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第四章
隠れ家的食堂にて(2)
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「さてさて、それでは今度はおばさんにお嬢ちゃんとレンの関係を教えてくれないかい?」
お話がひと段落したと見て、キッチンでの仕事を終えた奥様が、こちらに話しかけてきた。
「関係ですか?……ええと、そうですね」
多分奥様の期待に添えるような答えは、持ち合わせていなのよね?
現在の関係性と言えば、『聖女候補と聖騎士』以外の何者でもないもの。
「最初にお会いしたのは、聖女候補の確定検査を受けに行った時でした。正門を警護されていて、とても親切に対応して下さって……」
「あ、それは知らなかったっす」
「多分ラルフさんは休憩中だったんだと思います。それから王都に来る際、護衛を担当して下さったのが、レンさんとラルフさんでして……」
「ふんふん」
奥様は興味深そうに相槌を打ってくれる。
「その後も私の日課の朝の散歩と、レンさんの朝鍛錬の時間が多少重なるものですから、他の聖騎士の方よりは多少親しくさせて頂いている、という感じでしょうか?」
話に詰まっていると、横からラルフさんが会話に加わった。
「おかみさん。ローズさんはとても人気があるんですよ!聖堂内でもそれ以外でも!」
「そうだろうねぇ。綺麗な上性格も良さそうだし」
「えぇっ?!……その、ありがとうございます」
「なので、ローズさんが誰に興味があるかは、正直オレには分かんないんで置いとくとして、ローズさんと話している時の先輩の反応が、結構面白いんですよね」
「へぇ?」
「そうなのかい?」
奥様とユーリーさんは同時に驚きの声をあげた。
レンさん、そんなに反応ありますか?
声音はいつも穏やかで優しいけど、お顔は相変わらずあまり表情ないですよ?
「って言っても、ぱっと見わかんない程度なんですけど。ほんのちょっとだけ目元が柔らかくなるんですよ。無意識だと思いますけどね?」
「!」
奥様が胸元に手を当て、嬉しそうな顔でわたしを見た。
いえ、あの本当に多少目元が和らぐ程度です。
いつも近くで見ている人が、漸く気づく程度のもので……ラルフさんよく見てるなぁ。
「先輩ほんと常に無表情なんで、かなりレアなんですよ?ローズさん!」
「そうでしょうか。それなら嬉しいです」
なんと言って良いか。
多少好意的に受け止めて頂いているのならば、とても嬉しいことだ。
同じ守って貰うにしても、『職務だから仕方なく命をかける』と思われているよりは、多少なりとも『守ってあげたい』と思われている方が、お互い精神的に良い気がする。
「お嬢ちゃん」
「あ、ローズで結構ですよ?」
「そうかい?じゃぁローズちゃん。また来ておくれよ?次はレンも一緒にね?」
「はい、ありがとうございます。またそういう機会がありましたら」
「ラルフ!」
「なんすか?」
「うまく言いくるめて連れてきなさい」
「ねぇ。さっきからオレの扱い?!まぁ、いつものことですけど。でもしばらく難しいんじゃ無いですかね?」
「あぁ。模擬戦か」
「えぇ。鍛錬とかはいつも通りでしょうけど、先輩真面目だから、その日にできない分の仕事とか前倒しで片付けそうだし」
「真面目だなぁ」
「で、前倒しで片付けると、『手が空いていそうだね?』って、更に仕事が乗ってくる悪循環。アレなんとかならないんですかね?」
「上がアレじゃぁ良くならないさね。順当にミゲル様に神官長を継がせれば良かった物を。あの公開処刑のせいで色々と狂ったのさ」
「はぁ。貴族貴族。まともな人もいるのは分かってますけども、階級とトップに立つ能力ってのは別物ですよね?」
「ラルフ!ここでは良いけど、外で言わない様にしなさいよ」
「分かってますよ」
「ミゲルさんが神官長になる予定だったんですか?」
「ええ。昨年旧神官長が退職されるにあたり、指名を受けていたらしいんですが、例の処刑の関係で貴族院が責任の所在でごちゃごちゃしたらしくて、突然特例的に外部から神官長を迎えることになったんですって」
「そうなんですか!」
「今まで王都の領館で、結婚もせずに親の脛かじって遊んでいた伯爵家の次男坊さね。北側でも酔っ払って暴れたりして有名だったのさ」
「はぁ。そうなんですね」
あ、それは仕事わからないわ。
名誉職扱いってことなのかしら?
本来それは、お互いにとってとても不幸なことだけど、トップに立った側が全く自覚がないので、部下ばかりが被害を被る最悪のパターンになってるわけね。
ミゲルさんの胃と頭髪が心配だわ。
更にその皺寄せが何故かレンさんに。
気の毒すぎる。
「王国騎士も色々大変だと思っていたけど、聖堂関係も色々あるんだなぁ。おれも考えを改めるよ」
「ユリシーズさん良い人!王国騎士って聖騎士を見る目が冷たいじゃないですか。もう絶対分かり合えないと思ってました」
「おれもだよ?聖騎士を見る目が多少変わったかな。あと、ユーリーでいいよ?ラルフ君」
「ありがとうございます。ユーリーさん!」
二人は笑顔を交わした。
ちゃんと話せばお互いの大変さとかも理解できるし、いいことよね。
完全に分かり合えるとは言わないけど、王国騎士が上部の職務だけ見て聖騎士を馬鹿にするのは、良くない風習だと思うし。
今回の模擬戦も、聖騎士を見直す良い機会になれば良い。
ふと気づくと、二人のプレートはすっかり空になっていた。
話しながらなのに、食べるの速くないです?
急いで食べなくちゃ。
食事に集中してみると、なんとも優しくて美味しい味付け!
塩加減はやや薄めなのに、長時間煮込まれて味がしっかり染み込んだメインの豚肉の煮込みは、ほろほろに口の中でほどけていく。
「奥様!すごくおいしいです!パンもふっかふかですし、このお肉も柔らかくて最高です!」
「そうかい?嬉しいねぇ。こんな食堂の真似事でも、九年目にもなるとなかなかの物だろう?」
「はい!隠し味は赤ワインですか?優しいのに少し渋みがあって、最高に美味しいです」
「当たり!良い舌だね!」
「やっぱり」
わたしが笑みをうかべると、奥様も優しく笑った。
そしてキッチンの椅子にかけると、一息つくように軽く息を吐く。
「最初は、今にも栄養失調で倒れそうな『痩せぎすのチビ』に食べ物恵んでやるつもりで始めた、慈善活動だったのさ。ところがそのチビときたら、二度目からは、わずかな金を稼ぎ出して持ってくるようになった。それがこの食堂の始まりだよ」
「へぇ。初耳っす」
「そうだろうとも。まぁ、エンリケ様からも頼まれちまったし、最初は利益なんてど返しだったけど、今となっては、そのチビがうち一番のお得意様さ」
「エンリケ様って『聖女様付き聖騎士』筆頭のエンリケ様っすか?」
「そうさ?最近忙しいようでご無沙汰だけど、エンリケ様はうちの馴染みだよ?どうだい?ラルフ。少しはうちの有り難みが分かったかい?!」
「いつも有難いと思って拝んでますよ?スープおかわりお願いします!」
拝みながらスープ皿を差し出すラルフさんに、奥様は苦笑しながら軽くため息をつき、スープ皿を受け取った。
「聖堂御用達の武器屋と聖騎士は、随分心の距離が近いんですね?少し羨ましい」
目を細めながら、優しくユーリーさんが言った。
「来る人間が限られているから、その分馴れ合いも増えるのさ。良し悪しだよ」
「ここは特別ですよ?ユーリーさん!別の先輩に違う店連れてかれましたけど、こんなに親身になって色々教えてくれるとこ無いです。オススメですよ」
「あぁ。おれの装備も物色したいところだが、生憎王国騎士だからな」
「ここの装備は、勿論既製品もあるけれど、客に合うものを旦那がデザインして、職人に直に頼んで作らせたりもしているのさ。レンの友人なら相談にのってもいいよ?ねぇ、あんた?」
店舗の方から「おう」と返事が返って来て、ユーリーさんは嬉しそうに笑った。
「ははっ。同僚には絶対内緒だけど、嬉しい申し出ですね!欲しいものがあったら個人的に来させて頂こうかな」
「どうぞご贔屓に。お待ちしていますよ」
「奥様凄く商売上手だ!」
「ふふん。この店は、あたしのおしゃべりと料理で持っているのさ!ってのは冗談だけど」
奥様は得意げに笑い、店舗の方でご主人が微かに笑う声が聞こえた。
ご主人は、番台から立ち上がると、店からキッチンへ歩いてくるみたい。
奥様がマグに入れたお茶を差し出した。
彼はそれを受け取りながらユーリーさんをみる。
「それじゃ、今度装備の見直しをお願いしますよ。レン君から借りた『さや留めの装備』ってここのですよね?」
「その通り。お前さんにぴったりのものを考えてやるぜ?」
「そいつはありがたい。一気にお洒落になりそうだな」
「今度一式持ってくると良い。口止めされているから内緒だが、実は王国騎士も数人顧客で持っている」
「本当ですか?」
「あぁ」
ユーリーさん、すっかりお店の雰囲気に馴染んでいる。
本当に人の懐に入るのが上手な方だな。
二人の交渉を聞きながら、わたしは何とか食事を食べ終えた。
◆
ある程度の事前交渉が終わり、全員の食事がすむと、ユーリーさんはわたしたちを店舗へ追いやり、支払いをしてくれた。
その間、ラルフさんは幾つか小物を買い、わたしは先程気になっていた装飾品の棚を見ていた。
これ。
買って帰ろうかな。
黒の革紐に触れると、思っていたよりずっとしなやかで、触り心地も良く丈夫そう。
「あの。これを一メートルほど頂けますか?」
「この革紐かい?嬢ちゃんにはベージュとかオフホワイトの方が似合いそうだが」
「ありがとうございます。流石にセンスが良いですね!」
「いや、まぁ、黒も悪くはないか」
「ベージュやオフホワイトの革紐は、次の機会にさせて頂きますね。奥様のアクセサリーもゆっくり見たいですし。今回はあまりお金も持って来ていないので、こちらだけで」
「かしこまりました」
ご主人は、少し考えるような目でわたしを見たけど、最終的には渋い笑みを浮かべて、革紐を切って手渡してくれた。
「ありがとうございます」
金銭を支払い終わる頃には、ユーリーさんが奥様に手を振りながら店舗に出てきて、わたしたちは三人揃ってお店を後にした。
巨木の前でわたしとラルフさんはユーリーさんに食事のお礼を言い、ユーリーさんは『逆に良い店を教えてもらった』とラルフさんにお礼を言った。
結構話し込んでしまったので、日はだいぶ傾いていて、わたしたちは帰ることにする。
ゆっくり歩きながら、ラルフさんが口を開いた。
「ユーリーさんは今日馬ですか?」
「あぁ。第三の城壁北門の詰所に置かせて貰っている」
「ローズさんは裏門から入るので良いですよね?」
「はい!」
「丁度良かった。北門の方が近いんです。道も分かりやすいですから教えておきますね?」
案内されながら帰ると、北門からは一度曲がるだけでほぼ一本道ということがわかり拍子抜けしてしまう。
ユーリーさんと北門で別れ、裏門から聖堂に帰ると、聖騎士寮に戻るラルフさんとも別れて、女子寮に戻った。
今日は面白かったな。
それに『ユーリーさんに偶然出会う』というミラクルにも恵まれた。
こんなことがおこるって、流石はヒロインってところかしら。
今まで悩んでいたことが嘘みたいに解消されて、なんだか清々しいくらい。
あとはユーリーさんが王子殿下付きになってくれればオールOKなんだけど。
鞄に入れっぱなしだった本を取り出して、机に置く。
これは明日返してこよう。
次に購入した革紐を取り出すと、引き出しを開く。
そこには、洗濯済みの真っ白なハンカチ。
その上に、革紐をそっと置く。
もう一枚、新しいハンカチも用意しようかな。
明日は学校もあるから、リリアさんと一緒にお店に寄ろう。
模擬戦がどうなるかは、明日には発表になるかしら?
ジュリーさんも見えるかもしれないし、そのあたりも、リリアさんとお話ししておいた方がいいかな。
ジェフ様との取り次ぎは、王宮側でされるのかしら?
でしゃばるのはいけないけれど、そこもジュリーさんに確認した方がいいわね。
思いついたことを簡単にメモにとりながら、わたしは明日の日程を組み立てる作業に没頭した。
お話がひと段落したと見て、キッチンでの仕事を終えた奥様が、こちらに話しかけてきた。
「関係ですか?……ええと、そうですね」
多分奥様の期待に添えるような答えは、持ち合わせていなのよね?
現在の関係性と言えば、『聖女候補と聖騎士』以外の何者でもないもの。
「最初にお会いしたのは、聖女候補の確定検査を受けに行った時でした。正門を警護されていて、とても親切に対応して下さって……」
「あ、それは知らなかったっす」
「多分ラルフさんは休憩中だったんだと思います。それから王都に来る際、護衛を担当して下さったのが、レンさんとラルフさんでして……」
「ふんふん」
奥様は興味深そうに相槌を打ってくれる。
「その後も私の日課の朝の散歩と、レンさんの朝鍛錬の時間が多少重なるものですから、他の聖騎士の方よりは多少親しくさせて頂いている、という感じでしょうか?」
話に詰まっていると、横からラルフさんが会話に加わった。
「おかみさん。ローズさんはとても人気があるんですよ!聖堂内でもそれ以外でも!」
「そうだろうねぇ。綺麗な上性格も良さそうだし」
「えぇっ?!……その、ありがとうございます」
「なので、ローズさんが誰に興味があるかは、正直オレには分かんないんで置いとくとして、ローズさんと話している時の先輩の反応が、結構面白いんですよね」
「へぇ?」
「そうなのかい?」
奥様とユーリーさんは同時に驚きの声をあげた。
レンさん、そんなに反応ありますか?
声音はいつも穏やかで優しいけど、お顔は相変わらずあまり表情ないですよ?
「って言っても、ぱっと見わかんない程度なんですけど。ほんのちょっとだけ目元が柔らかくなるんですよ。無意識だと思いますけどね?」
「!」
奥様が胸元に手を当て、嬉しそうな顔でわたしを見た。
いえ、あの本当に多少目元が和らぐ程度です。
いつも近くで見ている人が、漸く気づく程度のもので……ラルフさんよく見てるなぁ。
「先輩ほんと常に無表情なんで、かなりレアなんですよ?ローズさん!」
「そうでしょうか。それなら嬉しいです」
なんと言って良いか。
多少好意的に受け止めて頂いているのならば、とても嬉しいことだ。
同じ守って貰うにしても、『職務だから仕方なく命をかける』と思われているよりは、多少なりとも『守ってあげたい』と思われている方が、お互い精神的に良い気がする。
「お嬢ちゃん」
「あ、ローズで結構ですよ?」
「そうかい?じゃぁローズちゃん。また来ておくれよ?次はレンも一緒にね?」
「はい、ありがとうございます。またそういう機会がありましたら」
「ラルフ!」
「なんすか?」
「うまく言いくるめて連れてきなさい」
「ねぇ。さっきからオレの扱い?!まぁ、いつものことですけど。でもしばらく難しいんじゃ無いですかね?」
「あぁ。模擬戦か」
「えぇ。鍛錬とかはいつも通りでしょうけど、先輩真面目だから、その日にできない分の仕事とか前倒しで片付けそうだし」
「真面目だなぁ」
「で、前倒しで片付けると、『手が空いていそうだね?』って、更に仕事が乗ってくる悪循環。アレなんとかならないんですかね?」
「上がアレじゃぁ良くならないさね。順当にミゲル様に神官長を継がせれば良かった物を。あの公開処刑のせいで色々と狂ったのさ」
「はぁ。貴族貴族。まともな人もいるのは分かってますけども、階級とトップに立つ能力ってのは別物ですよね?」
「ラルフ!ここでは良いけど、外で言わない様にしなさいよ」
「分かってますよ」
「ミゲルさんが神官長になる予定だったんですか?」
「ええ。昨年旧神官長が退職されるにあたり、指名を受けていたらしいんですが、例の処刑の関係で貴族院が責任の所在でごちゃごちゃしたらしくて、突然特例的に外部から神官長を迎えることになったんですって」
「そうなんですか!」
「今まで王都の領館で、結婚もせずに親の脛かじって遊んでいた伯爵家の次男坊さね。北側でも酔っ払って暴れたりして有名だったのさ」
「はぁ。そうなんですね」
あ、それは仕事わからないわ。
名誉職扱いってことなのかしら?
本来それは、お互いにとってとても不幸なことだけど、トップに立った側が全く自覚がないので、部下ばかりが被害を被る最悪のパターンになってるわけね。
ミゲルさんの胃と頭髪が心配だわ。
更にその皺寄せが何故かレンさんに。
気の毒すぎる。
「王国騎士も色々大変だと思っていたけど、聖堂関係も色々あるんだなぁ。おれも考えを改めるよ」
「ユリシーズさん良い人!王国騎士って聖騎士を見る目が冷たいじゃないですか。もう絶対分かり合えないと思ってました」
「おれもだよ?聖騎士を見る目が多少変わったかな。あと、ユーリーでいいよ?ラルフ君」
「ありがとうございます。ユーリーさん!」
二人は笑顔を交わした。
ちゃんと話せばお互いの大変さとかも理解できるし、いいことよね。
完全に分かり合えるとは言わないけど、王国騎士が上部の職務だけ見て聖騎士を馬鹿にするのは、良くない風習だと思うし。
今回の模擬戦も、聖騎士を見直す良い機会になれば良い。
ふと気づくと、二人のプレートはすっかり空になっていた。
話しながらなのに、食べるの速くないです?
急いで食べなくちゃ。
食事に集中してみると、なんとも優しくて美味しい味付け!
塩加減はやや薄めなのに、長時間煮込まれて味がしっかり染み込んだメインの豚肉の煮込みは、ほろほろに口の中でほどけていく。
「奥様!すごくおいしいです!パンもふっかふかですし、このお肉も柔らかくて最高です!」
「そうかい?嬉しいねぇ。こんな食堂の真似事でも、九年目にもなるとなかなかの物だろう?」
「はい!隠し味は赤ワインですか?優しいのに少し渋みがあって、最高に美味しいです」
「当たり!良い舌だね!」
「やっぱり」
わたしが笑みをうかべると、奥様も優しく笑った。
そしてキッチンの椅子にかけると、一息つくように軽く息を吐く。
「最初は、今にも栄養失調で倒れそうな『痩せぎすのチビ』に食べ物恵んでやるつもりで始めた、慈善活動だったのさ。ところがそのチビときたら、二度目からは、わずかな金を稼ぎ出して持ってくるようになった。それがこの食堂の始まりだよ」
「へぇ。初耳っす」
「そうだろうとも。まぁ、エンリケ様からも頼まれちまったし、最初は利益なんてど返しだったけど、今となっては、そのチビがうち一番のお得意様さ」
「エンリケ様って『聖女様付き聖騎士』筆頭のエンリケ様っすか?」
「そうさ?最近忙しいようでご無沙汰だけど、エンリケ様はうちの馴染みだよ?どうだい?ラルフ。少しはうちの有り難みが分かったかい?!」
「いつも有難いと思って拝んでますよ?スープおかわりお願いします!」
拝みながらスープ皿を差し出すラルフさんに、奥様は苦笑しながら軽くため息をつき、スープ皿を受け取った。
「聖堂御用達の武器屋と聖騎士は、随分心の距離が近いんですね?少し羨ましい」
目を細めながら、優しくユーリーさんが言った。
「来る人間が限られているから、その分馴れ合いも増えるのさ。良し悪しだよ」
「ここは特別ですよ?ユーリーさん!別の先輩に違う店連れてかれましたけど、こんなに親身になって色々教えてくれるとこ無いです。オススメですよ」
「あぁ。おれの装備も物色したいところだが、生憎王国騎士だからな」
「ここの装備は、勿論既製品もあるけれど、客に合うものを旦那がデザインして、職人に直に頼んで作らせたりもしているのさ。レンの友人なら相談にのってもいいよ?ねぇ、あんた?」
店舗の方から「おう」と返事が返って来て、ユーリーさんは嬉しそうに笑った。
「ははっ。同僚には絶対内緒だけど、嬉しい申し出ですね!欲しいものがあったら個人的に来させて頂こうかな」
「どうぞご贔屓に。お待ちしていますよ」
「奥様凄く商売上手だ!」
「ふふん。この店は、あたしのおしゃべりと料理で持っているのさ!ってのは冗談だけど」
奥様は得意げに笑い、店舗の方でご主人が微かに笑う声が聞こえた。
ご主人は、番台から立ち上がると、店からキッチンへ歩いてくるみたい。
奥様がマグに入れたお茶を差し出した。
彼はそれを受け取りながらユーリーさんをみる。
「それじゃ、今度装備の見直しをお願いしますよ。レン君から借りた『さや留めの装備』ってここのですよね?」
「その通り。お前さんにぴったりのものを考えてやるぜ?」
「そいつはありがたい。一気にお洒落になりそうだな」
「今度一式持ってくると良い。口止めされているから内緒だが、実は王国騎士も数人顧客で持っている」
「本当ですか?」
「あぁ」
ユーリーさん、すっかりお店の雰囲気に馴染んでいる。
本当に人の懐に入るのが上手な方だな。
二人の交渉を聞きながら、わたしは何とか食事を食べ終えた。
◆
ある程度の事前交渉が終わり、全員の食事がすむと、ユーリーさんはわたしたちを店舗へ追いやり、支払いをしてくれた。
その間、ラルフさんは幾つか小物を買い、わたしは先程気になっていた装飾品の棚を見ていた。
これ。
買って帰ろうかな。
黒の革紐に触れると、思っていたよりずっとしなやかで、触り心地も良く丈夫そう。
「あの。これを一メートルほど頂けますか?」
「この革紐かい?嬢ちゃんにはベージュとかオフホワイトの方が似合いそうだが」
「ありがとうございます。流石にセンスが良いですね!」
「いや、まぁ、黒も悪くはないか」
「ベージュやオフホワイトの革紐は、次の機会にさせて頂きますね。奥様のアクセサリーもゆっくり見たいですし。今回はあまりお金も持って来ていないので、こちらだけで」
「かしこまりました」
ご主人は、少し考えるような目でわたしを見たけど、最終的には渋い笑みを浮かべて、革紐を切って手渡してくれた。
「ありがとうございます」
金銭を支払い終わる頃には、ユーリーさんが奥様に手を振りながら店舗に出てきて、わたしたちは三人揃ってお店を後にした。
巨木の前でわたしとラルフさんはユーリーさんに食事のお礼を言い、ユーリーさんは『逆に良い店を教えてもらった』とラルフさんにお礼を言った。
結構話し込んでしまったので、日はだいぶ傾いていて、わたしたちは帰ることにする。
ゆっくり歩きながら、ラルフさんが口を開いた。
「ユーリーさんは今日馬ですか?」
「あぁ。第三の城壁北門の詰所に置かせて貰っている」
「ローズさんは裏門から入るので良いですよね?」
「はい!」
「丁度良かった。北門の方が近いんです。道も分かりやすいですから教えておきますね?」
案内されながら帰ると、北門からは一度曲がるだけでほぼ一本道ということがわかり拍子抜けしてしまう。
ユーリーさんと北門で別れ、裏門から聖堂に帰ると、聖騎士寮に戻るラルフさんとも別れて、女子寮に戻った。
今日は面白かったな。
それに『ユーリーさんに偶然出会う』というミラクルにも恵まれた。
こんなことがおこるって、流石はヒロインってところかしら。
今まで悩んでいたことが嘘みたいに解消されて、なんだか清々しいくらい。
あとはユーリーさんが王子殿下付きになってくれればオールOKなんだけど。
鞄に入れっぱなしだった本を取り出して、机に置く。
これは明日返してこよう。
次に購入した革紐を取り出すと、引き出しを開く。
そこには、洗濯済みの真っ白なハンカチ。
その上に、革紐をそっと置く。
もう一枚、新しいハンカチも用意しようかな。
明日は学校もあるから、リリアさんと一緒にお店に寄ろう。
模擬戦がどうなるかは、明日には発表になるかしら?
ジュリーさんも見えるかもしれないし、そのあたりも、リリアさんとお話ししておいた方がいいかな。
ジェフ様との取り次ぎは、王宮側でされるのかしら?
でしゃばるのはいけないけれど、そこもジュリーさんに確認した方がいいわね。
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* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
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