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第四章

閑話 魔力制御の相談 (side ジェフ)

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 午前の授業が終わり、グラハム君との昼食を終えると、僕はすぐに馬車に乗った。

 今日はダミアン先輩は学校に来ていないようで、捕まることは無かった。
 やっぱり、聖女候補の二人を紹介して欲しくてタイミングを狙っていたのだろうか。
 何とかして、近づいてくるのを阻止したいんだけど、階級的に難しい。

 先月のように、学校に来ないでくれるのがベストなんだけど、学校側としては遊びまわってばかりで、大した魔導が使えるようにならない先輩を、ほったらかしには出来ないだろう。
 
 確かにコネだけで王宮魔導士になれるような権力のある家柄出身だ。
 でも、そんな輩ばかりが王宮に配属されては、有事の際に役に立たない。
 しかも、公爵家出身者となると出世が早いから、彼の部下になる魔導士たちに大きな被害が及ぶのは必至。

 ホンネのところは、学校からも追い出したいだろうな。
 挫折しそうな生徒たちを連れ回して、悪影響を与えているようだし。

 それでもやっぱり権力最強だから、本人が「なる!」と言って公爵家が動けば、国に対して余程の失態がない限り、なるだろう。
 であれば、最低でもそこそこの魔導くらいは使えて貰わなければ困る。

 学校長と魔導士長の心の葛藤を考えると、お気の毒でならないな。



 そう時間もかからずに、聖堂に着くと、今日は順当に、正門側公園手前馬車停まりに馬車を停めた。

 まぁ、レンさんをドキドキさせても仕方ないし?

 今日彼は、馬車停まりまで迎えに出てきていた。
 階級的には実は下になるのだが、実務上では彼の上司に当たる、ミゲル神官長補佐も、彼の横に並び馬車を待ってくれている。
 その後ろ、護衛担当なのか聖騎士が二人控えている。

 お忍びである事は前回と同様だけど、今回は女性と密会するわけでは無い。
 模擬戦に向けての相談という程なので、聖堂側としても、対侯爵令息といった対応になっているみたいだ。


「お忙しい中、時間をとってもらって悪かったですね?」


 馬車から降りて開口一番、笑顔で謝罪を述べると、レンさんは相変わらずの無表情で、ミゲルさんの方は恐縮した顔で深く頭を下げた。


「いえ。本来こちらが出向くべきところを、聖堂までお越し頂くことになり、本当に申し訳なく思います」

「いいんですよ。お忙しいのに、こちらが無理をいって相談にのってもらうんですから」


 謝罪を述べるレンさんに、笑顔を返した。
 表情には出ないけど、声音はちゃんと申し訳なさそうに聞こえるから不思議なものだな。


「ジェファーソン様に不都合がなければ、私も同席させていただきたいと思います。昨日従者の方から簡単にお話を伺いまして、聖堂運営に携わる者も同席した方がいいと判断いたしました」

「むしろ有難いです。聖堂側の許可も必要な相談だったので」

「恐れ入ります。応接にご案内いたしますので、どうぞ」


 ミゲルさんの言葉にぞれぞれが配置についた。
 先頭にレンさんと、前回顔を合わせた、彫刻の様に均斉の取れた体型の若い聖騎士が並ぶ。
 僕とミゲルさんはその後ろ。
 僕たちの後ろには身長はそれほど高くないものの、がっしりと筋肉の付いた聖騎士が付いてくる。
 へぇ。
 彫像みたいにかっこいい人ばかりだと思っていたけど、こういう人もいるんだな。
 太っているわけではないんだけど、筋肉が張り出しているせいか、どこかずんぐりむっくり見える。
 ごつくて固そうで、強そうではあるけれど。
 
 もっとも、身長は僕より少し高い。
 別に年齢考えれば僕だってチビなわけじゃないんだけど、聖堂に来ると妙に気に障るのは何故なのか。
 いや、不毛だな。気にするのはよそう。
 
 僕の護衛も左右に展開し、一塊になって聖堂へ向かう。

 正門には、更に別の聖騎士二人。
 渋くてダンディーな髭の紳士と、金髪の上品な印象の若い男性。
 妙にオーラがあるから、貴族の子弟かもしれない。
 立礼の状態で出迎えられ、僕は笑顔で会釈をしながら入口に入った。
 
 
 案内された先は聖堂の応接室。

 若い方の聖騎士は部屋の外、ゴツい方の聖騎士は部屋の内側に配置された。

 席を勧められたのでソファーにかけると、目の前の二つ並んだ一人掛けのソファーの前に、レンさんとミゲルさんが立った。


「「失礼致します」」

「えぇ。どうぞお気遣いなく」


 二人は深く頭を下げてから、腰を下ろす。
 レンさんは、いつの間にかベルトから外していた剣を、鞘ごとソファーの横に置いた。

 僕の護衛たちは全員室内の壁際に用意された椅子を勧められ、アメリ以外はそこにかけた。
 アメリは僕の後ろに立って控える。

 部屋に紅茶が運ばれてきたので、僕は笑顔で黙礼をした。


「さて。本来挨拶など、ゆっくりするところですが、お忙しいでしょうから、早速本題に入らせてもらいますね」

「お気遣い感謝します」

「いえ、こちらこそ私事の相談ですし、本来こちらに持ち込むのも迷惑かと考えたのですが、正直、前回お会いした時のレンさんの印象がとても良くて、思わず頼ってしまいました」

「恐縮です」


 僕がよくやる誉め殺しだけど、彼は相変わらずの無表情で、心に響いているのかは微妙なところだな。


「実は魔導の練習のことで困っています。王宮から模擬戦の日時を聞いたので、それまでにある程度、魔力制御を学びたいのですが、魔力量のせいで、実技授業を受けられないんですよ」

「魔力量が多すぎて、封印石が合わず、類焼防止の観点から授業参加を控えている、ということですか?」


 あっさりと、言いたかったことを理解してくれるレンさん。
 横でミゲルさんが目を白黒させている。
 専門用語だらけだから、普通はそうか。


「正確には『控えさせられている』ですけどね。話が早くて助かります。今、僕に合わせて封印石を作らせているんですが、模擬戦までに間に合うか微妙らしくて」

「それは……さぞお困りでしょうね」

「そうなんです。学校側に個別指導の依頼を出してはいるんですが、他の生徒の都合もありまして。誰か魔導師の方に監督していただけたらなぁ、と考えた時に、貴方の事を思い出したんです」

「そうでしたか。恐れ入ります」


 彼は頭を下げると、視線をこちらに戻し、申し訳なさそうな声音で続けた。

「……ご協力出来たら良いのですが、何分、私は専門学校出身ではありませんので、監督出来る立場にありません。また貴方様の魔力量を考えますと、私程度では、万が一の場合暴走を止められません。お役に立つのは難しいかと存じます」


 室内に沈黙が流れた。

 …………。
 うん。
 凄く丁重に断られたな。

 思ったより色々考えているのか、単純に自信がないのか。

 専門学校で彼レベルの魔力を持っていれば、本来肩で風を切って歩けると思うんだけど……ここのところ急激に増えたって言ってたから、成人時は微弱な魔力だったのか?

 でもここで折れるのも何となく悔しいので、食い下がってみる。


「そうですか。魔導披露を一緒に出来ると思って、その打ち合わせなども考えていたんですが、やはり難しいですよね?練習の時は、市販の封印石を複数用意するつもりなんですけど……」

「…………」


 おや?
 固まった。
 多少効果あったかな?
 彼は目線をやや下げ、しばし沈黙した。


「申し訳ありません。……日程の確認をさせて頂いても?」

「どうぞ?」


 食いついた。
 何処が彼の琴線に触れたのか謎だけど。

 彼は制服のポケットの中から自身の勤務表を取り出した。
 羊皮紙に書かれたそれは、聖堂側から渡された物だろうけど、表の中には版でおされた通常勤務の日程の他に、加筆したらしい細かい文字がびっしりと書かれている。

 正直、見ていて目を疑った。
 何も書かれていない日がほとんど無い。
 夜勤もあるようなのに、ひと月の休みが二、三日しかないのか?
 これが、アメリが言っていた『特殊な勤務状況』ってことなのだろうか。
 そうだとすれば、気の毒すぎる。

 彼は赤色のインクと筆記具を取り出すと、模擬戦の日にマルをつけた。
 そのあと、その日までに 唯一空いている日と、スペースになっている部分を赤でチェックしていく。


「通常勤務の他、王都外に出ていることが多いですので、お手伝い出来ても数日です。申し訳ありません。補佐、お手数ですが確認お願いします」


 言いながら、彼は空いている日と時間帯をメモにとり、ミゲルさんへ渡した。
 ミゲルさんは、その日程と全体の日程表を照らし合わせ、そのうち一カ所を黒線で消し、こちらに渡してくれた。

 これはこれで、なんだかものすごく可哀想なことをしている気分になる。
 彼の数少ない休日を、潰してしまうことになるから。

 ローズちゃんが、やけに彼に同情的だったのは、コレが原因か!
 確かにこれは同情してしまうな。
 仕事を断れない人なのか?

 僕の中のレンさんに対するわだかまりが、一つ消えた瞬間だった。


「封印石は、いつ頃出来上がる予定ですか?通常の授業が受けられるのが、やはり一番良いと思うのですが……正直なところ、私などでは役不足ですから」

「僕も、発注を家に任せてしまったのが失敗だったと反省しているんです。まだ数週間かかるようで……封印の魔術って、時間がかかるものなんですね?」

「いえ。魔術自体は時間はかかりません。ただ、高級な品を発注されますと、カットや彫刻、装飾等に時間がかかるようですね」

「なるほど。だったら装飾はいらないと言えば良かったのか……」


 別に、アクセサリーが欲しいわけじゃないからな。
 いっそ、石のままでもいいから、早く用立てて欲しかった。


「……形状や装飾などに、特にこだわりは無いですか?」

「?ええ。シンプルな方がいいくらいです」

 
 レンさんは、また少し目を伏せると直ぐに視線を応接室の扉に向けた。


「少しお時間を頂戴いたします」


 そう言って頭を下げ、立ち上がると、足早に応接のドアから外へ出ていく。

 扉の外で、小声の会話と走り去る足音が微かに聞こえた。


 数分後、レンさんは小さな紙袋と羊皮紙を持って応接に戻って来た。


「お待たせして申し訳ありません」


 丁寧に頭を下げ、彼は椅子に座りなおした。

 袋を開けて、何故か一瞬固まりわずかに口を開いたが、すぐに一つ頷くと、中から水晶で出来た腕輪を二つ取り出す。
 次に、大判の羊皮紙に黒インクでサラサラと魔法陣を描き始めた。
 如何にも手慣れた様子で描いているが、かなり難解で細かいもののようだ。
 ある程度時間をかけて、同じものを二枚描き上げると、手を置いて魔力を流す。
 陣が発光したところで、それぞれに腕輪を乗せた。

 その瞬間、羊皮紙に描かれた陣が、強い光を放って消えた。
 逆に腕輪の方には発光する文字と陣が浮かび上がり、数秒後、元の腕輪に戻る。


「一つ、つけてみて頂けますか?」


 差し出された腕輪を左手に通すと、一気に魔力を持っていかれる感覚があった。
 市販の物とは魔力の減りが全く違う。

「封印の魔術?」

「魔導師学校で専攻していましたので」

「へぇ。これはすごいな」

「市販の物よりは、かなり強力な術式ですが、それでもやはり一つでは足りないですね」


 そう言いながら、彼はもう一つの腕輪をこちらに差し出した。
 右手に通すと、周囲の精霊は一気に減り、丁度類焼しない程度に収まった。


「使用時の魔力吸収能力を高めておりますので、目眩を感じた場合は外してください。また使用期間は短くなりますので、あまり長くは持ちません。申し訳ありません。ただ、おそらく、授業の時のみご使用になるならば、専用の物が届くまでなんとか凌げるかと思います」

「これ、頂いていいんですか?ありがとうございます。あ、お代を」

「あるもので作りましたので。お気持ちだけで。お役に立てれば何よりでした」

「いや。流石にそういうわけには。僕にもメンツがあるのでね?アメリ……」

「はい。こちらで、査定させて頂き、後日届けさせて頂きます」

「頼む」

「いえ、本業ではありませんから、本当に……」

「いいえ。ダメですよ?まったく。人が良すぎて心配だなぁ」


 全くもって心配だ。
 聖騎士としては非の打ち所がないのに、人として肝心な部分が何処か欠落している。
 不本意ながら、ローズちゃんが彼を放っておけない理由が、分かってしまったじゃ無いか。


「そうすると、授業を受けられない問題は当面解決するから……そうだな」


 僕は頂いたメモの中から、試合に近い順に二日ほど指し示した。


「この日とこの日に、魔導披露の打ち合わせをさせてください。時間はおって連絡しますが、最終日は午後になると思います」


 レンさんは、何処かほっとしたように目を細めた。

 なんとなくわかった。
 この人は感情を隠すために、無表情なんじゃ無い。
 人柄の良さは、今日の一連の彼の行動で察しがつく。

 表情が形成される時期に、何らかの外的要因でそれをする必要が無かった、もしくは出来なかった。
 専門学校に入っていない点を考えても、家庭環境に問題がありか?
 いずれにしても、碌な幼少期を過ごしてないだろう。
 
 前回感じた不信感は、ちょっとした同族嫌悪かな?


「打ち合わせをして頂けるのは、こちらとしても助かります。学校では、ほぼ魔術しか習っていませんので、何を披露すれば良いのかと悩んでいました」

「魔導は習っていないんですか?」

「魔導は基本原理と呪文の詠唱程度です。制御に関しては独学ですので、正直人様にお教えできるようなものでは無いです」

「なるほど。魔導師学校は魔術特化というのは本当なんですね」

「はい。魔術は少ない魔力で出来ますから」

「そうですか……うん。分かりました。では、この日までに制御をしっかりと練習してきます」


 彼は再度目元を和らげて、頷いた。
 これ、多分、彼的には微笑んでいるんだろうな。
 慣れてこないとわからないけど。

 僕が指し示した日程を、レンさんが自分の日程表に書き込むのを見ながら、僕は出されたお茶を飲み干した。





 応接を出ると、何処からかこどもたちの楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
 丁度外へ繋がるガラス製の扉の前を通ったので、なんとなく声のするそちらに視線を投げると、赤い髪が横切るのが見えて思わず立ち止まる。


「午後のお仕事でございます。孤児たちと遊んで下さっています」


 ミゲルさんが説明してくれて頷いた。
 午後の柔らかな日差しの中、こどもたちに囲まれて楽しそうに微笑む彼女は、とても綺麗だった。

 見るだけで癒しを感じるなんて、我ながらお手軽だ。

 やっぱり、レンさんに気なんか使わず、もっと日程を入れてしまえば良かったか……なんて、我ながら意地の悪いことを考える。

 ちらりと前方をみると、前の二人も足を止めて外を見ているようだった。
 彼らがローズちゃんをどう思っているのかは、今の表情からは分からないな。
 若い方は微笑んでいるが、レンさんは相変わらず無表情だ。
 数秒後に、すっと視線を前方に戻す彼を見る限り、意識しているとは考えにくいか。

 これならとりあえずは、放っておいても大丈夫そうだな。
  そうでなくても忙しい日程の人だから、同じ場所に住んでいても接触は少なそうだ。

 今は、自分のやるべきことをしっかりやろう。
 差し当たり、明日から実技授業に参加出来るのは喜ばしい。
 来てよかったな。

 もう一度、微笑むローズちゃんを視界に収めてから、僕は聖堂を後にした。
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