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第四章

閑話 委員会後のフリータイム

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(side オレガノ)


「今日の王子殿下は、かっこよかったなぁ!」


 王子殿下付き騎士の控室。

 珍しく手元の書類を放置して、頬杖をつき、団長はくつくつと笑いながら言った。


「ふふっ。あれは、実に見事な采配でしたね」


 団長に目の前の席に座るジュリー副官は、口元を右手で隠しながらくすくすと笑っている。


「あの、なんでも人任せで、やる気のなかった王子殿下がなぁっ」

「えぇ。以前でしたら、そもそも会議をボイコットするか、『お前に任せる。適当に交代しろ』とか仰って流されていたところでしょう?」

「そうだな。聖騎士に同情したのもあるんだろうが、それでも『可哀想だから』という理由で彼にやらせるわけではなく、ちゃんと理由付けして神官長を黙らせたのだから、大したものだ」

「私。あの聖騎士の立場だったら惚れますね」

「はっはっはっ。確かに騎士の立場なら、そういうこともあるかもな。彼は今後、王子殿下の為によく働いてくれるんじゃないかな?」

「しかも、最後は神官長のメンツまで守ってまとめられましたから、素晴らしかったです」

「まさに『自分の立場や与えられた役割を理解し』と言ったところか……」

「恋というのは素敵なものですね?」

「こうも人が変わるとは、思いもよらなんだ!お前の妹、なかなか大したものだぞ?今度遊びに連れてくると良い。王子殿下もお悦びになるだろう!」

「そうですね、早速門の通行を可能にする許可証を発行させましょう!」

「そいつは良い!王子殿下に裏書きして貰えば完璧だな。手配を任せて良いか?」

「今、私は忙しいので。そうですね。彼の上官にやって貰うよう、お願いしては如何です?」

「あぁ。そうだな。そうしよう」


 あぁ。
 折角お茶を用意したけど、戻してこようかな。

 静かに踵をかえそうとすると、二人は声を出して笑った。


「待て待て。そう怒るなよ。褒めているんだ」

「しかし、妹さんは何を思ってあんな発言をしたんだろうな……」


 ジュリーさんは最後、考え込むように声量を落とした。

 それは、兄である自分にとっても、実に不可解なことだったりする。

 そもそも、あれは誰に向けて言われたものなのか?

 単純に考えれば、ジェファーソン様に自分の好みのタイプを返答しただけにすぎないのだが、それにしては王子殿下が影響を受けすぎている。

 ローズは恋愛方面は完全に遅れているが、それ以外の部分は実に論理的で、あまり多くを話さず、失言が少ない。
 あの場面で、あそこまで具体的な返答をしたということは、あいつの性格を考えると、なんらかの意図があったと考えて良い。
 でなければ、笑って誤魔化すか、ふわっとした返答でかわしただろうから。

 しかし、そうだとすると、ここで矛盾が生まれるのだ。

 そう。
 ローズは恋愛方面に疎い。

 それに反して、あの発言は完全に駆け引きだ。

 おそらく、誰かに向けられたメッセージなのだが、相手が不明。

 まぁ、普通に考えれば、ジェファーソン様なのだろう。
 
 彼は、自分の立場や能力を十二分に理解しているだろうし、影でしっかり努力なさっているだろう。

 ジェファーソン様は『なんでも出来る』で有名な方だ。
 そして、そういったレッテルを貼られる方というのは、大概水面下で血の滲むような努力をされている。
 勿論、ローズもそのことに気付いていないはずがない。

 『そんなジェファーソン様が好きです』というメッセージなのだと思えば、一番自然な形でまとまる。
 しかし、そうかと思いきや、『素敵な方だけど、まだよく分からない』という返答が帰ってきていたりもするわけだが。

 では、まさか王子殿下に向けられたメッセージだったのか?

 だが、先日話した限りでは、それほど王子殿下の好意に気付いていた風でも無かった。
 『わたしのような者が!』って言ってたしな。

 結局よくわからないな。

 ただ一つ。
 はっきりしているのは、あの発言が無ければ、今日こんにちの王子殿下の劇的な変化は起きなかったであろうこと。

 結果、王国の役に立ったという点においては、実際に大したものな訳だが、いくら何でもそこまでは考えていないか。

 とりあえず、持って来たお茶を配りながら、そんなことを考える。


「妹は、基本真面目なので、素直に好みのタイプを言っただけのような気もします。領地にいた時も、父や自分の朝の鍛錬を楽しそうに眺めていましたので……純粋に『努力している人』が好きなのかもしれません」


 自分の考えを簡単にジュリーさんに伝えると、ジュリーさんは『そんなものか?』と笑いながら相槌を打った。

 目に見える形での『努力している姿』ならば、鍛錬している姿なんかは最高だろう。

 …………⁈

 いや、待てよ?
 そうなると、あの場にもう一人、そういう人物がいる。

 レン君だ。

 『自分に与えられた役割や立場をしっかりと理解し』……。

 彼の聖騎士としての対応は立派なものだ。
 前回も今回もそうだが、不当な理由で貶められたにも関わらず、彼は表情一つ変えなかった。
 ……表情筋が未発達な可能性は否定できないにしても、態度は一貫して穏やかで、あくまで『平民出身の聖騎士の役割』を全うしている。
 それに、ローズは彼の朝の鍛錬をよく眺めている、と言っていた。
 
 前回話した時も、多少の好意は感じられたから、無意識にそんな発言が出た可能性はないだろうか?

 いや、こじつけすぎか。
 先程も思った通り、よく考えての発言だろうから、無意識に、と言うのも考えにくいな。


「それはそうと、二試合することになるから、体調は万全にしておいてくれよ?」


 団長に、にこやかに言われ、軽く額を抑えた。

「こちらは、もう一人はどうなさる予定ですか?」

「何を言ってる。君が二人倒して、それで終わりだろう?」

「!」

 
 意味を理解して、目を見開いた。

 あ。
 これは嬉しい。

 信頼されているのがわかって、素直にかなり嬉しかった。


「団長。オレガノ君が照れてますよ?!」

「どうだ。オレについて来たくなっただろう?」


 黙り込むと、二人に思いっきり茶化されてしまった。
 顔が熱いので、さぞかし赤くなっていることだろう。


「まぁ正直、前回あの聖騎士には助けられているからな。ええと、クルス君だったか?彼に対しては、ほどほどにしてやってくれ。もう一人は秒殺して良いぞ。勿論殺すな」

「分かりました」

「聖堂側は、順番どうするつもりでしょうね?」

「子爵令息の方は、ずいぶん腕に自信があるような言い方だったからな。後に出てくると考えて妥当だろう」

「なるほど」

「まぁ、大丈夫だろう?最近の鍛錬で、うちの団の猛者たちと練習試合をした時は、誰も寄せ付けなかったそうじゃないか」

「いえ。偶々です」

「謙遜するな。それに、聖騎士で王国騎士と張り合えるなんて奴がいたら、もっと噂になっているだろうさ」

「…………黒騎士」


 突然、ジュリーさんの前で休憩をしていた騎士がぽつり、と呟いた。


「なんだ?」

「あれ?知りません?『黒騎士』。最近、聖女様の王都外公務の時、正規の聖女様付き聖騎士の他に、もう一人、影みたいな聖騎士が付いてるって。それがめっぽう強くて、道中が楽だって噂」

「知らない」

「え~?ほら、王都外に同行する旅団所属の王国騎士って、見栄えや階級はさておき、実戦慣れした猛者だらけでしょう?だから、彼らが認めているなら、それなりに強いだろうって。最近、王都内の城門勤務の騎士の間で囁かれてますよ?」

「そんな噂があるのか。信憑性は?」

「さて?又聞きの又聞きですから。先日城門勤務の同期と飲んだ時に、ちらりと聞いただけですし?」

「そうか」

「なんでも黒い馬に乗っていて?装備も規定のもの以外は黒で纏まってるから、悪役みたいでかっこいいと、何故か中年のオッサンばかりから人気を集めているらしいです」

「なんだそりゃ。気の毒なことだな」


 団長に合わせて周囲は笑った。
 でも、自分だけは何となく笑えなかった。
 
 黒騎士。
 
 黒馬を駆る聖騎士か。
 まぁ、この国で黒馬に乗っているっていうのは、珍しいといえば珍しいからな。
 この国の特に王都では『黒』は忌避されている。
 魔界の王子の髪の色が原因で『魔イコール黒』のイメージが定着しているからだ。

 勿論、馬は支給品だ。
 騎士サイドからは選べない。

 ところで、そんな忌避されがちな馬を押し付けられるような、酷い扱いを受けてる聖騎士ってさ……。
 今日の神官長の反応や、他の同僚たちの対応を考えると、さもありなん、だ。

 それに、そもそも馬の色だけの問題なのだろうか?
 例えば髪の色。
 聖騎士の制服は濃い紺色だから、髪、馬まで黒ければ、まさに黒騎士だ。

 そう言えば、今日彼の装備は、規定のもの以外黒で統一されてはいなかったか?
 
 それに、ローズは言っていた。
 『彼は、聖女様付きの聖騎士に補助的に入っていて、王都外に出ることが多い』と。

 また、こうも言っていた。
 『模擬戦は良い勝負になる』と。

 話半分程度に聞いていたが、これは、本当に甘く見てかかると、痛い目にあうかもしれないぞ。
 そもそも彼には魔法という奥の手がある。

 思わず口角が上がる。
 彼は想像以上の好敵手かもしれない。

 久しぶりに本気で戦えるかもしれないと思うと、気分が高揚した。

 今日はこれで終わりだから、帰ったら調整しよう。
 いい意味で気合が入ったので、鍛錬にも身が入りそうだ。

 周辺の物を片付けながら、そんなことを考えた。




(side レン)


 誰もいない広い浴槽の中で、全身の力を抜きながら、いつものように明日の予定などをぼんやりと考える。

 明日は、聖女様の王都外のご公務があるから、朝は少し早めに起きて、カザハヤを連れて来ておかなければならない。
 聖女様付きの聖騎士の馬は、聖堂内の馬小屋で飼われているが、それ以外は王都の外にある厩舎で飼われているから。

 今回は日帰りで宿泊がないから、多少気楽だ。
 何より荷物が無い。

 明後日は通常勤務。
 その次の日はあけ休みだが、午後からミゲル神官長補佐の警護を依頼されているから、午前中はよく寝ておかなければ。
 それからその次の日は……聖女様の王宮訪問の往復に追従するんだったか。


 目を閉じて、日程と用意するべき物に思考を巡らせる。

 あぁ。
 そうだ。

 頼んで置いた、整備油も取りに行かなければ。
 本当は今日行くつもりでいたが、予定が狂ってしまったから。
 今週は難しいだろうな。
 あけ休みの午前中以外は、休みがない。
 早めに頼んで置いてよかった。

 小さく一つ息を吐き出し、ゆっくりと目を開けた。

 脱衣所に人の気配を感じたから。

 日付が変わる前後のこの時間帯に、浴場に来る人間は限られている。
 この気配は……多分ミゲル神官長補佐。


「やぁ、やっぱり君だったか」


 僅かに振り向くと、浴室の扉を開けながら、疲れた笑顔でミゲル神官長補佐が声をかけてきた。


「お疲れ様です。お先に失礼しています」


 いつも通り軽く頭を下げて挨拶すると、ミゲル神官長補佐は小さく手を上げ、洗い場へ移動していった。

 この時間まで仕事をしていたのか。
 食事など出来ているのだろうか?
 休みも殆ど無いというし、苦労しすぎて体調を崩さないといいが。

 自分の仕事以外に、神官長の仕事も半分以上受け持っていると聞く。
 数年前までは多いと言われていた頭髪も、今ではすっかり減ってしまった。
 今日は、私の事でも随分神経をすり減らしただろう。
 本当に申し訳ないな。


「いやぁ、今日は気分が良かったな!」


 体を洗い終わった補佐は、思いの外明るい声でそう言うと、浴槽に入って来た。


「はぁ」

「王子殿下は、聞いていたのとは随分違うお人じゃないか!今日は本当に感服したよ。ああいった方が上に立ってくれると、部下はどれほど有り難いか!」

「そうですね」


 同意すると、ミゲル神官長補佐は笑った。

 王子殿下の配慮は、私にとっては勿体ないほどのものだった。

 『模擬戦参加が私に似つかわしくない』という神官長の意見は、全くその通りで、そう言った晴れがましい舞台は、貴族出身者が選ばれるべきだと思う。
 だから、ジャンカルロと交代することに何の不満も無かったが、例の如く執拗に貶められるのは、流石に堪える。
 ……ただ、この見た目と出自を考えれば、それも致し方無いことか。
 


「君の名誉がしっかり守られたという点も、私は嬉しかったよ?」

「ありがとうございます。王子殿下は、公平で本当にお優しい方で……私のような者を人間として扱って下さり、感謝しかありません」

「君は人間だよ?出自がどうあれ、ちゃんとした人間だ。そして今は聖騎士でもある。自信を持ちなさい」

「…………はい」

「私は不満だよ。『魔導が出来ることをひけらかした』と言われた時、何故反論しなかったのかね?」

「それは……」


 言うと、『口ごたえするな!』と返ってくることが予想できていたのもあるが……。


「実際、最近急激に魔力量が増えましたので、周囲の精霊が、かなり増えておりまして。魔力持ちの方なら『ひけらかされた』と感じてもおかしくは無いかと」

「そうか……」

「今後少し抑えるよう、検討します」

「あぁ。封印石に封印するんだったか。君が子どもの時、よくやっていたな」

「あれは……食べ物欲しさの小遣い稼ぎですから。忘れてください」


 恥ずかしくなって顔を伏せると、ミゲル神官長補佐は笑った。


「あの時も、君はよく頑張っていたよ。もちろん今もね」

「…………」


 優しい声音に胸が温かくなった。


「そういえば、模擬戦の順番だがね」

「はい」

「ジャンが先にやるそうだ」

「……そうなんですか?」

「あぁ。神官長が『主役は後に出てくる』と言ったのだが、君まで回さない!と意気込んでいたよ」

「それは頼もしいですね」


 ジャンカルロは、名のある流派の剣術を習っていたらしく、腕にかなり自信があるようだ。

 朝の鍛錬に殆ど顔を出さないので、どの程度の物かまでは分からないが、さぞ強いのだろう。
 人の試合を観られるのは、少し楽しみだ。

 それに、先にオレガノ様の戦い方を見ることが出来るというのは有り難い。
 彼の動きが尋常で無いだろうことは、ローズさんの視線の動きでわかる。

 彼女は、私の動きをしっかりと目で追えている。
 朝鍛錬は怪我予防の為、適度に力を抜いているとはいえ、ラルフですら怪しいことがあるのに。
 
 であれば、普段の私より動きは早いかもしれない。
 剣も軽い。
 長さのみ有利としても、大振りになるのは確実なので、迂闊に手は出せないな。

 今晩は、よくストレッチしてから寝よう。
 朝は早いが、怪我をするわけにはいかない。


「それでは、お先に失礼します」


 目を閉じてリラックスしているミゲル神官長補佐に声をかけ、掛け湯をすると、私は浴室を後にした。
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