投稿小説のヒロインに転生したけど、両手をあげて喜べません

丸山 令

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第三章

魔道学生と聖騎士

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(side ジェフ)


 黒髪の聖騎士が入ってくると、青い光で煌めいていた聖堂の中は、ますます鮮やかな色彩に彩られた。

 白金の光と鮮やかな赤。

 風の精霊の方が幾分多いだろうか?
 でも、火精霊が劣っているというほどでもない。
 
 暗い中で見れば、はっきりと彼の持つ魔力量の多さがわかる。
 それこそ専門学校の生徒たちと比較しても、同等以上か?


 彼は、いったい何故、聖騎士などやっているのだろう?

 もちろん、聖騎士は人気の職業だ。
 元々の配属人数も少なく、殊更ことさら、実際に聖女様の前に侍ることが出来る『中央聖堂仕え』は狭き門であり、成人前の男子にとっては憧れの職業でもある。
 給料に関しても、聞いた話によると、王宮内警護の王国騎士と同程度らしく、決して安いわけではない。

 ただ、王宮魔導士に比べると劣るのだ。

 魔力が一定以上有るならば、この国に住む一般家庭の親なら、子どもを魔導士にさせたがる。

 王宮魔導士は、ほとんど王宮内で仕事をしているし、騎士のように毎日体を鍛える必要も無い。
 有事の場合、王族を守らなければならない点は、騎士と変わりないが、後方支援である分危険も少ない。
 更に、一代限りではあるが男爵位も賜れる。
 
 奨学金制度もあるし、庶民で魔力もちなら、まず専門学校を選択するはず。

 よく分からない男だ。

 そもそも、先ほどから感情が一切読めない。
 表情が動いたのは、一番最初に目があった時のみ。
 しかも僅かに目を細めただけだ。

 まぁ、感情の読めなさでは、僕だっていいとこ勝負だろうけど。

 先程から、彼の対応は悪くない。
 寧ろ、丁寧で、かつしっかりとしている。
 ……正直、好感がもてるほどだ。

 彼のような聖騎士が、ローズちゃんを守ってくれているなら、安心ではある。

 ただ、何故だか、もやっとする。
 僕の方が劣っていると感じている?

 馬鹿な。

 僕は自分の考えを慌てて打ち消した。

 言ってはなんだけど、僕は大抵の貴族の中でも、抜きん出ていると自負している。
 これは自惚れでは無いはずだ。

 家柄の良さは、ミュラーソン公爵家や、王宮の対応を見れば、一目瞭然。
 僕個人だって、魔導士長御本人から専門学校への入校依頼を受けた。
 卒業後、王宮魔導士への就職を視野に入れて欲しい旨、直接頭を下げられていたりもする。

 階級的にも、魔力量でも負けていない。
 容姿だって、タイプは違うが引けは取っていない。
 寧ろ、国内では僕の方がウケがいいだろう。

 強いて言うなら……身長。
 それから、一見細身に見えるが、しっかりと鍛え上げられた体躯だろうか。

 まだ線が細く見える自分の体を一瞬みて、拳を握りしめる。

 僕は何を焦っているんだろう。
 身長は、まだこれから十分伸びるはずだし、身体は鍛えればいい。
 それに、彼がローズちゃんに対して、なんらかの反応を示したわけではない。
 寧ろ、何をやっても無反応だったではないか。

 どちらかと言うと、警戒すべきは、外にいる巨体の聖騎士の方だ。

 それなのに、先程から僕は、この聖騎士が気になっている。

 興味を持っている?
 いや、脅威を感じている?
 僕が?
 
 分からない。

 或いは羨ましいのかもしれない。
 同じ敷地内で生活して、近くでローズちゃんを警護できる彼のことが……。


 入口付近で静かに佇む彼に、僅かに視線を流すと、彼もこちらに目を向けた。
 僕の視線に気づいたのだろうか?
 彼はまた目礼し、一歩下がったようだった。

 礼儀をしっかりと弁えている。
 現状、非の打ち所がない。

 本来称賛すべきことなのに、何がこんなに僕を苛つかせるんだろう。
 

 視線を前方に戻すと、ちょうどローズちゃんが振り返ったところだった。
 優しげに微笑む姿を見て、また少し気持ちが和らいだ。
 
 僕は、気持ちを切り替えるように軽く伸びをして、笑顔を作る。


「ステンドグラスがすごく綺麗だ!」

「ええ。本当に綺麗ですね」


 やんわりとした声が、耳に心地いい。

 本当は、精霊の光が煩くて、くっきりと見えるわけでは無いけど、彼女と共有できる美しいものに目を向けることにする。


「ステンドグラスが、神話をモチーフに作られているのはご存知ですか?」

「いや?そうなんだね。今まで意識して見たことが無かったから」


 普段は聖堂にやってきても、光輝く粒子のように鮮やかな精霊ばかりを見ていて、ステンドグラスに目をやったことは無かった。

「ご迷惑で無ければ、時間まで簡単にお話しいたしましょうか?」

「是非お願いするよ。楽しみだな」

「うまくお話しできるといいのですけど、分かりにくければ仰ってくださいね?」


 あくまで腰の低い彼女に、思わず笑みが溢れる。

 この小動物的な可愛さ!
 衝動的に虐めたくなってしまうのを、必死に堪える。
 もう子どもではないし、嫌われてしまっては元も子もないから。

 でも、緊張からか赤らんでいる、可愛い耳を齧りたい。
 そうしたら、彼女はどんな反応を返してくれるだろう。

 このまま王子殿下なんて放ったらかして、二人で出かけてしまいたいなぁ。

 思わずそんな考えが頭をよぎるけれど、さすがにそこは理性で抑えた。
 王子殿下を牽制する事までが今日の目的だし、警護の関係でも勝手に動けるわけではない。
 煩わしいけど、『貴族は、自分の身の安全を確保することも仕事の一つ』と理解しているから。


 ローズちゃんの説明は、簡潔で分かりやすかった。
 彼女の少し高めだけど柔らかい声音は、聞いていて耳にとても心地よかったし、神話は簡単には知っていたけど、ステンドグラスがそれになぞらえて作られているなんて、知らなかったから興味深くもあった。

 僕の護衛は比較的近くに立っているし、例の聖騎士もいるはずなのに、いつの間にか存在を感じなくなっていた。
 多分気配を消しているんだろう。
 まるでこの神聖な空間に、二人きりでいるような気分になって嬉しい。

 やって来た当初から、聖堂の中が無人だったのもラッキーだったな。

 女神様がその盾と槍を持って王国を守った話で、神話は終わりを告げ、やがて僕たちは盾を持つ女神の像の前に辿り着いた。

 そろそろ、王子殿下がやってくる時間だろうか?
 
 残念だな。
 二人で過ごせる楽しい時間は、終わりが近づいている。

 女神像を見上げるローズちゃんは、柔らかく微笑んでいて、やはり彼女の周りだけ精霊が存在しない。
 ステンドグラスから差し込む光だけが、彼女を照らしていて、とても神秘的に見える。

 精霊に嫌われている……という訳では無いのだろうけど、やはり持っている魔力量の問題なのだろうか?
 これだけ精霊が沢山いる空間の中で、彼女の周辺だけは、ぽっかりと穴が開いたように暗い。

 僕の視線に気づいたのか、ローズちゃんと目があったので、微笑んだ。
 ローズちゃんも微笑み返してくれて、幸福感が増す。


 その時、入り口では無い方にある扉がノックされた。

 にわかに聖騎士の気配が戻ってきて、一瞬体が泡立つ。
 今まで消していた気配をわざと戻した?
 自分のいる場所を皆に判るようにした?


 ローズちゃんの視線が一瞬、聖騎士に向く。
 彼は僅かに頷いた。
 扉の向こうに来た人物が安全であることを、伝えるような仕草。
 ローズちゃんも、理解したように柔らかく微笑んだ。

 そのやりとりを見ただけで……僕の胸は信じられないほどにざわついた。
 普通なら気にも留めない仕草だろう。
 僕だって護衛と同じようなやりとりをする。
 それに、彼女が彼に向けた微笑みは、僕に向けるものと大差ない。

 それなのに、頭の中で警鐘が鳴り響いている。
 彼は危険だ。

 まだローズちゃんが聖堂に入って数ヶ月程度の付き合いだろうに、彼は既に彼女の信頼を勝ち得ている。


「失礼。確認して参りますね?」


 笑顔でぺこりと頭を下げるローズちゃん。
 僕も笑顔をかえし、頷いて見せた。

 彼女が踵を返すと同時に、僕も歩を踏み出す。
 行き先は聖騎士の正面。

 彼については、少々リサーチが必要だと判断した。
 今のところ、彼がローズちゃんに好意を寄せている素振りはないが、絶対の確証は無い。

 また逆のパターンの危険性もある。
 つまり、ローズちゃんが彼に恋をする可能性。

 教養深い彼女にとっては、『王子殿下や侯爵令息との恋』など、恐れ多いだろう。
 だが、聖騎士の彼は一般人だ。
 男爵令嬢で、しかも嫁ぐことがほぼ確定している彼女にとって、彼との恋は障害が少ない。
 その上、仕事とはいえ、同じ聖堂で生活している。
 顔を合わせる機会は多いだろう。

 ……場合によっては牽制も必要か。

 
 ツカツカと歩み寄る僕に対しても、聖騎士は特に表情を変えず、目の前までたどり着くと、彼は視線を落として、やや頭を下げた。


「普通にして頂いて結構です」


 僕はいつも通りの笑顔で、にこやかに彼に話しかけた。


「とても素晴らしい対応で!失礼ですが、お名前を伺っても?」


 聖騎士は、姿勢を戻すと静かに口を開いた。


「レン=クルスと申します」


 クルス……庶民や聖職者に多い苗字だ。
 特に珍しいものではない。


「レンさんですね!今日はありがとうございました!」


 笑みを浮かべながら、ぺこりと頭を下げると、彼もお辞儀を返した。


「もう一つ、失礼を承知で伺いますが、貴方は魔導士では無いんですか?みえてますよね?これ」


 僕は周りの精霊を周囲に集める。


「はい。これほどの数の精霊が、一人の人間の周りにいるのを見るのは、初めてです」

「それはどうも。貴方の周りも凄いですよ?専門学校に通われていたのでは無いのですか?」

「聖騎士の職についた後、夜間の魔導師学校に一年通っただけです」

「何故?十分基準に達していたのでしょう?」

「ここ最近になって増加した分が多いので、成人の段階では、基準に達していなかったのでしょう」

「そういうこともあるんですね?」

「個人差はありましょうから」

 
 内容に不審な点は……無いか。

 しかし、そうすると魔導師学校に通う前に、難関と言われる聖騎士の試験をパスしていたことになる。
 体は鍛えられているとはいえ、先ほど隣に並んでいた体の大きな聖騎士と比較すると、一回り小さいし、かなり細いと思うのだが、魔法なしで戦えるのだろうか?
 素朴な疑問が、思わず口をついて出てしまった。

 
「貴方は、剣もお強いんですか?」


 しまった。
 失言だった。
 もちろん馬鹿にするつもりは無かったが、そう聞こえても仕方のない聞き方だった。

 しかし、彼は憤慨するでもなく、静かに応えた。


「……聖騎士の基準に達する程度の技量は、持ち合わせているつもりです」

「そうなんですね。両方出来るなんて凄いなぁ!」

「恐れ入ります」

 
 牽制するつもりで話しかけたけど、取り繕ったのは僕の方だ。
 ふつふつと悔しさがこみ上げる。
 こんな気分になったのは初めてだ。

 無表情だけど、話し口調は柔らかく丁寧。
 これは厄介だ。
 十人いたら七、八人は、彼の態度に好感を持つだろう。

 もう少し情報がほしい。
 ローズちゃんにとっての彼のポジションを判断するには、少し時間がかかりそうだ。
 
 
 僕は笑顔、相手は無表情のまま、一瞬の沈黙が落ちる。
 これ以上、今、彼と話しても、欲しい情報は得られないだろう。
 彼も恐らく、必要なこと以外は話さないだろうし。
 可能であれば、彼に少し接近してみるといいかもしれない。
 そうすれば、状況も掴みやすいし、多少の牽制やお願いなんかも効きそうだ。


 長く感じたけど、実際は数秒だろう膠着状態を正常化してくれたのは、ローズちゃんだった。
 彼女は、白い神官服の初老の男性を伴って、こちらに戻ってきた。

 ナイスタイミング!
 
 ローズちゃんは、不思議そうに一瞬眉を寄せた。
 僕たちの立ち位置が気になったのだろう。

 神官の男性が近づいて来たので、僕はそちらに体を向け、いつも通りの笑顔で彼を迎えた。
 彼がローズちゃんの上司に当たる人なのかな?


「初めまして!神官長補佐ミゲルでございます」

「初めまして。今日はありがとうございます。ジェファーソン=ドウェインです」

「お会いできて光栄です」

「こちらこそ」

 
 神官長補佐。
 実質ナンバー2か。

 柔和な雰囲気だけど、体の細さや頭髪の薄さから、その苦労が忍ばれる。
 対応はしっかりしていて、ローズちゃんの反応を見ても、彼が良い上司であることが窺える。
 
 年齢も高いし感じもいいし、素直に安心だ。


 挨拶が済んだころ、扉の向こうから賑やかな声が聞こえて来た。

 嬉しそうなリリアーナさんの笑い声と、聞き覚えのある生意気な声がはっきりと聞こえて、僕は口角を上げた。

 念のため、首元のタイを整えると、服のシワを軽く叩いて身嗜みを整える。
 僕の従者たちも、同様に着衣を整えている。

 ローズちゃんは、緊張した面持ちで僕の横にやって来た。
 ごく自然に見える、オトモダチに丁度良い距離感まで近づくと、立ち止まり、彼女は僕に、はにかんだような笑みを向けた。

 僕は、安心させるように、いつも通りの笑みを浮かべる。

 さぁ。
 いよいよ王子殿下のお出ましだ。
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