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第三章

聖女候補のお仕事 聖女様のお見送り

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 朝の聖堂は暗い。

 前回来た時もそうだったから、知っていたけれど、やっぱり暗い!
 いや、時間が早いせいで、もっと暗く感じる。

 そして、『前回来た時』なんて考えたせいで、怖い話を思い出してしまった。

 夜中に聖堂の通りを歩く金髪の少女と、歩く死体のお話。

 わかっている。
 まだ幽霊と決めつけるのは早計だ。
 わかってはいるけれど、女の子が夜中に聖堂周辺を歩くっていうのは、やっぱりちょっと異常かな?

 もしかして、聖堂関係者かな?
 とも思ったのだけど、昨日出会った女子寮の面々を思い浮かべる限り、『金髪の少女』という感じの人はいなかった。

 プリシラさんが、亜麻色の髪でいらっしゃるけど、大人っぽい容姿なので、少女という感じではない。

 他に、金色っぽい髪の人は居なかったので、部外者なんだろうな。

 そっちはまだ、人型だから良しとする?
 実際に人間がいた可能性もあるものね。
 色々ひっかかるけど、良しとしよう。

 問題は動く死体よ。
 何で死体って断定されているのかな?
 まさか……腐乱?

 わたしは思考を停止した。
 ゾンビダメな人なんで。

 ところで、この世界、ゾンビって存在するんだろうか。
 聞いたことないけれど。


「お早いですね」

「!!!!!」


 心臓が口から飛び出すかと思った!
 胸を抑えて悲鳴を飲み込む。
 叫ばなかった、わたしは偉い!


「おはようございます。良い朝ですね」


 挨拶の主は、カタリナさんだった。
 朝からキリッとしていて、髪や服装もピシッと決まっている。


 わたしは、カタリナさんに笑顔で向き直った。


「おはようございます。今日からご指導、お願いします」


 頭を下げると、カタリナさんも微笑んでくれる。


「「おはようございます!」」


 次にやって来たのは、神官見習いの女の子たち。
 若い女の子ばかりだから、一気に場が華やいだ。

 
「おはようございます。ローズさん!」

「おはよう。ヨハンナ」


 ヨハンナは、わたしの近くにやって来て、にっこり微笑んだ。
 妹ができたみたいで、ちょっと嬉しい。


「おはよ~」


 次いで、欠伸を噛み殺しながら入ってきたのは、リリアさん。


「では、清掃を始めます」


 カタリナさんが清掃の開始を告げる。

 ん?
 ちょっと待って?
 掃除全員じゃないのね?

 他の聖女候補の先輩たちは?

 周囲を見渡すけど、神官はカタリナさんだけだし、後は補佐の子ばかり七人。
 
 聖女候補は、わたしとリリアさんしかいない。


「他の先輩、掃除来ないらしいわよ。一年目の仕事なんですって」


 ぶぅたれながらも、結構しっかり掃き掃除をしているリリアさんが教えてくれた。

 お掃除とか嫌がるのかと思っていたのだけど、見直したわ!
 よくわからない行動するけど、悪い子では無いのよね。

 王子殿下に並々ならぬ好意があることは分かったけれど、今のところはそれだけ。
 では、前世の記憶があるという訳では無いのかしら?
 
 純粋にヒロインぽい性格をしている子なのか、実は彼女がヒロインなのか。

 不確定要素である事は疑いようも無いから、気をつけて見ていかないといけないけれど、緊急になんとかしなければならない問題では無さそう。

 それに、彼女がヒロインだった場合は、わたしが助けてもらう立場になるかもしれない。
 わたしも、彼女が困っているときは、出来るだけ協力しよう。

 まぁ、それはリリアさんに限ったことではなく、聖堂の人たちや、今後関わる人たちも同様。
 というか、人として当然のことだから、ここで決意するまでもないのだけれど。



 朝のお掃除は簡易的なものだった。

 昨日の夕方に、使用人さんたちがキレイにしてくれているわけだから、たいして汚れてもいないのよね。

 掃き掃除をして、長椅子や祭壇を拭きあげるだけ。
 ただ、広いから、それなりに時間がかかる。


「ローズマリーさん。正面入口を掃いてきて頂けますか?」

「はい!」


 椅子を拭いているカタリナさんに頼まれたので、笑顔で返事をして、入り口を開けた。
 
 外に出ると、正面入口に、警護の聖騎士さんが二人、扉の脇に立っていた。
 夜勤明けの人たちなのかな?
 どこか眠そうな表情をしている。

 二人とも三十代くらい。
 むきむきマッチョで、ベテラン感が凄い。
 初めてお会いする人たちだ。


「おはようございます」

「「おはようございます」」


 微笑んで挨拶すると、二人ともハキハキと挨拶を返してくれた。
 まごうことなき体育会系だ。


「やぁ、新しい聖女候補の方ですね。宜しく」

「はい。ローズマリーです。宜しくお願いします!」


 頭を下げると、お二人は、にこにこと笑顔をかえしてくれた。


 さて、わたしは掃き掃除だ!

 入り口周辺から階段を隅々まで、キレイに掃き清めていく。
 朝から掃除。
 結構気持ちいいかも。


「いやー。今日明けでラッキーだったな。聖女様の御公務で、休みのやつら、午前中、かりだされるんだろ?」

「それな。まぁ、追加で休日給出るから、若い奴らは喜んでたけど。そういや御公務、日帰りが一泊になったの知ってるか?」

「げ。じゃ明日お出迎えで午後出か。俺の休み……。しかし何でまた?王都の外とはいえ、近場だろうに」

「神官長も同行する事になったから、余裕持たせてだってさ」

「またか。あー。そういやあそこ、花町があったか。好きだよな。あの人。そうすると、一般聖騎士は……今日?いや、明日一欠か?」

「そうだな。残る側は、まぁ、問題無いけど。アイツ……ちょっとかわいそうだよな。最近、外仕事ばっかりで、顔も見てないぜ?当日仕事の時は、夜勤から勤務に戻るらしいが、少しは休ませないと、体がもたないんじゃ無いか?本当は、今日も休みだろうに」

「そういえば、昨日の昼過ぎも、事務所で何か書類仕事してたな。気の毒なことだ。二重勤務なんて、何で上は許してるんだ?」

「聖女様が仰って、神官長が決定したんじゃ、誰も文句言えないだろ」

「そんでまた、きっちりこなすから仕事が更に増えるっていうな」

「はー。気の毒なことだ。今度お前手伝ってやれよ」

「バカ言え。うっかり同情的な態度とってみろよ。それこそ神官長に何言われるか分からない」

「難儀だな。年長者には、さっさと引退してもらって、正式に聖女様付きになれるといいな」

「そうすると、一般仕事が山ほどこっちに回ってくるけどな」

「おおっと。それはそれで困るな。ははっ」


 わたしは、聖騎士さんたちの噂話を聞きながら、掃き掃除を終えた。

 どうやら、聖騎士さんたちの間でも、神官長のイメージはあまり良くないみたい。

 って言うか聖職者が花町って……。

 考えるのよそう。
 次顔合わせた時、態度に出ると困るし。

 全体的にキレイになったので、聖騎士さんたちに会釈して、聖堂内に戻る。
 聖堂の中も、あらかた掃除が終わっていたので、全員で寮の食堂へ移動した。


 帰る途中、事務局のあちこちで、掃除をしている神官さんたちに出会う。

 なるほど。
 分担されていて、皆さんあちこちで掃除しているのね。
 これは、毎日しっかり出ないと印象悪いわ。
 気をつけよう。


 寮に戻る途中、広場では、聖騎士さんたちが木剣を手に、実戦形式の鍛錬を行っていた。
 剣のぶつかる音と気合の声で、確かにかなり騒がしい。

 他の女性神官さんや、見習いの娘たちもいるので、あまり見つめるのもはばかられて、何となく横目に見ながら通り過ぎたけれど。
 

 食堂へ行くと、聖女候補の先輩たちと丁度すれ違った。

 プリシラさんは、聖女様の王都外での御公務に随行されるそうで、荷物を両手に事務局へと向かうそうだ。

 そういえば、聖堂の入り口にいた聖騎士さんたちも、そんなことを話していたわね。

 残る二人はのんびりと自室へ戻っていく。
 候補の先輩たち、結構温度差があるわ。

 朝食が終わると、次は事務局内の講堂で、『聖堂について』と『女神さまについて』の学び。

 教えてくださるのは、カタリナさん。

 今日は、教科書を配られただけで、その後は特に、授業は無かった。

 初めてなので、カタリナさんが、聖堂での過ごし方など、質問に答えてくださるみたい。

 ここにも、わたしとリリアさんしかいない。

 不思議に思ったので聞いてみると、詳しく説明してくださった。

 簡単にまとめると、聖女候補一年目は『聖堂や、女神様についての学び』や『聖女としての立ち居振る舞いの習得』を行う。

 二年目以降の先輩たちは、実践しながら学ぶのが、主になるのだそうだ。
 神官さんの仕事を手伝ったり、聖女様の仕事に付き従うのが職務のようで、勉学関係ではあまり一緒にならない。
 
 なるほど!

 それ以外にも、聖堂周辺の地図を下さり、食堂や喫茶店、食材を調達できるお店など教えて頂いた。

 不安だったので、本当に助かります!

 しばらくそんな感じで、Q&Aを行なっていると、突然、聖堂の鐘が大きな音を立てて鳴り始めた。


「この後、聖女様をお見送りに参ります」
 

 カタリナさんが立ち上がるので、それに従う。
 先導されて聖堂へ行くと、神官さん複数名と、聖女候補の先輩二人が、既に控室の前に集まっていた。

 そして、待つことしばし。

 ゆっくりと控え室の扉が開けられ、一人の女性が通路へと歩み出て来た。
 
 その容姿は正に、女神様のよう。

 神聖な空気を身にまとい、周囲がキラキラと輝いているかのように感じる。


『聖女アンジェリカ様』


 豊かな栗色の長い髪は、美しく結い上げられ、明るい緑色の双眸は、ペリドットのように鮮やか。
 意志の強そうな輝きが、その双眸から感じられるのに、それに反して、淡いピンクの口元には、優しげな微笑みを浮かべている。

 聖女様は、わたしたちに気づくと、美しく微笑んで会釈をしてくださった。

 わたしは、慌てて頭を下げる。
 その場にいた人たちも、皆同様に頭を下げている。

 聖女様が目の前を通り過ぎるまで、皆その姿勢だった。


 流石は『聖女』様!

 溢れ出るカリスマオーラが凄まじい。

 わたし、あんな風になれるのかしら?
 完全に気後れしてしまった。


 その後ろを、静々とついて歩くプリシラ様も、寮でお会いした時とは随分雰囲気が違う。
 流石は聖女候補の先輩だ。

 更にその後ろを、ニヤニヤ笑いのマヌエル神官長、神官の男性二名、それと、使用人の女性数名が続く。

 カタリナさんに誘導されて、聖女様御一行の後ろに、わたしたちも続いて歩いた。
 お見送りするだけなのに、何だか身が引き締まる思いがする。

 聖女様が、聖堂の正面入り口から外へ出ると、広場には、そのお姿を拝見しようと、沢山の人たちが集まっていた。

 広場では、二十人近い聖騎士が護衛につき、中央の通路を確保している。

 わたしたちは、階段下まで一行に付き従って歩き、階下で立ち止まる。

 どうやらそこからお見送りをするようだ。

 聖女様は、集まる人たち一人一人に微笑みかけるようにして手を振り、中央をゆっくりと通り抜けていく。
 そして、馬車の前までくると、悠然と振り返った。

 観衆の声に応えるように、柔らかく微笑みながら、もう一度手を振る。

 その神聖で優しげなお姿に、大歓声が上がった。

 出発から、一大セレモニーだわ!

 広場では、歓声が響き渡り、涙を流しながら拝んでいる人たちまでいる。
 
 やがて、聖女様とプリシラ様は、白い馬車に、その他の人たちは、その後ろに続く、落ち着いたブラウンの馬車に乗りこんでいった。


 紫色のフラッグがかけられた白い馬車を、騎乗した六人の聖騎士が守護している。

 一言で言って、壮観だ!

 『聖女様が動く』ということはこういう事なんだな、と否応なく認識した。

 先頭にいる聖騎士団長さんの号令で、馬車がゆっくりと動き出すと、それを守る白馬に乗った聖騎士たちも、等間隔で動き出した。

 『まるで、パレードみたいですよ!』と言っていた、ラルフさんの言葉を思い出す。

 本当だわ!
 あまりの美しい光景に、息を呑んで見惚てしまう。


 そこから少し離れて、神官長たちを乗せた馬車が走り出した。

 ん?

 その後ろに、影のように、もう一人聖騎士が付き従っている。
 丁度、馬の反対側に立っていて姿は見えないけれど、あの艶々な黒い馬……カザハヤ君じゃない?

 全員の出発を確認して、黒馬に飛び乗ったのは、やはりレンさんだった。

 馬車の後ろを守護するように、ゆっくりと走っていく。

 昨日の今日で、また王都の外へ行く勤務なの?
 なんとなく釈然としない。

 
「さぁ。では事務局に戻りますよ」


 カタリナさんの声で、はっと我に帰った。
 心配だけど、今は自分のことに集中しなきゃ!

 わたしは、カタリナさんの後に続いて、聖堂へ戻った。
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