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第四章

第二試合終了後の一悶着(1)

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(side ローズ)


 お兄様と握手を交わした後、レンさんは普段通りの無表情で、何事もなかったかのように競技場から下りて来た。

 超特大の番狂わせを演じたわけだから、普通の人だったら興奮冷めやらず、ドヤ顔の一つくらいしそうな状況だと思うけど、『交代の時間なので代わります』なんて言い出しそうなくらい、その態度は普段通りだ。

 そう言う控えめな雰囲気が、彼らしいと言えば彼らしい。

 聖堂の皆は、拍手でレンさんを出迎えた。

 最後の最後まで押されまくってからの逆転劇に、聖堂の従業員は誰もが笑みを浮かべている。
 もう無理だと思っていた分、喜びもひとしおだよね。

 レンさんは、その様子を見ると、目を瞬かせて、その場に立ち止まった。

 もしかして驚いている?
 でも、それもほんの一瞬のことで、彼はすぐにこちらに向かって、小さく静かに頭を下げた。
 それを受けて、拍手は、より一層大きくなる。

 聖堂で働く身としては、『こんなに強い人が聖騎士にいる』ということに安心するし、誇らしい。
 多分みんな、似たような心境よね?

 それから個人的には、『レンさんは強いんだぞ!』って事を、聖堂の皆さんに知っていただけたことが嬉しくもあった。


 …………。

 いやまぁ。
 お兄様にとっては残念だったわよね。

 わ……忘れていたわけじゃないんだからね?

 でもほら、無差別で『槍対剣』の試合だったら、また違った勝負になっていただろうし、何より、見たところお兄様自身があまり凹んでいないみたいだから、二人にとってはプラスになる良い模擬戦だったよね?
 そうに違いない!


 そのお兄様だけど、競技場を降りると、真っ直ぐに王子殿下の元に向かい、膝をついた。

 あらら。
 団長さんがジャンピング土下座の勢いで、お兄様の隣に膝をついて、王子殿下に謝罪しているみたい。

 大丈夫かな?
 王子殿下のことだから、処分なんてことにはならないよね?

 うん。
 多分、そんなことしないだろうな。
 そういった、ある種の寛大さのようなものが、王子殿下の表情から感じとれる。

 
 一方こちら側でも、聖女様に手招きされたらしく、レンさんが彼女の前で膝をついていた。

 小さな声なのでよく聞きとれないけど、和やかな雰囲気で、一言二言、言葉を交わしているみたい。
 聖女様からの労いのお言葉とか、次の試合に向けての激励かな?

 聖女様は、とても柔らかく微笑まれていて、思わずため息がこぼれ落ちそうなほどに美しい。

 とても絵になるその様に、何故だか胸がざわついた。

 …………。

 さっきからなんだろう?
 この感じ。

 よくわからないけど、何となくそわそわと気持ちが落ち着かない。

 その時突然、聖女様のお話しの途中にも関わらず、かなりの大声で神官長が割って入った。


「なんだね、君!あの試合は!!王子殿下付きの王国の騎士に対して、あんな汚い手段を使うなど!恥を知れ!!」


 え?
 えぇ?

 聖堂側は静まり返った。

 汚い手段って?

 思いつくことは、一つしか無い。
 決着の直前に、一瞬砂が巻き上がったあれかしら?

 でもあれ、偶然じゃないのかな?

 攻撃の際、速すぎる振り下ろしのせいでスピードを止めきれず、剣を地面まで振り下ろしてしまった。
 ……レンさんにしては、あれは確かに珍しいミスだったかな?
 その直後、繰り出されたお兄様のカウンター攻撃をかわし、そこから急遽反撃に動いたから、偶々砂礫を巻き上げてしまった。

 わたしは、そんな感じで理解していたのだけど……。


 というか、そもそも神官長。
 あの時、試合、見てませんでしたよね?
 舞台袖で何かゴソゴソしていたの、わたし、知っているんだから!

 聖騎士か誰かが、顛末を話したのかしら?もしそうだとして、随分悪意のある伝え方じゃない?


 レンさんは一瞬固まった後、何も言わず深く頭を下げた。

 ええ?
 否定しないの?
 それじゃ、本当にわざとだった?

 それは……ええと。
 どうなのかしら。
 汚いと言われれば、そうなのかな?

 でも、わざとだったとしたら、いったいどこから?

 剣が自然に地面につくような状況を作れなければ、更にその上で、お兄様の次の攻撃を先読みし、かつ確実にかわせる算段がなければ、あんな攻撃成立しないよね?

 え?
 全部わざとだったら、逆に凄くない?


 というか、そもそも戦場は何でも有りの世界だし、事実、規定には、競技場のものは全て使用可能と記されている。
 だから、奇策ではあるけれど、正当な攻撃手段とも言えるのでは?


 会場では、引き続き神官長が大声を上げて、レンさんを罵っていた。
 レンさんは無言で頭を下げ続けている。  

 試合に勝った聖騎士にここまで言う?
 
 鬱々としながら様子を見ていると、一人の聖女様付き聖騎士がそこに歩み寄った。

 あ、エンリケ様。
 と、思うより早く、エンリケ様は突如レンさんの頭を後ろからぐしゃぐしゃと撫で回し、そのまま後頭部を掴んで、顔を上げさせた。

 ひえー!
 そんな、色々力任せな……。

 流石のレンさんも、目を僅か見開いてエンリケ様を見ている。


「試合中はおらなんで、今頃ようやくやって来たかと思ったら、いったい何を仰られているのか?王国騎士の主審の判定が、どうやらよっぽど不服と見える」

「いや。試合の判定のことを言っているのではなく、彼のやり口が卑怯だと……」
「実戦は、あんな可愛いらしいもんじゃ無いですぜ?神官長殿?」

「し……しかしだね!エンリケ殿」

「審判のみならず、対戦相手が納得しているのに、戦ったわけでもない貴方様が口を挟む事じゃ無いって、俺は申し上げているんだよなぁ?」

「ぐっ」


 神官長は言い返せずに、苦しげなうめきを漏らす。

 うわぁ。
 言葉遣いに全く敬意がこもっていないの、絶対わざとだわ。

 ああ、でも……そうか。
 聖女様付き聖騎士の制服は、紺色に金の装飾、そして極め付けは金の飾緒。
 制服の色から分かる通り、聖女様付き聖騎士って、実は神官長と階級が一緒なのよね。
 実務上では神官長が取り仕切っているけど、今の名誉神官長では、敬意を払う気にならないのかも。


「だいたい、魔導使って良い試合だぜ?規約の範囲内で戦って、ちゃんと勝ったんだから、文句言われる筋合い無いっての」

「だがね!君!」


 負けじと、食ってかかる神官長。

 それでも、エンリケ様は引き下がらない。
 神官長に冷たい視線を送りながら、彼は、なおも言い募る。
 

「お分かりにならないかなぁ?俺がもしこいつだったら、一発目に最大火力の魔導を使って、相手を場外に追いやって終わりだって、申し上げているんだよ」


 これには、流石の神官長も、何も言い返せないようだった。
 
 確かに、エンリケ様の仰っていることは、間違っていない。
 火力でお兄様を追い払えるほどの魔力量を持っているかどうかは置いておくとして、レンさんには、幾つも選択肢があったはずだから。
 手段を選ばなければ、もっと効率的に試合を進めていた可能性だってある。


 その時不意に、静かに話を聞いていた聖女様が口を開いた。


「私が『しっかり守りなさい』と命じたのよ?だから、レンは私を守るために戦い、そして勝った。負けてしまっては守れないのだから、それで良いのではなくて?神官長」

「は……はぁ」


 虚を突かれたように、神官長は返事を返した。

 完全に、論点を煙に巻いたような発言で、説明になっていない気がしないでも無いけれど、よくよく考えると、そのお言葉には説得力がある。

 確かに聖女様の仰る通りだわ。
 護衛の仕事で考えるならば、何をしてでも勝たなければ、護衛対象を守れないもの。
 

「そういうことだから、次の試合もしっかり守りなさい。いいわね?」

「御意」


 エンリケ様から後頭部を離して貰ったらしいレンさんは、再び頭を下げた。


 神官長は、その場でしばらく、唇をワナワナと震わせていたけれど、やがて視線をそらし、聖女様のテント後方にある自分に席に移動して、どかっと腰を下ろした。

 心配そうに様子を伺っていた聖堂関係者たちは、安心したように、それぞれ会話に戻ったり、休憩モードにうつってる。


 良かった。
 大事にならずに済んだみたい。

 ほっと息を落として、既に立ち上がっていたレンさんに視線を向けると、突如エンリケ様のゲンコツがレンさんの頭頂部をとらえるのを見てしまった。
 レンさんは、右手で頭をおさえている。

 うわぁ。
 結構痛そう。


「悪くない事を悪いと認めてはならない。奇策を悪しき事だと認めては、以後、他の者がその手段を取れなくなるだろう。模擬戦は、戦場で戦うための訓練の場だ。その戦い方を知ることにより、戦場で何人もの命が救われることもある。説明を放棄するな!ばかもん!」

「すみま……」
「悪いと理解が追いつく前に、適当に謝る癖もやめんか!」

「……はい」


 申し訳なさそうな声で答えるレンさんに、エンリケ様は、それまでの厳しい表情を、ふっと緩めた。
 

「もっと自分を誇れ!良い試合だったぞ。最後は特に見事だった」
 

 そう言いながら、エンリケ様は優しく笑い、もう一度レンさんの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

 レンさんは、僅かに眉を寄せているんだけど、特に咎める事もなく、されるに任せている。

 父親と子供のようで、なんというか、ちょっと微笑ましい。

 しばらく撫でると、満足したのか、エンリケ様は聖女様の横に戻っていった。

 レンさんは、髪をかきあげて乱れを直す。

 わー。
 凄い!サラッサラッ!
 一瞬で直った!

 思わず凝視していたようで、次の瞬間、こちらの視線に気づいたらしいレンさんと、ばっちり目が合ってしまった。

 レンさんは一瞬硬直すると、直ぐに頭を下げる。
 わたしが微笑みながら会釈を返すと、彼はやや俯いて、僅かに視線を彷徨わせた。
 頬のあたりがうっすらと赤い?

 珍しい!!
 照れている、と言うよりは、恥ずかしいのかな?

 もしかすると、エンリケ様とのやりとりを見られたことに思い至り、恥ずかしく感じたのかもしれない。

 えー!
 なにそれ、かわいい!

 凄くレアなものを見てしまった!

 たまに新しい表情を発見すると、無性にうれしくなるのは何故かしら?

 勝手に浮かれていると、既に表情を普段通りに戻したレンさんが、こちらに向かって歩いてきた。
 こっちに来るのかと思いきや、途中で立ち止まる。

 
 レンさんの立ち止まった先、ドス黒いオーラを身に纏って、椅子の上で足を抱え、小さくなっていたのは、ジャンカルロさんだった。
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