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第三章

閑話 微震  ???

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 小さな月が夜空でかぼそく瞬く夜。
 城の中は静まりかえっていた。

 幾重にも塔が重なりあっている建物から外れ、治世を行うための施設が集まっている広大な宮殿の最上階には、豪奢な家具と装飾品に飾られた広い部屋がある。


 純白のシルクの布に、銀糸で美しく刺繍された天蓋の下。
 重厚感のあるベッドが置かれ、そこには一人の人物が横になっていた。

 肩で荒く息をし、苦しそうに顔をしかめながら胸を押さえていたが、やがて起き上がると、サイドテーブルに置かれたベルを鳴らす。
 その後、起きていることも苦しいのかベッドに横たわった。
 

 暫くして部屋に文官風の服を纏った男が入ってくると、その人物は再び起き上がった。


「久しぶりのお目覚め、大変嬉しゅうございます。何はさておき、このダニロス、一番に馳せ参じましてございます」

「うむ」


 答える声は男性のもの。
 肺がうまく機能しないのか、常にヒューヒューと胸から音がしている。



「わかっているだろうが、このままでは魔力がたりぬ。……貴様の目論見は外れていたのでは無いか?」

「決してそのような!何より、次の計画も進んでおりますれば、なんの心配もございません。ご安心召されよ」

「いつまで待たせるのか。殆ど寝たきりの状態が何年続いていると思っている!」

「お待たせして申し訳なく思います。今しばらく」

「もはや待てる状態に無い。貴様から魔力を吸い尽くしてくれようか」

「非常事態の折には、我が魔力幾らでも捧げる所存でございます」



 男は両手を床につき土下座をして、その人物に頭を下げた。



「まあいい。早く対策を考えよ。最悪あれを連れ戻すことも考えておくよう」

「かしこみましてございます」



 返答を聞き、その人物は横になった。
 
 しばらく沈黙がおちる。

 文官風の男は膝をついたままその場に留まっている。


「お休みになられたわ」


 次に聞こえたのは女性の声。


「前回は一年ほどお休みになられていた。今回はもっと長くなりましょう。魔力不足は如何様にもしがたい状態ですよ?」

「存じ上げております」

「わかっているならば早くなさって。もはや私の体も限界が来ています。何故アレを連れ戻さないのです?」

「それが…………人間どもに巧みに隠されていて、居所が分からない状況でございます」

「貴方は私を元に戻すと約束したはず。何十年この状態が続いていると思っているのです?」

「前回の遠征で、人間どもを攻め滅ぼし、居所を突き止めようとしたのですが、聖槍の使い手が現れ、失敗に終わりました。次はそれより規模を拡大するため、各地から強力な魔物を集結させている次第です」

「魔物?何を悠長なことを。魔族の軍団を送り込めば一日で解決することではないのですか?」

「軍を使えば、各地で反乱が起きた際対応できません。それだけ、現在王宮の求心力は衰えつつあります」

「それの原因を作ったのは貴方でしょう?なぜもっと早く動かなかったのです。……すぐに取り返しておけば、このようなことにならなかったのに!」


 責められても、文官の男は頭を下げるばかりだった。


「もういいわ。お下がりなさい。何を犠牲にしても良い!至急、魔力を補充できる体制を整えるように」

「かしこみまして」


 一礼すると、文官の男は部屋から立ち去る。

 部屋の中は再び静寂が満ちた。







 文官の男ダニロスは部屋を辞すると、飄々と階段を降りていく。
 部屋の外で待機していた軍服の男が、慌ててそれを追った。
 ダニロスは軍服の男に対し口を開く。
 


「いよいよ限界が近いようだ」

「はい。如何様になさるおつもりですか?このまま王がお亡くなりになられたら、国は滅びますぞ?」

「それはない。母なる竜の物語にもあろう?」

「それは存じておりますが、あのお方が処刑されるようなことがあったら、どうなさるおつもりです?すぐにでも軍を送り込んで、探し出すべきでしょう」

「お前もそれを言うのか。まぁよい。こちらでも方策を検討し、翌月にでも会議を行うことにしよう」

「…………」

「不満そうだな?」

「!……いえ。かしこまりました」


 ダニロスは階下へと降りて行った。
 軍服の男は引き返し、扉の前に急ぎ戻る。


 扉の外。
 銀髪で長身の男が、薄く笑いを浮かべて軍服の男を待っていた。
 彼もまた、同じ軍服を着ている。
 

「隊長。いよいよアイツを連れ戻すことになりそうですか?」


 砕けた口調で問う男。
 薄い唇には笑みを浮かべているが、深いワインレッドの色をした瞳は、僅かに細められているだけで笑っていない。


「アイツと呼ぶのをやめよ」


 隊長と呼ばれた軍服の男は、静かな声で部下の男を諫める。
 厳格な雰囲気の隊長に対し、その部下は口に笑みを浮かべるだけで、了承する素振りもない。


「本気で見つけるつもりなら、オレを連れて行った方がいいと思うので、それはお伝えしておきますよ?」

「わからないのだ。いつかは取り戻さなければならないことに、皆気づいているはずなのに、あの宰相はそれをしたくないらしい」

「そうですか」

「お前にとっては、辛いことだろうが」

別に辛くないですよ」

「そうか」


 隊長は、眉を顰めると一度口を閉ざし、配置に戻った。


「お救いするという話が出たら一番にお前に伝える。だから辛抱してくれ」


 絞り出すように声を発する隊長に、銀髪の男は笑みを浮かべた。


「了解しました。約束ですよ?」

「あぁ。済まない、アレク」


 二人は、その後会話も無く部屋の警護に集中した。
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