投稿小説のヒロインに転生したけど、両手をあげて喜べません

丸山 令

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第三章

お茶会の後(4)

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(side ローズ)

 食事が終わって早々に、食堂を立ち去ろうと思っていたけれど、思いの外、話が盛り上がってしまい、抜け出すタイミングが見つからなかった。
 部屋に戻ると、急激に眠気が襲ってくる。

 でも、我慢我慢!

 あとでゆっくりお風呂に入るとして、取り敢えずお礼の配り物だけはしておこう。
 わたしは明日はお仕事だし、今日出勤している聖騎士さんは、明日の朝になるとお休みになってしまうから。

 夜の聖堂は人気もないし真っ暗。
 今日は天気も良く星も出ているけれど、ステンドグラス越しだと差し込むほどの光量はない。
 大きな月が出ている夜なら、多少は違うのだろうけど。

 聖堂の入口は、夜間は閉ざされているけど、施錠はされていない。
 それ故に、夜間は聖騎士が宿直室で交代で見張りをしている。
 災害時に王都に住う人たちの避難場所になるのが、常に開け放たれている理由らしいけれど、それ以外にも夜間貴人が訪ねてくることがあるらしい。


 そっと入り口から顔を出すと、宿直室は明かりが灯っている。
 宿直室の扉の前に立つと、ノックする前にラルフさんが扉を開けてくれた。


「こんばんは。今少しだけお時間宜しいですか?」

「ローズさん!こんばんは。どうしたんですか?聖堂の中とはいえ、夜歩き回るのは危ないですよ?」

「あ、はい。ごめんなさい。今日のお礼に伺ったんですが」

「別に仕事だから良いんですよ?気にしなくて。まぁ、ちょっとだけ驚いちゃいましたけどね。あ、どうぞ。中に入ってください」


 中に招き入れられて、宿直室にお邪魔すると、中でニコさんがお菓子をつまんでいた。
 ジェフ様から頂いた例のお菓子だわ。
 メレンゲで作った焼き菓子で甘くて軽くて美味しいのよね。
 ミゲルさんが沢山いただいていたから、多分聖騎士の方々にも配られたのかな?
 あ、それともレンさんかしら?


「今日は色々お世話になりました。これ、わたしとリリアさんで作ったものなんですが、お礼に宜しければ」


 わたしは、お礼を言いながらお菓子を差し出した。


「わぁ!手作りですか?ごちそうさまです」

「美味しそうですね!ありがたく頂戴します」


 二人が笑顔で受け取ってくれたので、一安心。
 後はレンさんだけど……。


「あ、レン先輩ですよね?」


 視線を彷徨わせたことに気づいたのか、ラルフさんがわたしに確認してくれた。


「はい。今日は一番ご迷惑をおかけしてしまいましたので」

「先輩は、多分迷惑とは思ってないと思いますよ?今休憩中で、あー。どうでした?」

「さっき行ったときは完全におちてたな」

「……珍しいですよね?」

「そうだな」

「そうなんですか?」

「色々とすごく敏感な人なんで、普段は仮眠室に人が入るだけで起きるんですけど」


 やっぱりすごく大変だったんだ。
 申し訳なくて、眉を寄せた時、仮眠室の扉が開いた。
 いつも通りのしっかりと整った格好でレンさんが出てくる。
 時刻は九時の鐘が鳴るぴったり五分前。


「あ、先輩!丁度良かったです。ローズさんがお礼に来てくれましたよ?」


 ラルフさんが声をかけると、レンさんはこちらを見て小さくお辞儀をした。


「あの、今日はいろいろご迷惑をおかけして、これ、もしよろしかったら」

「仕事ですので、お気になさらないでください。……ありがたく頂戴します」

「先輩。なんかもう少し……」


 いつも通りあっさりと答えたレンさんに、ラルフさんが苦笑いを浮かべている。


「ニコさん、ゆっくり休ませていただいてありがとうございました。ラルフも、助かった。時間だから変わる」

「あぁ。気にするな」

「まだ五分前ですよ?ほんと律儀ですよね」

 
 仲の良さそうな会話に頬が緩んだ。
 レンさんが受け取ったお菓子を、自分の席にそっと置くのを見て、わたしは部屋に戻ることにした。


「では、遅くにお邪魔しました」

「あ、俺、交代で時間ありますから、寮まで送ってきます」


 ラルフさんがそう言いながら立ち上がり、宿直室の扉を開けてくれたので、お言葉に甘えることにした。

 足の長いラルフさんとは歩幅がだいぶ違うので、少し速足で歩きながら聖堂を抜け事務局へ。

 夜の事務局は静まり返っている。
 私たちは言葉を交わすことなく黙々と歩いた。

 事務局からロータリーに出た時、ラルフさんが口を開く。


「今日はなんだか、大変でしたね?オレ、たいしてお役に立てなくて」

「いぇいぇ、そんなことないです。本当に助かりました」

「……ええと。あの……」


 ラルフさんは、うつむき加減で何か言いかけ、一度言葉を飲み込んだようだった。
 ジェフ様のことを気にしていたから、そのことかしら?
 少しだけ眉を寄せていたけれど、次に私を見た時は、僅かに笑みを浮かべていた。
 

「そうだ!ローズさん。実は俺、今日、初めて知ったことがあるんですよ」

「?……何ですか?」

「レン先輩って、実は甘い物、苦手らしいですよ?」

「え?」

「内緒ですよ?」


 そう言うと、ラルフさんはにっこり微笑んで口元に人差し指を持っていき、小さい声で『し~』といった。

 『何故、教えてくれたんだろう』という疑問と、『しまった。甘い物を渡してしまった』という焦りが同時に襲ってきて、困惑する。


「どうして?」

「さっき、先輩、ローズさんのお菓子、大切そうに机に置いていたので。あれ、多分ちゃんと自分で食べると思うんですよね。ご令息から受け取ったお菓子は、俺たちに分けてくれましたけど」


 そこまで言うと、再びにっこり笑って立ち止まる。
 気づけば、女子寮の前に到着していた。


「次回は是非参考にしてみてくださいね?」

「あ、はい!ありがとうございます」

「あ!因みに俺は、甘い物も、しょっぱいものもなんでも大好きですので!」


 しっかりとアピールしてくる、ちょっぴりおどけた口調がかわいらしくて、笑みが浮かぶ。


「わかりました。次回ご期待くださいね。送っていただいて、ありがとうございます。」

「いえいえ。おやすみなさい」

「おやすみなさい」


 最後は、いつも通り人懐こく笑って頭を下げ、ラルフさんは足早に事務局へ戻っていった。

 部屋に戻りながら、言われた言葉をしっかり記憶する。

 今度は甘くない何かを。

 何がいいかしら。
 ケークサレとか?
 クッキーも、砂糖を控えて塩味のつよいバターを使ったら良いかも?
 あ、パイなら中に入れるものを総菜系に出来るし、チーズを練り込んで焼いても!
 パイを作るのは少し大変だけど、お礼だと思えばそれくらい手間をかけてもいい。

 それにしても、ラルフさん。
 どうしてレンさんが甘いものが苦手だと分かったのかしら?
 顔に出ていたとは考えにくいけど、眉間にシワを寄せながら、今日頂いたメレンゲ菓子を食べるレンさんを想像すると……。
 うん!
 可愛い気がする!

 考えながら歩くうちに、いつの間にか部屋についていた。


 部屋に入ると、ふわりと漂う濃い薔薇の香り。
 ベッドの横に置かれた花瓶に、ジェフ様から頂いた花束の花が活けられている。
 先程食事の後に、使用人の方が部屋まで持って来てくれて、花瓶ごと渡されたのだけど、その花瓶は様々な色のガラスを貼り合わせた作りで、まるでステンドグラスのよう。
 この世界でガラスは高級品だから、わたしが持つには似つかわしく無いようなお品だ。

 話を聞くとジェフ様のメイドさんが活けられたそうで、花瓶も持参されたらしい。
 後でおかえししなければ。

 それにしても……。

 華やかな薔薇の香りに包まれていると、思い出してしまう。
 いつもの軽薄な笑顔とは全く違う、意志のこもった微笑みを。

『ちゃんと見ていてね?』

 耳に残る、少しハスキーな声音。
 困ったな。
 また明日学校で会うのに、変に意識してしまいそう。
 
 動悸を抑えるために、深呼吸を繰り返す。
 その度に芳しい薔薇の香りがして、どうにも落ち着かない。

 ジェフ様は、本当はわたしをどう思っているのかしら?
 わたしはジェフ様のことを、どう思っているのだろう。
 深い海の色をした瞳を思い出せば、胸はますます苦しくなるばかり。

 惹かれているのかもしれない。
 でも、怖い。
 最初から彼の印象は変わらない。
 とても素敵な人だと思うのに、何故だか無性に怖いのだ。

 物語のヒロインは、二人に言い寄られて王子殿下を選ぶ。
 それならこの恐怖心こそが、物語の強制力なのかしら?


「お風呂に入ってこよう」

 
 気持ちを切り替えたくて、急いでお風呂道具をまとめて、わたしは部屋を出た。
 






 食事から帰ったリリアーナが部屋の扉を開けると、中は明かりが灯っていた。

 窓辺に一人の婦人が佇んでいる。
 濃い茶色の髪は夜会巻きのように結い上げられ、青い瞳に柔らかく微笑みを浮かべてリリアーナを見ていた。
 フリルがあしらわれた白いシャツに、赤のタイトなロングスカートのシンプルな姿。
 この国に住む女性にしては驚くほどにシンプルなスタイルをしている。


「おかえりなさい。リリー」

「やだーっ!来るなら来るって言っておいてよ。びっくりしたー!」


 リリアーナは驚きと喜びがないまぜになったような表情で、婦人に駆け寄った。


「今日は殿下がいらっしゃる日だったでしょう?どうだったか気になって」

「えー。あー。うん。来たよ?たっくさんお話しもしたよ?」


 目線を泳がせながら答えるリリアーナを、婦人は苦笑を浮かべながら見つめた。


「その分だと、思った通りにはいかなかったの?マリーさんのせいかしら?」

「うん?ううん。マリーさんと取り合いになるって感じじゃないの。マリーさんはどちらかっていうと引いてくれてて」

「あら?ふわっとしているふりをして、好きな相手にグイグイいく、あざとい感じの子ではないの?」

「んー。そういう娘なら、もっとやりやすかったかな?どちらかっていうと凄く常識的なんだ。でも、ふわふわっとしたところもあると言えばあるのかな?」

「常識的なのにふわふわしているの?」


 婦人は口元を抑えて可笑しそうに笑った。


「恋愛方面が凄く疎い感じ?自分に向けられた好意に殆ど気づかないのよね。ジェファーソン様はグイグイいくから、流石にわかってるみたいだけど……」

「あらあら」

「今日のエミリオ様、凄く嫉妬してた。私のところに遊びに来ていたのに、そっちのけでマリーさんとジェファーソン様に割って入ってたから」

「そう…………」

「マリーさんは、エミリオ様にはあまり興味なさそうかな?ジェファーソン様や聖騎士の方に興味がありそうな感じだよ?」

「聖騎士?」

「なんかごつごつしたでっかい人。名前はわからないわ」

「でっかいごつごつ……それは多分モブね」

「モブ?」

「何でもないわ。王子殿下に関しては、今まで通り、出来るだけ近くで可愛らしく振る舞ってね。大丈夫よ、貴女はとても可愛いのだから」

「え。そうかな?うん!私頑張るね!」


 婦人は頷くと立ち上がった。


「もう遅いから帰るわね。忘れないで?私は貴女のことが一番大切よ?辛いことがあったらいつでも呼び出してね」

「ありがとう」

 リリアーナは立ち上がって、婦人を扉まで見送った。


「お菓子を買ってきたわ。マリーさんも好きなら一緒に食べて?」

「わかった。あ、今度、エミリオ様の騎士と聖騎士の模擬戦やるよ?」

「そう。思っていたより早いかしら」

「マリーさんのお兄様が出るみたい。相手の聖騎士は、なんか黒髪の人」

「オレガノ様が?ユーリーさんではなくて?それに、黒髪の聖騎士……。そう。少しイレギュラーね」

「うん?」

「まぁいいわ。私たちも介入しているし、多少は変動があったのかも。大筋は変わっていないし」


 扉を抜けて、外に出ると婦人はリリアーナの頬を柔らかく撫でた。


「それではまたね?リリー。体に気をつけて」

「ええ。また来てね?お母さん」

 婦人は、静かに女子寮を抜け、聖堂を後にした。
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