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第四章

第三試合 開始前の駆け引き

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「本当に、それを使うつもりなのか?」


 王宮関係者テントで、第三試合に向けて準備を始めたユリシーズに対し、ジュリーは渋面を浮かべていた。


「折角協力して頂いたのに、使わない選択肢は無いでしょう?それに、見ていただいた通り、危険性は無いから大丈夫ですよ」

「いや。私が言っているのはそういうことではなく……」

「怒らない怒らない。折角美人なのに勿体無いですよ?眉間に皺が」


 ユリシーズが、振り返りながら自分の眉間を指さすので、ジュリーは一瞬言葉を失った後、拳を握りしめて怒りを呑み込んだ。


「……私は、お前のために……」

「はいはい。ご心配頂いていることは承知しておりますし、感謝してますよ?それから、これとこれと……」

 
 ユリシーズは、気にも留めていない様子で、手荷物の中から武器を次々に取り出している。
 それをしばらく眺めていたジュリーだったが、取り出される武器の数々に、再び眉を寄せた。


(こいつは何なんだ?どう考えても、模擬戦を観戦に来ただけの人間が持っている武器の量では無い。というか、一般人と考えても異常だ)


 ジュリーに異常者認定されていることなど気にも止めず、ユリシーズは機嫌良く、制服の帯革に武器を携帯していく。

 ジュリーは、コメカミを抑えながら尋ねた。


「おまえ……まさかそれ、全部持ち込むつもりじゃ無いだろうな?」

「もちろん。持ち込みますよ?」


 ジュリーは一瞬思考を止めた。
 遠い目で虚空を眺めながら、呆然と考える。
 

(暑いな……。暑さで私の頭がおかしくなっているってわけじゃ無いよな?)

 
 しばらく物思いに耽っていたジュリーだったが、やがて、ふつふつと怒りが込み上げて来て、両手を握りしめる程度では到底おさまらず、最後には怒声を上げるに至った。


「……お前馬鹿かっ?あちらさんは、砂をとばしただけで、卑怯だなんだと言われたんだぞ?それを……」

「言いたい奴には、言わせておけばいいんです。戦術の何たるかを知らない奴なんて、最初から眼中にないんですよ」

「しかしだなぁ!」

「だいたい、おれの剣術の腕前は、その辺の騎士に毛が生えた程度ですよ?一対一で相手が黒騎士じゃぁ、これでも足りないくらいです。そう思いませんか?」

「それは……そうかもしれないが。」


(不意打ちがあったとは言え、あの『英雄の再来』と呼ばれるオレガノ君が負けたのだ。ここにいる者で、確実に黒騎士に勝てる者などいないだろう。だが、例え実力差があるにしても、剣一本で戦う相手に対し、それだけの武器や道具を持ち込むというのは、騎士としてどうなのかということなのだが……?)
 

「重要なのは勝つための方策を考えることであって、騎士道なんてのは最強の人間のみに与えられた美学でしか無いんですよ?」


 準備を整えて立ち上がり、やんわりと微笑みながら言うユリシーズに、ジュリーはその言葉に含まれた意味を何となく理解した。


(目的の為ならば、卑怯者呼ばわりされることも厭わないと言うことか。あまり私の周りにいないタイプの人間だな)


 ジュリーはユリシーズに視線を向ける。
 あらゆる種類の武器を携行しているその様は、まるでこれから戦場にでも行くかのようだ。


「そうは言っても、こんな用途がバラバラの武器を使いこなせるのか?」

「こう見えて、おれ、結構器用なんですよ。ま、道具は使いようってね」


 ジュリーがいくら嗜めても、ユリシーズは聴く耳を持たないようだった。


 競技場の下まで進み出ると、ユリシーズは聖堂テント側へと視線を向ける。
 競技場下では、黒騎士の横に聖女様付き聖騎士筆頭がやって来ていて、肩を抱きながら何やら言葉を交わしているようだった。
 普段は無表情な黒騎士だが、珍しく眉を寄せている。


「作戦会議だろうか?」


 ジュリーがぽつりと言い、ユリシーズは目を細めた。


「先程の試合を見る限り、彼は、敵の動きを見極めてから攻撃にうつる種類の人間のようでした」

「そのようだな。オレガノ君も、そう言っていた」


 二人は、王子殿下のテントに視線をうつす。    

 テントの中では、手に余る量の差し入れを渡されたオレガノが、周囲を女性陣に取り囲まれて狼狽えていた。

 ユリシーズは生暖かい笑みを浮かべながら、ジュリーは小さく嘆息を漏らしながら半眼で、ゆっくり視線を競技場に戻した。


「なので、おれは、見切られる前に勝負をかけようかと。つまり『初撃から全ての武器を利用、技もスピードも一切出し惜しみなしの短期戦狙い』これで行きます」

「物は言いようだな。『最初から全力で行く』ってことだろう?当たり前だ。しかも、それを見切られたら打つ手無しか?」


 半眼のまま呟くジュリーの冷めた態度に、ユリシーズは苦笑を返した。


「これで無理なら、複数人でかからないと勝てないですよ。あ。この試合、負けてもお咎め無いですよね?」

「別に期待していない」

「それを聞いて安心しました。それじゃ、行ってきます」


 ユリシーズは左肩を回しながら、競技場へと上がっていった。


「どうだ?少しは使いものになりそうか?」


 主審に二人目の書類を提出に行っていた団長が、ジュリーの元に戻ってきて尋ねる。


「さて?規格外すぎて、私には理解できませんでした。変人であることは間違い無いですね」

「さっきから、一言も褒めて無いじゃないか」

「変えるなら今ですが、なんだか適任な気もしてきました」

「そうか?しかし、あの重装備は何事だ?」


 団長は眉を寄せるが、ジュリーは肩をすくめて見せるばかりだった。





(side ローズ)


  王宮テントから出てきた人を見て、私は目を見張った。

 競技場下に立ったのは、ジュリーさんとユーリーさん。
 その二人の様子から察するに、試合に出るのは、多分ユーリーさんよね?

 す……凄い。
 これが物語の強制力なの?
 対戦相手がストーリーに沿うなんて!

 王子殿下付きでない、ただの門兵のユーリーさんが、模擬戦に参加するなんて普通に考えて、あり得ない。

 でも、物語で模擬戦を戦ったのはユーリーさんなのよね。
 そこで聖騎士を倒して、王子殿下に気に入られ、ヒロインとのパイプ役のみならず、戦術面でも重用されていく。

 まあ……今回は、『果たしてレンさんを倒せるのか?』って言う問題があるけれど。

 物語の模擬戦では、聖騎士側の対戦相手の名前は出てこないから、多分ユーリーさんに当たったのは、レンさんでは無く、別の聖騎士さんだと思う。
 先程の試合での疲労は残っているだろうけど、レンさんが剣術でユーリーさんに負けるとは考えにくいかな?
 鍛錬しているところを見たわけではないから、実際の実力は分からないけれど。


 ところで、ユーリーさん。

 ……なんか腰のベルトに、用途が判るものから分からないものまで、大小様々とり付けてますけど、全部この試合で使うつもりなのかな?
 メインで使う剣は、お兄様が使った王国規定の剣と同じものだと思うけど、それ以外にも、ダガーのような短めの剣を挿している。
 レンさんが二本差している時と同様に、左側にまとめて差しているので、剣が折れた時の為の対策かな?
 それにしても、何というか……装備だけ見たら、『今から単騎で、大軍に特攻かけてきます!』とか言いだしそうな物々しさだわ。


 一方、こちらの陣営では、それまで競技場下で静かに待機していたレンさんが、何故かエンリケ様からスリーパーホールドをかけられていた。

 エンリケ様がレンさんの耳元で何か話しているようだから、作戦を授けているのかも?

 二人は本当に仲がいいんだなぁ。

 そういった話は、物語には出てこなかったから、模擬戦が無ければ知らなかったと思う。
 レンさんの新しい顔が見れて、ちょっとしたお得感があったり、なんて。

 それにしても、距離が近いな。
 師弟というよりは、なんだか親子のような空気感がある。

 普段聖堂で、雑な扱いを受けているように見えるから、レンさんにこういう相手がいてくれて、素直に嬉しいな。

 エンリケ様が腕を解いた後、レンさんの声が僅かに聞こえてきた。


「ですが……」

「反論は無しだ。聖女様からの命だからな」

「……了解しました」


 少し困っているみたい。

 話し終えたエンリケ様は、ニヒルな笑みを浮かべながら軽く手を上げ、聖女様のテントへ戻っていく。
 取り残されたレンさんは、珍しく眉をひそめていたけれど、短く息を吐き出すと制服を整えて、いつもの表情に戻った。

 競技場上では、聖騎士の主審と王国騎士の副審が、書類を見ながら確認作業を行なっている。

 ユーリーさんが競技場に上がるのを確認してから、レンさんも上がっていった。
 そのまま二人は中央まで進み出て、お互いに握手。


「やぁ。レン君」

「こんにちは。ユリシーズさん」

「ユーリーでいいったら」


 にこにこと挨拶をするユーリーさんに、挨拶をかえすレンさん。
 

「失礼ながら、その……驚きました」

「そうだよね。経緯はあとでこっそり話すけど、君と手合わせをする機会が得られて嬉しいよ」

「ご期待に沿えるか分かりませんが」

「さっきの試合を見ただけでも、期待以上だったわけだけどね?」


 茶目っ気たっぷりにウインクをするユーリーさんと、たじろぐように一歩下がるレンさん。

 そこに主審が声をかけた。


「何か申請事項はあるかな?」


 二人は顔を見合わせる。
 

オレガノ様に、魔法を使わなかったんだから、当然おれにも使わないよね?」


 最初に言葉を放ったのは、ユーリーさん。
 でも、それは主審に対してでは無く、レンさんに対して。

 牽制なのかしら?

 先程の試合、レンさんは、お兄様のスピードを鑑みて、魔導の使用を避けたようだったけど、ユーリーさんの実力はまだ分からない。

 見るからに、沢山の武器を携帯しているし、手数を増やす意味では、一応魔導の使用許可を取っておいた方が良い気がするけれど。

 レンさんは考えるように口を閉ざしている。


「使わないよね??」


 だめ押しするように、ユーリーさんは笑顔でもう一度尋ねる。

 わー。
 圧がすごい。


「申請事項は有りません」


 あ。
 レンさんが折れた。
 これは、早速ユーリーさんの策にはまってしまったかも。

 でも、確かに。
 お兄様の時に使わなかった魔導を、ユーリーさんには使うと言ったら、お兄様の名誉が傷つくかも。
 レンさんは、そういった気遣いが出来る人だから、ああ言われてしまっては受け入れざるを得ないかな。
 なんか……ごめんなさい!


「ははっ。君が良い子でよかった。では、おれの申請事項ですね」


 少しだけ、申し訳無さそうに笑うと、ユーリーさんは、主審に自分の帯革を示す。
 

「ええと。あ、もう見えてますよね?まず短剣を一本追加。それから、投擲用のナイフを五本。小麦粉の小袋を一袋と、この魔法具を二つ。あ、魔法の使用を申請します」


「「「っっっ…………⁈⁈⁈」」」


 会場中がざわめいた。

 ええと……。

 確かに、物語中のユーリーさんのポジションは軍師で策士。
 用意周到な上に、勝つために手段を選ばない冷徹さを兼ね備えている。

 でも……でもね?
 さすがに、これはやりすぎじゃない⁈

 しかも、今、魔法の使用を申請したけど、ユーリーさんって魔法使えるの?
 魔法具って言っていたから、それのことなのかな?
 一般人が使える魔法具は、魔法石の力を利用したポットとかだけど、見た限りそういったものは、持っていないように見える。


 会場は混乱した。
 批判的な声も多く聞こえる。

 審判も困惑気味で、二人を交互に見ている。


「承知しました」


 それまで騒がしかった会場が静まり返った。

 剣の柄に手をかけながら、無表情で頷いたのは、まさかのレンさん本人だ。

 魔法に関しても、装備の面でも、圧倒的に不利な条件になるわけだけど、大丈夫かな?


「クレームをつけないのかい?」


 拍子抜けしたように呟いたのはユーリーさんの方だ。
 レンさんは僅かに首を傾げる。


「?……特に有りません」

「随分と余裕があるな」

「いえ。余裕は無いですが、戦場とはそういうものでしょう。装備が対等とは限りません。それに、それらを全て使いこなせるとしたら、それだけで尊敬に値します」

「やっぱり君とは仲良く出来そうだ」


 ユーリーさんは、小さく息を吐くと剣を抜き放った。

 レンさんも、黙礼すると剣を抜く。

 取り残されていた主審の聖騎士は、呆れ顔でため息をつくと、ユーリーさんの申請事項を全て書類に書き記し、競技場から下りた。

 それぞれの陣営に、申請事項の書類が渡ると、王子殿下テントでは再びざわめきがおこり、聖女様のテントでは、何故かエンリケ様が爆笑している。

 いったいどうなっちゃうのかな?

 競技場を見上げると、二人の剣が重なった。


「第三試合、始め!」


 主審の声が会場に響き渡った。
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