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第四章
隠れ家的食堂にて(1)
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(flashback scene :sideユリシーズ)
その日は、この冬一番の冷え込みだった。
聖女様の御公務が第三の城壁南門の周辺で行われていたため、おれも朝から配置に付いていた。
「まいったな。コレが壊れることが、こんなに致命的だとは思わなかった」
経年劣化もあるが、寒さで硬くなっていたからか、少しぶつけた程度なのに革製の剣を吊るす装備が、裂けて壊れてしまったのだ。
仕方なしに片手で剣を支えながら警備を続けるが、どうにも心許ない。
周囲の騎士にも代えがないか確認したが、自分を含め他の者も予備など持っているはずもない。
そもそも王都は平和なので、装備が壊れることなど滅多にないのだ。
「予備があります。これで良ければどうぞ」
不意に声をかけられ目線をあげると、一人の聖騎士がこちらにお目当ての装備を差し出していた。
彼は最近よく見かける聖騎士だ。
聖堂関係者が王都外に出る時、必ずと言っていいほど同行しているので、記憶に残っている。
「剣の幅も調節出来ますから、恐らく代用出来ると思いますが……」
「……助かる」
王国騎士と聖騎士は、あまり良い関係では無い。
特に王国騎士側から見ると、聖騎士は目の上のたんこぶのような存在だったりする。
その時も、『予備も持っていないのか?』と見下してきたらスルーしていたと思うが、彼が余りにも無表情だったので、毒気を抜かれて素直に受け取ってしまった。
「そんなんいつも持ち歩いてんの?準備良いね!」
「よく壊しますので」
金具を付け替えながら話しかけると、彼は穏やかに答えた。
よく壊すって、どんな状況だよ。
戦場でも渡り歩いていなければ、簡単に壊れるようなものでも無い。
少し興味が湧いたので、笑い含みに尋ねてみる。
「え~?こんな平和な国で、どんだけ剣抜いてんのよ」
「馬に乗ることが多いですし、野生動物や野盗を追い払っていると、案外簡単に壊れます」
これを聞いて合点がいった。
聖女様の王都外公務に同行する王国騎士たちの間で、今、密かに噂になっている『黒騎士』の姿が、目の前にいる聖騎士と重なったから。
「ああ。よく見かけると思っていたけど、聖堂関連の王都外勤務が入ると、常に付けられる凄腕って君か!」
「……雑用専門です」
「謙遜するなよ。面倒なのが出ると、王国騎士も顔負けの対応をする聖騎士がいるって、ここ最近有名だぜ?是非一度手合わせ願いたいな」
「ご期待に添える程の腕ではないかと」
「だー。謙遜すんなって。」
無表情な癖に、案外会話はしっかりと続く。
聖騎士なんて、貴族階級出身で鼻もちならない性格の、騎士なんて名ばかりの者ばかりだと思っていた。
それなのに、この男は随分人が良さそうだ。
金具をつけ終え剣を吊るすと、想像していたよりしっくりときた。
聖騎士の装備は、全て白なイメージがあったのだが、彼が持っていた物は黒だったので、茶系の王国騎士の装備でも浮かずに済んだようだ。
「おー。これ、なかなかかっこいいじゃん。どこの?」
「聖堂専属の武器屋のものです」
「ふぅん。でもコレ黒いよね?こういうのもあるんだ?」
「よく買いに行くものですから、店主が専用に用意してくれています」
「え、オーダーメイド?」
「いえ。他の聖騎士のものと色違いなだけで、ほぼ同じものです。剣の幅の調節が出来るものが欲しくて相談したところ、店主が私にはこちらの色が似合うからと」
「へぇ」
本人は気付いていないようだが、恐らくオーダーメイドだろう。
色の違う革から用意させているから、手間もそれなりにかかるだろうし。
店主は随分彼を気に入っているようだ。
「聖騎士用なのに、それっぽくないとかお洒落だな、コレ気に入ったから貰うわ。今度新しいの買って返すから」
「お気に召したなら良かったです。返して頂かなくて結構ですので」
「いや。絶対返す。君、名前は?」
「…………レンです。レン=クルス」
「おれはユリシーズだ。ユリシーズ=パルヴィン」
◆
「と、まぁ、そういった訳で、南門通る度に毎度声かけて、漸く休みの日程をおしえてもらったわけなんだが……」
「なるほど。それは残念でしたね」
食事しながらのんびりと語るユーリーさんに、わたしは相槌をうった。
わたしの横でラルフさんも頷いているんだけど、頬袋を一杯に膨らませたリスのような状況で、声を出すのは無理そうだ。
手元のテーブルには、豪華なメインプレートとふかふかのパン。そしてたっぷり野菜の入ったスープが置かれている。
ここは武器屋さんの店舗の奥。
カウンターキッチンが置かれた、小さなバーのようなスペースで、わたしたちは三人横並びに座り、奥様の手作りランチを頂いている。
武器屋の奥が小規模なレストランになっている、と言うよりは、ここ多分この家の普段使いのキッチンダイニングよね?
少しだけ手を加えて、一定のお客様だけに食事を振る舞っている雰囲気。
奥様はキッチンで作業をしているので、わたしたちはユーリーさんとレンさんが知り合った時の話を聞いていた。
「会うたび思うんだが、無表情な割には対応親切だし、なんか無口な弟みたいで気に入っちゃってさ。しかも剣の腕前は凄いらしいじゃないか?」
「ほうぁんれふぉ」
「ラルフさん。何を言っているか分かりません」
苦笑でラルフさんを嗜めると、ラルフさんは慌てて咀嚼し、口の中の食べ物を呑み込んだ。
「そうなんですよ!ユーリーさん!先輩細っこいのに、何処らへん鍛えるとああいった動きが出来るんですかね?ねぇ?」
「そうですね」
同意を求められたので、笑顔を返す。
みる限り、他の聖騎士さんの方が太くてたくましい筋肉がついているのに、動きが全く違うのはなんでなのかしら。
ただ、一つ。
見ているだけではっきりと違いがわかることもある。
「身体の内側の筋肉と、背筋の強さかな?と思いますけど」
「「へ?」」
二人の唖然とした声がして、慌てて言葉を繋ぐ。
「えぇと。その、姿勢が凄く綺麗なんです」
「姿勢ですか?」
「はい。普通剣を片側にさしていますから、左右どちらかに傾くと思うんです。剣を構えれば多少前傾姿勢になりますし。でも殆どブレが無くて」
「流石英雄のお嬢様だなぁ。見ているところが違う」
「ホントですね~!」
「あの。わたしにはそう見えるというだけで」
「今度気をつけて見てみます!」
「おれも見てみたいんだが……」
「そういえば、なんか王国騎士さんと模擬戦やるらしいですよ?今日はその日程調整や顔合わせも兼ねてって言ってましたけど」
「なんだい?それ。初耳だな」
「朝ミゲルさんが先輩に話していて、聞き耳立ててた聖騎士の間で噂になってました」
「王国騎士って、誰とやるんだ?」
「あの……実はお兄様なんです」
どうせ数日後には聖堂でも知られることなので、わたしは早々に口を挟んだ。
「あ、そういうことですか。突然ローズさんのお兄様と親しくなっていたので、どういうことかと思っていたんですよ。先輩、『先日警護で同席しただけだ』としか言わないし」
突然目を指で少し釣り上げて、無表情で真似をするラルフさんに、うっかり笑ってしまった。
結構似てます!
王子殿下のお忍び訪問については一部の人間以外には一応伏せられているし、模擬戦は本決まりになるまでは口外出来ない内容だから、色々端折って、その説明だったのだろうけれど。
「レン君と英雄の息子さんが戦うのか?面白そうじゃないか!おれも見に行きたいな」
「ね?ワクワクしますよね?」
「聖堂でやるのかな?一般も観に行けるんだろうか?」
「本決まりにならないと何とも言えないですね。でも聖女候補の方々は観にくるようですよ?」
「オレたちも観れるのかなぁ」
「ラルフ君。日程とか色々決まったら、おれにも連絡くれない?」
「オレからですか?」
「だってレン君教えてくれなそうじゃないか。お嬢さんにお願いするのは流石に申し訳ないし」
「確かにそうですね。分かりました。今日のお礼に連絡しますよ。後で連絡先教えて下さい」
「あぁ。第三の城壁南門に名指しで手紙くれるかな?」
「あ、そっか。了解です」
あらら。
ますます外野が増えていく。
でも、騎士さん達は模擬戦に興味があって当然だし、見物できるようにするべきよね?
それが刺激になって、騎士、聖騎士問わず士気が上がったり、技術が向上するかもしれない。
武力が上がるのは、後の防衛にきっと役に立つ。
それに、ユーリーさんと王子殿下に面識ができるのは、わたしにとっては願ったりだから、出来たら来ていただけるとありがたい。
そんなことを考えていると、ユーリーさんが微笑みながらわたしを覗き込んできた。
「お嬢さんから見たら、どちらが勝つと思うのかな?」
「あ、はい。そうですね。いい勝負になると思いますよ?お兄様の練習を最後に見たのが五年ほど前ですので、正確には推し測れないですが」
「ふむ」
「ただ今回は剣での勝負ですから、個人的には少しレンさんが有利では無いかと」
「ええぇ?!」
「それは本当かい?」
意外かしら?
二人は目を丸くしてこちらを見ている。
「もちろんお兄様は剣もお上手です。並みの方には負けないと思いますが、獲物が有利と少し油断しているようですし」
苦笑しながら言うと、ユーリーさんは目を閉じて頭を振った。
「いやはや。驚いた。絶対『お兄様が勝つ』って言うと思っていたよ」
「オレもそう思いました。やっぱりあの剣は不利ですから。軽量でコンパクトに動ける剣を相手にして、しかも使い手が熟練の騎士じゃぁ、ちょっと勝てる気がしないですね」
ラルフさんは一度同意して、ふと顎に手を当てた。
「いや。でも先輩なら有り得るのか」
「それほどかい?ますます楽しみだな」
「わたしも楽しみです」
微笑むと、ユーリーさんも笑った。
「流石は英雄のお嬢様だ。聖堂内で兵法の本読んでいただけのことはある」
わたしは笑顔のまま、その場で硬直した。
そこでその話持ち出しちゃう?
なんて言って誤魔化せばいいの?
くぅ。説明難しぃ。
「兵法ですか?」
「わわっ!ええと、その!」
ラルフさんの言葉で時間が動き出す。
ノーコメント……は無理よね?
かと言って、上手い言い訳は思いつかない。
だったらどう説明すれば……。
ええと。
ユーリーさんは期待を込めた目でこちらを見ながら微笑んでいる。
一応英雄のお嬢様認識なのよね?
だったら。
……。
いいこと思いついた!
「マグダレーン領のことを考えると、多少の兵法程度は頭に入れておいた方がいいかな?と。何と言っても前回の戦場ですから」
「……なるほど!」
「でも今回借りた本は、あまり意味がなかったみたいで。海に関するものでなければダメですよね」
「凄いですね!ローズさん!!」
「恐れ入ったな。そういったものに興味があるなら、今度幾つか本を貸してあげるよ」
「本当ですか?!」
「あぁ。おれも結構興味があってね?お嬢様の役に立てるなら嬉しいな?」
確定。
間違いなく、あのユーリーさんだわ。
この平和な世の中で、兵法に興味がある人なんて少数だ。
彼とお友だちとして親しくなるのは、今後大きな意味を持つ。
「嬉しいです。是非宜しくお願いします。あと、そのお嬢様というのはそろそろ……気恥ずかしいですし、ローズで結構ですので」
「それは光栄だな」
ユーリーさんは爽やかに笑った。
「さてさて、それでは今度はおばさんに『お嬢ちゃんとレンの関係』を教えてくれないかい?」
その日は、この冬一番の冷え込みだった。
聖女様の御公務が第三の城壁南門の周辺で行われていたため、おれも朝から配置に付いていた。
「まいったな。コレが壊れることが、こんなに致命的だとは思わなかった」
経年劣化もあるが、寒さで硬くなっていたからか、少しぶつけた程度なのに革製の剣を吊るす装備が、裂けて壊れてしまったのだ。
仕方なしに片手で剣を支えながら警備を続けるが、どうにも心許ない。
周囲の騎士にも代えがないか確認したが、自分を含め他の者も予備など持っているはずもない。
そもそも王都は平和なので、装備が壊れることなど滅多にないのだ。
「予備があります。これで良ければどうぞ」
不意に声をかけられ目線をあげると、一人の聖騎士がこちらにお目当ての装備を差し出していた。
彼は最近よく見かける聖騎士だ。
聖堂関係者が王都外に出る時、必ずと言っていいほど同行しているので、記憶に残っている。
「剣の幅も調節出来ますから、恐らく代用出来ると思いますが……」
「……助かる」
王国騎士と聖騎士は、あまり良い関係では無い。
特に王国騎士側から見ると、聖騎士は目の上のたんこぶのような存在だったりする。
その時も、『予備も持っていないのか?』と見下してきたらスルーしていたと思うが、彼が余りにも無表情だったので、毒気を抜かれて素直に受け取ってしまった。
「そんなんいつも持ち歩いてんの?準備良いね!」
「よく壊しますので」
金具を付け替えながら話しかけると、彼は穏やかに答えた。
よく壊すって、どんな状況だよ。
戦場でも渡り歩いていなければ、簡単に壊れるようなものでも無い。
少し興味が湧いたので、笑い含みに尋ねてみる。
「え~?こんな平和な国で、どんだけ剣抜いてんのよ」
「馬に乗ることが多いですし、野生動物や野盗を追い払っていると、案外簡単に壊れます」
これを聞いて合点がいった。
聖女様の王都外公務に同行する王国騎士たちの間で、今、密かに噂になっている『黒騎士』の姿が、目の前にいる聖騎士と重なったから。
「ああ。よく見かけると思っていたけど、聖堂関連の王都外勤務が入ると、常に付けられる凄腕って君か!」
「……雑用専門です」
「謙遜するなよ。面倒なのが出ると、王国騎士も顔負けの対応をする聖騎士がいるって、ここ最近有名だぜ?是非一度手合わせ願いたいな」
「ご期待に添える程の腕ではないかと」
「だー。謙遜すんなって。」
無表情な癖に、案外会話はしっかりと続く。
聖騎士なんて、貴族階級出身で鼻もちならない性格の、騎士なんて名ばかりの者ばかりだと思っていた。
それなのに、この男は随分人が良さそうだ。
金具をつけ終え剣を吊るすと、想像していたよりしっくりときた。
聖騎士の装備は、全て白なイメージがあったのだが、彼が持っていた物は黒だったので、茶系の王国騎士の装備でも浮かずに済んだようだ。
「おー。これ、なかなかかっこいいじゃん。どこの?」
「聖堂専属の武器屋のものです」
「ふぅん。でもコレ黒いよね?こういうのもあるんだ?」
「よく買いに行くものですから、店主が専用に用意してくれています」
「え、オーダーメイド?」
「いえ。他の聖騎士のものと色違いなだけで、ほぼ同じものです。剣の幅の調節が出来るものが欲しくて相談したところ、店主が私にはこちらの色が似合うからと」
「へぇ」
本人は気付いていないようだが、恐らくオーダーメイドだろう。
色の違う革から用意させているから、手間もそれなりにかかるだろうし。
店主は随分彼を気に入っているようだ。
「聖騎士用なのに、それっぽくないとかお洒落だな、コレ気に入ったから貰うわ。今度新しいの買って返すから」
「お気に召したなら良かったです。返して頂かなくて結構ですので」
「いや。絶対返す。君、名前は?」
「…………レンです。レン=クルス」
「おれはユリシーズだ。ユリシーズ=パルヴィン」
◆
「と、まぁ、そういった訳で、南門通る度に毎度声かけて、漸く休みの日程をおしえてもらったわけなんだが……」
「なるほど。それは残念でしたね」
食事しながらのんびりと語るユーリーさんに、わたしは相槌をうった。
わたしの横でラルフさんも頷いているんだけど、頬袋を一杯に膨らませたリスのような状況で、声を出すのは無理そうだ。
手元のテーブルには、豪華なメインプレートとふかふかのパン。そしてたっぷり野菜の入ったスープが置かれている。
ここは武器屋さんの店舗の奥。
カウンターキッチンが置かれた、小さなバーのようなスペースで、わたしたちは三人横並びに座り、奥様の手作りランチを頂いている。
武器屋の奥が小規模なレストランになっている、と言うよりは、ここ多分この家の普段使いのキッチンダイニングよね?
少しだけ手を加えて、一定のお客様だけに食事を振る舞っている雰囲気。
奥様はキッチンで作業をしているので、わたしたちはユーリーさんとレンさんが知り合った時の話を聞いていた。
「会うたび思うんだが、無表情な割には対応親切だし、なんか無口な弟みたいで気に入っちゃってさ。しかも剣の腕前は凄いらしいじゃないか?」
「ほうぁんれふぉ」
「ラルフさん。何を言っているか分かりません」
苦笑でラルフさんを嗜めると、ラルフさんは慌てて咀嚼し、口の中の食べ物を呑み込んだ。
「そうなんですよ!ユーリーさん!先輩細っこいのに、何処らへん鍛えるとああいった動きが出来るんですかね?ねぇ?」
「そうですね」
同意を求められたので、笑顔を返す。
みる限り、他の聖騎士さんの方が太くてたくましい筋肉がついているのに、動きが全く違うのはなんでなのかしら。
ただ、一つ。
見ているだけではっきりと違いがわかることもある。
「身体の内側の筋肉と、背筋の強さかな?と思いますけど」
「「へ?」」
二人の唖然とした声がして、慌てて言葉を繋ぐ。
「えぇと。その、姿勢が凄く綺麗なんです」
「姿勢ですか?」
「はい。普通剣を片側にさしていますから、左右どちらかに傾くと思うんです。剣を構えれば多少前傾姿勢になりますし。でも殆どブレが無くて」
「流石英雄のお嬢様だなぁ。見ているところが違う」
「ホントですね~!」
「あの。わたしにはそう見えるというだけで」
「今度気をつけて見てみます!」
「おれも見てみたいんだが……」
「そういえば、なんか王国騎士さんと模擬戦やるらしいですよ?今日はその日程調整や顔合わせも兼ねてって言ってましたけど」
「なんだい?それ。初耳だな」
「朝ミゲルさんが先輩に話していて、聞き耳立ててた聖騎士の間で噂になってました」
「王国騎士って、誰とやるんだ?」
「あの……実はお兄様なんです」
どうせ数日後には聖堂でも知られることなので、わたしは早々に口を挟んだ。
「あ、そういうことですか。突然ローズさんのお兄様と親しくなっていたので、どういうことかと思っていたんですよ。先輩、『先日警護で同席しただけだ』としか言わないし」
突然目を指で少し釣り上げて、無表情で真似をするラルフさんに、うっかり笑ってしまった。
結構似てます!
王子殿下のお忍び訪問については一部の人間以外には一応伏せられているし、模擬戦は本決まりになるまでは口外出来ない内容だから、色々端折って、その説明だったのだろうけれど。
「レン君と英雄の息子さんが戦うのか?面白そうじゃないか!おれも見に行きたいな」
「ね?ワクワクしますよね?」
「聖堂でやるのかな?一般も観に行けるんだろうか?」
「本決まりにならないと何とも言えないですね。でも聖女候補の方々は観にくるようですよ?」
「オレたちも観れるのかなぁ」
「ラルフ君。日程とか色々決まったら、おれにも連絡くれない?」
「オレからですか?」
「だってレン君教えてくれなそうじゃないか。お嬢さんにお願いするのは流石に申し訳ないし」
「確かにそうですね。分かりました。今日のお礼に連絡しますよ。後で連絡先教えて下さい」
「あぁ。第三の城壁南門に名指しで手紙くれるかな?」
「あ、そっか。了解です」
あらら。
ますます外野が増えていく。
でも、騎士さん達は模擬戦に興味があって当然だし、見物できるようにするべきよね?
それが刺激になって、騎士、聖騎士問わず士気が上がったり、技術が向上するかもしれない。
武力が上がるのは、後の防衛にきっと役に立つ。
それに、ユーリーさんと王子殿下に面識ができるのは、わたしにとっては願ったりだから、出来たら来ていただけるとありがたい。
そんなことを考えていると、ユーリーさんが微笑みながらわたしを覗き込んできた。
「お嬢さんから見たら、どちらが勝つと思うのかな?」
「あ、はい。そうですね。いい勝負になると思いますよ?お兄様の練習を最後に見たのが五年ほど前ですので、正確には推し測れないですが」
「ふむ」
「ただ今回は剣での勝負ですから、個人的には少しレンさんが有利では無いかと」
「ええぇ?!」
「それは本当かい?」
意外かしら?
二人は目を丸くしてこちらを見ている。
「もちろんお兄様は剣もお上手です。並みの方には負けないと思いますが、獲物が有利と少し油断しているようですし」
苦笑しながら言うと、ユーリーさんは目を閉じて頭を振った。
「いやはや。驚いた。絶対『お兄様が勝つ』って言うと思っていたよ」
「オレもそう思いました。やっぱりあの剣は不利ですから。軽量でコンパクトに動ける剣を相手にして、しかも使い手が熟練の騎士じゃぁ、ちょっと勝てる気がしないですね」
ラルフさんは一度同意して、ふと顎に手を当てた。
「いや。でも先輩なら有り得るのか」
「それほどかい?ますます楽しみだな」
「わたしも楽しみです」
微笑むと、ユーリーさんも笑った。
「流石は英雄のお嬢様だ。聖堂内で兵法の本読んでいただけのことはある」
わたしは笑顔のまま、その場で硬直した。
そこでその話持ち出しちゃう?
なんて言って誤魔化せばいいの?
くぅ。説明難しぃ。
「兵法ですか?」
「わわっ!ええと、その!」
ラルフさんの言葉で時間が動き出す。
ノーコメント……は無理よね?
かと言って、上手い言い訳は思いつかない。
だったらどう説明すれば……。
ええと。
ユーリーさんは期待を込めた目でこちらを見ながら微笑んでいる。
一応英雄のお嬢様認識なのよね?
だったら。
……。
いいこと思いついた!
「マグダレーン領のことを考えると、多少の兵法程度は頭に入れておいた方がいいかな?と。何と言っても前回の戦場ですから」
「……なるほど!」
「でも今回借りた本は、あまり意味がなかったみたいで。海に関するものでなければダメですよね」
「凄いですね!ローズさん!!」
「恐れ入ったな。そういったものに興味があるなら、今度幾つか本を貸してあげるよ」
「本当ですか?!」
「あぁ。おれも結構興味があってね?お嬢様の役に立てるなら嬉しいな?」
確定。
間違いなく、あのユーリーさんだわ。
この平和な世の中で、兵法に興味がある人なんて少数だ。
彼とお友だちとして親しくなるのは、今後大きな意味を持つ。
「嬉しいです。是非宜しくお願いします。あと、そのお嬢様というのはそろそろ……気恥ずかしいですし、ローズで結構ですので」
「それは光栄だな」
ユーリーさんは爽やかに笑った。
「さてさて、それでは今度はおばさんに『お嬢ちゃんとレンの関係』を教えてくれないかい?」
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