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第四章
閑話 委員会後のフリータイム
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(side オレガノ)
「今日の王子殿下は、かっこよかったなぁ!」
王子殿下付き騎士の控室。
珍しく手元の書類を放置して、頬杖をつき、団長はくつくつと笑いながら言った。
「ふふっ。あれは、実に見事な采配でしたね」
団長に目の前の席に座るジュリー副官は、口元を右手で隠しながらくすくすと笑っている。
「あの、なんでも人任せで、やる気のなかった王子殿下がなぁっ」
「えぇ。以前でしたら、そもそも会議をボイコットするか、『お前に任せる。適当に交代しろ』とか仰って流されていたところでしょう?」
「そうだな。聖騎士に同情したのもあるんだろうが、それでも『可哀想だから』という理由で彼にやらせるわけではなく、ちゃんと理由付けして神官長を黙らせたのだから、大したものだ」
「私。あの聖騎士の立場だったら惚れますね」
「はっはっはっ。確かに騎士の立場なら、そういうこともあるかもな。彼は今後、王子殿下の為によく働いてくれるんじゃないかな?」
「しかも、最後は神官長のメンツまで守ってまとめられましたから、素晴らしかったです」
「まさに『自分の立場や与えられた役割を理解し』と言ったところか……」
「恋というのは素敵なものですね?」
「こうも人が変わるとは、思いもよらなんだ!お前の妹、なかなか大したものだぞ?今度遊びに連れてくると良い。王子殿下もお悦びになるだろう!」
「そうですね、早速門の通行を可能にする許可証を発行させましょう!」
「そいつは良い!王子殿下に裏書きして貰えば完璧だな。手配を任せて良いか?」
「今、私は忙しいので。そうですね。彼の上官にやって貰うよう、お願いしては如何です?」
「あぁ。そうだな。そうしよう」
あぁ。
折角お茶を用意したけど、戻してこようかな。
静かに踵をかえそうとすると、二人は声を出して笑った。
「待て待て。そう怒るなよ。褒めているんだ」
「しかし、妹さんは何を思ってあんな発言をしたんだろうな……」
ジュリーさんは最後、考え込むように声量を落とした。
それは、兄である自分にとっても、実に不可解なことだったりする。
そもそも、あれは誰に向けて言われたものなのか?
単純に考えれば、ジェファーソン様に自分の好みのタイプを返答しただけにすぎないのだが、それにしては王子殿下が影響を受けすぎている。
ローズは恋愛方面は完全に遅れているが、それ以外の部分は実に論理的で、あまり多くを話さず、失言が少ない。
あの場面で、あそこまで具体的な返答をしたということは、あいつの性格を考えると、なんらかの意図があったと考えて良い。
でなければ、笑って誤魔化すか、ふわっとした返答でかわしただろうから。
しかし、そうだとすると、ここで矛盾が生まれるのだ。
そう。
ローズは恋愛方面に疎い。
それに反して、あの発言は完全に駆け引きだ。
おそらく、誰かに向けられたメッセージなのだが、相手が不明。
まぁ、普通に考えれば、ジェファーソン様なのだろう。
彼は、自分の立場や能力を十二分に理解しているだろうし、影でしっかり努力なさっているだろう。
ジェファーソン様は『なんでも出来る』で有名な方だ。
そして、そういったレッテルを貼られる方というのは、大概水面下で血の滲むような努力をされている。
勿論、ローズもそのことに気付いていないはずがない。
『そんなジェファーソン様が好きです』というメッセージなのだと思えば、一番自然な形でまとまる。
しかし、そうかと思いきや、『素敵な方だけど、まだよく分からない』という返答が帰ってきていたりもするわけだが。
では、まさか王子殿下に向けられたメッセージだったのか?
だが、先日話した限りでは、それほど王子殿下の好意に気付いていた風でも無かった。
『わたしのような者が!』って言ってたしな。
結局よくわからないな。
ただ一つ。
はっきりしているのは、あの発言が無ければ、今日の王子殿下の劇的な変化は起きなかったであろうこと。
結果、王国の役に立ったという点においては、実際に大したものな訳だが、いくら何でもそこまでは考えていないか。
とりあえず、持って来たお茶を配りながら、そんなことを考える。
「妹は、基本真面目なので、素直に好みのタイプを言っただけのような気もします。領地にいた時も、父や自分の朝の鍛錬を楽しそうに眺めていましたので……純粋に『努力している人』が好きなのかもしれません」
自分の考えを簡単にジュリーさんに伝えると、ジュリーさんは『そんなものか?』と笑いながら相槌を打った。
目に見える形での『努力している姿』ならば、鍛錬している姿なんかは最高だろう。
…………⁈
いや、待てよ?
そうなると、あの場にもう一人、そういう人物がいる。
レン君だ。
『自分に与えられた役割や立場をしっかりと理解し』……。
彼の聖騎士としての対応は立派なものだ。
前回も今回もそうだが、不当な理由で貶められたにも関わらず、彼は表情一つ変えなかった。
……表情筋が未発達な可能性は否定できないにしても、態度は一貫して穏やかで、あくまで『平民出身の聖騎士の役割』を全うしている。
それに、ローズは彼の朝の鍛錬をよく眺めている、と言っていた。
前回話した時も、多少の好意は感じられたから、無意識にそんな発言が出た可能性はないだろうか?
いや、こじつけすぎか。
先程も思った通り、よく考えての発言だろうから、無意識に、と言うのも考えにくいな。
「それはそうと、二試合することになるから、体調は万全にしておいてくれよ?」
団長に、にこやかに言われ、軽く額を抑えた。
「こちらは、もう一人はどうなさる予定ですか?」
「何を言ってる。君が二人倒して、それで終わりだろう?」
「!」
意味を理解して、目を見開いた。
あ。
これは嬉しい。
信頼されているのがわかって、素直にかなり嬉しかった。
「団長。オレガノ君が照れてますよ?!」
「どうだ。オレについて来たくなっただろう?」
黙り込むと、二人に思いっきり茶化されてしまった。
顔が熱いので、さぞかし赤くなっていることだろう。
「まぁ正直、前回あの聖騎士には助けられているからな。ええと、クルス君だったか?彼に対しては、ほどほどにしてやってくれ。もう一人は秒殺して良いぞ。勿論殺すな」
「分かりました」
「聖堂側は、順番どうするつもりでしょうね?」
「子爵令息の方は、ずいぶん腕に自信があるような言い方だったからな。後に出てくると考えて妥当だろう」
「なるほど」
「まぁ、大丈夫だろう?最近の鍛錬で、うちの団の猛者たちと練習試合をした時は、誰も寄せ付けなかったそうじゃないか」
「いえ。偶々です」
「謙遜するな。それに、聖騎士で王国騎士と張り合えるなんて奴がいたら、もっと噂になっているだろうさ」
「…………黒騎士」
突然、ジュリーさんの前で休憩をしていた騎士がぽつり、と呟いた。
「なんだ?」
「あれ?知りません?『黒騎士』。最近、聖女様の王都外公務の時、正規の聖女様付き聖騎士の他に、もう一人、影みたいな聖騎士が付いてるって。それがめっぽう強くて、道中が楽だって噂」
「知らない」
「え~?ほら、王都外に同行する旅団所属の王国騎士って、見栄えや階級はさておき、実戦慣れした猛者だらけでしょう?だから、彼らが認めているなら、それなりに強いだろうって。最近、王都内の城門勤務の騎士の間で囁かれてますよ?」
「そんな噂があるのか。信憑性は?」
「さて?又聞きの又聞きですから。先日城門勤務の同期と飲んだ時に、ちらりと聞いただけですし?」
「そうか」
「なんでも黒い馬に乗っていて?装備も規定のもの以外は黒で纏まってるから、悪役みたいでかっこいいと、何故か中年のオッサンばかりから人気を集めているらしいです」
「なんだそりゃ。気の毒なことだな」
団長に合わせて周囲は笑った。
でも、自分だけは何となく笑えなかった。
黒騎士。
黒馬を駆る聖騎士か。
まぁ、この国で黒馬に乗っているっていうのは、珍しいといえば珍しいからな。
この国の特に王都では『黒』は忌避されている。
魔界の王子の髪の色が原因で『魔イコール黒』のイメージが定着しているからだ。
勿論、馬は支給品だ。
騎士サイドからは選べない。
ところで、そんな忌避されがちな馬を押し付けられるような、酷い扱いを受けてる聖騎士ってさ……。
今日の神官長の反応や、他の同僚たちの対応を考えると、さもありなん、だ。
それに、そもそも馬の色だけの問題なのだろうか?
例えば髪の色。
聖騎士の制服は濃い紺色だから、髪、馬まで黒ければ、まさに黒騎士だ。
そう言えば、今日彼の装備は、規定のもの以外黒で統一されてはいなかったか?
それに、ローズは言っていた。
『彼は、聖女様付きの聖騎士に補助的に入っていて、王都外に出ることが多い』と。
また、こうも言っていた。
『模擬戦は良い勝負になる』と。
話半分程度に聞いていたが、これは、本当に甘く見てかかると、痛い目にあうかもしれないぞ。
そもそも彼には魔法という奥の手がある。
思わず口角が上がる。
彼は想像以上の好敵手かもしれない。
久しぶりに本気で戦えるかもしれないと思うと、気分が高揚した。
今日はこれで終わりだから、帰ったら調整しよう。
いい意味で気合が入ったので、鍛錬にも身が入りそうだ。
周辺の物を片付けながら、そんなことを考えた。
◆
(side レン)
誰もいない広い浴槽の中で、全身の力を抜きながら、いつものように明日の予定などをぼんやりと考える。
明日は、聖女様の王都外のご公務があるから、朝は少し早めに起きて、カザハヤを連れて来ておかなければならない。
聖女様付きの聖騎士の馬は、聖堂内の馬小屋で飼われているが、それ以外は王都の外にある厩舎で飼われているから。
今回は日帰りで宿泊がないから、多少気楽だ。
何より荷物が無い。
明後日は通常勤務。
その次の日はあけ休みだが、午後からミゲル神官長補佐の警護を依頼されているから、午前中はよく寝ておかなければ。
それからその次の日は……聖女様の王宮訪問の往復に追従するんだったか。
目を閉じて、日程と用意するべき物に思考を巡らせる。
あぁ。
そうだ。
頼んで置いた、整備油も取りに行かなければ。
本当は今日行くつもりでいたが、予定が狂ってしまったから。
今週は難しいだろうな。
あけ休みの午前中以外は、休みがない。
早めに頼んで置いてよかった。
小さく一つ息を吐き出し、ゆっくりと目を開けた。
脱衣所に人の気配を感じたから。
日付が変わる前後のこの時間帯に、浴場に来る人間は限られている。
この気配は……多分ミゲル神官長補佐。
「やぁ、やっぱり君だったか」
僅かに振り向くと、浴室の扉を開けながら、疲れた笑顔でミゲル神官長補佐が声をかけてきた。
「お疲れ様です。お先に失礼しています」
いつも通り軽く頭を下げて挨拶すると、ミゲル神官長補佐は小さく手を上げ、洗い場へ移動していった。
この時間まで仕事をしていたのか。
食事など出来ているのだろうか?
休みも殆ど無いというし、苦労しすぎて体調を崩さないといいが。
自分の仕事以外に、神官長の仕事も半分以上受け持っていると聞く。
数年前までは多いと言われていた頭髪も、今ではすっかり減ってしまった。
今日は、私の事でも随分神経をすり減らしただろう。
本当に申し訳ないな。
「いやぁ、今日は気分が良かったな!」
体を洗い終わった補佐は、思いの外明るい声でそう言うと、浴槽に入って来た。
「はぁ」
「王子殿下は、聞いていたのとは随分違うお人じゃないか!今日は本当に感服したよ。ああいった方が上に立ってくれると、部下はどれほど有り難いか!」
「そうですね」
同意すると、ミゲル神官長補佐は笑った。
王子殿下の配慮は、私にとっては勿体ないほどのものだった。
『模擬戦参加が私に似つかわしくない』という神官長の意見は、全くその通りで、そう言った晴れがましい舞台は、貴族出身者が選ばれるべきだと思う。
だから、ジャンカルロと交代することに何の不満も無かったが、例の如く執拗に貶められるのは、流石に堪える。
……ただ、この見た目と出自を考えれば、それも致し方無いことか。
「君の名誉がしっかり守られたという点も、私は嬉しかったよ?」
「ありがとうございます。王子殿下は、公平で本当にお優しい方で……私のような者を人間として扱って下さり、感謝しかありません」
「君は人間だよ?出自がどうあれ、ちゃんとした人間だ。そして今は聖騎士でもある。自信を持ちなさい」
「…………はい」
「私は不満だよ。『魔導が出来ることをひけらかした』と言われた時、何故反論しなかったのかね?」
「それは……」
言うと、『口ごたえするな!』と返ってくることが予想できていたのもあるが……。
「実際、最近急激に魔力量が増えましたので、周囲の精霊が、かなり増えておりまして。魔力持ちの方なら『ひけらかされた』と感じてもおかしくは無いかと」
「そうか……」
「今後少し抑えるよう、検討します」
「あぁ。封印石に封印するんだったか。君が子どもの時、よくやっていたな」
「あれは……食べ物欲しさの小遣い稼ぎですから。忘れてください」
恥ずかしくなって顔を伏せると、ミゲル神官長補佐は笑った。
「あの時も、君はよく頑張っていたよ。もちろん今もね」
「…………」
優しい声音に胸が温かくなった。
「そういえば、模擬戦の順番だがね」
「はい」
「ジャンが先にやるそうだ」
「……そうなんですか?」
「あぁ。神官長が『主役は後に出てくる』と言ったのだが、君まで回さない!と意気込んでいたよ」
「それは頼もしいですね」
ジャンカルロは、名のある流派の剣術を習っていたらしく、腕にかなり自信があるようだ。
朝の鍛錬に殆ど顔を出さないので、どの程度の物かまでは分からないが、さぞ強いのだろう。
人の試合を観られるのは、少し楽しみだ。
それに、先にオレガノ様の戦い方を見ることが出来るというのは有り難い。
彼の動きが尋常で無いだろうことは、ローズさんの視線の動きでわかる。
彼女は、私の動きをしっかりと目で追えている。
朝鍛錬は怪我予防の為、適度に力を抜いているとはいえ、ラルフですら怪しいことがあるのに。
であれば、普段の私より動きは早いかもしれない。
剣も軽い。
長さのみ有利としても、大振りになるのは確実なので、迂闊に手は出せないな。
今晩は、よくストレッチしてから寝よう。
朝は早いが、怪我をするわけにはいかない。
「それでは、お先に失礼します」
目を閉じてリラックスしているミゲル神官長補佐に声をかけ、掛け湯をすると、私は浴室を後にした。
「今日の王子殿下は、かっこよかったなぁ!」
王子殿下付き騎士の控室。
珍しく手元の書類を放置して、頬杖をつき、団長はくつくつと笑いながら言った。
「ふふっ。あれは、実に見事な采配でしたね」
団長に目の前の席に座るジュリー副官は、口元を右手で隠しながらくすくすと笑っている。
「あの、なんでも人任せで、やる気のなかった王子殿下がなぁっ」
「えぇ。以前でしたら、そもそも会議をボイコットするか、『お前に任せる。適当に交代しろ』とか仰って流されていたところでしょう?」
「そうだな。聖騎士に同情したのもあるんだろうが、それでも『可哀想だから』という理由で彼にやらせるわけではなく、ちゃんと理由付けして神官長を黙らせたのだから、大したものだ」
「私。あの聖騎士の立場だったら惚れますね」
「はっはっはっ。確かに騎士の立場なら、そういうこともあるかもな。彼は今後、王子殿下の為によく働いてくれるんじゃないかな?」
「しかも、最後は神官長のメンツまで守ってまとめられましたから、素晴らしかったです」
「まさに『自分の立場や与えられた役割を理解し』と言ったところか……」
「恋というのは素敵なものですね?」
「こうも人が変わるとは、思いもよらなんだ!お前の妹、なかなか大したものだぞ?今度遊びに連れてくると良い。王子殿下もお悦びになるだろう!」
「そうですね、早速門の通行を可能にする許可証を発行させましょう!」
「そいつは良い!王子殿下に裏書きして貰えば完璧だな。手配を任せて良いか?」
「今、私は忙しいので。そうですね。彼の上官にやって貰うよう、お願いしては如何です?」
「あぁ。そうだな。そうしよう」
あぁ。
折角お茶を用意したけど、戻してこようかな。
静かに踵をかえそうとすると、二人は声を出して笑った。
「待て待て。そう怒るなよ。褒めているんだ」
「しかし、妹さんは何を思ってあんな発言をしたんだろうな……」
ジュリーさんは最後、考え込むように声量を落とした。
それは、兄である自分にとっても、実に不可解なことだったりする。
そもそも、あれは誰に向けて言われたものなのか?
単純に考えれば、ジェファーソン様に自分の好みのタイプを返答しただけにすぎないのだが、それにしては王子殿下が影響を受けすぎている。
ローズは恋愛方面は完全に遅れているが、それ以外の部分は実に論理的で、あまり多くを話さず、失言が少ない。
あの場面で、あそこまで具体的な返答をしたということは、あいつの性格を考えると、なんらかの意図があったと考えて良い。
でなければ、笑って誤魔化すか、ふわっとした返答でかわしただろうから。
しかし、そうだとすると、ここで矛盾が生まれるのだ。
そう。
ローズは恋愛方面に疎い。
それに反して、あの発言は完全に駆け引きだ。
おそらく、誰かに向けられたメッセージなのだが、相手が不明。
まぁ、普通に考えれば、ジェファーソン様なのだろう。
彼は、自分の立場や能力を十二分に理解しているだろうし、影でしっかり努力なさっているだろう。
ジェファーソン様は『なんでも出来る』で有名な方だ。
そして、そういったレッテルを貼られる方というのは、大概水面下で血の滲むような努力をされている。
勿論、ローズもそのことに気付いていないはずがない。
『そんなジェファーソン様が好きです』というメッセージなのだと思えば、一番自然な形でまとまる。
しかし、そうかと思いきや、『素敵な方だけど、まだよく分からない』という返答が帰ってきていたりもするわけだが。
では、まさか王子殿下に向けられたメッセージだったのか?
だが、先日話した限りでは、それほど王子殿下の好意に気付いていた風でも無かった。
『わたしのような者が!』って言ってたしな。
結局よくわからないな。
ただ一つ。
はっきりしているのは、あの発言が無ければ、今日の王子殿下の劇的な変化は起きなかったであろうこと。
結果、王国の役に立ったという点においては、実際に大したものな訳だが、いくら何でもそこまでは考えていないか。
とりあえず、持って来たお茶を配りながら、そんなことを考える。
「妹は、基本真面目なので、素直に好みのタイプを言っただけのような気もします。領地にいた時も、父や自分の朝の鍛錬を楽しそうに眺めていましたので……純粋に『努力している人』が好きなのかもしれません」
自分の考えを簡単にジュリーさんに伝えると、ジュリーさんは『そんなものか?』と笑いながら相槌を打った。
目に見える形での『努力している姿』ならば、鍛錬している姿なんかは最高だろう。
…………⁈
いや、待てよ?
そうなると、あの場にもう一人、そういう人物がいる。
レン君だ。
『自分に与えられた役割や立場をしっかりと理解し』……。
彼の聖騎士としての対応は立派なものだ。
前回も今回もそうだが、不当な理由で貶められたにも関わらず、彼は表情一つ変えなかった。
……表情筋が未発達な可能性は否定できないにしても、態度は一貫して穏やかで、あくまで『平民出身の聖騎士の役割』を全うしている。
それに、ローズは彼の朝の鍛錬をよく眺めている、と言っていた。
前回話した時も、多少の好意は感じられたから、無意識にそんな発言が出た可能性はないだろうか?
いや、こじつけすぎか。
先程も思った通り、よく考えての発言だろうから、無意識に、と言うのも考えにくいな。
「それはそうと、二試合することになるから、体調は万全にしておいてくれよ?」
団長に、にこやかに言われ、軽く額を抑えた。
「こちらは、もう一人はどうなさる予定ですか?」
「何を言ってる。君が二人倒して、それで終わりだろう?」
「!」
意味を理解して、目を見開いた。
あ。
これは嬉しい。
信頼されているのがわかって、素直にかなり嬉しかった。
「団長。オレガノ君が照れてますよ?!」
「どうだ。オレについて来たくなっただろう?」
黙り込むと、二人に思いっきり茶化されてしまった。
顔が熱いので、さぞかし赤くなっていることだろう。
「まぁ正直、前回あの聖騎士には助けられているからな。ええと、クルス君だったか?彼に対しては、ほどほどにしてやってくれ。もう一人は秒殺して良いぞ。勿論殺すな」
「分かりました」
「聖堂側は、順番どうするつもりでしょうね?」
「子爵令息の方は、ずいぶん腕に自信があるような言い方だったからな。後に出てくると考えて妥当だろう」
「なるほど」
「まぁ、大丈夫だろう?最近の鍛錬で、うちの団の猛者たちと練習試合をした時は、誰も寄せ付けなかったそうじゃないか」
「いえ。偶々です」
「謙遜するな。それに、聖騎士で王国騎士と張り合えるなんて奴がいたら、もっと噂になっているだろうさ」
「…………黒騎士」
突然、ジュリーさんの前で休憩をしていた騎士がぽつり、と呟いた。
「なんだ?」
「あれ?知りません?『黒騎士』。最近、聖女様の王都外公務の時、正規の聖女様付き聖騎士の他に、もう一人、影みたいな聖騎士が付いてるって。それがめっぽう強くて、道中が楽だって噂」
「知らない」
「え~?ほら、王都外に同行する旅団所属の王国騎士って、見栄えや階級はさておき、実戦慣れした猛者だらけでしょう?だから、彼らが認めているなら、それなりに強いだろうって。最近、王都内の城門勤務の騎士の間で囁かれてますよ?」
「そんな噂があるのか。信憑性は?」
「さて?又聞きの又聞きですから。先日城門勤務の同期と飲んだ時に、ちらりと聞いただけですし?」
「そうか」
「なんでも黒い馬に乗っていて?装備も規定のもの以外は黒で纏まってるから、悪役みたいでかっこいいと、何故か中年のオッサンばかりから人気を集めているらしいです」
「なんだそりゃ。気の毒なことだな」
団長に合わせて周囲は笑った。
でも、自分だけは何となく笑えなかった。
黒騎士。
黒馬を駆る聖騎士か。
まぁ、この国で黒馬に乗っているっていうのは、珍しいといえば珍しいからな。
この国の特に王都では『黒』は忌避されている。
魔界の王子の髪の色が原因で『魔イコール黒』のイメージが定着しているからだ。
勿論、馬は支給品だ。
騎士サイドからは選べない。
ところで、そんな忌避されがちな馬を押し付けられるような、酷い扱いを受けてる聖騎士ってさ……。
今日の神官長の反応や、他の同僚たちの対応を考えると、さもありなん、だ。
それに、そもそも馬の色だけの問題なのだろうか?
例えば髪の色。
聖騎士の制服は濃い紺色だから、髪、馬まで黒ければ、まさに黒騎士だ。
そう言えば、今日彼の装備は、規定のもの以外黒で統一されてはいなかったか?
それに、ローズは言っていた。
『彼は、聖女様付きの聖騎士に補助的に入っていて、王都外に出ることが多い』と。
また、こうも言っていた。
『模擬戦は良い勝負になる』と。
話半分程度に聞いていたが、これは、本当に甘く見てかかると、痛い目にあうかもしれないぞ。
そもそも彼には魔法という奥の手がある。
思わず口角が上がる。
彼は想像以上の好敵手かもしれない。
久しぶりに本気で戦えるかもしれないと思うと、気分が高揚した。
今日はこれで終わりだから、帰ったら調整しよう。
いい意味で気合が入ったので、鍛錬にも身が入りそうだ。
周辺の物を片付けながら、そんなことを考えた。
◆
(side レン)
誰もいない広い浴槽の中で、全身の力を抜きながら、いつものように明日の予定などをぼんやりと考える。
明日は、聖女様の王都外のご公務があるから、朝は少し早めに起きて、カザハヤを連れて来ておかなければならない。
聖女様付きの聖騎士の馬は、聖堂内の馬小屋で飼われているが、それ以外は王都の外にある厩舎で飼われているから。
今回は日帰りで宿泊がないから、多少気楽だ。
何より荷物が無い。
明後日は通常勤務。
その次の日はあけ休みだが、午後からミゲル神官長補佐の警護を依頼されているから、午前中はよく寝ておかなければ。
それからその次の日は……聖女様の王宮訪問の往復に追従するんだったか。
目を閉じて、日程と用意するべき物に思考を巡らせる。
あぁ。
そうだ。
頼んで置いた、整備油も取りに行かなければ。
本当は今日行くつもりでいたが、予定が狂ってしまったから。
今週は難しいだろうな。
あけ休みの午前中以外は、休みがない。
早めに頼んで置いてよかった。
小さく一つ息を吐き出し、ゆっくりと目を開けた。
脱衣所に人の気配を感じたから。
日付が変わる前後のこの時間帯に、浴場に来る人間は限られている。
この気配は……多分ミゲル神官長補佐。
「やぁ、やっぱり君だったか」
僅かに振り向くと、浴室の扉を開けながら、疲れた笑顔でミゲル神官長補佐が声をかけてきた。
「お疲れ様です。お先に失礼しています」
いつも通り軽く頭を下げて挨拶すると、ミゲル神官長補佐は小さく手を上げ、洗い場へ移動していった。
この時間まで仕事をしていたのか。
食事など出来ているのだろうか?
休みも殆ど無いというし、苦労しすぎて体調を崩さないといいが。
自分の仕事以外に、神官長の仕事も半分以上受け持っていると聞く。
数年前までは多いと言われていた頭髪も、今ではすっかり減ってしまった。
今日は、私の事でも随分神経をすり減らしただろう。
本当に申し訳ないな。
「いやぁ、今日は気分が良かったな!」
体を洗い終わった補佐は、思いの外明るい声でそう言うと、浴槽に入って来た。
「はぁ」
「王子殿下は、聞いていたのとは随分違うお人じゃないか!今日は本当に感服したよ。ああいった方が上に立ってくれると、部下はどれほど有り難いか!」
「そうですね」
同意すると、ミゲル神官長補佐は笑った。
王子殿下の配慮は、私にとっては勿体ないほどのものだった。
『模擬戦参加が私に似つかわしくない』という神官長の意見は、全くその通りで、そう言った晴れがましい舞台は、貴族出身者が選ばれるべきだと思う。
だから、ジャンカルロと交代することに何の不満も無かったが、例の如く執拗に貶められるのは、流石に堪える。
……ただ、この見た目と出自を考えれば、それも致し方無いことか。
「君の名誉がしっかり守られたという点も、私は嬉しかったよ?」
「ありがとうございます。王子殿下は、公平で本当にお優しい方で……私のような者を人間として扱って下さり、感謝しかありません」
「君は人間だよ?出自がどうあれ、ちゃんとした人間だ。そして今は聖騎士でもある。自信を持ちなさい」
「…………はい」
「私は不満だよ。『魔導が出来ることをひけらかした』と言われた時、何故反論しなかったのかね?」
「それは……」
言うと、『口ごたえするな!』と返ってくることが予想できていたのもあるが……。
「実際、最近急激に魔力量が増えましたので、周囲の精霊が、かなり増えておりまして。魔力持ちの方なら『ひけらかされた』と感じてもおかしくは無いかと」
「そうか……」
「今後少し抑えるよう、検討します」
「あぁ。封印石に封印するんだったか。君が子どもの時、よくやっていたな」
「あれは……食べ物欲しさの小遣い稼ぎですから。忘れてください」
恥ずかしくなって顔を伏せると、ミゲル神官長補佐は笑った。
「あの時も、君はよく頑張っていたよ。もちろん今もね」
「…………」
優しい声音に胸が温かくなった。
「そういえば、模擬戦の順番だがね」
「はい」
「ジャンが先にやるそうだ」
「……そうなんですか?」
「あぁ。神官長が『主役は後に出てくる』と言ったのだが、君まで回さない!と意気込んでいたよ」
「それは頼もしいですね」
ジャンカルロは、名のある流派の剣術を習っていたらしく、腕にかなり自信があるようだ。
朝の鍛錬に殆ど顔を出さないので、どの程度の物かまでは分からないが、さぞ強いのだろう。
人の試合を観られるのは、少し楽しみだ。
それに、先にオレガノ様の戦い方を見ることが出来るというのは有り難い。
彼の動きが尋常で無いだろうことは、ローズさんの視線の動きでわかる。
彼女は、私の動きをしっかりと目で追えている。
朝鍛錬は怪我予防の為、適度に力を抜いているとはいえ、ラルフですら怪しいことがあるのに。
であれば、普段の私より動きは早いかもしれない。
剣も軽い。
長さのみ有利としても、大振りになるのは確実なので、迂闊に手は出せないな。
今晩は、よくストレッチしてから寝よう。
朝は早いが、怪我をするわけにはいかない。
「それでは、お先に失礼します」
目を閉じてリラックスしているミゲル神官長補佐に声をかけ、掛け湯をすると、私は浴室を後にした。
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