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第四章
兄と妹
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応接室に着くと、ミゲルさんが扉を開けてくれて、わたしたちは中に入った。
「今日は応接を使う予定はありませんから、ゆっくりお話していて大丈夫ですよ。後でお茶を届けさせますね」
「何から何まですみません。ありがとうございます」
お礼を言うと、ミゲルさんは、わたしにむかって微笑み、お兄様に一礼して部屋の外に出ていった。
わたしとお兄様は向かい合って座る。
一呼吸つくと、お兄様はすぐに話し始めた。
「さて、色々言いたいことはあるが、まずは元気そうで何よりだな」
「お兄様も、お元気そうで」
「あぁ。そう言えば随分もやもやが軽減した気がする……旨いものをたくさん食べて、仕事に関係ない話をしたせいかな?あの二人のお陰だな」
お兄様は苦笑いをしながら答えた。
言っている通り、昨日より随分顔色も良い気がする。
「それは、本当に何かお礼しないといけないですね」
「そうだな」
わたしとしても、二人のおかげで、こんなに早くお兄様に会う機会を得られた。
「まぁ、彼らと一緒に動いていると、悪目立ちして困るという難点はあったけどな」
「それは。三人とも目立ちますから」
笑いながら答えると、お兄様は眉を寄せた。
「一人でいる時に、あんな視線、来たことがないな。あの二人は日常的にモテるんだろうが」
案外自覚ないみたい。
でも、そういう謙虚なところもお兄様の良さだと思うから、敢えて触れずに笑みを返した。
「聖堂での仕事ぶりは二人から聞いた。一生懸命やっているようだな」
「候補になったからには、やるべきことだけはしっかりしようと思いまして」
「お前らしいな」
「そう思います」
わたしが笑うとお兄様も笑った。
妙に真面目なところは、お母様譲りで二人の共通点でもある。
ここで部屋にお茶が運ばれてきた。
え?早い!
使用人の女性は、何だかウキウキしている。
彼女は、笑顔でわたしとお兄様の前にお茶とお茶菓子置いてくれた。
「すみません!」
「ありがとうございます」
お詫びを言うわたしと、笑顔でお礼を言うお兄様。
使用人さんは頬を染めながら、笑顔で会釈し退出した。
なんだかんだで、お兄様は結構モテる。
でも、今まで不思議なほど、浮いた話が出た事ないのよね。
何でかな?
お兄様は一つ息をつくと、わたしと視線を合わせた。
「幾つか聞きたいんだが、まず……そうだな。王子殿下のことだが」
「はい」
「聖堂で会うのは、決まっていたらしいな?」
「え⁈何で?」
何で知っているの?
あれは、リリアさんとわたしで企てたことで、王宮サイドは知らないと思っていた。
お兄様は眉を寄せ、気まずそうに言う。
「こちらも、責任者は知っていたらしい。というか、二人きりでは会えないことになっていたそうだ。もう一人の子は、准男爵の娘さんらしいな」
「ええ。そうです。ちょっとまって?少し混乱していて」
では、当初、リリアさんは殿下に会えないことになっていた?
リリアさんが貴族では無いから?
「つまり、その娘が殿下に会うためには、絶対にお前を巻き込まなければならなかったんだ」
ええと……そうか。
何故リリアさんが、自分の不利益を承知で、わたしを巻き込んだのかと思っていたけど、そういう理由があったのね?
三人でのお茶会ということになれば、王宮側としては『新人の聖女候補を、王子殿下が訪問しただけ』という面目が保たれる。
でも、今回はジェフ様がいたために、事態は
少し複雑になってしまった。
そうなると、はっきりすることがある。
つまり、わたしとジェフ様は……。
「その娘に利用されたな」
……ですよね。
でも、リリアさんは殿下がお好きなのだから、それくらいはするか。
彼女はペアを二つ作ることで、ダブルデートのイメージを周囲に与えることに成功した。
仕上げに『わたしとジェフ様の仲が、とても良かった』と吹聴すれば、聞いた人は『どういうペア分けだったか』を、勝手に想像してくれるだろう。
思わず苦笑が漏れる。
普段あんな感じだけど、リリアさんって、恋愛偏差値、すごく高いのね。
「リリアさんは、殿下のことがとてもお好きなようですから」
凄いわ!
殿下と良い仲になるために、そこまで考えて動いていたなんて。
ふわっとしていてあざといなんて、まさに小説の中のヒロインそのもの。
妙に感心してしまう。
少し言いずらそうな顔をした後、お兄様は口を開いた。
「その……ローズは、殿下をどう思っている?」
「どう、とは?」
お兄様の質問の意図が掴めない。
わたしが、王子殿下に興味があると思っているのかしら?
それは、全く興味がないわけでは無い。
そもそもが、『王子殿下と結ばれる物語』なのだから、どこで恋に落ちるかなんて分からないよね?
ただ『異性として興味があるか?』と、問われれば、現段階では『分からない』。
年下なので、正直『かわいい弟のような感覚』というのが、一番今の気持ちに近いかな?
どうやら困惑した顔をしていたみたい。
数秒沈黙が落ちた後、お兄様は少し呆れた顔で言った。
「いや。わかった。お前は本当にそっち方面疎いからな」
むぅ。
心外です。
でも確かに、わたしは恋愛方面に疎い。
初恋だってまだだもの。
「王子殿下は、お前のことをかなり気に入っている」
「っえ?」
いや、流石にそこまでは、いってないのでは?
多少興味を持っていただいている、とは思うけど。
「いや、あれはもう、気に入っているのレベルでは無いな。執着している、と言って良い」
「いぇ、そんな、まさか。だって、リリアさんとも楽しそうにお話ししていたし、お兄様の考え過ぎでは?」
そもそもわたし、二回しか殿下とお会いしていないのよ?
「まぁいい。ローズにとっては、その程度だと言うことがわかった」
えぇぇっ⁈
まさかの自己完結ですか?
「その程度というか、殿下は婚約者もいらしゃいますし、わたしのようなものが」
「そうだろうな。それでいい。そのままでいてくれ」
なんか……残念な子を見る目で見られました。
ショック!
「では、ドウェイン侯爵令息に関しては、どうだ?」
「ジェフ様とは、王立魔導専門学校で、毎週二回は必ずお会いしますし……その、友人に加えて頂いています」
「彼がお前に好意を持っていることには、流石に気付いているな?」
「そ……うですね。はい。ジェフ様は、わざと分かりやすく接して下さいますので。ただ、女性の扱いに慣れた方ですから、取り巻きの中の一人程度の感覚か、とも思いますけど……」
わたしが答えている途中から、お兄様は右手で額を抑えて、渋い顔をした。
何かおかしかったかな?
「いいか。ローズ。遊び相手程度の感覚なら、家族に挨拶なんかしない。何かあった時、責任を追及されると困るからだ」
はっとした。
言われてみれば、そうかもしれない。
「王子殿下が挨拶を止めようとしたのも、感覚的に、嫌な感じがしたからだろう。自分の存在を相手の家族に知らせるということは、貴族社会では、思った以上に重い意味を持つ」
「はい」
軽率だった。
友人を兄に紹介する程度の、軽い感覚だったけど、あの丁寧すぎる挨拶には、そんな意味があったのね。
「別に、怒っているわけじゃないぞ?そんな顔をするな」
お兄様はわたしの頭を優しく撫でた。
叱られた子どものような顔をしていたのかな。
優しく撫でる手は、大きくてごつごつしていて、お父様の手とよく似ている。
「ローズが彼のことを好きで、今後、より親しくしていきたいなら、何も悪いことではないんだ。ただ、彼は有名人で、社交界の華の一人だから、色々と苦労しそうだとは思うけどな」
わたしがジェフ様を好きなら、問題無い。
確かにその通りよね。
ただ、彼の相手がわたしでは、社交界の反発が凄そう。
御令嬢方にはシカトされるだろうし、ご婦人方だって黙ってはいないだろう。
そもそも、ジェフ様にわたしが相応しいとは、現状思えない。
聖女に選ばれて、その任期明けならば、一応釣り合いは取れるかもしれないけれど。
立場を考えずに、純粋に異性として考えたら、とても素敵な方だと思う。
考え方も大人っぽいし、いつも上手にリードしてくれるし。
彼と恋をするのは、とても楽しそうだし、幸せになれるんだろうな。
ただ、何故か恐怖心が先に立つ。
これが何なのかは、未だに分かっていない。
「とても素敵な方なんです。でも、自分の気持ちが、まだわからなくて」
「わかった」
「心配かけてごめんなさい」
「いや。今日の話を聞いて、ローズが認識を改めてくれれば、それでいい。お前が考えている以上に、色々な人間がお前に興味を持っているから、気をつけるように」
「はい」
大反省だ。
お二人とは、親しくしなければいけないと、そのことに注力しすぎて、中途半端な態度を取っていたかも。
「こちらが心配していたことは以上だ」
お兄様は息をつくと、柔らかく笑った。
凄く心配させてしまったようだ。
わたしも、もう少し、恋愛方面しっかり考えるようにしよう。
「さて。それから聞きたいことが、もう一つあるんだが」
「はい。何でしょう」
「レン君は、どの程度の腕前だろうか?」
「!」
あぁ。
それは重要よね。
「実際に剣を触った団長の話だと、重さは倍以上、長さもこちらの剣の1.5倍は長いらしいな。こちらの方が武器で圧倒的に有利だが、彼にも立場があるだろうから、どうしたものかと思ってな」
お兄様、余裕そうですね。
まぁ、普通はそうよね。
あの剣で、一対一で戦えるわけがないのよ。
普通は。
「お兄様が本当に得意なのは、槍ですよね?」
突拍子も無い質問に感じただろう。
お兄様は困惑した顔でこちらを見た。
「あぁ。そうだが?」
「ですから、それで十分なハンデかと思いますよ?」
「どういうことだ?」
「レンさんは剣術が得意ですので、普通に対決して、かなりいい勝負になるのでは無いかと思います」
「馬鹿言うな。あの剣は重心とるのも難しい代物だぞ?間合いに入られたら打つ手がないだろう」
「そうだと思います。実際、他の聖騎士さんの鍛錬を見ますと、全体的に大振りになっていますから、振り下ろした後の隙を突かれると、簡単にやられてしまいます」
「では彼は違うと?」
「まず、一日の鍛錬にかける時間が、他の方の数倍ですから、あの剣の扱いに関しても、一人だけ突出していると考えて頂いて、問題無いかと」
「もし、それほどの腕前だったとして、それなら、補助的な魔法など必要無いじゃないか」
「そうですね。対人であれば剣だけで十分でしょう。ですが、レンさんは王都外に出られることが多いんです」
「聖女様の警護と言うあれか。しかし遠方に行くならば、王国騎士が付くから、さほど危険はないだろう?」
「わたしの送迎は、レンさんとラルフさんの二人だけでした」
お兄様は息を飲んだ。
「道中で熊が出たんです。二人で倒すのは無理だろうと思って、わたしはとても怖い思いをしました」
「それで、どうしたんだ」
「レンさんが火の魔法を使って追い払って下さったので、今もこのように過ごせています」
ーーーはっ
お兄様の口から息が漏れた。
「それじゃあ、レン君は、お前の命の恩人じゃないか。益々何か礼をしないといけないな」
「はい。とても優しい方で。勤務体系も他の聖騎士さんより過酷ですし、なんとか力になれると良いんですが」
わたしが言うと、お兄様はぽかんとした顔をした。
何か変なこと言ったかしら?
「あ、いや。何と言うか、聖騎士の二人とは仲が良さそうだと思ってはいたが、思った以上だな、と思っただけだ」
「どう言う意味です?」
「いや。気にしなくていい。その可能性も有ると分かっただけで、何だか安心した」
「??」
よく分からないけど、今度は生暖かい目で見られました。
え?
まさか、馬鹿にされているのかしら?
「とにかく、気を抜かない方が良いってことだな。わかった」
「はい!わたしは、お二人の模擬戦、楽しみにしていますので!」
他の人たちが違うことに集中していたとしても、わたしは二人を応援します!
「お前、そういうの、昔から好きだったもんな」
「ふふ。だってかっこいいじゃないですか」
面倒ごとに巻き込んでしまって、申し訳ない気持ちはもちろんあるけれど、男同士の対決って何だか萌えませんか?
「こちらからは、そんなところだな」
お兄様は、力を抜いてソファーにもたれ、テーブルに置かれたお茶を一口飲んだ。
わたしから話したかったことも、質問に答える形で大体お話し出来たから、いいタイミングだし、こちらから聞きたかったことも、聞いておこう。
「あの、お兄様にお聞きしたいことがあるんですが」
「なんだ?」
「今回の繋ぎ役は、ジュリーさんでしたよね?ええと、とてもお綺麗な方で……」
「そうだ。まぁ、綺麗な方だよな」
「繋ぎ役は、お一人だけでしょうか?」
「知っている範囲では一人だな。それがどうかしたか?」
「いえ、ええと。質問を変えますね。お兄様の同僚に、ユーリーさんという愛称の方はいらっしゃいませんか?」
「ユーリー?…………思い当たらないな。男性か?」
「恐らく」
「……居ないな。ユージーンはいるが、そのまま呼ばれているし、ユーリーとは崩さないだろう?」
「そうですか。分かりました。いえ、大したことではないんです!忘れてください!」
「??あぁ。まぁ、こちらも見つけたら連絡する。全部把握しているわけじゃ無いからな。入れ替わりも多いし」
「ありがとうございます」
がーん。
がーんって死語かな?
でも、ちょっとショックが隠せない。
ユーリーさん!
いないじゃないの!!!
困った。
唯一の軍師が不在じゃ、戦えなくない?
個々人の力は、小説に沿ってそれなりだから、あと纏め役さえ整えば、何とか形になると思ったのに。
まだ王宮に、召し上げられて無いのかしら?
そうだとすると、間に合わないかもしれない。
……いや、ここで落ち込んでいても仕方がないよね。
他の人たちでカバーすることを考えつつ、期限までに、可能な限り探すしか無いもの。
お兄様が、不思議そうな顔でこちらを見ているので、あまり顔に出すわけにもいかない。
わたしは苦笑いで誤魔化し、世間話に移行することにした。
「今日は応接を使う予定はありませんから、ゆっくりお話していて大丈夫ですよ。後でお茶を届けさせますね」
「何から何まですみません。ありがとうございます」
お礼を言うと、ミゲルさんは、わたしにむかって微笑み、お兄様に一礼して部屋の外に出ていった。
わたしとお兄様は向かい合って座る。
一呼吸つくと、お兄様はすぐに話し始めた。
「さて、色々言いたいことはあるが、まずは元気そうで何よりだな」
「お兄様も、お元気そうで」
「あぁ。そう言えば随分もやもやが軽減した気がする……旨いものをたくさん食べて、仕事に関係ない話をしたせいかな?あの二人のお陰だな」
お兄様は苦笑いをしながら答えた。
言っている通り、昨日より随分顔色も良い気がする。
「それは、本当に何かお礼しないといけないですね」
「そうだな」
わたしとしても、二人のおかげで、こんなに早くお兄様に会う機会を得られた。
「まぁ、彼らと一緒に動いていると、悪目立ちして困るという難点はあったけどな」
「それは。三人とも目立ちますから」
笑いながら答えると、お兄様は眉を寄せた。
「一人でいる時に、あんな視線、来たことがないな。あの二人は日常的にモテるんだろうが」
案外自覚ないみたい。
でも、そういう謙虚なところもお兄様の良さだと思うから、敢えて触れずに笑みを返した。
「聖堂での仕事ぶりは二人から聞いた。一生懸命やっているようだな」
「候補になったからには、やるべきことだけはしっかりしようと思いまして」
「お前らしいな」
「そう思います」
わたしが笑うとお兄様も笑った。
妙に真面目なところは、お母様譲りで二人の共通点でもある。
ここで部屋にお茶が運ばれてきた。
え?早い!
使用人の女性は、何だかウキウキしている。
彼女は、笑顔でわたしとお兄様の前にお茶とお茶菓子置いてくれた。
「すみません!」
「ありがとうございます」
お詫びを言うわたしと、笑顔でお礼を言うお兄様。
使用人さんは頬を染めながら、笑顔で会釈し退出した。
なんだかんだで、お兄様は結構モテる。
でも、今まで不思議なほど、浮いた話が出た事ないのよね。
何でかな?
お兄様は一つ息をつくと、わたしと視線を合わせた。
「幾つか聞きたいんだが、まず……そうだな。王子殿下のことだが」
「はい」
「聖堂で会うのは、決まっていたらしいな?」
「え⁈何で?」
何で知っているの?
あれは、リリアさんとわたしで企てたことで、王宮サイドは知らないと思っていた。
お兄様は眉を寄せ、気まずそうに言う。
「こちらも、責任者は知っていたらしい。というか、二人きりでは会えないことになっていたそうだ。もう一人の子は、准男爵の娘さんらしいな」
「ええ。そうです。ちょっとまって?少し混乱していて」
では、当初、リリアさんは殿下に会えないことになっていた?
リリアさんが貴族では無いから?
「つまり、その娘が殿下に会うためには、絶対にお前を巻き込まなければならなかったんだ」
ええと……そうか。
何故リリアさんが、自分の不利益を承知で、わたしを巻き込んだのかと思っていたけど、そういう理由があったのね?
三人でのお茶会ということになれば、王宮側としては『新人の聖女候補を、王子殿下が訪問しただけ』という面目が保たれる。
でも、今回はジェフ様がいたために、事態は
少し複雑になってしまった。
そうなると、はっきりすることがある。
つまり、わたしとジェフ様は……。
「その娘に利用されたな」
……ですよね。
でも、リリアさんは殿下がお好きなのだから、それくらいはするか。
彼女はペアを二つ作ることで、ダブルデートのイメージを周囲に与えることに成功した。
仕上げに『わたしとジェフ様の仲が、とても良かった』と吹聴すれば、聞いた人は『どういうペア分けだったか』を、勝手に想像してくれるだろう。
思わず苦笑が漏れる。
普段あんな感じだけど、リリアさんって、恋愛偏差値、すごく高いのね。
「リリアさんは、殿下のことがとてもお好きなようですから」
凄いわ!
殿下と良い仲になるために、そこまで考えて動いていたなんて。
ふわっとしていてあざといなんて、まさに小説の中のヒロインそのもの。
妙に感心してしまう。
少し言いずらそうな顔をした後、お兄様は口を開いた。
「その……ローズは、殿下をどう思っている?」
「どう、とは?」
お兄様の質問の意図が掴めない。
わたしが、王子殿下に興味があると思っているのかしら?
それは、全く興味がないわけでは無い。
そもそもが、『王子殿下と結ばれる物語』なのだから、どこで恋に落ちるかなんて分からないよね?
ただ『異性として興味があるか?』と、問われれば、現段階では『分からない』。
年下なので、正直『かわいい弟のような感覚』というのが、一番今の気持ちに近いかな?
どうやら困惑した顔をしていたみたい。
数秒沈黙が落ちた後、お兄様は少し呆れた顔で言った。
「いや。わかった。お前は本当にそっち方面疎いからな」
むぅ。
心外です。
でも確かに、わたしは恋愛方面に疎い。
初恋だってまだだもの。
「王子殿下は、お前のことをかなり気に入っている」
「っえ?」
いや、流石にそこまでは、いってないのでは?
多少興味を持っていただいている、とは思うけど。
「いや、あれはもう、気に入っているのレベルでは無いな。執着している、と言って良い」
「いぇ、そんな、まさか。だって、リリアさんとも楽しそうにお話ししていたし、お兄様の考え過ぎでは?」
そもそもわたし、二回しか殿下とお会いしていないのよ?
「まぁいい。ローズにとっては、その程度だと言うことがわかった」
えぇぇっ⁈
まさかの自己完結ですか?
「その程度というか、殿下は婚約者もいらしゃいますし、わたしのようなものが」
「そうだろうな。それでいい。そのままでいてくれ」
なんか……残念な子を見る目で見られました。
ショック!
「では、ドウェイン侯爵令息に関しては、どうだ?」
「ジェフ様とは、王立魔導専門学校で、毎週二回は必ずお会いしますし……その、友人に加えて頂いています」
「彼がお前に好意を持っていることには、流石に気付いているな?」
「そ……うですね。はい。ジェフ様は、わざと分かりやすく接して下さいますので。ただ、女性の扱いに慣れた方ですから、取り巻きの中の一人程度の感覚か、とも思いますけど……」
わたしが答えている途中から、お兄様は右手で額を抑えて、渋い顔をした。
何かおかしかったかな?
「いいか。ローズ。遊び相手程度の感覚なら、家族に挨拶なんかしない。何かあった時、責任を追及されると困るからだ」
はっとした。
言われてみれば、そうかもしれない。
「王子殿下が挨拶を止めようとしたのも、感覚的に、嫌な感じがしたからだろう。自分の存在を相手の家族に知らせるということは、貴族社会では、思った以上に重い意味を持つ」
「はい」
軽率だった。
友人を兄に紹介する程度の、軽い感覚だったけど、あの丁寧すぎる挨拶には、そんな意味があったのね。
「別に、怒っているわけじゃないぞ?そんな顔をするな」
お兄様はわたしの頭を優しく撫でた。
叱られた子どものような顔をしていたのかな。
優しく撫でる手は、大きくてごつごつしていて、お父様の手とよく似ている。
「ローズが彼のことを好きで、今後、より親しくしていきたいなら、何も悪いことではないんだ。ただ、彼は有名人で、社交界の華の一人だから、色々と苦労しそうだとは思うけどな」
わたしがジェフ様を好きなら、問題無い。
確かにその通りよね。
ただ、彼の相手がわたしでは、社交界の反発が凄そう。
御令嬢方にはシカトされるだろうし、ご婦人方だって黙ってはいないだろう。
そもそも、ジェフ様にわたしが相応しいとは、現状思えない。
聖女に選ばれて、その任期明けならば、一応釣り合いは取れるかもしれないけれど。
立場を考えずに、純粋に異性として考えたら、とても素敵な方だと思う。
考え方も大人っぽいし、いつも上手にリードしてくれるし。
彼と恋をするのは、とても楽しそうだし、幸せになれるんだろうな。
ただ、何故か恐怖心が先に立つ。
これが何なのかは、未だに分かっていない。
「とても素敵な方なんです。でも、自分の気持ちが、まだわからなくて」
「わかった」
「心配かけてごめんなさい」
「いや。今日の話を聞いて、ローズが認識を改めてくれれば、それでいい。お前が考えている以上に、色々な人間がお前に興味を持っているから、気をつけるように」
「はい」
大反省だ。
お二人とは、親しくしなければいけないと、そのことに注力しすぎて、中途半端な態度を取っていたかも。
「こちらが心配していたことは以上だ」
お兄様は息をつくと、柔らかく笑った。
凄く心配させてしまったようだ。
わたしも、もう少し、恋愛方面しっかり考えるようにしよう。
「さて。それから聞きたいことが、もう一つあるんだが」
「はい。何でしょう」
「レン君は、どの程度の腕前だろうか?」
「!」
あぁ。
それは重要よね。
「実際に剣を触った団長の話だと、重さは倍以上、長さもこちらの剣の1.5倍は長いらしいな。こちらの方が武器で圧倒的に有利だが、彼にも立場があるだろうから、どうしたものかと思ってな」
お兄様、余裕そうですね。
まぁ、普通はそうよね。
あの剣で、一対一で戦えるわけがないのよ。
普通は。
「お兄様が本当に得意なのは、槍ですよね?」
突拍子も無い質問に感じただろう。
お兄様は困惑した顔でこちらを見た。
「あぁ。そうだが?」
「ですから、それで十分なハンデかと思いますよ?」
「どういうことだ?」
「レンさんは剣術が得意ですので、普通に対決して、かなりいい勝負になるのでは無いかと思います」
「馬鹿言うな。あの剣は重心とるのも難しい代物だぞ?間合いに入られたら打つ手がないだろう」
「そうだと思います。実際、他の聖騎士さんの鍛錬を見ますと、全体的に大振りになっていますから、振り下ろした後の隙を突かれると、簡単にやられてしまいます」
「では彼は違うと?」
「まず、一日の鍛錬にかける時間が、他の方の数倍ですから、あの剣の扱いに関しても、一人だけ突出していると考えて頂いて、問題無いかと」
「もし、それほどの腕前だったとして、それなら、補助的な魔法など必要無いじゃないか」
「そうですね。対人であれば剣だけで十分でしょう。ですが、レンさんは王都外に出られることが多いんです」
「聖女様の警護と言うあれか。しかし遠方に行くならば、王国騎士が付くから、さほど危険はないだろう?」
「わたしの送迎は、レンさんとラルフさんの二人だけでした」
お兄様は息を飲んだ。
「道中で熊が出たんです。二人で倒すのは無理だろうと思って、わたしはとても怖い思いをしました」
「それで、どうしたんだ」
「レンさんが火の魔法を使って追い払って下さったので、今もこのように過ごせています」
ーーーはっ
お兄様の口から息が漏れた。
「それじゃあ、レン君は、お前の命の恩人じゃないか。益々何か礼をしないといけないな」
「はい。とても優しい方で。勤務体系も他の聖騎士さんより過酷ですし、なんとか力になれると良いんですが」
わたしが言うと、お兄様はぽかんとした顔をした。
何か変なこと言ったかしら?
「あ、いや。何と言うか、聖騎士の二人とは仲が良さそうだと思ってはいたが、思った以上だな、と思っただけだ」
「どう言う意味です?」
「いや。気にしなくていい。その可能性も有ると分かっただけで、何だか安心した」
「??」
よく分からないけど、今度は生暖かい目で見られました。
え?
まさか、馬鹿にされているのかしら?
「とにかく、気を抜かない方が良いってことだな。わかった」
「はい!わたしは、お二人の模擬戦、楽しみにしていますので!」
他の人たちが違うことに集中していたとしても、わたしは二人を応援します!
「お前、そういうの、昔から好きだったもんな」
「ふふ。だってかっこいいじゃないですか」
面倒ごとに巻き込んでしまって、申し訳ない気持ちはもちろんあるけれど、男同士の対決って何だか萌えませんか?
「こちらからは、そんなところだな」
お兄様は、力を抜いてソファーにもたれ、テーブルに置かれたお茶を一口飲んだ。
わたしから話したかったことも、質問に答える形で大体お話し出来たから、いいタイミングだし、こちらから聞きたかったことも、聞いておこう。
「あの、お兄様にお聞きしたいことがあるんですが」
「なんだ?」
「今回の繋ぎ役は、ジュリーさんでしたよね?ええと、とてもお綺麗な方で……」
「そうだ。まぁ、綺麗な方だよな」
「繋ぎ役は、お一人だけでしょうか?」
「知っている範囲では一人だな。それがどうかしたか?」
「いえ、ええと。質問を変えますね。お兄様の同僚に、ユーリーさんという愛称の方はいらっしゃいませんか?」
「ユーリー?…………思い当たらないな。男性か?」
「恐らく」
「……居ないな。ユージーンはいるが、そのまま呼ばれているし、ユーリーとは崩さないだろう?」
「そうですか。分かりました。いえ、大したことではないんです!忘れてください!」
「??あぁ。まぁ、こちらも見つけたら連絡する。全部把握しているわけじゃ無いからな。入れ替わりも多いし」
「ありがとうございます」
がーん。
がーんって死語かな?
でも、ちょっとショックが隠せない。
ユーリーさん!
いないじゃないの!!!
困った。
唯一の軍師が不在じゃ、戦えなくない?
個々人の力は、小説に沿ってそれなりだから、あと纏め役さえ整えば、何とか形になると思ったのに。
まだ王宮に、召し上げられて無いのかしら?
そうだとすると、間に合わないかもしれない。
……いや、ここで落ち込んでいても仕方がないよね。
他の人たちでカバーすることを考えつつ、期限までに、可能な限り探すしか無いもの。
お兄様が、不思議そうな顔でこちらを見ているので、あまり顔に出すわけにもいかない。
わたしは苦笑いで誤魔化し、世間話に移行することにした。
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※作者の妄想の産物です
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(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
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