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第四章
模擬戦実施委員会と顔合わせ(1) (side エミリオ)
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「王子殿下。聖堂の関係者がみえましたので、移動をお願い致します」
昼の食事が終わって部屋に戻ったと思ったら、間をおかず入ってきた騎士が、そう告げた。
今日は午後から『模擬戦の日程や条件を詰める会議』が王宮で開かれることになっている。
日程や場所などは、既にジュリーと聖堂側で話がついていて、今日はその確認と顔合わせを短時間で済ませる予定らしい。
簡単に考えていたが、何かを企画するっていうのは思った以上に大変なことなんだな。
話の内容についていけるのかなど、多少の不安は残るものの、自分から言い出した以上しっかり責任はとらなければ、『役割を理解して努力するカッコいい王子』とは言えない気がするので、なんとか集中を切らさないよう頑張ろうと心に決める。
俺の準備が整うと、いつも通り団長が先陣を切り、その少し後方をジュリーが続く。
俺の後ろには三人の騎士。
うち一人は、今回の模擬戦に出るよう俺が指名した真面目な男。
いい加減に名前で呼ぶべきなのだが、あれだけあだ名のように『香草兄』と呼び続けてしまったので、今更気恥ずかしくて呼びにくい。
たまに声に出して練習してみたりもしたが、未だに名前では呼べずにいる。
王宮の会議室棟にある小さめな会議室に着くと、俺は中に足を踏み入れた。
会議室の中には、前回顔を合わせた神官長と補佐、知らない神官の男が一人と聖騎士が二人、合計五人の聖堂関係者。
神官三人は椅子にかけており、聖騎士はその後方に立って控えている。
聖騎士のうち一人は、前回模擬戦の話をした黒髪の男で、もう一人は年配だ。
ところで、聖騎士って身長制限でもあるのか?
黒髪の方も背が高いと思っていたが、年配の方は更にひとまわり大きく、全体的にムキムキしている。
見るからに強そうだ。
「これはこれは、王子殿下!お忙しいところ王宮にお招き頂き、このマヌエル光栄の至りでございます」
芝居がかった仕草で立ち上がった男に、俺は眉を寄せた。
前回も思ったが、この男、少し苦手だ。
模擬戦運営を担当する責任者と事務官、それから当日戦う聖騎士に用が有っただけなのだが、神官長自ら責任者としてわざわざやってきたらしい。
神官長は、役職上さぞや忙しいのだろうと思っていたのだが、案外暇なのか?
左右に座る神官たちは、無言で立ち上がると静かに頭を下げ、それに合わせて後方の聖騎士も綺麗な動作で頭を下げた。
「わざわざ来てもらってご苦労だった。短時間で終わらせるつもりだから、気楽にしてくれ」
俺は言いながらハロルドに示された椅子に座る。
神官長は、また恭しくお辞儀をした。
なんというか……第一印象で人を判断するのは良くないかもしれないが、めんどくさそうな男だ。
「では、皆様どうぞお座りください」
ジュリーが前に進み出て、神官たちは席につく。
そして会議が始まった。
まずは日時と場所について。
社交シーズンが始まる前に済ませたいという王宮側の要請で、日時は今月の末に決まった。
数週間余裕はあるが、練習したり場所を整備するのに、その程度の時間は必要なのだろう。
場所は聖堂の聖騎士の鍛錬場。
王宮の闘技場なども検討されたようだが、大事になりすぎるという理由で、そうなったらしい。
まぁ、俺の興味本意で行う一試合だけの模擬戦に、王宮の闘技場を使うわけにはいかないよな。
あと、これは聖堂側には伝えていないが、どう考えても不利な聖騎士に、せめて慣れた場所で戦わせてやろうと忖度ってやつをしたそうだ。
随分と余裕のある話だな。
「次に観戦を希望する者たちを、どこまで受け入れるかですが……」
「聖堂側でもちょっとした騒ぎになっていましてね?聖女候補や、聖女様も時間が許せば見たいようなのですよ。何処から話が漏れたのか知りませんがね?」
神官長は粘着質にニヤリと笑った。
騒いでいるのが聖女候補や聖女様方面なら、普通に考えてマリーかリリアだろう?
他に誰が言うというんだ。
無駄に含みを持たせて何が言いたいんだか。
まぁいい。
「ジェフも見たいと言っていたから、場合によっては魔導専門学校生も来るかもしれないな」
「一般の観戦者が増えますと、警護にかかる人員を増やさねばなりませんので、あまり多くするわけには…… 」
これは額の汗を拭いながらの神官長補佐の発言。
確かに、聖騎士は限られた人数しかいないから、一般の客はあまり入れない方がいいのか?
「ですが、折角のイベントですし、華やかにやりたい気もしますがねぇ?王子殿下主催となれば参加したい者も多いでしょう。それまでに御所望の剣も用意しておきますので」
神官長が言い、補佐は困ったように眉を下げた。
どうやら聖堂側では意見が割れているようだ。
そこで、取りまとめていたジュリーが発言する。
「王子殿下の警護は、こちらで確実におこないますので心配は無用です。今回は人数も増やして警護に当たる予定ですし。聖女様は聖女様付きの聖騎士がつきますよね?」
「はい」
「では、模擬戦の関係者は垣根なく観戦出来るように致しましょう。この試合は、王国騎士聖騎士両方にとって互いを知る良い機会になるでしょうから」
「関係者の範囲は?」
「聖堂関係者、王宮関係者で試合が見たいもの、試合を行う者の関係者、ジェファーソン様から招待を受けた方、といったところでしょうか?」
ジュリーがこちらに視線を送ってきた。
「いいんじゃないか?観客が少なくては、試合をする方もつまらないだろう?」
香草兄を見ると、奴は困ったような顔でこちらを見た。
「言いたいことがあったら言ってみろ」
「はっ!恐れながら、自分は試合に集中したいので観客は少なくて良いと考えます」
「そうか」
折角試合するんだから、色々な人に見てもらいたいものじゃないのか?
俺だったら見てもらいたいが。
香草兄は控えめだから、そんなもんなのか。
「いやいや、折角の英雄の御子息の勇姿です。王国騎士の皆様も拝見されたい方が多いのでは?」
横から口を挟んだのは神官長。
神官長は逆に観客を増やしたいようだな。
大変なのは聖堂側だろうに。
「まぁいい。身元が確認できる者に関しては、とりあえず観戦を許可する方向でいいだろう?観戦者に騎士が多いならば、自分のことくらい守れるだろうし、いざという時には、そいつらに協力してもらおう」
「そうですね。王都内勤務の騎士には、通達を出しておきます。身元確認については、王宮関係者並びに王国騎士は徽章と所属を聖堂入場時に確認。一般は招待状を持つ者のみと致しましょうか」
「招待状を一律で作る必要がありますね」
「それは王宮側で用意いたします。王子殿下の署名の入ったものが良いでしょうから。ジェファーソン様にはこちらから連絡を入れておきますね」
「お願い致します」
「そちらで必要な部数がありましたら、週末までにご連絡ください」
「かしこまりました」
ジュリーと担当神官が体裁を整え、観戦者の範囲はそれでまとまった。
うん。
実務はこの二人に任せておけば安心だな。
周囲を見回すと、それぞれが全く違う表情をしていた。
神官長は顔に喜色を浮かべており、それとは逆に補佐と神官は顔を曇らせている。
こちら側は、香草兄だけがどんよりとした顔をしていた。
目立つことがあまり好きじゃないんだな。
貴族出身のくせに、妙に慎ましやかな男だ。
対戦相手である聖騎士を見ると、こちらは表情どころか指一本動かない。
前回もそうだったが、必要な時以外は全く存在感を感じない男だ。
「では、当日の進行についてですが」
ジュリーが話を進めたので俺は視線を戻した。
「お手元に配布した書類の通り進行して参ります」
「あぁ。あのちょっと宜しいですかね?」
「何でしょう。マヌエル神官長」
「この『王子殿下の剣術披露』の後で結構なので、聖堂より王子殿下へ剣を献上させて頂きたいのですが……」
「なるほど。いかがでしょう。王子殿下」
「こちらから依頼した物だからな。間に合うようならそうしてくれ」
「ありがとうございます。その大役は、この私マヌエルが務めさせて頂きます」
「…………あぁ」
なるほど。
妙に観客を集めたがると思っていたが、こいつは目立ちたがりな訳か。
周りの神官たちが冷めた目をしていて、苦労していそうだと少し気の毒に思う。
「では、開会後の王子殿下剣術披露の後に、剣の献上を追記願います」
各々は書類に追記を行なった。
「その後は模擬戦を行い、決着後、王子殿下より、労いのお言葉を頂戴します。そこで一度休憩を挟みまして、ジェファーソン様の状況に応じてですが、魔導披露へと進みます」
着席している全員が頷いたので、これで当日の進行も決まりだな。
残すところは対戦相手の顔合わせだが……。
「あのー。少し宜しいですかな?」
「……何でしょう。マヌエル神官長」
「ええ。その休憩中に、余興などはいかがと思いまして。私、少々マジックなど嗜んでおりまして、これが暇つぶしには最適かと」
「…………はぁ」
ジュリーが、一瞬呆けた顔をした。
本物の魔法見る前にマジック見るって、一体誰に得があるんだ?
そもそも、ある程度内容は決まっていたはずなのに、何で今になって言ってくるのだろう。
先程から、ちょこちょこ口を挟んできて、無駄に時間をとっている気がする。
少しイラッとしたが、否定すると更に余計な時間を喰いそうだ。
「その辺りは、神官長に任せる」
適当に答えると、神官長は嬉しそうに頭を下げた。
本当にめんどくさい。
ジュリーが俺を見たので頷くと、奴は微かに笑みを浮かべて頭を下げた。
「では、顔合わせに移行させていただきます」
「あぁ、それからその件も……」
「神官長」
険しい顔で、こめかみのあたりを指で押さえながら、何かを言いかけた神官長に、補佐が声をかけた。
「なんだね?ミゲル神官長補佐」
「その件は、先日申し上げた通り、王子殿下から直接指示を受けています。今更変更という訳には……」
「そうはいっても、よくよく考えてみたまえ。クルスは平民で……」
「それに関しては、ジュリー様としっかり話し合った結果、問題にならないと……」
「しかし、見てみたまえ。この細い体を。いったい食事や鍛錬は足りているのかね?こんなに貧弱では、あちらの英雄の御子息と比べて、明らかに見劣りするだろう?」
「食事が足りないということならば、それは聖堂側の問題でしょう。彼の責任ではない。それに、クルス君は多少線は細いですが、剣術において他の聖騎士に劣ることはございません」
「どうだか。それに、それなりの技量が無ければ、負けて恥をかくのは彼だぞ?」
「……それは……」
「そもそも、礼儀作法に通じていなければ、聖騎士のイメージダウンにも繋がる。だから私は、今日彼を連れてくるべきでは無いと言ったのだ」
「だから、わざと今朝までクルス君に今日の会議を伏せていたのですか?」
「もっと適任者がいると思ってね」
「それにしても、王宮からの要請に応えないのは礼儀を欠きます」
「無作法者を連れてくるより、貴族階級のしっかりした者を連れてくるべきだと思うのは当然のことだろう。そうですよね?王子殿下」
いきなり身内で言い争いを始めたかと思ったら、突然こちらに話を振られて、俺は固まった。
こいつは一体何を言っているんだ?
いったい、どうしたいというんだ?
大枠は既に決まっているというのに、今更対戦する聖騎士を変えろということなのか?
「私も最初は『ただ試合するだけのもの』と考えておりましたが、王子殿下の剣術披露やジェファーソン様の魔法実演が呼び水となり、この模擬戦は今や一大イベントでございます。それに出るのに、この者は相応しくない!」
鼻息荒く言う神官長に、俺はドン引きした。
つまり、『黒髪の聖騎士は平民だし貧弱だから、華やかな模擬戦に参加するには役不足だ』と言いたいのか?
それは、いくらなんでもあんまりな物言いじゃないか?
しかも本人のいる前でとか、さすがに傷つくだろう?
気の毒になって、ちらりと聖騎士に視線を向けるが、奴は相変わらずぴくりとも動かない。
あー全く!!
こっちはこっちで、何を考えているかさっぱりわからないじゃないか!
お前は模擬戦に出たいのか、出たくないのか、いったいどっちなんだ?!?!
もう少し顔の筋肉を鍛えておけーーっ!!
無性にイライラしてきて俺は髪をかいた。
どうする?
こちらとしては、対戦相手が別の者でも全く問題無い。
前回、たまたま俺たちの警護についた、という理由でアイツに決まっただけの話だし。
「もっと相応しいと思う聖騎士がいるのか?」
神官長に問うと、嬉しそうに頷きながら答えてくる。
「勿論です。今朝も貴族出身の者から『彼を出すくらいなら自分が出たい。立派に役割を勤める』と打診があった程でして」
「ふむ」
やる気がある者に任せた方が、場合によっては面白い試合になるのかな?
香草兄と比較すると、確かに黒髪の聖騎士は貧弱だ。
外見で言うなら、隣に立つ聖騎士のがよっぽど強そうだしな。
さて。どうするか。
俺はしばし考え込んだ。
昼の食事が終わって部屋に戻ったと思ったら、間をおかず入ってきた騎士が、そう告げた。
今日は午後から『模擬戦の日程や条件を詰める会議』が王宮で開かれることになっている。
日程や場所などは、既にジュリーと聖堂側で話がついていて、今日はその確認と顔合わせを短時間で済ませる予定らしい。
簡単に考えていたが、何かを企画するっていうのは思った以上に大変なことなんだな。
話の内容についていけるのかなど、多少の不安は残るものの、自分から言い出した以上しっかり責任はとらなければ、『役割を理解して努力するカッコいい王子』とは言えない気がするので、なんとか集中を切らさないよう頑張ろうと心に決める。
俺の準備が整うと、いつも通り団長が先陣を切り、その少し後方をジュリーが続く。
俺の後ろには三人の騎士。
うち一人は、今回の模擬戦に出るよう俺が指名した真面目な男。
いい加減に名前で呼ぶべきなのだが、あれだけあだ名のように『香草兄』と呼び続けてしまったので、今更気恥ずかしくて呼びにくい。
たまに声に出して練習してみたりもしたが、未だに名前では呼べずにいる。
王宮の会議室棟にある小さめな会議室に着くと、俺は中に足を踏み入れた。
会議室の中には、前回顔を合わせた神官長と補佐、知らない神官の男が一人と聖騎士が二人、合計五人の聖堂関係者。
神官三人は椅子にかけており、聖騎士はその後方に立って控えている。
聖騎士のうち一人は、前回模擬戦の話をした黒髪の男で、もう一人は年配だ。
ところで、聖騎士って身長制限でもあるのか?
黒髪の方も背が高いと思っていたが、年配の方は更にひとまわり大きく、全体的にムキムキしている。
見るからに強そうだ。
「これはこれは、王子殿下!お忙しいところ王宮にお招き頂き、このマヌエル光栄の至りでございます」
芝居がかった仕草で立ち上がった男に、俺は眉を寄せた。
前回も思ったが、この男、少し苦手だ。
模擬戦運営を担当する責任者と事務官、それから当日戦う聖騎士に用が有っただけなのだが、神官長自ら責任者としてわざわざやってきたらしい。
神官長は、役職上さぞや忙しいのだろうと思っていたのだが、案外暇なのか?
左右に座る神官たちは、無言で立ち上がると静かに頭を下げ、それに合わせて後方の聖騎士も綺麗な動作で頭を下げた。
「わざわざ来てもらってご苦労だった。短時間で終わらせるつもりだから、気楽にしてくれ」
俺は言いながらハロルドに示された椅子に座る。
神官長は、また恭しくお辞儀をした。
なんというか……第一印象で人を判断するのは良くないかもしれないが、めんどくさそうな男だ。
「では、皆様どうぞお座りください」
ジュリーが前に進み出て、神官たちは席につく。
そして会議が始まった。
まずは日時と場所について。
社交シーズンが始まる前に済ませたいという王宮側の要請で、日時は今月の末に決まった。
数週間余裕はあるが、練習したり場所を整備するのに、その程度の時間は必要なのだろう。
場所は聖堂の聖騎士の鍛錬場。
王宮の闘技場なども検討されたようだが、大事になりすぎるという理由で、そうなったらしい。
まぁ、俺の興味本意で行う一試合だけの模擬戦に、王宮の闘技場を使うわけにはいかないよな。
あと、これは聖堂側には伝えていないが、どう考えても不利な聖騎士に、せめて慣れた場所で戦わせてやろうと忖度ってやつをしたそうだ。
随分と余裕のある話だな。
「次に観戦を希望する者たちを、どこまで受け入れるかですが……」
「聖堂側でもちょっとした騒ぎになっていましてね?聖女候補や、聖女様も時間が許せば見たいようなのですよ。何処から話が漏れたのか知りませんがね?」
神官長は粘着質にニヤリと笑った。
騒いでいるのが聖女候補や聖女様方面なら、普通に考えてマリーかリリアだろう?
他に誰が言うというんだ。
無駄に含みを持たせて何が言いたいんだか。
まぁいい。
「ジェフも見たいと言っていたから、場合によっては魔導専門学校生も来るかもしれないな」
「一般の観戦者が増えますと、警護にかかる人員を増やさねばなりませんので、あまり多くするわけには…… 」
これは額の汗を拭いながらの神官長補佐の発言。
確かに、聖騎士は限られた人数しかいないから、一般の客はあまり入れない方がいいのか?
「ですが、折角のイベントですし、華やかにやりたい気もしますがねぇ?王子殿下主催となれば参加したい者も多いでしょう。それまでに御所望の剣も用意しておきますので」
神官長が言い、補佐は困ったように眉を下げた。
どうやら聖堂側では意見が割れているようだ。
そこで、取りまとめていたジュリーが発言する。
「王子殿下の警護は、こちらで確実におこないますので心配は無用です。今回は人数も増やして警護に当たる予定ですし。聖女様は聖女様付きの聖騎士がつきますよね?」
「はい」
「では、模擬戦の関係者は垣根なく観戦出来るように致しましょう。この試合は、王国騎士聖騎士両方にとって互いを知る良い機会になるでしょうから」
「関係者の範囲は?」
「聖堂関係者、王宮関係者で試合が見たいもの、試合を行う者の関係者、ジェファーソン様から招待を受けた方、といったところでしょうか?」
ジュリーがこちらに視線を送ってきた。
「いいんじゃないか?観客が少なくては、試合をする方もつまらないだろう?」
香草兄を見ると、奴は困ったような顔でこちらを見た。
「言いたいことがあったら言ってみろ」
「はっ!恐れながら、自分は試合に集中したいので観客は少なくて良いと考えます」
「そうか」
折角試合するんだから、色々な人に見てもらいたいものじゃないのか?
俺だったら見てもらいたいが。
香草兄は控えめだから、そんなもんなのか。
「いやいや、折角の英雄の御子息の勇姿です。王国騎士の皆様も拝見されたい方が多いのでは?」
横から口を挟んだのは神官長。
神官長は逆に観客を増やしたいようだな。
大変なのは聖堂側だろうに。
「まぁいい。身元が確認できる者に関しては、とりあえず観戦を許可する方向でいいだろう?観戦者に騎士が多いならば、自分のことくらい守れるだろうし、いざという時には、そいつらに協力してもらおう」
「そうですね。王都内勤務の騎士には、通達を出しておきます。身元確認については、王宮関係者並びに王国騎士は徽章と所属を聖堂入場時に確認。一般は招待状を持つ者のみと致しましょうか」
「招待状を一律で作る必要がありますね」
「それは王宮側で用意いたします。王子殿下の署名の入ったものが良いでしょうから。ジェファーソン様にはこちらから連絡を入れておきますね」
「お願い致します」
「そちらで必要な部数がありましたら、週末までにご連絡ください」
「かしこまりました」
ジュリーと担当神官が体裁を整え、観戦者の範囲はそれでまとまった。
うん。
実務はこの二人に任せておけば安心だな。
周囲を見回すと、それぞれが全く違う表情をしていた。
神官長は顔に喜色を浮かべており、それとは逆に補佐と神官は顔を曇らせている。
こちら側は、香草兄だけがどんよりとした顔をしていた。
目立つことがあまり好きじゃないんだな。
貴族出身のくせに、妙に慎ましやかな男だ。
対戦相手である聖騎士を見ると、こちらは表情どころか指一本動かない。
前回もそうだったが、必要な時以外は全く存在感を感じない男だ。
「では、当日の進行についてですが」
ジュリーが話を進めたので俺は視線を戻した。
「お手元に配布した書類の通り進行して参ります」
「あぁ。あのちょっと宜しいですかね?」
「何でしょう。マヌエル神官長」
「この『王子殿下の剣術披露』の後で結構なので、聖堂より王子殿下へ剣を献上させて頂きたいのですが……」
「なるほど。いかがでしょう。王子殿下」
「こちらから依頼した物だからな。間に合うようならそうしてくれ」
「ありがとうございます。その大役は、この私マヌエルが務めさせて頂きます」
「…………あぁ」
なるほど。
妙に観客を集めたがると思っていたが、こいつは目立ちたがりな訳か。
周りの神官たちが冷めた目をしていて、苦労していそうだと少し気の毒に思う。
「では、開会後の王子殿下剣術披露の後に、剣の献上を追記願います」
各々は書類に追記を行なった。
「その後は模擬戦を行い、決着後、王子殿下より、労いのお言葉を頂戴します。そこで一度休憩を挟みまして、ジェファーソン様の状況に応じてですが、魔導披露へと進みます」
着席している全員が頷いたので、これで当日の進行も決まりだな。
残すところは対戦相手の顔合わせだが……。
「あのー。少し宜しいですかな?」
「……何でしょう。マヌエル神官長」
「ええ。その休憩中に、余興などはいかがと思いまして。私、少々マジックなど嗜んでおりまして、これが暇つぶしには最適かと」
「…………はぁ」
ジュリーが、一瞬呆けた顔をした。
本物の魔法見る前にマジック見るって、一体誰に得があるんだ?
そもそも、ある程度内容は決まっていたはずなのに、何で今になって言ってくるのだろう。
先程から、ちょこちょこ口を挟んできて、無駄に時間をとっている気がする。
少しイラッとしたが、否定すると更に余計な時間を喰いそうだ。
「その辺りは、神官長に任せる」
適当に答えると、神官長は嬉しそうに頭を下げた。
本当にめんどくさい。
ジュリーが俺を見たので頷くと、奴は微かに笑みを浮かべて頭を下げた。
「では、顔合わせに移行させていただきます」
「あぁ、それからその件も……」
「神官長」
険しい顔で、こめかみのあたりを指で押さえながら、何かを言いかけた神官長に、補佐が声をかけた。
「なんだね?ミゲル神官長補佐」
「その件は、先日申し上げた通り、王子殿下から直接指示を受けています。今更変更という訳には……」
「そうはいっても、よくよく考えてみたまえ。クルスは平民で……」
「それに関しては、ジュリー様としっかり話し合った結果、問題にならないと……」
「しかし、見てみたまえ。この細い体を。いったい食事や鍛錬は足りているのかね?こんなに貧弱では、あちらの英雄の御子息と比べて、明らかに見劣りするだろう?」
「食事が足りないということならば、それは聖堂側の問題でしょう。彼の責任ではない。それに、クルス君は多少線は細いですが、剣術において他の聖騎士に劣ることはございません」
「どうだか。それに、それなりの技量が無ければ、負けて恥をかくのは彼だぞ?」
「……それは……」
「そもそも、礼儀作法に通じていなければ、聖騎士のイメージダウンにも繋がる。だから私は、今日彼を連れてくるべきでは無いと言ったのだ」
「だから、わざと今朝までクルス君に今日の会議を伏せていたのですか?」
「もっと適任者がいると思ってね」
「それにしても、王宮からの要請に応えないのは礼儀を欠きます」
「無作法者を連れてくるより、貴族階級のしっかりした者を連れてくるべきだと思うのは当然のことだろう。そうですよね?王子殿下」
いきなり身内で言い争いを始めたかと思ったら、突然こちらに話を振られて、俺は固まった。
こいつは一体何を言っているんだ?
いったい、どうしたいというんだ?
大枠は既に決まっているというのに、今更対戦する聖騎士を変えろということなのか?
「私も最初は『ただ試合するだけのもの』と考えておりましたが、王子殿下の剣術披露やジェファーソン様の魔法実演が呼び水となり、この模擬戦は今や一大イベントでございます。それに出るのに、この者は相応しくない!」
鼻息荒く言う神官長に、俺はドン引きした。
つまり、『黒髪の聖騎士は平民だし貧弱だから、華やかな模擬戦に参加するには役不足だ』と言いたいのか?
それは、いくらなんでもあんまりな物言いじゃないか?
しかも本人のいる前でとか、さすがに傷つくだろう?
気の毒になって、ちらりと聖騎士に視線を向けるが、奴は相変わらずぴくりとも動かない。
あー全く!!
こっちはこっちで、何を考えているかさっぱりわからないじゃないか!
お前は模擬戦に出たいのか、出たくないのか、いったいどっちなんだ?!?!
もう少し顔の筋肉を鍛えておけーーっ!!
無性にイライラしてきて俺は髪をかいた。
どうする?
こちらとしては、対戦相手が別の者でも全く問題無い。
前回、たまたま俺たちの警護についた、という理由でアイツに決まっただけの話だし。
「もっと相応しいと思う聖騎士がいるのか?」
神官長に問うと、嬉しそうに頷きながら答えてくる。
「勿論です。今朝も貴族出身の者から『彼を出すくらいなら自分が出たい。立派に役割を勤める』と打診があった程でして」
「ふむ」
やる気がある者に任せた方が、場合によっては面白い試合になるのかな?
香草兄と比較すると、確かに黒髪の聖騎士は貧弱だ。
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