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第三章

お茶会の始まり

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 リリアさんが、王子殿下にステンドグラスの説明を始めたので、わたしはジェフ様にベンチを勧めた。

 一緒に回ってもいいのだけど、既に一度聞いたお話を、聞いた直後にもう一度聞くのも大変だろうから。

 それに、リリアさんも、王子殿下と二人きりの時間が欲しいだろうし。

 王子殿下とリリアさんを囲むように展開して警護をしている、お兄様をはじめとした王国騎士の皆様は全員で六人。
 王子殿下の真後ろには、お爺ちゃん執事さん。
 王子殿下と変わらないほどの身長しかなく、態度は厳格なのに、失礼ながら、動きが少しコミカルに見える。

 先程からリリアさんは、頬を紅潮させながら、一生懸命お話ししている。
 しどろもどろだけど、そこがドジっ子みたいで可愛らしい。

 やっぱり、彼女の方が、ずっとヒロインっぽいわ。


 ジェフ様の後方には、メイドさんを含む三人の護衛がしっかり彼を守っている。

 一方で、益々面倒な仕事をする羽目になってしまったレンさんは、聖堂入り口まで後退している。

 全体を見渡せるというのもあると思うけれど、彼は視線をこちらに向けたまま、微かに口を動かしている。
 声は聞こえないけど、入り口の扉は開け放たれているので、もしかすると、入り口警護のもう一人の聖騎士さんと、情報を交換しているのかもしれない。
 もう、交代の時間は過ぎたので、今いるのはニコさんかな?

 わたしはジェフ様の横に立ち、周辺の状況を観察しながら、ミゲルさんが戻るのを待っていた。


「あちらにいる、王子殿下付きの騎士は、ローズちゃんのお兄様なんだね?」


 ジェフ様が、わたしを見上げて微笑みかけてきた。


「はい。兄のオレガノです。今年配属されたばかりですが」

「真面目そうな、しっかりした感じのお兄様だね」

「ありがとうございます」

「でも、あまり似ていないから、言われないとわからないかな?」

「よく言われます。兄は父に、わたしは母に似ていますので」

「なるほどね」


 ジェフ様は相槌を打つと、少し考えるように口の前に手をかざす。

 何かを考える時の癖かしら?
 美少年は、そんなところまで絵になるのだなぁ、と思わず感嘆のため息が漏れる。

 数秒後、手を下ろすと、ジェフ様はにっこりと微笑みかけてきた。


「あとで、ご挨拶させて貰えるかな?」

「あ。はい!そうですね。王子殿下に時間を頂けるようでしたら」

「うん。僕からもお願いしてみるよ」

「ありがとうございます」

「どういたしまして?」


 ジェフ様が優しく微笑まれるので、わたしも笑顔を返した。

 ジェフ様とお話しをするのは、とても心地いい。

 貴族社会に揉まれている分、精神年齢がお高くていらっしゃるのか、こちらの話を聞いただけで状況を理解し、先回りしてサポートを申し出てくれるので、お願いがしやすいのだ。
 わたしにとっては、ありがたいことこの上ない。

 ただ、この能力は恐ろしくも感じる。
 先程のレンさんの件が良い例だ。

 人の気分を害する事の無いよう配慮してお願いしてくるので、依頼された側はとにかく断りにくい。
 権威を振りかざして言いつけてくる相手なら、対応のしようもあるんだけど、階級の高い人がへりくだってお願いしてくるのだから、ノーとは言えない。

 ある意味、タチが悪い。
 気づいた時には、ジェフ様の思い通りに事が運んでいるのだから。

 でも、どうしてレンさんに警護継続を依頼したのかしら?
 王子殿下がいらっしゃる前に、少しお話ししていたようだったけど、あまり好意的な雰囲気では無かったような?


「王子殿下が、こちらを見ているね」


 ふいに言われて、目を瞬かせる。
 ジェフ様はクスクス笑っていたかと思うと、突然妖艶な雰囲気の流し目を向けてきた。

 わたしはこの流し目に弱い。

 胸の鼓動が大きく跳ねた。
 じわじわと頬が熱くなる。

 いやいや、無理ですって!
 国内でトップクラスの美少年の『妖艶な流し目』をスルーできる女の子っているのかしら?


「おいっ!」


 王子殿下の声が、思ったより近くで聞こえて、はっと我に帰る。


「なんですか?邪魔しないでくださいよ」
「エミリオさまぁ!待ってくださいよぉっ!」


 ジェフ様がニヤニヤ笑いながら言うのと、追いかけて来たらしいリリアさんがむくれて言ったのは、ほぼ同じタイミングだった。

 王子殿下は、既に目前まで迫っており、呆気にとられて見つめてしまう。

 顔を赤らめているけど、その表情は怒り?
 

「ジェフ!お前、さっきからマリーに近づきすぎだぞ!そもそも、いったい、どうやって今日会う約束を取り付けた!」

「どうやっても何も、お友だちですから?」

「なんだと?!」

「まぁ。今のところは……ですけどね?」


 普段通りに、にこにこ笑いながら答えるジェフ様。
 一方、王子殿下は頬を紅潮させて、両手をわなわなと震わせている。


「あ、あの!ジェフ様が魔導専門学校に通っていらっしゃるので、そこでお会いしたんです。聖女候補も、週に何回かは専門学校にお邪魔しますので」


 事態の収束を図るには、事実をはっきり言っておいた方がいいわよね?
 わたしは慌てて説明をする。


「その、ジェフ様っていうのはなんだっ!」

「っ⁈ はい!申し訳ありません」


 苛々と言われて、思わず怯む。
 勢いに押されて、思わず謝ってしまった。

 言い慣れてしまっていたから失念していたけれど、身分が下位の者が、上位の者を愛称で呼ぶことは、他者に『二人が相当親しい間柄である事』を連想させる。
 上位の者が許可しなければ、当然呼ぶ事はできないし、がそれを許可されることも、実際は滅多にない。
 

「僕がそう呼んで欲しいとお願いしたんですよ?王子殿下。今後益々親しくしたい、お友だちですからね」

「っぐ」


 いやぁ!ジェフ様!
 もうこれ以上殿下を煽らないで!

 王子殿下は両拳を握りしめると、わたしをきっ!と睨んだ。

 ひぇぇぇ。
 ごめんなさい。
 ごめんなさい!


「俺のことも、名前で呼べ」

「……ぇ?」
 

 一瞬何を言われたのかわからず、数秒してから理解した。

 いやいやいや!
 それは無理でしょ?


「いぃぃいいえ!そのような。余りにも恐れ多いです!」

「そうですよ!」


 間に割って入ったのは、まさかのリリアさん。
 って貴女、名前で呼んでますよね?


 リリアさんは、ぷんぷんと見るからに可愛く怒りながら、話を続ける。


「だいたいなんですか?エミリオ様は私に会いに来てくれたんですよね?ほったらかされると怒っちゃいますよ!」


 王子殿下にそんなこと言えるの、貴女くらいよ。
 わたしは苦笑いのままドン引きした。


「あ、あぁ。悪かった」


 王子殿下も、たじろいだように苦笑いしながら、謝罪した。
 話は纏まっていないけど、なんとなく事態が収束したのはありがたい。


 その時響く、ノックの音。
 職員通用口をみると、先程正面入り口にいたはずのレンさんが、そこまで移動していた。
 確認するように、わたしに視線をおくってくる。

 あ、ミゲルさんが戻られたのかな?


「神官長補佐が戻られたようです」


 皆に知らせると、ジェフ様は微笑みながらわたしに向かって頷いてくれた。
 

「あぁ。入ってもらえ」


 王子殿下の許可が下りたので、レンさんに向かって頷くと、彼はその場で一礼して扉を開けた。
 そしてそのまま大きく扉を開け、閉じないよう扉止めのストッパーをさした後、中に入ってきたミゲルさんと、一緒にやってきたマルコさんの後方につく。


「大変お待たせいたしました。準備が整いましたので、どうぞ。王族専用室にご案内いたします」


 恭しく頭を下げる二人。


「あぁ。よろしく頼む」


 王子殿下が歩き出し、その横にリリアさんが寄り添うように並んだ。
 王国騎士の皆さんが二人を囲うように動き出す。
 
 そのあとに、私とジェフ様が続く。
 ジェフ様の護衛はその後ろに。
 頂いた花束は、聖堂のベンチに置かせていただいていたのだけど、移動する際取りに行ったら、ジェフ様のメイドさんが持っていく旨申し出て下さったので、お言葉に甘えた。


 ミゲルさんとマルコさんを先頭に列は進み、一番最後に、神官長補佐のお二人と一緒に来ていたらしい、今日担当してくださる聖騎士さんとレンさんの二人が続いた。
 レンさんと、やってきた聖騎士の方は、小声で情報を交換していたようだったけど、それもすぐに止み、楽しそうに会話するリリアさんと王子殿下の声だけが通路に響き渡った。



 聖堂事務棟の最奥にある王族専用室にたどり着くと、神官長補佐のお二人が解錠し扉を開けてくれた。

 まずは、リリアさんが王子殿下を席にエスコート。
 すかさず、そのすぐ隣に座る。

 うん。
 座っちゃうのね?
 貴女。

 そうすると、ほかの手配は全部私に回ってくるのだけど……?
 まぁ。
 いいけどね?

 わたしは、ジェフ様を椅子にご案内して、まずは席にかけて頂き、王子殿下の後方に整列している王国騎士の皆さんのもとへ。

 責任者は団長さんよね?
 団長さんは前回見かけて知っていたので、声をかけ、パテーションの後ろに待機スペースがあることを伝える。
 団長さんは厳格な顔をほころばせて頷くと、騎士の半数をパテーションの後ろに移動させた。
 そこには使用人の方たちが待機してくれているので、ちゃんと席を進めてお茶を出してくれる手筈になっている。

 眉間にふかーーーい皺を寄せて、先程からずっと半眼でわたしを見ているお兄様は、王子殿下の後方に残った。

 心配かけてごめんなさい!
 でも、王子殿下とは親しくなっておかなければいけないし、つなぎ役のユーリーさんの情報も知りたいのです。
 国を救うためだと思って理解してください!

 そういえば、どの方がユーリーさんだろう。
 全体的に高身長で、いかつい雰囲気の団員さんが多かったけど……。

 まぁ、いいわ。
 お兄様と話せたら後で聞いてみよう。
 
 次はジェフ様の護衛の方にお話しを……。


「失礼?」
 

 戻ろうとした私に、その場に残った王国騎士の方が声をかけてきた。

 あ!
 先程の女性の方だ!
 美人!
 かっこいい!


「はい?」

「私、今回伝令を務めさせていただいた、ジュリー=メイヤーズと申します」


 彼女は小声で手早く私に挨拶をした。

 え?
 伝令って、つなぎ役?
 まさかこの方がユーリーさん?


「初めまして。ローズマリー=マグダレーンでございます」

 
 簡単に自己紹介とあいさつを交わす。

 ジュリーさん。
 ユーリーさん。
 似ているけれど、違うわよね?
 どう見ても女性だし。


「突然お声がけして申し訳ありません。ただ、今後お話しする機会も増えるかと思いまして、先んじてご挨拶させて頂きました」

「いえ。わざわざご挨拶いただき、ありがとうございます」


 簡単だけど丁寧にあいさつを交わし、わたしはジェフ様の後方にいる護衛の方のもとへ。
 同じ内容を伝えると、メイドさんがパーテーションの後ろへ下がるようだった。

 準備が整ったところで、神官長補佐の二人を見ると、ミゲルさんに座るよう促されたので席にかける。
 ミゲルさんとマルコさんは、深々とお辞儀をし、そのあと、先程挨拶をしていないマルコさんが簡単に自己紹介をした。


「せっかくのお茶会ですので、我々はご挨拶だけで失礼します。どうぞ、ごゆっくりお過ごしください」

 
 そう言うと、二人はすぐに部屋を出て行った。
 室内を守る配置についたのはレンさん。
 彼は二人が去ると扉を閉めた。
 もう一人の聖騎士さんは扉の外に配置されている。


「それでは、お茶会をはじめましょう!」


 リリアさんが明るく言うと、使用人の二人が熱々のお茶をもってこちらに入ってくる。
 色々あったけど、なんとか無事お茶会までたどりつけたわ。

 わたしは、ひとまず軽く息をつくのだった。
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