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第四章

聖堂前「お疲れ!交替だ」「お疲れさん」「今日はやけに観光客が多いな」「それな。さっきから入っていった女性客が出てこないんだ」「……はぁ?」

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 その日のランチは早々に切り上げられた。

 だって何かを話せる雰囲気じゃ無かったもの。
 みんな目の前のものを食べることに必死だったよね。

 ジェフ様は、その後もずっと微笑んでいらっしゃったけど、わたしとリリアさんが食べ終わるのを見てとると、目線で退席を勧めてくれた。


「では、お先に失礼いたします」

「ご機嫌よう」


 普段よりも堅苦しく挨拶の言葉を口にした、わたしとリリアさん。
 もちろんダミアン先輩は、それを完全にスルーした。

 ジェフ様にしか興味がないのね。
 でも、今はそれがありがたい。

 また後日、ダミアン先輩が何者なのか、ジェフ様に聞いてみよう。
 ジェフ様が退席を命じなかったことから、なんとなく階級は想像がつくけれど。


 それにしても、模擬戦。
 どんどん来る人が増えていっている気がする。
 
 メインは一応『王国騎士お兄様聖騎士レンさんの模擬戦』なのよね?

 周囲の興味は完全に殿下とジェフ様にあるから、メインイベント空気じゃ無い?

 まぁ、二人とも、多分目立つことがあまり好きでは無い人たちだから、願ったりかもしれないけれど。

 昨日の疲れも残っていたけど、ランチでも精神的に疲労を負った気がして、わたしとリリアさんは、寄り道せずに聖堂に帰ることにした。

 聖堂裏門から中に入って、女子寮へ。
 リリアさんは、事務局に寄るそうなので、ロータリーで別れて、一人寮に戻る。

 少し眠って頭を休めたいけど、先にお兄様に手紙を書かなければ!


 寮の入り口の扉を開けると、管理室の前にレンさんがいた。

 わ!?!!
 私服!?私服姿です!!
 制服と作業着以外初めて見た~!

 白の綿シャツに黒の綿パンツ、黒のショート丈エンジニアブーツという、ラフな姿だけど、すらりとしていてカッコいい!
 長袖のシャツをまくり上げているのだけど、手首の骨がごつっと出ていて、腕の筋肉がしなやかで綺麗。
 一本一本の筋肉の繊維が細いのかしら?
 一見細く見えるけど、引きしまっていて無駄がない感じ。


「あら。丁度よかったみたいですね」

「そのようです。お手数おかけしました」


 管理人さんが微笑みながらレンさんに言い、レンさんは頷いた。

 あれ?
 もしかしてわたしに御用かしら?
 心の中で勝手にテンション上げててごめんなさい。


「ローズマリーさん。お客様がみえられたそうですよ?」

「え?」

 管理人さんが、笑顔でこちらに声をかけてくれた。

 ええと。
 誰かと約束したかしら?


「聖堂でお待ちいただいているのですが、この後のご都合は如何ですか?」
 

 レンさんは、わたしに向き直って言った。

 というか、レンさん、今日休みですよね?
 何故伝言に使われてパシられているのかしら?
 

「はい。午後はお休みですし、特に急ぎの用事も無いので大丈夫です」

「良かったです。荷物を置いて来られますか?それでしたら、先に来られる旨お伝えしてきますが」

「あ、はい。ええと」


 誰だろう?

 疑問が顔に出まくっていたらしい。

 レンさんはわずかに目を細めた。


「お兄様がいらしゃっています」


 そう言った表情が、まるで微笑んでいるように見えて、ドキッとした。
 すぐにいつもの表情に戻ってしまったので、惜しいことをした気分になる。
 出来ればもう少しだけ見ていたかった。

 って、お兄様?!


「え!?」


 何故お兄様が?
 しかも何故レンさんが取り次ぎを?
 

 でも、今はそんなことを考えている場合じゃないよね。
 こんなにはやく会えると思わなかったので、このタイミングは逃したく無い。


「ありがとうございます!すぐに荷物を置いてきます」

「わかりました。では、その旨お伝えしておきますので」

「はい!」


 わたしは早足で階段を上り、自室に入るとクローゼットに荷物を置いた。
 
 ええと、服!

 午後は休みだから、神官服を着ていく訳にはいかない。
 慌てて、ハンガーにかけられたワンピースに着替える。
 夏らしく淡い紫の綿ワンピ。
 お母様が作っておいてくれたものだけど、最近のお気に入りだ。

 最後に姿見に写して全体を確認。
 外を歩いて来たので多少乱れていた髪を簡単に整え、聖堂に向かった。



 聖堂の職員通用口の扉をそっと開くと、中でさわさわと人が囁く声が聞こえた。


「素敵ね」

「あんな全員が全員素敵なんてことある?」

「三人ともタイプは違うけど良いわよね」

「観光かしら?是非ご一緒したいわ」

「貴女声をかけてきてよ」


 あちらこちらから漏れ聞こえてくる声。

 聖堂の中には十数人の観光客がいた。
 今日はなんだか観光客が多い。
 しかも女性が多いような?
 そして彼女たちの視線は、ちらりちらりと断続的に一点に送られている。

 その観光客の視線の先、聖堂の隅のやや奥まっていて柱の影になる場所に、見知った三人の姿を発見した。
 出来るだけ目立たない場所に案内して下さったんだろうな。
 凄く配慮を感じる。

 でも、はっきり言って意味を為していない。
 あの人達自覚ないんだろうか。

 あんな高身長のイケメンが三人固まってたら、それだけで普通に目を引くわよね。
 自分の兄をイケメンにカウントするのもどうかと思うけど、お兄様も、まぁそれなりに整った顔立ちだし。

 レンさんとラルフさんは、今日は私服だから、一見して聖騎士とは分からない。
 観光客ならなおのこと知らないから、声をかけてお近づきになりたい人もいるのかな。

 観光客の女性たちは、なおもそちらをチラチラ見ながらコソコソと話をしていて、聖堂を出ていく気配がない。

 折角聖堂に来たのだから、もっと見るものあると思うけど、まぁ、かっこいいから仕方ないか。


 ふいに、レンさんの視線がこちらをむいた。
 いつもながら人の気配に敏感な人だ。

 頭を下げられたので、こちらも微笑みながら会釈する。
 レンさんがお兄様に話しかけると、二人の視線もこちらを向いた。
 
 あの、同時に観光客の女性の視線が、わたしに強烈に突き刺さって辛いです。

 お兄様を筆頭に三人はこちらに来るようなので、大人しく微笑みながらその場で待つことにした。


「ローズ!急に呼び出して悪かったな」

「いえ、わたしもお会いしたかったので、来てくださって嬉しいです。!」


 少し強調して呼ばせて頂きました!
 これだけで、随分突き刺さる視線が緩和された気がする。


「ええと、何処かで少し落ち着いて話しをする時間はあるだろうか?」


 どことなく気まずそうにいうお兄様。
 なるほど。
 流石のお兄様も、それなりに視線は感じていた様です。
 職業柄当然か。


「はい。外に出ますか?それとも……」

「一応、先ほどミゲル神官長補佐に確認を入れたところ、応接は使えるそうです」


 小声で情報を入れてくれるレンさん。
 細かい気遣いがありがたい。

 あれだけ気配に敏感なんだもの、レンさんも居心地の悪さは感じていたんだろうな。

 外に行っても良いけれど、殿下やジェフ様の話も出るかも?
 となると、人に聞かれるリスクもある。
 それなら……


「では、出来たら応接室をお借りしたいです」


 レンさんに言うと、彼は頷いて一礼し、聖堂入口から外へ出ていった。

 あ、そうか!
 制服を着ていないから、外の通用口から入るのね!
 流石にきっちりしていらっしゃる。

 しかも、お休みなのに、手配してくれるつもりみたいです。
 ごめんなさい!


「良かったですね!お二人とも無事に会えて」


 あっけらかんと笑って、会話に入って来たのは、ラルフさん。
 場の空気が一気に和らぐのは、彼の持ち味よね。

 普通、呼び出しや手続き等の面倒な部分は後輩にやらせて、年長者が客人の対応することが多いけど、ラルフさんに間を持たせて貰ってレンさんが手続きをした方が、色々迅速に回るのかもしれない。

 二人は本当に良いコンビだ。


「はい!まさか今日会えると思ってなかったので、ええと、どう言った経緯なのか伺っても良いですか?お兄様」


 先ほども三人で和やかに話されていたみたいだけど、いつの間に仲良くなっているんです?

 男の人って謎だわ。


「あぁ、今日は休みだったから、こちらの方に足を伸ばしてみたんだ。そうしたら偶然レン君にあって、ラルフ君も紹介して貰って、一緒に昼食をとることになってな」

「そうでしたか」


 なかなかすごい偶然じゃない?
 しかもそのまま一緒に食事って、どれだけ意気投合してるのよ。
 ラルフさんのほんわかオーラの為せる技かしら。


「ローズに会って話がしたいと言ったら、彼らが機転を効かせてくれたんだ」

「それは!お二人にはお休みのところ、兄に付き合って頂き、すみませんでした」

「いぇ。オレは別に何もしてないので!先輩が全部動いてますから」

「いやいや、ラルフ君も!話に付き合ってもらって楽しかったよ」

「そう言って頂けると」


 ラルフさんは照れたように笑う。
 本当にラルフさんは可愛い人だ。
 

 しばらく雑談をしていると、静かに事務局の扉が開いて、レンさんとミゲルさんが中に入ってきた。

 お兄様は微笑んで会釈する。

「今日は突然申し訳ありません。妹がいつもお世話になっております」

「いえいえ、昨日はお疲れ様でございました。話は伺いましたので、応接へご案内致します。どうぞ」

「ありがとうございます」

「ミゲルさん、お忙しいところすみません」

「いいんですよ。いつでも言ってくださいね」


 どうやら、ここからはミゲルさんが引き継いでくれるみたい。
 レンさんとラルフさんは、並んで待機していたけど、わたしたちが動き始める直前に、二人とも深くお辞儀をした。

 垂直に近い角度。
 庶民から、貴族に対する略式の立礼だ。
 
 その時、するりとレンさんの胸元から、薄茶色の革製の紐が滑り落ちた。
 紐には赤い色の石が括り付けられている。
 荒削りだけど宝玉かな?
 装飾品?にしては紐が随分と痛んでしまっている。
 

「頭を上げてくれ。二人には本当に世話になったから、今度礼をさせて貰いたい」


 お兄様は困ったように笑って言った。

 二人は顔を上げる。
 ラルフさんは満面の笑顔、レンさんはいつも通りだ。

 このタイミングでレンさんは石を服の中に戻した。
 どうやら見せるつもりでつけている飾りでは無いみたい。
 彼にとって何か大切なものなのかな?


「お気遣いなく」
「食べ物でお願いします!」


 二人が同時に、真逆のことを言っている。
 その後、レンさんがラルフさんを一瞥し、ラルフさんはあらぬ方向を見ていて、思わず笑ってしまった。
 

「では、参りましょう」

「はい。お願いします」

 わたしたちはミゲルさんの後に続いて事務局の中に入った。
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