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第三章

聖堂訪問 

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(side ジェフ)


 楽しみにしていた聖堂の訪問。

 午前中の授業を終えると、午後の授業を友人に任せて、寮に戻り普段着に着替えた。
 そして今、僕は軽食を取りながら馬車に揺られている。

 王立魔導士専門学校は王国の北西に位置し、聖堂からは、さほど離れていない。
 聖女候補の二人が、街の散策をしながら歩いて帰れる程度の距離だから、馬車で行くのも馬鹿らしい距離なのは言わずもがな。

 しかし、護衛の人数を考えると、ぞろぞろ連れ立って歩いて行くのは、どう考えても悪目立ちするし恥ずかしい。
 表立って聖堂に入る従者は三名程なのだが、聖堂までの道中は、僕の知っている限りでも、倍の人数はついている。
 先回りしている者もいるだろうから、今日僕が動くだけで、最低でも十人程度の従者が動いているだろう。

 過保護とは思うけど、安全を考えるとこうなってしまうのは仕方がない。
 王子殿下ほど破天荒ではないし。

 脱走癖のある少年王子の顔を思い出して、頬が緩んだ。

 現状では、まだ負ける気はしない。

 今日の一番の目的は、ローズちゃんと楽しく過ごして、あわよくば僕を意識してもらう事だ。

 でも、それだけじゃない。

 せっかくこれだけの人間を動かすのだから、一度の訪問で可能な限りの効果を上げておきたい。

 その中の一つが『王子殿下への牽制』だ。

 今回考案されたストーリーは、『僕の聖堂訪問にローズちゃんが同席している。そこに偶然、王子殿下と、それに連れ添う形のリリアーナさんがやって来て、そこから一緒にお茶会に移行する』という筋書きだ。

 これは誰が見たってダブルデートの様相。
 周囲から見たカップル分けが、どういったものになるのかなんて、分かり切っている。

 これはリリアーナさんも当然理解していて、振ってきた作戦だろう。

 聖堂でローズちゃんと王子殿下が、ばったり会う確率は低くない。
 ローズちゃんを、理由もなく部屋に閉じ込めておくことは出来ないから。
 そう広くは無い聖堂で、しかも動く場所は限られている。
 何度か訪問を受けているうちに、いつかばったり出会うだろう。

 であれば、一人の時より、誰か男性が一緒にいる時の方が、王子殿下をモノにしたいリリアーナさんにとって都合が良いわけだ。
 彼女も恋愛方面はなかなかの策士のようだ。

 それにしても、それとは全く逆の反応をする、ローズちゃんの可愛らしさときたら。

『王子殿下に、私の様なものがお会いするのは分不相応ですわ』とか、言いそうな勢いだ。

 今回の、僕やリリアーナさんにとってのみ都合が良い提案を、お礼を言いながら受けてくれる彼女を見るにつけて、言いようもない加虐心が……いやまて、落ち着こう。

 純心で生真面目で、それでいて貴婦人としての教育はしっかりとしたもの。
 欲しいものを手に入れる為の策略なんて、考えたこともなさそうな、天使のような彼女。

 はぁ~。
 手元に置いて閉じ込めて、少し虐めて泣かせたり、溺れるほど甘やかしたい。

 邪な考えに、思わず口角が上がる。
 なんとかして、彼女にとっての僕のポジションを上げておきたい。

 ベル従姉様には悪いけど、ライバルになりそうな王子殿下には、早々に退場して頂かなければ。
 
 そのためには王子殿下の状況把握は急務だ。
 つまり、王子殿下はローズちゃんにどの程度の好意を持っているのか。

 今回は、それを判断するいい機会になる。
 そしてそれと同時に、ライバルの存在を王子殿下に知らしめる機会にもなる訳だ。
 それで、彼が退いてくれれば願ったりだし。


 あとは、聖堂内での人間関係の把握。
 同僚や上司の、人となりなんかも見ておきたい。
 何かあったら助けてあげなくちゃ。
 ローズちゃんが、王都でより良い生活をおくれるように。

 それに、そうそう。
 神官や聖騎士なんかに、うっかり手を出されるのも迷惑だから、そこの牽制もしっかりしてこよう。

 ローズちゃんは無意識に可愛いから、引き寄せられる輩がいないとも限らない。

 特に聖騎士だ。
 聖堂での式典警護の役割を担うことが多く、見栄えが採用の際に重要視されるという噂の職業。
 これは王国騎士の中で、王族直属の団員が同じような基準で召し上げられるらしいので、あながち間違っていないだろう。

 僕も式典で見たことがあるけど、顔も体も均整のとれた、見るからに強そうでかっこいいイメージ。

 王国騎士に比べて、危険の少ない人気の職業だ。
 その上、女性からもモテると言う。
 別に不特定多数の女性にモテたいわけではないけど、ローズちゃんだってかっこいいと思うかもしれない。
 しっかり守って貰わなければならないが、あまり仲良くなって貰っても困るなぁ。


 そんなことを考えていると、どうやら馬車は花屋の前に到着したようだ。

 花屋に入ると、すでに花束の用意がされていた。

 予定していた通り、ローズちゃんの髪色に似た赤い薔薇。光が当たると色を変えるその髪色に見立て、添花の薔薇は可憐なピンク。
 周囲にはその純真な柔らかい微笑みをイメージして淡いピンクのスイートピーを合わせた。

 喜んでくれるといいな。

 嬉しそうな笑顔を思い浮かべて、思わず笑みが漏れた。
 今日は、彼女の笑顔が沢山見られる日になるといい。


 聖堂と花屋は目と鼻の先なので、そこからは徒歩で進んだ。
 突然現れて、驚かせたいのもあったのだけど。

 予定の時間より僅かに早いけれど、真面目な彼女は、もう聖堂の入り口で待ってくれているかもしれない。

 わくわくと胸が高鳴る。
 この道を曲がれば、もう聖堂前の広場が見える。


 
 平日の聖堂周辺は、比較的静かとはいえ、観光客もそれなりにいて、露店や絵描きなんかもいたりする。

 ぼくの前には厳つい三人の護衛。
 後ろにもメイドも含め三人付いている。

 正直言うと、前の護衛の背が高すぎて、聖堂にローズちゃんが待っているのかよくわからない。
 でも、先ほどから、僕はずっとある気配を感じ取っていた。

 ちょっと聖堂とは、似つかわしくないんじゃないのかな?
 どっちかっていうと、専門学校で感じるような、多数の精霊の気配。
 

 やがて聖堂前の階段にたどり着くと、僕の周りの精霊たちは、周囲を警戒するように動き始めた。
 
 と、同時に上から話し声が聞こえる。
 まだ若い男性の声。
 

「すごい方とお友達なんですね!え?まさか婚約者とかそういった?」
「ラルフ……詮索は失礼だ」

「えー。でも気になりませんか?先輩だってホントは気になってるでしょ~?!」

「……いや。私は」

「あの!聞いて頂いて大丈夫です!」

 階段を登りあがると、時折馬車泊まりの方へ視線を投げながら会話をする、二人の聖騎士とローズちゃんの姿が見えた。

 なんとなく仲良さげでムッとする。
 特にでかい方!
 少し馴れ馴れしいんじゃないかな?


「実は、成人の儀で初めてお会いして、お話しをさせていただく機会あったんです。先日、王立魔導専門学校に行ったときに、たまたま再会して、見学をかねて聖堂へ来訪頂けるというお話しになりまして。なので、お友達といわせていただくには、まだ少しおこがましい気もしているんですが……」

 これを聞いて、ローズちゃんにとっての僕の現時点でのポジションを理解した。

 なるほど。生真面目なローズちゃんらしいな。
 侯爵家令息の僕に対し、自分は似つかわしくないと思っているようだ。

 思わず笑いが漏れた。
 彼女を堕とすのは骨が折れそうだ。
 でもそれに見合う分だけ面白そうでもある。

 笑い含みに僕は声をかける。



「そんな他人行儀にならなくても。僕はお友達だと思っているよ?ローズちゃん」

「っっ⁈⁈」

 
 前方から急に声をかけられて、ローズちゃんは慌ててあたりを見回している。
 可愛いな。

 ローズちゃんが僕に気づくよりも早く、一人の視線が飛んで来た。

 目があって硬直する。
 彼は僅かに目を細めると、その場で目礼し、一歩下がったようだ。

 黒い髪、黒い目の聖騎士。

 あぁ。
 あの気配は彼のものか。
 彼の姿を捉えた瞬間、そのおびただしい光に驚いた。

 僕の周辺には、常に深い青の光、水の下級精霊が飛び回っているのだけど、彼の周りにも赤色と白金色に光る下級精霊たちがいたから。

 勿論、数で見れば僕の方がずっと多い。
魔法学で習った知識からすると、魔力量は僕の方が上だろう。
 ただ彼は、最小限の魔力で扱える魔導の属性が、二種類あるということになる。
 しかも、色から察するに火と風。
 相性は最高だ。
 更に魔術でブレンドなどできた日には、その威力は倍どころでは無い。

 いや。
 まさか。

 一介の聖騎士に、魔術による魔導のブレンドなど行える者がいるはずも無い。
 そもそもそれが出来る人物ならば、王宮魔導士になっている。


「ジェフ様?歩いていらっしゃったのですか?」

 
 鈴を転がすような柔らかい声が聞こえて、硬直していた体の力が抜けた。

 そうだ。
 彼は、あくまでローズちゃんの護衛で、敵ではない。
 実際、威圧的な雰囲気もないし、精霊たちにも、動きはない。

 僕は深く息をついた。

 意識をローズちゃんに向けると、驚きながらもこちらへやってくる可愛い姿が見える。
 なんとなく安心して、笑顔を浮かべた。


「いやいや。まさか。やってみたいけど、さすがにメイドから注意されそうだし?」


 女の子たちにウケが良いので、出来るだけ綺麗な顔に見えるように微笑むと、メイドから花束を受け取り、彼女に近づく。


「君にこれを届けたかったから、聖堂の近くにある花屋を手配しておいたんだ。で、そこから歩いてきたわけさ」


 ついでに、仲の良さそうな聖騎士たちに見せつけるため、貴族の挨拶をした。


「この度は、僕の聖堂見学を快く出迎えていただきありがとう。レディー・ローズマリー?」

「ようこそおいでくださいました。こちらこそ来ていただき光栄でございます。ジェファーソン様」


 ローズちゃんもまた、礼儀に則りカーテシーを返してくれる。
 この貴族特有の挨拶を見るだけでも、平民の聖騎士ならば、それなりの牽制になるはずだけど、この二人にはどうだろうか?
 ちらりと視線を流して様子を伺う。

 背の高い童顔の聖騎士は、眉間に少しシワをよせ、情け無い顔をしている。
 黒髪の聖騎士は……特に変化無し?
 ふーん。

 僕はローズちゃんに花束を差し出す。
 

「君に似合いそうだと思って」

「ありがとうございます!とても綺麗ですね。嬉しい!」

「うん。やっぱり君によく似合う」


 満面の笑みを浮かべながら受け取ってくれるローズちゃんが可愛くて、キザったらしいセリフを重ねるけれど、ローズちゃんは少しだけ苦笑いになっていた。
 彼女には、やりすぎない方がいいみたいだな。


 さて。
 では、聖騎士さんたちにも挨拶をしておこう。
 今日は、この二人のどちらかが、警護についてくれるらしいけど。


「今日はお世話になります。よろしく」


 聖騎士の二人は、その場で同時にきっちりした角度で頭を下げた。
 
 顔をあげた二人を仰ぎ見て、僕は思わず目を細める。

 間近で見ると、なるほど。
 確かにこれは。
 顔も体型も整っている上、制服も鎧も剣もよく似合っていて、男女問わず憧れるのもうなずける。

 特に背の高い方は、勇者の立像のようだ。
 黒髪の聖騎士は、細身だが、この辺りではあまり見かけないタイプの、綺麗な顔をしている。


「なるほど。聖騎士さんて、若い方も結構いるんですね?……これは心配だなぁ」
 

 何より二人とも、僕より頭一個分以上背が高い。
 ふつふつと胸に熱いものが広がる。
 なんとなく悔しい。


「背も高いし、強そうですね!羨ましいなぁ」

「恐縮です」


 黒髪の聖騎士が、表情一つ変えずに答えた。
 先ほどから思っていたが、彼は全体的に凄く余裕があるな。

 逆に背の高い方は、やや顔を硬らせていて、少し余裕がない。
 顔つきも幼いし、きっと僕とそう変わらない年齢だろう。
 と言うことは、おそらく大役だろう今日の護衛は……。


「では、行こうか?ローズちゃん」

「あ!はい!」


 いつも通り微笑んで、ローズちゃんに案内されながら聖堂の中に入る。

 聖堂の中は何回か入ったことがあるけど、相変わらずの暗さだ。
 そこを青い精霊たちが飛び回り、ひどく幻想的に見えた。
 この美しさを共有できる人間は、多くない。
 いや、今日は一人いたな。

 入口を仰ぎ見ると、少し遅れて黒髪の聖騎士が入ってきた。

 やはり今日の護衛は……彼だ。
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