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第三章

お忍びで聖堂へ(お兄ちゃん編)

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(side オレガノ)


 王子殿下の外遊警護を、急遽で依頼されたのは、日程が決まった三日後の話で、その外遊の日程の二日前だった。


 それは良い。
 まだいい。
 急ではあるが、仕事だから仕方ない。
 

 その日は、本当は休みだった。
 この際、それも問題ない。
 休日など特にすることもなく、やることといったら、精々が食品の買い出しか、部屋の掃除くらいだからだ。
 考えていて少しだけ悲しくなったが、いいことにしておく。


 問題は場所だ。

 よりにもよって『聖堂』だと?!

 行きたくない!
 勤務変更までされて、何故自分が行かなければならないのだろうか。

 そもそも、突然の勤務変更だ。
 変更相手だって難色を示すに違いない。
 ……示してください。
 お願いします。

 キリキリ痛みはじめた胃をおさえながら、同時に勤務変更を告げられた同僚に視線を送る。


「突然では、難しいですよね?」


 一縷いちるの望みを託し、見つめてみたが、相手はカラッと笑って、


「えー?全然大丈夫ですけど-?」


 と、答えた。

 思わず、わずかに天を仰ぐ。
 勘弁してくれ。


 騎士歴は自分のほうが長いが、自分よりも早く、王子殿下直属になっていたこの男。
 年齢も一つ年下らしい。

 柔和な雰囲気の持ち主で、こんなにも優し気に対応されては、もう、こちらから断りを入れることもできない。

 勤務の組が別だったので、彼のことをよく知らなかったのだが、一見おっとりした雰囲気の人物。
 当然、王子殿下直属に抜擢されるくらいなので、何かしら秀でる部分があるのだろうが。
 
 もしかして、空気が読めない人なのだろうか?

 …………。

 わかっている。
 逆だ。
 
 というのも、現在、自分でも残念なほど、悲痛な表情をしている自覚がある。
 それをスルーしたあたり、彼は、この外遊警護が、他の騎士に割り振られたことを、喜んでいるに違いない。
 そして、ちゃっかり逃げ道までつぶしてきた。

 ニコニコしているが、くえない人物だ。
 今後、気を付けることにしよう。


「では、勤務変更の書類は僕に任せてください!今日中にちゃんと団長に提出しておきますから。あ!僕の用は、これで終わりですよね?じゃ、これで失礼しまーす!」


 矢継ぎ早に、でも決して早口ではなく、むしろどことなくおっとりとした口調で、そう言うと、彼はさっさと部屋から出て行ってしまった。


「そういうことで、よろしく頼むよ。オレガノ君」


 目の前にいる女性が、余裕の微笑みを浮かべて言った。


 ジュリー=メイヤーズ副官。
 
 彼女は王子殿下直属の騎士団の中で、初期から勤務している古株だそうで、年齢も自分より五歳以上は年上らしい。
 聞ける雰囲気ではないので、実年齢は定かではないが。

 王子殿下付きの王国騎士は、三つの組に分かれており、それぞれに組長がいる。
 その三人は副官の地位を与えられ、団長の補佐としての役割も担っている。
 
 彼女はその一人だ。

 美しいブロンドのストレートヘアを後ろの高い位置で一つに束ねていて、きりっとした印象を受ける。
 かなりの美人で、普段は近寄りがたい雰囲気を醸し出している上、口調や態度などは騎士らしく、どこか男前だ。 
 組が違うので、今日まであまり接点がなかったのだが、噂では王宮に仕える者には、男女問わず人気があるらしい。

 そんな彼女だが、今日はなんだか楽し気に笑っている。

 厄介ごとを押し付けられる立場なので、本来こんなことを考えるのもどうかと思うのだが、案外気さくでチャーミングな人なんだな。
 彼女の頼みなら、仕方がないから引き受けるか、という気にさせる何かがある。

 いや、待て。
 落ち着け!
 完全に術中にはまるところだった。

 例えお願いとはいっても、訪問先が聖堂というのは、いただけない。
 全く持って、いただけない!

 そもそも、何故、そのような責任重大そうな任務に、自分を付ける気になったのだろうか?
 まだ、王子殿下直属になって日も浅い自分より、熟知している騎士に任せた方がいいと思うのだが。
 

「何故、勤務変更してまで、自分を配置したのですか?」


 せめて、理由くらいは聞いても、罰は当たるまい。
 甘い考えでうっかり尋ねてしまい、その数秒後に後悔した。

 彼女は、楽し気に微笑みながら、こう答えたのだ。


「んーと。そっちの方が面白いことになりそうだと、女の感が言っている」


 何その理由……。

 多分今、すごくげんなりした顔をしている。
 自覚している。
 
 彼女は笑いながら続けた。


「あー。すまない。間違えて心の声が駄々洩れしてしまっただけだ。気にしないでくれたまえ?もちろん、君の勤務態度を評価してのことだ。王子殿下にも気に入られているようだし、君が適任だろう」


 間違えたって言ってるけど、心中でそう思っているってことじゃないですか。
 いったいなんなのだろうか。
 面白いことになりそうっていうのは。

 色々な意味で全然フォローになってないが、外遊警備に関しては、おそらく決定事項なのだろう。
 今更どうすることもできない。

 
「了解しました。では、ご面倒をおかけしますが、当日の日程等教えて頂けますでしょうか」

「君ならそう言ってくれると思っていたよ」


 書類を手渡しながらウインクしてくる彼女を見て、数多の騎士たちが、彼女にアタックしては玉砕していったという都市伝説は、あながち間違っていないのだろうな、と、頭の隅で理解した。







 そして、王子殿下お忍び訪問当日。


 憂鬱な気分で馬を操り、王子殿下の馬車を追う。

 時刻は正午過ぎ。
 1日の中で、一番暑い時間。
 そうでなくとも厄介な任務だというのに、この暑さのせいで、体に纏わり付く制服が、余計に不快感を煽った。

 騎士は前に三人、後ろに二人。
 それから馬車の中に一人(これは団長だが)の合計六人。

 王子殿下が乗っていて、この人数の護衛というのは、まず無いことだが、恐らく『お忍びである』と言うことが最優先された結果、こういったことになったのだろう。
 後付けされた理由として、王都内が比較的安全であること、聖堂への距離がとても近いこと、また、聖堂は聖騎士が門を固めていて安全であることなどが考慮されたらしく、少人数での護衛が許可されたらしい。

 もちろん、今日護衛に抜擢されたメンバーは、選りすぐりの猛者たちばかりで、その上、全員高身長かつ体躯が優れている。

 正直、最初警護メンバーと顔合わせをした時、『自分がこの中にいて良いのだろうか?』と不安に思ったほどの、精鋭揃いだ。
 これならば、仮に武装した悪漢に奇襲をかけられたとしても、問題なく馬車を守り切れるだろう。
 そんな輩が出てこないに越したことはないが。


 馬車はやがて、第二の城壁北門を抜けると、聖堂の敷地を横目に見ながら走り出した。


 正直な話、王子殿下が聖堂を訪問することと、それを警護することに関しては、何の不満もないんだよな。

 馬を走らせながら、そんなことを鬱鬱うつうつと考える。

 では、何を危惧しているのか?
 答えは簡単なことだ。
 
 つまり、王子殿下とローズが、偶然ばったり会ってしまうことを恐れている。
 
 王子殿下には、ローズが聖女候補として聖堂に入っていることを伝えていない。
 もし二人が、偶然聖堂で出会うようなことがあれば、王子殿下は『何故教えなかったのか』と、自分に対して激怒するかもしれない。

 
 ……いや。
 そんなことすら、瑣末さまつなことだ。

 実際のところ、王子殿下には『家族のこと』を聞かれたことはあっても、『ローズに関して』聞かれたことは一度も無いのだし、十分に追及をかわすことはできる。

 問題点はそこではない。
 
 もし仮に『偶然』『聖堂で』『二人が』出会ってしまうことがあったら、場合によっては、二人は運命を感じてしまうのではないだろうか。

 特に王子殿下は、ローズに並々ならぬ興味を示していた。
 ローズだって、王子殿下に言い寄られたら、悪い気はしないかもしれない。

 はたから見れば、物語のようなハッピーエンド。
 しかし、それはローズにとって本当の幸せなのだろうか?

 できればこのまま、すれ違ったままで、お互いにとって似合いの相手と恋をした方が、幸せではないか?


 もちろん、まだ絶対に出会うと決まったわけではないのだが。

 ……なんだか妙な胸騒ぎがするのだ。
 だからといって、いち騎士である自分が、王子殿下を誘導できるはずもなく、成り行きに任せることしかできない。
 歯がゆい原因は、そこにある。

 考えてもどうにもならないことではあるが。
 

 そうこうする間にも馬車は進み、やがて聖堂裏門に差し掛かった。


 門の左右に立つ聖騎士が、門を開けていく。
 初めて見る聖騎士の姿に、正直な話、その前に考えていたことなど忘れるほど驚いた。
 
 聖騎士たちは驚くほどに優美でありながら、その姿は精悍だった。

 実は、王国騎士は聖騎士を馬鹿にしている節がある。
 と、いうのも、同じ騎士でありながら、職務の性質が大きく異なる上、階級は王宮内を守る騎士と同等の扱いを受けるからだ。

 『要人の警護』という職務に関しては、双方同じような仕事をしているのだが、聖女様の王都外遠征の場合は、王国騎士も警護に派遣されることになっている。

 王都外は安全とは言えないから、聖騎士の他に、王国騎士団からも警護を借り受けるわけだ。

 そうなると、実際に盗賊や猛獣、一部魔物と戦うのは王国騎士で、聖騎士は職務上、聖女様の護衛のみを行うことになる。
 結果、聖騎士自体も王国騎士に守られている形になる場合が多いそうだ。

 そういった理由で、王国騎士は聖騎士を馬鹿にする。
 『あの幅広の大剣は式典用のお飾りで、実際に振り回すことはできないのだ』とか『聖騎士は、見てくれは優美だが張りぼてで、結局はただの肉の盾だ』と。
 
 しかし、実際の聖騎士をみると、想像していたような、なよっとしたイメージではなく、王国騎士と十分渡り合えるのではないか、或いはそれ以上かもしれないと畏怖するほど、逞しく強そうに見えた。

 ふと、ジュリー副官がかき集めた人員のことを考えて、何故このメンバーになったのか理解する。
 彼女は、つなぎ役として、何度もこの聖堂と王宮を行き来したのだ。
 何か感じるものがあったのだろう。
 
 見栄えがよくて、一見すると強そうに見える聖騎士に、対抗しうる体型の騎士を、かき集めたのかもしれない。
 例え、それが見栄の張り合いだったとしても、王子殿下直属の騎士が、聖騎士より弱そうに見えてはならないと考えたのだろう。

 実際のところ、王子殿下がどう思ったのかはわからない。 
 或いは、何も感じなかったかもしれないが。






 
 ロータリーをゆっくりと進んだ馬車が、やがて聖堂の建物の前に停車すると、神官長らしき男性とツインテールの元気な少女が、嬉しそうに王子殿下を出迎えた。
 
 いつも通り、粛々と任務をこなしつつ、内心で願う。

 どうか、ローズがうっかりここを通りかかりませんように!

 願いが通じたのか、入口周辺での押し問答の最中は、ローズの姿を見ることは無かった。

 良かった!

 これで、王族専用室に入ってしまえば、しばらくは心中穏やかにいられる。
 
 ところが、事態はそうはうまく転ばない。
 リリアと呼ばれる少女は、こう言いだしたのだ。


「まずは、聖堂をご案内しますね?」


 やめてくれ。
 頭を抱えたい気分で、少女をみる。

 うろうろ動かず、専用室でお茶をするだけで良いではないか。
 あまり動き回ると、ローズと遭遇する確率が上がってしまう。


「あぁ」


 王子殿下の返答で、絶望的な気分になった。
 だが拒むことはできない。

 聖堂へ向かう通路を、楽し気に語らいながら歩いていく二人。
 やがて聖堂の職員通用口に到着したので、王子殿下の前に出て、その身の盾となった。

 平日の昼過ぎに、多くの人がいるとは考えにくいが、聖堂内は観光客が訪れている可能性もあり、誰がいるかわからないから。

 ほかの騎士たちも、念のため警戒している。



 ジュリーさんが扉を開け放った瞬間、その光景を見て、頭の中が真っ白になった。
 そして、数秒後理解した。

 危惧していたことが現実になった、ということを。
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