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第四章

ヘッドハンティングと流れ弾

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 第三試合が終わり、模擬戦は聖騎士側の勝利で幕を閉じた。

 王宮側としては、残念な結果だと思うけど、聖騎士を馬鹿にする風潮が、これで多少改善されれば良いよね。
 この結果が、今後、王国騎士、聖騎士双方の信頼関係を築いていくきっかけになれば、王国防衛に絶対プラスになるもの!


 戦っていた二人は、競技場から下りるとすぐに、それぞれの主の元へ戻っていった。

 王宮サイド。
 ユーリーさんは、ついさっきまで王子殿下の前で膝をついて頭を下げていたけれど、すぐに立ち上がったので、お兄様同様お咎めなんかは特に無さそうな雰囲気。

 王子殿下、度量が大きいわ。

 そういう風にして貰えると、負けた本人のみならず周囲の騎士たちも『簡単には切られない』と安心するし、『この人を守るためにもっと頑張ろう』って思える気がする。
 敗北という、小さなことにこだわらず、自分の部下の力量を認めることが出来るのだから立派だ。

 その王子殿下だけど、団長さんを手招きして二人で何か話し込んでいるみたい。
 この後の『王子殿下からのご講評』の関係かしら?


 立ち上がったユーリーさんは、お兄様とジュリーさんに挟まれて、こちらもまた何やら話しこんでいる。

 それにしても……。
 ユーリーさんって、本当に頭良いんだなぁ!
 例えたくさんの武器を持っていても、使い方がチグハグでは宝の持ち腐れだもの。
 おそらく、全ての武器を自分が思い描いていた戦術通りに、ほぼ完璧に操作したに違いない。

 視界が不良な状態の中での、ナイフの投擲技術も驚きだけど、どう使うのか謎だった魔法具で上手に足止めし、そこから両手で二本の剣を扱って、レンさんを追いつめた手腕は素晴らしかった。

 更に、剣技も想像以上だったよね!
 スピードもあるし、剣筋も見事で、後半は文句を言いつつも、レンさんの攻撃を上手に防御していた。
 最終的には、途中で負けを認めて試合終了となったわけだけど、あれは何故かしら?
 こちらから見ている分には、まだまだ戦える風にも見えた。
 まぁ、コレに関しては、戦っている二人にしか分からない何かがあるんだろうなぁ。


 そして、こちら聖堂陣営。

 レンさんは先程と同様、聖女様の前で片膝をつき、頭を下げている。
 ついさっきまでは、聖女様と幾つか言葉を交わしていたみたいだけど、今は特に会話もなくそのままの状態。

 ええと……何故?
 その姿勢をキープするのって、地味に疲れると思うんだけど、解放してあげないのかな?
 聖女様は、柔らかく微笑みながら、レンさんを見ている。

 そのレンさんだけど、やっぱり剣を持たせれば最強だったわ。

 試合前半、不利な条件下での戦いをものともせず跳ね除ける技術と機転には驚かされた。

 更に試合後半では、滅多にお目にかかれない『攻撃主体の戦い方』を見ることも出来た。
 試合直前にエンリケ様が絡んでいたのは、この指示を出すためだったのかな?

 結果として『ニコさんとの練習時、実は手を抜いている疑惑』が証明されて、驚きを隠せないけど。
 彼の剣の動きは、わたしの目でおえる範囲を僅かに超えていたもの。
 あの重くて大きな剣で!
 はっきり言って、滅茶苦茶カッコ良かった!

 スピードはお兄様ほどでは無いにしても、繊細な剣捌きに加え、無駄のない身のこなし等総合力で上回る感じかもしれない。
 まぁ、お兄様も槍を持てば変わってくるから、お互いに本気の装備なら良いとこ勝負かしら?

 あ、立ち上がった。

 先の試合で主審をしていた聖騎士さんが呼びに来て、競技場下で一時待機みたい。
 

 王宮側から、王子殿下と団長さんが競技場に上がってくるのが見えた。
 
 周囲が少しずつ静まり、ミゲルさんが競技場下、レンさんの横に立つ。


「これより、王子殿下よりご講評を賜ります」


 ミゲルさんの声が厳かに響くと、会場は静まった。
 競技場中央の立っていた王子殿下は、小さく咳払いをしてから笑顔で話し始めた。


「皆、楽しめただろうか?俺は凄く面白かった!」


 明るい口調に、会場は和やかな雰囲気で拍手を贈る。


「今回試合に出てくれた四人の騎士たちに、まずは礼を言わせてくれ。皆それぞれ強く、お前たちのような騎士のお陰で、国の平和が守られているのだと、心強く感じた」


 一呼吸置くと、殿下は周囲を見回す。

「今日試合観戦に来てくれた者たちにも感謝する。今後も各自が研鑽を積み、この国の民が幸せに暮らせるよう努めてほしい」


 これを聞いた会場は、大歓声に包まれた。

 素晴らしいスピーチだわ!
 どちらの陣営の選手もけなすことなく、お互いに気持ち良く終われる上、会場内の騎士たちまでやる気にするなんて!

 感心してため息を落とすわたしの横で、リリアさんが大きく王子殿下の名前を叫んだ。

 リリアさんは、本当にブレないわ。
 でも、少し気持ちが分かっちゃった。

 王子殿下は相手の気持ちを理解できる、とても聡い方だ。
 今は少年の無邪気さに隠されているけれど、将来は絶対立派な統治者になるよね。
 なんというか、下心無しに気分良く従いたい気持ちにさせる人。
 流石カリスマ。
 そういうところ、とても素敵だわ!


 王子殿下は、右手を上げて観客の歓声に応えていたけれど、しばらくして聖堂陣営に向かって歩み寄った。
 そのまま、下で待機させられていたレンさんの前まで進むと、立ち止まり、その場で拍手をする。


「今日一番の活躍をした聖騎士に、盛大な拍手を!」

 
 会場内は今日一番の歓声と拍手に包まれた。
 
 あぁ。
 このために、主審が呼びにきたのね。
 王子殿下、粋な計らいだわ。
 レンさんの日々の努力が報われた気がして、目頭が熱くなる。

 レンさんは、突然のことに一瞬固まっていた。
 でも、隣にいたミゲルさんに背中を押されて、一歩進み出ると深くお辞儀をした。

 会場は拍手喝采で、祝福ムード。
 何だか嬉しいな。


 しばらくして、会場内の拍手が落ち着いた頃、王子殿下は、普段のフランクな雰囲気に戻ってレンさんに笑いかけた。
 

「ええと?黒騎士と呼ばれているらしいが。お前凄いな!びっくりしたぞ!!」

「恐縮です」


 レンさんはその場で片膝をつき礼をした。


「ああ。いい。いい。立ってくれ。ええと、名前はなんだっけか?」

「クルス君です。レン=クルス」


 後方の団長が、慌てて耳打ちしている様が微笑ましい。
 でも、次の発言を聞き、会場は凍りついた。


「ああ、そうだった。なぁ、レン!お前、王国騎士になって俺に仕えろ。お前からも剣を習いたい」


 言われた当人は、目を僅かに見開き、珍しく小さく口を開けて固まってしまっている。

 聖堂側は、言葉を失い、完全に沈黙。
 王国騎士側、特に旅団テントでは、歓声と嘆きがいり混じったような声が上がっている。

 って、ちょっと待って?
 呑気に解説してる場合じゃないわ。
 王子殿下の気持ちは理解出来る。
 出来るけれど、それは困るわ!

 レンさんが聖騎士から引き抜かれてしまうのは、物語の進行上問題が生じる。
 というか、それだとわたし、場合によっては死ぬんじゃないかな?
 だってレンさんは、マグダレーン防衛において、聖女の鉄壁の盾の役どころだから!


「ああ。それは良いですね!殿下」


 あからさまなタイミングで賛同したのは、団長さんだ。


「クルス君!是非そうしたまえ。勿論王子殿下の勅令だから、待遇は今以上を約束するし、職務も『王子殿下付き』から入れるよう取り計ろう」

 
 慌ててないところを見ると、まさか事前に殿下と口裏を合わせてあった?
 それどころか、この場で殿下にわざと命令をさせた可能性まであるわ。

 もしそうなら団長さん、したたか過ぎる!

 子どもの純粋さを武器に使って、あんなに無邪気に命令されてしまったら、レンさんに選択権は無いと言っていい。
 寧ろ断ったら不敬罪で、状況によっては罪に問われるかも?

 王子殿下からも申し出はあったのだろうけど、団長さんはレンさんを本気で獲得するつもりだ。

 困った!!


 あぁでも……。

 わたし、自分のことばかり考えていたけれど、そういうのを抜きにして考えてみると、レンさんにとって、この誘いは、悪い話じゃ無いのよね。

 聖堂での彼の待遇は、決して良いものでは無いもの。
 彼にとって、そちらの方が幸せなら……。

 ちらりとレンさんの表情を伺うと、眉根を寄せ、視線を下げて目を左右に彷徨わせている。
 困っている時の顔だ。

 即答しないところをみると、あまり乗り気では無いのかな?
 
 でも、この場に王子殿下に反論できる人なんて……。

 レンさんは、その場でもう一度片膝をついて静かに頭を下げた。


「……私は……」

「いくら王子殿下の命令でも、それは困りますわ」

 
 レンさんの言葉を遮って口を挟んだのは……聖女様!!

 そうだった。

 聖女様は階級的に国王の次。
 王子殿下よりも位が上になる。
 この場で唯一、殿下に対して反論を許されている方だ。

 聖女様が声を発したのは、テントの中からだったのだけど、その後立ち上がり、静々とレンさんの後ろまで歩みを進めた。
 そして、王子殿下の正面に凛とした姿勢で立つ。


「このレンは、聖女守護の末席に名を連ねておりますの。そう簡単に引き抜かれては困りますわ。それに……」


 聖女様は、視線を下げて、礼をしたままのレンさんを見る。


「レン。貴方はまだ、恩を返し足りないのではなくて?」


 さわり……と、声量を控えつつも、会場がざわめいた。


 恩?
 どういうこと?

 
 レンさんは、一度目を閉じると聖女様に向かって頭を下げた。
 その後もう一度、今度は殿下に向かって礼をする。


「恐れながら申し上げます。私は成人前、道端で行き倒れていたところを、偶々御公務にいらっしゃっていた『先先代の聖女セリーヌ様』に拾われ、こちらで育てて頂きました」


 王子殿下はキョトンとして、団長とレンさんを交互に見る。
 団長さんは、憐れむように眉を寄せた。


「受けたご恩をお返しする為に、聖騎士となりました。王子殿下からお誘い頂けるのは光栄の至りでございますが、この身は聖堂の為、聖女様の為に捧げる所存です」

「……どういうことだ?」


 王子殿下には、よく意味が分からなかったようで、団長さんに確認。
 団長さんは王子殿下の耳元で意味を説明している。

 この国は、比較的恵まれているけれど、それでもたくさんの孤児が存在する。
 
 レンさんは、ここの孤児院出身なんだ。

 だから、神官長に酷いことを言われても、文句一つ言わなかった。
 孤児たちへ金貨を寄付することに、何の躊躇いも無かったのも、そのため?
 エンリケ様が『育てた』と言っていたのは、剣術だけではなく、そう言った意味合いも含んでいたのかも。

 でも、そういったナーバスなことを、これだけ大勢の人がいる前でカミングアウトさせられるというのは、ちょっと配慮が無いのでは?

 って。
 
 自分が何もできないことを棚に上げて、聖女様を責めてもダメだわ。
 自己嫌悪になりつつ、状況を見守った。


「なるほど。そんなこともあるのか。まだまだ勉強不足だな」


 王子殿下は、顔をしかめながら耳の後ろあたりを掻くと、頷いた。


「分かった。そういうことなら引き下がろう。でも、剣を習いたいのは本心なんだ。なんとかならないか?団長」

「そうですね。今後、殿下主催で、騎士同士交流する場や練習会などを開けばいいかもしれませんが」

「よし。じゃ、その方向で検討しろ。あー!でもまた団長やジュリーに負担が行くのか?」


 王子殿下は髪を掻きながら、しばし悩むと、思いついたように手を打った。


「そうだ、あいつを引っ張り込め」

ですか?」

「あれだ。ユリシーズ。アイツ頭良さそうだし、武器も色々使えそうだ。見たところレンとも知り合いだろう?丁度いい」

「っ?!」

「アレを俺付きに組み込め。それで交流会の担当にさせる」

「「?!?!」」


 王宮サイド競技場下で、並んで様子を伺っていたジュリーさん、ユーリーさん、お兄様が目を白黒させている。

 あれあれ?

 なんだか予想外に思い通りの方向へ⁈
 ユーリーさん。
 王子殿下付きに抜擢されちゃった!


 わたしを含め会場中が呆然とする中、王子殿下は屈んで、未だに膝をついていたレンさんと視線を合わせた。


「言いたくも無いことを言わせたな。許せ」

「恐れ多いです」

「あの大剣、振り回せるなんて思わなかったからびっくりしたんだ。凄かった。教えてもらえるのを楽しみにしている」


 王子殿下は明るく笑い、次に聖女様に会釈した。


「聖女様におかれましては、失礼をお許しください」

「ええ」


 聖女様は、美しく微笑む。
 王子殿下は、もう一度礼をして踵を返した。


 良かった……。
 物語的には、正しい道筋にのったと言える。

 でも本当に良かったのかな?
 それが正しいのかは分からないけど……。


「おーい。ユリシーズ。お前明日から配置換えな」


 王子殿下が明るく言って、ユーリーさんが苦笑いで膝をついたのは、その直後のこと。
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