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第四章
会場前の一幕(1) (side オレガノ)
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今日は朝から通常鍛錬を行い、しっかり食事をとってから、出発迄は王宮内にある騎士の鍛錬場でゆっくりウォーミングアップをした。
最後に軽く走り込みながら、今日の模擬戦について色々と考えを巡らす。
初戦の相手は貴族出身。
恐らく何らかの剣術を習ってから聖騎士になっているだろう。
ただ、王宮配属の王国騎士は貴族出身者が多く、各流派見慣れているし、戦い慣れているといった点で、それほど大きな問題はない気もするのだ。
なんと言っても武器の性能が違うからな。
逆に怖いのは、恐らく流派などない叩き上げであろう、レンくんの方。
以前黒騎士の噂を聞いてから、同僚などにも色々探りを入れてみたが、王宮内勤務の騎士の間では、その噂を知る者は少なかった。
聞いたことがある者もいたにはいたが、その殆どが『名前だけ』と口を揃え、二言目には、いつもの聖騎士を馬鹿にするセリフが続く。
口を揃えて出るのが『みてくれだけ』。
結果、王宮内勤務の騎士たちの観戦者は少なく、実は密かに胸を撫で下ろしたりもした。
ところが、一週間ほど前に、なぜか突如、旅団の方からクレームが入り、王国騎士の観客枠が広げられたそうだ。
団長は『応援が増えるな!』と、他人事だけど、こちらとしては、あまり大ごとにならない方が嬉しかったりするのだが。
王国騎士の多くが馬でやってくる関係で、聖堂側は多少混乱したようだが、聖騎士が普段使用している王都外の厩舎と、その練習場を広く開放し、なんとか対応したらしい。
どちらにとっても実務を仕切る人たちは、大変そうだ。
王子殿下の一行は正午に現地いりするらしく、それに同行する団長をはじめとした騎士たちは、早お昼を食べたり、剣術披露のリハーサルをしたりと慌ただしく動き回っている。
そんな中、申し訳なく思いつつも、一人黙々と準備を整え、聖堂へ先乗りするべく厩舎へ。
もちろん、団長からの許可はとっている。
王宮の職員食堂が、ご好意で大量のランチを用意してくれたので、それを持って馬で第三の城壁北門へ向かった。
北門の馬泊りに馬を預けて、向かい合っている聖堂の裏門に行くと、普段閉じている鉄柵の扉は開け放たれ、身分確認するためか、ゲートが五箇所設営されていた。
まだ開場する時間ではないので、各ゲートに職員はいないが、いつも通り、扉の左右には聖騎士が立っている。
「こんにちは。本日お世話になります。オレガノ=マグダレーンです」
可能な限りにこやかに声をかけると、聖騎士たちは、きっちりと頭を下げた。
「オレガノ様ですね?本日はお疲れ様です。徽章を確認させていただきます」
襟に付けた徽章を見せると、差し出された羊皮紙に署名を求められた。
結構きっちりしているな。
書き終わると、通り抜けられるように道を譲ってくれた。
「お手数おかけしました。先に入られる旨、ご連絡を頂いております。案内の者があちらに」
「ありがとうございます」
礼を言ってゲートを通過すると、顔合わせの時に会った神官の男が出迎えてくれた。
近くで見ると、思ったより若い。
三十代には、なっていないかも知れない。
「本日はお世話になります」
「こちらこそ。会場をご案内しますね」
彼はにこやかに挨拶する。
まず案内されたのは、入って直ぐのロータリー。
集合場所兼フリースペースとなるようだが、張り出されたポスターをみて、思わず顔をしかめた。
担当神官は『実物の方がかっこいいですね?』などとお世辞を言ってくれたが、コレは悪目立ちしすぎじゃないか?
正直、気恥ずかしいこと、この上無い。
対戦相手の絵姿は、如何にも女性受けしそうな甘いマスクの男。
彼がオースティン子爵の御令息か。
何処かで見たことがある気もするが。
神官長の悪意でワザと外されたのだろうが、ある意味ポスターに絵姿が描かれなかった、レン君が羨ましかった。
多分彼の性格上、この対応は、願ったりといったところだろう。
余計なところに神経をすり減らしつつ、次に案内されたのは鍛錬場。
今日の会場だ。
中央には土で固められた競技場。
想像していたよりずっと広いな。
一応乗らせて頂くと、魔導か何かでしっかりと固めたようで、不安定な感じはない。
その正面、特設された木組みのステージでは、神官長が何やらリハーサルらしきことをしていた。
『帽子の中から鳩が出るよ?』って?
何というか。うん。
見なかったことにしよう。
いったい、誰を喜ばせるためのマジックなんだろうな?
隣にいる神官も、しばし遠い目でそちらを眺めていたが……
「あちらのテントが王子殿下の貴賓席でございます」
あ、話を逸らした。
妙にツボにはまってしまい、必死に笑いを堪えていると、神官の彼も困ったように笑った。
「はい。あ、じゃ荷物はあの辺に……」
なんとか返答したが、最後の方は声を殺して笑いを堪えた。
ありがたかったのは、神官長本人が全く気づいていないこと。
二人で肩を震わせながら、なんとか笑いを落ち着け、テントに荷物を置きにいった。
ステージは北にあり、西側に王子殿下の貴賓席。
その横。
競技場を囲うように、エル字型に南側の半分まで簡易的なテントがいくつも並ぶ。
恐らくこれが、王国騎士の客席か。
見る限り、半分以上が王宮関係者と王国騎士だな。
いくら聖堂で行われるとはいえ、これでは聖騎士にとっては、アウェー感半端ない気がする。
東側には、王子殿下のものと同様の豪華なテントが三つ。
恐らく一つは聖女様で、残りの二つは聖女候補などの聖堂関係者だろうか。
その横に救護用のテントと可愛らしい布のテントが二つ並ぶ。
南側、王国騎士のテントの横には、やけにスタイリッシュなテントが幾つか。
すると、ここはジェファーソン様とその関係者だろう。
会場を見回しつつ、少し体を動かしたい旨を担当神官に伝えると、彼は頷く。
当人は王子殿下のお出迎えの準備があるらしく、ここで聖騎士と変わる旨伝えられた。
手合わせなどもできるよう、配慮してくれたようだ。
担当神官が、事務局と呼ばれる建物の前で待っていたらしい聖騎士を手招きで呼ぶと、人懐こい笑顔の長身がこちらに向かって走ってきた。
「こんにちは!オレガノ様」
「やぁ、ラルフ君。また背が伸びたんじゃないか?今日はよろしく頼むよ」
「そうなんですよ。最近また少し伸びて、毎朝関節が痛いっす。あ!アップしますか?なんでもおっしゃってくださいね」
成長期は怖いな。
前回会った時は同じ目線だった筈なんだが。
「あ、お知り合いでしたか。良かった。それでは私はこれで!ラルフさん、後を頼みます」
「はい!」
担当神官は安心したように微笑み、事務局へ戻っていく。
その彼とすれ違う形で、聖騎士が一人、外へ出てきた。その姿は、先ほど見た絵姿によく似ている。
では、彼が今日の初戦の相手のオースティン子爵令息か。
彼はこちらに気づくと近寄ってきて、気品溢れる笑顔で挨拶をした。
「これは、初めまして!オレガノ様ですか?」
「ええ。今日は宜しくお願いします」
初めまして……か?
先ほどポスターを見た時にも思ったが、以前何処かで会った気がする。
中性的な顔は、可愛らしい印象だ。
「今日、先に入られたのはオレガノ様だけですか?もう一人の方ともご挨拶したかったのですが。王国騎士側は随分余裕がありますね?」
突然、明らかに侮蔑の入り混じった声に切り替わり、挑発的な鋭い目をした彼。
前言撤回。
やっぱり可愛くない。
この顔を見て、すっかり思い出した。
そうか。
食堂で、レン君を睨みつけていた彼か。
王国騎士側は二人目を用意していない、なんて言ったら、ハンカチを噛んで怒り狂いそうだな。
何も言わずに笑顔でかわすと、彼はつまらなそうに横を向き、次はラルフ君に噛み付いた。
「ラルフ、大抜擢じゃないか。無駄に図体だけはでかいけど、アップの手伝いくらいはちゃんと出来るんだろうな?」
「さてね?オレガノ様はお強いでしょうから、オレでは役不足でしょうけど、でかい図体活かして、せいぜい頑張らせて頂きますよ」
「なんて言いながら、弱点見つけてアイツに情報流すつもりじゃないのか?」
「アイツって誰っすか?ってか、おかしいですよね?一番手の誰かさんが『必ず倒す』と吹聴していた相手の情報を、聞いて得する人がいるんです?あぁ、なるほど。もう敗北宣言っすか」
お、おう。
この二人、まさか犬猿の仲か?
子爵令息も、やたらに喧嘩をふっかけると思ったけど、ラルフ君も口で負けてないという。
「このっ!平民の癖に生意気だぞっ」
「あーはいはい。お貴族様は立派ですねぇ?でも、お互い様じゃないですか?自分だって先輩方に生意気な態度とってるくせに!」
「尻尾振って媚びてるお前よりマシだ!」
「はぁ?聞き捨てならねぇな……」
「まった!!」
慌てて止めに入った。
今にも取っ組み合いの喧嘩が始まってしまいそうな勢いだ。
これではアップどころでは無い。
「何をやっている!」
厳しい声が聞こえて、二人は固まった。
入り口から、綺麗に髭を整えた聖騎士がこちらにやって来た。
「ライアンさん!ジャンがオレガノ様を侮辱したんですよ!」
「なっ!そんなことしてない!本当です。ライアンさん」
手のひらを返すように、ジャン君とやら態度が変わる。
この髭の紳士、ライアンさんも食堂で会ったな。
彼は恐らく高位の貴族出身で、ジャン君は彼に心酔しているんだろう。
「失礼があったようで、私からお詫び申し上げます。私はライアン=グリンデンバルト。貴方がオレガノ様ですか?おや?以前、何処かでお会いしましたかな……」
「ええ。以前食堂で」
ライアン氏は首を傾げている。
「ああ、いえ。きちんとご挨拶させて頂いたわけではありませんから」
「そうでしたか。失礼」
「お気遣いなく」
頭を下げると、彼は笑った。
伯爵家の方か。
どおりで気品があると思った。
「さて、ジャン。体を温めるだろう?私が付き合おう」
「え?本当ですか?!やった!……あれ、でもアイツは?」
「ジャン!アイツなどと、先輩に失礼だぞ?改めなさい。……先ほど聖女様から急な呼び出しがあって、私が変わったんだ」
「は。アップは必要ないって?まぁ、アイ……あの人まで回しませんけどね。聖女様も趣味がわ……」
「ジャン!口を慎みなさい」
「……はい」
どうやら、この場は収まったらしい。
ライアン氏最強だな。
二人は、競技場東側の空いているスペースに移動し、簡単な剣の打ち合いを始めた。
肩の力が抜けたので、空いている西側のスペースに行こうと、ラルフ君に声をかける。
彼は強く拳を握りしめて、唇を噛んでいたようだが、短く息を吐き出すと、いつもの人好きのする笑顔に戻った。
彼は凄く切り替えが上手い子のようだ。
「まずは何からやりますか?」
「そうだな。君、昼食は済んだかい?」
「この後です」
「それじゃあ、腹は空いてるかな?」
「……?それは、めっちゃ空いてますけど……」
「かなり多めに用意して頂いたんだ。良ければ昼に差し支えない程度に、君も食べるかい?折角だから、彼らの打ち込みを見学させてもらいながら、ランチにしようか」
テントから、王宮の食堂が用意してくれた大量の食べ物を持ってくると、ラルフ君は目を輝かせた。
『今日の主役』などと団長が言ったせいで、何人分だよ!と思わず突っ込みを入れたくなるほど大量のランチを持たされた。
結果、役に立って良かったが。
最初に体を動かすつもりだったが、対戦相手の動きを見られるなら、そちらを優先した方がいい。
のんびりとサンドイッチを口に入れながら、ジャン君の剣の振りを見る。
基本の構えは左中段。
右利きで、右足前の構え、やや前傾姿勢。
左側の肩が少し下がる癖がある。
先ほどから何度も練習しているのは、剣を前に突き出す動作。
なるほど。
重くて長い剣を、振り上げ振り下ろすとなると、どうしても大振りになるから、一対一には向かない。
結果、突き技がメインになるわけか。
相手の剣が硬いから、うっかり剣の腹で受け止めると折れるかも知れない。
かわすよう注意が必要だな。
「なんか、なんちゃらって言う、貴族の方が習う剣術をやってたって自慢してましたよ?」
口をモゴモゴと動かしながら、今やすっかりご機嫌な表情で、ベーコンやレタスの挟まったベーグルを食べつつ、ラルフ君が言う。
なんちゃらって、なんの情報にもなっていないんだが、そこも彼らしくて笑いが漏れた。
「突き技がメインなんだな」
「はぁ。個人戦だとどうしても。振り上げてる間に間合いに入られちゃうんで」
「レン君もそうかな?」
「レン先輩に関しては、ノーコメントっす」
「おや?厳しいな」
苦笑を浮かべると、ラルフ君はにやーっと笑った。
「じゃ~ヒントだけ。オレ、先輩と対峙すると、ライオンとか猛獣に睨まれてるようなプレッシャー受けるんですよね」
「抽象的すぎて、余計に難しいな」
ラルフ君は屈託なく笑う。
ジャン君がライアンさんに心酔しているのと同様、ラルフ君はレン君を慕っているんだろう。
だから喧嘩になるわけか。
引き続き眺めていると、体が温まってきたのか、ジャン君は制服の上着を脱ぎ捨てた。
上着を着ている時も、しっかり鍛えられているのは分かったが、ランニングシャツ姿の彼の上半身は、筋繊維が太くくっきり見えて、綺麗すぎるほど整っている。
「ジャンは……あ、あいつジャンカルロって言うんですけど、一応オレ同期で。偉そうでヤな奴だし、どんだけ強いんだか知らないけど……鍛錬も全然出てこないし……」
酷い言われようだが、ラルフ君から伺える感情は、侮蔑ではなく危惧?
「聖騎士は安全とか言われてますけど、レン先輩に同行して王都外に出るたびに、決して安全なんかじゃ無いって思い知らされるんですよ。アイツ貴族出身ですし、聖女様付きになれば王都外に出ることも増えますから、もっとしっかり鍛錬しないとヤバいんじゃないかなって」
「心配しているわけだ」
「まぁ。同期二人だけなんで。だから今回、オレガノ様に鼻っ柱をぽっきり折って貰えば良いなぁと思ってるんですけど」
「君は良い子だなぁ」
思わず口をついて出た言葉に、ラルフ君は照れたように笑った。
「そうだなぁ。期待に応えられるよう頑張ってみるよ」
「宜しくお願いします」
食べきれないと思っていたランチは、すっかり二人の腹におさまり、王子殿下がやってくるまでのしばらくの間は、聖騎士の剣を見せてもらったり、簡単に剣を合わせて体を温めた。
ラルフ君は、流石に体格が良いだけあって、多少強めにあたって剣で競り合っても、吹き飛ばされるようなこともなく、練習相手として申し分無かった。
王子殿下の馬車が到着したという報告が来るころ、体の動きも丁度良い感じになったので、ラルフ君には礼を言って別れ、神官に案内されるまま、王族専用室に向かった。
いよいよ、模擬戦が始まる。
最後に軽く走り込みながら、今日の模擬戦について色々と考えを巡らす。
初戦の相手は貴族出身。
恐らく何らかの剣術を習ってから聖騎士になっているだろう。
ただ、王宮配属の王国騎士は貴族出身者が多く、各流派見慣れているし、戦い慣れているといった点で、それほど大きな問題はない気もするのだ。
なんと言っても武器の性能が違うからな。
逆に怖いのは、恐らく流派などない叩き上げであろう、レンくんの方。
以前黒騎士の噂を聞いてから、同僚などにも色々探りを入れてみたが、王宮内勤務の騎士の間では、その噂を知る者は少なかった。
聞いたことがある者もいたにはいたが、その殆どが『名前だけ』と口を揃え、二言目には、いつもの聖騎士を馬鹿にするセリフが続く。
口を揃えて出るのが『みてくれだけ』。
結果、王宮内勤務の騎士たちの観戦者は少なく、実は密かに胸を撫で下ろしたりもした。
ところが、一週間ほど前に、なぜか突如、旅団の方からクレームが入り、王国騎士の観客枠が広げられたそうだ。
団長は『応援が増えるな!』と、他人事だけど、こちらとしては、あまり大ごとにならない方が嬉しかったりするのだが。
王国騎士の多くが馬でやってくる関係で、聖堂側は多少混乱したようだが、聖騎士が普段使用している王都外の厩舎と、その練習場を広く開放し、なんとか対応したらしい。
どちらにとっても実務を仕切る人たちは、大変そうだ。
王子殿下の一行は正午に現地いりするらしく、それに同行する団長をはじめとした騎士たちは、早お昼を食べたり、剣術披露のリハーサルをしたりと慌ただしく動き回っている。
そんな中、申し訳なく思いつつも、一人黙々と準備を整え、聖堂へ先乗りするべく厩舎へ。
もちろん、団長からの許可はとっている。
王宮の職員食堂が、ご好意で大量のランチを用意してくれたので、それを持って馬で第三の城壁北門へ向かった。
北門の馬泊りに馬を預けて、向かい合っている聖堂の裏門に行くと、普段閉じている鉄柵の扉は開け放たれ、身分確認するためか、ゲートが五箇所設営されていた。
まだ開場する時間ではないので、各ゲートに職員はいないが、いつも通り、扉の左右には聖騎士が立っている。
「こんにちは。本日お世話になります。オレガノ=マグダレーンです」
可能な限りにこやかに声をかけると、聖騎士たちは、きっちりと頭を下げた。
「オレガノ様ですね?本日はお疲れ様です。徽章を確認させていただきます」
襟に付けた徽章を見せると、差し出された羊皮紙に署名を求められた。
結構きっちりしているな。
書き終わると、通り抜けられるように道を譲ってくれた。
「お手数おかけしました。先に入られる旨、ご連絡を頂いております。案内の者があちらに」
「ありがとうございます」
礼を言ってゲートを通過すると、顔合わせの時に会った神官の男が出迎えてくれた。
近くで見ると、思ったより若い。
三十代には、なっていないかも知れない。
「本日はお世話になります」
「こちらこそ。会場をご案内しますね」
彼はにこやかに挨拶する。
まず案内されたのは、入って直ぐのロータリー。
集合場所兼フリースペースとなるようだが、張り出されたポスターをみて、思わず顔をしかめた。
担当神官は『実物の方がかっこいいですね?』などとお世辞を言ってくれたが、コレは悪目立ちしすぎじゃないか?
正直、気恥ずかしいこと、この上無い。
対戦相手の絵姿は、如何にも女性受けしそうな甘いマスクの男。
彼がオースティン子爵の御令息か。
何処かで見たことがある気もするが。
神官長の悪意でワザと外されたのだろうが、ある意味ポスターに絵姿が描かれなかった、レン君が羨ましかった。
多分彼の性格上、この対応は、願ったりといったところだろう。
余計なところに神経をすり減らしつつ、次に案内されたのは鍛錬場。
今日の会場だ。
中央には土で固められた競技場。
想像していたよりずっと広いな。
一応乗らせて頂くと、魔導か何かでしっかりと固めたようで、不安定な感じはない。
その正面、特設された木組みのステージでは、神官長が何やらリハーサルらしきことをしていた。
『帽子の中から鳩が出るよ?』って?
何というか。うん。
見なかったことにしよう。
いったい、誰を喜ばせるためのマジックなんだろうな?
隣にいる神官も、しばし遠い目でそちらを眺めていたが……
「あちらのテントが王子殿下の貴賓席でございます」
あ、話を逸らした。
妙にツボにはまってしまい、必死に笑いを堪えていると、神官の彼も困ったように笑った。
「はい。あ、じゃ荷物はあの辺に……」
なんとか返答したが、最後の方は声を殺して笑いを堪えた。
ありがたかったのは、神官長本人が全く気づいていないこと。
二人で肩を震わせながら、なんとか笑いを落ち着け、テントに荷物を置きにいった。
ステージは北にあり、西側に王子殿下の貴賓席。
その横。
競技場を囲うように、エル字型に南側の半分まで簡易的なテントがいくつも並ぶ。
恐らくこれが、王国騎士の客席か。
見る限り、半分以上が王宮関係者と王国騎士だな。
いくら聖堂で行われるとはいえ、これでは聖騎士にとっては、アウェー感半端ない気がする。
東側には、王子殿下のものと同様の豪華なテントが三つ。
恐らく一つは聖女様で、残りの二つは聖女候補などの聖堂関係者だろうか。
その横に救護用のテントと可愛らしい布のテントが二つ並ぶ。
南側、王国騎士のテントの横には、やけにスタイリッシュなテントが幾つか。
すると、ここはジェファーソン様とその関係者だろう。
会場を見回しつつ、少し体を動かしたい旨を担当神官に伝えると、彼は頷く。
当人は王子殿下のお出迎えの準備があるらしく、ここで聖騎士と変わる旨伝えられた。
手合わせなどもできるよう、配慮してくれたようだ。
担当神官が、事務局と呼ばれる建物の前で待っていたらしい聖騎士を手招きで呼ぶと、人懐こい笑顔の長身がこちらに向かって走ってきた。
「こんにちは!オレガノ様」
「やぁ、ラルフ君。また背が伸びたんじゃないか?今日はよろしく頼むよ」
「そうなんですよ。最近また少し伸びて、毎朝関節が痛いっす。あ!アップしますか?なんでもおっしゃってくださいね」
成長期は怖いな。
前回会った時は同じ目線だった筈なんだが。
「あ、お知り合いでしたか。良かった。それでは私はこれで!ラルフさん、後を頼みます」
「はい!」
担当神官は安心したように微笑み、事務局へ戻っていく。
その彼とすれ違う形で、聖騎士が一人、外へ出てきた。その姿は、先ほど見た絵姿によく似ている。
では、彼が今日の初戦の相手のオースティン子爵令息か。
彼はこちらに気づくと近寄ってきて、気品溢れる笑顔で挨拶をした。
「これは、初めまして!オレガノ様ですか?」
「ええ。今日は宜しくお願いします」
初めまして……か?
先ほどポスターを見た時にも思ったが、以前何処かで会った気がする。
中性的な顔は、可愛らしい印象だ。
「今日、先に入られたのはオレガノ様だけですか?もう一人の方ともご挨拶したかったのですが。王国騎士側は随分余裕がありますね?」
突然、明らかに侮蔑の入り混じった声に切り替わり、挑発的な鋭い目をした彼。
前言撤回。
やっぱり可愛くない。
この顔を見て、すっかり思い出した。
そうか。
食堂で、レン君を睨みつけていた彼か。
王国騎士側は二人目を用意していない、なんて言ったら、ハンカチを噛んで怒り狂いそうだな。
何も言わずに笑顔でかわすと、彼はつまらなそうに横を向き、次はラルフ君に噛み付いた。
「ラルフ、大抜擢じゃないか。無駄に図体だけはでかいけど、アップの手伝いくらいはちゃんと出来るんだろうな?」
「さてね?オレガノ様はお強いでしょうから、オレでは役不足でしょうけど、でかい図体活かして、せいぜい頑張らせて頂きますよ」
「なんて言いながら、弱点見つけてアイツに情報流すつもりじゃないのか?」
「アイツって誰っすか?ってか、おかしいですよね?一番手の誰かさんが『必ず倒す』と吹聴していた相手の情報を、聞いて得する人がいるんです?あぁ、なるほど。もう敗北宣言っすか」
お、おう。
この二人、まさか犬猿の仲か?
子爵令息も、やたらに喧嘩をふっかけると思ったけど、ラルフ君も口で負けてないという。
「このっ!平民の癖に生意気だぞっ」
「あーはいはい。お貴族様は立派ですねぇ?でも、お互い様じゃないですか?自分だって先輩方に生意気な態度とってるくせに!」
「尻尾振って媚びてるお前よりマシだ!」
「はぁ?聞き捨てならねぇな……」
「まった!!」
慌てて止めに入った。
今にも取っ組み合いの喧嘩が始まってしまいそうな勢いだ。
これではアップどころでは無い。
「何をやっている!」
厳しい声が聞こえて、二人は固まった。
入り口から、綺麗に髭を整えた聖騎士がこちらにやって来た。
「ライアンさん!ジャンがオレガノ様を侮辱したんですよ!」
「なっ!そんなことしてない!本当です。ライアンさん」
手のひらを返すように、ジャン君とやら態度が変わる。
この髭の紳士、ライアンさんも食堂で会ったな。
彼は恐らく高位の貴族出身で、ジャン君は彼に心酔しているんだろう。
「失礼があったようで、私からお詫び申し上げます。私はライアン=グリンデンバルト。貴方がオレガノ様ですか?おや?以前、何処かでお会いしましたかな……」
「ええ。以前食堂で」
ライアン氏は首を傾げている。
「ああ、いえ。きちんとご挨拶させて頂いたわけではありませんから」
「そうでしたか。失礼」
「お気遣いなく」
頭を下げると、彼は笑った。
伯爵家の方か。
どおりで気品があると思った。
「さて、ジャン。体を温めるだろう?私が付き合おう」
「え?本当ですか?!やった!……あれ、でもアイツは?」
「ジャン!アイツなどと、先輩に失礼だぞ?改めなさい。……先ほど聖女様から急な呼び出しがあって、私が変わったんだ」
「は。アップは必要ないって?まぁ、アイ……あの人まで回しませんけどね。聖女様も趣味がわ……」
「ジャン!口を慎みなさい」
「……はい」
どうやら、この場は収まったらしい。
ライアン氏最強だな。
二人は、競技場東側の空いているスペースに移動し、簡単な剣の打ち合いを始めた。
肩の力が抜けたので、空いている西側のスペースに行こうと、ラルフ君に声をかける。
彼は強く拳を握りしめて、唇を噛んでいたようだが、短く息を吐き出すと、いつもの人好きのする笑顔に戻った。
彼は凄く切り替えが上手い子のようだ。
「まずは何からやりますか?」
「そうだな。君、昼食は済んだかい?」
「この後です」
「それじゃあ、腹は空いてるかな?」
「……?それは、めっちゃ空いてますけど……」
「かなり多めに用意して頂いたんだ。良ければ昼に差し支えない程度に、君も食べるかい?折角だから、彼らの打ち込みを見学させてもらいながら、ランチにしようか」
テントから、王宮の食堂が用意してくれた大量の食べ物を持ってくると、ラルフ君は目を輝かせた。
『今日の主役』などと団長が言ったせいで、何人分だよ!と思わず突っ込みを入れたくなるほど大量のランチを持たされた。
結果、役に立って良かったが。
最初に体を動かすつもりだったが、対戦相手の動きを見られるなら、そちらを優先した方がいい。
のんびりとサンドイッチを口に入れながら、ジャン君の剣の振りを見る。
基本の構えは左中段。
右利きで、右足前の構え、やや前傾姿勢。
左側の肩が少し下がる癖がある。
先ほどから何度も練習しているのは、剣を前に突き出す動作。
なるほど。
重くて長い剣を、振り上げ振り下ろすとなると、どうしても大振りになるから、一対一には向かない。
結果、突き技がメインになるわけか。
相手の剣が硬いから、うっかり剣の腹で受け止めると折れるかも知れない。
かわすよう注意が必要だな。
「なんか、なんちゃらって言う、貴族の方が習う剣術をやってたって自慢してましたよ?」
口をモゴモゴと動かしながら、今やすっかりご機嫌な表情で、ベーコンやレタスの挟まったベーグルを食べつつ、ラルフ君が言う。
なんちゃらって、なんの情報にもなっていないんだが、そこも彼らしくて笑いが漏れた。
「突き技がメインなんだな」
「はぁ。個人戦だとどうしても。振り上げてる間に間合いに入られちゃうんで」
「レン君もそうかな?」
「レン先輩に関しては、ノーコメントっす」
「おや?厳しいな」
苦笑を浮かべると、ラルフ君はにやーっと笑った。
「じゃ~ヒントだけ。オレ、先輩と対峙すると、ライオンとか猛獣に睨まれてるようなプレッシャー受けるんですよね」
「抽象的すぎて、余計に難しいな」
ラルフ君は屈託なく笑う。
ジャン君がライアンさんに心酔しているのと同様、ラルフ君はレン君を慕っているんだろう。
だから喧嘩になるわけか。
引き続き眺めていると、体が温まってきたのか、ジャン君は制服の上着を脱ぎ捨てた。
上着を着ている時も、しっかり鍛えられているのは分かったが、ランニングシャツ姿の彼の上半身は、筋繊維が太くくっきり見えて、綺麗すぎるほど整っている。
「ジャンは……あ、あいつジャンカルロって言うんですけど、一応オレ同期で。偉そうでヤな奴だし、どんだけ強いんだか知らないけど……鍛錬も全然出てこないし……」
酷い言われようだが、ラルフ君から伺える感情は、侮蔑ではなく危惧?
「聖騎士は安全とか言われてますけど、レン先輩に同行して王都外に出るたびに、決して安全なんかじゃ無いって思い知らされるんですよ。アイツ貴族出身ですし、聖女様付きになれば王都外に出ることも増えますから、もっとしっかり鍛錬しないとヤバいんじゃないかなって」
「心配しているわけだ」
「まぁ。同期二人だけなんで。だから今回、オレガノ様に鼻っ柱をぽっきり折って貰えば良いなぁと思ってるんですけど」
「君は良い子だなぁ」
思わず口をついて出た言葉に、ラルフ君は照れたように笑った。
「そうだなぁ。期待に応えられるよう頑張ってみるよ」
「宜しくお願いします」
食べきれないと思っていたランチは、すっかり二人の腹におさまり、王子殿下がやってくるまでのしばらくの間は、聖騎士の剣を見せてもらったり、簡単に剣を合わせて体を温めた。
ラルフ君は、流石に体格が良いだけあって、多少強めにあたって剣で競り合っても、吹き飛ばされるようなこともなく、練習相手として申し分無かった。
王子殿下の馬車が到着したという報告が来るころ、体の動きも丁度良い感じになったので、ラルフ君には礼を言って別れ、神官に案内されるまま、王族専用室に向かった。
いよいよ、模擬戦が始まる。
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何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
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