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第四章

『剣術披露』と『剣の贈呈式』と『選手の紹介』と……

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 両手でしっかりと剣を握り、姿勢良く剣を構える王子殿下。
 その正面に、団長のセオドア様が同様の姿勢で剣を構えている。

 これから行われるのは、『王国騎士の剣術の型』で、実践とは違い動きが決まっている。
 お父様とお兄様が早朝鍛錬をする際、実践練習の前に必ず行っていたので覚えている。
 相手がこうかかってきたら、こう返す、といった基本の動作で、今回は王子殿下が返す側を担当する。

 王子殿下は、呼吸を整えるように一つ息を吐き出し、背筋を伸ばすと団長さんに向かって頷く。
 団長さんは頷き返すと、息を吸って剣を上段に振りかぶった。

 会場は、水を打ったように静まり返っているので、競技場の上の二人の呼吸の音まで聞こえてくるよう。

 張り詰めた空気が伝わってきて、こちらの方が緊張してしまうけれど、王子殿下は、意外にも肩に力が入っていない。
 この状況でリラックスした状態が保てるって、本当に彼は十歳なのかしら!
 むしろ対峙している団長さんの方が、少し緊張気味に見える。


「かっこいい。エミリオ様。すっごくかっこいい!!」


 隣で頬を染めながら、ぶつぶつ呟いているリリアさんがちょっと怖いけど、それには気づかないふりをして、前方に意識を集中する。

 団長さんは気合いの声をあげると、一歩前進し、振りかぶった剣を王子殿下の頭部に向けて振りおろす。
 王子殿下は、剣を上げると刃先を立てて、剣をしっかりと受けつつ押し上げた。
 そして、素早く半歩前に出ると、団長さんの腹部に向かって剣を振り下ろし、当たる直前でピタリと止める。

 綺麗。
 よく練習された動きに、安堵の息が漏れる。

 もう少し危なっかしいのではないかと心配していたけど、余計なお世話だったみたい。

 そんなことを考えているうちに、競技場の上の二人は次の型へと移っている。

 簡単に見えて、最初は剣を当てずに止めるのも難しいのよね。
 それゆえに、成人前の少年が剣の練習をする時は、木剣なんかを使って練習する。

 聖騎士さん達も型の練習の時は、普段使う剣と同等の重さの木剣を使うことがある。
 聖騎士の剣は、一般でよく使われる剣と異なり長く重いので、慣れていないと勢いを止めきれなかったりするから。
 練習中にうっかり斬られるとか、洒落にならないものね。

 王子殿下はまだ十歳だし、筋力だって未発達だから、本来だったら木剣でも良いところ。
 それなのに、今まで披露した全ての型を、見事なまでにピタリと止めている。
 凄いわ!

 今日披露される型は、基本の中から五つ。
 五つ目の型が終わると、周囲から拍手が沸き起こった。
 王国騎士団からは『お見事!』等、殿下を褒め称える声も上がっている。
 聖堂サイドも拍手喝采。
 隣でリリアさんがきゃーきゃー言ってるし、後ろにいる女性神官見習いの子たちも大騒ぎ。

 そうね。
 見習いの子たちは、王子殿下と歳が近い子もいるもの。
 王子殿下、聖堂の女子たちから大人気だわ。
 喜ばしいけど、少しだけ複雑。

 競技場に視線を戻し王子殿下を見ると、タイミングよく目が合ってしまった。
 
 驚いて瞬きをする。
 こちらを見ていた?

 それなら折角だから……。

 私は両手を拡声器のように顔にあて、『素敵です』と口だけを動かした後、顔に出来る限りの笑みを浮かべた。
 
 王子殿下は驚いた様に一瞬目を見開くと、それは嬉しそうに破顔した。

 なにその笑顔ー‼︎
 今まで見たことないんですが⁈

 そのあまりにも素直な、少年らしい微笑みに、心臓を鷲掴みにされる思いだった。

 か、かわいいじゃないですか!
 ヒロインにとっての『殿下の萌えポイント』は、この『オレ様と少年のギャップ』なのかもしれない。


「ねぇ、みたみた?エミリオ様、こっち見て笑ったよ?かわいい~!今、私を見てたよね?」


 わたしの腕を掴んで、リリアさんが言うので、わたしは彼女に視線をうつし微笑む。

 質問には答えなかった。
 なんとなく、あの笑顔は譲れない気がして。
 

 拍手が鳴り止まぬ中、競技場の上の二人は、剣を鞘に戻すと、儀礼通り礼をした。
 そして、そのまま競技場中央に残る。


「王子殿下。素晴らしい剣技を見せて頂き、ありがとうございました。それではこれより、剣の贈呈をさせて頂きます」


 隣のテントで動きがあった。
 神官長が前に進み出て、その後ろにマルコさんと男性神官さんが、それぞれ一振りずつ剣を抱えて付き従う。

 この日の為に神官長が用意させた、聖騎士の剣。
 

「それでは、エミリオ王子殿下へ神官長マヌエルより、剣を贈らせて頂きます」


 神官長は、マルコさんから剣を受け取ると、両膝をついて、王子殿下に剣を捧げた。

 普段、体を使わない人があの剣を持つと、あんなにふらつくものなのね?
 捧げている間も、相当重たいのか、二の腕がふるふるしているのが見えて、わたしは必死に笑いを堪える。

 神官長。
 折角の見せ場なのに……。
 会場内は、微かに笑いを噛み殺す声が聞こえている。

 王子殿下は、危なげなく、一振りずつ両手でしっかりと受け取り、団長さんに手渡す。
 団長さんは、剣を受け取ると一度テントに戻り、再度競技場に上がって二振り目を受け取った。
 同時に二本、持てない訳では無いだろうけど、やはり長いのでバランスとか取りにくいよね。
 落としたりすると危ないし、高価な物だし。


「ありがとう。部屋に飾らせてもらう」


 王子殿下の言葉に、神官長は土下座の勢いで頭を下げた。


 因みに、王子殿下に手渡された剣だけど、一振り目は式典用。
 柄頭の重りの部分には、贅沢にも聖騎士カラーの濃紺の宝玉(サファイアかしら?)があしらわれ、鞘部分は白銀で美しい装飾が施されている。
 でも、実は本当に凄いのは刃の部分で、女神様に捧げる祈りの言葉と、聖堂のシンボルの『盾』、それから、女神様を示す『二枚の翼』が彫刻されている。
 まさに、見るためにだけに作られたような芸術品……らしい。

 ……今回は、差し上げる本人こと神官長さまが、一人で剣を抜けなかった為、見ることが出来なくて非常に残念だけど。


 二振り目は普段使いの聖騎士の剣。
 ただ、こちらも王子殿下に差し上げる物ということで、柄の部分に王子殿下のカラーである大粒のルビー一石と装飾用のダイヤを五石もあしらった特別製。

 剣が届いた時、朝礼で、神官長が嬉しそうに長々と説明して下さった特徴を、内容を端折ってお伝えしました。
 以上、現場のローズでした!


 冗談はさておき、いよいよ選手の紹介ね!

 正面のテントでは、お兄様が立ち上がって体を動かしているのが見えた。
 隣のテントに視線をうつすと、ジャンカルロさんが立ち上がって手足を回したり、簡単なストレッチを行っている。

 ジャンカルロさんはご家族を招待されたらしく、同じテントの中で彼を応援している。

 このテント、実は聖騎士用の観戦席なのだけど、肝心の聖騎士さんたちは、交代で会場内の警戒を行っているので、今はオースティン家の三人と、休憩中の聖騎士数人しか中にいない。

 レンさんはご家族は呼ばなかったのね。
 お兄様も呼ばなかったようだけど。
 まぁ、うちは遠いし?
 宿泊先とか費用とか大変だし、もうすぐ社交シーズンで王都に来るかもしれないから、何度も往復とか、無理させるのは申し訳ないものね。

 ところで、もうすぐ選手紹介なのに、その肝心のレンさんがテントにいないんだけど、どういう事?


「それでは、選手の紹介をさせて頂きます」
 

 ミゲル神官長の司会の声。

 え?
 本当にどこ?
 時間とかそういった物に恐ろしく正確な彼が、この重要な場面で遅れるはずが無いのに。
 というか、ついさっきまでそこにいませんでしたっけ?

 周囲を見渡すけれど、テントで囲われた中にはいない。

 ……ん?
 あれかな?

 第三旅団のテントの後方、警護中の聖騎士さんの横で、書類に何か書き込んでいるレンさんを見つけた。
 
 何やってるんだろう。
 見るからに雑用なんですけど……。


「初戦の選手は、競技場へ」


 ミゲルさんの声がかかり、お兄様とジャンカルロさんが競技場に上がる。

 しょせん?…………初戦!
 あ……そういうこと?
 え?
 開会式で、二人目の選手は紹介されないの?

 それは、王国騎士側もそうだけど、あちらは自信があるだろうから、二人目が決まっているかも怪しい。
 でも、そうか。
 聖堂側だけ二人紹介というわけにはいかないから……でも……んー。
 なんだかモヤモヤするんですけど?

 競技場の上では、二人の名前や簡単な経歴が紹介されている。
 会場は、応援の声やちょっとしたヤジなんかで盛り上がりを見せている。
 聖堂側の女子たちも、『二人ともカッコいい!』と大盛り上がり。

 そんな中、黙々と書類に書き込みを終え、警備の聖騎士に頭を下げると、第六旅団のテント後方に移動していくレンさん。
 彼が動いているということは、誰かの指示に従っているということで、仕事の一環なのよね?

 でも、選手なのに。
 ジャンカルロさんの方が、後から決まったのに……。

 テントの中には他の聖騎士さんも休んでいるのだし、余裕のある人に任せるわけにはいかない仕事なの?
 というか、そもそも開会式が終わってからではダメなの?

 恐らく仕事を言いつけた張本人だろうと確信して、競技場で饒舌に選手二人を褒めちぎっている神官長を睨む。
 本人はご機嫌なようで、結構なことね。

 競技場の上では、選手の二人がにこやかに握手を交わして、お互いに言葉をかけあっている。

 その後も、選手二人の応援合戦があったり、王子殿下が二人に声をかけたりして会場は大いに盛り上がった。




(side レン)


 挨拶を終えた神官長から、突然、開会式の間に来場者数を確認するよう言いつけられた。
 剣術披露中の移動は無礼なので、それが終わると同時に、今や作った意味すら失われたに等しいステージの背後を通り、会場の一番奥に位置する王子殿下のテント後方へ移動した。

 開会式が終わってしまうと、短いとはいえ休憩が入るので、人がばらけてしまう。
 よって、開会式の間に人数確認をするのは、ある意味、理にかなっている。

 ただ、警戒中の聖騎士が開会式の間に、テントごと人数を数えているので、後で取りまとめても同じ結果にはなるのだが。
 
 可能な限り好意的に考えては見るが、結局のところ八つ当たりだろう。

 聖女様のまさかの行動で、幾度となく練習を重ね楽しみにしていた挨拶が、中途半端に終わってしまったのだから、当たり散らしたくもなるのだろう。

 その対象が私一人で済むのならば、それで構わない。
 試合が始まるまでは、特に用もないのだから。

 王子殿下のテント後方で警備についているライアンさんから、テントの中の人数を確認し、書類に書き記していると、前から気配が近づいてきた。

 怒っている?

 視線を上げると、予想通り、オレガノ様が渋面を浮かべてこちらに向かってくるところだった。


「君は……さっきから何をしている!」

「…………職務です」


 他に答えようもなく、しかし、答えないわけにもいかず、そんなことは分かっているであろう、当然の返答を返す。

 聞いてきたオレガノ様自身も、それ以上訪ねなかった。
 王宮での会議で、私の置かれた立場は何となく理解されているだろうから、どう声をかけていいか悩まれているのかもしれない。


「何といったらいいのかな。その、何とかならないものなのかい?」


 そう問いかける声には、憤りが滲む。

 このご兄妹は、とても優しいお人柄だと素直に思う。


「お気持ちだけ。ありがとうございます」


 そう答え、頭を下げる。
 はたから聞けば、おおよそ噛み合っていないだろう返答だが、オレガノ様は理解して下さったらしく、渋い表情のまま頷いた。


 会場では、一振り目の剣が王子殿下に手渡されたところだった。
 歓声が沸き起こっているので、誰もこちらに注目していないだろうが、オレガノ様はこの後、選手紹介に出なければならないので、そろそろ定位置に戻った方が良いだろう。


「そろそろ戻られた方が……」

「君は選手紹介にも出ないのか?」

「初戦の選手のみと伺っています」

「面白くないな。君との勝負だったのに」


 本当に優しい方だ。
 私との試合を、そのように考えて下さるとは。


「私は、楽しみです」


 素直な言葉が、口をついて出てしまった。
 本当はこんなことを言うべきではないのに。

 オレガノ様は、驚いたように口を小さく開いている。

 言ってしまった以上は、しっかりと伝えるべきだろう。


「英雄アーサー様の御子息様と、手合わせする機会を頂けるだけでも光栄なことです。今日、試合に出して頂けるだけで、私は十分です」


 オレガノ様は、ようやく渋い表情を緩めて笑った。
 笑う表情は、少しだけローズさんに似ている気がする。


「そんなことを言われたら、初戦絶対負けられないじゃないか」

「ご冗談を」


 楽しそうに言うオレガノ様を見るにつけて、こちらまで気分が高揚するようだった。


「君がそう言うなら、分かった。それじゃ、また試合で会おう!」

「はい」

 
 礼をしてオレガノ様を見送ると、私も次のテントへ移動する。


 あぁ……本当ニ楽シミダ……。
 
 …………。


   ‼

 待て……違う。
 そちらに流されてはダメだ。

 ふいに浮上した思考を、慌てて押さえ込む。

 可能な限り胸の内に押し込めていた、生来の好戦的な感情を押し留めるのに苦心する。

 『剣術は、守るためのもの』。
 
 祖父に教えられた戒めを、何度も胸中で繰り返す。

 試合はあくまで試合。
 守るための練習に過ぎない。
 闘うことが目的であってはならない。

 落ち着け!

 相手が英雄の御子息オレガノ様だったのが、まずかったのか?
 とはいえ、こんなに簡単にコントロールを失っていては、来るべき日に正しい選択など出来るはずもない。

 呼吸が浅くなると同時に鼓動が強く脈打ち、周囲の音が聞こえなくなる。


「先輩?大丈夫っすか?」


 立ち止まっていたらしい私の肩に、無遠慮に手を置いて声をかけたのはラルフだった。
 彼が王宮関係者テントの担当だったのか。
 その、ほどよく気の抜けた声に、周囲の音が戻ってきた。

 過呼吸気味になっていたようだ。


「あ……ぁ。大丈夫……」

「そぉすか?ちょっと顔色悪くないです?」

「大事ない。少し緊張しただけだから」

「先輩でも緊張とかするんですか⁈」


 ラルフがニヤニヤ笑いながら顔を覗き込んでくるので、顔面を掴んで押し返した。
 このところ、身長も伸びウエイトも増えたようで、簡単には押されてくれないが。


「からかうな」

「えぇ?あんま滅多に表情でないんですから、ちょっとくらい見せてくれても良いじゃないですかぁ!」

「断る。……人数は数え終わっているか?」

「はい。これっす。って、先輩こんなことしてて良いんですか?選手紹介は?」

「私は必要無いそうだ」

「はぁ?」


 ラルフが神官長に向かって、ぶつぶつと憤り始めたので、一気に力が抜けた。

 何というか……助かった。
 この場にラルフがいたことを、これほど有り難く感じるとは。

 用は済んだので、次のテントに移動するべくラルフを見上げると、彼はまだ競技場に向かって文句を垂れているようだ。
 一つ息を落とすと、感謝を込めてラルフの頭を撫でた。
 身長差があるため、頭と言っても前髪部分だが。

 ラルフは、呆けた顔でこちらを向いた。


「助かった。ありがとう。次に行く」

「っす!」


 返事を聞き頷くと、第三旅団のテントへ移動する。

 後輩というのは可愛いものだ。
 懐いてくれていれば尚更。
 ニコさんとエンリケ様からは、私があのように見えているのだろうか?
 ……私には、あんな可愛げはないだろうけど。

 二人がやたらと頭を撫でてくる気持ちを少しだけ理解して、私は第三旅団のテント後方に立つ同僚に声をかけた。




(After episode)

 
「君たち、仲良いなぁ」


 ユーリーは、警備についていたラルフの元に歩み寄りながら声をかけた。
 ラルフはユーリーを見とめると、人懐こく笑う。


「こんにちは!あー。今、先輩にユーリーさん来てるの伝えようと思ってたのに、言い逃しました」

「後で挨拶に行くからいいよ。彼、なんかあったのかい?」

「あ、気付きました?」

「あぁ。口元押さえてたから、具合が悪いのかと思ったんだが……でも、君と話した後は平気そうだったな」

「緊張したって言ってましたね。少し過呼吸っぽかったですし」

「彼が緊張ねぇ」

「緊張とか無縁に見えますけどね」

「うん。ところでラルフ君、今君、頭撫でられてたよね?」

「ええ。びっくりしました」

「今日一日、第六と第七の騎士に背後を取られないよう、気をつけた方がいい」

「は?どういう意味ですか」


 ユーリーが目線を、第六旅団のテント後方に投げたので、ラルフもつられるようにそちらを見る。
 そこでは、旅団長二人がレンの肩に手や腕を置いて、何か話しているようだった。
 手を置かれている本人は、相変わらずの無表情だが、異様な光景だ。
 一見、カツアゲにあっているかの様な絵面だが、親しげに見えないこともない。
 レンに人数報告を終えた両テントの聖騎士は、距離を取って見て見ぬふりを決め込んでいる。


「とにかく、気をつけて」

「はぁ……」


 急に悪寒が走って、ラルフがテントの中に視線を移すと、王国騎士の刺す様に鋭い複数の視線とぶつかった。


「え。なんで?ユーリーさん、まじ助けて?」

「第六と第七には、黒騎士のファンクラブあるから。おれじゃ守り切れないわ」

「はぁっ?黒騎士ってなんすか?ファンクラブ⁈」

「黒騎士は、レン君に付けられた通り名だね。結構彼に命を助けられたやつ、多いらしいんだよ」

「まじか~」


 ラルフは、深く首を垂れた。
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