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第三章

王子殿下がやってくる!(ちゃら魔導学生も来るよ) 当日編(1)

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 王子殿下のお忍び訪問当日。

 午前中、わたしとリリアさんは、王族専用室の鍵をミゲルさんとマルコさんにお借りして、簡単なお掃除と準備をすることにした。

 年に数回、式典などで、王族が聖堂にやってくることがある。
 そのため、聖堂には、王族の方々が人目に触れずゆっくり休むための部屋が設けられている。
 そここそが王族専用室。


 王族専用室は、ほかの部屋とは明らかに違う。


 部屋の前で気づいたのだけど、扉からして違っていた。

 まず、鍵穴が二つ。
 鍵も二本。
 普段は、ミゲルさんとマルコさんが一本づつ持っていて、今はわたしとリリアさんが一本ずつ、首にかけて持っている。
 二人でそれぞれ持つように指示されたので、言われた通りにしているのだけど、そういった類の大切なものを所持しているのは正直怖いので、早く掃除を終わらせてお返ししたい。
 
 それぞれの鍵を開け、リリアさんが扉を引こうとするけど動かない。
 とっても重く、分厚い金属製の扉。
 二人掛かりでようやく開けて中へ入った。

 午後は、神官長補佐のお二人(ミゲルさんとマルコさん)が扉の前で待機していて開けてくれるそう。
 更に、部屋の護衛で、聖騎士さんも二人ほどついてくれることになった。

 結構大ごとじゃない?
 でも、どのあたりがお忍びなのかしら?というつっこみは、この際しないでおこうと思う。

 だって、王子殿下を、適当な応接室でお迎えするわけにはいかないわよね。
 小説で、『自分の部屋にお招きしてしまう』などという、不謹慎なことも書いてあったような気もするけれど、それは聖女になってからのお話。 


 室内に足を踏み入れると、そこは別空間だった。

 壁は大理石かしら?
 つやつやと光沢のある石で、四方を覆われている。

 目を引くのは大きな嵌めごろしの窓。
 外の景色が一望できるようになっていて、部屋の圧迫感を緩和してくれている。 
 もちろん外に出られるわけもなく、外からは侵入出来ないつくり。

 絨毯の質もあからさまに違っていた。
 ふかふかしているわけではないのだけど、使われている毛の量が明らかに違うであろうそれは、ヒールでも歩きやすいようにしっかりと固く、床板を感じさせない厚みがある。

 他にも、調度品は、触るのが怖くなるほどの高級感。

 うん。
 軽くほこりを払う程度にして、できる限り触れずに済ませよう。


 そんなこんなで、わたしたちは簡単にほこりを払ったり、テーブルや椅子を乾拭きする程度で掃除を終えた。

 部屋の中は、毎日ミゲルさんとマルコさんが清掃を行っているそうで、きれいな状態だったし、うかつにあちこち触って、何か壊しでもしたら大ごとよね?

 あとはテーブルの上に、用意したクロス類を置いていく。

 食器類は当然持ち合わせなんて無いので、失礼のないティーセットがないか、カタリナさんに相談した。
 すると、高級なティーセットの使用許可が下りたうえ、使用人さんを二人つけてくれることになった。
 
 ありがたい。
 これならお茶をこぼしたり、粗相をすることもないので一安心。


 わたしたちが簡単な掃除を終えるころ、神官見習の男性二人が高そうなパテーションをもって現れた。

 
 「ありがとうございます!こちらに置いていただけますか?」


 お礼を言ってお願いすると、二人は微笑みながら、言われたとおりの場所にパテーションをセットしてくれた。

 今日は、王子殿下と直属の騎士六名、ジェフ様とその従者三名、リリアさんとわたし、それから使用人さん二人の、合計十五人でこの部屋を使うことになっている。
 でも、ホールのように広いこの部屋に、それだけの人数しかいないとなると、空間的にかなり寒々しい。
 そこで、パテーションで二つに区切って使うことにした。

 これは、お茶やお菓子の用意をする使用人さんたちにとって便利だし、お付きの騎士さんや従者さんの待機スペースも兼ねている。
 
 準備が整ったので、わたしたちは部屋を出るため扉へと向かった。

 この時になって、ようやくわたしは、この部屋に目立たない扉がもう一つある事に気づいた。

 入り口と同じ壁に、普通の扉が一つある。
 そう言えば、この部屋は行き止まりにあり、通路の脇には、扉はなかった。
 王族専用室からしか入れないこの作り。
 今回はパテーションで区切ったけれど、実際に使う時は、この部屋が待機室になるのかもしれないな……。

 そんなことを考えながら、わたしたちはしっかり鍵をかけて、部屋を後にした。


 次はお茶菓子などの準備と、今日お世話になる使用人さんたちとの打ち合わせ。

 王族専用室の鍵を返却した後、わたしたちは寮のキッチンに移動。
 既に、今日お世話になる使用人さんたちは来ていて、キッチンに入るとにこやかに会釈してくれた。


「今日はお世話になります」

「よろしくね?」


 わたしとリリアさんが挨拶すると、二人は頷いた。

 昨日の昼間、このキッチンをお借りして、クッキーやマドレーヌなどの、誰もが食べれそうで失敗の少ないお菓子を二人で作った。

 出来映えは、お店で出せるほどの品では無いけれど、素朴で味も悪くないと思う。
 お二人が気に入ってくれると良いのだけど。

 準備していた焼き菓子と、最近都内で人気のお菓子、使用人さんたちが用意してくれた果物やスコーンを、協力しながらお皿へ並べて行くと、思ったよりはずっと美味しそうな仕上がりになった。


 時刻は丁度正午。
 あと一時間もすると、王子殿下の到着時間。


「これで準備完了ね!」


 満足げに額の汗を拭うリリアさん。

 
「間に合ってよかったわ!」


 わたしも軽く息を吐いた。

 リリアさんは、この後マヌエル神官長と合流して、王子殿下のお出迎えをするため、一度事務局の神官長室へ行く予定。


「ちょっとだけ余裕が有るから、お化粧直してこようかな?」


 呑気に伸びをするリリアさん。


「では、あとで。わたしはそろそろジェフ様をお迎えに行ってくるわね?」

「ん。いってらっしゃい」


 大きく伸びをしているリリアさんに苦笑しつつ、手元に残っていた焼き菓子を、いくつかの小袋にまとめて棚にしまい、わたしは聖堂へ向かうことにした。

 歩きながら、先日ジェフ様と日程を決めた時のことを思い出す。


 あの日、授業の後、わたしはジェフ様を探すべく、早めに荷物を纏めた。
 でも、そんなわたしの考えなんてジェフ様にはお見通しだったらしい。
 丁度振り向いた目線の先で、優雅に一礼したのは、先日昼食の時配膳をしてくれた、従者の女性だった。

 彼女に案内されて食堂に向かうと、多くの生徒で混み合う中、四人がけのテーブルがしっかりキープされていた。
 流石、侯爵家の御子息でいらっしゃる。
 特権階級コワイ。

 リリアさんと二人、先にテーブルにかけて待っていると、ジェフ様とグラハム様が、優雅に到着。

 以前と同様、しずしずと食事の配膳がなされ、わたしたちは、一見和やかな雰囲気で食事を終えた。


「食堂の席をいつまでも使っていると、他の生徒さんに悪いから、移動しようか」


 ジェフ様に促され、学校内にある庭園の四阿あずまやへ。
 もちろん、先に従者さんの一人が到着していて、場所はしっかり確保されていた。

 本当に、行動がいちいちスマート。
 ジェフ様と一緒にいると、根回しが行き届いていて、何のストレスもなく、優雅に時間を過ごせるんだろうな…………。

 はっ!
 まずい!!
 しっかり取り込まれそうになっている。

 頭をふって邪念を払うと、ジェフ様に書き写した『王子殿下のお忍び訪問の日程表』をお見せした。

 暫く言葉を発することなく、静かに日程を読み込むジェフ様。
 その横顔は、彫刻のように綺麗。

 思わず見惚れていると、目を通し終えたのか、微笑むアクアマリンの瞳と目が合った。
 
 慌てて視線を外すわたし。
 毎度のことながら、心臓に悪すぎる。

 魅了スキルって、魔力とも関係するのかしら。
 そんなスキルが存在するのかどうかは、置いとくとして。
 あたふたするわたしに優しく微笑んだ後、ジェフ様は口を開いた。


「では、僕はそれより少し早めに着くようした方が良さそうだ」


 ジェフ様は、わたしが言うまでもなく、こちらの意図をしっかり理解してくれたようだ。


 その後は細かく、ジェフ様の来訪時間や、王子殿下との出会いのシチュエーションを調整した。
 
 ジェフ様曰く、『突然、君たち二人で王子殿下を出迎えるのは、不自然』とのこと。

 わたしも実は、それを考えていた。

 訪問の約束をしたのは、リリアさんだけなのだから、突然わたしが出しゃばるのは、どう考えても礼儀に欠く。
 だから、当初はこっそり見守ろうと思っていたのだし。

 でも、お会いしなければならなくなった以上、その出会いは自然でありたい。
 自分に都合のいい考えだと、わかっているけれど。 


「僕がローズちゃんを訪ねていて、聖堂内を案内してもらっていた。すると、偶然やって来た王子殿下とリリアちゃんにばったり!というシチュエーションでいいよね?」


 わたしが頭を下げてお願いしなければならないと悩んでいたことを、ジェフ様自らが提案してくださる。
 こんなに、わたしにばかり都合の良い設定で良いのかしら?
 あまり一人の女性に構うタイプではない方だけに、妙な噂が広がったりしたら、申し訳ない気がする。


「ご迷惑ではありませんか?」


 思わず出た言葉には、不安が滲んでしまっていたのだろう。

 ジェフ様は、安心させるように優しく微笑み、


「構わないよ。寧ろ、僕は結構嬉しいんだけどな?」


 そう言って、すんなり了承してくださった。
 ありがたい。


 思い出しながら歩くうちに、わたしは聖堂の職員入り口に到着。
 扉の前にある姿見で、身なりを簡単に整える。

 ジェフ様の到着時間は、王子殿下の来訪時間の半時ほど前。
 聖堂の正面玄関にて、お出迎えする事になっている。

 こちらも、貴族のご令息としての来訪ではなく、友人として、観光する感じでの訪問になったので、一緒にやってくる従者さんの人数は少ない。
 周辺に隠れているかもしれないけれど。

 この件も、ミゲルさんに相談したところ、聖堂内観光の最中は、その日、正門を守護している聖騎士さんの一人を、護衛に付けてくれるとのこと。

 今回、ミゲルさんには本当にお世話になってしまった。
 後で多めに作ったお菓子を差し入れしよう。
 あと、正門勤務の聖騎士のお二人にも。


 予定の時間より少し早く、正門から顔を出すと、見知った顔がそこにあった。

 黒い双眸と目が合い、条件反射で微笑み、会釈する。
 彼は、相変わらず完璧な角度で、わたしに頭を下げた。


「あ、お友だちがいらっしゃるって、ローズさんだったんですね?」


 視線の反対側、高い位置から声が降ってくる。
 振り返ると、そこにはいつもの人なつこい微笑み。

 今日の正門守護は、レンさんとラルフさんだったみたい。

 …………。

 あれ?
 親しくさせていただいているお二人で、安心なはずなのに、なんだか気まずい気分なのは、なんでなの?
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