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第四章
罪と罰の落とし所
しおりを挟むレンさんは、聖女様の前に膝をつき、深く頭を下げている。
聖女様から、呼びだしを受けたのかな?
殿下やジェフ様に対しては、マルコさんとミゲルさんからの言伝てだったけど、レンさんだけ直接なのね。
やっぱり、聖堂関係者だから?
一緒に作業を行っていた、ライアンさんとジャンカルロさんは、訝しげな表情でレンさんに視線を送りつつ、救護テントにダミアン先輩を運んで行ったみたい。
そのレンさんだけど、見る限り、フラつくこともなく、いつも通り騎士の礼をしている。
ただ、少し離れたこちらから見ても、その顔色は蒼白。
額やこめかみ付近から流れて、鼻先から滴り落ちている汗は、どう見ても、暑さのせいだけでは無さそう。
早く休ませてあげたいところだけど……。
それにしても、先程は見事な防御だったよね!
わたしに見えたのは、聖女様とそれを守る人たちを庇うように炎の前に立ち塞がり、風の魔導で作り出した障壁のようなもので、炎の塊を押しとどめる姿だけだけど、その後、それを跳ね返したってことだと思うの。
聖女様をお守りしたというだけで、十分立派だし、その上その周辺まで守り切った。
これは確かに、呼び出して称賛されて然るべき偉業だわ。
きっと、模擬戦に時の様に、お褒めの言葉を賜るのね!
そんなことを考えて、わたしは様子を見守っていた。
観客は全員ロータリーへ移動を終え、会場は静まりかえっている。
聖女様の横には、エンリケ様が立っていて、ミゲルさん、マルコさんの二人が聖女様の前に戻ると、腰に刺していた剣を抜き、切先をレンさんに向けた。
え?何?
表面的に見える聖女様の気配は、静かな水面のように凪いでいるけれど……なんとなく重苦しい。
周囲に立ち込める剣呑とした雰囲気に、眉を寄せる。
「これは……」
横で、ジェフ様が小さく呟き眉を寄せた。
ジェフ様が何を言いたいのかは、状況を見れば分かる。
これではまるで、レンさんが罪人のようだわ。
マルコさんが、今まさに口を開こうとした時、聖女様が先に言葉を放った。
「レン。何故ここに呼ばれたか、分かるかしら?」
そんなこと、分かるわけ無いよね?
守った人たちから剣先を向けられるって、一体どういう状況なの?
「…………」
レンさんは、一度口を開き、直ぐに引き結ぶと、深く頭を下げた。
「理由は分からないようだけど、状況は理解出来ているようね。では、質問を変えるわ」
聖女様は、小さく息を吐き出す。
「聖騎士の職務は何?」
この質問には、レンさんは頭を下げたまま、即答した。
「聖女様、聖堂、並びにそこで就労する神職職員、また その客人をお守りすることです」
「良いわ。では『聖女付き聖騎士』の職務とは?」
「どのような状況下でも、聖女様の身の安全を一番に考え、御身をお守りすることです」
「結構。それで、貴方は今、どちらの立場に所属しているのかしら?」
「…………」
レンさんは、目線を下げて口を閉ざす。
そうか。
レンさんは、『聖女様付きの六人の聖騎士』の中には入っておらず、あくまで補助要員のような立場にいる。
だから、一般聖騎士の仕事も兼務していて、二重勤務の様な過酷な勤務体系になっているのだけど、実際の立場はひどく曖昧だ。
「即答出来ないのね。では、私が教えてあげましょう」
聖女様は、視線を下げて、厳しい声音で告げた。
「例え、規定の六名から外れていたとしても、名簿の末席に名前がある以上、貴方は後者の立場を取らねばならない。分かるかしら?」
「……はい」
そうだったんだ……!
わたしも勿論だけど、遠巻きに成り行きを見守っていた、場に残っていた聖堂関係者全員が、そんな表情をしている。
「それで。今回貴方は、自分の役割を果たせたと考えているの?」
「……いえ」
「そうね。あの時貴方は、魔導学生を助けることを優先した」
「はい」
「結果、防御に僅かな遅れが生じ、自分の身を危険に晒す事となった。左手は大丈夫なの?」
「魔法具のお陰で、軽度の火傷で済みました」
「それは運が良かったわね。でも、魔法具が無ければ片手を失っていたかもしれない。その状態で、私を確実に守れるかしら?」
「……難しかったと思います」
「自分の間違いは理解できて?」
「はい」
「では、今すぐに、私以外の他者よりも、自分の身を優先する覚悟をなさい。聖女付き聖騎士の自己犠牲が許されるのは、聖女である私を守る時のみ」
「肝に銘じます」
「そうよ。しっかりしてよ!貴方のような者をわざわざ口利きをしてまで召し上げ、守らせてあげているんだから、怖い思いをさせないでちょうだい!」
「申し訳ありませんでした」
静かに謝罪の言葉を述べるレンさん。
でも、なんだかおかしいよね?
その物言いでは、まるで、全員を守ったレンさんが悪いみたいに聞こえる。
しっかりと守り切ったのに、何でそんな仰り方をなさるんだろう。
普段の、穏やかで慈愛に満ちた聖女様の発言とは、とても思えない。
珍しく声に怒りを滲ませた聖女様だけど、深く深呼吸をして、咳払いを一つ。
直ぐに普段通りの穏やかな口調に戻り、先を続けた。
「さて、マルコ。今回の魔導披露での騒動の顛末は、どういったものだったかしら?」
マルコさんは、姿勢を正すと、手元の資料を読み上げた。
「はい。公爵家令息ダミアン様が、魔導を披露をした際、聖騎士レンへ向けて放った火球の威力が予想外に大きく、聖堂側のテントに危険が及んだものです。侯爵家令息ジェファーソン様の働きにより、聖堂並びに職員、観客に被害は及ばず、事なきを得ました」
「そう。では、今回の件、全ては、立ち位置が悪かった、レンの咎という事で間違い無いわね」
「はい」
マルコさんの返答に、わたしたちは息を飲んだ。
え?
どうして?
疑問符ばかりが頭に浮かぶ。
だって、どう考えても今回の事件、レンさん悪くないよね?
「おい、待……」
「殿下」
横で、エミリオ様が声をあげようとしたところを、執事のハロルドさんが途中で制し、首を横に振った。
と言うことは、これは王宮側も同意しての見解ということ?
「参ったな。こんな騒ぎになってしまった以上、落とし所は用意するだろうと思っていたけど……」
口の前に手をかざして、考え込むようにジェフ様が呟いた。
落とし所。
社会的地位の高い家柄出身の、ダミアン様やジェフ様に、起こった事柄通りの責任を取らせるとなると、聖堂とその家の関係が悪くなるのは避けられない。
だから、聖堂側の温情として『貸し』を作ることで、事実をややねじ曲げて、責任を回避させた。
でも、これだけ大きな騒ぎになった以上、誰かが責任を取らねばならず、白羽の矢が立ったのが、社会的な地位の低いレンさん、ということ?
「レンも、それで間違いないわね?」
「……はい」
レンさんは、静かに目を閉じて、その場で頭を下げた。
全ての罪をなすりつけられたのを理解した上での返答だと思うと、胸が潰されるように苦しくなる。
「では、レンには罰を与えます」
「おいっ!こんなの」
「殿下」
ハロルドさんは、再度制止し、首を振る。
エミリオ様は強く唇を噛んだ。
エミリオ様は正義感の強い方だ。
この理不尽さを理解して、憤ってくれている。
その気持ちが嬉しくて、泣きそうになる。
わたしたちに出来ることといえば、できるだけ罰が軽いことを祈るだけ。
周囲が固唾を飲んで見守る中、聖女様が与えた罰は、予想外のものだった。
「今日、この後予定されている、茶会への出席は許しません。自室に戻り、謹慎なさい」
「…………⁈ …… ぇ?」
一瞬の沈黙の後、レンさんは目を開け、顔を僅かに上げると、小さく疑問の声を発した。
無理もないよね。
厳罰が下ることが予想されていたわけだから、その内容は衝撃的だ。
聖女様は、不愉快そうに眉を寄せた。
「反論があって?私を危険な目に合わせた罪状を考えれば、随分と甘いものでしょう。それとも、賞賛される機会を失って、残念かしら?」
「いえ」
直ぐに頭を下げるレンさん。
その後を引き取るように、マルコさんが口を開く。
「クルス君。聖堂からも、君にペナルティーを与える。今、この時間より、明後日の正午まで、謹慎処分。その際、鍛錬場、寮、浴場、これは衛生上の問題から、以上の三箇所以外の場所に出ることを禁ずる。本来であれば、懲罰房にて一週間ほどの謹慎処分とするところだが、明後日正午から、聖女様の御公務に同行する事を勘案し、宥免している。よく反省しなさい」
「……はい」
レンさんの返事を聞くと、聖女様は微笑み、立ち上がった。
「次は無いから、そのつもりで」
「御意」
「明後日の御公務に支障をきたさぬ様、しっかりと体調を整えるように」
「はい」
マルコさんがやんわりと言い、聖女様は退場するべく踵を返した。
既に剣を鞘に収めていたエンリケ様は、聖女様の後ろに付き従いながら、背中で手をグーパーさせている。
わたしたちは、一斉に息を吐き出した。
もー!
思わせぶりに話すから、どんなひどい罰が下るのかと、周りはヒヤヒヤしちゃったじゃないですか~っ!
つまり、罪は全部レンさんに押し付ける代わりに、罰と称して、『この後ゆっくり休んでいいよ』ってことよね?
とりあえずは良かった。
全身の力が抜けちゃったよね。
「おい。そう言うことなら、ちゃんと俺の耳にも入れておいてくれ」
エミリオ様は、恨めしげな表情でハロルドさんに視線を送ると、小さく安堵のため息をついた。
「申し訳ありません。ローズマリー様とご一緒でしたので、説明するタイミングを逃しました」
ハロルドさんは、目元を優しく細めている。
「やれやれ。良かったけど、彼にも一つ借りができちゃったな」
ジェフ様は、頭をかきながら、苦笑い気味に呟いた。
聖女様のお姿が、会場から見えなくなると、ミゲルさんがレンさんの前にやってきて、膝をついた。
「すまなかったね。君のせいにしてしまって」
「いえ。こちらこそ、ご配慮頂き有難うございます」
「いや。そう言うことだから、しっかりと体を休めなさい。明後日は問題なく働けるかな?」
「それですが、一つ問題が……申し訳ありません」
レンさんは、困ったように視線を下げながら、鞘に納めていた剣を抜き、ミゲルさんの前に捧げて見せた。
目に入ったので、思わず凝視してしまったのだけど、刃先は熱で溶解しているし、剣の中央には大きな亀裂が入り、修理できないほどボロボロになっている。
そういえば、ジェフ様の水の壁が出来上がる直前、剣を抜いていたっけ。
すると、あの剣に魔導をかけて、暴走火球を弾き返したのかな?
でも、あんなことになるなんて。
いったい、どれほどの負荷がかかったのだろう。
想像するだけで恐ろしくなる。
「なるほど。これはいかん……」
「クルス君……君はまた剣を壊したのかい?」
困った様に眉を寄せるミゲルさんの横から、ため息と共に口をはさんできたのは、神官長。
というか、唐突にニョキっと生えてきたけど、今までどちらにいらっしゃったのかしら?
聖堂テントに『暴走の恐れあり』と伝達が行ったあたりまでは、確か、聖女様テントの付近に座っていたはず。
そこから今まで、姿を見かけなかったのだけど、まさかドサマギで一人だけ逃げていたわけじゃ無いですよね?
腹立たしさに思わず拳を握りしめる。
「神官長……」
「ああ、ミゲル神官長補佐。代理をご苦労だったね。突然急用が入って、事務局に行っていたんだ。今しがた、マルコ補佐から仔細を聞いたよ。クルス君のミスで魔導披露が台無しだったようだね?」
「それは……」
「だから、私は言ったんだ。彼のようなものは、この場に相応しく無いと。君にも『ジェファーソン様にご迷惑をおかけしないように』と、助言したはずなんだがね?」
「申し訳ありません」
レンさんは、再び頭を下げた。
ミゲルさんは額に手をやる。
神官長は、レンさんの手の中にある剣を、覗き込んだ。
「ああ。なんて様だ。これでは修復もできないじゃないか。支給されている物だからと、軽んじられては困るんだがね。いったい、いくらすると思っているんだね?」
「申し訳ありません」
「謝って済む問題では無いだろう。君はいったい、何本剣を壊せば気が済むのだろうな。私が就任してから、既に二回は代えていたんじゃないか?その剣を使いこなす能力が、無いのではないかね?」
蔑む様な視線で、レンさんを見下ろす神官長。
あまりの物言いに、頭が沸騰した。
なんで?
あの場にレンさんがいなければ、誰もあの暴走火球を止められなかったじゃない!
褒められることはあっても、けなされるいわれなんてないわよ!
思わず一歩前に進みでようとした時、わたしよりも一足早くレンさんの横に進み出た人物がいた。
「まて」
目を細めながら、レンさんの横に立ったのは…………エミリオ様!
応援ありがとうございます!
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