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第四章

ダミアン先輩、魔導披露をする

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(sideローズ)


 何なに?
 なんなの?

 意味が分からないんですけど⁈


 王宮サイドに向かったレンさんが、魔導学生テント前で、ダミアン先輩とそのご学友の皆さんに取り囲まれた時から、何となく嫌な予感はしていた。

 でも、見るからに高次元の魔導制御の最中、突然ケチをつけられた上、中断させられ、挙句お役御免とか、流石に酷くないです?

 外野ながら頭にきてしまったわ。

 ……突然魔導をストップさせられたにも関わらず、それを完璧に制御し、収束させたレンさんの手腕は流石だったけども!

 もう少し見たかったな。
 残念。


 競技場の上では、ダミアン様が、観客に向かって大きく両手を振っている。

 聖堂側の関係者は唖然としていた。

 私とリリアさん以外は、ダミアン様のことを知らないから、『誰?』といった感じで、成り行きを見守っている。


 あ。
 レンさんが戻ってきた。

 競技場伝いに走って戻ってきた彼の表情は、いつも通り。
 色々思うところはあるはずなのに、一切態度に出さない姿勢は素晴らしい。

 見ているこっちは、無性に歯がゆいけど。


 レンさんは、そのまま競技場を回り込んで、ジェフ様の立っている付近へ向かう。
 ジェフ様も、数歩分後退したみたい。


「何?あれ。どういうこと?ダミアン様が魔導披露するの?」


 わたしの横で眉を寄せながら、リリアさんが口を尖らせた。


「そうみたいね」

「意味分かんない。そもそも、何をするとかリハもしてなくて大丈夫なのかな?」 

「そうね。火球が小さいとかケチをつけていたみたいだけど……ダミアン様が、仮に凄い魔導を披露なさったとして、こちらの観客席は大丈夫なのかしら?」

「そうよ!あの聖騎士の魔導だって、結構な威力ありそうだったじゃない?あれより凄いの投げつけてきて、うっかり外してこっちとか飛んできたらヤバいじゃん!」

「本当ね」

「ちょ、マリーさん、呑気!ちょっとどんな感じか聞いてきてよ!」

「え?わたしが?」

「だって、ジェファーソン様とも、あの聖騎士さんとも仲良しなのってマリーさんだけじゃない?」

「え?そんなこと無いと思うけど……」


 見回すと、神官テントの女の子たちは、こちらを見ながら頷いてみせた。


 えぇ?


「私が行っても良いですが、ジェファーソン様には面識が有りませんし、何かあっては困りますから、お願いできますか?ローズマリーさん」


 カタリナさんに言われたので、立ち上がる。


「分かりました」


 プリシラさんの視線が、ちょっとだけ厳しい気がするけど、確かに何かあったらまずいよね。
 ダミアン様が何の属性かすら分からない訳だし。


 静かに競技場下へ歩み寄る頃には、王宮テント側で、王子殿下が自分のテントまで戻ったようだった。
 あちらも、危険回避と言ったところかもしれない。
 
 会場がさわさわとざわめく中、不必要なほどの大声で、ダミアン様の呪文詠唱が始まる。

 魔導って、声の大きさとか関係あるのかしら?
 声が大きいほど威力が高いとか?

 いえ。
 多分関係ないよね。

 レンさんに歩み寄ると、近づくまで気づかなかったけど、小声でジェフ様と言葉を交わしていた。


「そうですか。やはり嫌がらせが……」

「いえ。こちらは『嫌がらせ』というほどではありませんでしたので」

「そりゃ、レンさんの普段の魔力量考えれば、そうでしょうけど」

「いえ、そのような。……ただ、暴走を狙ったとしたら、本当の狙いはジェファーソン様でしょう。何かあってはいけませんので、念のためご注意下さい」

「ありがとう。さて、何をしかけてくるつもりでしょうかね?」

「あの……」


 様子を見ながら声をかけると、ジェフ様はにっこりと微笑んでこちらを見た。


「やぁ、ローズちゃん!応援に来てくれたのかな?」

「あ!はい!ジェフ様、頑張ってくださいね!」

「うん!楽しみにしていてね!」



 あまりにも和やかに仰るので、緊張感が一気に和らいでしまった。

 ジェフ様、全然余裕そうだわ。

 流石に、王国一の魔導士に成長される方は違うよね。
 まだ、呪文も唱えていないけど、ジェフ様の属性は何なのかしら?
 こんな状況で不謹慎だけど、少し楽しみになってきた。


「呪文詠唱終わりました」


 静かなレンさんの声に、視線をダミアン様にうつす。


「炎よ!我が手に宿れぇっ!!!!」


 不必要に大音量の力ある言葉パワーワードの後に、彼の手の中に現れたのは!!


 …………んっ?


 わたしは目を疑った。

 ううん。
 多分わたしだけじゃないよね?
 会場中が静まり返っているもの。

 『ぽっ』と、可愛い音を立てて、ダミアン様の両手の中に現れたのは、片手に乗る程度のボールサイズの炎。

 失敗?じゃ無いよね?
 だって、一応炎は出たから、魔導として成立しているし。
 ダミアン様火属性なのね~?などと、呆然と考えた時、


「ふっ……くっ……」


 競技場の上から、小さく笑い声が聞こえた。

 ああっ!
 ジェフ様が、すごく笑いを堪えていらっしゃる!

 不意打ちの、完全に素の笑顔に目を奪われた。

 そんな少年のようなお顔もなさるのね?
 普段のキラキラした完璧な笑顔とは真逆の、何処かあどけない表情に、得をした気分になった。
 こちらに来ていてラッキーだったわ!


「おい……お前たち!何故封印石を付けた?外せ」


 白け切った競技場の上で、首だけ後方へ回したダミアン様が大声で宣った。
 王宮席側で歓声を送っていた学生たちが、慌てたように何かを従者に手渡している。

 ダミアン様は、それを見て頷くと、ボールサイズの炎をそのままに、再度呪文の詠唱を始めた。

 ええと。
 さっきの何だったの?練習?


「……重ねがけ?」


 その時、珍しくレンさんが硬い声で呟いた。
 ジェフ様が視線をこちらに流す。


「何か?」

「ぃぇ……学校で習われましたか?」

「少なくとも、僕は習ってませんね。何か問題が?」

「重ねがけは、威力が単純に二倍とはなりませんから、相当慣れていなければイメージが難しいかと。本来なら一度解呪を……」

「ああ。そうか。魔導制御しにくいのか。しかも……あれ」


 ジェフ様が指差した先には、ご学友の皆様。


「ちょっと危なっかしいかな?」

「差し出がましいことを申しました」

「いえいえ」

「ええと。何かまずい感じです?」

「んー。一応あれでも先輩だから、そこまで馬鹿なことはしない、とは思うんだけど……」

『炎よっ!!我が手に宿れっ!!!』


 その時、『ぼうっ』という音と同時に、競技場が赤々と煌めいた。

 慌ててダミアン様を見ると、高々と掲げられた両手の上に、丁度ダミアン様の頭と同程度の大きさの火の玉が。

 あ……うん。
 レンさんが一番最初に出した火球に比べれば半分以下だわ。
 それなら大丈夫かな?

 あれ?
 でも、何だか少しおかしい?

 何というか、火の玉が球状にならず、ぽこぽこと膨れ上がったり凹んだり形状が定まらない感じ?

 ジェフ様を見ると、微笑んでいらっしゃるけど、目が笑っていない。
 レンさんは、僅かに目を細めた後、口を開いた。


「あの。ジェファーソン様」

「はい。何でしょう。レンさん」

「無礼を承知でお伺いしますが、あちらの方は本当に専門学校の生徒さんで間違いないですか?」

「ええ。一年上の先輩ですよ?」

「そうですか……」


 レンさんは、一度口をつぐむ。
 その後、何か考え込むように視線を落とし、やがて再度ダミアン先輩を見ると、眉根を寄せた。
 しばらく様子を見ているようだったけど、一つ小さく頷き、体ごとジェフ様に向きなおった。


「……その、見間違いだと良いのですが、私には暴走する一歩手前の様に見えるのですが?」

「うん。僕も丁度そうなんじゃ無いかな?って思っていたところです」

「……!」


 答えるジェフ様に、レンさんは絶句したようだった。
 
 そうなんですか?
 暴走。

 え⁈
 暴走っ⁈⁈


「ええぇっ⁈⁈」


 思わず声が出てしまった。

 意味を理解してダミアン先輩を見ると、本人は、何故か高笑いしながら火球をどんどん大きくしている。
 そのサイズは、いよいよ直径一メートルを越えようとしていた。


「本来彼が作れる火球は、蝋燭の炎程度です。普段は多分、ご学友の魔力の類焼でそれなりの物を作っているんですね。でも、今日はそれ以外に、ここにもう一人火属性持ちがいるし、更に、何も考えずに『魔導の重ねがけ』なんてことをしたものだから、制御しきれてないのかも?」

「…………」


 レンさんは、言葉を発することなく目を閉じた。
 そして、乱暴に制服のポケットに手を入れると、手の平に乗る大きさの水晶を取り出し、きつく握りしめる。

 苛立っている?
 すごく珍しい。


 『類焼』……。

 そういえば、少し前に、授業で習った。

 同じ属性持ちの魔導師が集まると、魔力量が少ない魔導師も、より強い魔導を使うことができるという。
 周囲に集まる下級精霊の効果らしく、王宮魔導士はそれらを効率よく利用するため、同じ属性ごと組みを作るのだとか。

 ただ、これを有効に使うには、高い魔導制御能力が必要で、失敗すると暴走する。
 
 ここで言うもう一人の火属性もちって、やっぱりレンさんよね?


「困ったなぁ。あんなに大きいと」


 さして困っていないように言うジェフ様。
 でも、目だけは鋭さを増している。

 一方、レンさんは眉を寄せている。
 それも当然よね。

 あの巨大な火球を投げられたら、聖堂が燃えちゃうわよ。


「類焼制御訓練を完了されていなかったのですね。私の手落ちです。申し訳ありません」

「いいえ。授業を怠った本人が悪いので、気にしなくていいですよ?」

「完全に暴走する前に、魔導で消火するわけには?」

「彼、ああ見えて公爵家の御令息なんですよ。しかも本人は暴走を自覚していないどころか、ちょっと今、悦に入っちゃってますよね。うっかり魔導で消した日には、不敬罪適用されちゃうかな?」

「…………」


 レンさんは眉間のあたりを押さえた。
 ここまで困っているのも珍しいわ。


「まずい状況ですか?」

「そうですね。完全な暴走が始まる前に止める、もしくは適切に対処しなければ、周囲にも大きな被害が」


 ですよね~。
 今や、レンさんが最初に出していた火球の、ニ倍以上の大きさになっている。

 
「暴走するとどうなるんですか?」

「大規模な暴走は、経験がありませんので、何とも。ただ、火の魔導の場合、魔導師の制御を離れた瞬間、最悪その場で爆発することもあると聞きます」

「まずいじゃないですか!」

「はい。ジェファーソン様には、何かお考えがお有りですか?」

「うーん。例えば僕が壁を作って、そこに向けて打たせたらどうでしょう?」


 壁?
 ということはジェフ様の属性は土?


「良い方法かと思います」


 レンさんは頷く。


「問題は厚さだけど、あの規模の火球だと、どれくらい必要かな」

「二メートルは必要かと。高さ、幅共に、それなりに必要になりますが」

「そうだな。幅……は、五メートルはいけるか。高さも……二メートルもあれば良いかな?どうでしょう?」

「それでしたら十分かと。もうそこまで習得されたとは、流石です」


 ジェフ様は美しく微笑む。

 威張りもしないけど、謙遜もしない。
 確かな自信がそこにあるからこそ出来る態度よね!


「どの辺りに仕掛けますか?人のいないステージ側?」

「それですと、万が一火炎の跳ね返りがあった場合、聖女様や殿下が危険かもしれません」

「ああ。なるほどね。それなら反対の魔導学生テント側にしましょう。彼らなら自分の身は守れるだろうし」

「かしこまりました。では孤児院席と第六第七旅団に移動の依頼を。魔力貸しも止めなければいけませんので、先にそちらに向かいますが」

「それなら、わたしが孤児院テントに伝えましょうか」


 口を挟むと、ジェフ様が優しく微笑んでくれた。


「ありがとう、ローズちゃん。お願いするよ」

「では、私は王宮テント側に。本格的な暴走が始まりますと、周囲に細かな火球を撒き散らす可能性がありますので、ご面倒ですが対応をお願いします」

「ええ。そこは、任せてもらって良いですよ。それを言うなら、こちらこそ申し訳ないけど、ちゃんと的に当たるように補助をお願いしますね。彼多分ノーコンだから」

「仰せのままに」


 なんだか、共闘するみたいでかっこいいです!!

 返事の後、レンさんは対面にいる魔導学生の元に走った。
 わたしも伝えに行かなくちゃ!

 踵を返した時、後方からジェフ様の声が朗々と響く。
 呪文の詠唱だわ!
 

「謹んで乞い願い奉る
 その静謐せいひつなる群青
 水の守護ウムディバータの眷属よ
 我に宿りしいにしえの血を媒介に
 その力賜らん」

 あ、水?
 水の精霊王の御名だ。
 ではジェフ様は水属性もち?


「水よ。我が手に宿れ」


 思わず振り返り、見惚れてしまった。
 ジェフ様の両手の中には、ひと抱えほどもある青く澄んだ水の塊。

 それが陽光にキラキラと輝きながら、重力を無視して浮遊している。

 何あれ!凄く綺麗!
 まるでジェフ様を飾る、巨大なサファイアのよう!


「分弾」


 ジェフ様が、指を鳴らすと、水の玉は十個ほどに分かれてジェフ様の周囲に散らばる。

 凄い!

 先程レンさんが炎で行ったことと同等の事を、魔導を習い始めて数ヶ月のジェフ様が、やってのけてしまった!

 水だと、全く別物に見えるけれど、とにかく美しい魔導だわ!

 って、いけない!
 止まっている場合じゃなかった。
 わたしは早く避難誘導をしないと!

 取り急ぎ神官テントに戻り、カタリナさんに事情を説明。
 二人で孤児院テントに行き、子どもたちを整列させてから、神官テント後方へ移動を終えた。

 その時だった。


「うわっ?うわぁぁ⁈⁈」


 突然大きな悲鳴が聞こえ、声の主、ダミアン先輩に視線を移すと、膨れ上がった火球が、ボコボコと歪な形に歪むのが見えた。

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