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第四章
模擬戦イベント閉幕
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(sideローズ)
会場内のざわめきがおさまらぬ中、王宮サイドから聖堂サイドに向かって、エミリオ様と執事のハロルドさんが早歩きでステージ前を通過するのが見えた。
「この状況をどう収めるか、話し合うのかもしれないね。僕たちも行こう」
ジェフ様の言葉に我にかえる。
「あ、はい!そうですね。この後どうするか、指示があるかもしれないですし」
ジェフ様は頷くと、身軽に競技場からとびおりた。
身のこなしが軽やかだわ。
貴族でいらっしゃるし、やっぱり剣術などを修めていらっしゃるのね。
ほんのちょっとした仕草だけど、ジェフ様って、絶対運動神経良いと思うの。
彼が歩き出したので、それに続く。
「さーて、どうなるかな。お咎めは免れないだろうな」
半歩ほど前を歩くジェフ様は、少し困ったように頬をかいた。
「お咎めですか?」
「そう。聖女様に向かって魔導を放つなんて、前代未聞の失態だからね」
「……あっ」
確かにその通りだわ。
『どうやって場を収めるのか?』なんてことばかり考えていたけれど、言われて始めて、ことの重大さに気付いた。
聖女様に向かって魔法攻撃をするなんて、どう考えても超重罪じゃない⁈
聖女様は、国の礎であり、王国にとっては、神にも等しい存在。
例え故意で無いのが明らかだとしても、その罪が軽く無いのは明白だ。
「もしかして、ダミアン様、かなり酷い罰を受けますか?」
「んー。どちらかというと、僕の方が、かな?」
「まさか!ジェフ様が聖堂を守って下さったのに……」
「彼が魔導披露することを認めたのは、僕だからね」
「でも……あれは、ダミアン様が勝手に……」
「それでも。責任の所在は僕だ。彼があれほど無学だとは、考えもしなかったからね。あと、魔導披露の聖堂側責任者はレンさんだから、彼にもとばっちりがいく……かな」
「そんな……」
どうして、そんなことに……?
ほとんど、ダミアン先輩が勝手にやったことなのに……。
「全ては聖女様のお心次第だね。王子殿下は、多分フォローしてくださるだろうけど……」
どうしよう。
聖堂で行われた、小規模の企画とはいえ、聖女様のお命を危険に晒したことは間違いないわけで……。
もし、極刑なんてことになったら?
考えると胸が苦しくなってきて、右手でそっと押さえた。
聖堂側テント前に戻ってみると、周辺は未だに混沌としていた。
周囲を守るように取り囲んでいる、六人の聖騎士たちに隠れてしまってよく見えないけれど、聖女様は、その場に倒れ込んでいるように見える。
もしかすると、気を失っているかも?
無理も無いよね。
きっと、とても恐ろしかったに違いない。
わたしのように、ジェフ様が水の壁を作ってくれるのが確定していて、その後ろに立っていたのとはわけが違うもの。
突然、見たこともないような巨大な炎の塊が、大した防御壁もない状態で自分に向かってくるのを目の当たりにしたら、その恐怖は計り知れない。
聖女様は、しばらく話し合いどころでは無さそうだわ。
周辺にいた聖騎士さんや魔導学生さんは、周囲で僅かに燃え残っている火を消火作業中。
女性神官見習いの子たちは、子どもたちを孤児院に連れて帰るようだ。
いたら危ないし、何かが出来るわけでもないものね。
神官さんや聖女候補の皆さんは、その場で様子を見守りながら、待機している。
ステージ横では、神官長補佐のお二人とカタリナさんが、エミリオ様と執事のハロルドさんと意見を交わしていた。
エミリオ様の後方には、団長とジュリーさん、お兄様の三人が渋面で控えている。
あまり良い状況じゃ無さそうなのは、空気感で分かる。
競技場の上では、やはり幾らか燃え残った炎を消しながら、ダミアン先輩に近づくレンさんの姿。
その後方には、タンカを持って待機している、ライアンさんとジャンカルロさん。
ダミアン先輩は、完全に意識を失っているようで、レンさんが状態を確認した後、タンカに乗せる準備に入った。
あの巨漢も、鍛え上げられた聖騎士三人の手にかかれば、持ち上がるものなのね!
まぁ……ひょいっと軽々持ち上げたわけでは無いけれども。
それにしても、何事も無かったかのように動いているけど、レンさん、体は大丈夫なのかしら?
そう思った矢先、彼の体が一瞬傾いだ。
「クルスさんっ⁈」
慌てたような声を出したジャンカルロさんを、レンさんは片手で制する。
とりあえずは、その場に踏みとどまったみたい。
でも、額を抑えている手の下から覗く顔は、誰からみてもはっきりと分かるほどに青い。
「まあ、そうだよね。あれだけの魔導を連発すれば、専門の生徒だってあんなものでは済まない。それに……最後のはもしかして、中級精霊だったんじゃないのかな?まぁ、僕もだけど」
隣にいるジェフ様が、独り言のように呟いた。
えっ?
中級精霊って、王宮魔導士クラスの魔力量が無ければ、召喚出来るかすら怪しいと、授業で習ったような?
それを聞いただけで、二人がどれほど無茶をしたのかがわかり、ぞっとした。
それでジェフ様も、何となく体調が悪そうなんだわ。
「あの、まだ話し合いも途中のようですし、救護班のいるテントで、少し休まれませんか?」
「いや、今終わったみたいだ」
ジェフ様は、苦笑いで視線を右側へ流す。
そちらに視線を向けると、丁度話を終えたらしいエミリオ様が、こちらにやって来るのが見えた。
「マリー!怪我はなかったか?」
手を上げながら微笑むエミリオ様に、笑みを返しつつ、頭を下げる。
「はい!魔導で守って頂きましたので、傷一つありません」
「それなら良いが……こっちは冷や冷やしたぞ?」
エミリオ様は、わたしたちの前に立ち止まると、胸を撫で下ろしながら深くため息をつく。
そして、眉を少し寄せて、心配そうにわたしの顔を覗き込んできた。
不謹慎極まりないけど、とっても可愛いです!
って、そうじゃなかった!
もしかして、かなりご心配をおかけしたかしら?
確かに、『巨大火球をぶつける予定の場所』に自ら赴いたことを考えれば、正気の沙汰じゃ無いものね。
「ご心配をおかけしました。ありがとうございます」
「それは、まぁ良いけどな。いくらジェフが有能だからって、信用しすぎたら危ないぞ?」
「えー?でもちゃんと守りきりましたよ?」
ジェフ様は、頬を膨らませて苦言をのべると、すぐに表情を崩して、イタズラっぽく笑った。
「ああ。まあ、大したものだったぞ?ジェフ。いつの間にあんな凄い魔法を身につけたんだ?」
「本当は、もっと初歩的な魔導の披露を予定していたんですけどね。それに今回のアレは、たまたま上手くいっただけです。実際、かなり無茶しましたし」
「そうなのか?お前の方は余裕な感じに見えたけどな。ああ、でも、レンの方も、火が『ごぉぉっ‼︎』てなって、すごく見応えがあったぞ」
「そうでしたか。見たいものが見れたようで何よりでした」
ジェフ様は笑顔で答えた。
そうか。
エミリオ様は丁度側面から顛末をご覧になれたのね。
「それで、どうなりそうですか?」
ジェフ様の声のトーンが急に一段下がったので、そちらに視線を移すと、彼の表情からは笑みが消えていた。
エミリオ様の顔にも、苦笑いのようなものが浮かぶ。
「うん。まだ聖女様が話せる状態じゃ無いからな。とりあえず観客をロータリーに誘導して、場を落ち着ける。あとは、責任者全員で聖女様に謝り倒して、何とか厳罰を回避しよう!」
「いえ。殿下にそんなことをさせる訳にはいかないですよ」
「何を言う。言い出しっぺは俺なんだから、俺が詫びを入れるのは当然だろう?それに、それで三人分の首がつながるなら、願ったりだ」
首……。
職を失う方じゃないよね……?
多分文字通りの方だわ。
聖堂の規則に照らし合わせると、やっぱり斬首ってことなのかしら。
そんなことを言われると、冷や汗が止まらないんですが?
「こんなことになってしまい、申し訳無かったです」
「流石のお前も、ダミアンとやらの無能ぶりまでは推し量れなかったようだな」
「面目ない。まさかこれほどとは思わなくて。招待を決めた時、念の為スティーブン様に確認しておくべきでしたよ」
「ああ。いや、気持ちは分からんでも無い。俺も、あえて自分からは、アレに近づきたく無いからな」
エミリオ様は、明後日の方向を見て苦笑いする。
二人が会話をしている間に、ミゲルさんが観客の避難誘導とその方法をアナウンス。
神官さんたちはその誘導を行うため、カタリナさんを中心に一斉に動き始めている。
うち何人かは、事務局に入って行った。
観客の皆さんは、各聖堂職員の指示に従って、ロータリーへと向かっている。
「とりあえず、飲み物なんかを振る舞うらしいが、聖女様次第で、場合によっては、そのまま即お開きにすることになった」
エミリオ様の説明に、わたしたちは頷いた。
悪い結果の場合、呑気にお茶会どころでは無いということね。
「ダミアンとやらが、火の玉を放った場所が最悪だった、としか言えんな。まだ俺の方だったら、幾らでも逃げ道が作れたんだが……」
「ノーコンだろうと予想してましたけど、逆方向とかあり得ないですからね」
二人は視線を合わせると同時に、苦々しく笑った。
わたしはなす術もなく、ただ呆然と会場から少しずつ観客が引いていくのを眺めていた。
もし悪い結果になったらどうしよう。
わたしは、大切な存在を失うことになる。
恐怖で足が震えた。
「王子殿下、ジェファーソン様。聖女様が落ち着かれましたので、ひとまずお知らせ致します。尚、幾つか確認するよう言付かりましたので、少し宜しいでしょうか」
静かに言葉をかけてきたのはマルコさん。
聖女様のテントに視線を向けると、先程模擬戦を観戦されていた時のように、彼女は凛とした姿で、そちらに座っていた。
まだ心を落ち着けられるほどの時間は立っていないはず。
それでも、口元に笑みが浮かべているのではないかと錯覚するほど、その表情は穏やか。
流石は聖女様だわ。
ただ、穏やか故に、彼女から下される判決は絶対のものとなり、覆らない。
冷静に考えられた上で決められる、ということだものね。
マルコさんが尋ねてきたのは、ジェフ様とダミアン先輩の細かな経歴。
マルコさんは、それを聖女様の元へ持ち帰ると、ミゲルさんとエンリケ様とともに意見を交わし始めた。
経歴……ね。
聖堂としては、高位貴族を敵に回したく無いということかしら?
しばらくして、マルコさん、ミゲルさんの二人がこちらに戻ってきた。
決まったのかな?
表情が幾分固い気がして、体に力が入る。
「まず、王子殿下にお伝え致します。謝罪に関しましては『不要』。『火球は聖女様に向けて放たれたのではなく、その前にいた一聖騎士に向けたものである』と、聖堂は解釈致します」
「そうか」
わたしたちの口からは、安堵のため息が漏れた。
良かった!
内容からして、事件自体が無かったことにされている。
一聖騎士、つまりレンさんが最初からそこに立っていた、みたいな、若干事実を捻じ曲げた解釈だけど、これなら『全員お咎め無し』と言われたに等しい。
マルコさんは、視線をジェフ様に移す。
「ジェファーソン様に、聖女様のお言葉をお伝え致します。『水の魔法、大変お見事。聖堂をお守り頂いたことに感謝を申し上げます。なお一層精進され、国をお守り下さいますよう』とのことです。聖堂としましても、お礼申し上げます。それから一点。今回のこと、必ず侯爵閣下にお知らせ下さい」
「慈悲深いお言葉、こちらこそ感謝致します。父には包み隠さず話すと、お約束致します」
ジェフ様は、貴族の礼をした。
なるほど。
『守ってくれたから不問にするけど、一つ貸しですよ』ってことかな。
「ダミアン様に関してですが、聖堂より事の仔細をバーニア公爵へお知らせ致しますので、ご了承下さい」
うわぁ。
ダミアン様の方は、結構厳しめだわ。
『一つ貸しプラス、公爵自らペナルティーを与えなさいよ』そんな感じに聞こえた。
それでも、やらかしたことを考えれば、かなり甘いけどね。
観客はあらかた退場し終わったようで、会場は少しずつ静まってきている。
この分ならお茶会も行えそうかな?
ほっと息をつきながら聖女様に視線を向けると、聖女様の前に膝をつく人影が見えた。
レンさんだ。
会場内のざわめきがおさまらぬ中、王宮サイドから聖堂サイドに向かって、エミリオ様と執事のハロルドさんが早歩きでステージ前を通過するのが見えた。
「この状況をどう収めるか、話し合うのかもしれないね。僕たちも行こう」
ジェフ様の言葉に我にかえる。
「あ、はい!そうですね。この後どうするか、指示があるかもしれないですし」
ジェフ様は頷くと、身軽に競技場からとびおりた。
身のこなしが軽やかだわ。
貴族でいらっしゃるし、やっぱり剣術などを修めていらっしゃるのね。
ほんのちょっとした仕草だけど、ジェフ様って、絶対運動神経良いと思うの。
彼が歩き出したので、それに続く。
「さーて、どうなるかな。お咎めは免れないだろうな」
半歩ほど前を歩くジェフ様は、少し困ったように頬をかいた。
「お咎めですか?」
「そう。聖女様に向かって魔導を放つなんて、前代未聞の失態だからね」
「……あっ」
確かにその通りだわ。
『どうやって場を収めるのか?』なんてことばかり考えていたけれど、言われて始めて、ことの重大さに気付いた。
聖女様に向かって魔法攻撃をするなんて、どう考えても超重罪じゃない⁈
聖女様は、国の礎であり、王国にとっては、神にも等しい存在。
例え故意で無いのが明らかだとしても、その罪が軽く無いのは明白だ。
「もしかして、ダミアン様、かなり酷い罰を受けますか?」
「んー。どちらかというと、僕の方が、かな?」
「まさか!ジェフ様が聖堂を守って下さったのに……」
「彼が魔導披露することを認めたのは、僕だからね」
「でも……あれは、ダミアン様が勝手に……」
「それでも。責任の所在は僕だ。彼があれほど無学だとは、考えもしなかったからね。あと、魔導披露の聖堂側責任者はレンさんだから、彼にもとばっちりがいく……かな」
「そんな……」
どうして、そんなことに……?
ほとんど、ダミアン先輩が勝手にやったことなのに……。
「全ては聖女様のお心次第だね。王子殿下は、多分フォローしてくださるだろうけど……」
どうしよう。
聖堂で行われた、小規模の企画とはいえ、聖女様のお命を危険に晒したことは間違いないわけで……。
もし、極刑なんてことになったら?
考えると胸が苦しくなってきて、右手でそっと押さえた。
聖堂側テント前に戻ってみると、周辺は未だに混沌としていた。
周囲を守るように取り囲んでいる、六人の聖騎士たちに隠れてしまってよく見えないけれど、聖女様は、その場に倒れ込んでいるように見える。
もしかすると、気を失っているかも?
無理も無いよね。
きっと、とても恐ろしかったに違いない。
わたしのように、ジェフ様が水の壁を作ってくれるのが確定していて、その後ろに立っていたのとはわけが違うもの。
突然、見たこともないような巨大な炎の塊が、大した防御壁もない状態で自分に向かってくるのを目の当たりにしたら、その恐怖は計り知れない。
聖女様は、しばらく話し合いどころでは無さそうだわ。
周辺にいた聖騎士さんや魔導学生さんは、周囲で僅かに燃え残っている火を消火作業中。
女性神官見習いの子たちは、子どもたちを孤児院に連れて帰るようだ。
いたら危ないし、何かが出来るわけでもないものね。
神官さんや聖女候補の皆さんは、その場で様子を見守りながら、待機している。
ステージ横では、神官長補佐のお二人とカタリナさんが、エミリオ様と執事のハロルドさんと意見を交わしていた。
エミリオ様の後方には、団長とジュリーさん、お兄様の三人が渋面で控えている。
あまり良い状況じゃ無さそうなのは、空気感で分かる。
競技場の上では、やはり幾らか燃え残った炎を消しながら、ダミアン先輩に近づくレンさんの姿。
その後方には、タンカを持って待機している、ライアンさんとジャンカルロさん。
ダミアン先輩は、完全に意識を失っているようで、レンさんが状態を確認した後、タンカに乗せる準備に入った。
あの巨漢も、鍛え上げられた聖騎士三人の手にかかれば、持ち上がるものなのね!
まぁ……ひょいっと軽々持ち上げたわけでは無いけれども。
それにしても、何事も無かったかのように動いているけど、レンさん、体は大丈夫なのかしら?
そう思った矢先、彼の体が一瞬傾いだ。
「クルスさんっ⁈」
慌てたような声を出したジャンカルロさんを、レンさんは片手で制する。
とりあえずは、その場に踏みとどまったみたい。
でも、額を抑えている手の下から覗く顔は、誰からみてもはっきりと分かるほどに青い。
「まあ、そうだよね。あれだけの魔導を連発すれば、専門の生徒だってあんなものでは済まない。それに……最後のはもしかして、中級精霊だったんじゃないのかな?まぁ、僕もだけど」
隣にいるジェフ様が、独り言のように呟いた。
えっ?
中級精霊って、王宮魔導士クラスの魔力量が無ければ、召喚出来るかすら怪しいと、授業で習ったような?
それを聞いただけで、二人がどれほど無茶をしたのかがわかり、ぞっとした。
それでジェフ様も、何となく体調が悪そうなんだわ。
「あの、まだ話し合いも途中のようですし、救護班のいるテントで、少し休まれませんか?」
「いや、今終わったみたいだ」
ジェフ様は、苦笑いで視線を右側へ流す。
そちらに視線を向けると、丁度話を終えたらしいエミリオ様が、こちらにやって来るのが見えた。
「マリー!怪我はなかったか?」
手を上げながら微笑むエミリオ様に、笑みを返しつつ、頭を下げる。
「はい!魔導で守って頂きましたので、傷一つありません」
「それなら良いが……こっちは冷や冷やしたぞ?」
エミリオ様は、わたしたちの前に立ち止まると、胸を撫で下ろしながら深くため息をつく。
そして、眉を少し寄せて、心配そうにわたしの顔を覗き込んできた。
不謹慎極まりないけど、とっても可愛いです!
って、そうじゃなかった!
もしかして、かなりご心配をおかけしたかしら?
確かに、『巨大火球をぶつける予定の場所』に自ら赴いたことを考えれば、正気の沙汰じゃ無いものね。
「ご心配をおかけしました。ありがとうございます」
「それは、まぁ良いけどな。いくらジェフが有能だからって、信用しすぎたら危ないぞ?」
「えー?でもちゃんと守りきりましたよ?」
ジェフ様は、頬を膨らませて苦言をのべると、すぐに表情を崩して、イタズラっぽく笑った。
「ああ。まあ、大したものだったぞ?ジェフ。いつの間にあんな凄い魔法を身につけたんだ?」
「本当は、もっと初歩的な魔導の披露を予定していたんですけどね。それに今回のアレは、たまたま上手くいっただけです。実際、かなり無茶しましたし」
「そうなのか?お前の方は余裕な感じに見えたけどな。ああ、でも、レンの方も、火が『ごぉぉっ‼︎』てなって、すごく見応えがあったぞ」
「そうでしたか。見たいものが見れたようで何よりでした」
ジェフ様は笑顔で答えた。
そうか。
エミリオ様は丁度側面から顛末をご覧になれたのね。
「それで、どうなりそうですか?」
ジェフ様の声のトーンが急に一段下がったので、そちらに視線を移すと、彼の表情からは笑みが消えていた。
エミリオ様の顔にも、苦笑いのようなものが浮かぶ。
「うん。まだ聖女様が話せる状態じゃ無いからな。とりあえず観客をロータリーに誘導して、場を落ち着ける。あとは、責任者全員で聖女様に謝り倒して、何とか厳罰を回避しよう!」
「いえ。殿下にそんなことをさせる訳にはいかないですよ」
「何を言う。言い出しっぺは俺なんだから、俺が詫びを入れるのは当然だろう?それに、それで三人分の首がつながるなら、願ったりだ」
首……。
職を失う方じゃないよね……?
多分文字通りの方だわ。
聖堂の規則に照らし合わせると、やっぱり斬首ってことなのかしら。
そんなことを言われると、冷や汗が止まらないんですが?
「こんなことになってしまい、申し訳無かったです」
「流石のお前も、ダミアンとやらの無能ぶりまでは推し量れなかったようだな」
「面目ない。まさかこれほどとは思わなくて。招待を決めた時、念の為スティーブン様に確認しておくべきでしたよ」
「ああ。いや、気持ちは分からんでも無い。俺も、あえて自分からは、アレに近づきたく無いからな」
エミリオ様は、明後日の方向を見て苦笑いする。
二人が会話をしている間に、ミゲルさんが観客の避難誘導とその方法をアナウンス。
神官さんたちはその誘導を行うため、カタリナさんを中心に一斉に動き始めている。
うち何人かは、事務局に入って行った。
観客の皆さんは、各聖堂職員の指示に従って、ロータリーへと向かっている。
「とりあえず、飲み物なんかを振る舞うらしいが、聖女様次第で、場合によっては、そのまま即お開きにすることになった」
エミリオ様の説明に、わたしたちは頷いた。
悪い結果の場合、呑気にお茶会どころでは無いということね。
「ダミアンとやらが、火の玉を放った場所が最悪だった、としか言えんな。まだ俺の方だったら、幾らでも逃げ道が作れたんだが……」
「ノーコンだろうと予想してましたけど、逆方向とかあり得ないですからね」
二人は視線を合わせると同時に、苦々しく笑った。
わたしはなす術もなく、ただ呆然と会場から少しずつ観客が引いていくのを眺めていた。
もし悪い結果になったらどうしよう。
わたしは、大切な存在を失うことになる。
恐怖で足が震えた。
「王子殿下、ジェファーソン様。聖女様が落ち着かれましたので、ひとまずお知らせ致します。尚、幾つか確認するよう言付かりましたので、少し宜しいでしょうか」
静かに言葉をかけてきたのはマルコさん。
聖女様のテントに視線を向けると、先程模擬戦を観戦されていた時のように、彼女は凛とした姿で、そちらに座っていた。
まだ心を落ち着けられるほどの時間は立っていないはず。
それでも、口元に笑みが浮かべているのではないかと錯覚するほど、その表情は穏やか。
流石は聖女様だわ。
ただ、穏やか故に、彼女から下される判決は絶対のものとなり、覆らない。
冷静に考えられた上で決められる、ということだものね。
マルコさんが尋ねてきたのは、ジェフ様とダミアン先輩の細かな経歴。
マルコさんは、それを聖女様の元へ持ち帰ると、ミゲルさんとエンリケ様とともに意見を交わし始めた。
経歴……ね。
聖堂としては、高位貴族を敵に回したく無いということかしら?
しばらくして、マルコさん、ミゲルさんの二人がこちらに戻ってきた。
決まったのかな?
表情が幾分固い気がして、体に力が入る。
「まず、王子殿下にお伝え致します。謝罪に関しましては『不要』。『火球は聖女様に向けて放たれたのではなく、その前にいた一聖騎士に向けたものである』と、聖堂は解釈致します」
「そうか」
わたしたちの口からは、安堵のため息が漏れた。
良かった!
内容からして、事件自体が無かったことにされている。
一聖騎士、つまりレンさんが最初からそこに立っていた、みたいな、若干事実を捻じ曲げた解釈だけど、これなら『全員お咎め無し』と言われたに等しい。
マルコさんは、視線をジェフ様に移す。
「ジェファーソン様に、聖女様のお言葉をお伝え致します。『水の魔法、大変お見事。聖堂をお守り頂いたことに感謝を申し上げます。なお一層精進され、国をお守り下さいますよう』とのことです。聖堂としましても、お礼申し上げます。それから一点。今回のこと、必ず侯爵閣下にお知らせ下さい」
「慈悲深いお言葉、こちらこそ感謝致します。父には包み隠さず話すと、お約束致します」
ジェフ様は、貴族の礼をした。
なるほど。
『守ってくれたから不問にするけど、一つ貸しですよ』ってことかな。
「ダミアン様に関してですが、聖堂より事の仔細をバーニア公爵へお知らせ致しますので、ご了承下さい」
うわぁ。
ダミアン様の方は、結構厳しめだわ。
『一つ貸しプラス、公爵自らペナルティーを与えなさいよ』そんな感じに聞こえた。
それでも、やらかしたことを考えれば、かなり甘いけどね。
観客はあらかた退場し終わったようで、会場は少しずつ静まってきている。
この分ならお茶会も行えそうかな?
ほっと息をつきながら聖女様に視線を向けると、聖女様の前に膝をつく人影が見えた。
レンさんだ。
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