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第四章

第一試合 オレガノvsジャンカルロ

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(side  ローズ)


 競技場の上に上がった二人は、中央まで進み出ると、握手を交わした。


 お兄様は、普段通りの生真面目そうな顔で、剣の柄に手をかけている。
 肩の力も抜けているし、特に緊張しているようにも見えない。

 記憶にあるお兄様よりも、かなり余裕がある感じね。
 もっとも、当時練習相手として対峙していたのは、英雄であるお父様で、力量的にも技術的にも大きな差があったから、余計な力が入るのも当然といえば当然だけど。

 対するジャンカルロさんは、こちらに背を向けているので、今の表情を伺い知ることはできないけれど、握手の後、踵を返してこちらに戻ってきた時は、不敵な笑みを浮かべていた。

 こちらも特に緊張したような雰囲気は無い。
 ある意味、大物。

 お兄様はあれでいて一応英雄の息子だし、『その看板に偽り無し』と、王宮でもそれなりに認められているらしい。
 よく考えると、信頼が無ければ、魔界の王子の処刑なんて任せられるわけが無いよね。
 どんなイレギュラーが起きるかも分からないのだから。

 その相手を目の前にして全く動じない、というのは、ある意味凄い。
 単純に、世間知らずのような気もするけれど。


 競技場の下では、試合の審判を行う騎士たちが配置についた。
 二人は、見るからに熟練の、今まさに脂が乗りきった中年世代。
 審判は各陣営より一人ずつ選出され、競技場の下でジャッジを行う。
 上で見た方が正確だけど、試合の妨害になったり、真剣を使う関係上、巻き込まれて怪我をしないよう配慮されたそうだ。
 

 ルールは、王国騎士の模擬戦規則に則って行われる。

一、使用する剣以外の武器の持ち込みは自由
  但し、事前に持ち込む武器の申告が必要
一、競技場にあるものは自由に使って良い
一、魔導及び魔術の使用は可
  但し、事前に審判への申告が必要
 
 選手が競技場から落下した場合、どちらかが負けを認めた場合、また審判が戦闘不能とみなした場合に勝敗がつく。
 まぁ、怪我をしない、させないのは大前提なので、その辺はお互いに騎士道にのっとり、といったところのようだ。


 二人は、剣を抜き放つと対峙した。

 お兄様の持つ王国騎士の剣は、刃渡り一メートルほどのロングソード。

 ロングソードと呼ばれているからわかる通り、これは決して短い類の武器では無い。
 寧ろ長い。

 女性がこれを振り回すこと考えた場合、かなり修練をしなければ、騎士として働くことは難しいよね。
 今、王子殿下の横で凛々しい笑顔を浮かべているジュリーさんは、王宮内で男女問わず憧れられているに違いない。

 参考までに、私がお父様に頂いた護身用の短剣が全長三十センチ程度の軽量なものだと考えると、長剣を使うことの大変さが何となくイメージ出来るかしら。

 因みに、刃の部分は諸刃で程よい幅があり、粘度が高くよくしなるので折れにくい。


 対するジャンカルロさんの携えているのは、全長百五十センチ超の聖騎士の剣。
 これは最早ロングソードの位置付けでは無く、いわゆる大剣のカテゴリーね。
 はっきり言って、持つ人間を選ぶ。
 聖騎士さんに身長制限があるのはこの為ね。

 以前レンさんが、王子殿下に説明していたけれど、敵を差し貫いたり切り捨てるというよりは、叩きつける、どちらかと言うと斧とか鈍器に近い武器だ。
 たとえ敵が鎧を着ていても、鎧ごと打撃で撲殺出来るくらいの重量もある。

 見栄え見栄えと馬鹿にされているけれど、その剣を持って立っていられるだけでも相当な威圧感があるので、生半可な敵は寄ってこないと思うの。
 一撃でも当てられたら、普通に死にそうだもの。
 基本の職務が、攻撃では無く護衛に限られるから、見た目も大事ということかしらね。


 二人は競技場の中央で剣を交差させた。
 呼吸を整えて、審判からの開始の合図を待つ場面。

 聖堂のテントから、女の子たちの黄色い声援があがった。
 ジャンカルロさんは、聖女候補からも人気だけど、神官見習いの女の子たちから特に人気がある。
 ご家族も興奮気味に立ち上がって応援をしていて、聖堂サイドは盛り上がっている。

 一方、王宮サイドでも呼応する様に黄色い声援が巻き起こった。
 王宮関係者席前列にかけていた事務方の女性らしき集団が、一斉に応援を始めたみたい。

 あら?
 お兄様ったら。
 王宮内で結構人気あるじゃないですか!
 ちょっと安心しました。

 女性から始まった声援だけど、徐々に旅団の方に広がっていって、気づいた時には、割れんばかりのオレガノコール。
 聖堂で試合を行うというのに、聖騎士にとって、このアウェー感。
 流石のジャンカルロさんも多少怯んだのか、剣を一度下ろして、呼吸を整えている。
 少し緊張し始めたのかもしれない。
 かなりやりにくそうだわ。


「ローズさん。お疲れ様です。いよいよ試合ですね!」


 皆が競技場を見守る中、後方からちょうど聖騎士のテントに戻ってきたらしいラルフさんが、どこかゆるい感じのにこにこ笑顔で声をかけてきた。


「ラルフさん!休憩ですか?お疲れ様です」


 笑顔を向けて返事を返すと、彼は、聖堂関係者テントの一番端に座っていたわたしの隣、聖騎士テントの端の席にどかっと腰を下ろした。
 汗が吹き出している様で、大判のタオルで顔を拭っている。

 警備中の聖騎士さんは日除けが無いから大変ね。
 日に焼けたのか、顔や首が赤くなってしまっている。


「ありがとうございます。レン先輩の試合まで見れると良いんですけど……なんせ時間制で交代なんで」


 あぁ。なるほど!
 この試合が長引くと、警備に戻らないといけないのね。
 聖騎士さんたち、ゆっくり模擬戦観戦どころじゃないんだ。
 大変だなぁ。

 そういえば!と、隣のテントを見るけれど、レンさんはいない。
 まさか、また雑用してないよね?
 視線を彷徨わせると、テントの前、一応日陰になっているスペースの地面に座っていた。

 何故?
 地面に⁈
 テントの中の椅子には空きがある。
 という事は、自ら進んでやっているのだろうけど……。

 ん?
 よくよく見ると、目線は競技場の二人をしっかりと見据えながら、ゆっくりと足を動かしている。
 準備運動兼ストレッチなのかしら?


「なんか、緊張気味らしいですよ?」

「え?」

「さっき、ちょっと過呼吸になってましたし」


 ラルフさんがレンさんを見ながら言うので、正直驚いた。

 熊を目の前にして、一切怯まなかった人が、お兄様と対峙するにあたって過呼吸になるほど緊張するなんて、想像もしていなかったから。


「意外です」

「ねー!オレもびっくりしました。顔から血の気引いてて、声かけても最初反応無かったし」

「そんなにですか?」

「珍しいですよね。まぁ、オレガノ様と試合するのはプレッシャーですよ。さっきアップのお手伝いさせて頂きましたけど、勝てる気しないっす」

「そう言って頂ければ喜ぶと思います」

「いやいや!ホントに!早い動きは見慣れていたつもりですが、レベルが違いました。先輩より速いんじゃないかな?」


 お兄様に視線を向けると、ジャンカルロさんが剣を構えるのを待っているみたい。
 あちらは準備万端かな。

 ジャンカルロさんを待ちつつも、お兄様は視線を違うところに向けている。
 その視線の先は……レンさんだ。

 レンさんは競技場を見ていたので、自然目が合う形になった。

 お兄様は薄く笑う。
 なんだか少し楽しそうにも見える。
 一方のレンさんは僅かに目礼を返すのみ。
 やがて二人の視線は外され、お兄様はジャンカルロさんに集中し始めた。

 何気に、お兄様ってレンさんのこと気に入ってますよね?
 歳も近いし、二人とも控えめだから気が合うのかしら?

 レンさんは今度は足を曲げて姿勢を正している。
 え?あぐら?
 この世界では見かけない姿勢に、少し驚く。
 そのまま左右から両手を高く上げて手を合わせると、下ろしながら胸の前で合掌。
 え?座禅⁈⁈


「呼吸を整えるときに、先輩よくあんな感じでゆっくり謎の動きするんですよ。オレ、たまに真似したりするんですが」

「え?……えぇ」


 確かにこの国の感覚では謎の動きよね。


「大した動きじゃなく見えるんですけど、ゆっくりだから何故かきついんですよね。あれ。しかも何気に横目でしっかり見てて『折角やるならキチンとやれ。あと息止めるな』とか言われますし」


 淡々とこなすレンさんと、顔を歪ませてキツさを訴えるラルフさんが容易に想像できて、わたしは頬を緩める。
 

 その時にわかに周囲がざわめいた。
 競技場の上の二人の剣が交わっている。

 
「はじめ!」


 審判の声が響き、試合が始まった。





(side オレガノ)


 試合開始の合図と同時に、後方に数歩下がり、一定の距離をとるジャンカルロ君。
 一方こちらは半歩ほど前に進み出た状態。

 彼は練習の時と同様、左中段に剣を構えている。

 ラルフ君情報だと、有名な流派の剣術を習っていたそうだが、非常に申し訳ないことに、その構え方をする流派の騎士を見たことが無い。
 最も、あんな大剣で戦う剣術の流派など聞いたことが無いので、ジャンカルロ君が習っていたのは普通のロングソードを用いて戦う流派だろう。
 ロングソードを大剣に持ち変えると、こんな感じの構えになってしまうのかもしれない。
 いずれにしろ、何度かぶつかってみないと判断はできないな。
 
 対峙してみると、さすがは大剣。
 かなり間合いが広い。
 先程ラルフ君に見せてもらった時も思ったが、幅が広くて重量感がある。
 正に一撃必殺の武器といったところか。
 ただ、それはつまり『上から振り下ろした場合に威力を発揮する』ということであり、突きに有効に働くのかどうかは正直分からないが。

 ジャンカルロ君の右足がジワリと前に進みでたので、彼の動きをシュミレーションしつつ、体が固くならないように適度に力を抜いた。

 おそらく一撃目から突きが来る。
 まずそれを順当にかわさねばならないが、さて、スピードはどれほどのものか。

 ジャンカルロ君の足が地面を蹴った。
 やや離れたのは加速をつけるためか。
 思っていたよりは速いな。
 それなりに鍛えられているだけのことはある。

 剣の刃を横向きに構え直し、自分の左胸のあたりを狙っている、ジャンカルロ君の突きが到達するのを待つ。
 ジャンカルロ君の口元が、一瞬笑みの形を作るのが見えた。
 剣の横腹で受けるとでも思ったのだろう。
 では、一撃目の目標は武器破壊かな?

 そんな目先のことだけ考えて戦っているとでも思っているだろうか?
 若さなのか、経験不足なのか。

 右に一歩移動することで彼の突きを難なくかわし、そこから横に払われる可能性を考慮して横方向に立てておいた刃先で、彼の剣の横腹を滑らせる。
 摩擦でジャンカルロ君の剣速は完全に死んだ。
 彼は横払いをかけることもなく数歩後退。
 折角の諸刃の特性を生かさないのか?
 とすると、突き技を連続で繰り返してくるかもしれない。

 そのタイプの騎士には会ったことがある。
 彼の得意な武器は確かレイピアだったかな?

 レイピアは、その形状の割には重量がそこそこあり、あまりしならないという点で、聖騎士の剣と共通しているが、細長く状況によっては片手でも使える程度の重さで、刺し貫くことに特化した武器だから、使い勝手は全く異なるだろう。
 どう考えても、あの大剣を片手で扱えるとは思えないし、速度もレイピアほどは出せまい。
 
 それを考慮した上で、さて、どうやって攻めようか。


 考えている間に、ジャンカルロ君が次の攻撃を繰り出してくる。
 前へ前へと進みながらの突きの連撃。
 刃を立てて、剣でいなしながら左右によけつつ、後方へ下がって斬撃をかわす。

 なるほど。
 それなりに勢いもあるし、スピードもある。
 自信があるのも頷ける。
 おそらく、同じ一門の中でも才能があると師に褒められていた口だろう。
 
 このまま押し込まれると、場外に押し出されそうなので、大きく右斜め前に跳躍した。
 横方向から一撃入れつつ、剣同士がぶつかった勢いで中央付近まで戻る……つもりだったのだが。
 
 その横からの一撃に、ジャンカルロ君の対応が遅れた。
 当然剣を戻して対応されると思っていたのだが、そのまま攻撃が通ってしまったのだ。

 すんなり通った剣先は、ジャンカルロ君の顔の前を通り、金の髪を一房、虚空に散らす。

 こちらも途中で剣を止めたが、彼も体をのけぞらせることで、辛うじてよけた様だ。

 このまま首元に剣を突き付けることも考えたが、何か策があるかもしれないので、念のため剣を引き、バックステップで競技場中央に戻る。

 すぐさま反撃に転じて来るかと思いきや、ジャンカルロ君はこちらを振り返るに留まった。
 顔を幾分青ざめさせながら、視線を彷徨わせている。

 ええと……うん。
 どうやら今のは、素だったようだな。
 焦ったのだろうか、冷や汗が頬を伝っている。

 それならば、あのまま勝負を決めに行っても良かったか……などと、やや冷めたことを一瞬考える。
 見ている観客からすれば面白くもなんともないだろうが、団長からは秒で終わらせてもいいと許可を頂いている。
 もう数分は経っているから問題はあるまい。

 前方向への連撃で敵を追い詰めるスタイルだから、急な横方向からの攻撃に対応できないということだろうか?
 それだと、一対多数で戦わねばならない場面で、彼はいったいどうするつもりなのだろう?
 
 …………。

 あぁ、そうか。
 レン君が言っていたじゃないか。

 基本、聖騎士は集団戦が得意なのだ。
 横方向には別の聖騎士が並んでおり、普段は守ることなど想定していないのだろう。
 
 平和ボケだ。
 だから『聖騎士など、所詮見てくれだけ』と、こばかにされるのだ。

 実際、王都外で出没する魔物や野盗の退治を請け負う王国騎士からすれば、四方八方どこから敵が来るかわからない中で戦うのは日常茶飯事。
 聖女様のご公務に同行する王国騎士たちは、そういったものを退治する役割も担っているから、聖女様を守るためだけに同行する聖騎士を見れば、さぞや生ぬるく感じるだろう。
 勿論、聖騎士の全員がそうだとは思わないが。


 しかも。
 ……冷や汗だと思って見ていたが、よくよく見れば、純粋に消耗していないか?
 肩が上下し、僅かばかり息が上がっているようにも見える。
 
 なるほど。
 一撃必殺の武器。
 一撃必殺の突き技の連撃。
 つまるところ、短期決着を想定した戦い方なわけだ。

 逆に言えば、持久力が皆無。

 ラルフ君が危惧していた『鍛錬に全然出てこない』者に起こりがちなことだ。
 自分の剣技に自信がある、故に、周囲がどう言った訓練をしているかなど、全く興味がない。
 結果、自分に足りないものが分からず、得意な剣の技術のみを鍛えて、体力作りを怠る。
 確かに、突き技に特化した筋力と瞬発力、俊敏性はそれなりにあるけれど、それだけだ。

 そもそも流派とやらに囚われすぎていて、自分の武器の利点が全く活かされていない。
 それもそうか。
 鍛錬にこなければ、同じ武器を扱う先輩諸氏からの指導も仰げない。


 ……まさかそれで、王国騎士に勝てるつもりなのか?
 馬鹿にするな!

 沸々と怒りがこみ上げてきた。


 今日は暑いし、次もあることだから早々に終わらせるとしよう。
 先程の攻撃を見る限り、先手必勝の攻撃型。
 スピードに自信があるだろうから、まさか先に攻撃されることなど考えてもいないだろう。
 
 それなら。

 こちらから攻撃を入れて、その高い鼻をへし折ってやる。
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