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第三章

重要人物の護衛任務(2)

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(side  レン)


 目があった瞬間、ローズさんは、ふわりと微笑み会釈をした。
 一瞬思考が飛んでしまい、条件反射的に頭を下げる。


「あ、お友だちが見えられるって、ローズさんだったんですね?」


 私より高い位置から、のんびりとした声が聞こえて、ラルフに事前に話すタイミングを逃したことに気づく。

 来るタイミングが遅かった。
 私的な感情に悩まされて、余計な時間を使ってしまったことを悔いる。

 こちらの伝達が行き届いていないことは、ローズさんを不安にさせかねない。
 現にローズさんは、どこか気まずそうにしている。


「今日は、急なお願いをきいて頂き、ありがとうございました」


 彼女は、少しぎこちなく微笑んで頭を下げた。


「いえ……」
「いえいえ。かまいませんよ。ローズさんのお願いなら、いくらでも聞いちゃいますよ!ね?レン先輩!」


 ……いくらでも?
 それが例えば、侯爵家御令息との、逢瀬の護衛だったとしても、だろうか?

 また先ほどの、胸に何か詰まる感じが戻ってくる。


 今までだって、こう言った場面はあった。
 聖女候補マデリーン様のフィアンセが聖堂に来て、その警護についたこともある。

 それと一緒のことだと言うのに、こんなにも心理状態が違うのは何故なのか。

 こんな息苦しさを、私は知らない。


「……それが職務ですから」


 なんとかした返事すら、突き放すようなものになってしまう。

 ローズさんは、心細そうに視線を揺らすと、先ほどより深く頭を下げた。


「先輩……。なんか、もう少し言い方……」


 ラルフに言われて、不甲斐なさに視線を外す。

 情けない。
 職務に自分の感情を持ち込むなど。
 いったいどちらが年上だ。
 
 ラルフは、困惑したような目線をこちらに向けたが、それ以上は何も言わなかった。

 彼は場の雰囲気を変えるように、笑顔でローズさんに話を振った。


「今日みえられるのは、どういったお友だちなんですか?」


 ローズさんが、一瞬固まったように見えた。

 ラルフの疑問は、もっともだ。
 本来、来客がある場合は、事前に客人の詳しい説明がなされる。
 ここまで情報が伏せられることは、実際かなり珍しい。


「ええと。魔導専門学校で偶然お会いして……」


 ぽつりぽつりと言葉を選ぶように、ローズさんがご友人の説明を始めた。
 あまり詮索すべきでは無いとは思いつつ、浅ましくも聞き耳を立ててしまう。


「その、彼とは以前からの知り合いでしたので、聖堂を見学なさりたいという話になって……」

「……彼?お友だちって男?」


 ラルフが小さく呟く。
 やはり衝撃を受けているのか、彼はやや顔を硬らせているように見えた。


「あ!いえ!はい。ええと」


 ローズさんの声に視線を戻すと、彼女は頬を染めながら、何かを言おうと口を開閉していた。
 慌てているようにもみえるが、照れているようにも見えて、もやもやした気分になる。
 ただ、こちらの連絡不備で困らせているのは間違い無いので、私は早々に口を挟んだ。


「簡単に事情は伺っています。聖堂内は私が付き従いますので、ご安心ください」


 一瞬、場が静かになった。
 直後、困惑した視線が二つ、私に向けられる。


「あ。えっと。その。宜しくお願いします」

 
 ローズさんからは、きっと色々聞きたいこともあるだろうに、それらを全て飲み込んだ返答が返ってきた。

 対照的に、ラルフは不満げに問うてくる。


「なんで先輩だけ知ってるんですか?オレにも教えてくれたっていいのにー」

 
 言い訳がましくなるとは思いつつ、一応事情を話した。


「私も直前の休憩中に、ミゲル神官長補佐から聞いたところだ」

「あー。先輩も、今戻ってきたばっかですもんね」

「あぁ。連絡できず悪かった」

「いえ。そういうことなら仕方ないですけど」


 ラルフがすんなり納得してくれて助かった。
 もっとも本当のことしか言っていないので、勘繰られても困るのだが。

 このタイミングで、ご友人が高貴な方であることを伝えておこうと口を開き、ある気配を感じて、一度口を閉ざした。

 ……精霊の気配が近づいている。
 それも、凄まじい数だ。

 聖堂で式典がある際に、王家の方に付き従ってやって来る、王宮魔導士と同等、或いはそれ以上。

 視線をそちらに流すが、精霊のいる範囲が広すぎるのと、人が複数人いて、誰だか特定できない。
 攻撃的な雰囲気では無いので、問題は無いと思うが……。

 そういえば、今、ローズさんは『魔導専門学校で偶然お会いした』と、言っていなかったか?
 すると、この気配の持ち主が今日の客人?

 しかしあの集団は、徒歩で西側の細い路地から出て来て、広場に入ったように見えた。
 侯爵家御令息が、歩いてやってくることなどあるのだろうか?

 ただ、時間的にも、魔力持ちと言う点でも合致するので、可能性は十分か。
 集団は階段下に迫っているので、以降、迂闊な話は避けた方がいいだろう。

 私は、小声で口早にラルフに伝える。
 

「客人は、侯爵家御令息とのこと。失礼のないように」

「へ?……こうしゃくけ?ごれいそくっっ⁈⁈っは!はい!!」


 ラルフは緊張した表情で姿勢を正した。


「あ、いえ。お忍びですし、とても気さくな方なので、あまり緊張なさらなくて大丈夫です」


 ローズさんが慌てて付け加えているが、階級の違いは歴然としている。
 決して失礼があってはならない。

 精霊を纏った集団は、階段を登りはじめている。
 どうやら彼らの目的地は、聖堂で間違い無さそうだ。

 精霊たちは、群青色の光の渦のように、その集団を囲む。
 まるで守っているようだ。
 敵意は無いにしても、脅威を感じる。
 私の周囲の精霊たちも、様子を伺うように動きはじめた。

 そんなやや緊迫した空気の中、あっけらかんと言葉を発するラルフ。
 

「すごい方とお友達なんですね!え?まさか婚約者とかそういった?」
「ラルフ……詮索は失礼だ」


 あまりに不躾な質問に、頭痛を感じ、慌ててそれを制する。
 すぐそこにゲストが迫っているかもしれない状況で、雑談とは言え、詮索するようなことは避けるべきだ。
 

「えー。でも気になりませんか?先輩だってホントは気になってるでしょ~?!」

「……いや。私は」


 なんとなく気まずくて、むくれるラルフから視線を逸らした。

 それは……気にならないと言ったら嘘になる。

 しかし、この状況で聞くべきことではないし、ローズさんだって色々聞かれるのは嫌だろう。


「あの!聞いて頂いて大丈夫です!」


 珍しく少し大きめな声で、ローズさんが答えた。
 そちらを向くと、彼女はポツポツと話しはじめた。


「実は、成人の儀で初めてお会いして、お話しをさせていただく機会があったんです。先日、王立魔導専門学校に行ったときに、たまたま再会して、見学をかねて聖堂へ来訪頂けるというお話しになりまして。なので、お友達といわせていただくには、まだ少しおこがましい気もしているんですが……」

「そんな他人行儀にならなくても。僕はお友達だと思っているよ?ローズちゃん」

 
 前方から、笑い含みに声が聞こえた。
 見た先には、先ほどから気にかけていた集団。

 前方を、護衛と思しき男性たちが守っている。
 その後列。
 どうやら精霊は、中央で守られている少年を取り巻いているようだ。

 そこにいたのは、さながら天使の彫刻のような美しい少年だった。

 金糸の髪と海の色の双眸が、整った顔を飾っている。

 まだ成人したばかりだろうか?
 全体的に体の線は細いが、顔つきはしっかりと男らしい。

 そして何よりも驚いたのは、彼の周囲を取り巻く精霊の数。
 彼の魔力量は、現段階で既に、王宮魔導士のレベルに十分達しているように感じられた。
 学校で魔導の扱い方を学べば、間違いなく数年後に王宮魔導士になるだろう。


 目が合ったので、簡単に目礼だけして一歩下がり、目を伏せた。


「ジェフ様?歩いていらしゃったのですか?」

 
 ローズさんが、慌ててそちらに足を踏み出す。
 どうやら、彼らが今日のゲストで間違いないようだ。


「いやいや。まさか。やってみたいけど、さすがにメイドから注意されそうだし?」


 彼は、悠然と微笑み前に步をすすめた。
 一つ一つの動作が、貴族然として気品があり、高貴さが滲み出ている。


「君にこれを届けたかったから、聖堂の近くにある花屋を手配しておいたんだ。で、そこから歩いてきたわけさ」


 彼は、そう言いながらローズさんの前に進み出ると、美しい所作で貴族の礼をした。
 

「この度は、僕の聖堂見学を快く出迎えていただきありがとう。レディー・ローズマリー?」

「ようこそおいでくださいました。こちらこそ来ていただき光栄でございます。ジェファーソン様」


 ローズさんも、普段のような一般のお辞儀ではなく、貴族の女性がする礼をした。
 
 御令息が使用人から受け取った花束を手渡すと、ローズさんは花が咲いたように、それは嬉しそうに微笑み、受け取った。


「君に似合いそうだと思って」

「ありがとうございます!とても綺麗ですね。嬉しい!」

「うん。やっぱり君によく似合う」


 住む世界の違いを、はっきりと見せつけられて、私は呆然とその場に立ち尽くしていた。
 胸が締め付けられるような心地になるが、両拳を強く握りしめることで、なんとか気を逸らす。

 楽しそうに微笑み合う二人は、はたから見ても、とてもお似合いに見えた。

 
 御令息がこちらに向き直ったので、余計な思考を追い出し、姿勢を正す。

 しっかりしろ。
 職務を全うしなければ、私は簡単に居場所を失う。


「今日はお世話になります。よろしく」


 御令息が挨拶をされたので、私はその場で礼をした。
 横でラルフが角度を合わせて礼をしたので、ひとまず安心する。

 良かった。
 緊張はしているようだが、ラルフも平常心でいるようだ。
 
 顔をあげると、御令息は一瞬目を細めた。
 やや値踏みするような視線をこちらに向けたまま、彼は口元だけで笑った。


「なるほど。聖騎士さんて若い方も結構いるんですね?……これは心配だなぁ。……背も高いし、強そうですね!羨ましいなぁ」

「恐縮です」


 可能な限り気持ちを落ち着けて発した声は、いつも通りのもので、そのことに妙に安堵する。

 そうだ。
 今は、余計なことを考えている場合では無い。
 お二人の護衛が、今日の私の職務。
 それを全うすることだけを考えろ。
 
 
「では、行こうか?ローズちゃん」

「あ!はい!」

 
 微笑みながら踵を返し、御令息はローズさんに歩み寄る。

 ローズさんが先導し、御令息は聖堂内へ入っていった。
 続いて、後ろに付き従っていた三人が入るようだ。

 前方で壁のように御令息を守っていた三人は、どうやら外で待機をするつもりらしく、その場を動かなかった。
 
 ただ、聖堂側としては、この『いかにも高貴な人物の護衛とおぼしき、強面の一般人』しかも複数人を、正面入り口で待機させるわけにはいかない。
 
 ラルフはまだ緊張しているのか、硬直したまま目を泳がせている。

 ……こちらも、対応してから行った方が良さそうだ。


「待合へご案内いたしましょうか?」


 小声で声をかけると、鋭い視線がかえってくる。


「入口が見えるところで待機したいのだが」

「では、あちらに宿直室がありますので、お使いください」


 聖堂入口の脇に、この部屋はある。   
 夜間、入り口の扉は閉ざされるが、施錠されない。
 そのため、夜の警備はこの部屋で行われるのだが、稀に貴人の警護などで、一般の方や王国騎士団が使うこともあることから、広い造りになっている。


「ありがたい」


 鍵を開け、中に案内すると、護衛の男性は強面の顔に笑みを浮かべた。


「いえ。では失礼します」


 返事をして一礼すると、すぐに入口へ戻る。
 ラルフはまだ、不安そうに視線を揺らしていた。


「大丈夫か?」

「あ……はい!」

「あとは任せる。周回している聖騎士が来たら、彼らにお茶を出すよう、頼んでくれると助かる」


 宿直室にいる護衛の三人を、視線で示すと、ラルフが頷いたので、頷き返した。
 目に強さが戻ってきたようなので、大丈夫だろう。

 私は急ぎ、聖堂の中へ足を踏み入れた。
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