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第四章

第二試合 開始直前の一幕

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(side レン)


「君、人気者だなぁ」


 聖女様からの激励の後、競技場中央に戻ると、オレガノ様は苦笑い気味にそう言った。

 実のところは、こちらが戸惑っている

 応援して頂けるなど、考えもしなかった。
 ローズさんとラルフが声をかけてくれただけで、十分すぎるほどだったのに。

 聖女様の激励は、恐縮過ぎて身に余るほど。
 いよいよ無様な負け方は出来ないと、身の引き締まる思いだ。

 加えて、第六第七旅団の方々までお気遣い下さるとは。


「ローズやラルフ君は仕方ないにしても、聖女様から個人的に激励いただくとか、破格の待遇じゃないか?」

「聖女様守護の補助要員に組み込まれている関係上、見るに堪えず、お気遣いをいただいたのかと」

「そんなことは無いだろう?それに、それだけじゃない。こっちの旅団まで味方につけているなんて、聞いていないぞ?」


 オレガノ様は、すねたような口調で言っているが、実際は悪戯っぽく笑っている。
 

「それは……聖女様の御公務で、よく旅程をご一緒させていただいている関係でしょうか。ありがたいことです」

「噂の黒騎士ってのは、やっぱり君のことか」

「そんな風に呼ばれていたとは、知りませんでした。……噂が?」

「……そういう控えめなところが、なんと言うか……君の良さなんだろうな」


 オレガノ様は後ろ髪を描きながら、苦笑気味に言った。

 そのように呼ばれていたのも初耳だが、噂とはなんだろうか?
 ただ、字面からすると、あまり良いイメージでも無さそうだ。


「ところで、君との試合は、あの速さからスタートするけど、構わないかな?」


 唐突に話題が変わり、私は試合に意識を戻す。

 挨拶前に聞いてくださるあたり、オレガノ様は、やはり優しい方だ。
 オレガノ様が先程の試合で見せた速さは、普段の彼からすると、かなり手を抜いたものだったのだろう。
 それにすらついて来られないようなら、試合前に辞退するようにと、遠回しに勧めてくださったのだ。

 自らの力量を鑑みて、引き下がることも騎士として大切なことだし、それは恥ずべきことではない。
 戦場では、時として撤退の判断を下すことも必要だから。
 それを踏まえて考える。

 確かにオレガノ様のスピードは脅威。

 それでも私は、オレガノ様と戦ってみたいと思った。

 純粋な好奇心もあるが、今回はその他にも、先程の試合で見えたことが有る。
 それを、試合をする前から諦めて、無駄にしてしまうのは惜しいし、戦ったジャンカルロに申し訳ない気がするのだ。
 それを本人伝えたら、怒らせてしまったようだが。

 …………。

 言い方が悪かっただろうか?
 ……いや、反省は後にしよう。


 余計な思考を打ち切り、真っ直ぐにオレガノ様の目を見て答える。


「分かりました」

「怯まないか。いいな」

「恐れ入ります」


 オレガノ様は、楽しそうに笑った。
 そんな反応をされると、こちらも否応なく煽られてしまい、高揚した気持ちを落ち着けるのに苦心する。

 落ち着いて冷静に。
 目先の快楽に流されるな。

 そう自らに言い聞かせながら、呼吸をゆっくりと整える。


 その折、主審の騎士が競技場に上がってくるのが見えたので、そちらに一礼。
 彼は厳格な顔で礼をかえしつつ、中央へやって来た。
 

「これより第二試合を始める。何か申請事項はあるかな?」


 問われて、オレガノ様は首を横に振った。
 純粋にロングソードのみでの勝負。
 正々堂々とした態度が清々しい。
 

「ありません」


 私も、そう答えた。
 これは、先程の試合を見て決めていたこと。

 審判は、頷きながら書類に記すと、競技場を降りていった。

 オレガノ様は、少し驚いた顔でこちらを見ている。


「魔法使用の申請は、しなくて良いのか?」

「使用も考えたのですが、オレガノ様の速さを見て、魔導は控えることにしました」

「それは……どうとったら良いのかな?もしかしてみくびられている?」

「いえ。呪文を詠唱しているような余裕は無いと、判断しました」

「…………ぶっ」


 オレガノ様は、一瞬固まった後、盛大に吹き出し、その場で声を上げて笑った。

 冗談で言ったわけではなく、動かしようのない事実なのだが、普段から魔導を使わない人には、理解し難い感覚だろう。

 オレガノ様は速い。

 今まで対戦した騎士、魔物や野盗の類などとは比べ物にならない。
 見てきた中で一番早かったのは、私の祖父だが、オレガノ様の最高速度はそれをも上回るかもしれない。

 であれば、その一挙手一投足、全ての動きに集中しなければ、この剣では攻撃に対処できない。

 詠唱のことなど考える余裕がない。

 最初から魔術を使用して、剣に魔導を付与しておけば使えないこともないのだが、聖騎士の剣は魔導の付与と相性が悪い。
 普段使いの聖騎士の剣は、魔導の付与に向く宝玉のたぐいが一切ついていないので、金属(この剣の場合は鉄)に直接付与することになるのだが、これに金属が耐えられないことがままあるから。

 剣が脆くなっていては、オレガノ様の剣を受けきることは難しいし、壊れてしまっては戦うことも出来ない。
 ……それに、壊すと神官長に何を言われるかわからない。

 結果、魔導を使うならば、都度呪文詠唱をせねばならず、使う意味があまり無いという結論に達した。


 オレガノ様は、ひとしきり笑うと、腹を抱えつつ右手の平をこちらにつき出した。


「あぁ、いや。すまない。魔法ってどういうものか知らなかったんだ。呪文を唱えて使うものなんだな」

「はい。基本は、呪文詠唱か陣を描きます。いずれにせよ、そんなことをしている間に、貴方様に剣を突きつけられているかと」

「ふむ。魔法ってのは、思っていたより色々制限があるんだな。君が呪文を唱えているところも、ちょっと見てみたかった気もするが」


 笑い含みに言われて返答に詰まった。
 実際の呪文詠唱は、比較的地味だし、想像するほど面白い絵面でも無いと思うのだが。


「それはまた後ほど」

「あぁ。魔導披露があったな」

「はい」

「だが、普段は補助で使うこともあるんだろう?」

「魔導は基本、中長距離戦に有効です。私も普段は、離れた距離から敵を威嚇する場合に使うことが殆どです。仮に、魔導師で近距離の速い攻撃に、一対一で対処出来る人間がいたとしたら、それは桁違いの魔力量と、優れた情報処理能力を持つ方でしょう」


 この場に存在する、その桁違いな人間を思い出し、意図せずジェファーソン様に視線を向けると、迂闊にも目があってしまい、急ぎ目礼した。

 ジェファーソン様は、にこにこと笑いながら、手をふってくださっている。

 ……どうやら、しっかりと話を聞いていたようだ。
 話の内容が、『魔導に関すること』だったからだろうか?

 ジェファーソン様は、一を知って十を学ばれる方だ。

 一昨日、状態変化の魔術について少しだけ説明しただけなのに、昨日には既にそれを使いこなし、今日には常人が思いつきもしない方向に応用させていた。

 頭の回転がとにかく早い。

 彼ならば、武器を扱いながら、頭で戦術を組み立て、無意識下で呪文詠唱から魔力制御までこなされるかもしれない。

 そういった能力が羨ましくはあるが、向き不向きもあるので、嘆いても仕方のないことだ。

 今回の目的は、あくまで剣術の勝負。
 必要なのは純粋な剣の技量のみ。
 であれば、魔導は不要。
 それだけのこと。

 オレガノ様が、右手を差し出されたので、握手を交わす。

 会場を歓声が包み込んだ。 
 
 私たちは、ほぼ同時に剣を抜き、審判の試合開始の合図を待った。





(sideジェフ)


 思っていたよりも、面白かったな。


 第一試合が終わって、僕は椅子の背もたれに寄りかかる。
 すぐにアメリがやってきて、サイドテーブルに飲み物やらちょっとした菓子類を用意していった。
 僕は飲み物を手に取ると、喉を潤しつつ考える。


 剣術を習っていないから、騎士同士の試合など、見ていても分からないだろうと思っていたけど、案外そうでも無いみたいだ。


 貴族の子息の大半は、幼少期に剣術を習う。
 習わないとしたら、生まれつき体が弱いか、何か特殊な事情がある場合くらいだろう。

 僕は後者のパターンだ。

 では、何故父様は僕に剣術を習わせなかったか。
 それは、別のものを習わせたかったから。

 僕は、兄が剣術を習い始めたのと同じタイミングで、棒術を習い始めた。

 今になってみれば、その意図がはっきり分かる。
 両親は、僕の生まれつきの魔力量の多さをみて、最初から魔導士にする方向で決めていたのだろう。

 裏を返せば、最初から僕に家を継がせるつもりがなかった、ということだ。

 理解してしまえば、幾分の虚しさが無いわけではないけれど、所詮貴族の次男はスペア。
 重々承知していたから、専門学校行きも、すんなり決めることができた。

 国王陛下がエミリオ王子殿下に、相談役兼友人のような形で僕をあてがったのも、境遇が少し似ていることを考えてのことかもしれない。


 話を戻すけど、魔導士と棒術の相性が良いことは、言わずもがなだ。
 魔導は呪文の詠唱に時間がかかるので、その間の近距離攻撃に、ある程度対応しなければならないから。
 それに、魔導を二重に発動させたい時などに、ロッドは必携だろう。

 侯爵家にしがみつかなくても、自立して生きていけるよう、しっかりと教育を施してくれた両親には感謝している。


 武器を持って戦った経験があるからなのか、初戦で戦った二人の動きを、詳細に目で追うことが出来た。

 聖騎士の彼は貴族出身らしいけど、実力差がありすぎて可哀想だったな。
 確かオースティン子爵令息だったか?
 
 王国の南西に位置するオースティン領は、幾つかの連なる島が領地だったか。
 海岸から丘の上に向かって、段々に白壁の家が作られており、その景観の良さで有名な観光地だ。
 ただ、その構造上、道が狭く込み入っている。

 そういった地域は王国の地方都市に多く、狭い路地でも悪漢と戦えるよう、騎士向けに考案された突き技メインの剣術が、ブライアント流。
 王国三大流派に数えられており、創始者の名前をとって、そう呼ばれていたはずだ。

 確かに、見たところ狭い場所では多いに有効だろう。
 裏を返せば、広い場所での戦いでは攻撃が単調になりがちにみえる。

 対するオレガノ様だけど、領地の構造はおそらく似たようなものだろう。
 むしろ、より入り組んだ地形をしているかもしれない。

 きっと仮想敵のスケールが違うんだろうな。

 マグダレーンは、いつ魔王軍が大挙して押し寄せてくるか分からないから、必然的に一対多数を想定した戦い方も出来るように訓練されているのだろう。

 殿下は、オレガノ様が英雄の息子とか、そういうことを全く考えずに、選手に選んだんだろうけど、流石に聖騎士側が可哀想な気がするな。
 彼は国内でも十本の指に入るような強者じゃないか。


 競技場に視線を向けると、丁度第二試合に参加する二人が、競技場に上がったところだった。
 会場内は、オレガノ様を応援する声だけが響いている。


 レンさんは、どうやってオレガノ様と戦うつもりかな? 

 対戦相手は最強レベルの王国騎士で、会場の空気は完全にアウェー。
 本人曰く、聖騎士の基準に達する程度には剣術が出来るらしいけど、庶民出身であることを考えると、まぁ……先程の聖騎士と同程度か、やや劣るかもしれない。
 魔導を使っていいにしても、オレガノ様はあのスピードだ。
 呪文の詠唱が終わるまで待ってはくれまい。

 案外、早々に辞退した方が、彼のためのような気すらしてきた。
 彼にはこの後、魔導披露で名誉挽回の機会もある訳だし?


「あれが、ジェファーソン様が魔導披露を一緒にやるっていう聖騎士ですか?」


 不躾に尋ねてきたのは、ダミアン先輩の取り巻きの先輩だ。
 ダミアン先輩のテントに割り振っておいたはずだけど、様子を伺いにわざわざこちらまでやってきたらしい。


「ええ」

「へー。聖騎士が魔導って言うんで期待してたんだけど、なんか拍子抜けだな。二属性ってのは、まぁ、面白いけど?あの魔力量じゃ、大したこと出来ないでしょう?」


 知らないってのは、幸せなことだな。
 確かに、レンさんの見た目上の魔力は、貴方を若干下回っているようにみえるだろう。
 でも、それもこれも貴方たちに対する彼の気遣いだと知ってしまったら、発狂するんじゃないかな。


「この分だと、魔導披露もジェファーソン様の独壇場なんじゃないですか?模擬戦も魔導披露も咬ませ犬の役割なんて、彼、流石に可哀想だな」

「剣術に関しては、知らないですけどね。魔力制御の正確性は中々ですから、特に一年生には勉強になると思いますよ?でも、先輩方には必要無かったですかね?」

「そりゃぁ。魔力が少なけりゃぁ、制御は楽でしょうよ」

「そう……ですね」

「まぁいいや。ダミアン様に伝えてきます」

「ええ。宜しくお伝えください」


 先輩がテントに戻ると、しばらくして笑いが起きた。
 人の悪口とか大好きな人種だからなぁ。

 苦笑を浮かべていると、隣に座っていたグラハム君が声をかけてきた。
 

「制御が正確なんですか?」

「二日ほど合同練習をしたけど、都度全く同じ大きさの火球を作っていたよ」

「なるほど……。俺も、はやくジェファーソン様のお役に立てるように頑張ります!」

「あ、うん。……ありがとう?」

「はい!」


 一緒に魔導披露に出られるくらいってことかな?
 グラハム君は魔力量も平均以上だし、勤勉だから、それも遠くない未来だろう。
 楽しみだな。

 少しだけ気持ちが安らいだ、その時。


「レンさん!頑張って!」


 聖堂側テントから、可愛らしい声援が聞こえて、慌てて会場に意識を戻す。

 ローズちゃんの声だったな。

 ……気の毒だと同情的になっていたけど、その気持ちが一気にすっ飛んだ。

 レンさんって……まさか、狙って不遇なポジションにいるんじゃないだろうな?
 そんな器用な性格じゃないのは分かっているけれど、内心は面白くない。

 更に、その後に続いた声に、僕は唖然とした。

 聖女様直々に祝福だと?

 あり得ない。
 いち聖騎士だろう?

 驚くべきことに、聖女様の祝福の後から、会場内の雰囲気がガラリと変わった。
 王国騎士から『黒騎士』への声援が沸き起こり、応援合戦はドローの状態。
 ってことは、『黒騎士』ってのは、レンさんのことなのかな?

 いったい何が起こっている?
 聖堂側が沈黙してしまっているから、なんとも歪んだ状況にみえる。

 レンさんが中央に戻ると、オレガノ様は親しげに彼に話しかけた。
 そのまま楽しそうに会話を続けているのを見て、どうしようもなく胸がざわつく。

 いつの間に、ローズちゃんのお兄様と親しくなった?
 そんな時間、あったはずが無いのに。

 やはり侮れない。
 放置するのは危険だ。
 初めて彼に会ったときの感覚は、間違っていなかった。

 何を話しているのかが、とにかく気になって、聞き耳を立ててみる。

 どうやら、純粋に試合のことを話しているだけみたいだ。
 それなら問題ないけど……。

 引き続き、聞いていると、レンさんが魔導の使用を見合わせたらしいことがわかった。
 会話の内容は、魔導使用を控えた理由の様だ。

 なんだ。
 使わないのか。

 どの様に剣術に魔導を組み込むのかを見たかったのに、つまらないな。
 でも、その理由については、理解出来るものだった。
 確かに魔導は、接近戦には向かないよな。


「仮に、魔導師で近距離の速い攻撃に、一対一で対処出来る人間がいたとしたら、それは桁違いの魔力量と、優れた情報処理能力を持つ方でしょう」

 
 そう話した後、レンさんは視線をこちらに向けた。

 …………。

 少しイラついていたんだけど、そんな些細なことで、僅かに気分が良くなる。

 ふぅん。

 彼は僕のことをそう見ているわけだ。
 ……悪く無いな。
 
 機嫌を取り戻した僕は、彼に笑顔で手を振る。
 彼は恐縮した様に目礼した。


 色々思うところもあるけれど、どうせなら多少健闘するといい。
 あまりに無様に負けると、また同情票が集まりそうだしな。

 僕が姿勢を正して会場を見るのと、主審が試合開始を告げたのは、ほぼ同時のことだった。

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