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第四章

お昼ご飯と天敵

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(sideローズ)

「では、やっぱり学生の皆さんには精霊さんが見えていらっしゃるんですか?」


 話の流れが今日の授業のことになったので、わたしは授業中ずっと気になっていたことを聞いてみた。


「一定水準以上の魔力を持っている人なら見えているよ」

「やっぱりそうなんですか!羨ましいです。とっても綺麗なんでしょうね」

「そうだね。属性の色に光る粒子が体の周囲に広がっている感じかな?」

「ジェファーソン様は覆われてますよね」

「あはは。そうだね」


 覆われているんだ。
 さすが天才だわ。
 それがわかるということは、つまりグラハム様にもしっかり見えているのね。

 
「失礼ですが、属性はお伺いしても良いのでしょうか?」

「ん~?そうだね。今度の模擬戦の時に見せてあげるよ。その時までに魔導が使えるようになっていたらね」

「わぁ、楽しみ~!」

「本当ね、早く見てみたいです」

「今日から実技練習ですから、楽しみですよね!」

「グラハム様は、属性をお聞きしても?」

「私は土です。パッとしないですかね?」

「そんなことないです。土属性、いろいろなことが出来そうですね!」


 思わず前世のファンタジーなイメージで、ゴーレム的なものを思い浮かべてしまった。
 他にもいろいろなことが出来そうだ。
 この世界の魔導でそれができるかは置いておくとして。


「やぁ!ひさしぶりじゃないか。ええと、何だっけジェニファーじゃなくって」


 突然わたしの後方から、それまでの楽しい雰囲気に水を差すような嫌味な声がして、食堂全体の空気が凍り付いた。
 ジェフ様に嫌味を言える人間って何者だろう。
 でも、真後ろに立たれているから、怖くて振り向くこともできない。


「相変わらずですね?ダミアン先輩。僕の名前はジェファーソンですよ?」

「あ~そうだった。ジェフ君だったね。相変わらず君は無駄に顔が良いなぁ。それに女の子と一緒にランチなんて羨ましいよ。僕も混ぜて欲しいな」

「え~。お断りします」


 え。断った!?
 ダミアン先輩って何者?!


「つれないこというなよ。おい椅子を用意してくれ」


 こっちも譲らない?!
 この会話、凄く貴族っぽい。
 まぁ、ジェフ様にこんな口を聞けるのだから、ダミアン先輩は高位貴族で間違い無いわ。

 先輩の従者らしき人が何処からともなく椅子を持ってきて、彼は誕生席宜しく席についてしまった。

 座ったことで顔が見えたのだけど、オレンジがかった金髪は、ウエーブがかかっていて肩より長く、アイスブルーの瞳はやや垂れ目。
 状態によっては美男子になる筈だけど、顔って体型と性格に影響されるよね。
 彼はどこか卑屈な雰囲気の笑みを口元に浮かべている。

 体格ははっきり言ってふくよかのレベルはとうの昔に肥えている。
 違った!超えている。


「今、面白い話をしていたじゃ無いか。何?魔導を披露するって?」

「そうですよ?それまでに出来るようになったら、ですけどね?」

「面白そうじゃ無いか。そんな機会が有るならば、僕こそ君に見せつけてあげたいよ。力の違いってやつをね」

「へぇ」


 ジェフ様の声がワントーン下がった。

 背筋に冷たい物が走って、ジェフ様の顔を見る。
 笑っている、
 笑っているけど、目が全然笑ってない!


「丁度良いですからご一緒しますか?王子殿下も見えますし、名前を覚えて頂くチャンスですよ?そうそう、先輩と同じ火属性持ちの聖騎士も魔導を見せてくれる事になっていますから、それこそ格の違いを是非見せて下さい」

「聖騎士の魔導だって?笑わせるな。では、そのときは声をかけておくれ?」


 ダミアン先輩は、クツクツと笑うと手元に届いたランチを食べ始めた。

 あ。
 ですよね。
 食べていかれますよね?

 ところで、わたしたち、自己紹介どころか挨拶もしていないのだけど、興味無いんですよね?ですよね~。
 静かに空気になろう。
 他の二人も同じ考えらしく、その後のわたしたちは、ひたすら黙って食事を終えたのだった。





(side オレガノ)

 食堂は想像以上の賑わいを見せていた。

 中に入ると大きなホール状の飲食スペース。
 中央に大きなテーブルがあり、水のボトルと数種類のパンが盛られた籠、野菜の入ったボールが置かれている。
 
 そのテーブルを囲うように、大小様々なサイズのテーブルやカウンターが配置され、百席近くはあるだろう席の大半に、客が相席しながらひしめき合っている。
 

 どういった人たちが利用しているのかは、ぱっと見た感じではわからないが、性別的には大半が男性客。
 体格はがっしりしている者が多い。

 
 周りを見回していると、二人が声をかけてくれたので、それに従った。
 厨房前にあるカウンターに客の列が出来ていて、そこに並ぶようだ。

 カウンター手前、『今日のランチ』と書かれた看板が出ていて、メニューが載っていた。
 どうやら昼は三種類の定食しか取り扱っていないらしい。
 これだけ客が入るのだから、メニューが多すぎると手が回らないのだろう。
 Aランチは魚料理。Bランチは肉料理。Cランチは両方のせた豪華版という感じか。

 前の二人を見ると、ラルフくんの方が嬉しそうにレンくんに話しているようだ。


「本当に?ホントに良いんですか?先輩」

「あぁ。構わない」

「まじか!ありがとうございます!じゃっ、お姉さん、オレ、Cランチね!」

「私はAランチを」

「はぁい!」


 中から返事をしたのは、この食堂の看板娘だろうか。
 小柄で可愛らしい雰囲気の女性だった。

 この店では、注文と同時に金銭を支払うシステムらしい。

 二人の様子を見ていると、どうやらレンくんが、彼女に二人分の金銭を支払ったようだ。
 一般の食堂にしては、価格設定は安くない……にもかかわらず、一番高額なメニューを後輩に平然とおごるのか。
 いつも涼しい顔をしているように見えるが、案外男気があるんだな。

 ラルフくんは、人懐こくて甘えるのが上手そうだ。
 もしかすると、上に兄姉きょうだいがいるのかもしれない。

 自分の順番が来たので、とりあえず適当にBランチを注文し、支払いを終えた。

 カウンター伝いに移動して、受け取ったランチは驚きの量だったので、普通のものにしてよかったと安堵する。
 ラルフ君のプレートを見て、唖然としてしまったのは言うまでもない。


「更に、パンとサラダは食べ放題なんですよ」


 ご機嫌な顔で、嬉しそうに言うラルフ君。

 君、それ以上、更に食べるつもりなのか?
 今が育ちざかりなんだろうな。
 これ以上大きくなるのだろうか?
 既に自分と同じくらいの身長があるのだが、末恐ろしい少年だ。


 席を見つけて歩いていると、中央付近で食事をしていたらしい、ダンディーな髭の紳士から声をかけられた。


「やぁ、ラルフ!君も来たのか。ここがもうすぐ空くぞ?」

「ライアンさんだ!こんにちはー。ここ次良いんですか?やったー!助かります」


 どうやら、聖騎士の方だろうか?
 それにしては、上等の服を着ているように見える。
 もしかすると、貴族の子弟かもしれないな。


「おや?クルス君も一緒か。ここで会うのは珍しいな」

「はい!おごってもらってました!」

「こんにちは。ライアンさん。席をありがとうございます」


 ーーーちっ

 丁寧にお礼を言うレン君。
 そんな彼を見て、ライアン氏の横で食事をしていた少年が、あからさまに舌打ちをした。
 驚いてそちらを見ると、その少年も、見るからに高そうな衣類を纏っているようだ。
 彼は、急いでプレートの上に残っていたものを口に放り込むと、ライアン氏に小声で『行きましょう』と声をかけて立ち上がった。
 そして、レン君に向かって鋭い視線を投げつけると、挨拶もせずに横を通り抜けた。
 

「不愉快にさせてしまったかな?」

「いえ、お気遣いなく」


 ライアン氏は、幾分申し訳なさそうにレン君に声をかけ、レン君は表情を変えることなく返答した。
 ラルフ君に対する態度を考えると、ライアン氏のレン君に対する態度も、幾分他人行儀な感じだ。

 正直見ていてあまりいい気はしない。
 実際、ラルフ君も眉間に皺を寄せて、困惑しながら双方を見ている。


「では、私たちはもう行くから、ここを使ってくれたまえ」


 そう言って立ち上がると、ライアン氏は、こちらに目礼して立ち去って行った。

 丁度、四人掛けの席が空いた形になったので、レン君とラルフ君が並んで座り、自分はその正面に座ることになる。


「では、頂きましょうか!!」


 雰囲気を変えようとしたのだろう。
 ラルフ君が明るい声で言い、食事が始まった。

 二人が静かに食事を始めたので、自分も食べつつ考える。

 昨日は特段感じなかったが、もしかしてレン君は聖騎士の中で少し浮いているのだろうか?

 確か昨日、ローズが彼をかばうような発言をしていたな。
 聖女様付きの聖騎士に補助的に入っているとか、緊急の仕事で休みがつぶれるとか。

 『聖女様付きの聖騎士』は六名と定員が決まっており、聖騎士の中でのエリートだ。
 王宮にも良く出入りするので、流石にその辺りは知っている。

 王都外での勤務も多く、王侯貴族が出席する席で聖女様の周辺を固めることから、特に見映えと礼儀作法に通じていることが求められ、貴族出身者が多いと聞く。

 『補助で入る』と言っていることから、選ばれた六人には入っていないのだろうが、今後欠員が出ればそこを埋める可能性は高い。

 まぁ、昨日の落ち着いた対応を見る限り、彼ならば十分ふさわしいとも思うが。

 それにそうだ。
 彼は、昨日も貴人の警護に配置されている。

 上の信頼が厚いのかもしれないな。
 それに、他の聖騎士に比べると体付きは細めだが、こと見栄えという点に関していえば、優美に見えるとも言える。

 そうなると、やっかみもありそうだ。
 特に彼は、庶民出身のようだし。

 貴族出身者は、自分の出自に自信を持っている者が多いので、庶民を下に見る傾向がある。
 これは王国騎士の中でも同じ事。
 そこから小さく派閥が出来るのだ。

 正直面倒なこと、この上ない。

 自分も中途半端な立場ゆえに、やたら王子殿下に重用されると、周囲の目が気になる。
 お互い難儀なことだ。

 自分の勝手な想像ではあるが、妙に共感してしまう。

 ちらりとレン君を見ると、彼も丁度顔を上げたようで視線が合った。


「あぁ、ええと。妹は聖堂でしっかりやっているだろうか」


 彼のことを聞くのは、色々触りがあるだろうから、当初の目的であるローズのことを質問した。


「とても真面目で、仕事も学習も一生懸命励まれていると、担当の女性神官が話しているのを聞いたことがあります」

「そうか。それは良かった」

「聖騎士や他の神官にも、気さくに対応して下さって、密かに男性職員の中でファンが急増中ですよ!」

「そ……れは、兄としては少し困るな」


 ラルフ君の情報に、苦笑を浮かべる。


「ローズさんは、あっ!すいません!ローズマリー様は……」

「いや、いつも通りでいい。ローズが許可しているんだろう?ラルフ君にだけかな?」

「あ、いえ。先輩もです」

 やはりそうか。
 ローズはこの二人を気に入っている。

 レン君を見ると、やや目を伏せたようだった。
 よくよく見ると、目元がうっすら赤らんでいる。
 やはり、そういったことが兄に知られるというのは後ろめたいのだろうか?

 無表情なこの男が、初めて見せた僅かな動揺の気配に、思わず口元が緩んだ。
 では、彼も少なからずローズのことを気に入っているのだろう。


「では、レン君も気にせず、いつも通りよんでくれ」

「……わかりました」

「しかし、随分仲良くして貰っているようだ。迷惑をかけていなければいいが」

「迷惑など。私どもが王都への送迎を担当しましたので、気にかけて頂いているのかと思います」

「あー。そうですね。それがきっかけではありますよね。でも、先輩の朝トレを、たまに見学されてますし、何気に聖騎士の中では、先輩が一番仲いいんじゃないですか?」

「いや、あれは、早朝に散歩をされているので、たまたま時間が合うだけで……」

「へー。そうなんです?」

「あぁ。特に話をするわけでもなく……よく話しているのは、ラルフの方だろう?私は最近外に出ることが多いので、寧ろあまり接点がない」

 
 なるほど。
 ローズは未だに朝の散歩を続けているのか。
 実直なあいつらしい。
 かつては、父や自分と一緒になって、自らの短剣を振るっていたが、淑女教育を受けるにあたり、その時間は散歩の時間になった。

 レン君の練習をローズが見ているのならば、彼の実力がどの程度かは、ローズに聞けばわかるだろう。
 今度、彼とは剣を交えなければならない。
 剣の性能差で圧倒的有利なこちらが、どのように対応するかは、ローズと話してから考えれば良さそうだ。


「早朝トレーニングは感心だな。ローズが散歩する時間となると、かなり早いだろう?」

「ありがとうございます。体格の欠点を補うためには、その分、他より研鑽が必要になりますので。ローズさんは、聖堂に来た次の日の早朝から散歩をされていましたので、驚きました」

「はは。そういうところも、あいつらしい」


 実にまじめだ。
 こういうところは、兄弟そろって母親似だろうな。


「実は、昨日の聖堂訪問で、色々考えさせられることが多くてね。できるだけ早く、ローズに会っておきたいと思っていたら、今日は何となくこちらに足が向いてしまったんだ」


 笑いながら言うと、レン君は一度視線を外し、少し考えるように瞳を伏せた。
 やがて、こちらに視線を戻すと口を開く。


「昨日夜間に、王宮からお礼状が届きまして、その関係で、今日は午後からお休みになったのではないかと……」

「そうなんです?」

「あぁ。今朝、神官長室に行った時に、そんな話をしていたような?」

「午後から、とは、いつくらいだろう?」

「今日は、学校に行かれている日ですので、食事をされて、もう一時もすればお帰りになるかもしれません」

「うまくいけば会えるだろうか?」

「おそらく。ただ、リリアーナさんと一緒ですので、まっすぐ帰られるかどうかは、分かりかねますが」


 ローズの性格を考えると、今日は早く帰ってくる気がする。
 昨日は流石に疲れただろうし、あいつも早く自分と連絡を取りたいはずだから、手紙を書こうと急いで帰ってくるかもしれない。


「聖堂で待たせてもらうことは可能かな?」

「はい。ご家族ですが男性ですので、寮内でお待ちいただくことは難しいですが……そうですね。聖堂内でお待ちいただいて、ローズさんに来ていただけば……いや、神官長補佐に確認して、応接室に空きがあれば」

「いや、そこまでしてもらうのは悪いから、聖堂で待つよ」

「よろしいですか?それでしたら、食べ終わりましたら聖堂にご一緒させていただいて、寮の責任者に確認を……」

「君たちに何か用事があったなら、申し訳ないのだが……」

「いえ。オレが飢えていたのを、先輩が拾ってくれただけなんで、特に用事は無いですよ」


 飢えていたのか。
 可哀そうに。
 ラルフ君のプレートに目をやると、山の様になっていたパンやサラダは、既に完食していて、メインを半分残すばかりだ。


「あ、気にせずお替りをしてきてくれ」

「ありがとうございます!じゃ、ちょっと行ってきます」


 すんなりということを聞いて、彼は席を立った。
 なんとも後輩気質で愛嬌のある男だ。


「彼は、よく飢えているのかな?」

「そうですね。月末は部屋の前で分かりやすく飢えていますので、その……一応彼の教育担当でしたから、その時の名残で」


 答えるレン君の顔に表情の変化はないが、口調はどことなく優しい。
 いい先輩だな。


「では、申し訳ないが、食後の件頼んでもいいかな」

「もちろんです。うまく会えるといいですね」


 柔らかい口調のまま、彼は応じてくれた。
 ローズがなつくのもわかる気がするな。
 最初の印象通り、人柄の良い人物のようだ。
 表情の乏しさは少し気になるが、欠点というほどのものではない。

 その後は、戻ってきたラルフ君の食いっぷりに驚愕しながらも、二人との会話を楽しんだ。 
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