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第三章

和やかなお茶会

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「そういえば、殿下はどうして剣術を?」

「別に!たいした理由はないぞ!」

「えー?でも、最近凄く色々頑張っていると伺っているんですけどね?」
 

 わたしが息を吐いている間に、ゆるゆると会話が再開した。
 ジェフ様は、いつものように、にこやかに殿下にお話しを振っている。
 一方王子殿下は、あまりそのことに触れたくないようだ。


「誰から聞いたんだ?」

「ベル従姉様ですよ?」

「っ!余計なことを!何故お前に話すんだ!」

「それはまぁ。いとこ同士ですし、仲良しですからね。従姉様、とても嬉しそうでしたよ?それにしても剣術を学びたいなんて。守りたい女性でも出来たんですか?」

「何をいっているんだ!俺は別に……」


 王子殿下は怒りに頬を紅潮させて、顔を背けた。
 ジェフ様は、ニコニコしながら話を引き取った。


「まぁ、でも。剣術ができる男性ってやっぱりかっこいいですもんね?ねぇ、リリアーナさん?」

「はい!剣を振るエミリオ様、凄くかっこいいんでしょうね~。リリア、見てみたいです!」

「そ、そうか?」

「はい!」

「マリーもそう思うか?」

「あ、はい!もちろんです。」

「そ……そうか!」


 話を振られて慌てて肯定すると、王子殿下は頬を若干赤らめながら、嬉しそうに、はにかんで笑った。

 前回お会いした時の俺様全開の対応を考えると、随分まるくなられたなぁ。
 とても可愛く感じられて笑みが溢れた。


「リリアさんは、男性のどういうところに惹かれるのかな?やっぱり強いところ?」


 ジェフ様の質問は続く。


「えーとー。エミリオ様は何をやっていらしても、かっこいいですけどー。お優しいところが一番素敵です!」


 え。
 それ、もはや、告白ですよね?

 驚いて、思わずリリアさんを見てしまう。

 王子殿下は、特に気にしていないようで紅茶を口に含んでいる。

 えー?
 スルーですか?


「優しさか~。なるほどね。ローズちゃんは?やっぱり強い男?それとも優しさ?頭の良さなんかもあるのかな?」

「!!……そうですね……」


 流れ弾に当たりました。

 わたしは頭をフル回転させる。

 どう答えれば、今後、ここにいる人たち全員と良好な関係を築けるかしら。
 好感度を上げておきたいのは勿論、可能であれば全員の成長を促せる内容にしたい。
 殿下とジェフ様が、多少なりともわたしに好意を持ってくれているならば、尚更ここでの発言は重要になる。

 主要メンバーの力が、小説のレベルに達していなければ、来たる時、魔王軍を退けられないもの。


「自分の立場や役割を理解し、真摯に受け止め、それを遂行する為の努力を続けることができる方……でしょうか」

 
 言ってから、周囲が静かになってしまったことに焦る。

 あぁ。しまった!
 ちょっと真面目な答えすぎたかな?

 王子殿下は、ぽかんとした顔でわたしを見ていた。

 ですよね!
 まだ10歳でいらっしゃるもの。
 何を言ってるかわからないですよね?
 わたしは慌てて言い直す。


「ええと!一生懸命努力されている姿って、とても素敵だなぁ、と思います!」

「そ……そうか!」

「はい!」


 今はとりあえず、『努力する殿下が素敵だと思っている』ということだけ伝われば良い。

 王子殿下には、少しずつで良いから、引き続き王子としての教養を身につける努力をお願いしたい。
 剣術など習い始めたのは、とても良い傾向よね!

 ストーリー上、カリスマ性が必要になる王子殿下にとって、王族としての立ち居振る舞いは最重要課題だ。

 小説では、ヒロインとずっといちゃいちゃしていて、どこでカリスマ性が育ったのかわからなかったけど!


「……素晴らしい……素晴らしいっっ!!!」
 

 王子殿下の後方で、体を震わせながら、突如雄叫びをあげた人がいた。
 あ。執事さんです。


「ローズマリー様!貴女様は大変素晴らしい!!このハロルド、感動に打ち震えておりますぞ!!!」

「はぁ……恐れ入ります」

「貴女様のおっしゃられた言葉の意味!このハロルドめが、じっくり時間をかけて王子殿下に説明し、実践させます故、どうぞご安心召されよ」

「い、いえ。そのような、大それたことでは……」
「いえいえいえ。貴女様が殿下の成長を願ってくださっている、そのお気持ち。ハロルドしかと受け止めましたぞ!」

「ありがとうございます」


 執事さん……ハロルドさんは、案外熱い方みたい。
 あまりの勢いに、思わず終始、苦笑い気味になってしまったけれども……。

 でも、ちゃんと理解してくださったようなので、後のことはお任せしよう。
 わたしの言葉を、王子殿下が努力し続けることに活用して頂けるなら幸いだ。


「頑張るエミリオ様!かっこいいです!リリアも応援します!」

「そうか。よし。」

「何もなさらなくても、十分かっこいいですけどね!それにー……」


 リリアさんが王子殿下を持ち上げ、楽しそうに話しているのを、微笑ましく見守る。


「僕もがんばるよ。ローズちゃん」


 ふと、隣から、わたしだけに聞こえるような囁き声が聞こえて、わたしはジェフ様を見上げた。

 彼はわたしと目が合うと、にっこりと微笑んだ。

 その笑顔に、わたしの胸が大きく跳ねる。

 普段の、美しく見えるように計算された笑顔とは全く違う、何処か決意を含んだ瞳に釘付けになった。


「だから、ちゃんと見ていてね?」


 吐息とともに、聞こえるウイスパーな声音に、心臓を鷲掴みにされるようだった。


「……はい」


 答えた声は、微かに震えていた。

 なんて綺麗な瞳だろう。
 海の色をそのまま写したような、透明感のある青緑色。瞳孔の周辺は濃い青色をしている。
 そして、長い金色の睫毛がその周辺を縁取る。
 引き込まれるように、目が離せなかった。

 美しすぎて、少し怖い。

 普段のあの軽薄さは、実は演技なのでは無いかしら?


「ちょっと待て!そこ!」

「あら。良いじゃありませんか。エミリオ様は、私を見てください!」

「ダメだ!ジェフ!お前、マリーから離れろ!」


 殿下の怒声と、リリアさんの賑やかな声で、我に帰る。
 
 でもでもだって!
 魅了の威力が凄すぎるんですって!
 今回は流し目じゃ無かったけど、あんなの耐えられる人いるの?
 頬が僅かに熱を持っているのを感じ、両手でそっと抑えた。

 覗き見ると、ジェフ様は、何事も無かったかのように、いつもの笑顔で、前に座る二人と会話を再開させている。

 悔しいくらい余裕があるのね?
 流石はモテ男。

 ヒロインが、何故ジェフ様になびかなかったのか、理解出来ない。

 考え方はしっかりと大人っぽくて、先回りしてサポートしてくれる。
 お顔の美しさは勿論だけど、仕草は気品があり、それでいて男らしく色気がある。
 あまり感情を表に出すタイプでは無く、常に冷静。
 それなのに、『好意を持っている』という態度だけは、わかりやすく見せてくれる。

 静まれ!心臓!!

 そうだ。
 別の事を考えよう!


 時間は、ちょうど予定されていた時間の半分を過ぎたようで、護衛の人たちが交代するようだった。
 お兄様はパテーションの向こうに行く前に、わたしに一度視線をよこした。
 とても疲れた顔をしていて、気の毒なほど。
 心配かけてごめんなさい。
 模擬戦まで加わって、お兄様の心労は如何ばかりだろう。
 
 模擬戦に関しては、小説内ではユーリーさんが請け負う場面。
 何故お兄様に、その役回りが回ってしまったのかしら?

 団長さん、ジュリーさん、お兄様の三人と交代で入ってきたのは、見るからに百戦錬磨の強者然とした、三人の騎士。

 この中の誰かがユーリーさん?

 …………。

 失礼を承知で言うけど、それらしき雰囲気の人がいない。
 年齢的に、お兄ちゃん!という感じでは無いのよね。
 全体的に年齢層が高く、経験を重ねたおじさま……といった感じだ。
 お父様よりは幾分若いのだろうけど。

 嫌な予感がする。

 ユーリーさんが、たまたま今日がお休みだったから来ていない、ということなら良いのだけど、もしかすると王子殿下付きに席を置いていない可能性もある。
 お兄様が、急遽殿下付きになったせいで、本来配属されるはずのユーリーさんが、弾かれてしまったのかもしれない。

 若しくは、今回つなぎ役のジュリーさんが、やっぱりユーリーさん?

 どう見ても女性よね?

 あの、豊かな胸やくびれたウエストライン、そして引き締まっているけど魅力的なヒップライン。
 女装で、あれを再現するのは不可能だ。

 そもそも、王子殿下自身が『ジュリーは女性だから』と明言している。


 もちろん、ユーリーさんが女性だって構わないのよ?
 小説の通りに全てが動いているとは限らないわよね?
 何かの軸がぶれて、ユーリーさんが女性に生まれてしまうこともあるかもしれない。

 ジュリーさんは、とても魅力的な女性だし、多くの男性は彼女に惹かれるだろう。
 であれば、騎士や魔導士、聖騎士などを、上手にまとめ上げることができるかもしれない。
 また、もしかすると兵法だって詳しいかもしれない。
 それに、お姉さんのほうが、わたしとしては色々相談しやすくもある。

 でも、なんていうか、ちょっと雰囲気が違うのよね。
 ユーリーさんって、こう、もっとずっと緩いのよ。
 遊び友達とか、そういった感じで色々な人の輪の中に入って行って、いつの間にか信頼されて、人がついてくる。
 肩ひじ張ってない雰囲気で、それこそ下世話な話も、聞いてくれるようなお兄ちゃんタイプだ。
 
 そう考えると、やっぱり別人。

 詳しくは後でお兄様に確認するとして、現段階で『ユーリーさんは王子殿下付きにいない』と考えるのが自然な気がする。

 お兄様がユーリーさんの席におさまってしまっている、といった感じなのかな。
 堅物のお兄様にユーリーさんの役回りが務まるとは思えない。
 かといって、それを肩代わりできる人物なんているのかしら。


 それまでの浮ついた思考から、急激に落とされた感じがする。
 これはこれで、考えすぎると落ち込みそう。

 せっかく、お茶会が和やかに盛り上がってきているというのに、わたしが沈んでいるというのも問題がある。
 わたしは、一度思考を止めて、会話に意識を戻した。
 


「それじゃぁ、模擬戦の時に王子殿下の剣術も見せて頂けるってことでいいですかー?」

「そうだな。少しくらいならいいか」

「楽しみだなぁ」

「お前も魔法をみせろよ?」

「それまでに使えるようになるかわかりませんよ。そう間を開けずに企画されるんでしょ?」


 どうやら、模擬戦のことで盛り上がっているみたい。
 王子殿下の剣術がみられるのは、楽しみだし、ジェフ様の魔導も見てみたい。


「とても楽しみですね」


 明るく微笑んで、会話に参加させていただくと、三人から笑顔がかえってきた。
 
 それからしばらく、わたしたちは、お茶菓子を楽しみながら、それぞれの状況を報告しあった。


 ◆


「殿下。そろそろお時間です」


 執事のハロルドさんが、懐中時計を片手にそういったのは、お茶を何杯お替りした後だったのか。
 楽しいティーパーティーも、そろそろ終りみたい。

 パテーションの奥にいた王宮騎士や護衛の皆さんが、ぞろぞろとこちら側へやってくる。
 
 彼らはそれぞれの主の後方に立つと、その場に待機した。

 
「もっと一緒に過ごしたいけど、そうだね。ご迷惑をかけてはいけないから、そろそろお暇しようかな」


 そう言いながら立ち上がるジェフ様のすぐ後ろには、あのメイドさん。
 手に、綺麗にラッピングされた包みをいくつか持っている。


「これは、今日のお土産だったんだけど、手渡す機会がなくて今になってしまった。ごめんね。沢山あるからよかったら」


 ジェフ様は包みを皆に手渡した。
 最近王都で新しくお店を出した、有名なお菓子屋さんの包み紙にリリアさんは歓声を上げた。
 予約でも数か月先になると有名なお店の商品だったから。
 わたしも笑顔でお礼を言う。


「なかなか手に入らないと、聞いたことがあります。どうもありがとうございます!」

「本店がうちの領地なんだ。もちろん出資もしているし、多少は融通が利くんだよ」


 ジェフ様は、にこやかに答えた。


「マリーはお菓子が好きなのか?」


 慌てたように聞いてくる王子殿下。


「はい。そうですね。でも、何よりお気持ちが嬉しいです」

「そうか。わかった」


 あ、いえ。お気遣いなく。
 そうは思えど口には出せない。


「あの、王子殿下。もし少しだけお時間が頂けるようでしたら、お兄様とお話をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「あぁ。おい。香草兄!」

「はっ」


 『香草兄』で定着してしまったのかしら。
 それはそれでなんともお気の毒だ。


「僕もご挨拶をさせて頂きたいなぁ?いいですか?」


 ジェフ様がとても上手なタイミングで入ってこられて、わたしは安堵した。
 これで、『後で挨拶をする』という約束は果たせそう。


「なんでお前があいさつをするんだ!」

「それはもちろん、妹さんと仲良くさせて頂くのだから、挨拶くらいは」

「だめだ!お前にやる時間はない」

「まぁまぁ。そうおっしゃらずに。こんにちは。オレガノ=マグダレーン様ですね?」


 ニコニコと王子殿下をあしらい、前に進み出ていたお兄様に対して、貴族の礼をするジェフ様。
 さすがに殿下の扱いが慣れていらっしゃる。
 お兄様はそれに呼応するように礼をする。


「ご挨拶が遅れました。僕はジェファーソン=ドウェインと申します。ローズマリーさんとは、成人の儀の折、お目にかかりまして、今は友人として仲良くさせて頂いております」

 
 階級が下の貴族に向けられるには、あまりにも丁寧な挨拶で、お兄様は面食らったようだ。
 一瞬、困惑したような目線をわたしに投げた後、改まって背筋を伸ばし口を開く。


「初めまして。侯爵家のご令息様でいらっしゃったのですね。ご挨拶が遅れ、こちらこそ申し訳ございません。妹がお世話になっております」


 ……。
 お父さんみたいな挨拶です。
 まぁ、いいけれど。


「破天荒な王子殿下付きでご苦労なさっていることと、心中お察しいたします」

「おい!聞こえているぞ」

「何かありましたら、微力ながらお手伝いさせていただきますので、仰ってくださいね?今後ともよろしくお願いします」

「お心遣い痛み入ります。こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」

「お前ら……」


 王子殿下の声を、いっそ清々しいほどスルーして二人の挨拶は終わった。


「ええと。色々ご心配をかけて、その……また、お兄様がお休みの時に連絡しますね?」


 軽く頭を下げながら、お兄様に言葉をかけると、お兄様は小さくため息をつき、かすかに笑った。


「わかった」


 それだけ言うと、後方に下がる。
 

 挨拶が済むと、わたしたちはお見送りのため部屋を出た。
 ミゲルさんとマルコさん、神官長までが部屋の外に待機していて、全員でぞろぞろと裏門手前ロータリーまで移動する。

 王子殿下の馬車や、騎士の馬が既に待機しており、時間も押していたのか王子殿下組は早々に馬車や馬に乗り込むと聖堂を後にした。


 『見送りはここまででいいですよ』とジェフ様が辞退されたので、聖堂入口へのお見送りは、私とミゲルさん、レンさんだけで向かう。

 
「ミゲル神官長補佐、今日は色々ありがとうございます。これ宜しければ皆さんで」


 聖堂入口につくと、ジェフ様が先程よりも大ぶりなお菓子の包みを、ミゲルさんに手渡した。
 一緒にやってきた三人の護衛がいつの間にか後方に控えている。


「あぁ、レンさんも。よければこれをどうぞ」


 ジェフ様は更に持っていた袋を、後方に待機していたレンさんに手渡す。
 本当にたくさんご用意されていたんだ。


「今日は無理を言って申し訳なかったですね?また宜しくお願いします」

「いえ……頂戴いたします。ありがとうございます」


 レンさんは、素直に受け取りお礼を述べた。
 この二人の空気感も不思議だわ。
 表向きは和やかなのに、ジェフ様から感じる空気が、ほかの人に接する時と少し違う。
 険悪なものではないからいいけれど。

 馬車どまりには、既に侯爵家の馬車が待機していて、ジェフ様が歩き始めると護衛の人たちはそれに合わせて移動を始めた。
 前方を歩く、厳つい護衛の一人がちらりとレンさんの方を向くと、笑顔を向けて頭を下げていった。 
 レンさんも、丁寧に頭を下げている。
 いつの間に信頼関係を築いたのかしら?

 何はともあれ、これで今日の日程は無事に終了。

 わたしは、ミゲルさんとレンさん、それから正門勤務に戻っていたラルフさんと、交代で正門勤務に入ってくださった聖騎士さんに丁寧にお礼を言った。
 
 その後、どっと疲れが襲って来たので、わたしは夕食の時間までゆっくり部屋で眠ることにしたのだった。
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