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第四章

第三試合 決着

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(side ユリシーズ)


「先程、氷を作られていたでしょう?あの魔法を、これにかけられませんでしょうか?下に投げつけた後、地面と靴の設置面が凍って、一瞬足止めできる程度のもので良いのですが……」


 試合前にジェファーソン様に依頼したのは、以上の内容だった。

 手持ちの魔法具は全部で五つ。

 元々は、今日時間に余裕があったら、レン君に相談しようと思って持って来たものだったりする。
 『聖女様護衛の道中、運が良いと黒騎士の魔法がみられるらしい』という噂は、護衛の王国騎士の間で、密かに有名だったから。
 

 後で聞いたところよると、ジェファーソン様は、最初、氷の玉を作るような魔法を模索したそうだ。

 魔法陣らしき物を空中に描きながら、呪文を詠唱。
 聖堂側から見えないようにと、壁になってくれていた学生たちは、口をぽかんと開けて、呆然とその様を眺めていた。
 その場にいた友人の1人に聞くと、水精霊召喚以外は、何が何だかさっぱりだそうだ。

 一番出来る人を紹介してもらった訳だから、こちらの望むところではあるのだが、余りに有能すぎて度肝を抜かれる。

 近年では、貴族が金にものを言わせて、後継でない子どもを無理矢理王宮魔導士の職に捩じ込む例も多く、魔導研究は衰退の一途を辿っていると、王宮関係者の間で専らの噂だ。

 そこに、この人材!
 眉目秀麗な侯爵家の次男にして、物腰は柔らかく、頭脳明晰。
 魔導の腕前も、学生の中でズバ抜けている。

 王宮魔導士、始まったな!

 などと、関心しながら眺めていると、彼が魔法をかけた途端に魔法具が砕けた。
 どうやら、複雑なものはかけられないようだ。

 ジェファーソン様は、口の前に手をかざして数秒考えると、今度は魔法具に触れながら呪文を唱える。

 すると、魔法具が青っぽく発光し、やがて元の状態に戻った。
 

「成功ですか?」

「さて?でも、手応えは有りましたよ?これをぶつけると、相手に水をかけられるかもしれません。嫌がらせにしかならないですが」


 笑いながら答えるジェファーソン様。
 それでは、水の入った皮袋を投げつけるのと変わらないな。


「で、ここからですが」


 そう言いながら、ジェファーソン様は地面に陣を描き始めた。
 先程おけに描いていたものと同じ物のようだ。
 
 陣の上に魔法具を置き、その上に手を置くと、一瞬手が青く光る。


「多分出来ました。試しに投げてみて下さい」


 そう言って手渡された。
 触った感触も重さも、特に変わらない。

 とりあえず、足元に放って見る。
 すると、魔法具は簡単に潰れ、青く輝きながら水の玉に変化、ぱしゃりと音を立てて俺の足元に直径一メートルほどの水たまりを作った。
 失敗か?
 そう思ったその二秒後、水たまりが発光して一気に凍りつく。
 微笑みながら頷くジェファーソン様。

「タイムラグがあるようですが、まずまずじゃないですか?」

「まずまずなんてもんじゃない!理想的です。ありがとうございました!」

 その後、同じものを三つ作ってもらい、念のため、もう一つ試して安全性を確認。
 使用を決定するに至った。

 先程の試合を見る限り、レン君は沈着冷静で思慮深い。
 勝つためには、幾重にも罠を仕掛け、本命を悟らせないようにしなければ。

 
 結論から言うと、試合は、おれの目論見通りに運んだ。

 風向きがレン君の方に向くまで、全力の剣技でぶつかったが、レン君は軽く攻撃をあしらいながら、その他の武器を警戒していた。
 特に何度も視線を送ってきたのは、ナイフと小麦粉。

 試合前に話をした時、あえて『魔法具が奥の手である』と分かるような順番で話したのが功を奏した。

 彼はそれを逆説的に捉えてくれたようだ。
 つまり、魔法具は見せかけだろうと。

 そう考える土壌は揃っている。
 この魔法具は、あくまで試作品であって、それまで存在しなかった物だから。

 風向きがレン君に向いた時、小麦粉をばら撒き、ナイフを投擲。
 野戦慣れしている彼は、きっと火花を立てるような愚かな行為はしない。
 タイムラグを作りながら、ナイフを投げつけ、彼が剣で受けるタイミングを待つ。

 三回目の投擲の後、響く金属音。
 気配で居場所はおよそ分かっていたが、彼の正確な位置が確定したと同時に、もう爆発が起きるような濃度では無いことも証明される。

 粉塵の中に突っ込み、姿を隠しながら、彼の足元に魔法具を投げ、自分は上方にジャンプしながら勢いよく切りかかった。

 魔法具は、潰れた時は音はしないが、出来上がった水の玉が地面に落ちると水音がする。
 それに視線を向わせないための行動だった。

 剣同士がぶつかり合った後、り合うように剣を押し付ける。
 これは、水が凍るまでの二秒間のタイムラグを埋めるため。
 レン君の靴の底と、地面の表面が氷に覆われるのを確認して、ダガーを抜く。

 その時、レン君が後方に跳ぼうとするのが分かった。
 氷がミシミシと音を立てる。
 簡単に破壊出来るだろうが、一秒以下でもそこに留め置かれる意味は大きい。

 作戦が上手くハマった!

 右手でダガーをコンパクトに振り、レン君の左胴体を狙う。

 勝利が見えた、と思ったのだが……。


ーーガギッ

 
 金属質の嫌な音。
 もちろん、体に当たる前にダガーを止めるつもりだったので、視線はそこにある。

 目にも留まらぬ速さで、レン君の左腕が動いていた。
 ダガーを受け止めていたのは……さやだ。


 おいおい。

 鞘留めの装備を『よく壊す』って、そう言うことかよ。
 だから『壊れる』じゃなくって『壊す』か。

 自分で力任せに引きちぎるわけだから、言い得て妙だ。
 しかも、彼のものは特別性で鞘の幅が調節できるようスナップボタンで留められているから、上手くやれば壊れないかもな。

 なるほど。

 複数を相手にする場合は、剣が塞がっていても、別の相手の攻撃を受ける場合もある。
 常々から、鉄製の重く固い鞘までも、武器と見做しているわけだ。

 恐れ入った。

 だが、その重い剣、片手支えきれるのかぃ?
 左手持ちのロングソードにもう一度圧をかけるが、驚いたことにびくともしない。

 それどころか、こちらの意識が一瞬左手に向いたことに気付いたらしい彼から、鞘の先端で右手を突くような攻撃を喰らってしまう。
 慌てて右手を下げたのだが、鞘の先がダガーの刃に当たり、テコの原理の要領ではじき落とされてしまった。

 まずい。

 ここでダガーを失うのはきつい。
 一度下がって、ダガーを拾うべきか?
 だが、それだと相手も体勢を整えてしまう。

 その迷いが、更に自分を追い込んだ。

 突然、ロングソードを押し合っていた力が消失。
 気付けば後方に吹っ飛ばされていた。
 
 低い姿勢からの体当たり?

 なんとか転倒しないで体勢を立て直した時には、レン君がダガーを場外へ蹴り落としていた。
 彼は視線をこちらに向けたまま、自らの鞘も場外に投げ落とす。

 少し間が空いたので、こちらは出来る限り呼吸を整えた。


「驚きました」


 特に驚いた風でもない表情で、彼はそんな言葉を口にする。


「何に?」

「色々ありますが、特に驚いたのは魔法具です。ハッタリだろうと甘く見ていましたが全く未知の物品で、本物です。凄く厄介な代物ですが、とても興味深いですね」

「そりゃどーも。そう言って貰えれば、友人も喜ぶさ」


 彼は少し考えるように視線を落とすと、口を開いた。
 

「……ユリシーズさん」

「ユーリーね。なんだい?」


 レン君は、一度口をつぐむと言い直した。

 
「……ユーリーさん。試合の後、これの術式をよく見せて頂けませんか?」


 なかなか懐かない猫を手名付けたような嬉しさを感じたのも束の間、その言葉にほんの少しの違和感を覚える。
 彼の手の中に視線をうつして、その場で硬直してしまった。

 いつの間にかレン君の左手の中に、魔法具が握られている。

 しまった。

 先程の体当たりは、魔法具を奪い取るのが狙いか!


「先程申し上げた通り、実に厄介な代物です。次の使用は遠慮させて頂きます」


 そう言いながら、レン君は魔法具を近くにいた副審のところに持っていき、手渡した。


「場外の扱いで良いでしょうか?放って、壊してしまうといけないですので」

「許可する」


 副審の王国騎士は、魔法具を丁寧に受け取った。


 参ったな。
 剣のみの勝負は確実に不利だ。

 こちらは短時間で決着をつけるつもりだったから、すでに全力を出し切っていて疲労が蓄積している。
 対するレン君だって、前の試合の分も含めて疲れているはずなのだが、見たところ平然としている。

 どうやって戦う?

 彼の戦い方は、時間をかけて相手の攻撃パターンを理解し、防御から攻撃に繋げるもの。

 それなら、こちらが動かなければ、睨み合いが続くはず。
 短時間ではあるが、休憩は出来る。

 問題はその先。

 結局はこちらから仕掛けなければ、勝負が終わらないわけだが……。


 レン君は、中央にいるおれの前に戻ると、剣を合わせた。
 視線があった時、背筋に冷たいものが走る。

 顔は相変わらずの無表情。
 それなのに、その瞳からは、先ほど剣を交わした時とは異なる、一種の威圧感のようなものが感じられた。

 なんて迫力だ。
 こんなの向けられたら、一般の騎士はビビって逃げ出したくなるっつーの!

 乾いた笑いが浮かぶのが分かった。
 オレガノ様が、全力を出す直前に浮かべた笑いの意味を理解する。


 なんとか戦える方法を絞り出せ!
 とりあえずは、こちらの攻撃を待ってくれるのだから、時間はある。
 

 気が引けていたせいか、左足半歩分あとずさった、その時



「行きます」

「おわっ!え?ちょっ!っとと」


 レン君が、剣を真っ直ぐに構えたまま突っ込んできた。
 コンパクトに正面に振り下ろされる剣。
 慌てて受け止めるが、そのまま斬撃は続く。
 こちらは受け止めるのに精一杯だ。
 
 数回剣が交わった後、こちらが大きく後ろに跳んで距離をとった。

 待てまてマテっ‼︎


「ちょっと待って⁈そんな攻撃できるのかよっ!聞いてないぞ⁈」


 慌てて苦情を言った。

 だってあの剣、そんな風に振れるものなのか?
 普通に考えておかしいだろう⁈

 当人は至って平然と、普通のロングソードのような手軽さで振り回しているが、王国騎士の剣とは長さも重さも全く違う。
 それなのに、全力のおれより速いってのは流石に反則だろう?

 レン君は、わずかに首を傾げた。


「ご存知無いでしょうが、聖騎士も最初に習うのは攻撃です」

「はぁ?聖騎士は、防御メインとか言ってなかった?」

「実際は、歳を重ねるごとに防衛主体にシフトしていきます。『聖女様付き』がそういった戦い方をするのはその為です」

「さっきは守りだったじゃないか!」

「この試合は、攻撃主体と指示がありました」

「あの筆頭様か。勘弁してくれ」


 おれは頭を掻きむしる。
 にやにやと楽しそうに笑っていた筆頭の顔が頭によぎって、項垂れる。

 そんなの、全く別の敵と対峙しているようなものじゃないか。
 ……冗談じゃないぞ?




(side エミリオ)


 小麦粉爆弾の霧が晴れて見通しが良くなった頃、競技場の二人の姿が見えてきた。

 双方両手に何か持って、競り合っている。

 門兵の方は、持ち込んでいた短剣だろうけど、黒騎士の方はいったい何を持っているんだ?
 確か剣は一本しか持っていなかったはず。


「鞘?」


 小さくオレガノが呟くのが聞こえた。

 サヤ?
 あれ、武器として使えるのか?
 びっくりだな。

 
「あんな防御方法……」

「なんでもありだな。黒騎士」


 俺の横でボソリと呟いたジュリーと団長は、ため息を吐いて項垂れた。


「いや。だが、黒騎士の足元、凍りついてるぞ?まだ何とか出来るんじゃないか?」


 気を取り直して、言う団長。
 言われてみれば、黒騎士の足元は直径一メートルほどの氷で覆われている。

 あれが申請していた魔法か!!


「それですが……」


 ジュリーが言うより早く、門兵が後ろに吹っ飛んだ。
 その場に残っていた黒騎士だが、屈みこむような姿勢から一転、スライディングするように足を伸ばして、門兵の取り落としたらしいダガーを場外へ蹴り飛ばす。
 そして、元の位置に落としていたらしい自分の鞘を拾い上げると、それも場外に放った。


「一秒以下程度にしか、足止め出来ないそうです」

「ああ。そのようだ」


 団長とジュリーは、どこか遠い目をしながら競技場を眺めている。

 そう悲観することでも無いと思うけどな。
 状況から見て、門兵が結構いいところまで追い詰めたみたいじゃないか。
 結果、防がれてしまったけど、彼奴はかなり有能だと思うぞ?

 そう思って口を開きかけた時、競技場の二人の会話から、魔法具を黒騎士に奪われていたことが分かり、背中を丸める団長とジュリーに何も言えなくなる。

 負けを前提で出した割には、肩入れしているじゃないか。
 なかなかに負けず嫌いな二人に苦笑いする。


 一呼吸置いて、剣を重ねた直後、黒騎士が門兵に切りかかって行った。
 初めて自分から攻撃するところを見たのにも驚いたが、その速さに目を奪われる。


「なんだあれ⁈」


 思わず口から言葉がもれた。
 大剣を軽々と振り回す黒騎士の姿に、衝撃を抑えきれず、横で見ている団長の腕を掴む。


「凄いな!滅茶苦茶振り回してるじゃ無いか‼︎あの剣、あんな使い方出来るのか?」


 団長は何も答えない。
 どうやら、口を開けたまま固まってしまったようだ。

 門兵も必死に防御しているようだが、とても反撃に出られるような状態には見えない。

 かなり厳しそうだな。

 しきり直した直後は、苦情めいたことを言っていた門兵だが、やがて話をする余裕も無くなったのか、防戦一方。

 それにしても、案外決着がつかないものだ。

 オレガノの時は一瞬で決まったのに、それより速度の遅い門兵を仕留めるのに、そんなに時間がかかるものだろうか?


「攻撃にシフトしてからずっと、一振りにつき三回ずつ当てています。しかも、毎回同じ場所です」


 後ろで、オレガノが静かに言った。


「何?」


 聞き返した時、一度間合いを開けた門兵が、大きくため息を吐き、左手を挙げた。


「ぇ?」


 ジュリーが、小さく声をあげる。
 負けを認めた?

 競技場の上の二人は、中央へ戻ると剣を鞘に戻す。


「本人の申告によりユリシーズの棄権を認める。勝者レン」


 門兵は握手を交わしながら、黒騎士に笑いかけた。
 

「あっはっはっ。参った!!君、ほんっと強いなぁ。手合わせ出来て光栄だったよ」

「いえ。こちらこそ。かなりヒヤッとしました」

「はぁぁ。そんなお世辞は要らないよ。完敗完敗」


 親しげに言葉を交わして、互いの陣営に戻る。
 
 門兵の元に行くべく立ち上がると、先に立ち上がっていたジュリーが門兵の元へ駆け寄った。
 
 あいつ大丈夫かな?
 早いとこ逃げないと、ジュリーにとっちめられるんじゃないか?
 おいたをして叱られた経験から、心配になって足早に二人に近づいた。
 ジュリーの反応は、俺が思っていたものとは違っていたけど。


「何故負けを宣言した?」


 悔しそうに言うジュリーに、困ったように苦笑を浮かべ、ユリシーズは一度鞘に戻していた剣を抜いて、手渡した。
 ジュリーはそれを手に取り、唖然とした顔で硬直した。


「武器を壊されたんで、戦えませんでした。あそこで負けを認めなくても、次の一撃で終わってたと思いますよ?」

「なるほど。これは……」


 ジュリーの持っている剣を覗きこんでみると、一箇所刃こぼれした場所があり、そこから放射状に剣全体にひびが広がっていた。


「ここだけを狙って、一振りに三回ずつ当てていたってことかい?オレガノ君」

「はい」

 追いついてきた団長が、ジュリーの持つ剣を示しながらオレガノに尋ねると、オレガノはそれを肯定した。


「叩きつけるための剣で、こんな繊細な戦い方されたら、敵うわけありません。王子殿下。申し訳ありませんでした」


 すっと、片膝をついて門兵が頭を下げる。


「いや。いい。顔を上げろ。ええとなんていったっけ?ユリ……?」

「は。ユリシーズと申します」

「うん。ユリシーズ。凄く面白い試合だったぞ?ああいう戦い方もあるんだな。勉強になった」

「恐れいります」

「よし。立っていい。お前ら少しは見習えよ」


 後方で伺うように周囲を囲っていた、俺の専属の騎士たちに視線を送ると、彼奴等は首をすくめて苦笑してみせた。

 全く。
 大丈夫なんだろうなぁ?お前たち。

 団長とジュリーとオレガノは、まだ壊れた剣を覗きこみながら、あれこれと言葉を交わしており、ユリシーズもそこに呼ばれて説明に行ったようだ。

 しかし、黒騎士。
 あれ、手元に欲しいな。
 あいつが守ってくれれば安心だし、剣を習ったら、凄く強くなれそうな気がするんだが……。

 本人に視線を送ると、また聖女様の前に膝をつき、頭を下げていた。

 後で団長の意見を聞いてみるか。
 ダメ元でも交渉する価値はありそうだ。
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