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第四章

兄と妹

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 応接室に着くと、ミゲルさんが扉を開けてくれて、わたしたちは中に入った。


「今日は応接を使う予定はありませんから、ゆっくりお話していて大丈夫ですよ。後でお茶を届けさせますね」

「何から何まですみません。ありがとうございます」


 お礼を言うと、ミゲルさんは、わたしにむかって微笑み、お兄様に一礼して部屋の外に出ていった。

 わたしとお兄様は向かい合って座る。

 一呼吸つくと、お兄様はすぐに話し始めた。


「さて、色々言いたいことはあるが、まずは元気そうで何よりだな」

「お兄様も、お元気そうで」

「あぁ。そう言えば随分もやもやが軽減した気がする……旨いものをたくさん食べて、仕事に関係ない話をしたせいかな?あの二人のお陰だな」


 お兄様は苦笑いをしながら答えた。
 言っている通り、昨日より随分顔色も良い気がする。


「それは、本当に何かお礼しないといけないですね」
 
「そうだな」


 わたしとしても、二人のおかげで、こんなに早くお兄様に会う機会を得られた。


「まぁ、彼らと一緒に動いていると、悪目立ちして困るという難点はあったけどな」

「それは。三人とも目立ちますから」


 笑いながら答えると、お兄様は眉を寄せた。


「一人でいる時に、あんな視線、来たことがないな。あの二人は日常的にモテるんだろうが」


 案外自覚ないみたい。
 でも、そういう謙虚なところもお兄様の良さだと思うから、敢えて触れずに笑みを返した。
 

「聖堂での仕事ぶりは二人から聞いた。一生懸命やっているようだな」

「候補になったからには、やるべきことだけはしっかりしようと思いまして」

「お前らしいな」

「そう思います」


 わたしが笑うとお兄様も笑った。
 妙に真面目なところは、お母様譲りで二人の共通点でもある。


 ここで部屋にお茶が運ばれてきた。

 え?早い!

 使用人の女性は、何だかウキウキしている。
 彼女は、笑顔でわたしとお兄様の前にお茶とお茶菓子置いてくれた。


「すみません!」
「ありがとうございます」


 お詫びを言うわたしと、笑顔でお礼を言うお兄様。
 使用人さんは頬を染めながら、笑顔で会釈し退出した。

 なんだかんだで、お兄様は結構モテる。
 でも、今まで不思議なほど、浮いた話が出た事ないのよね。

 何でかな?


 お兄様は一つ息をつくと、わたしと視線を合わせた。


「幾つか聞きたいんだが、まず……そうだな。王子殿下のことだが」

「はい」

「聖堂で会うのは、決まっていたらしいな?」

「え⁈何で?」


 何で知っているの?

 あれは、リリアさんとわたしで企てたことで、王宮サイドは知らないと思っていた。

 お兄様は眉を寄せ、気まずそうに言う。


「こちらも、責任者は知っていたらしい。というか、二人きりでは会えないことになっていたそうだ。もう一人の子は、准男爵の娘さんらしいな」

「ええ。そうです。ちょっとまって?少し混乱していて」


 では、当初、リリアさんは殿下に会えないことになっていた?
 リリアさんが貴族では無いから?


「つまり、その娘が殿下に会うためには、絶対にお前を巻き込まなければならなかったんだ」


 ええと……そうか。

 何故リリアさんが、自分の不利益を承知で、わたしを巻き込んだのかと思っていたけど、そういう理由があったのね?

 三人でのお茶会ということになれば、王宮側としては『新人の聖女候補を、王子殿下が訪問しただけ』という面目が保たれる。

 でも、今回はジェフ様がいたために、事態は
少し複雑になってしまった。

 そうなると、はっきりすることがある。
 つまり、わたしとジェフ様は……。


「その娘に利用されたな」


 ……ですよね。

 でも、リリアさんは殿下がお好きなのだから、それくらいはするか。

 彼女はペアを二つ作ることで、ダブルデートのイメージを周囲に与えることに成功した。
 仕上げに『わたしとジェフ様の仲が、とても良かった』と吹聴すれば、聞いた人は『どういうペア分けだったか』を、勝手に想像してくれるだろう。

 思わず苦笑が漏れる。

 普段あんな感じだけど、リリアさんって、恋愛偏差値、すごく高いのね。


「リリアさんは、殿下のことがとてもお好きなようですから」


 凄いわ!

 殿下と良い仲になるために、そこまで考えて動いていたなんて。
 ふわっとしていてあざといなんて、まさに小説の中のヒロインそのもの。

 妙に感心してしまう。

 少し言いずらそうな顔をした後、お兄様は口を開いた。


「その……ローズは、殿下をどう思っている?」

「どう、とは?」


 お兄様の質問の意図が掴めない。
 わたしが、王子殿下に興味があると思っているのかしら?
 
 それは、全く興味がないわけでは無い。

 そもそもが、『王子殿下と結ばれる物語』なのだから、どこで恋に落ちるかなんて分からないよね?

 ただ『異性として興味があるか?』と、問われれば、現段階では『分からない』。
 年下なので、正直『かわいい弟のような感覚』というのが、一番今の気持ちに近いかな?
 

 どうやら困惑した顔をしていたみたい。
 数秒沈黙が落ちた後、お兄様は少し呆れた顔で言った。


「いや。わかった。お前は本当にそっち方面疎いからな」


 むぅ。
 心外です。
 でも確かに、わたしは恋愛方面に疎い。
 初恋だってまだだもの。


「王子殿下は、お前のことをかなり気に入っている」

「っえ?」


 いや、流石にそこまでは、いってないのでは?
 多少興味を持っていただいている、とは思うけど。


「いや、あれはもう、気に入っているのレベルでは無いな。執着している、と言って良い」

「いぇ、そんな、まさか。だって、リリアさんとも楽しそうにお話ししていたし、お兄様の考え過ぎでは?」


 そもそもわたし、二回しか殿下とお会いしていないのよ?


「まぁいい。ローズにとっては、その程度だと言うことがわかった」


 えぇぇっ⁈
 まさかの自己完結ですか?


「その程度というか、殿下は婚約者もいらしゃいますし、わたしのようなものが」

「そうだろうな。それでいい。そのままでいてくれ」


 なんか……残念な子を見る目で見られました。
 ショック!


「では、ドウェイン侯爵令息に関しては、どうだ?」

「ジェフ様とは、王立魔導専門学校で、毎週二回は必ずお会いしますし……その、友人に加えて頂いています」

「彼がお前に好意を持っていることには、流石に気付いているな?」

「そ……うですね。はい。ジェフ様は、わざと分かりやすく接して下さいますので。ただ、女性の扱いに慣れた方ですから、取り巻きの中の一人程度の感覚か、とも思いますけど……」


 わたしが答えている途中から、お兄様は右手で額を抑えて、渋い顔をした。

 何かおかしかったかな?


「いいか。ローズ。遊び相手程度の感覚なら、家族に挨拶なんかしない。何かあった時、責任を追及されると困るからだ」


 はっとした。
 言われてみれば、そうかもしれない。
 

「王子殿下が挨拶を止めようとしたのも、感覚的に、嫌な感じがしたからだろう。自分の存在を相手の家族に知らせるということは、貴族社会では、思った以上に重い意味を持つ」

「はい」


 軽率だった。
 友人を兄に紹介する程度の、軽い感覚だったけど、あの丁寧すぎる挨拶には、そんな意味があったのね。


「別に、怒っているわけじゃないぞ?そんな顔をするな」


 お兄様はわたしの頭を優しく撫でた。
 叱られた子どものような顔をしていたのかな。
 優しく撫でる手は、大きくてごつごつしていて、お父様の手とよく似ている。


「ローズが彼のことを好きで、今後、より親しくしていきたいなら、何も悪いことではないんだ。ただ、彼は有名人で、社交界の華の一人だから、色々と苦労しそうだとは思うけどな」


 わたしがジェフ様を好きなら、問題無い。
 確かにその通りよね。

 ただ、彼の相手がわたしでは、社交界の反発が凄そう。
 御令嬢方にはシカトされるだろうし、ご婦人方だって黙ってはいないだろう。

 そもそも、ジェフ様にわたしが相応しいとは、現状思えない。
 聖女に選ばれて、その任期明けならば、一応釣り合いは取れるかもしれないけれど。

 立場を考えずに、純粋に異性として考えたら、とても素敵な方だと思う。
 考え方も大人っぽいし、いつも上手にリードしてくれるし。
 彼と恋をするのは、とても楽しそうだし、幸せになれるんだろうな。

 ただ、何故か恐怖心が先に立つ。
 これが何なのかは、未だに分かっていない。


「とても素敵な方なんです。でも、自分の気持ちが、まだわからなくて」

「わかった」

「心配かけてごめんなさい」

「いや。今日の話を聞いて、ローズが認識を改めてくれれば、それでいい。お前が考えている以上に、色々な人間がお前に興味を持っているから、気をつけるように」

「はい」


 大反省だ。

 お二人とは、親しくしなければいけないと、そのことに注力しすぎて、中途半端な態度を取っていたかも。


「こちらが心配していたことは以上だ」


 お兄様は息をつくと、柔らかく笑った。

 凄く心配させてしまったようだ。
 わたしも、もう少し、恋愛方面しっかり考えるようにしよう。


「さて。それから聞きたいことが、もう一つあるんだが」

「はい。何でしょう」

「レン君は、どの程度の腕前だろうか?」

「!」


 あぁ。
 それは重要よね。


「実際に剣を触った団長の話だと、重さは倍以上、長さもこちらの剣の1.5倍は長いらしいな。こちらの方が武器で圧倒的に有利だが、彼にも立場があるだろうから、どうしたものかと思ってな」


 お兄様、余裕そうですね。
 まぁ、普通はそうよね。
 あの剣で、一対一で戦えるわけがないのよ。
 普通は。


「お兄様が本当に得意なのは、槍ですよね?」


 突拍子も無い質問に感じただろう。
 お兄様は困惑した顔でこちらを見た。


「あぁ。そうだが?」

「ですから、それで十分なハンデかと思いますよ?」

「どういうことだ?」

「レンさんは剣術が得意ですので、普通に対決して、かなりいい勝負になるのでは無いかと思います」

「馬鹿言うな。あの剣は重心とるのも難しい代物だぞ?間合いに入られたら打つ手がないだろう」

「そうだと思います。実際、他の聖騎士さんの鍛錬を見ますと、全体的に大振りになっていますから、振り下ろした後の隙を突かれると、簡単にやられてしまいます」

「では彼は違うと?」

「まず、一日の鍛錬にかける時間が、他の方の数倍ですから、あの剣の扱いに関しても、一人だけ突出していると考えて頂いて、問題無いかと」

「もし、それほどの腕前だったとして、それなら、補助的な魔法など必要無いじゃないか」

「そうですね。対人であれば剣だけで十分でしょう。ですが、レンさんは王都外に出られることが多いんです」

「聖女様の警護と言うあれか。しかし遠方に行くならば、王国騎士が付くから、さほど危険はないだろう?」

「わたしの送迎は、レンさんとラルフさんの二人だけでした」


 お兄様は息を飲んだ。


「道中で熊が出たんです。二人で倒すのは無理だろうと思って、わたしはとても怖い思いをしました」

「それで、どうしたんだ」

「レンさんが火の魔法を使って追い払って下さったので、今もこのように過ごせています」


 ーーーはっ

 お兄様の口から息が漏れた。


「それじゃあ、レン君は、お前の命の恩人じゃないか。益々何か礼をしないといけないな」

「はい。とても優しい方で。勤務体系も他の聖騎士さんより過酷ですし、なんとか力になれると良いんですが」


 わたしが言うと、お兄様はぽかんとした顔をした。
 何か変なこと言ったかしら?


「あ、いや。何と言うか、聖騎士の二人とは仲が良さそうだと思ってはいたが、思った以上だな、と思っただけだ」

「どう言う意味です?」

「いや。気にしなくていい。その可能性も有ると分かっただけで、何だか安心した」

「??」


 よく分からないけど、今度は生暖かい目で見られました。

 え?
 まさか、馬鹿にされているのかしら?


「とにかく、気を抜かない方が良いってことだな。わかった」

「はい!わたしは、お二人の模擬戦、楽しみにしていますので!」


 他の人たちが違うことに集中していたとしても、わたしは二人を応援します!


「お前、そういうの、昔から好きだったもんな」

「ふふ。だってかっこいいじゃないですか」


 面倒ごとに巻き込んでしまって、申し訳ない気持ちはもちろんあるけれど、男同士の対決って何だか萌えませんか?


「こちらからは、そんなところだな」


 お兄様は、力を抜いてソファーにもたれ、テーブルに置かれたお茶を一口飲んだ。

 わたしから話したかったことも、質問に答える形で大体お話し出来たから、いいタイミングだし、こちらから聞きたかったことも、聞いておこう。


「あの、お兄様にお聞きしたいことがあるんですが」

「なんだ?」

「今回のつなぎ役は、ジュリーさんでしたよね?ええと、とてもお綺麗な方で……」

「そうだ。まぁ、綺麗な方だよな」

「繋ぎ役は、お一人だけでしょうか?」

「知っている範囲では一人だな。それがどうかしたか?」

「いえ、ええと。質問を変えますね。お兄様の同僚に、ユーリーさんという愛称の方はいらっしゃいませんか?」

「ユーリー?…………思い当たらないな。男性か?」

「恐らく」

「……居ないな。ユージーンはいるが、そのまま呼ばれているし、ユーリーとは崩さないだろう?」

「そうですか。分かりました。いえ、大したことではないんです!忘れてください!」

「??あぁ。まぁ、こちらも見つけたら連絡する。全部把握しているわけじゃ無いからな。入れ替わりも多いし」

「ありがとうございます」


 がーん。
 がーんって死語かな?
 でも、ちょっとショックが隠せない。

 ユーリーさん!
 いないじゃないの!!!

 困った。

 唯一の軍師が不在じゃ、戦えなくない?
 個々人の力は、小説に沿ってそれなりだから、あとまとめ役さえ整えば、何とか形になると思ったのに。

 まだ王宮に、召し上げられて無いのかしら?
 そうだとすると、間に合わないかもしれない。


 ……いや、ここで落ち込んでいても仕方がないよね。
 他の人たちでカバーすることを考えつつ、期限までに、可能な限り探すしか無いもの。
 
 お兄様が、不思議そうな顔でこちらを見ているので、あまり顔に出すわけにもいかない。

 わたしは苦笑いで誤魔化し、世間話に移行することにした。
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