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第四章
食堂にいくはずなんだけど、何故か職人街の観光をしている件
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聖堂を出て、先を歩くラルフさんとそれに続くユーリーさんを追う。
ユーリーさんも結構背が高いので、二人とも足が早い。
置いていかれないよう小走りについていくと、ユーリーさんが歩調を緩めてくれた。
「ごめんね?大変だったかな?」
「いえ。でも、お二人とも足が長くて羨ましいです」
「わー!すいません」
既に数メートル前にいたラルフさんが慌てて戻ってきてくれる。
「大丈夫ですよ?」
「ダメだよ?レディーに合わせるのは当然のことなんだから」
「ありがとうございます」
優しい言葉に笑みを返した。
ユーリーさん、流石のレディーファーストです。
以降は二人とも歩調を緩めてくれので、ありがたく普通の速度で歩かせて頂いた。
聖堂の広場をまっすぐ抜けると、突き当たりの大通りを左折する。
え?
左折?
王都北東方面は職人街が広がっていて、飲食店があるイメージが無い。
聖堂周辺も東側は武器屋や鍛冶屋防具屋などの専門店街が有るだけ、という話で今までいったことも無かった。
「意外でしょ?」
わたしの顔を見て、ラルフさんがにっこり笑ったので、わたしは笑顔を返した。
「はい!東側は行ったことがないので、とても楽しみです」
「そうだな。てっきり西側の通りに行くと思っていたけど」
「オレも普段はそっちに行くことのが多いっす。他の先輩方と食べにいくこともあるんで、店も色々覚えましたし」
「それじゃぁ、今日はなんでこっちなのかな?」
「西側に行くと、どの店に行ってもだいたい聖騎士に会うんですよ。今日は面白い組み合わせですから、いちいち聞かれて説明するのも野暮ですし」
「なるほどね!君、案外気が効くなぁ」
「案外ってなんすか~」
ラルフさんは、さして気にもしてない様子で突っ込みを入れている。
「大通り沿いにも武器屋や道具屋は有るんですが、どちらかというと土産物を扱っている店が多いんですよね」
「武器屋や道具屋なのに、お土産なんですか?」
「観光客に向けて剣のレプリカやおもちゃの防具なんかを売ってたり、あ、女神様や現役聖女様の像や人形なんかも。それから、人気の聖騎士の絵姿なんかもあったりするんですよ?」
「へぇ?ラルフ君のも有るのかな?ちょっと見てこようかな」
「わたしも興味あります!」
「いえいえ。聖女様付きの六人だけです」
「そうなんですか?見たかったです」
「はは。オレのなんて買う人いないっすよー!」
あらら。
ラルフさんも無自覚系か。
「ここ左で」
五分ほど大通りを歩いた後、そこそこ広い通りを左に折れる。
ここもお土産もの屋さん兼道具屋や武器屋が軒を連ねていて、食べ歩きが出来る屋台もちらほらあるみたい。
大通りには無かった、お酒の屋台なんかもあって、昼間から軽く飲んでいる人たちもいる。
「ここまでは一見さんの観光客向けですね」
ラルフさんが簡単に説明してくれるので、なんだか観光気分だ。
「ちょっとした観光スポットなんですね?」
「はい。子ども向けの軽い剣の玩具から、大人向けの模造刀まで置いてありますし、聖騎士が使用している防具の模造品なんかも置いてますから、地方の自警団の人とか買って行かれたりするみたいですね」
「へぇ。やっぱり王国騎士より扱いが派手だな」
「地方の聖堂にも大規模なところなら聖騎士はいますが、制服の色も装備も違うので、王都ならではのお土産に向いるだけじゃないですか?」
「そうなんですか?」
「ええ。地方の聖騎士は、制服白いですし」
そうなのね!
マグダレーンには小さな聖堂しか無かったし、聖騎士はいなかったので初耳です。
「あ、そこの路地にはいります」
話しながら歩いていくと、何やら細かい路地が四方八方に伸びる、混み入った場所に出た。
ラルフさんと一緒にいないと迷ってしまいそう。
「ここからは専門家とマニア向けのお店があって……」
「マニアですか?」
「聖職者の書籍専門店や、神具や魔法石の店。女神様の像の受注販売店、聖女様グッズの販売店から、聖騎士マニア向けの店まで揃っています」
「専門店街だね」
「はい!で、もう少し奥に行くと、聖騎士が利用している武器屋や道具屋があるんです。聖堂と提携しているのは実は数店舗しかなくて、そこでしか本物は買えないんですよ」
「へぇ。武器や防具は支給品じゃないんですか?」
「基本装備は支給ですよ?でも留め金具とかの消耗品や整備用品なんかは自分で買いますから。あと剣を研いでもらったり、壊れた装備を直してもらったり」
「なるほど」
ラルフさんは、細い通路を奥へ奥へと進んでいく。
途中道すがら、聖騎士のマネキンがおかれた店舗に、新商品発売の幟旗が立っていて何となく目をやった。
先ほど言っていた聖騎士マニア向けのお店かな?
ショーケースに真っ黒な馬の置物があって、わたしは思わず凝視してしまった。
……カザハヤ君かな。
他にも、鎧以外は全体的に黒系統でまとめられた防具類、見覚えのある『聖騎士の剣とは別の剣』のレプリカ。
どうもそこが新商品の展示スペースだったみたいなんだけど、『ご要望にお応えして!!噂の黒騎士関連商品』と結構大きめに書かれている。
そうよね。
人気無いわけないのよ。
聖女様の列の最後尾に、常に影のように付いているんだもの。
聖女様付き聖騎士の六人は白馬か葦毛の馬を駆り、真っ白な馬車を取り囲んでいるから、光輝いて見えて、絵画のように美しいのよね。
でも、その後ろを一定の距離を取って付き従う、ダークヒーローみたいな『青毛の馬を駆る聖騎士』だって、やっぱり目立つのだ。
本人絶対自覚ないだろうけど。
流石に絵姿までは無かったけれど、時間の問題な気がするわ。
「ローズさん、曲がりますよ?」
「あ、はい!」
慌てて二人についていくと、今度は如何にも武器屋や防具屋といった店舗が軒を連ねる通りに出た。
各店舗、似たような商品を扱っていると思うのだけど、微妙に店構えが違う。
手前側は、豪華な印象。
奥に行けば行くほど簡素な作りになっていく。
「個人で気に入った店を見つけたり、先輩に紹介してもらって、馴染みの店を決めるんです。あ!この『聖堂の紋章』が掲げられてるところが提携先で、聖騎士の装備は聖騎士しか買えないようになってます」
「ここは如何にも高級そうで、装身具が多そうだなぁ」
ユーリーさんが示したのは、ショーウィンドウなども完備された、高級そうな店構えのお店。
武器屋なのに、展示されているのは宝玉入りの短剣だったり、剣や防具を飾る為の装飾品だったりする。
うーん。
店の格や価格帯を考えても、絶対貴族出身者向けのお店だわ。
「そこは、聖女様付き聖騎士か貴族階級出身の方しか入らないですね」
「ラルフ君はどこ使ってんの?」
「そこに今からご案内します」
…………ん?
あれ?
食事をしにきたんだったですよね?
これから武器屋に行くんですか?
疑問に思ってラルフさんを見ると、ラルフさんはわたしを見ながら、にやりと笑った。
「こっちですよ」
そして、テクテクと路地を奥へ進んでいく。
「面白そうだから行ってみよう!」
「はい」
ユーリーさんと一緒にラルフさんを追いかける。
しばらく進むと、武器屋街を抜けて完全に外に出てしまった。
突然ぽかっと開けた空間。
周囲は林のようになっているけど、木漏れ日は差し込んでいて温かい雰囲気だ。
一本だけ、他よりも樹齢が一桁違いそうな巨木聳えていて、その木の横。
こじんまりとした赤い屋根の、小綺麗なおうちがあった。
「ここです」
ラルフさんが扉を開けると、中は確かに武器や防具などが置かれている。
あ、やっぱり武器屋さんなのね?
一見すると普通の民家のようにも見えるけれど。
「いらっしゃい、あぁ。ラルフか」
中から声をかけてきたのは、渋い印象の強面な中年男性。
濃い茶色の髪を後ろに撫で付けてしっかり固めている。
「今日はどうした?おっと。誰か連れてきたようだな」
「はい。聖女候補の方と、レン先輩のお知り合いの王国騎士さんを連れてきちゃいました。今日は食べれますよね?」
んんん?!?!
まって?
ラルフさん。
ここ武器屋さんですよ?
「あぁ。やってるぞ」
え?
やってる?
食べれるの?何を?
「今日はレンはどうした?お前が来たってことは、あいつも休みだろう?」
「急遽護衛ですって。今日明けで、朝礼終わって帰ろうとしたらミゲルさんが焦りながら言ってきて、なんかもうって感じですよ。しかも王宮ですって」
「そうか。それじゃ仕方ない。そうだ。ちょうど良いから、後であいつに届けておいてくれないか?」
店主さんは紙袋をラルフさんに見せる。
それなりにサイズ感あるけど、装備かな?
「お代は?」
「先に貰ってある。瓶だから落とすなよ?」
「はーい。何すかこれ?」
「整備用の油だ」
「はぁ。オリーブオイル?」
「も、入っているが、もう一本、別の油も入っている。輸入物だから入荷に時間がかかるし高価だ。それこそお前さんの三日分の食費くらいはするから、落とさないように頼むぞ?」
「うぇえ。責任重いっす。食べ終わってから預かっていいすか?」
「ああ。間違っても口に入れるなよ?」
「流石に整備用の油は食わないっすよ。どんだけ飢えてると思われてんすか?」
「お前は何するか分からない」
「えぇっ?ちょ、オレの扱い!!」
「まぁ、それは冗談だが、口に入れると毒だから一応忠告しとくぞ?」
悪態が混じりの、とても仲が良い会話に頬が緩んだ。
もう少し話も続きそうなので、お店の中を見回してみると、なるほど。
店主の後ろの壁には、聖堂の紋章が掲げられ、見たことのある装備が所狭しと置かれている。
全体的に装飾はシンプルで小ざっぱりした、感じの良い品物が多い。
お店の雰囲気とぴったりね。
あら?
装飾品も少しある。
小さなスペースにまとめて置かれているけれど、華美でなく、シンプルなもの。
革でできた腕輪やリング。
宝玉のカケラを加工して作ったビーズなどで飾られている。
それから、加工していない削り出したままのような宝玉類。
量り売りの革製の紐。
パーツを通せばネックレスやブレスレットにも使えそう。
男性が身に付けていてもお洒落だけど、案外女子もいけるかも?
気になって凝視していると、店主さんが気付いて声をかけてくれた。
「お目が高いですね。お嬢さん。それは普通の革紐よりも丈夫な物でね?装飾品というよりは本来防具を繋ぎ合わせるのに使う物なんだが、お嬢さんのような線の細い女性が腕や首に巻くと、より華奢に見えて似合いますよ。一つどうです?」
「良いですね。色も種類がありますし気になります」
「でしょう?おい!お前、ちょっと手が離せたら来てくれ!」
「はいよ。なんだい?」
お店の奥の方から年配の柔らかい雰囲気の女性が顔を出した。
奥様かしら?
こちらを見ると満面の笑みを浮かべた。
「おやまぁ!可愛いお嬢さんじゃないか!」
「お前のアクセサリーに興味があるようだから、見せてやってくれ」
「嬉しいねぇ。他にもあるからみていっとくれ?」
奥様は、後ろの棚から大振りな箱をこちらへ持ってやってきた。
わたしの前で箱を開けると、そこには綺麗に編み込まれた革細工のアクセサリーが並んでいる。
奥様が作っていらっしゃるのね!
凄い。
わたしが箱の中を凝視している間に、奥様は周囲を見て、ラルフさんに声をかけた。
「っと、誰かと思ったらラルフじゃないか。今日は昼ごはん食べていくのかい?」
「こんなにでかいのに目に入らないとか」
ラルフさんは苦笑いだ。
「昼ごはん三人前お願いします。オレの特盛りで」
「はいはい。わかってるよ。初めて見る二人だけど、お友だちかい?」
「目の前のお嬢さんは、今年入った聖女候補の方で、こちらの方はレン先輩のお知り合いの王国騎士さんです」
「「はじめまして」」
わたしとユーリーさんの挨拶は、見事なほどに被った。
奥様は微笑みながらユーリーさんに尋ねる。
「このお嬢さんは貴方の彼女?」
「まって!おかみさん!この二人、今日初対面ですから!そもそもオレにはお友達か?って聞いたくせに」
ユーリーさんより先にラルフさんがツッコミを入れている。
「だって、このお嬢さんすごく別品だし?落ち着いているし、あんたじゃ役不足……」
「ぐぬぬ。否定できないのがつらいっす」
「そんなことないですよ?ラルフさんは、とても可愛いですし……」
「ローズさん……オレ可愛いですか?一応年上なんすけど?」
「ローズマリー様?それ傷口抉ってるから」
あれぇ?
二人に突っ込まれてしまった。
おかしいな。
「ラルフがここに連れて来たってことは、レンと仲のいい二人なんだろ?」
「はぁ。まぁ、そんなところですかね」
「おやまぁ!それは本当かい?」
ご主人のセリフに、奥様は何故か目を輝かせて喜んでおり、対照的にラルフさんは何故か首を垂れている。
「それじゃあ、コレはレンに買ってもらった方がいいよ!それが良い!」
そういうと、奥様は箱をさっさと片付けてしまった。
えええぇえ?
「いえ。そんな訳には」
「良いから良いから」
何が良いからなのかさっぱりなんだけども、何か誤解がありそうなのは、流石に想像がついた。
「ええと。決してそういった間柄では。レンさんにも好みがあるでしょうし……」
そもそも、小説の中のレンさんは、ヒロインに興味がある素振りもない。
現実が小説通りに動いているところを見ると、そこに変更があるとは思えないのよね。
「まぁ良いじゃないか。昼ごはんでも食べながら話せば。さぁ、奥へどうぞ」
奥様はニマニマと笑いながら、わたしたちを店の奥へ誘ったのだった。
ユーリーさんも結構背が高いので、二人とも足が早い。
置いていかれないよう小走りについていくと、ユーリーさんが歩調を緩めてくれた。
「ごめんね?大変だったかな?」
「いえ。でも、お二人とも足が長くて羨ましいです」
「わー!すいません」
既に数メートル前にいたラルフさんが慌てて戻ってきてくれる。
「大丈夫ですよ?」
「ダメだよ?レディーに合わせるのは当然のことなんだから」
「ありがとうございます」
優しい言葉に笑みを返した。
ユーリーさん、流石のレディーファーストです。
以降は二人とも歩調を緩めてくれので、ありがたく普通の速度で歩かせて頂いた。
聖堂の広場をまっすぐ抜けると、突き当たりの大通りを左折する。
え?
左折?
王都北東方面は職人街が広がっていて、飲食店があるイメージが無い。
聖堂周辺も東側は武器屋や鍛冶屋防具屋などの専門店街が有るだけ、という話で今までいったことも無かった。
「意外でしょ?」
わたしの顔を見て、ラルフさんがにっこり笑ったので、わたしは笑顔を返した。
「はい!東側は行ったことがないので、とても楽しみです」
「そうだな。てっきり西側の通りに行くと思っていたけど」
「オレも普段はそっちに行くことのが多いっす。他の先輩方と食べにいくこともあるんで、店も色々覚えましたし」
「それじゃぁ、今日はなんでこっちなのかな?」
「西側に行くと、どの店に行ってもだいたい聖騎士に会うんですよ。今日は面白い組み合わせですから、いちいち聞かれて説明するのも野暮ですし」
「なるほどね!君、案外気が効くなぁ」
「案外ってなんすか~」
ラルフさんは、さして気にもしてない様子で突っ込みを入れている。
「大通り沿いにも武器屋や道具屋は有るんですが、どちらかというと土産物を扱っている店が多いんですよね」
「武器屋や道具屋なのに、お土産なんですか?」
「観光客に向けて剣のレプリカやおもちゃの防具なんかを売ってたり、あ、女神様や現役聖女様の像や人形なんかも。それから、人気の聖騎士の絵姿なんかもあったりするんですよ?」
「へぇ?ラルフ君のも有るのかな?ちょっと見てこようかな」
「わたしも興味あります!」
「いえいえ。聖女様付きの六人だけです」
「そうなんですか?見たかったです」
「はは。オレのなんて買う人いないっすよー!」
あらら。
ラルフさんも無自覚系か。
「ここ左で」
五分ほど大通りを歩いた後、そこそこ広い通りを左に折れる。
ここもお土産もの屋さん兼道具屋や武器屋が軒を連ねていて、食べ歩きが出来る屋台もちらほらあるみたい。
大通りには無かった、お酒の屋台なんかもあって、昼間から軽く飲んでいる人たちもいる。
「ここまでは一見さんの観光客向けですね」
ラルフさんが簡単に説明してくれるので、なんだか観光気分だ。
「ちょっとした観光スポットなんですね?」
「はい。子ども向けの軽い剣の玩具から、大人向けの模造刀まで置いてありますし、聖騎士が使用している防具の模造品なんかも置いてますから、地方の自警団の人とか買って行かれたりするみたいですね」
「へぇ。やっぱり王国騎士より扱いが派手だな」
「地方の聖堂にも大規模なところなら聖騎士はいますが、制服の色も装備も違うので、王都ならではのお土産に向いるだけじゃないですか?」
「そうなんですか?」
「ええ。地方の聖騎士は、制服白いですし」
そうなのね!
マグダレーンには小さな聖堂しか無かったし、聖騎士はいなかったので初耳です。
「あ、そこの路地にはいります」
話しながら歩いていくと、何やら細かい路地が四方八方に伸びる、混み入った場所に出た。
ラルフさんと一緒にいないと迷ってしまいそう。
「ここからは専門家とマニア向けのお店があって……」
「マニアですか?」
「聖職者の書籍専門店や、神具や魔法石の店。女神様の像の受注販売店、聖女様グッズの販売店から、聖騎士マニア向けの店まで揃っています」
「専門店街だね」
「はい!で、もう少し奥に行くと、聖騎士が利用している武器屋や道具屋があるんです。聖堂と提携しているのは実は数店舗しかなくて、そこでしか本物は買えないんですよ」
「へぇ。武器や防具は支給品じゃないんですか?」
「基本装備は支給ですよ?でも留め金具とかの消耗品や整備用品なんかは自分で買いますから。あと剣を研いでもらったり、壊れた装備を直してもらったり」
「なるほど」
ラルフさんは、細い通路を奥へ奥へと進んでいく。
途中道すがら、聖騎士のマネキンがおかれた店舗に、新商品発売の幟旗が立っていて何となく目をやった。
先ほど言っていた聖騎士マニア向けのお店かな?
ショーケースに真っ黒な馬の置物があって、わたしは思わず凝視してしまった。
……カザハヤ君かな。
他にも、鎧以外は全体的に黒系統でまとめられた防具類、見覚えのある『聖騎士の剣とは別の剣』のレプリカ。
どうもそこが新商品の展示スペースだったみたいなんだけど、『ご要望にお応えして!!噂の黒騎士関連商品』と結構大きめに書かれている。
そうよね。
人気無いわけないのよ。
聖女様の列の最後尾に、常に影のように付いているんだもの。
聖女様付き聖騎士の六人は白馬か葦毛の馬を駆り、真っ白な馬車を取り囲んでいるから、光輝いて見えて、絵画のように美しいのよね。
でも、その後ろを一定の距離を取って付き従う、ダークヒーローみたいな『青毛の馬を駆る聖騎士』だって、やっぱり目立つのだ。
本人絶対自覚ないだろうけど。
流石に絵姿までは無かったけれど、時間の問題な気がするわ。
「ローズさん、曲がりますよ?」
「あ、はい!」
慌てて二人についていくと、今度は如何にも武器屋や防具屋といった店舗が軒を連ねる通りに出た。
各店舗、似たような商品を扱っていると思うのだけど、微妙に店構えが違う。
手前側は、豪華な印象。
奥に行けば行くほど簡素な作りになっていく。
「個人で気に入った店を見つけたり、先輩に紹介してもらって、馴染みの店を決めるんです。あ!この『聖堂の紋章』が掲げられてるところが提携先で、聖騎士の装備は聖騎士しか買えないようになってます」
「ここは如何にも高級そうで、装身具が多そうだなぁ」
ユーリーさんが示したのは、ショーウィンドウなども完備された、高級そうな店構えのお店。
武器屋なのに、展示されているのは宝玉入りの短剣だったり、剣や防具を飾る為の装飾品だったりする。
うーん。
店の格や価格帯を考えても、絶対貴族出身者向けのお店だわ。
「そこは、聖女様付き聖騎士か貴族階級出身の方しか入らないですね」
「ラルフ君はどこ使ってんの?」
「そこに今からご案内します」
…………ん?
あれ?
食事をしにきたんだったですよね?
これから武器屋に行くんですか?
疑問に思ってラルフさんを見ると、ラルフさんはわたしを見ながら、にやりと笑った。
「こっちですよ」
そして、テクテクと路地を奥へ進んでいく。
「面白そうだから行ってみよう!」
「はい」
ユーリーさんと一緒にラルフさんを追いかける。
しばらく進むと、武器屋街を抜けて完全に外に出てしまった。
突然ぽかっと開けた空間。
周囲は林のようになっているけど、木漏れ日は差し込んでいて温かい雰囲気だ。
一本だけ、他よりも樹齢が一桁違いそうな巨木聳えていて、その木の横。
こじんまりとした赤い屋根の、小綺麗なおうちがあった。
「ここです」
ラルフさんが扉を開けると、中は確かに武器や防具などが置かれている。
あ、やっぱり武器屋さんなのね?
一見すると普通の民家のようにも見えるけれど。
「いらっしゃい、あぁ。ラルフか」
中から声をかけてきたのは、渋い印象の強面な中年男性。
濃い茶色の髪を後ろに撫で付けてしっかり固めている。
「今日はどうした?おっと。誰か連れてきたようだな」
「はい。聖女候補の方と、レン先輩のお知り合いの王国騎士さんを連れてきちゃいました。今日は食べれますよね?」
んんん?!?!
まって?
ラルフさん。
ここ武器屋さんですよ?
「あぁ。やってるぞ」
え?
やってる?
食べれるの?何を?
「今日はレンはどうした?お前が来たってことは、あいつも休みだろう?」
「急遽護衛ですって。今日明けで、朝礼終わって帰ろうとしたらミゲルさんが焦りながら言ってきて、なんかもうって感じですよ。しかも王宮ですって」
「そうか。それじゃ仕方ない。そうだ。ちょうど良いから、後であいつに届けておいてくれないか?」
店主さんは紙袋をラルフさんに見せる。
それなりにサイズ感あるけど、装備かな?
「お代は?」
「先に貰ってある。瓶だから落とすなよ?」
「はーい。何すかこれ?」
「整備用の油だ」
「はぁ。オリーブオイル?」
「も、入っているが、もう一本、別の油も入っている。輸入物だから入荷に時間がかかるし高価だ。それこそお前さんの三日分の食費くらいはするから、落とさないように頼むぞ?」
「うぇえ。責任重いっす。食べ終わってから預かっていいすか?」
「ああ。間違っても口に入れるなよ?」
「流石に整備用の油は食わないっすよ。どんだけ飢えてると思われてんすか?」
「お前は何するか分からない」
「えぇっ?ちょ、オレの扱い!!」
「まぁ、それは冗談だが、口に入れると毒だから一応忠告しとくぞ?」
悪態が混じりの、とても仲が良い会話に頬が緩んだ。
もう少し話も続きそうなので、お店の中を見回してみると、なるほど。
店主の後ろの壁には、聖堂の紋章が掲げられ、見たことのある装備が所狭しと置かれている。
全体的に装飾はシンプルで小ざっぱりした、感じの良い品物が多い。
お店の雰囲気とぴったりね。
あら?
装飾品も少しある。
小さなスペースにまとめて置かれているけれど、華美でなく、シンプルなもの。
革でできた腕輪やリング。
宝玉のカケラを加工して作ったビーズなどで飾られている。
それから、加工していない削り出したままのような宝玉類。
量り売りの革製の紐。
パーツを通せばネックレスやブレスレットにも使えそう。
男性が身に付けていてもお洒落だけど、案外女子もいけるかも?
気になって凝視していると、店主さんが気付いて声をかけてくれた。
「お目が高いですね。お嬢さん。それは普通の革紐よりも丈夫な物でね?装飾品というよりは本来防具を繋ぎ合わせるのに使う物なんだが、お嬢さんのような線の細い女性が腕や首に巻くと、より華奢に見えて似合いますよ。一つどうです?」
「良いですね。色も種類がありますし気になります」
「でしょう?おい!お前、ちょっと手が離せたら来てくれ!」
「はいよ。なんだい?」
お店の奥の方から年配の柔らかい雰囲気の女性が顔を出した。
奥様かしら?
こちらを見ると満面の笑みを浮かべた。
「おやまぁ!可愛いお嬢さんじゃないか!」
「お前のアクセサリーに興味があるようだから、見せてやってくれ」
「嬉しいねぇ。他にもあるからみていっとくれ?」
奥様は、後ろの棚から大振りな箱をこちらへ持ってやってきた。
わたしの前で箱を開けると、そこには綺麗に編み込まれた革細工のアクセサリーが並んでいる。
奥様が作っていらっしゃるのね!
凄い。
わたしが箱の中を凝視している間に、奥様は周囲を見て、ラルフさんに声をかけた。
「っと、誰かと思ったらラルフじゃないか。今日は昼ごはん食べていくのかい?」
「こんなにでかいのに目に入らないとか」
ラルフさんは苦笑いだ。
「昼ごはん三人前お願いします。オレの特盛りで」
「はいはい。わかってるよ。初めて見る二人だけど、お友だちかい?」
「目の前のお嬢さんは、今年入った聖女候補の方で、こちらの方はレン先輩のお知り合いの王国騎士さんです」
「「はじめまして」」
わたしとユーリーさんの挨拶は、見事なほどに被った。
奥様は微笑みながらユーリーさんに尋ねる。
「このお嬢さんは貴方の彼女?」
「まって!おかみさん!この二人、今日初対面ですから!そもそもオレにはお友達か?って聞いたくせに」
ユーリーさんより先にラルフさんがツッコミを入れている。
「だって、このお嬢さんすごく別品だし?落ち着いているし、あんたじゃ役不足……」
「ぐぬぬ。否定できないのがつらいっす」
「そんなことないですよ?ラルフさんは、とても可愛いですし……」
「ローズさん……オレ可愛いですか?一応年上なんすけど?」
「ローズマリー様?それ傷口抉ってるから」
あれぇ?
二人に突っ込まれてしまった。
おかしいな。
「ラルフがここに連れて来たってことは、レンと仲のいい二人なんだろ?」
「はぁ。まぁ、そんなところですかね」
「おやまぁ!それは本当かい?」
ご主人のセリフに、奥様は何故か目を輝かせて喜んでおり、対照的にラルフさんは何故か首を垂れている。
「それじゃあ、コレはレンに買ってもらった方がいいよ!それが良い!」
そういうと、奥様は箱をさっさと片付けてしまった。
えええぇえ?
「いえ。そんな訳には」
「良いから良いから」
何が良いからなのかさっぱりなんだけども、何か誤解がありそうなのは、流石に想像がついた。
「ええと。決してそういった間柄では。レンさんにも好みがあるでしょうし……」
そもそも、小説の中のレンさんは、ヒロインに興味がある素振りもない。
現実が小説通りに動いているところを見ると、そこに変更があるとは思えないのよね。
「まぁ良いじゃないか。昼ごはんでも食べながら話せば。さぁ、奥へどうぞ」
奥様はニマニマと笑いながら、わたしたちを店の奥へ誘ったのだった。
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アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。
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