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第四章
模擬戦前日(2)
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突然のジェフ様登場に、聖堂のロータリーはちょっとした騒ぎになった。
もちろん、聖堂の職員の多くは、彼がジェフ様とは知らない。
学校から直接こちらに見えたのか、服装は専門学校の制服に灰色のローブ姿。
それでもはっきりと、『この人は高貴な人だ!!』と周囲の人が理解してしまうオーラを、彼は持っている。
周辺にいた女の子たちはキャーキャー騒いでいるし、庭木を整えていた男性の使用人さんたちは慌てて脚立から降り、芝刈り中の男性神官たちも、一度作業を中断して様子を見守っている。
それにしても、昨日に引き続き今日もみえられた、という事は、やっぱり魔導披露の打ち合わせ的な事なのかしら。
多分そうよね?
六人いる聖騎士の中央で出迎えているのが、レンさんである事を考えても、今日、ジェフ様の訪問を受けたのは、レンさんなのだろう。
或いは、昨日もそうだったのかもしれない。
この二人で打ち合わせをする、という事は?
…………もしかして、一緒に魔導披露するのかしら?
なにそれ!
凄く、わくわくする!!
興味深々で、言葉をかわす二人を見守る。
前回同様、社交辞令的に挨拶をしているようにも見えるけれど……。
なんというか、二人を取り巻く空気感が、前回とは違って見える。
なんだか……少し親し気な感じになってない?
前回は、どことなくピリピリしていたような気がしたけれど?
男同士って、やっぱり良くわからないわ。
そういうのが少し羨ましくもあるけれど。
挨拶が済んだのか、いよいよ一行は中に入ってくるみたい。
周囲にいた人たちが頭を下げようとすると、ジェフ様がそれを制した。
「お忙しいでしょうから、礼は不要です。どうぞ、作業を続けてください。会場の整備、ご苦労様です」
ジェフ様は、良く通る少しハスキーな声で、ロータリー全体を見渡しながら言った。
美少年の気遣い溢れる美声に、門の周辺で草取りをしていた神官見習の子たちが、悲鳴を上げるやら、失神しかけるやら。
ジェフ様の後方から、前回聖堂訪問の際にいらっしゃっていた、屈強な護衛の方々が、重そうな箱を持って門を潜る。
箱には侯爵家の紋章入り。
ハヤブサに交差した剣の紋章を見れば、知らない人でも彼が王家に連なる血筋であることが分かる。
王家の紋章は、王冠の上に鷹が鎮座していて、その血筋にあたる公爵家、侯爵家は全て猛禽類を紋章に使用しているから。
彼らは、その箱をロータリーの中央にある芝生まで持って来ておろした。
そして、周辺にいた男性神官に何やら告げて、ジェフ様の元へ戻っていく。
護衛が戻ると、一行は鍛錬場へ移動するみたい。
女の子たちは、相変わらずキャーキャー言っていて、ジェフ様がそちらに向かっていつも通りの何処かチャラい笑顔で手を振ると、両手を振り返している。
本当におモテになる。
思わず苦笑を浮かべていると、海の色に輝く瞳が不意にこちらを向いた。
目があった。
そう理解したのと、ジェフ様の顔が笑み崩れたのは、ほぼ同じタイミングで……。
「やぁ、ローズちゃん!」
「っは!はい!ご機嫌ようっ!」
頭が真っ白になってしまったので、よくわからない返答をしてしまった。
だって、他の人にはしない笑顔で、それも名指しで声をかけてくださるとか!!
そういうところ、本当にっっ!!!
あぁ、心臓がうるさい。
今絶対、顔真っ赤だわ。
レンさんがこちらを示しながら、ジェフ様に小声で話しかけた。
それに対して、ジェフ様は口の前に右手をかざす。
彼が、何かを考えているときのポーズだ。
でも、それは数秒ほど。
ジェフ様は首を横に振り、レンさんに小声で返しながら鍛錬場を指さす。
レンさんは頷くと、こちらに目礼して歩き始めた。
ジェフ様も、こちらに笑顔で手を振りながら、レンさんに続く。
レンさんはジェフ様に、わたしと話して行くかを、確認してくれたのかな?
いつもながら、レンさんの気遣いは細やかだけど、この状況を何となく後ろめたく感じているわたしにとって、二人がこちらに来なかったのは正直助かった。
一行が鍛錬場へと向かう途中で、子どもたちを連れた他の聖女候補たちとすれ違う。
その時プリシラさんが前に進み出て、ジェフ様の前で淑女の礼をした。
ジェフ様は、その場で立ち止まると、いつも通り笑って紳士らしく礼を返す。
「お久しぶりです。ジェファーソン様」
「これはこれは、オルセー伯御令嬢のプリシラ様ではありませんか。こちらでお会いできるとは思いませんでした。神官服姿も、お美しいですね?」
茶目っ気たっぷりにウインクしながら、口から賛辞が零れ落ちる。
何処か芝居がかったおしゃれな挨拶。
普段のジェフ様はこういう人だ。
彼は、プリシラ様と一緒に孤児院へ向かっていた、マデリーン様や女性神官たちにも、にこやかに挨拶して、手を振りながら鍛錬場に入って行く。
手を振られた側は当然のことながら、目をハートにして黄色い悲鳴をあげている。
流石、社交会の華の一角。
一瞬で女性の心を掴んでいく。
子どもたちは呆然としていたけど。
軽く息をついて、苦笑い気味になっていた顔の筋肉を、両手を使ってほぐす。
何をするのかも気になるけれど、とりあえずわたしは草を取らなければ。
割り当てられた範囲を見れば、多分一時間もかからないよね?
これが終われば、今日の仕事はお終い。
今日の午後は、鍛錬場を使えないことが既に日程で取り決められていたので、お昼寝の前に子どもたちをこちらで遊ばせたのだ。
もしかして、午後鍛錬場が使えないのは、ジェフ様がみえるからだったのかしら?
てっきり、明日の会場を壊さないためかと思っていたのだけど。
「ねぇ。やっぱり特別扱いじゃない?」
不意に、後ろから笑い含みに声をかけられ、汗が頬をつたう。
「そうかしら?」
「やだ~。まさかそれ、本気で言ってないよね?」
意味ありげな顔で、にやにやするリリアさん。
分かってる。
いくらにぶいとはいえ、さすがに分かっているけれど、それ以上は黙っておいて?
他の女の子たちの視線が怖いから。
「私だって、ここにいたのに、一人だけ名指し……」
「あ~~~っ!!暑いし、早く草とり終わらせましょ?」
なお、言い募ろうとしているリリアさんの話を途中で遮る。
う~~。
あまり揶揄わないでほしい。
ようやく頬の熱さが落ち着いたんだから。
そんなわたしを見て、リリアさんはいよいよ笑みを深めた。
「まぁ、いいけど?……魔導披露の打ち合わせかなぁ?」
「レンさんも一緒にいたから、多分ね」
「え?」
「え?レンさん。黒髪の。魔導使える……」
「いた?」
「隣にいたわよっ?!」
「気づかなかった。彼、目立たないね?」
「そう?」
十分目立つと思うんだけど。
リリアさん、聖騎士さんには本当に興味ないのね。
「皆さん!!差し入れを頂きました!」
ロータリー中央、先ほど置かれた箱の横で、男性の神官さんが大声をあげたので、わたし達は会話をやめた。
周辺で作業していた人たちから、孤児院に帰る途中だった子ども達まで、箱の周りに集められる。
箱の中は一杯に氷が入れられ、数個のガラスのボトルに、たっぷりの果物ジュースが入っていた。
皆が歓声を上げる中、事務局から沢山のグラスを持った使用人さんが出てくる。
さすがはジェフ様!
粋な計らいだわ!
皆でわいわい集まって、キンキンに冷えたジュースを美味しく頂いた。
あっという間に終わってしまったけれど、皆大満足の笑みを浮かべている。
いつの間にか神官長も出てきていて、ちゃっかり自分の分をキープしているのを見た時には、流石に呆れてしまったけれど。
◆
英気を養ったわたしたちは、それぞれ持ち場に戻って作業を始めた。
石畳って、結構草生えるよね?
雑草の生命力ってすさまじい。
そんなことを考えながら、無心かつ無言でひたすら草を抜いていたら、タチアナさんに声をかけられた。
「あの……ローズマリーさん。その……今、少しいい?」
いつも何処かオドオドと、挙動不審なタチアナさん。
最近になって、わたしには少しずつだけど、お話しをしてくれるようになった。
「はい!何ですか?」
笑顔で答えると、彼女は安心したように、わたしの横に腰を下ろした。
そして、一緒に草を抜きながら笑みを浮かべる。
ええと。
そこ、わたしの割り当てなんですが……。
「あ、そのっ。……あたしのところは、もう済んだから気にしないで?」
「そうなんですか?!タチアナさん、すごく手際良いんですね!手伝って頂いて、すみません」
「いいえ。家でよくやっていたから……あの……あのね?実は、お願いがあって……」
「?」
「ずぅずぅしぃお願いなのは分かっているんだけど、他に相談できる人がいなくて。あの……明日の服装のことなんだけど……」
タチアナさんは、しゅんとした顔で困ったように眉を下げた。
何この可愛い生き物!!
「どうしました?」
「えっとね。色々考えて、少しは準備したんだけどね……ほら、あたし庶民出身だし、家はお金もあまり無いし。あ!その!!目立ちたいとか、ましてや高貴な方とお近づきになりたいとかじゃ無くってね?!……皆さん素敵だろうから、せめて芋くさいとか言われないようにしたくて……」
何この可愛い生き物ーーー!!!(絶叫)
「わたしでよければ、相談に乗りますよ?と、言っても、わたし自身も流行には疎いですけど。あ!流行取り入れるならリリアさんに相談するのも良いですね」
「直前にごめんなさいね?」
「良いんですよ。ちょっとリリアさんにも声をかけてみましょ?」
「ありがとう。それじゃ、草取りが終わったら一緒に部屋に来てくれる?」
「ええ」
「相談して良かった」
タチアナさんは、えへへ~と笑って眉を下げた。
なんて可愛い人なのかしら。
タチアナさんの生家は、王都に住む大工さんだそうで、兼ねてから出自を引け目に感じていたみたい。
確かに、今の聖女候補は貴族の娘と豪商の娘で構成されていて、完全な庶民出身者はタチアナさんだけ。
きっと、肩身の狭い思いをされているんだろうな。
我が家も俄か男爵家だから、なんとなく気持ちが分かるわ。
タチアナさんが手伝ってくれたので、想像以上に早く草を取り終わり、そのまま二人でリリアさんの担当エリアに移動。
草取りを手伝いながら協力を依頼したところ、すんなりオーケーを貰えた。
そんなわけで、ただ今、タチアナさんの部屋で、タチアナさん本人をモデルに、リリアさんと二人で着せ替えごっこ状態。
こういうの楽しい!
女の子ならではよね。
タチアナさんが用意していた、淡い色合いのピンクベージュのワンピースは、清楚でとても大人っぽいデザインだったので、それに合わせる小物を二人で色々考えた。
タチアナさんの手持ち小物は、比較的シンプルで小ぶりな物が多かったので、彼女の髪色に合わせて、わたしの手持ちの大振りな茶色の花のコサージュを持ってきて付けてみると、インパクトが出て良い感じに収まった。
『それじゃ、わたしも』と、リリアさんが持ってきたピンクベージュの大ぶりな髪飾りも、ドレスの色とぴったりで、タチアナさんは、想像以上の仕上がりに感極まって、瞳をうるうるさせて喜んでくれた。
結局、そんなことをしているうちに、時刻は夕刻。
夕ご飯を食べに三人で食堂に下りると、食堂の中は、ジェフ様たちの魔導の練習の話で持ちきりになっていた。
しまった。
コーディネートに夢中ですっかり失念していたわ。
みんな、それぞれ仕事があったので、見ていたのは、一部の鍛錬場周辺で作業を行なっていた、神官見習いの子たちだけだったようだけど、どうやら色々と麗しかったそうだ。
なんでも、魔導訓練が始まる前、鍛錬場から人が撤収するまでの間、鍛錬場の隅の方で、二人で虚空に向かって、何回も指で何かを描いていたらしい。
で、描き終わる度、レンさんが自分の手帳を開き、ジェフ様が顔を寄せてそれを覗き込んでいたらしく、その様が何とも尊かったと、彼女達は頬を染めながら、拳を握りしめて力説する。
で、その後に今度はジェフ様が、自身の教科書らしき書籍を開くと、今度はレンさんがそれを真剣に覗き込んでいて、二人で頭を付き合わせて、何やら話しこんでいたそうだ。
ナニソレ。
絵面を想像しただけで尊い。
恐らく、当人たちは、純粋に魔導披露について考え、話し合っていたに違いないのだけど。
あの二人に共通しているのは、するべきことに対する使命感が強い点と、達成するための努力を惜しまない点だ。
レンさんは、日頃の鍛錬や勤務態度を見れば言わずもがなだけど、もうひたすらに真面目。
ジェフ様は、一見チャラいけど、『何でも出来る』と噂され、実際何でも出来るあたり、余程の天才か、そうでなければ隠れて努力をする人だ。
何だかんだで、学校の授業にはしっかり出ていらっしゃるし、お話しすれば魔導の知識は相当に深い。
元々賢くて、優先順位の付け方が上手く、何でも先回りしてしまう人なのは、今日の差し入れや普段の行動を見れば分かる。
結果、するべきことが人より早く分かるので、予習に余念がない。
多分努力型ではないかと、最近思うのよね。
二人は、いたって真剣に明日の打ち合わせをしていたんだろうなぁ。
でも、タイプが真逆とは言え、あの綺麗なお顔が二つ並んで同じ冊子を見ているとか、眺めていた人たち眼福ものだっただろう。
わたしも是非拝見したかったわ。
魔導の練習の時は、『危ないから』と鍛錬場から出されてしまったそうで、何をしていたかは、担当していた聖騎士さんたちしか知らないみたい。
まぁ、明日のお楽しみね。
いよいよ明日が本番。
お兄様は大丈夫かしら?
ガチガチに緊張していそうな気がする。
ちゃんと眠れると良いけど。
って、立派な王国騎士なんだから、わたしに心配されるまでも無いか。
王子殿下の剣術披露も楽しみだな。
チャンバラのように剣を振る、やんちゃな金髪の少年を思い浮かべると、なんだか微笑ましくて頬が緩んだ。
全ての準備が終わったし、今日は体もたくさん動かしたので、お風呂から出ると一気に眠気がきた。
明日は早く起きたいから、もう寝てしまおう。
いい加減、これも返さなければいけないし。
彼のことだから、きっと明日は、早朝からウォーミングアップしているだろう。
結局ここのところ、お話する余裕もなかったから。
机の上に、シンプルな水色の紙袋を置く。
寄付のお礼も言わないと。
今日のことで、ジェフ様にブレスレットが渡った道筋も見えた。
何で金額が跳ね上がったのかは、分からないけど。
ベッドに入って、その後も色々明日の事を考えていたら、いつのまにか眠りに落ちていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
金貨一枚=銀貨十枚 の価値設定です。
次回から、一話の中で一人称の切り替えがあります。
読みにくい点があるかと思いますが、どうぞご容赦ください。
『この辺分かりにくい!』など、厳しめなご意見なんかも、頂けると喜びます^ ^♪
もちろん、聖堂の職員の多くは、彼がジェフ様とは知らない。
学校から直接こちらに見えたのか、服装は専門学校の制服に灰色のローブ姿。
それでもはっきりと、『この人は高貴な人だ!!』と周囲の人が理解してしまうオーラを、彼は持っている。
周辺にいた女の子たちはキャーキャー騒いでいるし、庭木を整えていた男性の使用人さんたちは慌てて脚立から降り、芝刈り中の男性神官たちも、一度作業を中断して様子を見守っている。
それにしても、昨日に引き続き今日もみえられた、という事は、やっぱり魔導披露の打ち合わせ的な事なのかしら。
多分そうよね?
六人いる聖騎士の中央で出迎えているのが、レンさんである事を考えても、今日、ジェフ様の訪問を受けたのは、レンさんなのだろう。
或いは、昨日もそうだったのかもしれない。
この二人で打ち合わせをする、という事は?
…………もしかして、一緒に魔導披露するのかしら?
なにそれ!
凄く、わくわくする!!
興味深々で、言葉をかわす二人を見守る。
前回同様、社交辞令的に挨拶をしているようにも見えるけれど……。
なんというか、二人を取り巻く空気感が、前回とは違って見える。
なんだか……少し親し気な感じになってない?
前回は、どことなくピリピリしていたような気がしたけれど?
男同士って、やっぱり良くわからないわ。
そういうのが少し羨ましくもあるけれど。
挨拶が済んだのか、いよいよ一行は中に入ってくるみたい。
周囲にいた人たちが頭を下げようとすると、ジェフ様がそれを制した。
「お忙しいでしょうから、礼は不要です。どうぞ、作業を続けてください。会場の整備、ご苦労様です」
ジェフ様は、良く通る少しハスキーな声で、ロータリー全体を見渡しながら言った。
美少年の気遣い溢れる美声に、門の周辺で草取りをしていた神官見習の子たちが、悲鳴を上げるやら、失神しかけるやら。
ジェフ様の後方から、前回聖堂訪問の際にいらっしゃっていた、屈強な護衛の方々が、重そうな箱を持って門を潜る。
箱には侯爵家の紋章入り。
ハヤブサに交差した剣の紋章を見れば、知らない人でも彼が王家に連なる血筋であることが分かる。
王家の紋章は、王冠の上に鷹が鎮座していて、その血筋にあたる公爵家、侯爵家は全て猛禽類を紋章に使用しているから。
彼らは、その箱をロータリーの中央にある芝生まで持って来ておろした。
そして、周辺にいた男性神官に何やら告げて、ジェフ様の元へ戻っていく。
護衛が戻ると、一行は鍛錬場へ移動するみたい。
女の子たちは、相変わらずキャーキャー言っていて、ジェフ様がそちらに向かっていつも通りの何処かチャラい笑顔で手を振ると、両手を振り返している。
本当におモテになる。
思わず苦笑を浮かべていると、海の色に輝く瞳が不意にこちらを向いた。
目があった。
そう理解したのと、ジェフ様の顔が笑み崩れたのは、ほぼ同じタイミングで……。
「やぁ、ローズちゃん!」
「っは!はい!ご機嫌ようっ!」
頭が真っ白になってしまったので、よくわからない返答をしてしまった。
だって、他の人にはしない笑顔で、それも名指しで声をかけてくださるとか!!
そういうところ、本当にっっ!!!
あぁ、心臓がうるさい。
今絶対、顔真っ赤だわ。
レンさんがこちらを示しながら、ジェフ様に小声で話しかけた。
それに対して、ジェフ様は口の前に右手をかざす。
彼が、何かを考えているときのポーズだ。
でも、それは数秒ほど。
ジェフ様は首を横に振り、レンさんに小声で返しながら鍛錬場を指さす。
レンさんは頷くと、こちらに目礼して歩き始めた。
ジェフ様も、こちらに笑顔で手を振りながら、レンさんに続く。
レンさんはジェフ様に、わたしと話して行くかを、確認してくれたのかな?
いつもながら、レンさんの気遣いは細やかだけど、この状況を何となく後ろめたく感じているわたしにとって、二人がこちらに来なかったのは正直助かった。
一行が鍛錬場へと向かう途中で、子どもたちを連れた他の聖女候補たちとすれ違う。
その時プリシラさんが前に進み出て、ジェフ様の前で淑女の礼をした。
ジェフ様は、その場で立ち止まると、いつも通り笑って紳士らしく礼を返す。
「お久しぶりです。ジェファーソン様」
「これはこれは、オルセー伯御令嬢のプリシラ様ではありませんか。こちらでお会いできるとは思いませんでした。神官服姿も、お美しいですね?」
茶目っ気たっぷりにウインクしながら、口から賛辞が零れ落ちる。
何処か芝居がかったおしゃれな挨拶。
普段のジェフ様はこういう人だ。
彼は、プリシラ様と一緒に孤児院へ向かっていた、マデリーン様や女性神官たちにも、にこやかに挨拶して、手を振りながら鍛錬場に入って行く。
手を振られた側は当然のことながら、目をハートにして黄色い悲鳴をあげている。
流石、社交会の華の一角。
一瞬で女性の心を掴んでいく。
子どもたちは呆然としていたけど。
軽く息をついて、苦笑い気味になっていた顔の筋肉を、両手を使ってほぐす。
何をするのかも気になるけれど、とりあえずわたしは草を取らなければ。
割り当てられた範囲を見れば、多分一時間もかからないよね?
これが終われば、今日の仕事はお終い。
今日の午後は、鍛錬場を使えないことが既に日程で取り決められていたので、お昼寝の前に子どもたちをこちらで遊ばせたのだ。
もしかして、午後鍛錬場が使えないのは、ジェフ様がみえるからだったのかしら?
てっきり、明日の会場を壊さないためかと思っていたのだけど。
「ねぇ。やっぱり特別扱いじゃない?」
不意に、後ろから笑い含みに声をかけられ、汗が頬をつたう。
「そうかしら?」
「やだ~。まさかそれ、本気で言ってないよね?」
意味ありげな顔で、にやにやするリリアさん。
分かってる。
いくらにぶいとはいえ、さすがに分かっているけれど、それ以上は黙っておいて?
他の女の子たちの視線が怖いから。
「私だって、ここにいたのに、一人だけ名指し……」
「あ~~~っ!!暑いし、早く草とり終わらせましょ?」
なお、言い募ろうとしているリリアさんの話を途中で遮る。
う~~。
あまり揶揄わないでほしい。
ようやく頬の熱さが落ち着いたんだから。
そんなわたしを見て、リリアさんはいよいよ笑みを深めた。
「まぁ、いいけど?……魔導披露の打ち合わせかなぁ?」
「レンさんも一緒にいたから、多分ね」
「え?」
「え?レンさん。黒髪の。魔導使える……」
「いた?」
「隣にいたわよっ?!」
「気づかなかった。彼、目立たないね?」
「そう?」
十分目立つと思うんだけど。
リリアさん、聖騎士さんには本当に興味ないのね。
「皆さん!!差し入れを頂きました!」
ロータリー中央、先ほど置かれた箱の横で、男性の神官さんが大声をあげたので、わたし達は会話をやめた。
周辺で作業していた人たちから、孤児院に帰る途中だった子ども達まで、箱の周りに集められる。
箱の中は一杯に氷が入れられ、数個のガラスのボトルに、たっぷりの果物ジュースが入っていた。
皆が歓声を上げる中、事務局から沢山のグラスを持った使用人さんが出てくる。
さすがはジェフ様!
粋な計らいだわ!
皆でわいわい集まって、キンキンに冷えたジュースを美味しく頂いた。
あっという間に終わってしまったけれど、皆大満足の笑みを浮かべている。
いつの間にか神官長も出てきていて、ちゃっかり自分の分をキープしているのを見た時には、流石に呆れてしまったけれど。
◆
英気を養ったわたしたちは、それぞれ持ち場に戻って作業を始めた。
石畳って、結構草生えるよね?
雑草の生命力ってすさまじい。
そんなことを考えながら、無心かつ無言でひたすら草を抜いていたら、タチアナさんに声をかけられた。
「あの……ローズマリーさん。その……今、少しいい?」
いつも何処かオドオドと、挙動不審なタチアナさん。
最近になって、わたしには少しずつだけど、お話しをしてくれるようになった。
「はい!何ですか?」
笑顔で答えると、彼女は安心したように、わたしの横に腰を下ろした。
そして、一緒に草を抜きながら笑みを浮かべる。
ええと。
そこ、わたしの割り当てなんですが……。
「あ、そのっ。……あたしのところは、もう済んだから気にしないで?」
「そうなんですか?!タチアナさん、すごく手際良いんですね!手伝って頂いて、すみません」
「いいえ。家でよくやっていたから……あの……あのね?実は、お願いがあって……」
「?」
「ずぅずぅしぃお願いなのは分かっているんだけど、他に相談できる人がいなくて。あの……明日の服装のことなんだけど……」
タチアナさんは、しゅんとした顔で困ったように眉を下げた。
何この可愛い生き物!!
「どうしました?」
「えっとね。色々考えて、少しは準備したんだけどね……ほら、あたし庶民出身だし、家はお金もあまり無いし。あ!その!!目立ちたいとか、ましてや高貴な方とお近づきになりたいとかじゃ無くってね?!……皆さん素敵だろうから、せめて芋くさいとか言われないようにしたくて……」
何この可愛い生き物ーーー!!!(絶叫)
「わたしでよければ、相談に乗りますよ?と、言っても、わたし自身も流行には疎いですけど。あ!流行取り入れるならリリアさんに相談するのも良いですね」
「直前にごめんなさいね?」
「良いんですよ。ちょっとリリアさんにも声をかけてみましょ?」
「ありがとう。それじゃ、草取りが終わったら一緒に部屋に来てくれる?」
「ええ」
「相談して良かった」
タチアナさんは、えへへ~と笑って眉を下げた。
なんて可愛い人なのかしら。
タチアナさんの生家は、王都に住む大工さんだそうで、兼ねてから出自を引け目に感じていたみたい。
確かに、今の聖女候補は貴族の娘と豪商の娘で構成されていて、完全な庶民出身者はタチアナさんだけ。
きっと、肩身の狭い思いをされているんだろうな。
我が家も俄か男爵家だから、なんとなく気持ちが分かるわ。
タチアナさんが手伝ってくれたので、想像以上に早く草を取り終わり、そのまま二人でリリアさんの担当エリアに移動。
草取りを手伝いながら協力を依頼したところ、すんなりオーケーを貰えた。
そんなわけで、ただ今、タチアナさんの部屋で、タチアナさん本人をモデルに、リリアさんと二人で着せ替えごっこ状態。
こういうの楽しい!
女の子ならではよね。
タチアナさんが用意していた、淡い色合いのピンクベージュのワンピースは、清楚でとても大人っぽいデザインだったので、それに合わせる小物を二人で色々考えた。
タチアナさんの手持ち小物は、比較的シンプルで小ぶりな物が多かったので、彼女の髪色に合わせて、わたしの手持ちの大振りな茶色の花のコサージュを持ってきて付けてみると、インパクトが出て良い感じに収まった。
『それじゃ、わたしも』と、リリアさんが持ってきたピンクベージュの大ぶりな髪飾りも、ドレスの色とぴったりで、タチアナさんは、想像以上の仕上がりに感極まって、瞳をうるうるさせて喜んでくれた。
結局、そんなことをしているうちに、時刻は夕刻。
夕ご飯を食べに三人で食堂に下りると、食堂の中は、ジェフ様たちの魔導の練習の話で持ちきりになっていた。
しまった。
コーディネートに夢中ですっかり失念していたわ。
みんな、それぞれ仕事があったので、見ていたのは、一部の鍛錬場周辺で作業を行なっていた、神官見習いの子たちだけだったようだけど、どうやら色々と麗しかったそうだ。
なんでも、魔導訓練が始まる前、鍛錬場から人が撤収するまでの間、鍛錬場の隅の方で、二人で虚空に向かって、何回も指で何かを描いていたらしい。
で、描き終わる度、レンさんが自分の手帳を開き、ジェフ様が顔を寄せてそれを覗き込んでいたらしく、その様が何とも尊かったと、彼女達は頬を染めながら、拳を握りしめて力説する。
で、その後に今度はジェフ様が、自身の教科書らしき書籍を開くと、今度はレンさんがそれを真剣に覗き込んでいて、二人で頭を付き合わせて、何やら話しこんでいたそうだ。
ナニソレ。
絵面を想像しただけで尊い。
恐らく、当人たちは、純粋に魔導披露について考え、話し合っていたに違いないのだけど。
あの二人に共通しているのは、するべきことに対する使命感が強い点と、達成するための努力を惜しまない点だ。
レンさんは、日頃の鍛錬や勤務態度を見れば言わずもがなだけど、もうひたすらに真面目。
ジェフ様は、一見チャラいけど、『何でも出来る』と噂され、実際何でも出来るあたり、余程の天才か、そうでなければ隠れて努力をする人だ。
何だかんだで、学校の授業にはしっかり出ていらっしゃるし、お話しすれば魔導の知識は相当に深い。
元々賢くて、優先順位の付け方が上手く、何でも先回りしてしまう人なのは、今日の差し入れや普段の行動を見れば分かる。
結果、するべきことが人より早く分かるので、予習に余念がない。
多分努力型ではないかと、最近思うのよね。
二人は、いたって真剣に明日の打ち合わせをしていたんだろうなぁ。
でも、タイプが真逆とは言え、あの綺麗なお顔が二つ並んで同じ冊子を見ているとか、眺めていた人たち眼福ものだっただろう。
わたしも是非拝見したかったわ。
魔導の練習の時は、『危ないから』と鍛錬場から出されてしまったそうで、何をしていたかは、担当していた聖騎士さんたちしか知らないみたい。
まぁ、明日のお楽しみね。
いよいよ明日が本番。
お兄様は大丈夫かしら?
ガチガチに緊張していそうな気がする。
ちゃんと眠れると良いけど。
って、立派な王国騎士なんだから、わたしに心配されるまでも無いか。
王子殿下の剣術披露も楽しみだな。
チャンバラのように剣を振る、やんちゃな金髪の少年を思い浮かべると、なんだか微笑ましくて頬が緩んだ。
全ての準備が終わったし、今日は体もたくさん動かしたので、お風呂から出ると一気に眠気がきた。
明日は早く起きたいから、もう寝てしまおう。
いい加減、これも返さなければいけないし。
彼のことだから、きっと明日は、早朝からウォーミングアップしているだろう。
結局ここのところ、お話する余裕もなかったから。
机の上に、シンプルな水色の紙袋を置く。
寄付のお礼も言わないと。
今日のことで、ジェフ様にブレスレットが渡った道筋も見えた。
何で金額が跳ね上がったのかは、分からないけど。
ベッドに入って、その後も色々明日の事を考えていたら、いつのまにか眠りに落ちていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
金貨一枚=銀貨十枚 の価値設定です。
次回から、一話の中で一人称の切り替えがあります。
読みにくい点があるかと思いますが、どうぞご容赦ください。
『この辺分かりにくい!』など、厳しめなご意見なんかも、頂けると喜びます^ ^♪
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※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
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