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第四章
ダミアン先輩、魔導披露をする
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(sideローズ)
何なに?
なんなの?
意味が分からないんですけど⁈
王宮サイドに向かったレンさんが、魔導学生テント前で、ダミアン先輩とそのご学友の皆さんに取り囲まれた時から、何となく嫌な予感はしていた。
でも、見るからに高次元の魔導制御の最中、突然ケチをつけられた上、中断させられ、挙句お役御免とか、流石に酷くないです?
外野ながら頭にきてしまったわ。
……突然魔導をストップさせられたにも関わらず、それを完璧に制御し、収束させたレンさんの手腕は流石だったけども!
もう少し見たかったな。
残念。
競技場の上では、ダミアン様が、観客に向かって大きく両手を振っている。
聖堂側の関係者は唖然としていた。
私とリリアさん以外は、ダミアン様のことを知らないから、『誰?』といった感じで、成り行きを見守っている。
あ。
レンさんが戻ってきた。
競技場伝いに走って戻ってきた彼の表情は、いつも通り。
色々思うところはあるはずなのに、一切態度に出さない姿勢は素晴らしい。
見ているこっちは、無性に歯がゆいけど。
レンさんは、そのまま競技場を回り込んで、ジェフ様の立っている付近へ向かう。
ジェフ様も、数歩分後退したみたい。
「何?あれ。どういうこと?ダミアン様が魔導披露するの?」
わたしの横で眉を寄せながら、リリアさんが口を尖らせた。
「そうみたいね」
「意味分かんない。そもそも、何をするとかリハもしてなくて大丈夫なのかな?」
「そうね。火球が小さいとかケチをつけていたみたいだけど……ダミアン様が、仮に凄い魔導を披露なさったとして、こちらの観客席は大丈夫なのかしら?」
「そうよ!あの聖騎士の魔導だって、結構な威力ありそうだったじゃない?あれより凄いの投げつけてきて、うっかり外してこっちとか飛んできたらヤバいじゃん!」
「本当ね」
「ちょ、マリーさん、呑気!ちょっとどんな感じか聞いてきてよ!」
「え?わたしが?」
「だって、ジェファーソン様とも、あの聖騎士さんとも仲良しなのってマリーさんだけじゃない?」
「え?そんなこと無いと思うけど……」
見回すと、神官テントの女の子たちは、こちらを見ながら頷いてみせた。
えぇ?
「私が行っても良いですが、ジェファーソン様には面識が有りませんし、何かあっては困りますから、お願いできますか?ローズマリーさん」
カタリナさんに言われたので、立ち上がる。
「分かりました」
プリシラさんの視線が、ちょっとだけ厳しい気がするけど、確かに何かあったらまずいよね。
ダミアン様が何の属性かすら分からない訳だし。
静かに競技場下へ歩み寄る頃には、王宮テント側で、王子殿下が自分のテントまで戻ったようだった。
あちらも、危険回避と言ったところかもしれない。
会場がさわさわとざわめく中、不必要なほどの大声で、ダミアン様の呪文詠唱が始まる。
魔導って、声の大きさとか関係あるのかしら?
声が大きいほど威力が高いとか?
いえ。
多分関係ないよね。
レンさんに歩み寄ると、近づくまで気づかなかったけど、小声でジェフ様と言葉を交わしていた。
「そうですか。やはり嫌がらせが……」
「いえ。こちらは『嫌がらせ』というほどではありませんでしたので」
「そりゃ、レンさんの普段の魔力量考えれば、そうでしょうけど」
「いえ、そのような。……ただ、暴走を狙ったとしたら、本当の狙いはジェファーソン様でしょう。何かあってはいけませんので、念のためご注意下さい」
「ありがとう。さて、何をしかけてくるつもりでしょうかね?」
「あの……」
様子を見ながら声をかけると、ジェフ様はにっこりと微笑んでこちらを見た。
「やぁ、ローズちゃん!応援に来てくれたのかな?」
「あ!はい!ジェフ様、頑張ってくださいね!」
「うん!楽しみにしていてね!」
あまりにも和やかに仰るので、緊張感が一気に和らいでしまった。
ジェフ様、全然余裕そうだわ。
流石に、王国一の魔導士に成長される方は違うよね。
まだ、呪文も唱えていないけど、ジェフ様の属性は何なのかしら?
こんな状況で不謹慎だけど、少し楽しみになってきた。
「呪文詠唱終わりました」
静かなレンさんの声に、視線をダミアン様にうつす。
「炎よ!我が手に宿れぇっ!!!!」
不必要に大音量の力ある言葉の後に、彼の手の中に現れたのは!!
…………んっ?
わたしは目を疑った。
ううん。
多分わたしだけじゃないよね?
会場中が静まり返っているもの。
『ぽっ』と、可愛い音を立てて、ダミアン様の両手の中に現れたのは、片手に乗る程度のボールサイズの炎。
失敗?じゃ無いよね?
だって、一応炎は出たから、魔導として成立しているし。
ダミアン様火属性なのね~?などと、呆然と考えた時、
「ふっ……くっ……」
競技場の上から、小さく笑い声が聞こえた。
ああっ!
ジェフ様が、すごく笑いを堪えていらっしゃる!
不意打ちの、完全に素の笑顔に目を奪われた。
そんな少年のようなお顔もなさるのね?
普段のキラキラした完璧な笑顔とは真逆の、何処かあどけない表情に、得をした気分になった。
こちらに来ていてラッキーだったわ!
「おい……お前たち!何故封印石を付けた?外せ」
白け切った競技場の上で、首だけ後方へ回したダミアン様が大声で宣った。
王宮席側で歓声を送っていた学生たちが、慌てたように何かを従者に手渡している。
ダミアン様は、それを見て頷くと、ボールサイズの炎をそのままに、再度呪文の詠唱を始めた。
ええと。
さっきの何だったの?練習?
「……重ねがけ?」
その時、珍しくレンさんが硬い声で呟いた。
ジェフ様が視線をこちらに流す。
「何か?」
「ぃぇ……学校で習われましたか?」
「少なくとも、僕は習ってませんね。何か問題が?」
「重ねがけは、威力が単純に二倍とはなりませんから、相当慣れていなければイメージが難しいかと。本来なら一度解呪を……」
「ああ。そうか。魔導制御しにくいのか。しかも……あれ」
ジェフ様が指差した先には、ご学友の皆様。
「ちょっと危なっかしいかな?」
「差し出がましいことを申しました」
「いえいえ」
「ええと。何かまずい感じです?」
「んー。一応あれでも先輩だから、そこまで馬鹿なことはしない、とは思うんだけど……」
『炎よっ!!我が手に宿れっ!!!』
その時、『ぼうっ』という音と同時に、競技場が赤々と煌めいた。
慌ててダミアン様を見ると、高々と掲げられた両手の上に、丁度ダミアン様の頭と同程度の大きさの火の玉が。
あ……うん。
レンさんが一番最初に出した火球に比べれば半分以下だわ。
それなら大丈夫かな?
あれ?
でも、何だか少しおかしい?
何というか、火の玉が球状にならず、ぽこぽこと膨れ上がったり凹んだり形状が定まらない感じ?
ジェフ様を見ると、微笑んでいらっしゃるけど、目が笑っていない。
レンさんは、僅かに目を細めた後、口を開いた。
「あの。ジェファーソン様」
「はい。何でしょう。レンさん」
「無礼を承知でお伺いしますが、あちらの方は本当に専門学校の生徒さんで間違いないですか?」
「ええ。一年上の先輩ですよ?」
「そうですか……」
レンさんは、一度口をつぐむ。
その後、何か考え込むように視線を落とし、やがて再度ダミアン先輩を見ると、眉根を寄せた。
しばらく様子を見ているようだったけど、一つ小さく頷き、体ごとジェフ様に向きなおった。
「……その、見間違いだと良いのですが、私には暴走する一歩手前の様に見えるのですが?」
「うん。僕も丁度そうなんじゃ無いかな?って思っていたところです」
「……!」
答えるジェフ様に、レンさんは絶句したようだった。
そうなんですか?
暴走。
え⁈
暴走っ⁈⁈
「ええぇっ⁈⁈」
思わず声が出てしまった。
意味を理解してダミアン先輩を見ると、本人は、何故か高笑いしながら火球をどんどん大きくしている。
そのサイズは、いよいよ直径一メートルを越えようとしていた。
「本来彼が作れる火球は、蝋燭の炎程度です。普段は多分、ご学友の魔力の類焼でそれなりの物を作っているんですね。でも、今日はそれ以外に、ここにもう一人火属性持ちがいるし、更に、何も考えずに『魔導の重ねがけ』なんてことをしたものだから、制御しきれてないのかも?」
「…………」
レンさんは、言葉を発することなく目を閉じた。
そして、乱暴に制服のポケットに手を入れると、手の平に乗る大きさの水晶を取り出し、きつく握りしめる。
苛立っている?
すごく珍しい。
『類焼』……。
そういえば、少し前に、授業で習った。
同じ属性持ちの魔導師が集まると、魔力量が少ない魔導師も、より強い魔導を使うことができるという。
周囲に集まる下級精霊の効果らしく、王宮魔導士はそれらを効率よく利用するため、同じ属性ごと組みを作るのだとか。
ただ、これを有効に使うには、高い魔導制御能力が必要で、失敗すると暴走する。
ここで言うもう一人の火属性もちって、やっぱりレンさんよね?
「困ったなぁ。あんなに大きいと」
さして困っていないように言うジェフ様。
でも、目だけは鋭さを増している。
一方、レンさんは眉を寄せている。
それも当然よね。
あの巨大な火球を投げられたら、聖堂が燃えちゃうわよ。
「類焼制御訓練を完了されていなかったのですね。私の手落ちです。申し訳ありません」
「いいえ。授業を怠った本人が悪いので、気にしなくていいですよ?」
「完全に暴走する前に、魔導で消火するわけには?」
「彼、ああ見えて公爵家の御令息なんですよ。しかも本人は暴走を自覚していないどころか、ちょっと今、悦に入っちゃってますよね。うっかり魔導で消した日には、不敬罪適用されちゃうかな?」
「…………」
レンさんは眉間のあたりを押さえた。
ここまで困っているのも珍しいわ。
「まずい状況ですか?」
「そうですね。完全な暴走が始まる前に止める、もしくは適切に対処しなければ、周囲にも大きな被害が」
ですよね~。
今や、レンさんが最初に出していた火球の、ニ倍以上の大きさになっている。
「暴走するとどうなるんですか?」
「大規模な暴走は、経験がありませんので、何とも。ただ、火の魔導の場合、魔導師の制御を離れた瞬間、最悪その場で爆発することもあると聞きます」
「まずいじゃないですか!」
「はい。ジェファーソン様には、何かお考えがお有りですか?」
「うーん。例えば僕が壁を作って、そこに向けて打たせたらどうでしょう?」
壁?
ということはジェフ様の属性は土?
「良い方法かと思います」
レンさんは頷く。
「問題は厚さだけど、あの規模の火球だと、どれくらい必要かな」
「二メートルは必要かと。高さ、幅共に、それなりに必要になりますが」
「そうだな。幅……は、五メートルはいけるか。高さも……二メートルもあれば良いかな?どうでしょう?」
「それでしたら十分かと。もうそこまで習得されたとは、流石です」
ジェフ様は美しく微笑む。
威張りもしないけど、謙遜もしない。
確かな自信がそこにあるからこそ出来る態度よね!
「どの辺りに仕掛けますか?人のいないステージ側?」
「それですと、万が一火炎の跳ね返りがあった場合、聖女様や殿下が危険かもしれません」
「ああ。なるほどね。それなら反対の魔導学生テント側にしましょう。彼らなら自分の身は守れるだろうし」
「かしこまりました。では孤児院席と第六第七旅団に移動の依頼を。魔力貸しも止めなければいけませんので、先にそちらに向かいますが」
「それなら、わたしが孤児院テントに伝えましょうか」
口を挟むと、ジェフ様が優しく微笑んでくれた。
「ありがとう、ローズちゃん。お願いするよ」
「では、私は王宮テント側に。本格的な暴走が始まりますと、周囲に細かな火球を撒き散らす可能性がありますので、ご面倒ですが対応をお願いします」
「ええ。そこは、任せてもらって良いですよ。それを言うなら、こちらこそ申し訳ないけど、ちゃんと的に当たるように補助をお願いしますね。彼多分ノーコンだから」
「仰せのままに」
なんだか、共闘するみたいでかっこいいです!!
返事の後、レンさんは対面にいる魔導学生の元に走った。
わたしも伝えに行かなくちゃ!
踵を返した時、後方からジェフ様の声が朗々と響く。
呪文の詠唱だわ!
「謹んで乞い願い奉る
その静謐なる群青
水の守護ウムディバータの眷属よ
我に宿りし古の血を媒介に
その力賜らん」
あ、水?
水の精霊王の御名だ。
ではジェフ様は水属性もち?
「水よ。我が手に宿れ」
思わず振り返り、見惚れてしまった。
ジェフ様の両手の中には、ひと抱えほどもある青く澄んだ水の塊。
それが陽光にキラキラと輝きながら、重力を無視して浮遊している。
何あれ!凄く綺麗!
まるでジェフ様を飾る、巨大なサファイアのよう!
「分弾」
ジェフ様が、指を鳴らすと、水の玉は十個ほどに分かれてジェフ様の周囲に散らばる。
凄い!
先程レンさんが炎で行ったことと同等の事を、魔導を習い始めて数ヶ月のジェフ様が、やってのけてしまった!
水だと、全く別物に見えるけれど、とにかく美しい魔導だわ!
って、いけない!
止まっている場合じゃなかった。
わたしは早く避難誘導をしないと!
取り急ぎ神官テントに戻り、カタリナさんに事情を説明。
二人で孤児院テントに行き、子どもたちを整列させてから、神官テント後方へ移動を終えた。
その時だった。
「うわっ?うわぁぁ⁈⁈」
突然大きな悲鳴が聞こえ、声の主、ダミアン先輩に視線を移すと、膨れ上がった火球が、ボコボコと歪な形に歪むのが見えた。
何なに?
なんなの?
意味が分からないんですけど⁈
王宮サイドに向かったレンさんが、魔導学生テント前で、ダミアン先輩とそのご学友の皆さんに取り囲まれた時から、何となく嫌な予感はしていた。
でも、見るからに高次元の魔導制御の最中、突然ケチをつけられた上、中断させられ、挙句お役御免とか、流石に酷くないです?
外野ながら頭にきてしまったわ。
……突然魔導をストップさせられたにも関わらず、それを完璧に制御し、収束させたレンさんの手腕は流石だったけども!
もう少し見たかったな。
残念。
競技場の上では、ダミアン様が、観客に向かって大きく両手を振っている。
聖堂側の関係者は唖然としていた。
私とリリアさん以外は、ダミアン様のことを知らないから、『誰?』といった感じで、成り行きを見守っている。
あ。
レンさんが戻ってきた。
競技場伝いに走って戻ってきた彼の表情は、いつも通り。
色々思うところはあるはずなのに、一切態度に出さない姿勢は素晴らしい。
見ているこっちは、無性に歯がゆいけど。
レンさんは、そのまま競技場を回り込んで、ジェフ様の立っている付近へ向かう。
ジェフ様も、数歩分後退したみたい。
「何?あれ。どういうこと?ダミアン様が魔導披露するの?」
わたしの横で眉を寄せながら、リリアさんが口を尖らせた。
「そうみたいね」
「意味分かんない。そもそも、何をするとかリハもしてなくて大丈夫なのかな?」
「そうね。火球が小さいとかケチをつけていたみたいだけど……ダミアン様が、仮に凄い魔導を披露なさったとして、こちらの観客席は大丈夫なのかしら?」
「そうよ!あの聖騎士の魔導だって、結構な威力ありそうだったじゃない?あれより凄いの投げつけてきて、うっかり外してこっちとか飛んできたらヤバいじゃん!」
「本当ね」
「ちょ、マリーさん、呑気!ちょっとどんな感じか聞いてきてよ!」
「え?わたしが?」
「だって、ジェファーソン様とも、あの聖騎士さんとも仲良しなのってマリーさんだけじゃない?」
「え?そんなこと無いと思うけど……」
見回すと、神官テントの女の子たちは、こちらを見ながら頷いてみせた。
えぇ?
「私が行っても良いですが、ジェファーソン様には面識が有りませんし、何かあっては困りますから、お願いできますか?ローズマリーさん」
カタリナさんに言われたので、立ち上がる。
「分かりました」
プリシラさんの視線が、ちょっとだけ厳しい気がするけど、確かに何かあったらまずいよね。
ダミアン様が何の属性かすら分からない訳だし。
静かに競技場下へ歩み寄る頃には、王宮テント側で、王子殿下が自分のテントまで戻ったようだった。
あちらも、危険回避と言ったところかもしれない。
会場がさわさわとざわめく中、不必要なほどの大声で、ダミアン様の呪文詠唱が始まる。
魔導って、声の大きさとか関係あるのかしら?
声が大きいほど威力が高いとか?
いえ。
多分関係ないよね。
レンさんに歩み寄ると、近づくまで気づかなかったけど、小声でジェフ様と言葉を交わしていた。
「そうですか。やはり嫌がらせが……」
「いえ。こちらは『嫌がらせ』というほどではありませんでしたので」
「そりゃ、レンさんの普段の魔力量考えれば、そうでしょうけど」
「いえ、そのような。……ただ、暴走を狙ったとしたら、本当の狙いはジェファーソン様でしょう。何かあってはいけませんので、念のためご注意下さい」
「ありがとう。さて、何をしかけてくるつもりでしょうかね?」
「あの……」
様子を見ながら声をかけると、ジェフ様はにっこりと微笑んでこちらを見た。
「やぁ、ローズちゃん!応援に来てくれたのかな?」
「あ!はい!ジェフ様、頑張ってくださいね!」
「うん!楽しみにしていてね!」
あまりにも和やかに仰るので、緊張感が一気に和らいでしまった。
ジェフ様、全然余裕そうだわ。
流石に、王国一の魔導士に成長される方は違うよね。
まだ、呪文も唱えていないけど、ジェフ様の属性は何なのかしら?
こんな状況で不謹慎だけど、少し楽しみになってきた。
「呪文詠唱終わりました」
静かなレンさんの声に、視線をダミアン様にうつす。
「炎よ!我が手に宿れぇっ!!!!」
不必要に大音量の力ある言葉の後に、彼の手の中に現れたのは!!
…………んっ?
わたしは目を疑った。
ううん。
多分わたしだけじゃないよね?
会場中が静まり返っているもの。
『ぽっ』と、可愛い音を立てて、ダミアン様の両手の中に現れたのは、片手に乗る程度のボールサイズの炎。
失敗?じゃ無いよね?
だって、一応炎は出たから、魔導として成立しているし。
ダミアン様火属性なのね~?などと、呆然と考えた時、
「ふっ……くっ……」
競技場の上から、小さく笑い声が聞こえた。
ああっ!
ジェフ様が、すごく笑いを堪えていらっしゃる!
不意打ちの、完全に素の笑顔に目を奪われた。
そんな少年のようなお顔もなさるのね?
普段のキラキラした完璧な笑顔とは真逆の、何処かあどけない表情に、得をした気分になった。
こちらに来ていてラッキーだったわ!
「おい……お前たち!何故封印石を付けた?外せ」
白け切った競技場の上で、首だけ後方へ回したダミアン様が大声で宣った。
王宮席側で歓声を送っていた学生たちが、慌てたように何かを従者に手渡している。
ダミアン様は、それを見て頷くと、ボールサイズの炎をそのままに、再度呪文の詠唱を始めた。
ええと。
さっきの何だったの?練習?
「……重ねがけ?」
その時、珍しくレンさんが硬い声で呟いた。
ジェフ様が視線をこちらに流す。
「何か?」
「ぃぇ……学校で習われましたか?」
「少なくとも、僕は習ってませんね。何か問題が?」
「重ねがけは、威力が単純に二倍とはなりませんから、相当慣れていなければイメージが難しいかと。本来なら一度解呪を……」
「ああ。そうか。魔導制御しにくいのか。しかも……あれ」
ジェフ様が指差した先には、ご学友の皆様。
「ちょっと危なっかしいかな?」
「差し出がましいことを申しました」
「いえいえ」
「ええと。何かまずい感じです?」
「んー。一応あれでも先輩だから、そこまで馬鹿なことはしない、とは思うんだけど……」
『炎よっ!!我が手に宿れっ!!!』
その時、『ぼうっ』という音と同時に、競技場が赤々と煌めいた。
慌ててダミアン様を見ると、高々と掲げられた両手の上に、丁度ダミアン様の頭と同程度の大きさの火の玉が。
あ……うん。
レンさんが一番最初に出した火球に比べれば半分以下だわ。
それなら大丈夫かな?
あれ?
でも、何だか少しおかしい?
何というか、火の玉が球状にならず、ぽこぽこと膨れ上がったり凹んだり形状が定まらない感じ?
ジェフ様を見ると、微笑んでいらっしゃるけど、目が笑っていない。
レンさんは、僅かに目を細めた後、口を開いた。
「あの。ジェファーソン様」
「はい。何でしょう。レンさん」
「無礼を承知でお伺いしますが、あちらの方は本当に専門学校の生徒さんで間違いないですか?」
「ええ。一年上の先輩ですよ?」
「そうですか……」
レンさんは、一度口をつぐむ。
その後、何か考え込むように視線を落とし、やがて再度ダミアン先輩を見ると、眉根を寄せた。
しばらく様子を見ているようだったけど、一つ小さく頷き、体ごとジェフ様に向きなおった。
「……その、見間違いだと良いのですが、私には暴走する一歩手前の様に見えるのですが?」
「うん。僕も丁度そうなんじゃ無いかな?って思っていたところです」
「……!」
答えるジェフ様に、レンさんは絶句したようだった。
そうなんですか?
暴走。
え⁈
暴走っ⁈⁈
「ええぇっ⁈⁈」
思わず声が出てしまった。
意味を理解してダミアン先輩を見ると、本人は、何故か高笑いしながら火球をどんどん大きくしている。
そのサイズは、いよいよ直径一メートルを越えようとしていた。
「本来彼が作れる火球は、蝋燭の炎程度です。普段は多分、ご学友の魔力の類焼でそれなりの物を作っているんですね。でも、今日はそれ以外に、ここにもう一人火属性持ちがいるし、更に、何も考えずに『魔導の重ねがけ』なんてことをしたものだから、制御しきれてないのかも?」
「…………」
レンさんは、言葉を発することなく目を閉じた。
そして、乱暴に制服のポケットに手を入れると、手の平に乗る大きさの水晶を取り出し、きつく握りしめる。
苛立っている?
すごく珍しい。
『類焼』……。
そういえば、少し前に、授業で習った。
同じ属性持ちの魔導師が集まると、魔力量が少ない魔導師も、より強い魔導を使うことができるという。
周囲に集まる下級精霊の効果らしく、王宮魔導士はそれらを効率よく利用するため、同じ属性ごと組みを作るのだとか。
ただ、これを有効に使うには、高い魔導制御能力が必要で、失敗すると暴走する。
ここで言うもう一人の火属性もちって、やっぱりレンさんよね?
「困ったなぁ。あんなに大きいと」
さして困っていないように言うジェフ様。
でも、目だけは鋭さを増している。
一方、レンさんは眉を寄せている。
それも当然よね。
あの巨大な火球を投げられたら、聖堂が燃えちゃうわよ。
「類焼制御訓練を完了されていなかったのですね。私の手落ちです。申し訳ありません」
「いいえ。授業を怠った本人が悪いので、気にしなくていいですよ?」
「完全に暴走する前に、魔導で消火するわけには?」
「彼、ああ見えて公爵家の御令息なんですよ。しかも本人は暴走を自覚していないどころか、ちょっと今、悦に入っちゃってますよね。うっかり魔導で消した日には、不敬罪適用されちゃうかな?」
「…………」
レンさんは眉間のあたりを押さえた。
ここまで困っているのも珍しいわ。
「まずい状況ですか?」
「そうですね。完全な暴走が始まる前に止める、もしくは適切に対処しなければ、周囲にも大きな被害が」
ですよね~。
今や、レンさんが最初に出していた火球の、ニ倍以上の大きさになっている。
「暴走するとどうなるんですか?」
「大規模な暴走は、経験がありませんので、何とも。ただ、火の魔導の場合、魔導師の制御を離れた瞬間、最悪その場で爆発することもあると聞きます」
「まずいじゃないですか!」
「はい。ジェファーソン様には、何かお考えがお有りですか?」
「うーん。例えば僕が壁を作って、そこに向けて打たせたらどうでしょう?」
壁?
ということはジェフ様の属性は土?
「良い方法かと思います」
レンさんは頷く。
「問題は厚さだけど、あの規模の火球だと、どれくらい必要かな」
「二メートルは必要かと。高さ、幅共に、それなりに必要になりますが」
「そうだな。幅……は、五メートルはいけるか。高さも……二メートルもあれば良いかな?どうでしょう?」
「それでしたら十分かと。もうそこまで習得されたとは、流石です」
ジェフ様は美しく微笑む。
威張りもしないけど、謙遜もしない。
確かな自信がそこにあるからこそ出来る態度よね!
「どの辺りに仕掛けますか?人のいないステージ側?」
「それですと、万が一火炎の跳ね返りがあった場合、聖女様や殿下が危険かもしれません」
「ああ。なるほどね。それなら反対の魔導学生テント側にしましょう。彼らなら自分の身は守れるだろうし」
「かしこまりました。では孤児院席と第六第七旅団に移動の依頼を。魔力貸しも止めなければいけませんので、先にそちらに向かいますが」
「それなら、わたしが孤児院テントに伝えましょうか」
口を挟むと、ジェフ様が優しく微笑んでくれた。
「ありがとう、ローズちゃん。お願いするよ」
「では、私は王宮テント側に。本格的な暴走が始まりますと、周囲に細かな火球を撒き散らす可能性がありますので、ご面倒ですが対応をお願いします」
「ええ。そこは、任せてもらって良いですよ。それを言うなら、こちらこそ申し訳ないけど、ちゃんと的に当たるように補助をお願いしますね。彼多分ノーコンだから」
「仰せのままに」
なんだか、共闘するみたいでかっこいいです!!
返事の後、レンさんは対面にいる魔導学生の元に走った。
わたしも伝えに行かなくちゃ!
踵を返した時、後方からジェフ様の声が朗々と響く。
呪文の詠唱だわ!
「謹んで乞い願い奉る
その静謐なる群青
水の守護ウムディバータの眷属よ
我に宿りし古の血を媒介に
その力賜らん」
あ、水?
水の精霊王の御名だ。
ではジェフ様は水属性もち?
「水よ。我が手に宿れ」
思わず振り返り、見惚れてしまった。
ジェフ様の両手の中には、ひと抱えほどもある青く澄んだ水の塊。
それが陽光にキラキラと輝きながら、重力を無視して浮遊している。
何あれ!凄く綺麗!
まるでジェフ様を飾る、巨大なサファイアのよう!
「分弾」
ジェフ様が、指を鳴らすと、水の玉は十個ほどに分かれてジェフ様の周囲に散らばる。
凄い!
先程レンさんが炎で行ったことと同等の事を、魔導を習い始めて数ヶ月のジェフ様が、やってのけてしまった!
水だと、全く別物に見えるけれど、とにかく美しい魔導だわ!
って、いけない!
止まっている場合じゃなかった。
わたしは早く避難誘導をしないと!
取り急ぎ神官テントに戻り、カタリナさんに事情を説明。
二人で孤児院テントに行き、子どもたちを整列させてから、神官テント後方へ移動を終えた。
その時だった。
「うわっ?うわぁぁ⁈⁈」
突然大きな悲鳴が聞こえ、声の主、ダミアン先輩に視線を移すと、膨れ上がった火球が、ボコボコと歪な形に歪むのが見えた。
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けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
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