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第三章
聖女候補のお仕事 聖女様のお見送り
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朝の聖堂は暗い。
前回来た時もそうだったから、知っていたけれど、やっぱり暗い!
いや、時間が早いせいで、もっと暗く感じる。
そして、『前回来た時』なんて考えたせいで、怖い話を思い出してしまった。
夜中に聖堂の通りを歩く金髪の少女と、歩く死体のお話。
わかっている。
まだ幽霊と決めつけるのは早計だ。
わかってはいるけれど、女の子が夜中に聖堂周辺を歩くっていうのは、やっぱりちょっと異常かな?
もしかして、聖堂関係者かな?
とも思ったのだけど、昨日出会った女子寮の面々を思い浮かべる限り、『金髪の少女』という感じの人はいなかった。
プリシラさんが、亜麻色の髪でいらっしゃるけど、大人っぽい容姿なので、少女という感じではない。
他に、金色っぽい髪の人は居なかったので、部外者なんだろうな。
そっちはまだ、人型だから良しとする?
実際に人間がいた可能性もあるものね。
色々ひっかかるけど、良しとしよう。
問題は動く死体よ。
何で死体って断定されているのかな?
まさか……腐乱?
わたしは思考を停止した。
ゾンビダメな人なんで。
ところで、この世界、ゾンビって存在するんだろうか。
聞いたことないけれど。
「お早いですね」
「!!!!!」
心臓が口から飛び出すかと思った!
胸を抑えて悲鳴を飲み込む。
叫ばなかった、わたしは偉い!
「おはようございます。良い朝ですね」
挨拶の主は、カタリナさんだった。
朝からキリッとしていて、髪や服装もピシッと決まっている。
わたしは、カタリナさんに笑顔で向き直った。
「おはようございます。今日からご指導、お願いします」
頭を下げると、カタリナさんも微笑んでくれる。
「「おはようございます!」」
次にやって来たのは、神官見習いの女の子たち。
若い女の子ばかりだから、一気に場が華やいだ。
「おはようございます。ローズさん!」
「おはよう。ヨハンナ」
ヨハンナは、わたしの近くにやって来て、にっこり微笑んだ。
妹ができたみたいで、ちょっと嬉しい。
「おはよ~」
次いで、欠伸を噛み殺しながら入ってきたのは、リリアさん。
「では、清掃を始めます」
カタリナさんが清掃の開始を告げる。
ん?
ちょっと待って?
掃除全員じゃないのね?
他の聖女候補の先輩たちは?
周囲を見渡すけど、神官はカタリナさんだけだし、後は補佐の子ばかり七人。
聖女候補は、わたしとリリアさんしかいない。
「他の先輩、掃除来ないらしいわよ。一年目の仕事なんですって」
ぶぅたれながらも、結構しっかり掃き掃除をしているリリアさんが教えてくれた。
お掃除とか嫌がるのかと思っていたのだけど、見直したわ!
よくわからない行動するけど、悪い子では無いのよね。
王子殿下に並々ならぬ好意があることは分かったけれど、今のところはそれだけ。
では、前世の記憶があるという訳では無いのかしら?
純粋にヒロインぽい性格をしている子なのか、実は彼女がヒロインなのか。
不確定要素である事は疑いようも無いから、気をつけて見ていかないといけないけれど、緊急になんとかしなければならない問題では無さそう。
それに、彼女がヒロインだった場合は、わたしが助けてもらう立場になるかもしれない。
わたしも、彼女が困っているときは、出来るだけ協力しよう。
まぁ、それはリリアさんに限ったことではなく、聖堂の人たちや、今後関わる人たちも同様。
というか、人として当然のことだから、ここで決意するまでもないのだけれど。
朝のお掃除は簡易的なものだった。
昨日の夕方に、使用人さんたちがキレイにしてくれているわけだから、たいして汚れてもいないのよね。
掃き掃除をして、長椅子や祭壇を拭きあげるだけ。
ただ、広いから、それなりに時間がかかる。
「ローズマリーさん。正面入口を掃いてきて頂けますか?」
「はい!」
椅子を拭いているカタリナさんに頼まれたので、笑顔で返事をして、入り口を開けた。
外に出ると、正面入口に、警護の聖騎士さんが二人、扉の脇に立っていた。
夜勤明けの人たちなのかな?
どこか眠そうな表情をしている。
二人とも三十代くらい。
むきむきマッチョで、ベテラン感が凄い。
初めてお会いする人たちだ。
「おはようございます」
「「おはようございます」」
微笑んで挨拶すると、二人ともハキハキと挨拶を返してくれた。
まごうことなき体育会系だ。
「やぁ、新しい聖女候補の方ですね。宜しく」
「はい。ローズマリーです。宜しくお願いします!」
頭を下げると、お二人は、にこにこと笑顔をかえしてくれた。
さて、わたしは掃き掃除だ!
入り口周辺から階段を隅々まで、キレイに掃き清めていく。
朝から掃除。
結構気持ちいいかも。
「いやー。今日明けでラッキーだったな。聖女様の御公務で、休みのやつら、午前中、かりだされるんだろ?」
「それな。まぁ、追加で休日給出るから、若い奴らは喜んでたけど。そういや御公務、日帰りが一泊になったの知ってるか?」
「げ。じゃ明日お出迎えで午後出か。俺の休み……。しかし何でまた?王都の外とはいえ、近場だろうに」
「神官長も同行する事になったから、余裕持たせてだってさ」
「またか。あー。そういやあそこ、花町があったか。好きだよな。あの人。そうすると、一般聖騎士は……今日?いや、明日一欠か?」
「そうだな。残る側は、まぁ、問題無いけど。アイツ……ちょっとかわいそうだよな。最近、外仕事ばっかりで、顔も見てないぜ?当日仕事の時は、夜勤から勤務に戻るらしいが、少しは休ませないと、体がもたないんじゃ無いか?本当は、今日も休みだろうに」
「そういえば、昨日の昼過ぎも、事務所で何か書類仕事してたな。気の毒なことだ。二重勤務なんて、何で上は許してるんだ?」
「聖女様が仰って、神官長が決定したんじゃ、誰も文句言えないだろ」
「そんでまた、きっちりこなすから仕事が更に増えるっていうな」
「はー。気の毒なことだ。今度お前手伝ってやれよ」
「バカ言え。うっかり同情的な態度とってみろよ。それこそ神官長に何言われるか分からない」
「難儀だな。年長者には、さっさと引退してもらって、正式に聖女様付きになれるといいな」
「そうすると、一般仕事が山ほどこっちに回ってくるけどな」
「おおっと。それはそれで困るな。ははっ」
わたしは、聖騎士さんたちの噂話を聞きながら、掃き掃除を終えた。
どうやら、聖騎士さんたちの間でも、神官長のイメージはあまり良くないみたい。
って言うか聖職者が花町って……。
考えるのよそう。
次顔合わせた時、態度に出ると困るし。
全体的にキレイになったので、聖騎士さんたちに会釈して、聖堂内に戻る。
聖堂の中も、あらかた掃除が終わっていたので、全員で寮の食堂へ移動した。
帰る途中、事務局のあちこちで、掃除をしている神官さんたちに出会う。
なるほど。
分担されていて、皆さんあちこちで掃除しているのね。
これは、毎日しっかり出ないと印象悪いわ。
気をつけよう。
寮に戻る途中、広場では、聖騎士さんたちが木剣を手に、実戦形式の鍛錬を行っていた。
剣のぶつかる音と気合の声で、確かにかなり騒がしい。
他の女性神官さんや、見習いの娘たちもいるので、あまり見つめるのも憚られて、何となく横目に見ながら通り過ぎたけれど。
食堂へ行くと、聖女候補の先輩たちと丁度すれ違った。
プリシラさんは、聖女様の王都外での御公務に随行されるそうで、荷物を両手に事務局へと向かうそうだ。
そういえば、聖堂の入り口にいた聖騎士さんたちも、そんなことを話していたわね。
残る二人はのんびりと自室へ戻っていく。
候補の先輩たち、結構温度差があるわ。
朝食が終わると、次は事務局内の講堂で、『聖堂について』と『女神さまについて』の学び。
教えてくださるのは、カタリナさん。
今日は、教科書を配られただけで、その後は特に、授業は無かった。
初めてなので、カタリナさんが、聖堂での過ごし方など、質問に答えてくださるみたい。
ここにも、わたしとリリアさんしかいない。
不思議に思ったので聞いてみると、詳しく説明してくださった。
簡単にまとめると、聖女候補一年目は『聖堂や、女神様についての学び』や『聖女としての立ち居振る舞いの習得』を行う。
二年目以降の先輩たちは、実践しながら学ぶのが、主になるのだそうだ。
神官さんの仕事を手伝ったり、聖女様の仕事に付き従うのが職務のようで、勉学関係ではあまり一緒にならない。
なるほど!
それ以外にも、聖堂周辺の地図を下さり、食堂や喫茶店、食材を調達できるお店など教えて頂いた。
不安だったので、本当に助かります!
しばらくそんな感じで、Q&Aを行なっていると、突然、聖堂の鐘が大きな音を立てて鳴り始めた。
「この後、聖女様をお見送りに参ります」
カタリナさんが立ち上がるので、それに従う。
先導されて聖堂へ行くと、神官さん複数名と、聖女候補の先輩二人が、既に控室の前に集まっていた。
そして、待つことしばし。
ゆっくりと控え室の扉が開けられ、一人の女性が通路へと歩み出て来た。
その容姿は正に、女神様のよう。
神聖な空気を身にまとい、周囲がキラキラと輝いているかのように感じる。
『聖女アンジェリカ様』
豊かな栗色の長い髪は、美しく結い上げられ、明るい緑色の双眸は、ペリドットのように鮮やか。
意志の強そうな輝きが、その双眸から感じられるのに、それに反して、淡いピンクの口元には、優しげな微笑みを浮かべている。
聖女様は、わたしたちに気づくと、美しく微笑んで会釈をしてくださった。
わたしは、慌てて頭を下げる。
その場にいた人たちも、皆同様に頭を下げている。
聖女様が目の前を通り過ぎるまで、皆その姿勢だった。
流石は『聖女』様!
溢れ出るカリスマオーラが凄まじい。
わたし、あんな風になれるのかしら?
完全に気後れしてしまった。
その後ろを、静々とついて歩くプリシラ様も、寮でお会いした時とは随分雰囲気が違う。
流石は聖女候補の先輩だ。
更にその後ろを、ニヤニヤ笑いのマヌエル神官長、神官の男性二名、それと、使用人の女性数名が続く。
カタリナさんに誘導されて、聖女様御一行の後ろに、わたしたちも続いて歩いた。
お見送りするだけなのに、何だか身が引き締まる思いがする。
聖女様が、聖堂の正面入り口から外へ出ると、広場には、そのお姿を拝見しようと、沢山の人たちが集まっていた。
広場では、二十人近い聖騎士が護衛につき、中央の通路を確保している。
わたしたちは、階段下まで一行に付き従って歩き、階下で立ち止まる。
どうやらそこからお見送りをするようだ。
聖女様は、集まる人たち一人一人に微笑みかけるようにして手を振り、中央をゆっくりと通り抜けていく。
そして、馬車の前までくると、悠然と振り返った。
観衆の声に応えるように、柔らかく微笑みながら、もう一度手を振る。
その神聖で優しげなお姿に、大歓声が上がった。
出発から、一大セレモニーだわ!
広場では、歓声が響き渡り、涙を流しながら拝んでいる人たちまでいる。
やがて、聖女様とプリシラ様は、白い馬車に、その他の人たちは、その後ろに続く、落ち着いたブラウンの馬車に乗りこんでいった。
紫色のフラッグがかけられた白い馬車を、騎乗した六人の聖騎士が守護している。
一言で言って、壮観だ!
『聖女様が動く』ということはこういう事なんだな、と否応なく認識した。
先頭にいる聖騎士団長さんの号令で、馬車がゆっくりと動き出すと、それを守る白馬に乗った聖騎士たちも、等間隔で動き出した。
『まるで、パレードみたいですよ!』と言っていた、ラルフさんの言葉を思い出す。
本当だわ!
あまりの美しい光景に、息を呑んで見惚てしまう。
そこから少し離れて、神官長たちを乗せた馬車が走り出した。
ん?
その後ろに、影のように、もう一人聖騎士が付き従っている。
丁度、馬の反対側に立っていて姿は見えないけれど、あの艶々な黒い馬……カザハヤ君じゃない?
全員の出発を確認して、黒馬に飛び乗ったのは、やはりレンさんだった。
馬車の後ろを守護するように、ゆっくりと走っていく。
昨日の今日で、また王都の外へ行く勤務なの?
なんとなく釈然としない。
「さぁ。では事務局に戻りますよ」
カタリナさんの声で、はっと我に帰った。
心配だけど、今は自分のことに集中しなきゃ!
わたしは、カタリナさんの後に続いて、聖堂へ戻った。
前回来た時もそうだったから、知っていたけれど、やっぱり暗い!
いや、時間が早いせいで、もっと暗く感じる。
そして、『前回来た時』なんて考えたせいで、怖い話を思い出してしまった。
夜中に聖堂の通りを歩く金髪の少女と、歩く死体のお話。
わかっている。
まだ幽霊と決めつけるのは早計だ。
わかってはいるけれど、女の子が夜中に聖堂周辺を歩くっていうのは、やっぱりちょっと異常かな?
もしかして、聖堂関係者かな?
とも思ったのだけど、昨日出会った女子寮の面々を思い浮かべる限り、『金髪の少女』という感じの人はいなかった。
プリシラさんが、亜麻色の髪でいらっしゃるけど、大人っぽい容姿なので、少女という感じではない。
他に、金色っぽい髪の人は居なかったので、部外者なんだろうな。
そっちはまだ、人型だから良しとする?
実際に人間がいた可能性もあるものね。
色々ひっかかるけど、良しとしよう。
問題は動く死体よ。
何で死体って断定されているのかな?
まさか……腐乱?
わたしは思考を停止した。
ゾンビダメな人なんで。
ところで、この世界、ゾンビって存在するんだろうか。
聞いたことないけれど。
「お早いですね」
「!!!!!」
心臓が口から飛び出すかと思った!
胸を抑えて悲鳴を飲み込む。
叫ばなかった、わたしは偉い!
「おはようございます。良い朝ですね」
挨拶の主は、カタリナさんだった。
朝からキリッとしていて、髪や服装もピシッと決まっている。
わたしは、カタリナさんに笑顔で向き直った。
「おはようございます。今日からご指導、お願いします」
頭を下げると、カタリナさんも微笑んでくれる。
「「おはようございます!」」
次にやって来たのは、神官見習いの女の子たち。
若い女の子ばかりだから、一気に場が華やいだ。
「おはようございます。ローズさん!」
「おはよう。ヨハンナ」
ヨハンナは、わたしの近くにやって来て、にっこり微笑んだ。
妹ができたみたいで、ちょっと嬉しい。
「おはよ~」
次いで、欠伸を噛み殺しながら入ってきたのは、リリアさん。
「では、清掃を始めます」
カタリナさんが清掃の開始を告げる。
ん?
ちょっと待って?
掃除全員じゃないのね?
他の聖女候補の先輩たちは?
周囲を見渡すけど、神官はカタリナさんだけだし、後は補佐の子ばかり七人。
聖女候補は、わたしとリリアさんしかいない。
「他の先輩、掃除来ないらしいわよ。一年目の仕事なんですって」
ぶぅたれながらも、結構しっかり掃き掃除をしているリリアさんが教えてくれた。
お掃除とか嫌がるのかと思っていたのだけど、見直したわ!
よくわからない行動するけど、悪い子では無いのよね。
王子殿下に並々ならぬ好意があることは分かったけれど、今のところはそれだけ。
では、前世の記憶があるという訳では無いのかしら?
純粋にヒロインぽい性格をしている子なのか、実は彼女がヒロインなのか。
不確定要素である事は疑いようも無いから、気をつけて見ていかないといけないけれど、緊急になんとかしなければならない問題では無さそう。
それに、彼女がヒロインだった場合は、わたしが助けてもらう立場になるかもしれない。
わたしも、彼女が困っているときは、出来るだけ協力しよう。
まぁ、それはリリアさんに限ったことではなく、聖堂の人たちや、今後関わる人たちも同様。
というか、人として当然のことだから、ここで決意するまでもないのだけれど。
朝のお掃除は簡易的なものだった。
昨日の夕方に、使用人さんたちがキレイにしてくれているわけだから、たいして汚れてもいないのよね。
掃き掃除をして、長椅子や祭壇を拭きあげるだけ。
ただ、広いから、それなりに時間がかかる。
「ローズマリーさん。正面入口を掃いてきて頂けますか?」
「はい!」
椅子を拭いているカタリナさんに頼まれたので、笑顔で返事をして、入り口を開けた。
外に出ると、正面入口に、警護の聖騎士さんが二人、扉の脇に立っていた。
夜勤明けの人たちなのかな?
どこか眠そうな表情をしている。
二人とも三十代くらい。
むきむきマッチョで、ベテラン感が凄い。
初めてお会いする人たちだ。
「おはようございます」
「「おはようございます」」
微笑んで挨拶すると、二人ともハキハキと挨拶を返してくれた。
まごうことなき体育会系だ。
「やぁ、新しい聖女候補の方ですね。宜しく」
「はい。ローズマリーです。宜しくお願いします!」
頭を下げると、お二人は、にこにこと笑顔をかえしてくれた。
さて、わたしは掃き掃除だ!
入り口周辺から階段を隅々まで、キレイに掃き清めていく。
朝から掃除。
結構気持ちいいかも。
「いやー。今日明けでラッキーだったな。聖女様の御公務で、休みのやつら、午前中、かりだされるんだろ?」
「それな。まぁ、追加で休日給出るから、若い奴らは喜んでたけど。そういや御公務、日帰りが一泊になったの知ってるか?」
「げ。じゃ明日お出迎えで午後出か。俺の休み……。しかし何でまた?王都の外とはいえ、近場だろうに」
「神官長も同行する事になったから、余裕持たせてだってさ」
「またか。あー。そういやあそこ、花町があったか。好きだよな。あの人。そうすると、一般聖騎士は……今日?いや、明日一欠か?」
「そうだな。残る側は、まぁ、問題無いけど。アイツ……ちょっとかわいそうだよな。最近、外仕事ばっかりで、顔も見てないぜ?当日仕事の時は、夜勤から勤務に戻るらしいが、少しは休ませないと、体がもたないんじゃ無いか?本当は、今日も休みだろうに」
「そういえば、昨日の昼過ぎも、事務所で何か書類仕事してたな。気の毒なことだ。二重勤務なんて、何で上は許してるんだ?」
「聖女様が仰って、神官長が決定したんじゃ、誰も文句言えないだろ」
「そんでまた、きっちりこなすから仕事が更に増えるっていうな」
「はー。気の毒なことだ。今度お前手伝ってやれよ」
「バカ言え。うっかり同情的な態度とってみろよ。それこそ神官長に何言われるか分からない」
「難儀だな。年長者には、さっさと引退してもらって、正式に聖女様付きになれるといいな」
「そうすると、一般仕事が山ほどこっちに回ってくるけどな」
「おおっと。それはそれで困るな。ははっ」
わたしは、聖騎士さんたちの噂話を聞きながら、掃き掃除を終えた。
どうやら、聖騎士さんたちの間でも、神官長のイメージはあまり良くないみたい。
って言うか聖職者が花町って……。
考えるのよそう。
次顔合わせた時、態度に出ると困るし。
全体的にキレイになったので、聖騎士さんたちに会釈して、聖堂内に戻る。
聖堂の中も、あらかた掃除が終わっていたので、全員で寮の食堂へ移動した。
帰る途中、事務局のあちこちで、掃除をしている神官さんたちに出会う。
なるほど。
分担されていて、皆さんあちこちで掃除しているのね。
これは、毎日しっかり出ないと印象悪いわ。
気をつけよう。
寮に戻る途中、広場では、聖騎士さんたちが木剣を手に、実戦形式の鍛錬を行っていた。
剣のぶつかる音と気合の声で、確かにかなり騒がしい。
他の女性神官さんや、見習いの娘たちもいるので、あまり見つめるのも憚られて、何となく横目に見ながら通り過ぎたけれど。
食堂へ行くと、聖女候補の先輩たちと丁度すれ違った。
プリシラさんは、聖女様の王都外での御公務に随行されるそうで、荷物を両手に事務局へと向かうそうだ。
そういえば、聖堂の入り口にいた聖騎士さんたちも、そんなことを話していたわね。
残る二人はのんびりと自室へ戻っていく。
候補の先輩たち、結構温度差があるわ。
朝食が終わると、次は事務局内の講堂で、『聖堂について』と『女神さまについて』の学び。
教えてくださるのは、カタリナさん。
今日は、教科書を配られただけで、その後は特に、授業は無かった。
初めてなので、カタリナさんが、聖堂での過ごし方など、質問に答えてくださるみたい。
ここにも、わたしとリリアさんしかいない。
不思議に思ったので聞いてみると、詳しく説明してくださった。
簡単にまとめると、聖女候補一年目は『聖堂や、女神様についての学び』や『聖女としての立ち居振る舞いの習得』を行う。
二年目以降の先輩たちは、実践しながら学ぶのが、主になるのだそうだ。
神官さんの仕事を手伝ったり、聖女様の仕事に付き従うのが職務のようで、勉学関係ではあまり一緒にならない。
なるほど!
それ以外にも、聖堂周辺の地図を下さり、食堂や喫茶店、食材を調達できるお店など教えて頂いた。
不安だったので、本当に助かります!
しばらくそんな感じで、Q&Aを行なっていると、突然、聖堂の鐘が大きな音を立てて鳴り始めた。
「この後、聖女様をお見送りに参ります」
カタリナさんが立ち上がるので、それに従う。
先導されて聖堂へ行くと、神官さん複数名と、聖女候補の先輩二人が、既に控室の前に集まっていた。
そして、待つことしばし。
ゆっくりと控え室の扉が開けられ、一人の女性が通路へと歩み出て来た。
その容姿は正に、女神様のよう。
神聖な空気を身にまとい、周囲がキラキラと輝いているかのように感じる。
『聖女アンジェリカ様』
豊かな栗色の長い髪は、美しく結い上げられ、明るい緑色の双眸は、ペリドットのように鮮やか。
意志の強そうな輝きが、その双眸から感じられるのに、それに反して、淡いピンクの口元には、優しげな微笑みを浮かべている。
聖女様は、わたしたちに気づくと、美しく微笑んで会釈をしてくださった。
わたしは、慌てて頭を下げる。
その場にいた人たちも、皆同様に頭を下げている。
聖女様が目の前を通り過ぎるまで、皆その姿勢だった。
流石は『聖女』様!
溢れ出るカリスマオーラが凄まじい。
わたし、あんな風になれるのかしら?
完全に気後れしてしまった。
その後ろを、静々とついて歩くプリシラ様も、寮でお会いした時とは随分雰囲気が違う。
流石は聖女候補の先輩だ。
更にその後ろを、ニヤニヤ笑いのマヌエル神官長、神官の男性二名、それと、使用人の女性数名が続く。
カタリナさんに誘導されて、聖女様御一行の後ろに、わたしたちも続いて歩いた。
お見送りするだけなのに、何だか身が引き締まる思いがする。
聖女様が、聖堂の正面入り口から外へ出ると、広場には、そのお姿を拝見しようと、沢山の人たちが集まっていた。
広場では、二十人近い聖騎士が護衛につき、中央の通路を確保している。
わたしたちは、階段下まで一行に付き従って歩き、階下で立ち止まる。
どうやらそこからお見送りをするようだ。
聖女様は、集まる人たち一人一人に微笑みかけるようにして手を振り、中央をゆっくりと通り抜けていく。
そして、馬車の前までくると、悠然と振り返った。
観衆の声に応えるように、柔らかく微笑みながら、もう一度手を振る。
その神聖で優しげなお姿に、大歓声が上がった。
出発から、一大セレモニーだわ!
広場では、歓声が響き渡り、涙を流しながら拝んでいる人たちまでいる。
やがて、聖女様とプリシラ様は、白い馬車に、その他の人たちは、その後ろに続く、落ち着いたブラウンの馬車に乗りこんでいった。
紫色のフラッグがかけられた白い馬車を、騎乗した六人の聖騎士が守護している。
一言で言って、壮観だ!
『聖女様が動く』ということはこういう事なんだな、と否応なく認識した。
先頭にいる聖騎士団長さんの号令で、馬車がゆっくりと動き出すと、それを守る白馬に乗った聖騎士たちも、等間隔で動き出した。
『まるで、パレードみたいですよ!』と言っていた、ラルフさんの言葉を思い出す。
本当だわ!
あまりの美しい光景に、息を呑んで見惚てしまう。
そこから少し離れて、神官長たちを乗せた馬車が走り出した。
ん?
その後ろに、影のように、もう一人聖騎士が付き従っている。
丁度、馬の反対側に立っていて姿は見えないけれど、あの艶々な黒い馬……カザハヤ君じゃない?
全員の出発を確認して、黒馬に飛び乗ったのは、やはりレンさんだった。
馬車の後ろを守護するように、ゆっくりと走っていく。
昨日の今日で、また王都の外へ行く勤務なの?
なんとなく釈然としない。
「さぁ。では事務局に戻りますよ」
カタリナさんの声で、はっと我に帰った。
心配だけど、今は自分のことに集中しなきゃ!
わたしは、カタリナさんの後に続いて、聖堂へ戻った。
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