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第四章
調整役兼軍師不在の無理ゲー対策
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休日。
現在、わたしは借りてきたばかりの本を、聖堂の椅子に座って、開いている。
部屋まで帰れば良いのだけど、ちょうどお昼に近い時間帯。
寮で、リリアさんや他の聖女候補の皆さんと、バッタリ会うのが面倒だったのだ。
何も予定が無ければ、是非一緒に食事にでも行きたいところだけど、今日はどうしてもそんな気になれない。
というのも、先週からわたしの頭の中は『ユーリーさん不在事件』で一杯だったから。
ユーリーさんがいない!となれば、数年後までに軍事のことも多少は頭に入れておかなければ、国の防衛なんて出来っこない。
焦燥感に駆られて、わたしは朝早くから図書館へ行き、差し当たって一番簡単そうな、兵法の本を借りて来た。
聖堂の中は暗いけど、目が慣れれば案外文字は読める。
観光客も数人は居るけれど、暗いから、わたしに相当興味を示さない限りは、何をしているかなど確かめはしないよね?
ペラペラページをめくりながら内容を理解しようと努める。
でも、それも数分だけのことだった。
わたしは、思わずその場で頭を垂れた。
あ~ダメだ。
全然イメージ出来ないわ。
少なくとも、陸上戦の本じゃダメなことはわかった。
この本は『騎士一人は兵十人分』などの、大まかな陸上戦に於ける戦術の本だったみたい。
そもそも敵は海から来るのよね?
と言うことは、船を使っての海上戦になるのかな?
海上戦ってどんな事態になるんだろう。
と言うか海上戦なの?
どちらかと言うと上陸戦かな?
しかも防衛側。
そんな知識この国に有るのかな?
正直わたしには荷が重い。
前世も平和だったもの。
前回はお父様が撃退した訳だけど、あの人、どちらかと言うと行き当たりばったりの天才肌だから、どうやって撃退したかなんて、覚えているか怪しい。
誰も知識が無くて、兵法得意なユーリーさんは王子殿下付きにいない。
……調整役兼軍師不在。
それなんて無理ゲー?
「なかなか過激な本を読んでいるね?聖堂で、女の子が軍策?」
「は!」
わたしは、思わず本を後ろ手に隠した。
まずい!
注目して見ていた人が居たみたい!
はたからみたら、かなりいかれた光景だったよね?
せめてカバーくらい、しておけば良かった。
……今更だけど。
「ええと!」
どなた?
見上げると、薄茶色の肩まで届く細くて柔らかそうな髪をかき上げながら、こちらを覗き込む青年。
ややタレ気味の琥珀の瞳は、とても色気がある。
「なかなか興味深いシチュエーションだね。うん。おれは嫌いじゃ無いかな」
柔らかく笑みを浮かべる青年。
ええと。
この状況を、どう説明すれば良いのかしら。
ちょっと軍事に興味があって?
とか?
聖堂で?
いやいや。
完全に異常者だから、それ。
困惑していると、職員通用口が静かに開き、制服姿のレンさんが顔を出した。
「ユリシーズさん。お待たせしました」
「やあ。レン君!わざわざ顔を出してもらって悪かったな」
レンさんは、足早にこちらにやってきた。
ええと、この方はレンさんを訪ねていらっしゃったのかな?
とりあえず、何も言わないのもアレなので、挨拶を。
「こんにちは」
「ローズさん?……こんにちは」
わたしを見止めると、レンさんは僅かに首を傾げ、でもすぐいつも通り挨拶をしてくれました。
「レンさんのお知り合いの方でしたか」
青年に向かって尋ねると、彼は爽やかに微笑んだ。
「ええ、借り物を返しにね」
困った。
不味いところを見られたかも。
行きずりの方だったら問題ない……訳ではないけれど、もう会うことも無いだろうから良かった。
まさかレンさんの知り合いだったとは。
この奇行をレンさんに知られるのは、なんかヤダな。
彼は、小さな包みをわたしの目の前に取り出し、見せながら言う。
「今日休みって聞いてたから、こいつを返して、ついでに飯でも奢ろうと思ってたんだけど」
なんと!
物を貸し借りしたり、食事を一緒にする仲なの?
ますますまずいわ。
「さっき裏門に行ったら、腹ペコ君が伝言頼まれてるって出て来てくれて、急遽勤務だと聞いたわけさ。結構人使い荒いね。君のところ」
……腹ペコくん。
ラルフさんかな。
この方は人や状況を的確に見ているなぁ。
そうなんですよ。
人使い荒いんですよ。
しかも、レンさんに対しては特にね。
「約束していたのに、申し訳ないです。急遽、神官長の護衛が入りまして」
表情はいつも通りだけど、申し訳無さそうにレンさんが言う。
うわ。
よりによって神官長の護衛。
お気に入りの聖騎士さんに頼めば良いのに!
神官長の顔を思い出し、内心イラッとつつ、二人の様子を眺める。
あれ?
そういえばこの絵面は、何処かで見たことがある。
…………。
…………。
あ。
思い出した!
よく見たら、わたしが王都についた時の門兵さんで、レンさんを構っていた人だ!
「ローズさん。こちらはユリシーズさんです。王国騎士団所属で……」
「第三の城壁南門の門兵だ。ユリシーズ=パルヴィン。宜しく。」
「はじめまして。ローズマリー=マグダレーンです。聖堂で……働いています」
わたしは立ち上がってご挨拶させて頂いた。
「マグダレーン?まさか英雄の?」
「ええ。娘です」
「おぉぉ。お会いできて光栄です!」
「こちらこそ」
お父様のネームバリュー。
プライスレス。
「レン君もだけどお嬢さんも、おれのことはユーリーと呼んでくれていいよ?」
お父様は王国騎士上がりだし、一気に親近感を感じて頂けたようだ。こちらに向かって完璧なウインクが飛んでくる。
っはは。
更にレンさんにもウインクしている。
あ。
レンさんが一歩下がった。
文字通り引いているのかしら。
表情は変わらないけど。
ところで、今、ユーリーさんとおっしゃった?
まさか、あの、ユーリーさん?
肩書き全然違うけど。
登場の仕方も違うけど。
人や状況を的確に見ているところといい、色気の滲む甘いマスクといい、この天然の人たらしっぽい雰囲気といい。
確定とは言えないけど、なんとなく間違いない気がする。
「クルス君。そろそろ時間だよ。早くした方がいい」
年配の聖騎士さんが職員通用口から顔を出し、声をかけてきた。
「はい。すぐ行きます」
レンさんは振り返ると、そちらに返事をする。
そして、ユーリーさんに向き直ると頭を下げた。
「ユリシーズさん、すぐ出なければいけないので、すみませんがこれで……」
「ユーリーね。ああ。いいよ。また来るさ」
「いえ。何度もご足労頂いては申し訳無いですし、前回も言いましたが、返して頂かなくても」
「ああ。今渡されても邪魔かな?これは、腹ペコ君に渡しとくよ。それとは別に、今度手合わせ願うって言ったろう?そのついでに、次こそ飯でも奢らせてくれ。あの時は本当に助かったから、礼をさせてほしい」
「…………」
あれ?
レンさんが固まってる。
困惑している?
珍しいな。
押しつけられる好意に、どう対処したら良いのかわからないのかな?
「勝手に来るだけだから、そんな難しく考えなくて良いって。今度門を通る時、次の休み教えて?」
「……わかりました。時間ですので、すみません」
軽く会釈し、レンさんは事務局へ戻っていった。
「じゃあ、ローズマリー様?腹ペコ君も誘って、ご飯食べに行こうか!」
「!?」
突然、こちらを向いて微笑むユーリーさん。
「わたしですか?」
「レン君の穴を埋めると思って付き合ってよ。ここで本を読んでたってことは、今日お休みなんでしょ?」
一瞬考えたけど、悪い話では無い。
あんなにもお会いしたかったユーリーさんだし、お近付きになるには最高の機会だ。
「わたしで良ければ。直ぐに準備を……」
「財布なら要らないよ?御馳走するから」
「え、でも」
初対面の方に御馳走になって良いものかしら?
一応お金は多少持っているけれど。
まごついていると、ユーリーさんは爽やかに笑った。
「年長者に恥をかかせるものじゃ無い。さ!いこうっ!」
「!……ありがとうございます」
思った以上にお兄ちゃん気質だ。
いっそ心地いいくらい、ぐいぐいくる。
おもわず笑ってしまった。
ユーリーさんはキョトンとした顔で、一瞬わたしをみたけど、その後優しく笑った。
「へぇ。君は笑顔がとってもチャーミングだ!」
迂闊。
その場で赤面してしまったと思う。
顔が熱いもの。
コレが人たらしの本領発揮なの?!
さらっと褒めてくる。
しかも全く不快感を感じない。
もう間違いない。
ユーリーさん、この人だよ!!
でも、今は門兵なのね。
本来だったら王子殿下つきの騎士になっているはずなのに。
やっぱりお兄様が王子殿下付きになった事が影響している気がする。
「ユリシーズさ~ん!レン先輩に会えました?」
聖堂の正面入り口から、ラルフさんが顔を出した。
白いシャツに、カーキ色綿素材の少しダボっとしたパンツといった、ラフな感じの私服姿だ。
背が高いし、足が長いから、そう言う格好もよく似合う。
「あ、ローズさんだ!こんにちは」
「ラルフさん。こんにちは」
笑顔でかえすと、ラルフさんも人懐こい笑みを浮かべてくれる。
「腹ペコ君。ラルフ君ていうんだ?」
「はい。ラルフ=バナーです。オレ腹ペコな印象なんだ」
自覚ないのか!
衝撃の事実だわ。
「あぁ。ほら王都内勤務で君たちと被ったんだけど。今年の冬の聖女様の守護」
ラルフさんは少し考えるように目線を上げると、頷いた。
「あ~。オレの初めての外仕事だ」
「へぇ。そうだったんだ?」
「ええ。あの時は前情報、一応先輩から貰ってたんですけど、緊張と想像以上の寒さで死にかけたっす」
「ああ。あの日は本当に寒かった」
大変だなぁ。
冬に野外で警護。
「君、あの時、帰り際『腹減ったっす~』てレン君に泣きついてたでしょ?」
「うっわ。みられてたんだ!恥ずかしいっす」
顔を赤らめながら、ぼやくラルフさん。
状況が容易に想像できて、笑ってしまう。
ラルフさんは本当に可愛い人だ。
「自覚なさそうだけど、君たち目立つからね?結構」
確かに!
先日の聖堂での一件もそうだけど、長身で逞しいのに、どこかあどけなさの残る少年顔という、アンバランスさが魅力的なラルフさんと、細身で無表情だけど、どこか異国感漂ようシュッとした美人顔のレンさんが並んで立っていたら目を引くよね。
しかもあの制服姿で。
わたしも初めて見た時、テンションあがったっけなぁ。
「う~。気をつけます」
ラルフさんは、しゅんとして反省しているようだ。
ラルフさんは本当に以下略。
「よし!そんなラルフ君にお兄さんが、昼メシを奢ってあげよう!こちらのお嬢様も連れていくから、どっか美味いとこ教えて?」
「ホントっすか?」
んー。
あれだ。
ラルフさんに、なんかケモ耳と尻尾が生えてる幻覚が見える。
しかも尻尾は、元気いっぱいに振られている。
系統的には柴犬系?
いや。
サイズ考えるとラブラドールかな。
こうやって餌付け……もとい、仲間の信頼を勝ち得ていくわけね。
流石の手腕だわ。
「あ!じゃ、レアなところ連れて行きますよ!」
「おっ!何それ。詳しく」
「聖堂関係者には内緒でお願いします。レン先輩行き付けのとこなんですが……」
「え?」
わたし聖堂関係者。
思わず自分を指差すと、ラルフさんは一瞬わたしを見てニヤっと悪い顔で笑った。
ラルフさん。
そんな顔もするんだ。
「ローズさんなら大丈夫だと思うんで。ナイショにしてくださいね!」
「あ、はい!」
「なんで内緒?」
興味深々に聞くユーリーさん。
「先輩、関係者はおろか他の聖騎士とも、滅多に食事行ったりしないっすから、知られたく無いと思ってたら悪いですし」
「何で君は知ってるの?」
「お恥ずかしながら、月末になると毎度金欠で……オレ人より、エンゲル係数高いらしくて」
そうでしょうね。
旅先で、人の最低二倍は食べていたことを思い出す。
ユーリーさんも、うんうん、と頷いている
「最初の月末に飢えてたら、ついて来るといいって言ってくれて、それ以降も月末になると、何も言わずに飯奢ってくれたんですよ。先輩、当時オレの指導担当だったんで。今も一応、同じ組なんで、休みがかぶれば、おごってくれますし」
なるほど!
それで、ラルフさんはレンさんに懐いているのね。
既に餌付けが完了していたんだ。
……レンさんに餌付けする気が有ったかは怪しいけれど。
「へぇ!彼やっぱり人が良いなぁ。それじゃぁ、聖堂で立ち話もなんだし、そろそろ移動しようか」
ユーリーさんに促されて、私たちは正門側から聖堂を出ることにした。
現在、わたしは借りてきたばかりの本を、聖堂の椅子に座って、開いている。
部屋まで帰れば良いのだけど、ちょうどお昼に近い時間帯。
寮で、リリアさんや他の聖女候補の皆さんと、バッタリ会うのが面倒だったのだ。
何も予定が無ければ、是非一緒に食事にでも行きたいところだけど、今日はどうしてもそんな気になれない。
というのも、先週からわたしの頭の中は『ユーリーさん不在事件』で一杯だったから。
ユーリーさんがいない!となれば、数年後までに軍事のことも多少は頭に入れておかなければ、国の防衛なんて出来っこない。
焦燥感に駆られて、わたしは朝早くから図書館へ行き、差し当たって一番簡単そうな、兵法の本を借りて来た。
聖堂の中は暗いけど、目が慣れれば案外文字は読める。
観光客も数人は居るけれど、暗いから、わたしに相当興味を示さない限りは、何をしているかなど確かめはしないよね?
ペラペラページをめくりながら内容を理解しようと努める。
でも、それも数分だけのことだった。
わたしは、思わずその場で頭を垂れた。
あ~ダメだ。
全然イメージ出来ないわ。
少なくとも、陸上戦の本じゃダメなことはわかった。
この本は『騎士一人は兵十人分』などの、大まかな陸上戦に於ける戦術の本だったみたい。
そもそも敵は海から来るのよね?
と言うことは、船を使っての海上戦になるのかな?
海上戦ってどんな事態になるんだろう。
と言うか海上戦なの?
どちらかと言うと上陸戦かな?
しかも防衛側。
そんな知識この国に有るのかな?
正直わたしには荷が重い。
前世も平和だったもの。
前回はお父様が撃退した訳だけど、あの人、どちらかと言うと行き当たりばったりの天才肌だから、どうやって撃退したかなんて、覚えているか怪しい。
誰も知識が無くて、兵法得意なユーリーさんは王子殿下付きにいない。
……調整役兼軍師不在。
それなんて無理ゲー?
「なかなか過激な本を読んでいるね?聖堂で、女の子が軍策?」
「は!」
わたしは、思わず本を後ろ手に隠した。
まずい!
注目して見ていた人が居たみたい!
はたからみたら、かなりいかれた光景だったよね?
せめてカバーくらい、しておけば良かった。
……今更だけど。
「ええと!」
どなた?
見上げると、薄茶色の肩まで届く細くて柔らかそうな髪をかき上げながら、こちらを覗き込む青年。
ややタレ気味の琥珀の瞳は、とても色気がある。
「なかなか興味深いシチュエーションだね。うん。おれは嫌いじゃ無いかな」
柔らかく笑みを浮かべる青年。
ええと。
この状況を、どう説明すれば良いのかしら。
ちょっと軍事に興味があって?
とか?
聖堂で?
いやいや。
完全に異常者だから、それ。
困惑していると、職員通用口が静かに開き、制服姿のレンさんが顔を出した。
「ユリシーズさん。お待たせしました」
「やあ。レン君!わざわざ顔を出してもらって悪かったな」
レンさんは、足早にこちらにやってきた。
ええと、この方はレンさんを訪ねていらっしゃったのかな?
とりあえず、何も言わないのもアレなので、挨拶を。
「こんにちは」
「ローズさん?……こんにちは」
わたしを見止めると、レンさんは僅かに首を傾げ、でもすぐいつも通り挨拶をしてくれました。
「レンさんのお知り合いの方でしたか」
青年に向かって尋ねると、彼は爽やかに微笑んだ。
「ええ、借り物を返しにね」
困った。
不味いところを見られたかも。
行きずりの方だったら問題ない……訳ではないけれど、もう会うことも無いだろうから良かった。
まさかレンさんの知り合いだったとは。
この奇行をレンさんに知られるのは、なんかヤダな。
彼は、小さな包みをわたしの目の前に取り出し、見せながら言う。
「今日休みって聞いてたから、こいつを返して、ついでに飯でも奢ろうと思ってたんだけど」
なんと!
物を貸し借りしたり、食事を一緒にする仲なの?
ますますまずいわ。
「さっき裏門に行ったら、腹ペコ君が伝言頼まれてるって出て来てくれて、急遽勤務だと聞いたわけさ。結構人使い荒いね。君のところ」
……腹ペコくん。
ラルフさんかな。
この方は人や状況を的確に見ているなぁ。
そうなんですよ。
人使い荒いんですよ。
しかも、レンさんに対しては特にね。
「約束していたのに、申し訳ないです。急遽、神官長の護衛が入りまして」
表情はいつも通りだけど、申し訳無さそうにレンさんが言う。
うわ。
よりによって神官長の護衛。
お気に入りの聖騎士さんに頼めば良いのに!
神官長の顔を思い出し、内心イラッとつつ、二人の様子を眺める。
あれ?
そういえばこの絵面は、何処かで見たことがある。
…………。
…………。
あ。
思い出した!
よく見たら、わたしが王都についた時の門兵さんで、レンさんを構っていた人だ!
「ローズさん。こちらはユリシーズさんです。王国騎士団所属で……」
「第三の城壁南門の門兵だ。ユリシーズ=パルヴィン。宜しく。」
「はじめまして。ローズマリー=マグダレーンです。聖堂で……働いています」
わたしは立ち上がってご挨拶させて頂いた。
「マグダレーン?まさか英雄の?」
「ええ。娘です」
「おぉぉ。お会いできて光栄です!」
「こちらこそ」
お父様のネームバリュー。
プライスレス。
「レン君もだけどお嬢さんも、おれのことはユーリーと呼んでくれていいよ?」
お父様は王国騎士上がりだし、一気に親近感を感じて頂けたようだ。こちらに向かって完璧なウインクが飛んでくる。
っはは。
更にレンさんにもウインクしている。
あ。
レンさんが一歩下がった。
文字通り引いているのかしら。
表情は変わらないけど。
ところで、今、ユーリーさんとおっしゃった?
まさか、あの、ユーリーさん?
肩書き全然違うけど。
登場の仕方も違うけど。
人や状況を的確に見ているところといい、色気の滲む甘いマスクといい、この天然の人たらしっぽい雰囲気といい。
確定とは言えないけど、なんとなく間違いない気がする。
「クルス君。そろそろ時間だよ。早くした方がいい」
年配の聖騎士さんが職員通用口から顔を出し、声をかけてきた。
「はい。すぐ行きます」
レンさんは振り返ると、そちらに返事をする。
そして、ユーリーさんに向き直ると頭を下げた。
「ユリシーズさん、すぐ出なければいけないので、すみませんがこれで……」
「ユーリーね。ああ。いいよ。また来るさ」
「いえ。何度もご足労頂いては申し訳無いですし、前回も言いましたが、返して頂かなくても」
「ああ。今渡されても邪魔かな?これは、腹ペコ君に渡しとくよ。それとは別に、今度手合わせ願うって言ったろう?そのついでに、次こそ飯でも奢らせてくれ。あの時は本当に助かったから、礼をさせてほしい」
「…………」
あれ?
レンさんが固まってる。
困惑している?
珍しいな。
押しつけられる好意に、どう対処したら良いのかわからないのかな?
「勝手に来るだけだから、そんな難しく考えなくて良いって。今度門を通る時、次の休み教えて?」
「……わかりました。時間ですので、すみません」
軽く会釈し、レンさんは事務局へ戻っていった。
「じゃあ、ローズマリー様?腹ペコ君も誘って、ご飯食べに行こうか!」
「!?」
突然、こちらを向いて微笑むユーリーさん。
「わたしですか?」
「レン君の穴を埋めると思って付き合ってよ。ここで本を読んでたってことは、今日お休みなんでしょ?」
一瞬考えたけど、悪い話では無い。
あんなにもお会いしたかったユーリーさんだし、お近付きになるには最高の機会だ。
「わたしで良ければ。直ぐに準備を……」
「財布なら要らないよ?御馳走するから」
「え、でも」
初対面の方に御馳走になって良いものかしら?
一応お金は多少持っているけれど。
まごついていると、ユーリーさんは爽やかに笑った。
「年長者に恥をかかせるものじゃ無い。さ!いこうっ!」
「!……ありがとうございます」
思った以上にお兄ちゃん気質だ。
いっそ心地いいくらい、ぐいぐいくる。
おもわず笑ってしまった。
ユーリーさんはキョトンとした顔で、一瞬わたしをみたけど、その後優しく笑った。
「へぇ。君は笑顔がとってもチャーミングだ!」
迂闊。
その場で赤面してしまったと思う。
顔が熱いもの。
コレが人たらしの本領発揮なの?!
さらっと褒めてくる。
しかも全く不快感を感じない。
もう間違いない。
ユーリーさん、この人だよ!!
でも、今は門兵なのね。
本来だったら王子殿下つきの騎士になっているはずなのに。
やっぱりお兄様が王子殿下付きになった事が影響している気がする。
「ユリシーズさ~ん!レン先輩に会えました?」
聖堂の正面入り口から、ラルフさんが顔を出した。
白いシャツに、カーキ色綿素材の少しダボっとしたパンツといった、ラフな感じの私服姿だ。
背が高いし、足が長いから、そう言う格好もよく似合う。
「あ、ローズさんだ!こんにちは」
「ラルフさん。こんにちは」
笑顔でかえすと、ラルフさんも人懐こい笑みを浮かべてくれる。
「腹ペコ君。ラルフ君ていうんだ?」
「はい。ラルフ=バナーです。オレ腹ペコな印象なんだ」
自覚ないのか!
衝撃の事実だわ。
「あぁ。ほら王都内勤務で君たちと被ったんだけど。今年の冬の聖女様の守護」
ラルフさんは少し考えるように目線を上げると、頷いた。
「あ~。オレの初めての外仕事だ」
「へぇ。そうだったんだ?」
「ええ。あの時は前情報、一応先輩から貰ってたんですけど、緊張と想像以上の寒さで死にかけたっす」
「ああ。あの日は本当に寒かった」
大変だなぁ。
冬に野外で警護。
「君、あの時、帰り際『腹減ったっす~』てレン君に泣きついてたでしょ?」
「うっわ。みられてたんだ!恥ずかしいっす」
顔を赤らめながら、ぼやくラルフさん。
状況が容易に想像できて、笑ってしまう。
ラルフさんは本当に可愛い人だ。
「自覚なさそうだけど、君たち目立つからね?結構」
確かに!
先日の聖堂での一件もそうだけど、長身で逞しいのに、どこかあどけなさの残る少年顔という、アンバランスさが魅力的なラルフさんと、細身で無表情だけど、どこか異国感漂ようシュッとした美人顔のレンさんが並んで立っていたら目を引くよね。
しかもあの制服姿で。
わたしも初めて見た時、テンションあがったっけなぁ。
「う~。気をつけます」
ラルフさんは、しゅんとして反省しているようだ。
ラルフさんは本当に以下略。
「よし!そんなラルフ君にお兄さんが、昼メシを奢ってあげよう!こちらのお嬢様も連れていくから、どっか美味いとこ教えて?」
「ホントっすか?」
んー。
あれだ。
ラルフさんに、なんかケモ耳と尻尾が生えてる幻覚が見える。
しかも尻尾は、元気いっぱいに振られている。
系統的には柴犬系?
いや。
サイズ考えるとラブラドールかな。
こうやって餌付け……もとい、仲間の信頼を勝ち得ていくわけね。
流石の手腕だわ。
「あ!じゃ、レアなところ連れて行きますよ!」
「おっ!何それ。詳しく」
「聖堂関係者には内緒でお願いします。レン先輩行き付けのとこなんですが……」
「え?」
わたし聖堂関係者。
思わず自分を指差すと、ラルフさんは一瞬わたしを見てニヤっと悪い顔で笑った。
ラルフさん。
そんな顔もするんだ。
「ローズさんなら大丈夫だと思うんで。ナイショにしてくださいね!」
「あ、はい!」
「なんで内緒?」
興味深々に聞くユーリーさん。
「先輩、関係者はおろか他の聖騎士とも、滅多に食事行ったりしないっすから、知られたく無いと思ってたら悪いですし」
「何で君は知ってるの?」
「お恥ずかしながら、月末になると毎度金欠で……オレ人より、エンゲル係数高いらしくて」
そうでしょうね。
旅先で、人の最低二倍は食べていたことを思い出す。
ユーリーさんも、うんうん、と頷いている
「最初の月末に飢えてたら、ついて来るといいって言ってくれて、それ以降も月末になると、何も言わずに飯奢ってくれたんですよ。先輩、当時オレの指導担当だったんで。今も一応、同じ組なんで、休みがかぶれば、おごってくれますし」
なるほど!
それで、ラルフさんはレンさんに懐いているのね。
既に餌付けが完了していたんだ。
……レンさんに餌付けする気が有ったかは怪しいけれど。
「へぇ!彼やっぱり人が良いなぁ。それじゃぁ、聖堂で立ち話もなんだし、そろそろ移動しようか」
ユーリーさんに促されて、私たちは正門側から聖堂を出ることにした。
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食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。
だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。
しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。
そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。
二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。
だが彼女は知らなかった。
三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。
知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。
※完結しました。
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