聖騎士と神官見習いだけだから、失態を見られるのも最小限で済む。


「えっ⁈ ちょっ!」

 
 ラルフが、声を上げるのが聞こえた。

 倒れたようにでも見えたのだろうか?
 こちらとしては、意図的に転がったので、頭を打つことも無かったし、放っておいてくれればそれで良かったのだが。
 彼は、アタフタと隣に座り、急ぎ、私の体を支え起こした。

 それが、まずかった。

 体が前方に曲がったせいで、胃から苦いものが込み上げてくる。
 条件反射で口元を押さえ、ラルフの肩を押した。

 勢い余って地面に崩れ落ちてしまったが、なんとかその場では、戻さずに済んだ。


「ちょっ、何やってんですか⁈ 先輩!」


 その問いには、物理的に答えられなかった。
 とりあえず、吐き戻さないように呼吸を整える。


「救護用テント行きましょう?俺担ぎますから」


 心配そうにラルフが言ってくるのを、片手を上げて制した。

 今は多少の振動も辛い。
 出来たら、放っておいて欲しい。


「大丈夫だから、放っておいてくれ」


 なんとか口にするが、腹に力が入ったせいで喉元に刺激が来て、口を閉ざす。


「いやいや。ぜんっぜん大丈夫じゃないですよね?見たところ、肩貸しても歩ける状態じゃないじゃないですか!」


 憤りを隠さないラルフの大声に、頭痛がしてきて片耳を塞いだ。
 それを見て、益々憤ったのか、ラルフは眉根を寄せて、なお言いつのる。
 

「言うこと聞いて担がれてくださいよ。じゃなきゃ……姫抱きで連れていきます」

「…………」


 担がれるのも嫌だが、まして姫抱きなど、全力で遠慮させてくれ。
 そう、心底思いながら、ラルフに視線を向けた。

 心配そうに歪められた顔も、視野が狭まっているせいか、僅かにぼやけて見える。
 うまく……焦点が合わない。


「恥ずかしがってる場合ですか?今日の功労賞の人を、地べたに寝かしておけないですよ」

「いや。そうではなく……」

「さあ、行きますよ?」


 ラルフが肩に手をかけてきたので、もう一度手で制した。


「先輩……」


 声にいよいよ怒りを滲ませるラルフに、色々と諦めがついた。
 ここで堂々巡りをするくらいなら、素直に自分の状態を白状して、しばらく横にならせてもらおう。


「すまない。揺すられるのがきつい。動かされるともどす。少しでいいから、ここで横になりたいぅっぇ……」


 一気にそこまで話して、その勢いでえづいてしまった。
 辛うじて、吐き戻しはしなかったが。

 うずくまって、なんとか息を整える。
 視界が渦を巻く。
 口の中が苦い。
 喉がからからで、声を出すのも億劫だ。

 頼む。
 理解してほしい。
 何かを考えることすら、もう放棄したい。


 しばらく沈黙が落ちた。
 わかってくれただろうか?


「気が利かなくて、すいません!」


 震える声で言うラルフを見ると、泣きそうな顔をしていた。
 いや、別に怒っている訳ではないのだが。

 このまま放っておくのも、何だか申し訳ない。
 せっかく心配して来てくれたのだから、好意に甘えるべきかもしれない。
 それなら、今一番ほしい物を、持って来てもらおう。

 そうすれば、ラルフも多少は気が収まるだろう。


「み……ず」

「はい?」

「水を……」

「……っあ!水ですね?はい!持ってきます」


 立ち上がり、走り去る気配を背中に感じ、とりあえずその場で脱力した。

 制服の詰襟部分を掻きむしるように開けて、胸元から石を引っ張り出す。
 今はこれに魔力を供給するのも無理だ。
 首から外すと、制服の胸ポケットにしまった。
 それでも多少は魔力を持っていかれるが、肌に直接触れているのとは全く違う。


 横向きで脱力していると、月白色に輝く光が幾らか周りに戻ってくるのが見えた。

 どうやら以前に比べると、回復がかなり早くなっているようだ。
 これなら目眩がおさまるまでそんなに時間はかからないだろう。

 そうは言っても、小一時間は動けないだろうが。

 軽く眠気が来て、目を閉じた。
 今度は、自分の体が回っているような錯覚に陥る。
 
 もうすぐラルフが水を持って来てくれる。
 水を飲んだら、この場で少しだけ眠らせて貰おう。

 聖女様のおかげで、この後の茶会に顔を出す必要もない。

 補佐たちが罰と称して、今日の夜勤を外して下さったのには、本当に感謝しかないな。


 茶会……か……。
 もうローズさんとジェファーソン様は、茶会に向かわれただろうか?

 仲良く寄り添う姿が瞼に浮かぶ。
 二人はとてもお似合いだ。

 ジェファーソン様の魔導は素晴らしかった。

 暴走した火の魔導を、中級精霊を用いての風の魔導で、ほぼ何の手加減も出来ずに弾き返してしまったというのに、圧倒的な水量をもって、それを完全に止めて下さった。
 
 彼ならば、ローズさんを危険な目に合わせることなど、絶対にしない。
 何があっても、彼女を守ってくれるだろう。
 
 私など……足元にも及ばない。

 ……何故か、心臓のあたりがズキズキと痛んだ。
 何故なのか、については、今は考えたくないし、考える余力も無かった。


ーーカチャリ

 投げ出していた左手が、ミゲルさんから戻された後、そのまま地面に置かれたままになっていた剣に触れた。
 力の入らない指先で、手元へと引き寄せる。

 刃の部分は、広範囲に渡り完全に溶けており、芯の部分も無数の深いヒビが広がっている。
 どう見ても、もう使い物にならないな。
 
 右の手元には、王子殿下から賜ったあと、ずっと手に持ったままだった、新しい剣。

 思い返してみると、私は殿下の前で、いつも失態を責められている。

 情けないことだ。

 王子殿下は、呆れているだろうに、何故かその度、フォローして下さる。
 下々の者にまでお心を砕いてくださるあたり、心根の優しい方なのだろう。

 せっかく『王子殿下付きに』とお誘いを賜ったのに、ご期待に添えず申し訳なく思う。

 あの時は、聖女様が別の話を出して、上手く誤魔化して下さったが、お断りしたのは、実は別の理由がある。

 多くの人は知らないことだが、王国の規定で、私は王宮に関連する職に就くことが出来ない。
 原因は、私の出自にあるが、それを申告しなくとも、この覚醒遺伝した容姿では、事情を知っている王族や官僚には、直ぐに気付かれるだろう。

 あの時、それを話そうとしたところを、聖女様が止めて下さった。
 予想外だったけど、有り難かったな。

 事情を知りつつも、聖堂に居場所を与えて頂けることには、感謝しか無い。
 今後も、例外的に私を受け入れてくれている聖女様と聖堂に、命を捧げよう。

 それでも有事の際には、王子殿下にはこの身をもって恩返しを。

 一つため息を落とし、いよいよ狭まる視界に救護テントをおさめると、ラルフが何やら色々と抱えて、こちらに戻って来るのが見えた。
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