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第三章
聖堂訪問
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(side ジェフ)
楽しみにしていた聖堂の訪問。
午前中の授業を終えると、午後の授業を友人に任せて、寮に戻り普段着に着替えた。
そして今、僕は軽食を取りながら馬車に揺られている。
王立魔導士専門学校は王国の北西に位置し、聖堂からは、さほど離れていない。
聖女候補の二人が、街の散策をしながら歩いて帰れる程度の距離だから、馬車で行くのも馬鹿らしい距離なのは言わずもがな。
しかし、護衛の人数を考えると、ぞろぞろ連れ立って歩いて行くのは、どう考えても悪目立ちするし恥ずかしい。
表立って聖堂に入る従者は三名程なのだが、聖堂までの道中は、僕の知っている限りでも、倍の人数はついている。
先回りしている者もいるだろうから、今日僕が動くだけで、最低でも十人程度の従者が動いているだろう。
過保護とは思うけど、安全を考えるとこうなってしまうのは仕方がない。
王子殿下ほど破天荒ではないし。
脱走癖のある少年王子の顔を思い出して、頬が緩んだ。
現状では、まだ負ける気はしない。
今日の一番の目的は、ローズちゃんと楽しく過ごして、あわよくば僕を意識してもらう事だ。
でも、それだけじゃない。
せっかくこれだけの人間を動かすのだから、一度の訪問で可能な限りの効果を上げておきたい。
その中の一つが『王子殿下への牽制』だ。
今回考案されたストーリーは、『僕の聖堂訪問にローズちゃんが同席している。そこに偶然、王子殿下と、それに連れ添う形のリリアーナさんがやって来て、そこから一緒にお茶会に移行する』という筋書きだ。
これは誰が見たってダブルデートの様相。
周囲から見たカップル分けが、どういったものになるのかなんて、分かり切っている。
これはリリアーナさんも当然理解していて、振ってきた作戦だろう。
聖堂でローズちゃんと王子殿下が、ばったり会う確率は低くない。
ローズちゃんを、理由もなく部屋に閉じ込めておくことは出来ないから。
そう広くは無い聖堂で、しかも動く場所は限られている。
何度か訪問を受けているうちに、いつかばったり出会うだろう。
であれば、一人の時より、誰か男性が一緒にいる時の方が、王子殿下をモノにしたいリリアーナさんにとって都合が良いわけだ。
彼女も恋愛方面はなかなかの策士のようだ。
それにしても、それとは全く逆の反応をする、ローズちゃんの可愛らしさときたら。
『王子殿下に、私の様なものがお会いするのは分不相応ですわ』とか、言いそうな勢いだ。
今回の、僕やリリアーナさんにとってのみ都合が良い提案を、お礼を言いながら受けてくれる彼女を見るにつけて、言いようもない加虐心が……いやまて、落ち着こう。
純心で生真面目で、それでいて貴婦人としての教育はしっかりとしたもの。
欲しいものを手に入れる為の策略なんて、考えたこともなさそうな、天使のような彼女。
はぁ~。
手元に置いて閉じ込めて、少し虐めて泣かせたり、溺れるほど甘やかしたい。
邪な考えに、思わず口角が上がる。
なんとかして、彼女にとっての僕のポジションを上げておきたい。
ベル従姉様には悪いけど、ライバルになりそうな王子殿下には、早々に退場して頂かなければ。
そのためには王子殿下の状況把握は急務だ。
つまり、王子殿下はローズちゃんにどの程度の好意を持っているのか。
今回は、それを判断するいい機会になる。
そしてそれと同時に、ライバルの存在を王子殿下に知らしめる機会にもなる訳だ。
それで、彼が退いてくれれば願ったりだし。
あとは、聖堂内での人間関係の把握。
同僚や上司の、人となりなんかも見ておきたい。
何かあったら助けてあげなくちゃ。
ローズちゃんが、王都でより良い生活をおくれるように。
それに、そうそう。
神官や聖騎士なんかに、うっかり手を出されるのも迷惑だから、そこの牽制もしっかりしてこよう。
ローズちゃんは無意識に可愛いから、引き寄せられる輩がいないとも限らない。
特に聖騎士だ。
聖堂での式典警護の役割を担うことが多く、見栄えが採用の際に重要視されるという噂の職業。
これは王国騎士の中で、王族直属の団員が同じような基準で召し上げられるらしいので、あながち間違っていないだろう。
僕も式典で見たことがあるけど、顔も体も均整のとれた、見るからに強そうでかっこいいイメージ。
王国騎士に比べて、危険の少ない人気の職業だ。
その上、女性からもモテると言う。
別に不特定多数の女性にモテたいわけではないけど、ローズちゃんだってかっこいいと思うかもしれない。
しっかり守って貰わなければならないが、あまり仲良くなって貰っても困るなぁ。
そんなことを考えていると、どうやら馬車は花屋の前に到着したようだ。
花屋に入ると、すでに花束の用意がされていた。
予定していた通り、ローズちゃんの髪色に似た赤い薔薇。光が当たると色を変えるその髪色に見立て、添花の薔薇は可憐なピンク。
周囲にはその純真な柔らかい微笑みをイメージして淡いピンクのスイートピーを合わせた。
喜んでくれるといいな。
嬉しそうな笑顔を思い浮かべて、思わず笑みが漏れた。
今日は、彼女の笑顔が沢山見られる日になるといい。
聖堂と花屋は目と鼻の先なので、そこからは徒歩で進んだ。
突然現れて、驚かせたいのもあったのだけど。
予定の時間より僅かに早いけれど、真面目な彼女は、もう聖堂の入り口で待ってくれているかもしれない。
わくわくと胸が高鳴る。
この道を曲がれば、もう聖堂前の広場が見える。
平日の聖堂周辺は、比較的静かとはいえ、観光客もそれなりにいて、露店や絵描きなんかもいたりする。
ぼくの前には厳つい三人の護衛。
後ろにもメイドも含め三人付いている。
正直言うと、前の護衛の背が高すぎて、聖堂にローズちゃんが待っているのかよくわからない。
でも、先ほどから、僕はずっとある気配を感じ取っていた。
ちょっと聖堂とは、似つかわしくないんじゃないのかな?
どっちかっていうと、専門学校で感じるような、多数の精霊の気配。
やがて聖堂前の階段にたどり着くと、僕の周りの精霊たちは、周囲を警戒するように動き始めた。
と、同時に上から話し声が聞こえる。
まだ若い男性の声。
「すごい方とお友達なんですね!え?まさか婚約者とかそういった?」
「ラルフ……詮索は失礼だ」
「えー。でも気になりませんか?先輩だってホントは気になってるでしょ~?!」
「……いや。私は」
「あの!聞いて頂いて大丈夫です!」
階段を登りあがると、時折馬車泊まりの方へ視線を投げながら会話をする、二人の聖騎士とローズちゃんの姿が見えた。
なんとなく仲良さげでムッとする。
特にでかい方!
少し馴れ馴れしいんじゃないかな?
「実は、成人の儀で初めてお会いして、お話しをさせていただく機会あったんです。先日、王立魔導専門学校に行ったときに、たまたま再会して、見学をかねて聖堂へ来訪頂けるというお話しになりまして。なので、お友達といわせていただくには、まだ少しおこがましい気もしているんですが……」
これを聞いて、ローズちゃんにとっての僕の現時点でのポジションを理解した。
なるほど。生真面目なローズちゃんらしいな。
侯爵家令息の僕に対し、自分は似つかわしくないと思っているようだ。
思わず笑いが漏れた。
彼女を堕とすのは骨が折れそうだ。
でもそれに見合う分だけ面白そうでもある。
笑い含みに僕は声をかける。
「そんな他人行儀にならなくても。僕はお友達だと思っているよ?ローズちゃん」
「っっ⁈⁈」
前方から急に声をかけられて、ローズちゃんは慌ててあたりを見回している。
可愛いな。
ローズちゃんが僕に気づくよりも早く、一人の視線が飛んで来た。
目があって硬直する。
彼は僅かに目を細めると、その場で目礼し、一歩下がったようだ。
黒い髪、黒い目の聖騎士。
あぁ。
あの気配は彼のものか。
彼の姿を捉えた瞬間、そのおびただしい光に驚いた。
僕の周辺には、常に深い青の光、水の下級精霊が飛び回っているのだけど、彼の周りにも赤色と白金色に光る下級精霊たちがいたから。
勿論、数で見れば僕の方がずっと多い。
魔法学で習った知識からすると、魔力量は僕の方が上だろう。
ただ彼は、最小限の魔力で扱える魔導の属性が、二種類あるということになる。
しかも、色から察するに火と風。
相性は最高だ。
更に魔術でブレンドなどできた日には、その威力は倍どころでは無い。
いや。
まさか。
一介の聖騎士に、魔術による魔導のブレンドなど行える者がいるはずも無い。
そもそもそれが出来る人物ならば、王宮魔導士になっている。
「ジェフ様?歩いていらっしゃったのですか?」
鈴を転がすような柔らかい声が聞こえて、硬直していた体の力が抜けた。
そうだ。
彼は、あくまでローズちゃんの護衛で、敵ではない。
実際、威圧的な雰囲気もないし、精霊たちにも、動きはない。
僕は深く息をついた。
意識をローズちゃんに向けると、驚きながらもこちらへやってくる可愛い姿が見える。
なんとなく安心して、笑顔を浮かべた。
「いやいや。まさか。やってみたいけど、さすがにメイドから注意されそうだし?」
女の子たちにウケが良いので、出来るだけ綺麗な顔に見えるように微笑むと、メイドから花束を受け取り、彼女に近づく。
「君にこれを届けたかったから、聖堂の近くにある花屋を手配しておいたんだ。で、そこから歩いてきたわけさ」
ついでに、仲の良さそうな聖騎士たちに見せつけるため、貴族の挨拶をした。
「この度は、僕の聖堂見学を快く出迎えていただきありがとう。レディー・ローズマリー?」
「ようこそおいでくださいました。こちらこそ来ていただき光栄でございます。ジェファーソン様」
ローズちゃんもまた、礼儀に則りカーテシーを返してくれる。
この貴族特有の挨拶を見るだけでも、平民の聖騎士ならば、それなりの牽制になるはずだけど、この二人にはどうだろうか?
ちらりと視線を流して様子を伺う。
背の高い童顔の聖騎士は、眉間に少しシワをよせ、情け無い顔をしている。
黒髪の聖騎士は……特に変化無し?
ふーん。
僕はローズちゃんに花束を差し出す。
「君に似合いそうだと思って」
「ありがとうございます!とても綺麗ですね。嬉しい!」
「うん。やっぱり君によく似合う」
満面の笑みを浮かべながら受け取ってくれるローズちゃんが可愛くて、キザったらしいセリフを重ねるけれど、ローズちゃんは少しだけ苦笑いになっていた。
彼女には、やりすぎない方がいいみたいだな。
さて。
では、聖騎士さんたちにも挨拶をしておこう。
今日は、この二人のどちらかが、警護についてくれるらしいけど。
「今日はお世話になります。よろしく」
聖騎士の二人は、その場で同時にきっちりした角度で頭を下げた。
顔をあげた二人を仰ぎ見て、僕は思わず目を細める。
間近で見ると、なるほど。
確かにこれは。
顔も体型も整っている上、制服も鎧も剣もよく似合っていて、男女問わず憧れるのもうなずける。
特に背の高い方は、勇者の立像のようだ。
黒髪の聖騎士は、細身だが、この辺りではあまり見かけないタイプの、綺麗な顔をしている。
「なるほど。聖騎士さんて、若い方も結構いるんですね?……これは心配だなぁ」
何より二人とも、僕より頭一個分以上背が高い。
ふつふつと胸に熱いものが広がる。
なんとなく悔しい。
「背も高いし、強そうですね!羨ましいなぁ」
「恐縮です」
黒髪の聖騎士が、表情一つ変えずに答えた。
先ほどから思っていたが、彼は全体的に凄く余裕があるな。
逆に背の高い方は、やや顔を硬らせていて、少し余裕がない。
顔つきも幼いし、きっと僕とそう変わらない年齢だろう。
と言うことは、おそらく大役だろう今日の護衛は……。
「では、行こうか?ローズちゃん」
「あ!はい!」
いつも通り微笑んで、ローズちゃんに案内されながら聖堂の中に入る。
聖堂の中は何回か入ったことがあるけど、相変わらずの暗さだ。
そこを青い精霊たちが飛び回り、ひどく幻想的に見えた。
この美しさを共有できる人間は、多くない。
いや、今日は一人いたな。
入口を仰ぎ見ると、少し遅れて黒髪の聖騎士が入ってきた。
やはり今日の護衛は……彼だ。
楽しみにしていた聖堂の訪問。
午前中の授業を終えると、午後の授業を友人に任せて、寮に戻り普段着に着替えた。
そして今、僕は軽食を取りながら馬車に揺られている。
王立魔導士専門学校は王国の北西に位置し、聖堂からは、さほど離れていない。
聖女候補の二人が、街の散策をしながら歩いて帰れる程度の距離だから、馬車で行くのも馬鹿らしい距離なのは言わずもがな。
しかし、護衛の人数を考えると、ぞろぞろ連れ立って歩いて行くのは、どう考えても悪目立ちするし恥ずかしい。
表立って聖堂に入る従者は三名程なのだが、聖堂までの道中は、僕の知っている限りでも、倍の人数はついている。
先回りしている者もいるだろうから、今日僕が動くだけで、最低でも十人程度の従者が動いているだろう。
過保護とは思うけど、安全を考えるとこうなってしまうのは仕方がない。
王子殿下ほど破天荒ではないし。
脱走癖のある少年王子の顔を思い出して、頬が緩んだ。
現状では、まだ負ける気はしない。
今日の一番の目的は、ローズちゃんと楽しく過ごして、あわよくば僕を意識してもらう事だ。
でも、それだけじゃない。
せっかくこれだけの人間を動かすのだから、一度の訪問で可能な限りの効果を上げておきたい。
その中の一つが『王子殿下への牽制』だ。
今回考案されたストーリーは、『僕の聖堂訪問にローズちゃんが同席している。そこに偶然、王子殿下と、それに連れ添う形のリリアーナさんがやって来て、そこから一緒にお茶会に移行する』という筋書きだ。
これは誰が見たってダブルデートの様相。
周囲から見たカップル分けが、どういったものになるのかなんて、分かり切っている。
これはリリアーナさんも当然理解していて、振ってきた作戦だろう。
聖堂でローズちゃんと王子殿下が、ばったり会う確率は低くない。
ローズちゃんを、理由もなく部屋に閉じ込めておくことは出来ないから。
そう広くは無い聖堂で、しかも動く場所は限られている。
何度か訪問を受けているうちに、いつかばったり出会うだろう。
であれば、一人の時より、誰か男性が一緒にいる時の方が、王子殿下をモノにしたいリリアーナさんにとって都合が良いわけだ。
彼女も恋愛方面はなかなかの策士のようだ。
それにしても、それとは全く逆の反応をする、ローズちゃんの可愛らしさときたら。
『王子殿下に、私の様なものがお会いするのは分不相応ですわ』とか、言いそうな勢いだ。
今回の、僕やリリアーナさんにとってのみ都合が良い提案を、お礼を言いながら受けてくれる彼女を見るにつけて、言いようもない加虐心が……いやまて、落ち着こう。
純心で生真面目で、それでいて貴婦人としての教育はしっかりとしたもの。
欲しいものを手に入れる為の策略なんて、考えたこともなさそうな、天使のような彼女。
はぁ~。
手元に置いて閉じ込めて、少し虐めて泣かせたり、溺れるほど甘やかしたい。
邪な考えに、思わず口角が上がる。
なんとかして、彼女にとっての僕のポジションを上げておきたい。
ベル従姉様には悪いけど、ライバルになりそうな王子殿下には、早々に退場して頂かなければ。
そのためには王子殿下の状況把握は急務だ。
つまり、王子殿下はローズちゃんにどの程度の好意を持っているのか。
今回は、それを判断するいい機会になる。
そしてそれと同時に、ライバルの存在を王子殿下に知らしめる機会にもなる訳だ。
それで、彼が退いてくれれば願ったりだし。
あとは、聖堂内での人間関係の把握。
同僚や上司の、人となりなんかも見ておきたい。
何かあったら助けてあげなくちゃ。
ローズちゃんが、王都でより良い生活をおくれるように。
それに、そうそう。
神官や聖騎士なんかに、うっかり手を出されるのも迷惑だから、そこの牽制もしっかりしてこよう。
ローズちゃんは無意識に可愛いから、引き寄せられる輩がいないとも限らない。
特に聖騎士だ。
聖堂での式典警護の役割を担うことが多く、見栄えが採用の際に重要視されるという噂の職業。
これは王国騎士の中で、王族直属の団員が同じような基準で召し上げられるらしいので、あながち間違っていないだろう。
僕も式典で見たことがあるけど、顔も体も均整のとれた、見るからに強そうでかっこいいイメージ。
王国騎士に比べて、危険の少ない人気の職業だ。
その上、女性からもモテると言う。
別に不特定多数の女性にモテたいわけではないけど、ローズちゃんだってかっこいいと思うかもしれない。
しっかり守って貰わなければならないが、あまり仲良くなって貰っても困るなぁ。
そんなことを考えていると、どうやら馬車は花屋の前に到着したようだ。
花屋に入ると、すでに花束の用意がされていた。
予定していた通り、ローズちゃんの髪色に似た赤い薔薇。光が当たると色を変えるその髪色に見立て、添花の薔薇は可憐なピンク。
周囲にはその純真な柔らかい微笑みをイメージして淡いピンクのスイートピーを合わせた。
喜んでくれるといいな。
嬉しそうな笑顔を思い浮かべて、思わず笑みが漏れた。
今日は、彼女の笑顔が沢山見られる日になるといい。
聖堂と花屋は目と鼻の先なので、そこからは徒歩で進んだ。
突然現れて、驚かせたいのもあったのだけど。
予定の時間より僅かに早いけれど、真面目な彼女は、もう聖堂の入り口で待ってくれているかもしれない。
わくわくと胸が高鳴る。
この道を曲がれば、もう聖堂前の広場が見える。
平日の聖堂周辺は、比較的静かとはいえ、観光客もそれなりにいて、露店や絵描きなんかもいたりする。
ぼくの前には厳つい三人の護衛。
後ろにもメイドも含め三人付いている。
正直言うと、前の護衛の背が高すぎて、聖堂にローズちゃんが待っているのかよくわからない。
でも、先ほどから、僕はずっとある気配を感じ取っていた。
ちょっと聖堂とは、似つかわしくないんじゃないのかな?
どっちかっていうと、専門学校で感じるような、多数の精霊の気配。
やがて聖堂前の階段にたどり着くと、僕の周りの精霊たちは、周囲を警戒するように動き始めた。
と、同時に上から話し声が聞こえる。
まだ若い男性の声。
「すごい方とお友達なんですね!え?まさか婚約者とかそういった?」
「ラルフ……詮索は失礼だ」
「えー。でも気になりませんか?先輩だってホントは気になってるでしょ~?!」
「……いや。私は」
「あの!聞いて頂いて大丈夫です!」
階段を登りあがると、時折馬車泊まりの方へ視線を投げながら会話をする、二人の聖騎士とローズちゃんの姿が見えた。
なんとなく仲良さげでムッとする。
特にでかい方!
少し馴れ馴れしいんじゃないかな?
「実は、成人の儀で初めてお会いして、お話しをさせていただく機会あったんです。先日、王立魔導専門学校に行ったときに、たまたま再会して、見学をかねて聖堂へ来訪頂けるというお話しになりまして。なので、お友達といわせていただくには、まだ少しおこがましい気もしているんですが……」
これを聞いて、ローズちゃんにとっての僕の現時点でのポジションを理解した。
なるほど。生真面目なローズちゃんらしいな。
侯爵家令息の僕に対し、自分は似つかわしくないと思っているようだ。
思わず笑いが漏れた。
彼女を堕とすのは骨が折れそうだ。
でもそれに見合う分だけ面白そうでもある。
笑い含みに僕は声をかける。
「そんな他人行儀にならなくても。僕はお友達だと思っているよ?ローズちゃん」
「っっ⁈⁈」
前方から急に声をかけられて、ローズちゃんは慌ててあたりを見回している。
可愛いな。
ローズちゃんが僕に気づくよりも早く、一人の視線が飛んで来た。
目があって硬直する。
彼は僅かに目を細めると、その場で目礼し、一歩下がったようだ。
黒い髪、黒い目の聖騎士。
あぁ。
あの気配は彼のものか。
彼の姿を捉えた瞬間、そのおびただしい光に驚いた。
僕の周辺には、常に深い青の光、水の下級精霊が飛び回っているのだけど、彼の周りにも赤色と白金色に光る下級精霊たちがいたから。
勿論、数で見れば僕の方がずっと多い。
魔法学で習った知識からすると、魔力量は僕の方が上だろう。
ただ彼は、最小限の魔力で扱える魔導の属性が、二種類あるということになる。
しかも、色から察するに火と風。
相性は最高だ。
更に魔術でブレンドなどできた日には、その威力は倍どころでは無い。
いや。
まさか。
一介の聖騎士に、魔術による魔導のブレンドなど行える者がいるはずも無い。
そもそもそれが出来る人物ならば、王宮魔導士になっている。
「ジェフ様?歩いていらっしゃったのですか?」
鈴を転がすような柔らかい声が聞こえて、硬直していた体の力が抜けた。
そうだ。
彼は、あくまでローズちゃんの護衛で、敵ではない。
実際、威圧的な雰囲気もないし、精霊たちにも、動きはない。
僕は深く息をついた。
意識をローズちゃんに向けると、驚きながらもこちらへやってくる可愛い姿が見える。
なんとなく安心して、笑顔を浮かべた。
「いやいや。まさか。やってみたいけど、さすがにメイドから注意されそうだし?」
女の子たちにウケが良いので、出来るだけ綺麗な顔に見えるように微笑むと、メイドから花束を受け取り、彼女に近づく。
「君にこれを届けたかったから、聖堂の近くにある花屋を手配しておいたんだ。で、そこから歩いてきたわけさ」
ついでに、仲の良さそうな聖騎士たちに見せつけるため、貴族の挨拶をした。
「この度は、僕の聖堂見学を快く出迎えていただきありがとう。レディー・ローズマリー?」
「ようこそおいでくださいました。こちらこそ来ていただき光栄でございます。ジェファーソン様」
ローズちゃんもまた、礼儀に則りカーテシーを返してくれる。
この貴族特有の挨拶を見るだけでも、平民の聖騎士ならば、それなりの牽制になるはずだけど、この二人にはどうだろうか?
ちらりと視線を流して様子を伺う。
背の高い童顔の聖騎士は、眉間に少しシワをよせ、情け無い顔をしている。
黒髪の聖騎士は……特に変化無し?
ふーん。
僕はローズちゃんに花束を差し出す。
「君に似合いそうだと思って」
「ありがとうございます!とても綺麗ですね。嬉しい!」
「うん。やっぱり君によく似合う」
満面の笑みを浮かべながら受け取ってくれるローズちゃんが可愛くて、キザったらしいセリフを重ねるけれど、ローズちゃんは少しだけ苦笑いになっていた。
彼女には、やりすぎない方がいいみたいだな。
さて。
では、聖騎士さんたちにも挨拶をしておこう。
今日は、この二人のどちらかが、警護についてくれるらしいけど。
「今日はお世話になります。よろしく」
聖騎士の二人は、その場で同時にきっちりした角度で頭を下げた。
顔をあげた二人を仰ぎ見て、僕は思わず目を細める。
間近で見ると、なるほど。
確かにこれは。
顔も体型も整っている上、制服も鎧も剣もよく似合っていて、男女問わず憧れるのもうなずける。
特に背の高い方は、勇者の立像のようだ。
黒髪の聖騎士は、細身だが、この辺りではあまり見かけないタイプの、綺麗な顔をしている。
「なるほど。聖騎士さんて、若い方も結構いるんですね?……これは心配だなぁ」
何より二人とも、僕より頭一個分以上背が高い。
ふつふつと胸に熱いものが広がる。
なんとなく悔しい。
「背も高いし、強そうですね!羨ましいなぁ」
「恐縮です」
黒髪の聖騎士が、表情一つ変えずに答えた。
先ほどから思っていたが、彼は全体的に凄く余裕があるな。
逆に背の高い方は、やや顔を硬らせていて、少し余裕がない。
顔つきも幼いし、きっと僕とそう変わらない年齢だろう。
と言うことは、おそらく大役だろう今日の護衛は……。
「では、行こうか?ローズちゃん」
「あ!はい!」
いつも通り微笑んで、ローズちゃんに案内されながら聖堂の中に入る。
聖堂の中は何回か入ったことがあるけど、相変わらずの暗さだ。
そこを青い精霊たちが飛び回り、ひどく幻想的に見えた。
この美しさを共有できる人間は、多くない。
いや、今日は一人いたな。
入口を仰ぎ見ると、少し遅れて黒髪の聖騎士が入ってきた。
やはり今日の護衛は……彼だ。
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