投稿小説のヒロインに転生したけど、両手をあげて喜べません

丸山 令

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第四章

模擬戦実施委員会と顔合わせ(2) (side エミリオ)

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 平民と貴族。

 先日教師から習ったばかりの知識を引っ張り出して、俺は考えを巡らせる。

 同じ職務についていても、貴族出身の者が大役を担ったり出世するのは、王国ではしごく当然のことだそうだ。

 平民が優遇されるには、かなり突き抜けた才能を持っていなければならない。

 マリーの父親の『英雄アーサー』なんかは良い例で、彼は平民出身だが『聖槍に選ばれ魔王軍を撤退させた』という武勲を持つ。
 そのレベルで突出していれば、例え優遇されても貴族は文句を言わない。
 現在爵位を持っているものは、建国当時から現在までに、国の為に戦い武勲を立てた者の末裔だからだ。


 さて、ここにいる黒髪の聖騎士はどうだろう。


 神官長いわく、平民出身の貧弱な聖騎士だ。
 しかし、補佐は剣術では他の聖騎士に劣らないという。

 劣らないってことは同程度ってことか?
 それなら、同程度に戦える貴族出身の者を選びたいという神官長の考えは正論だ。

 そもそも、階級の頂点に立ち、優遇されている立場の俺が、『階級など関係無い』というのはひどくナンセンスな話だろう。

 では、神官長の言う通り、貴族階級の別の聖騎士に変更するべきか。


「如何でしょう。王子殿下!丁度新しく聖騎士の職についた、オースティン子爵の息子がおりましてね?今朝模擬戦のことを知り、立候補して来ました。気概のある、立派な若者です!」

「ああ……そうだな」


 見た感じやる気の見えないこいつと、やる気一杯のオースティン子爵の子息なら、どちらにやらせるべきかは明白だ。


「ではっ!」


 そこで、ふとジェフのことを思い出す。

 そうだ。
 この聖騎士に、火の魔法を見せてもらう約束もしていたんだった。
 そのオースティン子爵の子息に、魔法が使える保証は無いから、勝手に変更するとあいつに怒られそうだな。


「いや、待て。そのオースティン子爵の子息は魔法が使えるのか?」

「何のことでしょうか?」

「模擬戦の後、その聖騎士から火の魔法を見せてもらう約束をしている。その子爵の子息にも同様のことが出来るならば、変更しても構わないが」

「王子殿下。少しお待ちください」


 神官長は愛想笑いを浮かべて、視線を黒髪の聖騎士に向けた。
 口元には笑みのような物を浮かべているが、目つきは驚くほど冷たい。


「クルス君。君は魔法が使えるのかね?」

「……はい」

「それは聞いたことがなかったよ。そんなことを話してまで、王子殿下の注意を引きたかったのかね?」

「あ、違うぞ?!ジェフが言ったんだ。そいつが言ったわけじゃない」


 何やら不穏な空気が流れたので、止めに入った。
 これ以上余計なことで揉められてはかなわない。
 
 それなのに、神官長は更に怒った様子で聖騎士をなじった。
 

「なるほど。お前の如き下賤がどうやってジェファーソン様に取り入ったかと思ったが、魔法が使えることをひけらかして気を引いたわけか。実に卑しい思考だな」

「…………」

 
 聖騎士の方は小さく口を開いたが、すぐに引き結び目線を下げた。


「反論ができるかね?」

「…………いえ」

「はっ!なんとしても殿下や御令息の気を引きたかったと見える。王子殿下、浅ましい聖騎士で申し訳なく思います。やはり、私にはこの者が適任とは到底思えません」


 俺は困惑した。

 前回の奴の対応を思い出してみるが、ここまで酷く言われるものではなかった筈だ。
 存在感こそあまりなかったが、対応は丁寧で……寧ろ好感を持ったからこそ、模擬戦の話もしたのだし。
 そもそもこいつ、自分から話をするどころか、置物のように動かないじゃないか。
 ジェフに対して、自分から能力をひけらかすようには到底見えない。

 察するに、神官長はこの聖騎士が嫌いなんだろう。
 逆に、散々な言われようなのに、聖騎士からはなんの感情も伝わってこない。

 見ているこっちが気の毒な気分になってくる。
 だが、どう口を挟んでも上手く止められる気がしない。

 すると、神官長の横から補佐が口を挟んだ。
 やつは、冷や汗をハンカチで拭いながら、その場で深く頭を下げる。


「神官長。クルス君の魔導の件は、お伝えしていなかった私に落ち度がありました。申し訳ありません」

「なんだ。ミゲル補佐は知っていたのかね?」

「はい。ただ彼は、自分からそれをひけらかすようなことは決して致しません」

「なんだかわからないよ?これだから平民は……」


 聞いていてどうにも気が滅入る。

 つい最近習ったばかりの『貴族と平民の確執』っていうのは、こういうことなのか。

 貴族は平民を常に見下して扱い、平民は横柄な貴族に嫌気がさしているという話。

 確かに、自分が守っている対象からこんな酷い扱いを受ければ、嫌気がさすに違いない。

 俺も立場は神官長側の人間だ。

 ……俺直属の騎士たちも、今まで同様の思いをしていたのだろうか。
 これまでのやんちゃの数々を思い出して、居た堪れない気分になる。

 いや、反省は後にしよう。

 とりあえず、今はこの弱い者いじめのような状況をなんとかしないとな。

 そういえば、先日、王族としてのあり方を学びたいと頼んだ際、父様が嬉しそうに渡してきた本に、臣下同士の諍いをおさめる方法みたいなのが載っていたな。
 確か、双方の意見を其々の立場からよく聞き、客観的に見て判断する……だったか?

 神官長側からの話はうざいほど聞いたから、後はあいつ側の話を聞いて、俺が判断すれば良いってことだな。


「おい、お前。ジェフに自分から魔法が使えると言ったのか?」


 聖騎士の顔を見て尋ねると、奴はこちらに向かって一礼した。

 うん。
 きちんとしてるよな。コイツ。
 無表情ではあるが、あまり悪い印象は無い。


「発言させて頂きます」

「許す」

「恐れながら申し上げます。こちらからお話ししたものではありません」

「では、何故ジェフはお前が魔法を使えることを知っていた?マリーが教えたのか?」

「いえ。ある水準以上の魔力を持っていますと、相手の周りを漂う精霊を見ることが出来ます。そこから、相手の力や得意な魔導を知ることが出来ます」


 ん?
 何と言った?

 精霊が見える?!?!

 精霊がいるのか?
 こいつのまわりに?
 つまり、ジェフは専門学校に行くほどの魔力持ちだから、それが見えていたってことか?

 衝撃的だった。
 精霊って御伽話じゃないのか?


「何をふざけたことを!」


 神官長が怒声をあげたので、聖騎士は黙った。


「精霊が見える?そんな虚言を言って王子殿下に取り入ろうなど!恥をしれっ!!」

「待て待て。お前の周りに精霊がいて、ジェフはそれをみて勝手に判断したということか?」

「……はい」

「俺には精霊は見えないし、正直御伽話だと思っていたが……」
「その通りです!」


 神官長が割り込んで来たので、視線をおくって黙らせた。


「証明できるか?」

「魔導士に確認して頂ければ、同様の解答が得られるかと思います」

「なるほど。おい。王宮魔導士を一人呼べるだろうか?」


 ハロルドに視線を投げると、奴はやけに優しげな目で俺を見て、部屋から出て行った。
 あいつが協力的ってことは、どうやら俺の判断は間違っていないようだ。


「お前のせいで王子殿下に、しいては王宮にご迷惑がかかっているではないか!いい加減にしろ」

「……申し訳ありません」

「いい。これは、その聖騎士が模擬戦に相応しい人間かどうか確認するためにこちらが勝手に行っていることだから、気にするな」


 見ていて気分が悪くなるので、早々に話を止める。
 
 さて、どうやったら証明できるかな。
 ジェフが見て、こいつの得意な魔法を言い当てたことの証明をすればいいわけだから。

「お前の得意な魔法を今聞いておいて、これから来る魔導士が同じことを答えれば証明になるな。神官長、それでいいか?」

「……結構でございます」

「よし。お前の得意な魔法は何だ?」


 聖騎士は一瞬目を伏せたが、すぐに視線を戻して応えた。


「……風と火です」

「よし。ここにいる全員が証人になる。『風と火』覚えておけよ?」


 周りに視線を投げると、団長以下俺専属の騎士は全員頷いた。

 聖堂側も神官長補佐と、神官、もう一人の聖騎士は頷いた。
 神官長は視線を下げている。
 

 数分後、ハロルドが初老の王宮魔導士を連れて戻ってきた。


「お呼びと伺い参りました。王子殿下。私は何をすれば宜しいですかな?」

「あぁ。『魔力がある者は精霊が見えていて、見ただけで相手が魔法を使えるとか、得意な魔法は何かが分かる』というんだが本当か?」

「本当でございますよ。魔力のある者の周囲には、常にその者の得意な属性の精霊が集まりますので、見ただけでわかります」

「では、そのことを証明したい。あの聖騎士の得意な魔法を教えてくれないか?」

「お安い御用です。ほうほう。君は本当に聖騎士なのか?なかなかの魔力量だ。ふむ」


 魔導士は優しげに聖騎士を見る。
 聖騎士は僅かに頭を下げた。


「実に珍しい。彼は二属性持ちですな」


 魔導士の言葉に、周囲からため息が漏れた。


「珍しいのか?」

「珍しいですな。王宮魔導士の中にも数人しかおりません。更に彼のように相性の良い二属性となると希少ですぞ?」

「そうなのか」

「属性は『風と火』。主は風だが火が劣るわけではない」

「よし。せっかくだ。お前の属性を俺だけに教えてくれ」


 魔導士は俺の耳元で口の前に手をかざし、俺だけに届く小さな声で囁く。


(私は土属性です)


 俺は聖騎士に向き直って問う。


「聖騎士!この者の属性を言えるか?」

「土属性です」

「正解だ。お前たちが話すのは今が初めてだな?」

「「はい」」


 双方から返事がかえり、周囲を見回すと皆こちらを見て頷いた。


「これを持って、その聖騎士が嘘を言っていないことの証明とする。見たところ取り入ろうなどの意図も無いだろう。なにしろ前回魔法を見せろと言った時に、そいつ、『危ないし見せるほどの腕前じゃ無い』って、一度断ってるからな」


 笑い含みに視線を送ると、聖騎士は目を僅かに伏せ、その場で深く頭を下げた。

 感謝されたのだとわかり、気分が良くなる。

 うん。
 なかなか上手くまとめられたんじゃないか?

 だけど、そのまま神官長に視線を移して、背筋に震えが走った。
 神官長が怒りのこもった冷たい目で、聖騎士を睨みつけていたから。

 このまま聖堂に帰すと、もしかしてこの聖騎士はもっと酷い目に遭うんじゃないか?

 聞いた話を総合して聖騎士よりのジャッジをしてしまったが、神官長の面子を完全に潰してしまった感もある。

 階級は神官長が上だ。
 奴の立場も考えるべきだったか。

 上に立つのはつくづく難しいな。
 だが、階級が上の俺が、あからさまに機嫌をとりにいくのは絶対に駄目だ。
 舐められる。


「あー。だが、その貴族出身の聖騎士が魔法を使えるのなら、もちろん交代してもいいぞ?それは神官長の判断に任せる」
 
「現在勤務している聖騎士で、魔導系の学校を出ているのは、この者だけです」


 神官長補佐がすかさず言ったので、俺は頷く。

 どうやら聖堂の全てを把握しているのは、この男のようだ。
 確かミゲル神官長補佐といったか。
 こいつの名前は覚えておいた方がいいな。


「そうか。ではそこの聖騎士は参加でいいだろう。なぁ?神官長」

「……かしこまりました」

「うん。だが自分から立候補し、お前が認めているということは、その貴族出身の者も相当な使い手なんだろう?折角だから二試合するか?どうだろう。団長」

「それでしたら勝ち抜き戦に致しましょう。二人倒した方の勝ち。それで良いな?オレガノ君」

「はっ」

「如何でしょうか。王子殿下」

「良い。神官長はどうかな?」

「私の意を汲んで頂きありがとうございます」


 神官長は顔に喜色をうかべた。
 少しだけ気を良くしたようだ。
 もうひと推ししておくか。


「うん。順番とかはお前の好きに決めるといい。会場の整備なんかも全てお前に任せるから、存分にやってくれ」

「はい。全身全霊であたらせて頂きます」

「あぁ。頼む。俺の思いつきで世話をかけるが、きっと期待に応えてくれると、楽しみにしている」

「有難いお言葉。光栄でございます」

「それでは、今日は当初の予定通り、模擬戦参加の二人に挨拶して頂きましょう。追加の騎士の顔合わせは当日で良いですね?」


 ジュリーがうまく話をまとめ、両騎士がそれぞれ名前のみの自己紹介をし、前に進み出て握手を交わした。

 貧弱だなんだと散々貶されてはいたが、横に並べてみると、思ったほどの身長差は無いな。
 勿論筋肉の量なんかは、制服越しに見てもオレガノの方が圧倒しているが、ちゃんと鍛えていそうだし、細くても別になよっとしてるわけじゃ無いし。

 面白い勝負になるといいな。

 会議の議題が全て終わったので、俺は団長に先導されて部屋に戻った。


 ハロルドが満面の笑みを浮かべながら、真っさらな封筒と製作済みの招待状の束を持って、俺にサインを求めてくるのは、その後の話。
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