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第四章
模擬戦前日(1)
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模擬戦を翌日に控え、聖堂は事前準備で彼方此方でバタバタと人が動き回っている。
簡易的に作られたステージの上では、神官長がノリノリで、指揮棒を振りながら大声で指示を出している。
その大半は意味不明な事柄で、周囲で作業を行なっている神官や神官見習いは、一様にげんなりとした顔を隠せない状態だ。
それでも作業は進めなければならず、神官長が度々挟む休憩の間に、ミゲルさんの周りに集合して指示を仰ぐ始末。
いるだけ邪魔っていうのは、いかがなものかしら。
鍛錬場は綺麗に芝が刈られ、試合を行う場所は真四角に整地。
流石に競技場のような石版を入れる時間は無かったのか、土を盛って出張してくれた王宮魔導士さんに固めて貰い、その上に砂が撒かれた。
当日聖堂は通常通り開かれているので、観客は裏門側から入場する事になっている。
蓋を開けてみると外部からの観客で一番多いのは、王国騎士ということで、馬を置く場所の問題から、第三の城壁北門の厩舎と聖騎士の厩舎が解放される事に決まった。
王子殿下主催のイベントで、更にジェフ様がいらっしゃるということから、年頃の御令嬢を持つ貴族たちが、実はかなりざわついたらしい。
でも、そこはあくまで『模擬戦』という事で、一部を除いて観覧は許されなかったそうだ。
逆に色めき立ったのは聖女候補や女性神官の皆様。
特に、お二人と出来ればお近づきになりたい聖女候補たちは、こぞって簡易的なドレスワンピやアクセサリーを準備する騒ぎとなった。
わたしは、まだ袖を通していないワンピースがあったので、手持ちのもので済ませる事にしてしまったけど。
裏門には、ゲートが五箇所設営され、当日集合スペースとして開放されるロータリーには、大きな看板が立てられた。
そこには、模擬戦を謳った大判のポスターが、横並びで数枚張り出されている。
模擬戦で戦う、二人の絵姿入りのそのポスター。
あの……。
知らないうちに、お兄様とジャンカルロさんがメインキャストになっているのは、何故なのかしら?
絵姿が描かれているのはその二人だけで、小さく「二名勝ち抜き戦」と付け足されている。
前回会った後、結局お兄様とは連絡を取らなかったので、昨日張り出されたポスターを見て、わたしは驚いてしまった。
聞いた話によると、一回戦の対戦カードの二人を全面に押し出しているそうなので、聖堂側の二人目がレンさんって事なんだと思うけど、扱いに違和感を感じているのは、わたしだけ?
まぁ確かに?
ジャンカルロさんは、聖堂で働く女性や、聖堂周辺に住む女性たちの間で、とても人気があるらしい。
その人気ぶりは、正門勤務の時に、ファンが差し入れにやって来るほど。
子爵家出身で、仕草は気品に満ち溢れている。
癖のある艶やかな金髪に、濃い青の瞳をもつ、何処か中性的な顔立ちの美丈夫だ。
以前、神官見習いの女の子たちが噂しているのを聞いたところによると、顔は美しいのに、体はしっかりと鍛えられていて、そのアンバランスさが堪らないらしい。
制服越しに見ても、胸筋や首の筋肉が迫り出していて、肩から腰にむかってブイの字になっている。
わたしの感想をあえて言わせて頂くならば、ボディービルダーのような体型。
同じムキムキでも、細い部分は細いので、セクシーなのだそうだ。
昨日ポスターが貼り出されたあと、それを見た女性の聖堂関係者たちが、騒然となった。
模擬戦に関心の無い女子たちも、『彼が出るなら見に行こう』と、なったらしい。
人気の有る聖騎士さんをメインに持ってくれば、観客が増えて、模擬戦も盛り上がるという趣旨なのかしら。
それとも実は滅茶苦茶強いのかな?
朝鍛錬でお見かけしないから、正確なところは分からないのだけど。
女の子たちが騒いでいる、といえば、今日は朝から、『昨日の夕方、ジェフ様が聖堂に来ていた』という話題で持ちきりになっていた。
昨夕、裏門側につけられた、馬車から降りて、周囲を聖騎士と護衛に守られながら鍛錬場へと向かうところを、プリシラさんが目撃したらしい。
魔導披露のことで、打ち合わせだったのかな?
会場の広さとかで、出来る魔導にも制限があるだろうから、そう言ったことの確認だったのかもしれない。
ということは、『魔導披露』。
あるってことで良いのかしら?
実技の練習が始まってから、まだ一月もたっていないというのに、もう披露出来る域に達しているなんて、流石は天才魔導士になる方は違うなぁ、と驚くばかりだ。
最近は、ダミアン様がジェフ様の周辺にべったり張り付いていたので、あまりお話もさせて頂けずにいる。
ダミアン様、ジェフ様のこと好きすぎじゃないかな?
もはや、ストーカーの域だよね?
昼食をご一緒出来ないのは少し残念だけど、ジェフ様がこちらを守って下さっている気配はしっかり感じられるので、今は有り難くその状況に甘んじている。
今朝、朝食の席で、プリシラさんに『ただの取り巻きって本当でしたのね。昨日いらっしゃることを、知らされていませんでしたの?』と言われた。
笑みを浮かべつつ、出来るだけ平静を装って『そうですよ?』と答えたけれども、これってやっぱり嫌味よね?
素敵な男性が絡んでくると、途端にギクシャクする女の子の関係。
ヒロインが聖堂内でいじめにあうのは、たぶん男女間の問題が大きく関わっているんだろうな。
でも……うん。
分かるわ。
だって自分の興味のある男性の周辺を、知り合いの女の子がうろうろしていたら、気に触るよね。
そうじゃ無くてもジェフ様は有名人だから、距離が近付けば近づいた分だけ女性の敵は増える。
出来るだけ目立たずに、この模擬戦を立ち回りたい!とは思うものの、ジェフ様が下さるほんの少しの特別扱いに、優越を感じてしまう自分もいて、何だか落ち着かない心境だ。
だって、『昨日見えられる』という連絡は無かったけれど、昨夕はアメリさんが薔薇の花を生け直しに来ていたから。
初めてお花をいただいた日から、部屋の中はいつも薔薇の香りがしている。
薔薇の香りがすると、なんとなくジェフ様を思い出すという刷り込みがなされてしまっていて、しかも昨日はすごく近くにいたのだと思うと、胸がざわざわとして、なんとも落ち着かないのよね。
で、わたしたちが今、何をしているかというと、孤児院の子どもたちの応援席を整える為に、鍛錬場にやって来ていた。
いつもだったら、昼食を食べ終えて、孤児院で絵本を読んであげている時間。
今日、子どもたちは、お揃いの真新しい帽子をかぶって、見学にやって来ている。
明日も応援に参加するけど、ここのところ大分暑くなってきたので、熱中症なんかが心配だ。
イベントが、お昼過ぎに行われるから余計に。
この世界は、まだ熱中症なんて知識はないので、ただ置いとかれそうで。
子どもたちの応援参加が決まった時に、一応帽子だけでもと、聖堂関係者から寄付を募り、制作することにした。
寄付に関しては、実はいまいち集まりが悪くて、『足りない分は、わたしが出せば良いか!』とヤケになっていたところ、アメリさんが突然金貨一枚分を寄付して下さり、帽子だけでなく、簡易的な日除けの布テントまで用意することが出来た。
お礼を言うと、『自分からではない』と彼女は言う。
では、ジェフ様からなのだろうと思い、先日顔を合わせた時にお礼を言ったら、『あれはコレの代金だから、僕からって訳でも無いんだよ』と水晶の腕輪を見せてくれた。
見たことのある、その腕輪。
わたしが気になって、リリアさんがそれに決め、ラルフさんが購入し、行き着いた先はレンさんのはず。
でも、そこからジェフ様に渡った道筋が、全く見えてこない。
しかも金額が、軽く十数倍になっているっていうのは何事だろう。
それでは似ているだけの別物?
でも、レンさんの他に、売った物の金額丸ごとぽんっと孤児院に寄付しちゃうような、お金に執着の無い人間って、想像できないのもまた、事実なのよね。
タイミングが合ったら聞いてみようと思っていたのだけど、模擬戦準備に追われていたり、聖女様のご公務が立て込んでいたりで、ここ数週間は顔を合わせる機会が無かった。
彼はそうで無くても多忙なのに、ちゃんと休めているのかと、本気で心配になる。
レンさんは、今日は、久しぶりのお休みだったようで、早朝散歩に出た時、鍛練場にいた。
ニコさんを相手に、長時間剣術訓練をしていて、とても話しかけられる雰囲気では無かったけど。
散歩の後、少し見学させて頂いたんだけど、ニコさん、剣術凄かったのね!
特に、攻撃の時の一振り一振りが力強く重い。
あんなのをうっかり正面から受け止めたら、簡単に剣が折れてしまいそう、などとハラハラしながら眺めていた。
でも、剣先は不思議なくらいレンさんの体の横を通過していき、彼の体には一向に届かない。
防衛している最中、レンさんの剣先は前を向いたままで、足も殆ど同じ位置から動かないのに、いったい、どう言う原理になっているんだろう?
逆に、攻撃に転じた時のレンさんは、剣速が速すぎて、目で追うのもやっとだった。
いつもの朝鍛錬は、ウォーミングアップがメインだったんだなぁ、と思い知らされる。
あの重くてかさばる剣を使っているのに、振られた後の剣が、あの速度で構えの位置に戻ってくる。
凄まじいわ。
それを何とか受け止められる、ニコさんの技術も凄いけど。
ラルフさんも一緒に横で見ていたけど、口を半開きにして呆然と見入っていた。
『凄いですね?』と声をかけると、ラルフさんは、前方を指差しつつ、驚きと混乱をないまぜにした表情で、こちらを向き直った。
「見えてます?」
「剣の動きだけは辛うじて。でも横からなので、何でああいったことになるのか理解が追いついかないです」
「ローズさん凄いですね!オレたまに追いきれない時ありますよ。あれ、実際に対峙すると、体感速度全然違くて!気付いた時には剣が首元に当てられているんです。まじですげぇ」
興奮気味に拳を握りしめて、目を輝かせるラルフさん。
心酔しているのがよく分かる。
なんというか、子犬の耳と、ぶんぶんふられる尻尾の幻覚が見えるよね。
可愛すぎて、思わず頭を撫でたくなる。
年上の方なので自粛するけれど。
朝掃除や午前の仕事があったので、その後鍛錬場を立ち去ったのだけど、お昼過ぎ戻ってくると、ジャンカルロさんと彼の練習相手の数人の聖騎士さんに場所を譲っていた。
レンさん本人は鍛錬場にいて、時折視線をジャンカルロさんに向けながら、隅っこでストレッチをしている。
ラルフさんに背中を押してもらいながら、座って前屈していたようだけど、押してもらう必要あるのかな?
体柔らかすぎ。
全身のストレッチが終わると、二人は何かを話しながら聖騎士の寮へと戻っていった。
これからランチかもしれない。
一方、子どもたちは、初めてみるらしい聖騎士の剣の素振りに目を輝かせていて、先程からわいわいとジャンカルロさんを応援していた。
それに関しては、今日は応援練習も兼ねていたからちょうど良かった。
ジャンカルロさんたちは、とてもサービス精神旺盛らしく、最初は手を振ったりして応えていたけれど、近くで素振りの真似事を始めた子どもたちに、指導を始めてしまった。
明日の事で忙しいのに、すみません!
子どもをみるという名目で、聖女候補の先輩たちが、聖騎士さんたちに群がっているので、カタリナさんとわたしと、不満げな顔のリリアさんの三人で、テントの設営を済ませた。
先輩たち、とてもミーハーでいらっしゃる。
テントの設営が終わる頃には、鍛錬場の設営は殆ど済んだようだった。
働いていた人たちも、終わった順に草取りや設備の清掃に移っていく。
わたしたちは、この後二手に分かれてロータリー周辺の草取りと、子どもたちの寝かしつけ。
わたしは前者に割り振られているので、リリアさんと一緒に、未だに聖騎士さんの周りで楽しそうにしているタチアナさんに、声をかけに行った。
タチアナさんは、すごく残念そうな顔をしたけれど、しぶしぶ輪から抜けてこちらにやってくる。
聖騎士は、聖女候補の結婚相手候補に数えられるから、将来有望そうな聖騎士さんと話す機会が得られたなら、離れたくないのも理解できなくはないけれど、草取りも夕方までにやらねばならないことなので!
ごめんなさい!
丁度そんなとき、聖騎士の宿舎から、レンさん、ニコさん、ラルフさんの三人が制服に着替えて出てきた。
あれ?
午後からお仕事なのかな?
明日が通常勤務らしいから、今日は完全にお休みのはずだけど……。
三人は事務局から出てきた他の三人の聖騎士さんと合流した。
そして、六人は一塊になってロータリーへ。
誰かみえるのかしら?
わたしたちも、その後方を追うようにロータリーへ。
やっぱり、足が長いと移動速度が違うよね。
わたしたちがロータリーに着くころには、六人は既に裏門に着いていた。
わたしたちは、草取りに出てきていた神官見習の女の子たちと合流した。
ヨハンナがこちらにパタパタと駆け寄ってきたので、可愛くて何となく頭をなでる。
草取りの配置を確認しあって、それぞれ所定の位置に着いた頃、裏門側がにわかに騒がしくなった。
まず上がったのは、女の子たちの黄色い悲鳴だった。
何事かと、そちらに視線を向けると、裏門の外に停車した高級な馬車から、美しい金髪の少年が、今、まさに降り立ったところだった。
立っているだけなのに、その周辺が光り輝いている錯覚を受ける。
深くお辞儀をして中央で出迎えているレンさんに、淡く笑みを浮かべるその少年。
うん。
ジェフ様です。
って、えぇぇえぇっっ??
簡易的に作られたステージの上では、神官長がノリノリで、指揮棒を振りながら大声で指示を出している。
その大半は意味不明な事柄で、周囲で作業を行なっている神官や神官見習いは、一様にげんなりとした顔を隠せない状態だ。
それでも作業は進めなければならず、神官長が度々挟む休憩の間に、ミゲルさんの周りに集合して指示を仰ぐ始末。
いるだけ邪魔っていうのは、いかがなものかしら。
鍛錬場は綺麗に芝が刈られ、試合を行う場所は真四角に整地。
流石に競技場のような石版を入れる時間は無かったのか、土を盛って出張してくれた王宮魔導士さんに固めて貰い、その上に砂が撒かれた。
当日聖堂は通常通り開かれているので、観客は裏門側から入場する事になっている。
蓋を開けてみると外部からの観客で一番多いのは、王国騎士ということで、馬を置く場所の問題から、第三の城壁北門の厩舎と聖騎士の厩舎が解放される事に決まった。
王子殿下主催のイベントで、更にジェフ様がいらっしゃるということから、年頃の御令嬢を持つ貴族たちが、実はかなりざわついたらしい。
でも、そこはあくまで『模擬戦』という事で、一部を除いて観覧は許されなかったそうだ。
逆に色めき立ったのは聖女候補や女性神官の皆様。
特に、お二人と出来ればお近づきになりたい聖女候補たちは、こぞって簡易的なドレスワンピやアクセサリーを準備する騒ぎとなった。
わたしは、まだ袖を通していないワンピースがあったので、手持ちのもので済ませる事にしてしまったけど。
裏門には、ゲートが五箇所設営され、当日集合スペースとして開放されるロータリーには、大きな看板が立てられた。
そこには、模擬戦を謳った大判のポスターが、横並びで数枚張り出されている。
模擬戦で戦う、二人の絵姿入りのそのポスター。
あの……。
知らないうちに、お兄様とジャンカルロさんがメインキャストになっているのは、何故なのかしら?
絵姿が描かれているのはその二人だけで、小さく「二名勝ち抜き戦」と付け足されている。
前回会った後、結局お兄様とは連絡を取らなかったので、昨日張り出されたポスターを見て、わたしは驚いてしまった。
聞いた話によると、一回戦の対戦カードの二人を全面に押し出しているそうなので、聖堂側の二人目がレンさんって事なんだと思うけど、扱いに違和感を感じているのは、わたしだけ?
まぁ確かに?
ジャンカルロさんは、聖堂で働く女性や、聖堂周辺に住む女性たちの間で、とても人気があるらしい。
その人気ぶりは、正門勤務の時に、ファンが差し入れにやって来るほど。
子爵家出身で、仕草は気品に満ち溢れている。
癖のある艶やかな金髪に、濃い青の瞳をもつ、何処か中性的な顔立ちの美丈夫だ。
以前、神官見習いの女の子たちが噂しているのを聞いたところによると、顔は美しいのに、体はしっかりと鍛えられていて、そのアンバランスさが堪らないらしい。
制服越しに見ても、胸筋や首の筋肉が迫り出していて、肩から腰にむかってブイの字になっている。
わたしの感想をあえて言わせて頂くならば、ボディービルダーのような体型。
同じムキムキでも、細い部分は細いので、セクシーなのだそうだ。
昨日ポスターが貼り出されたあと、それを見た女性の聖堂関係者たちが、騒然となった。
模擬戦に関心の無い女子たちも、『彼が出るなら見に行こう』と、なったらしい。
人気の有る聖騎士さんをメインに持ってくれば、観客が増えて、模擬戦も盛り上がるという趣旨なのかしら。
それとも実は滅茶苦茶強いのかな?
朝鍛錬でお見かけしないから、正確なところは分からないのだけど。
女の子たちが騒いでいる、といえば、今日は朝から、『昨日の夕方、ジェフ様が聖堂に来ていた』という話題で持ちきりになっていた。
昨夕、裏門側につけられた、馬車から降りて、周囲を聖騎士と護衛に守られながら鍛錬場へと向かうところを、プリシラさんが目撃したらしい。
魔導披露のことで、打ち合わせだったのかな?
会場の広さとかで、出来る魔導にも制限があるだろうから、そう言ったことの確認だったのかもしれない。
ということは、『魔導披露』。
あるってことで良いのかしら?
実技の練習が始まってから、まだ一月もたっていないというのに、もう披露出来る域に達しているなんて、流石は天才魔導士になる方は違うなぁ、と驚くばかりだ。
最近は、ダミアン様がジェフ様の周辺にべったり張り付いていたので、あまりお話もさせて頂けずにいる。
ダミアン様、ジェフ様のこと好きすぎじゃないかな?
もはや、ストーカーの域だよね?
昼食をご一緒出来ないのは少し残念だけど、ジェフ様がこちらを守って下さっている気配はしっかり感じられるので、今は有り難くその状況に甘んじている。
今朝、朝食の席で、プリシラさんに『ただの取り巻きって本当でしたのね。昨日いらっしゃることを、知らされていませんでしたの?』と言われた。
笑みを浮かべつつ、出来るだけ平静を装って『そうですよ?』と答えたけれども、これってやっぱり嫌味よね?
素敵な男性が絡んでくると、途端にギクシャクする女の子の関係。
ヒロインが聖堂内でいじめにあうのは、たぶん男女間の問題が大きく関わっているんだろうな。
でも……うん。
分かるわ。
だって自分の興味のある男性の周辺を、知り合いの女の子がうろうろしていたら、気に触るよね。
そうじゃ無くてもジェフ様は有名人だから、距離が近付けば近づいた分だけ女性の敵は増える。
出来るだけ目立たずに、この模擬戦を立ち回りたい!とは思うものの、ジェフ様が下さるほんの少しの特別扱いに、優越を感じてしまう自分もいて、何だか落ち着かない心境だ。
だって、『昨日見えられる』という連絡は無かったけれど、昨夕はアメリさんが薔薇の花を生け直しに来ていたから。
初めてお花をいただいた日から、部屋の中はいつも薔薇の香りがしている。
薔薇の香りがすると、なんとなくジェフ様を思い出すという刷り込みがなされてしまっていて、しかも昨日はすごく近くにいたのだと思うと、胸がざわざわとして、なんとも落ち着かないのよね。
で、わたしたちが今、何をしているかというと、孤児院の子どもたちの応援席を整える為に、鍛錬場にやって来ていた。
いつもだったら、昼食を食べ終えて、孤児院で絵本を読んであげている時間。
今日、子どもたちは、お揃いの真新しい帽子をかぶって、見学にやって来ている。
明日も応援に参加するけど、ここのところ大分暑くなってきたので、熱中症なんかが心配だ。
イベントが、お昼過ぎに行われるから余計に。
この世界は、まだ熱中症なんて知識はないので、ただ置いとかれそうで。
子どもたちの応援参加が決まった時に、一応帽子だけでもと、聖堂関係者から寄付を募り、制作することにした。
寄付に関しては、実はいまいち集まりが悪くて、『足りない分は、わたしが出せば良いか!』とヤケになっていたところ、アメリさんが突然金貨一枚分を寄付して下さり、帽子だけでなく、簡易的な日除けの布テントまで用意することが出来た。
お礼を言うと、『自分からではない』と彼女は言う。
では、ジェフ様からなのだろうと思い、先日顔を合わせた時にお礼を言ったら、『あれはコレの代金だから、僕からって訳でも無いんだよ』と水晶の腕輪を見せてくれた。
見たことのある、その腕輪。
わたしが気になって、リリアさんがそれに決め、ラルフさんが購入し、行き着いた先はレンさんのはず。
でも、そこからジェフ様に渡った道筋が、全く見えてこない。
しかも金額が、軽く十数倍になっているっていうのは何事だろう。
それでは似ているだけの別物?
でも、レンさんの他に、売った物の金額丸ごとぽんっと孤児院に寄付しちゃうような、お金に執着の無い人間って、想像できないのもまた、事実なのよね。
タイミングが合ったら聞いてみようと思っていたのだけど、模擬戦準備に追われていたり、聖女様のご公務が立て込んでいたりで、ここ数週間は顔を合わせる機会が無かった。
彼はそうで無くても多忙なのに、ちゃんと休めているのかと、本気で心配になる。
レンさんは、今日は、久しぶりのお休みだったようで、早朝散歩に出た時、鍛練場にいた。
ニコさんを相手に、長時間剣術訓練をしていて、とても話しかけられる雰囲気では無かったけど。
散歩の後、少し見学させて頂いたんだけど、ニコさん、剣術凄かったのね!
特に、攻撃の時の一振り一振りが力強く重い。
あんなのをうっかり正面から受け止めたら、簡単に剣が折れてしまいそう、などとハラハラしながら眺めていた。
でも、剣先は不思議なくらいレンさんの体の横を通過していき、彼の体には一向に届かない。
防衛している最中、レンさんの剣先は前を向いたままで、足も殆ど同じ位置から動かないのに、いったい、どう言う原理になっているんだろう?
逆に、攻撃に転じた時のレンさんは、剣速が速すぎて、目で追うのもやっとだった。
いつもの朝鍛錬は、ウォーミングアップがメインだったんだなぁ、と思い知らされる。
あの重くてかさばる剣を使っているのに、振られた後の剣が、あの速度で構えの位置に戻ってくる。
凄まじいわ。
それを何とか受け止められる、ニコさんの技術も凄いけど。
ラルフさんも一緒に横で見ていたけど、口を半開きにして呆然と見入っていた。
『凄いですね?』と声をかけると、ラルフさんは、前方を指差しつつ、驚きと混乱をないまぜにした表情で、こちらを向き直った。
「見えてます?」
「剣の動きだけは辛うじて。でも横からなので、何でああいったことになるのか理解が追いついかないです」
「ローズさん凄いですね!オレたまに追いきれない時ありますよ。あれ、実際に対峙すると、体感速度全然違くて!気付いた時には剣が首元に当てられているんです。まじですげぇ」
興奮気味に拳を握りしめて、目を輝かせるラルフさん。
心酔しているのがよく分かる。
なんというか、子犬の耳と、ぶんぶんふられる尻尾の幻覚が見えるよね。
可愛すぎて、思わず頭を撫でたくなる。
年上の方なので自粛するけれど。
朝掃除や午前の仕事があったので、その後鍛錬場を立ち去ったのだけど、お昼過ぎ戻ってくると、ジャンカルロさんと彼の練習相手の数人の聖騎士さんに場所を譲っていた。
レンさん本人は鍛錬場にいて、時折視線をジャンカルロさんに向けながら、隅っこでストレッチをしている。
ラルフさんに背中を押してもらいながら、座って前屈していたようだけど、押してもらう必要あるのかな?
体柔らかすぎ。
全身のストレッチが終わると、二人は何かを話しながら聖騎士の寮へと戻っていった。
これからランチかもしれない。
一方、子どもたちは、初めてみるらしい聖騎士の剣の素振りに目を輝かせていて、先程からわいわいとジャンカルロさんを応援していた。
それに関しては、今日は応援練習も兼ねていたからちょうど良かった。
ジャンカルロさんたちは、とてもサービス精神旺盛らしく、最初は手を振ったりして応えていたけれど、近くで素振りの真似事を始めた子どもたちに、指導を始めてしまった。
明日の事で忙しいのに、すみません!
子どもをみるという名目で、聖女候補の先輩たちが、聖騎士さんたちに群がっているので、カタリナさんとわたしと、不満げな顔のリリアさんの三人で、テントの設営を済ませた。
先輩たち、とてもミーハーでいらっしゃる。
テントの設営が終わる頃には、鍛錬場の設営は殆ど済んだようだった。
働いていた人たちも、終わった順に草取りや設備の清掃に移っていく。
わたしたちは、この後二手に分かれてロータリー周辺の草取りと、子どもたちの寝かしつけ。
わたしは前者に割り振られているので、リリアさんと一緒に、未だに聖騎士さんの周りで楽しそうにしているタチアナさんに、声をかけに行った。
タチアナさんは、すごく残念そうな顔をしたけれど、しぶしぶ輪から抜けてこちらにやってくる。
聖騎士は、聖女候補の結婚相手候補に数えられるから、将来有望そうな聖騎士さんと話す機会が得られたなら、離れたくないのも理解できなくはないけれど、草取りも夕方までにやらねばならないことなので!
ごめんなさい!
丁度そんなとき、聖騎士の宿舎から、レンさん、ニコさん、ラルフさんの三人が制服に着替えて出てきた。
あれ?
午後からお仕事なのかな?
明日が通常勤務らしいから、今日は完全にお休みのはずだけど……。
三人は事務局から出てきた他の三人の聖騎士さんと合流した。
そして、六人は一塊になってロータリーへ。
誰かみえるのかしら?
わたしたちも、その後方を追うようにロータリーへ。
やっぱり、足が長いと移動速度が違うよね。
わたしたちがロータリーに着くころには、六人は既に裏門に着いていた。
わたしたちは、草取りに出てきていた神官見習の女の子たちと合流した。
ヨハンナがこちらにパタパタと駆け寄ってきたので、可愛くて何となく頭をなでる。
草取りの配置を確認しあって、それぞれ所定の位置に着いた頃、裏門側がにわかに騒がしくなった。
まず上がったのは、女の子たちの黄色い悲鳴だった。
何事かと、そちらに視線を向けると、裏門の外に停車した高級な馬車から、美しい金髪の少年が、今、まさに降り立ったところだった。
立っているだけなのに、その周辺が光り輝いている錯覚を受ける。
深くお辞儀をして中央で出迎えているレンさんに、淡く笑みを浮かべるその少年。
うん。
ジェフ様です。
って、えぇぇえぇっっ??
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