40 / 278
第三章
閑話 近況報告(※お忍び訪問二日前のお話)
しおりを挟む
(side ジェフ)
「機嫌がいいのね」
ベル従姉さまに言われて、表情に出ていたことに気づき、思わず笑いが漏れた。
「まぁね。学校で、ちょっとしたサプライズがあって」
「あら。良いこと?」
「凄くラッキーな感じかな?」
「何かしら?教えてくれるんでしょう?」
「勿論。そもそも、今日はその話を、しに来たんだ」
「まぁ。楽しみね」
休日、久しぶりにミュラーソン侯爵邸にやって来ていた僕は、ベル従姉様とのアフターヌーンティーを楽しんでいた。
学校に入ってから一か月ほど。
新しい宿舎に、初めて習う魔導の授業。
それから、新しい友人たちとの交流。
新しいことを始めるのは、思っていたより、ずっと体力も精神力も削られる。
ほかの生徒に比べて、従者がついている分、僕は、大分楽をさせてもらっているけど。
というのも、多少の交友関係と、授業を真面目に受けること以外は、侯爵家にいた時と変わらない生活をおくれているから。
それでも休日は、授業内容の予復習やら、学校内の構造・先生の名前の暗記など、やることは結構多くて、なかなか王都暮らしを満喫出来ずにいる。
全部ひとりでこなしている一般の生徒たちは立派だ、と思わずにはいられない。
周囲の建物や、教師の名前を把握するには、一週間を要した。
専門学校は幾つもの講堂に分かれており、技術棟は、別の敷地に存在するので、たまに迷子が出るらしい。
もちろん、従者が常に付き従っているので、迷子になることは無いが、緊急時に一人でも避難できるよう、場所の把握は重要。
これはある意味、貴族の常識といえる。
僕は、授業の隙間時間を利用して、従者とともに、学校の隅から隅まで散策し、避難経路を何通りか申し合わせた。
教師に関しては、数十名はいるが、名前を覚えるのは得意な方なので、そこはたいして問題ではなかった。
魔導の授業に関しては、興味深いことばかりだったので楽しめている。
最初は、多少の不安もあったけど、今まで生きてきて、不可解に思っていた事柄が、次々に解決していくのは愉快だった。
友人については、丁度成人の儀で一緒になった、ナイトレイ男爵のご子息を発見できたので、仲良くしてもらうことにした。
彼は、自分の階級を気にして、最初は恐縮していたけど、最近は幾分打ち解けてくれただろうか?
今回の聖堂訪問も、彼が授業の記録を請け負ってくれたので、実現できる。
持つべきものは、良い友人だ。
他にも、周囲に様々な学生が集まってはくるが、できるだけ深い付き合いにならないよう、普段通り振舞っている。
長年の経験で、周囲に集まってくる人間のほとんどが、僕のことを利用しようと考えていることは、理解している。
それは、とても残念なことではあるけれど。
結果、交友関係を広げすぎないことは、僕にとっての日常だった。
今回、グラハム君を友だちに選んだのも、同い年で顔を知っている貴族の令息なのに、僕から距離をとっていたことに起因する。
下心がある者は、自ら近づいてくる。
逆に、堅物だけどグラハム君のような人物は、信用できる場合が多いから。
やるべきことがあらかた片付いてきたので、そろそろベル従姉様のところに顔を出そうと思っていた。
そんな矢先、魔法学の授業で彼女を見つけた。
「それで?学校は楽しめているかしら?」
ベル従姉様は、持っていたティーカップをソーサーに戻すと優雅に微笑んだ。
「想像以上に面白いよ。何より、魔力持ちの人とは、見えている世界が似ているから気楽だしね」
僕も笑顔で答える。
多分、今、僕は、鏡で映したように、従妹様によく似た笑顔を向けているんだろうな。
「見える世界。精霊のこと?」
「そう。検査をパスするレベルの魔力の持ち主ばかりだから、ほとんどの人は見え方に多少の違いはあっても、確実に存在を感じ取れているんだ。だから奇異の目を向けられなくて、実に居心地がいいよ」
そう。
僕は幼い時から、精霊が見えていた。
初めて見たのは、領地の屋敷の中にある、小さな池の水辺。
それは、キラキラと光る、深い青色をした形をとどめない無数の何かだった。
その時、珍しく一緒に散策していた兄様に話したが、何も見えないと一笑に付された。
周囲にいた従者にも確認したけど、見えている者は誰もおらず、その場は勘違いということにされてしまった。
あんなにもたくさん存在していたのに。
後日、両親に話すと、父が『それは水の下級精霊だろう』と教えてくれた。
父にも見えていることがわかり安心したけど、貴族の、特に高位の者で、精霊が見える人は少ないことも、同時に教えられた。
そして、成人の儀までは、それが見えていることを他言しないように、とも。
親しい人たちと綺麗な物を一緒に見て、それを共有出来ないことと、見えていることを秘密にしなければならないこと。
それは幼い僕にとって、淋しいことだった。
でも、その淋しさを紛らわせてくれたのもまた、精霊だった。
初めて存在に気づいた日から、僕の周りには常に青い光が集まるようになったから。
どうやら精霊にも好みがあるらしく、同じ魔力持ちでも、属性相性に良し悪しがある。
相性の良い属性の下級精霊は、呼ばずとも周辺に集まってしまうものらしい。
僕の場合は水。
これは最近、魔法学の授業で習った。
学校に通っている生徒たちは、流石に一定水準の魔力を備えているだけあって、数に違いはあれ、最低数十程度は下級精霊が周囲にいる。
大勢の生徒が講堂に集まる授業の時などは、全属性の精霊が飛び回って、実に幻想的な光景だ。
そして、生徒の大半に、この景色が見えている。
隠さず綺麗だと言い合える仲間との生活は、僕にとって居心地が良かった。
因みに、グラハム君の周辺にいる精霊は、黄金色に輝いて見える。
土の精霊だ。
「他の属性の精霊たちも沢山見られて、世界がとても鮮やかなんだ」
「いいわね。初めて精霊の話を聞いた時から羨ましかったけど、私も見てみたいわ」
「見せてあげられたらいいんだけど」
ベル従姉様との出会いは、十年ほど前に遡る。
母の妹である公爵夫人が、その娘を連れて、帰郷も兼ねて領地の屋敷にやって来たのが最初の出会いだったと、記憶している。
初めてお会いしたベル従姉様は、当時から既に素敵なレディーで、綺麗すぎて少し近寄り難かった。
兄様は、残念な程鼻の下を伸ばしまくっていたっけ。
幼かった僕は、早々に歓迎のパーティーから抜け出して、あの水辺で遊んでいた。
僕の周りに集まる精霊たちは、この水場が好きなようだったから。
僕が会場から抜け出すのを見かけて、『実は好奇心の塊』のベル従姉様は、こっそり跡をつけたらしい。
水辺で遊びながら、何も存在しない空間に話しかける少年の姿は、さぞ不可解だったろうに、彼女は気後れすることなく、僕に話しかけてくれた。
そこから現在までの仲だ。
当時はまだ、比較的純粋だった従姉様も僕も、貴族社会に揉まれて、現在のような性格に成長したけれど、今でも二人の時は本音で話せる。
従姉様は、数少ない僕の理解者だ。
「一番多く見られるのは白金色の光だよ。人懐こいみたいで、クルクル辺りを動き回っている。たまに僕の近くにも寄ってくるから、出来たら仲良くなりたいんだけど」
「それは何の精霊なの?」
「まだ授業で習っていないから正確じゃ無いけど、多分風の精霊じゃないかな。」
「貴方の周りは水の精霊がいるのよね?」
「うん。従姉様に会った時はまだ、数十程度だったけど、最近は数千、数万の単位で囲ってくるんだ。護られているみたいで嬉しいけどね」
「見えるひとからは、青い光に包まれているように見えるのかしら?」
「そうだね」
「魔力があるのって羨ましいわ」
「面倒ごとも多いけど、今は楽しいよ」
笑いながら言うと、ベル従姉様は優しく微笑んだ。
こう言う顔を他の男性の前ですれば、氷の彫像の様だとか言われないと思うんだけど。
「そう。それはよかったわね」
「うん」
従姉様は僕にむかってもう一度微笑むと、視線を外して外の景色を見やる。
「私は暇で仕方ないのに。ずるいわ」
少し不貞腐れていう彼女は、年齢より少し幼く見える。
彼女の不幸は、この邸宅からほぼ出られないことだろう。
もともとは、好奇心旺盛な女性なのだ。
ほとんどの人は知らないだろうけど。
ただ、彼女の家柄とその美貌が、彼女をこの家に閉じ込めている。
ミュラーソン公爵は、王弟ゆえにたまわった名誉爵位のようなもので、実際の領地を持たない。
住まいは王都で、生活は国庫から賄われている。
今後、この公爵家が続いていく場合は、遠方にある王家直轄の領地を任されることになるのだが、ミュラーソン公爵はそれを選ばなかった。
つまり、一人娘のヴェロニカ従姉様が生まれた後、子供を作ることなく、現在は宰相の仕事を務めている。
おそらく今回、王子殿下が養子に入る話がなければ、従姉様をしかるべき貴族や、他国の王家に嫁がせ、家を残さないつもりだったのではないだろうか?
王弟故の苦悩もあったのだろう。
少しでも妙な話に乗ってしまうと、たちまち神輿に担ぎ上げられてしまうのは、実際よくあることだ。
変な噂を立てられて、王家と仲たがいするのも嫌だろうし、そもそも、王とミュラーソン公爵は、とても仲が良い兄弟なので、兄の治世を盤石にすることが弟の願いなのかもしれない。
そんなわけで、ベル従姉様がご公務以外で王都から離れたことは、実は数えるほどしかない。
その上、この美貌。
王子殿下との婚約が決まる前は、それこそ引っ切り無しに求婚の手紙が届いていたそうだ。
直接お会いしたいとやってくるような、迷惑な輩も多くいて、公務の際も付きまとわれたり、誘拐されそうになったりと、なかなか大変だったらしい。
家に閉じ込めておきたくなる、両親の気持ちはよくわかる。
「それなんだけど、これからきっと、少しは面白くなると思うよ?」
「なぁに?」
「以前話したと思うけど、専門学校の授業に週二日、聖女候補が来るんだ」
「あぁ、リリアーナさんと会えたのね?」
「あ、うん。リリアーナさんにも会えたよ。彼女はやっぱり、少し不思議なんだよな」
「不思議?」
「うん。彼女の周りには、うっすらと精霊の気配があるんだ。でも見えていないようだし」
「何かおかしいの?」
「おかしいわけではないよ?魔力がない人の傍にも精霊がついていたりするし、ただ、彼女の場合はどこか不自然なんだ。ちょっと説明が難しいんだけどね」
「そうなの。それで、それがラッキーなこと?」
「いや、ええとね。今年の聖女候補が、実はもう一人いて」
言いながら、僕はあの再開の瞬間を思い出す。
彼女を見つけた時。
僕の視線は、講堂でリリアさんの隣で授業を受ける、小さいけれども凛とした背中にくぎ付けになった。
赤く長い髪をリボンで後ろに一つに束ねて、ペンを動かす彼女から目が離せなかった。
講堂を埋め尽くす、たくさんの生徒の中で、一人だけ精霊の気配が全く感じられない彼女。
講堂の窓からさす光は、精霊の放つ光で屈折することなく、真っ直ぐに彼女に降り注いでいた。
本来だったら、精霊に囲まれ、光を放つ人のほうが神秘的に見えるのだろうけど、講堂をたくさんの精霊たちが埋め尽くしている中、彼女の周辺には一切の精霊がいない。
彼女の座るところだけぽっかりと穴が開いたように見えて、それが逆になんとも神々しく見えたっけ。
「え?もう一人?」
僕は、驚いたように言うベル従姉様に、意識を戻す。
「うん。やっぱり僕の勘は間違っていなかったんだ」
「まさか」
「そのまさか。もう一人の候補は、ローズちゃんだった」
「まぁ!」
「明後日に、王子殿下がお忍びで聖堂を訪問する連絡は受けている?」
「もちろん聞いているわ。リリアーナさんのところに遊びに行くって」
「その時、僕も一緒に聖堂に行って、ローズちゃんと殿下が上手に再開できるように、お手伝いをしてくるよ」
笑顔で言う僕に、ベル従姉様は訝しげな視線をよこした。
「何を企んでいるのかしら?そんな、敵に塩を送るようなことを、貴方が進んで、しかも無償でするとは思えないのだけど?」
「ひどいなぁ。僕だってたまには、人の役に立つこともするんだよ?」
もちろん下心は大いにあるけれど、協力するのは間違いないので、そう言っておく。
ベル従姉様は、何か考えるように一瞬口をつぐんだけど、やがて嬉しそうに微笑んだ。
「まぁいいわ。彼女は今、王都の聖堂に在住しているということなのでしょう?それで王子殿下とも再開されたなら、私が接触しても問題ないわよね?例えば、お茶会に誘ったり……」
嬉しそうにお茶会の段取りを始める従姉様。
「情報をあげたんだから、僕も誘ってよ?」
「えぇ?女子会にしようと思ったのに?」
「ずるいよ~」
「お互い様よ。ふふ。面白くなりそうだわ」
楽しそうに微笑むベル従姉様につられて、僕も笑った。
明後日はいよいよ聖堂訪問だ。
何を贈れば、彼女は喜んでくれるだろうか?
花束の手配は終わっているし、あとは可愛くラッピングされた、流行のお菓子なんかもいいかもしれない。
恐らく、全く別のことを考えながら、僕とベル従姉様は微笑みあい、その後もアフタヌーンティーをゆっくり楽しんだ。
「機嫌がいいのね」
ベル従姉さまに言われて、表情に出ていたことに気づき、思わず笑いが漏れた。
「まぁね。学校で、ちょっとしたサプライズがあって」
「あら。良いこと?」
「凄くラッキーな感じかな?」
「何かしら?教えてくれるんでしょう?」
「勿論。そもそも、今日はその話を、しに来たんだ」
「まぁ。楽しみね」
休日、久しぶりにミュラーソン侯爵邸にやって来ていた僕は、ベル従姉様とのアフターヌーンティーを楽しんでいた。
学校に入ってから一か月ほど。
新しい宿舎に、初めて習う魔導の授業。
それから、新しい友人たちとの交流。
新しいことを始めるのは、思っていたより、ずっと体力も精神力も削られる。
ほかの生徒に比べて、従者がついている分、僕は、大分楽をさせてもらっているけど。
というのも、多少の交友関係と、授業を真面目に受けること以外は、侯爵家にいた時と変わらない生活をおくれているから。
それでも休日は、授業内容の予復習やら、学校内の構造・先生の名前の暗記など、やることは結構多くて、なかなか王都暮らしを満喫出来ずにいる。
全部ひとりでこなしている一般の生徒たちは立派だ、と思わずにはいられない。
周囲の建物や、教師の名前を把握するには、一週間を要した。
専門学校は幾つもの講堂に分かれており、技術棟は、別の敷地に存在するので、たまに迷子が出るらしい。
もちろん、従者が常に付き従っているので、迷子になることは無いが、緊急時に一人でも避難できるよう、場所の把握は重要。
これはある意味、貴族の常識といえる。
僕は、授業の隙間時間を利用して、従者とともに、学校の隅から隅まで散策し、避難経路を何通りか申し合わせた。
教師に関しては、数十名はいるが、名前を覚えるのは得意な方なので、そこはたいして問題ではなかった。
魔導の授業に関しては、興味深いことばかりだったので楽しめている。
最初は、多少の不安もあったけど、今まで生きてきて、不可解に思っていた事柄が、次々に解決していくのは愉快だった。
友人については、丁度成人の儀で一緒になった、ナイトレイ男爵のご子息を発見できたので、仲良くしてもらうことにした。
彼は、自分の階級を気にして、最初は恐縮していたけど、最近は幾分打ち解けてくれただろうか?
今回の聖堂訪問も、彼が授業の記録を請け負ってくれたので、実現できる。
持つべきものは、良い友人だ。
他にも、周囲に様々な学生が集まってはくるが、できるだけ深い付き合いにならないよう、普段通り振舞っている。
長年の経験で、周囲に集まってくる人間のほとんどが、僕のことを利用しようと考えていることは、理解している。
それは、とても残念なことではあるけれど。
結果、交友関係を広げすぎないことは、僕にとっての日常だった。
今回、グラハム君を友だちに選んだのも、同い年で顔を知っている貴族の令息なのに、僕から距離をとっていたことに起因する。
下心がある者は、自ら近づいてくる。
逆に、堅物だけどグラハム君のような人物は、信用できる場合が多いから。
やるべきことがあらかた片付いてきたので、そろそろベル従姉様のところに顔を出そうと思っていた。
そんな矢先、魔法学の授業で彼女を見つけた。
「それで?学校は楽しめているかしら?」
ベル従姉様は、持っていたティーカップをソーサーに戻すと優雅に微笑んだ。
「想像以上に面白いよ。何より、魔力持ちの人とは、見えている世界が似ているから気楽だしね」
僕も笑顔で答える。
多分、今、僕は、鏡で映したように、従妹様によく似た笑顔を向けているんだろうな。
「見える世界。精霊のこと?」
「そう。検査をパスするレベルの魔力の持ち主ばかりだから、ほとんどの人は見え方に多少の違いはあっても、確実に存在を感じ取れているんだ。だから奇異の目を向けられなくて、実に居心地がいいよ」
そう。
僕は幼い時から、精霊が見えていた。
初めて見たのは、領地の屋敷の中にある、小さな池の水辺。
それは、キラキラと光る、深い青色をした形をとどめない無数の何かだった。
その時、珍しく一緒に散策していた兄様に話したが、何も見えないと一笑に付された。
周囲にいた従者にも確認したけど、見えている者は誰もおらず、その場は勘違いということにされてしまった。
あんなにもたくさん存在していたのに。
後日、両親に話すと、父が『それは水の下級精霊だろう』と教えてくれた。
父にも見えていることがわかり安心したけど、貴族の、特に高位の者で、精霊が見える人は少ないことも、同時に教えられた。
そして、成人の儀までは、それが見えていることを他言しないように、とも。
親しい人たちと綺麗な物を一緒に見て、それを共有出来ないことと、見えていることを秘密にしなければならないこと。
それは幼い僕にとって、淋しいことだった。
でも、その淋しさを紛らわせてくれたのもまた、精霊だった。
初めて存在に気づいた日から、僕の周りには常に青い光が集まるようになったから。
どうやら精霊にも好みがあるらしく、同じ魔力持ちでも、属性相性に良し悪しがある。
相性の良い属性の下級精霊は、呼ばずとも周辺に集まってしまうものらしい。
僕の場合は水。
これは最近、魔法学の授業で習った。
学校に通っている生徒たちは、流石に一定水準の魔力を備えているだけあって、数に違いはあれ、最低数十程度は下級精霊が周囲にいる。
大勢の生徒が講堂に集まる授業の時などは、全属性の精霊が飛び回って、実に幻想的な光景だ。
そして、生徒の大半に、この景色が見えている。
隠さず綺麗だと言い合える仲間との生活は、僕にとって居心地が良かった。
因みに、グラハム君の周辺にいる精霊は、黄金色に輝いて見える。
土の精霊だ。
「他の属性の精霊たちも沢山見られて、世界がとても鮮やかなんだ」
「いいわね。初めて精霊の話を聞いた時から羨ましかったけど、私も見てみたいわ」
「見せてあげられたらいいんだけど」
ベル従姉様との出会いは、十年ほど前に遡る。
母の妹である公爵夫人が、その娘を連れて、帰郷も兼ねて領地の屋敷にやって来たのが最初の出会いだったと、記憶している。
初めてお会いしたベル従姉様は、当時から既に素敵なレディーで、綺麗すぎて少し近寄り難かった。
兄様は、残念な程鼻の下を伸ばしまくっていたっけ。
幼かった僕は、早々に歓迎のパーティーから抜け出して、あの水辺で遊んでいた。
僕の周りに集まる精霊たちは、この水場が好きなようだったから。
僕が会場から抜け出すのを見かけて、『実は好奇心の塊』のベル従姉様は、こっそり跡をつけたらしい。
水辺で遊びながら、何も存在しない空間に話しかける少年の姿は、さぞ不可解だったろうに、彼女は気後れすることなく、僕に話しかけてくれた。
そこから現在までの仲だ。
当時はまだ、比較的純粋だった従姉様も僕も、貴族社会に揉まれて、現在のような性格に成長したけれど、今でも二人の時は本音で話せる。
従姉様は、数少ない僕の理解者だ。
「一番多く見られるのは白金色の光だよ。人懐こいみたいで、クルクル辺りを動き回っている。たまに僕の近くにも寄ってくるから、出来たら仲良くなりたいんだけど」
「それは何の精霊なの?」
「まだ授業で習っていないから正確じゃ無いけど、多分風の精霊じゃないかな。」
「貴方の周りは水の精霊がいるのよね?」
「うん。従姉様に会った時はまだ、数十程度だったけど、最近は数千、数万の単位で囲ってくるんだ。護られているみたいで嬉しいけどね」
「見えるひとからは、青い光に包まれているように見えるのかしら?」
「そうだね」
「魔力があるのって羨ましいわ」
「面倒ごとも多いけど、今は楽しいよ」
笑いながら言うと、ベル従姉様は優しく微笑んだ。
こう言う顔を他の男性の前ですれば、氷の彫像の様だとか言われないと思うんだけど。
「そう。それはよかったわね」
「うん」
従姉様は僕にむかってもう一度微笑むと、視線を外して外の景色を見やる。
「私は暇で仕方ないのに。ずるいわ」
少し不貞腐れていう彼女は、年齢より少し幼く見える。
彼女の不幸は、この邸宅からほぼ出られないことだろう。
もともとは、好奇心旺盛な女性なのだ。
ほとんどの人は知らないだろうけど。
ただ、彼女の家柄とその美貌が、彼女をこの家に閉じ込めている。
ミュラーソン公爵は、王弟ゆえにたまわった名誉爵位のようなもので、実際の領地を持たない。
住まいは王都で、生活は国庫から賄われている。
今後、この公爵家が続いていく場合は、遠方にある王家直轄の領地を任されることになるのだが、ミュラーソン公爵はそれを選ばなかった。
つまり、一人娘のヴェロニカ従姉様が生まれた後、子供を作ることなく、現在は宰相の仕事を務めている。
おそらく今回、王子殿下が養子に入る話がなければ、従姉様をしかるべき貴族や、他国の王家に嫁がせ、家を残さないつもりだったのではないだろうか?
王弟故の苦悩もあったのだろう。
少しでも妙な話に乗ってしまうと、たちまち神輿に担ぎ上げられてしまうのは、実際よくあることだ。
変な噂を立てられて、王家と仲たがいするのも嫌だろうし、そもそも、王とミュラーソン公爵は、とても仲が良い兄弟なので、兄の治世を盤石にすることが弟の願いなのかもしれない。
そんなわけで、ベル従姉様がご公務以外で王都から離れたことは、実は数えるほどしかない。
その上、この美貌。
王子殿下との婚約が決まる前は、それこそ引っ切り無しに求婚の手紙が届いていたそうだ。
直接お会いしたいとやってくるような、迷惑な輩も多くいて、公務の際も付きまとわれたり、誘拐されそうになったりと、なかなか大変だったらしい。
家に閉じ込めておきたくなる、両親の気持ちはよくわかる。
「それなんだけど、これからきっと、少しは面白くなると思うよ?」
「なぁに?」
「以前話したと思うけど、専門学校の授業に週二日、聖女候補が来るんだ」
「あぁ、リリアーナさんと会えたのね?」
「あ、うん。リリアーナさんにも会えたよ。彼女はやっぱり、少し不思議なんだよな」
「不思議?」
「うん。彼女の周りには、うっすらと精霊の気配があるんだ。でも見えていないようだし」
「何かおかしいの?」
「おかしいわけではないよ?魔力がない人の傍にも精霊がついていたりするし、ただ、彼女の場合はどこか不自然なんだ。ちょっと説明が難しいんだけどね」
「そうなの。それで、それがラッキーなこと?」
「いや、ええとね。今年の聖女候補が、実はもう一人いて」
言いながら、僕はあの再開の瞬間を思い出す。
彼女を見つけた時。
僕の視線は、講堂でリリアさんの隣で授業を受ける、小さいけれども凛とした背中にくぎ付けになった。
赤く長い髪をリボンで後ろに一つに束ねて、ペンを動かす彼女から目が離せなかった。
講堂を埋め尽くす、たくさんの生徒の中で、一人だけ精霊の気配が全く感じられない彼女。
講堂の窓からさす光は、精霊の放つ光で屈折することなく、真っ直ぐに彼女に降り注いでいた。
本来だったら、精霊に囲まれ、光を放つ人のほうが神秘的に見えるのだろうけど、講堂をたくさんの精霊たちが埋め尽くしている中、彼女の周辺には一切の精霊がいない。
彼女の座るところだけぽっかりと穴が開いたように見えて、それが逆になんとも神々しく見えたっけ。
「え?もう一人?」
僕は、驚いたように言うベル従姉様に、意識を戻す。
「うん。やっぱり僕の勘は間違っていなかったんだ」
「まさか」
「そのまさか。もう一人の候補は、ローズちゃんだった」
「まぁ!」
「明後日に、王子殿下がお忍びで聖堂を訪問する連絡は受けている?」
「もちろん聞いているわ。リリアーナさんのところに遊びに行くって」
「その時、僕も一緒に聖堂に行って、ローズちゃんと殿下が上手に再開できるように、お手伝いをしてくるよ」
笑顔で言う僕に、ベル従姉様は訝しげな視線をよこした。
「何を企んでいるのかしら?そんな、敵に塩を送るようなことを、貴方が進んで、しかも無償でするとは思えないのだけど?」
「ひどいなぁ。僕だってたまには、人の役に立つこともするんだよ?」
もちろん下心は大いにあるけれど、協力するのは間違いないので、そう言っておく。
ベル従姉様は、何か考えるように一瞬口をつぐんだけど、やがて嬉しそうに微笑んだ。
「まぁいいわ。彼女は今、王都の聖堂に在住しているということなのでしょう?それで王子殿下とも再開されたなら、私が接触しても問題ないわよね?例えば、お茶会に誘ったり……」
嬉しそうにお茶会の段取りを始める従姉様。
「情報をあげたんだから、僕も誘ってよ?」
「えぇ?女子会にしようと思ったのに?」
「ずるいよ~」
「お互い様よ。ふふ。面白くなりそうだわ」
楽しそうに微笑むベル従姉様につられて、僕も笑った。
明後日はいよいよ聖堂訪問だ。
何を贈れば、彼女は喜んでくれるだろうか?
花束の手配は終わっているし、あとは可愛くラッピングされた、流行のお菓子なんかもいいかもしれない。
恐らく、全く別のことを考えながら、僕とベル従姉様は微笑みあい、その後もアフタヌーンティーをゆっくり楽しんだ。
0
お気に入りに追加
47
あなたにおすすめの小説
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
私、実は若返り王妃ですの。シミュレーション能力で第二の人生を切り開いておりますので、邪魔はしないでくださいませ
もぐすけ
ファンタジー
シーファは王妃だが、王が新しい妃に夢中になり始めてからは、王宮内でぞんざいに扱われるようになり、遂には廃屋で暮らすよう言い渡される。
あまりの扱いにシーファは侍女のテレサと王宮を抜け出すことを決意するが、王の寵愛をかさに横暴を極めるユリカ姫は、シーファを見張っており、逃亡の準備をしていたテレサを手討ちにしてしまう。
テレサを娘のように思っていたシーファは絶望するが、テレサは天に召される前に、シーファに二つのギフトを手渡した。
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。
藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。
そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。
私がいなければ、あなたはおしまいです。
国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。
設定はゆるゆるです。
本編8話で完結になります。
私のお父様とパパ様
棗
ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。
婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。
大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。
※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。
追記(2021/10/7)
お茶会の後を追加します。
更に追記(2022/3/9)
連載として再開します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる