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第三章

閑話 近況報告(※お忍び訪問二日前のお話)

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(side ジェフ)


「機嫌がいいのね」


 ベル従姉さまに言われて、表情に出ていたことに気づき、思わず笑いが漏れた。


「まぁね。学校で、ちょっとしたサプライズがあって」

「あら。良いこと?」

「凄くラッキーな感じかな?」

「何かしら?教えてくれるんでしょう?」

「勿論。そもそも、今日はその話を、しに来たんだ」

「まぁ。楽しみね」


 休日、久しぶりにミュラーソン侯爵邸にやって来ていた僕は、ベル従姉様とのアフターヌーンティーを楽しんでいた。


 学校に入ってから一か月ほど。

 新しい宿舎に、初めて習う魔導の授業。
 それから、新しい友人たちとの交流。

 新しいことを始めるのは、思っていたより、ずっと体力も精神力も削られる。
 
 ほかの生徒に比べて、従者がついている分、僕は、大分楽をさせてもらっているけど。
 というのも、多少の交友関係と、授業を真面目に受けること以外は、侯爵家にいた時と変わらない生活をおくれているから。

 それでも休日は、授業内容の予復習やら、学校内の構造・先生の名前の暗記など、やることは結構多くて、なかなか王都暮らしを満喫出来ずにいる。

 全部ひとりでこなしている一般の生徒たちは立派だ、と思わずにはいられない。
 
 
 周囲の建物や、教師の名前を把握するには、一週間を要した。

 専門学校は幾つもの講堂に分かれており、技術棟は、別の敷地に存在するので、たまに迷子が出るらしい。

 もちろん、従者が常に付き従っているので、迷子になることは無いが、緊急時に一人でも避難できるよう、場所の把握は重要。
 これはある意味、貴族の常識といえる。

 僕は、授業の隙間時間を利用して、従者とともに、学校の隅から隅まで散策し、避難経路を何通りか申し合わせた。

 教師に関しては、数十名はいるが、名前を覚えるのは得意な方なので、そこはたいして問題ではなかった。


 魔導の授業に関しては、興味深いことばかりだったので楽しめている。

 最初は、多少の不安もあったけど、今まで生きてきて、不可解に思っていた事柄が、次々に解決していくのは愉快だった。
 
 友人については、丁度成人の儀で一緒になった、ナイトレイ男爵のご子息を発見できたので、仲良くしてもらうことにした。
 彼は、自分の階級を気にして、最初は恐縮していたけど、最近は幾分打ち解けてくれただろうか?
 今回の聖堂訪問も、彼が授業の記録を請け負ってくれたので、実現できる。
 持つべきものは、良い友人だ。

 他にも、周囲に様々な学生が集まってはくるが、できるだけ深い付き合いにならないよう、普段通り振舞っている。

 長年の経験で、周囲に集まってくる人間のほとんどが、僕のことを利用しようと考えていることは、理解している。
 それは、とても残念なことではあるけれど。

 結果、交友関係を広げすぎないことは、僕にとっての日常だった。

 今回、グラハム君を友だちに選んだのも、同い年で顔を知っている貴族の令息なのに、僕から距離をとっていたことに起因する。

 下心がある者は、自ら近づいてくる。
 逆に、堅物だけどグラハム君のような人物は、信用できる場合が多いから。
 

 やるべきことがあらかた片付いてきたので、そろそろベル従姉様のところに顔を出そうと思っていた。
 そんな矢先、魔法学の授業で彼女を見つけた。



「それで?学校は楽しめているかしら?」


 ベル従姉様は、持っていたティーカップをソーサーに戻すと優雅に微笑んだ。


「想像以上に面白いよ。何より、魔力持ちの人とは、見えている世界が似ているから気楽だしね」


 僕も笑顔で答える。
 多分、今、僕は、鏡で映したように、従妹様によく似た笑顔を向けているんだろうな。


「見える世界。精霊のこと?」

「そう。検査をパスするレベルの魔力の持ち主ばかりだから、ほとんどの人は見え方に多少の違いはあっても、確実に存在を感じ取れているんだ。だから奇異の目を向けられなくて、実に居心地がいいよ」


 そう。
 僕は幼い時から、精霊が見えていた。

 初めて見たのは、領地の屋敷の中にある、小さな池の水辺。
 それは、キラキラと光る、深い青色をした形をとどめない無数の何かだった。

 その時、珍しく一緒に散策していた兄様に話したが、何も見えないと一笑に付された。

 周囲にいた従者にも確認したけど、見えている者は誰もおらず、その場は勘違いということにされてしまった。

 あんなにもたくさん存在していたのに。

 後日、両親に話すと、父が『それは水の下級精霊だろう』と教えてくれた。

 父にも見えていることがわかり安心したけど、貴族の、特に高位の者で、精霊が見える人は少ないことも、同時に教えられた。
 そして、成人の儀までは、それが見えていることを他言しないように、とも。

 親しい人たちと綺麗な物を一緒に見て、それを共有出来ないことと、見えていることを秘密にしなければならないこと。
 それは幼い僕にとって、淋しいことだった。
 でも、その淋しさを紛らわせてくれたのもまた、精霊だった。

 初めて存在に気づいた日から、僕の周りには常に青い光が集まるようになったから。

 どうやら精霊にも好みがあるらしく、同じ魔力持ちでも、属性相性に良し悪しがある。
 相性の良い属性の下級精霊は、呼ばずとも周辺に集まってしまうものらしい。

 僕の場合は水。
 これは最近、魔法学の授業で習った。

 学校に通っている生徒たちは、流石に一定水準の魔力を備えているだけあって、数に違いはあれ、最低数十程度は下級精霊が周囲にいる。

 大勢の生徒が講堂に集まる授業の時などは、全属性の精霊が飛び回って、実に幻想的な光景だ。
 そして、生徒の大半に、この景色が見えている。

 隠さず綺麗だと言い合える仲間との生活は、僕にとって居心地が良かった。
 因みに、グラハム君の周辺にいる精霊は、黄金色に輝いて見える。
 土の精霊だ。


「他の属性の精霊たちも沢山見られて、世界がとても鮮やかなんだ」

「いいわね。初めて精霊の話を聞いた時から羨ましかったけど、私も見てみたいわ」

「見せてあげられたらいいんだけど」


 ベル従姉様との出会いは、十年ほど前に遡る。

 母の妹である公爵夫人が、その娘を連れて、帰郷も兼ねて領地の屋敷にやって来たのが最初の出会いだったと、記憶している。
 初めてお会いしたベル従姉様は、当時から既に素敵なレディーで、綺麗すぎて少し近寄り難かった。
 兄様は、残念な程鼻の下を伸ばしまくっていたっけ。

 幼かった僕は、早々に歓迎のパーティーから抜け出して、あの水辺で遊んでいた。
 僕の周りに集まる精霊たちは、この水場が好きなようだったから。

 僕が会場から抜け出すのを見かけて、『実は好奇心の塊』のベル従姉様は、こっそり跡をつけたらしい。

 水辺で遊びながら、何も存在しない空間に話しかける少年の姿は、さぞ不可解だったろうに、彼女は気後れすることなく、僕に話しかけてくれた。

 そこから現在までの仲だ。

 当時はまだ、比較的純粋だった従姉様も僕も、貴族社会に揉まれて、現在のような性格に成長したけれど、今でも二人の時は本音で話せる。
 従姉様は、数少ない僕の理解者だ。


「一番多く見られるのは白金色の光だよ。人懐こいみたいで、クルクル辺りを動き回っている。たまに僕の近くにも寄ってくるから、出来たら仲良くなりたいんだけど」

「それは何の精霊なの?」

「まだ授業で習っていないから正確じゃ無いけど、多分風の精霊じゃないかな。」

「貴方の周りは水の精霊がいるのよね?」

「うん。従姉様に会った時はまだ、数十程度だったけど、最近は数千、数万の単位で囲ってくるんだ。護られているみたいで嬉しいけどね」

「見えるひとからは、青い光に包まれているように見えるのかしら?」

「そうだね」

「魔力があるのって羨ましいわ」

「面倒ごとも多いけど、今は楽しいよ」

 笑いながら言うと、ベル従姉様は優しく微笑んだ。
 こう言う顔を他の男性の前ですれば、氷の彫像の様だとか言われないと思うんだけど。


「そう。それはよかったわね」

「うん」


 従姉様は僕にむかってもう一度微笑むと、視線を外して外の景色を見やる。


わたくしは暇で仕方ないのに。ずるいわ」


 少し不貞腐れていう彼女は、年齢より少し幼く見える。
 彼女の不幸は、この邸宅からほぼ出られないことだろう。

 もともとは、好奇心旺盛な女性なのだ。
 ほとんどの人は知らないだろうけど。

 ただ、彼女の家柄とその美貌が、彼女をこの家に閉じ込めている。

 ミュラーソン公爵は、王弟ゆえにたまわった名誉爵位のようなもので、実際の領地を持たない。
 住まいは王都で、生活は国庫から賄われている。

 今後、この公爵家が続いていく場合は、遠方にある王家直轄の領地を任されることになるのだが、ミュラーソン公爵はそれを選ばなかった。
 つまり、一人娘のヴェロニカ従姉様が生まれた後、子供を作ることなく、現在は宰相の仕事を務めている。

 おそらく今回、王子殿下が養子に入る話がなければ、従姉様をしかるべき貴族や、他国の王家に嫁がせ、家を残さないつもりだったのではないだろうか?

 王弟故の苦悩もあったのだろう。
 少しでも妙な話に乗ってしまうと、たちまち神輿に担ぎ上げられてしまうのは、実際よくあることだ。

 変な噂を立てられて、王家と仲たがいするのも嫌だろうし、そもそも、王とミュラーソン公爵は、とても仲が良い兄弟なので、兄の治世を盤石にすることが弟の願いなのかもしれない。

 そんなわけで、ベル従姉様がご公務以外で王都から離れたことは、実は数えるほどしかない。

 その上、この美貌。

 王子殿下との婚約が決まる前は、それこそ引っ切り無しに求婚の手紙が届いていたそうだ。

 直接お会いしたいとやってくるような、迷惑な輩も多くいて、公務の際も付きまとわれたり、誘拐されそうになったりと、なかなか大変だったらしい。

 家に閉じ込めておきたくなる、両親の気持ちはよくわかる。


「それなんだけど、これからきっと、少しは面白くなると思うよ?」

「なぁに?」

「以前話したと思うけど、専門学校の授業に週二日、聖女候補が来るんだ」

「あぁ、リリアーナさんと会えたのね?」

「あ、うん。リリアーナさんにも会えたよ。彼女はやっぱり、少し不思議なんだよな」

「不思議?」

「うん。彼女の周りには、うっすらと精霊の気配があるんだ。でも見えていないようだし」

「何かおかしいの?」

「おかしいわけではないよ?魔力がない人の傍にも精霊がついていたりするし、ただ、彼女の場合はどこか不自然なんだ。ちょっと説明が難しいんだけどね」

「そうなの。それで、それがラッキーなこと?」

「いや、ええとね。今年の聖女候補が、実はもう一人いて」


 言いながら、僕はあの再開の瞬間を思い出す。

 彼女を見つけた時。

 僕の視線は、講堂でリリアさんの隣で授業を受ける、小さいけれども凛とした背中にくぎ付けになった。
 赤く長い髪をリボンで後ろに一つに束ねて、ペンを動かす彼女から目が離せなかった。

 講堂を埋め尽くす、たくさんの生徒の中で、一人だけ精霊の気配が全く感じられない彼女。
 講堂の窓からさす光は、精霊の放つ光で屈折することなく、真っ直ぐに彼女に降り注いでいた。

 本来だったら、精霊に囲まれ、光を放つ人のほうが神秘的に見えるのだろうけど、講堂をたくさんの精霊たちが埋め尽くしている中、彼女の周辺には一切の精霊がいない。
 彼女の座るところだけぽっかりと穴が開いたように見えて、それが逆になんとも神々しく見えたっけ。


「え?もう一人?」


 僕は、驚いたように言うベル従姉様に、意識を戻す。


「うん。やっぱり僕の勘は間違っていなかったんだ」

「まさか」

「そのまさか。もう一人の候補は、ローズちゃんだった」

「まぁ!」

「明後日に、王子殿下がお忍びで聖堂を訪問する連絡は受けている?」

「もちろん聞いているわ。リリアーナさんのところに遊びに行くって」

「その時、僕も一緒に聖堂に行って、ローズちゃんと殿下が上手に再開できるように、お手伝いをしてくるよ」


 笑顔で言う僕に、ベル従姉様は訝しげな視線をよこした。


「何を企んでいるのかしら?そんな、敵に塩を送るようなことを、貴方が進んで、しかも無償でするとは思えないのだけど?」

「ひどいなぁ。僕だってたまには、人の役に立つこともするんだよ?」


 もちろん下心は大いにあるけれど、協力するのは間違いないので、そう言っておく。

 ベル従姉様は、何か考えるように一瞬口をつぐんだけど、やがて嬉しそうに微笑んだ。


「まぁいいわ。彼女は今、王都の聖堂に在住しているということなのでしょう?それで王子殿下とも再開されたなら、私が接触しても問題ないわよね?例えば、お茶会に誘ったり……」


 嬉しそうにお茶会の段取りを始める従姉様。


「情報をあげたんだから、僕も誘ってよ?」

「えぇ?女子会にしようと思ったのに?」

「ずるいよ~」

「お互い様よ。ふふ。面白くなりそうだわ」


 楽しそうに微笑むベル従姉様につられて、僕も笑った。

 明後日はいよいよ聖堂訪問だ。
 何を贈れば、彼女は喜んでくれるだろうか?

 花束の手配は終わっているし、あとは可愛くラッピングされた、流行のお菓子なんかもいいかもしれない。
 
 恐らく、全く別のことを考えながら、僕とベル従姉様は微笑みあい、その後もアフタヌーンティーをゆっくり楽しんだ。
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