投稿小説のヒロインに転生したけど、両手をあげて喜べません

丸山 令

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第四章

今日会うのは必然 今日会ったのは偶然

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(sideローズ)


 専門学校の授業を聞きながら、わたしは静かに息をついた。

 まだ、昨日の疲れが少し残っているみたい。

 でも、大丈夫!

 神官長と補佐の三人で話し合った結果、今日の午後は、お仕事をお休みしていいと、今朝、ミゲルさんから通達があったから。

 なんと、夜のうちに王子殿下からお礼状が届いたそう。
 そして、そこには更に、国王陛下と側妃様からの聖堂のもてなしを褒める趣旨の手紙も添えられていたらしい。

 執事のハロルドさん、仕事はやい!

 そんなわけで、すこぶるご機嫌となった神官長が、お休みを下さったのだ。

 時間が空いたので、早速午後にでもお兄様に手紙を書かなければ。
 きっとかなり心配している。 
 

 お兄様は、王宮の一角にある王国騎士の宿舎に住んでいる。
 第一の城壁の中なので、許可なく立ち入ることは、当然許されない。
 だから、思い立って、ふらっと立ち寄ることはできない。 

 結局、お兄様に外に出てきていただかなければ会うこともできないので、王都に出てきてから、まだ一度も、個人的に会ったことがなかった。

 こちらがお休みの時に、聖堂に来てもらうのが、一番現実的なのかしら。
 王都に出てきて約一か月がたったけど、わたしはまだ、独り歩きできるほどには慣れていないから。

 でも、お兄様と、お休みが合わなければ延び延びになってしまいそう。
 それは困る。
 できたら、模擬戦の前には、会っておきたいのよね。


 先生が板書を終えたので、わたしは授業に意識を戻した。
 聖女に選ばれるのが最優先だから、授業には集中しなければ!


 今日の授業は、精霊について。

 わたしには全く見えないのだけど、下級の精霊さんは、案外その辺を浮遊しているらしい。

 学校の生徒さん達は、その辺当然のように頷いていたので、既に別授業で習ったのか、それともまさか、見えているのかしら?
 少し、いや、凄く羨ましい。

 魔力を持つ人は、一応どの属性の魔導でも扱えるけれど、得手不得手はあるらしい。
 苦手な属性を使う場合は、得意な属性を使う時より魔力を多く消費するので、慣れないうちは魔力切れのリスクがあるそうだ。
 だから、多くの魔導士は、得意属性をメインに学び、一点集中で伸ばす人が多い。
 『実技前講習で説明されたと思いますが、自分の周辺にいる精霊が得意な属性です』と、先生はおっしゃった。

 精霊さんは属性に応じて色が違うので、わかるのですって。

 まぁ、わたしには見えないので、分からないけどね!

 色の名称も細かく決まっていて、呪文の詠唱に必要なので、記憶しなければならない。

 火は銀朱(ぎんしゅ)
 水は群青(ぐんじょう)
 風は月白(げっぱく)
 土は雄黄(ゆうおう)

 聞いた感じの雰囲気だと、赤・青・白金・黄金なイメージかしら?

 様々な色が、この教室に満ちていることを想像すると、それはとても綺麗なんだろうな。

 そういえば、ジェフ様がレンさんの得意な魔導を『火』だと言い当てていた。
 すると、レンさんの周りには、赤い色の精霊さんが飛び回っているのだろうか。
 黒い髪に赤が映えて、さぞ、かっこいいんだろうなぁ。
 見えないけど。

 ジェフ様は、何が得意なんだろう?
 小説を思い出してみるけど、はっきり覚えていない。
 いや、まって?
 そういえば、他の人の魔導と自分のものを混ぜて、雷みたいなのを発生させていたような?
 雷ってなんの属性なの⁈
 
 天才的な魔導士の考えなんて、わたし程度には考えも及ばないわ。

 きっと、今日も授業の後にお会いできるだろうから、その時に聞いてみようかな。
 そんなことを考えていると、授業終了の鐘がなった。

 荷物を纏めて立ち上がると、今日もまた、待っていて下さったらしい、ジェフ様のメイドさんと目があう。

 早速、昨日のお礼を言わなければ!

 メイドさんが近寄ってきたので、お辞儀をして迎えた。
 リリアさんも、軽く会釈している。
 

「昨日はお花を活けて頂いて、ありがとうございました!花瓶をお返ししなければいけないと思っていたのですが」

「あちらの花瓶まで含めて、主からの贈り物でございます。花が枯れるころには、また新しいものをお届けします」


 どうしよう。
 とても恭しく言われてしまった!

 ええと。
 すごく気兼ねなんですけど……。


 メイドさんに連れられて食堂へ行くと、ジェフ様とグラハム様が待っていて下さった。


「昨日はありがとうございました」

「こちらこそ、凄く楽しかったよ」

「グラハム様も。ご協力頂いてありがとうございました。これ、もし良かったら」

「二人で作ったんですよー!」

「グラハム君、こっちは僕からだよ。本当に助かったよ」

「わぁ。ありがたいです。役得でした」


 協力して下さったグラハム様に、昨日のお菓子を手渡すと、ジェフ様もグラハム様に例のお菓子を用意していたようで、グラハム様は両手にきれいな包みを受け取ることになった。
 嬉しそうにしていたので、良かった。


 同じ授業を受けているのだから、今日お二人に会えることはわかっていたのだけど、週に二回、必ずお友達の様に会えるというのは、なんだか楽しいし嬉しい。
 前世では、学校に通うことが無かったので、何気ないことがとても新鮮に感じる。

 そういうわけで、わたしたちは、いつものように、和やかな雰囲気で食事を始めたのだった。



 ◆  

(side オレガノ)
 

 王子殿下の聖堂訪問翌日。

 今日は本来、日勤の予定だったが、勤務変更の都合で休みになった。


 昨日の件を、できるだけ早いうちに、ローズに会って確認したいと思っていた。
 しかし、昨日の今日で連絡が来るわけもなく、自室のベッドに寝転がっても、余計なことを考えすぎて、ちっとも休まった気がしない。

 こんな時は、部屋にいても気が滅入るだけだから、この際、外にでも出かけてしまおうか。

 部屋着を脱ぎ捨て、街に出ても問題ない程度のラフな私服に袖を通す。

 王都の夏は暑い。
 襟のあるシャツなんか着る気にもならないので、上なんかは半袖の襟無しのシャツでいいだろう。

 王国騎士の身分証明である、王家の紋章の入った徽章きしょうを、ズボンのポケットの内側に留めた。
 城壁を超えるならばこのバッジは絶対必要だ。
 でも、こんなラフな格好で堂々とつけて歩くのは気が引けるので、休暇中の王国騎士はこのようにしていることが多い。

 気づけばもう昼に近かった。

 普段ならば、第二の城壁南門方面に足が向く。

 南門周辺は王族貴族御用達の高級ブティックなんかが軒を連ねていて、非常ににぎわっている。
 もちろん、こんなラフな格好でうろつく場所ではないので通り抜けるだけだ。

 第二の城壁南門を抜けると、南西方面に食料品を扱う市場や飲食店などが集まっている区域があるので、独身の王国騎士などは、休みの時この辺りをうろついていることが多い。

 自分もその一人だ。

 でも。
 今日は自然と足が逆方向に向いた。
 王宮の裏口から外へ出て、何とは無しに歩みを進める。

 北門方面は上位貴族の領館しかない。
 第二の城壁北門を抜けると、正面には聖堂がある。

 案外近いところに住んでいるものだな。 
 のんびりと進んでも半時もしないうちに第二の城壁北門を抜けて、聖堂前の広場にたどり着いていた。

 昨日馬で行ったのがバカみたいな距離だ。
 
 そんなことを思いながら、周辺を見回す。
 すると、聖堂の広場を囲うように幾つかの店舗が目に入った。
 喫茶店のようなものもあるんだな。

 聖堂に立ち寄った観光客の憩いのスペースなのかもしれない。

 聖堂の正面入り口には二人の聖騎士。
 彼らに聞けば、聖女候補の日程など教えてもらえるだろうか?

 ふと、そんなことを考えたが、無理だろうと考え直す。
 
 候補とはいえ未来の聖女様だ。
 徽章をみせれば王国騎士であることの証明にはなるが、おそらく個人的な情報は教えてくれないだろう。
 兄だと主張しても、信じてはもらえまい。
 あまり似ていないのは認識している。

 では、こんなところへ来ても意味がないではないか。
 最初から出ていた答えに肩を落とす。
 
 まぁ、来てしまったものは致し方ない。
 周辺の散策でもしてみよう。

 丁度腹も減っていることだし、飲食店などはないだろうか?
 聖騎士なども休日は外食をしているはずだから、周辺に多少何かあるに違いない。
 
 昨日は、聖堂の敷地を東回りで裏門へ回った。
 聖堂の東側は、金物屋や道具屋、武器屋などが軒を連ねていた気がする。
 逆に西方面には王立魔導専門学校。

 飲食店や市場があるのはどちらだろう、と考えた時に、何となく西側に足が向いた。

 歩くこと数分。
 勘が当たっていたことに安堵する。

 王国南西部ほどではないが、露店や飲食店が並ぶ小規模な通りに出ることができた。
 ローズも休みの時はこの辺りに来ているのかもしれない。

 通りをのんびりと歩いていると、不意に、視界を黒いものが横切った。
 驚いてそちらを見ると、丁度相手もこちらを振り返ったところだった。

 木炭の色をそのまま落としたような漆黒の髪。
 王国ではあまり見ない色だ。
 一見すると地味な色なのに、明るい髪色の人間が多いこの国では、こんなにもよく目立つ。
 
 個人的には、以前命を奪った対象を思い出す髪色でもあり、あまりいいイメージが無いのだが、それと一緒にするのは流石に失礼というものだろう。
 そもそも色の質が全く違う。
 あちらはカラスの羽の色のような青味がかった黒だった。


 彼はこちらを見止めると、すぐに深く頭を下げた。
 なるほど。
 彼は庶民の出身なのか。

 では、昨日の大抜擢は、さぞや精神的にきたことだろう。
 そう言った意味では、非常に親近感が湧く。


「どうしたんですか?先輩」


 彼は、隣にやってきた彼より大柄で体格の良い男の後頭部を押さえ、一気に頭を下げさせた。
「わわっ」と声を上げてバランスを崩しながら、後輩らしきその男も頭を下げた。

 以外と力があるものだな。

 思わず感心してしまったが、周囲の視線が集中している事に気づいて、慌てて制止する。


「いや、今はただの王国騎士だから!普通にしてくれ」
 

 それを聞き、二人は頭を上げた。
 後輩の方は、きょとんとしながら双方を見比べている。


「昨日はお疲れ様でした」

「君も。大変だっただろう?」


 近くで見ると、やや平面的だが綺麗な顔をしている。
 年齢的には、自分より少し下だろう。

 もう一人はもっと若い。
 体はがっしりとして、自分に比べても遜色ないが、顔立ちに少年っぽさが残っていて愛嬌がある。
 ローズとそれほど変わらない年齢か。
 少年の方は、困惑した表情でこちらを見ている。


「ええと、名前は確か……」

「レン=クルスです。同僚のラルフです」

「ラルフ=バナーです」


 二人は丁寧に挨拶をした。


「ラルフ、マグダレーン男爵閣下の御令息でいらっしゃる。ローズマリー様のお兄様だ」

「えぇぇええっ?!」

「オレガノ=マグダレーンだ。宜しく」

「よ……よろしくお願いします」


 ラルフ君はぺこりと頭を下げた後、レン君に小声で話しかけた。


「え?先輩いつのまにローズさんのお兄さんとお知り合いになってるんですか?!」

「昨日お目にかかった」

「はぁぁ?ちょっと状況が分からないんですが」

「あとで説明する」


 漏れ聞こえる声を聞きながら、二人の様子を眺める。

 どうもこの二人は、ローズと仲が良さそうな感じだ。
 特にラルフ君の方は愛称で呼んでいるじゃないか。
 先程レン君は、フルネームに敬称をつけて呼んでいたが、実際に話す時はどうなのだろう。

 見た感じ、真面目で感じの良い雰囲気の男たちだ。
 体もしっかりと鍛えられていて、いざという時、ローズをちゃんと守ってくれそうでもある。
 
 王子殿下や侯爵令息なんかと、貴族社会に縛られながら堅苦しくお付き合いするより、庶民でも手に職を持っている聖騎士あたりで手を打てば、ローズも無難に幸せではないか?
 自分としても、正直そっちの方が気楽に付き合えるのだが……。

 なんとなく興味が湧いて尋ねてみる。


「君たちはこれから昼食かな?」

「はい。そこの食堂に」


 レン君に示された先は、大衆的で雑然としているが、良い雰囲気の食堂だった。


「ガッツリ食べれる割には安いんですよ!」


 にこにこしながら、話すラルフ君。
 お腹を空かせているのだろうか。
 早く食堂に入りたくてうずうずしている様だ。


「丁度自分も、昼食をとれる場所を探していたんだが」

「え?それならご一緒しましょう?!ここ凄く旨いんですよ」


 同席を申し出るのは気がひけたので、こちらからはそこまで言えなかったのだが、ラルフ君から誘ってくれた。
 彼は凄く人懐こい性格のようだ。
 これならローズと仲が良いのも頷ける。


「ラルフ、砕けて話しすぎだ」

「先輩が堅いんですよ~」


 小声でレン君が注意しているが、ラルフ君は悪びれる風もない。
 しっかりしていて礼儀正しい先輩と、柔軟で人懐こい後輩、ある意味相性は良さそうだ。


「迷惑で無ければ、お願いしても良いだろうか?この辺りは不案内で困っていたんだ。それに、聖堂での妹のことも、少し聞かせて貰えると有り難いんだが」


 二人は一瞬顔を見合わせたが、直ぐにこちらに向き直った。
 そして、ラルフ君は満面の笑顔で、レン君は表情を変えることなく頷いてくれた。


「少し雑然としていますが、宜しければ」

「早速行きましょう!オレ腹減っちゃって」


 そう言ったわけで、偶然の出会いから、何故か聖騎士達と食堂へ向かうことになった。
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