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第三章

『聖女』候補の顔合わせ

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 夕刻、新しく支給された服に袖を通す。

 新しい服って、着ると気分が引き締まるよね!

 服は、立ち襟の神官服のようなデザインで、下はロングスカート。
 色は紺。

 着る色は、階級によって変わるみたい。
 ミゲルさんから頂いた資料に書いてあった。

 金と紫は聖女様。

 神官長と聖女候補は紺色。

 聖騎士は、便宜上、この階級らしく、制服の色は紺色。
 聖女直属の扱い、ということになるらしい。
 例え実質、神官に顎で使われていたとしても!

 白は、神官長補佐。
 ミゲルさんやマルコさんは、この階級なのね。

 神官長がいるのは中央聖堂だけで、各都市にある聖堂のトップは、この階級の人たちがなる。

 一般の神官は、淡い灰色。

 神官見習いは黒になるかと思いきや、濃い灰色なのですって。

 何か理由がありそうだけど、おいおい学んでいけば良いかな?



 定刻より少し早めに、身嗜みを整えて、女子寮の食堂へ。

 朝と夜は、寮の食堂で毎日食事が頂ける。
 昼は、仕事がある日は事務局にある食堂で、無い日は各自自由に、となっている。

 寮のキッチンは、許可を取れば自由に使うことができるそう。

 せっかくだから料理の勉強を本気で検討しようかな?
 今度、使用人さんに、調理器具の使い方を聞いてみよう。


 他にもわからないことが、いくつかある。

 例えば、食材の調達とかは、どうするのかしら?
 王都に買い物とか、行けるのかな?

 作る余裕がない時に、すぐ食べられるようなものを買えるお店とか、近くにあるのかしら?

 聖騎士や神官は、お休みが不定期らしいけど、聖女候補は基本、週の頭二日がお休み。
 みんなで出かけたりとかも、しているのかな?

 実はわたし、前世も今世も、一人でお店に行って、お買い物とか食事って、した経験がない。
 そういうことも出来る様にならないと。

 期待半分、不安半分。

 色々分からないことが出てきたので、メモ書きしておこう。
 後で女性神官さんやリリアさん、ミゲルさん、仲良くなれそうなら聖女候補の先輩に聞いてみなければ。





 食堂は一階。

 今日は聖女候補と女性神官、女性の神官見習い全員が、一堂に集まるそう。
 この食堂は、それなりの大きさがあるので、狭くは感じないけれど。
 
 さて、現在の食堂。
 来ている人は、まだそれほど多くない。
 神官さんと見習いの方が、数人といったところかな?

 食堂に入る時に会釈すると、にこやかに迎え入れてくれ、席を教えてくださった。

 対応してくれたのは、高齢の女性神官さんで、カタリナさんと仰る方。
 背が高く痩せていて、黒縁の細い眼鏡をかけている。
 眼鏡のせいで、小さく見える瞳は灰色っぽく、ロマンスグレーの髪を、後ろで一纏めに束ねている。

 とても親切に対応してくださったけど、何処と無く厳格な雰囲気。
 女史って感じね。
 お話しさせて頂くと、背筋が伸びる。
 カッコいい女性だなぁ。
 ちょっと憧れる。

 教えて頂いたテーブルに向かうと、席に名札が付けられていたので、そこに座って待つことに。

 今日はそれぞれ、役職ごとに席が分けられているみたい。

 カタリナさんの説明によると、普段は決められた時間の範囲内であれば、いつ来ても良いし、座る場所も適当で良いらしい。


 このカタリナさん。

 神官歴も長そうだし、聖堂のあらゆることに精通していそう。
 タイミングが合えば、色々教えて頂きたいな。
 ちょっと近寄りがたい雰囲気を醸し出しているけど、わたしは結構好きなタイプだ。



 定刻になると、食堂内は一気に賑やかになった。
 続々と人が入ってきては、各々の席へ着席していく。

 わたしの席の隣はリリアさんで、お向かいに三人、紺色の神官服の女性が座った。

 聖女候補の先輩方だ。

 とりあえず、顔を合わせた段階で、一度立ち上がり挨拶をした。先輩たちは座ったままだったけど、会釈してくれた。

 うー。
 緊張する!


 全員が席に着くと、使用人の方が、テーブルに料理を用意してくれた。

 宗教施設だから、肉類はでないのかな?
 ……何て思うのは、前世での常識のせいだったと気づいたよね。

 並べられた料理は、定食風で、メインディッシュは、しっかりステーキだった。

 『生き物に苦痛を与えて、それを食べるのは悪だ』という考え方は、この世界には存在しない。

 動物が可哀想?
 草や花、野菜だって生き物でしょう。
 可哀想だと言うのなら、いっそ食べること自体をお辞めなさい。

 頂く?
 そうですか。
 命を頂戴するのだから、残さず全部頂きなさい。
 
 という、前世で言うところのヴィーガン真っ青な教えが、まかり通っている。

 ついでに、生臭は不浄という考え方も無い。

 でも、魔物(獣型)は不浄だから食べちゃダメ!なのだそうだ。
 あまり見かける機会も無いので、一生食べることは無いと思うけど。


 カタリナさんが立ち上がり、挨拶をしたので、そちらへ目線を送る。
 やはりと言うべきか、女性神官のトップはカタリナさんだった。


「本日より新しく加わる、聖女候補の方をご紹介致します」


 目線を向けられたので、立ち上がり、一礼する。
 カーテシーと言われる淑女の礼ではなく、いわゆるお辞儀の方。


「ローズマリーです。今日からお世話になります」


 皆さんが拍手をしてくれたので、微笑んで、もう一度頭を下げる。

 その後、カタリナさんが座るよう勧めてくれたので、腰を下ろした。


「皆さん。親切にしてあげてください。では神の恵みに感謝を」


 全員目を閉じ、胸の前で手を組んで、今日の恵みを女神に感謝する。

 祈る時って、なんとなく、こういう動作になるのかな?
 ここは、この世界も、それほど変わらない。


 カタリナさんが席に座り、食事が始まった。

 
 さて。

 食事が始まったからと言って、いきなり食べ始められるほど、わたしは図太くできていない。

 目の前に座る、初対面の御令嬢三人の様子を、伏し目がちに探っていると、


「緊張なさらず、召し上がって?わたくしたちも、食事を頂きながら自己紹介させて頂きますわ」

 三人の中央に座る候補の女性が話し始めることにより、場の空気は少しだけ和らいだ。

 スラリとした痩身で、亜麻色のゆるいウェーブがかかった長い髪に、ディープブルーの瞳。
 そして、口調から察するに、おそらく貴族の御令嬢。


「はい!お気遣い頂き嬉しいです」


 笑顔でお礼を言うと、彼女は余裕のある笑みを浮かべた。


「よろしくてよ。私は、プリシラ=オルセーですわ。宜しく」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 オルセー様。
 由緒正しき伯爵様のお名前だわ。

 歴史が古く、高名な伯爵。
 ただ、最近、経済状況が思わしく無いという、ややナーバスな噂も耳にする。
 
 家柄については、本人から言われない限り、話題に出さない方が良さそうね。


「私はマデリーンよ」
 
 次に自己紹介してくれたのは、プリシラさんの右隣に座る女性。
 やや赤みのあるとび色の髪は、セミロング。
 つぶらな瞳の色も似たような色合い。
 体型がふくよかで、話し方もゆっくりで、何処かおっとりとした印象。


「リッチ財団の娘さんですのよ」


 プリシラさんが、補足してくれた。

 リッチ財団は、地方都市と王都を繋ぐ物流で財をなした財団で、王国屈指の大商人。


「そうなんですか。よろしくお願いします」

「困ったことがあったら言ってね?」

「はい。ありがとうございます」


 生まれながらのお金持ちって、こんなにも穏やかな感じなのね。
 ほわほわしていて、話しかけやすそう。


 ここで、何故か会話が一度途切れた。

 もう1人の女性をみると、どこかおどおどとして、小さくなっている。


「タチアナさん?あなたの番ですわよ?」


 呆れた顔で言うプリシラさん。

 うん。
 力関係を理解したわ。


「……タチアナ=ライトです。よろしく」


 ぼそぼそと、小さな声で呟くタチアナさん。


「よろしくお願いします」

 可能な限り、人好きのする笑顔を向けてみる。
 怖く無いですよ~。
 大丈夫!
 
 タチアナさんは、少し表情を綻ばせてくれた。
 良かった。

 彼女は、濃茶色の髪を後ろで束ねている。
 瞳の色も深い茶色で、頬にそばかす。
 そばかす仲間だわ。
 身長は小柄で、わたしよりも小さいかも?


 全員の紹介が済むと、プリシラさんが会話を引き取った。


わたくしたちは、聖女候補。同胞であるけれども、ライバルですわ。だから、馴れ合いは致しませんことよ」


 ビシッと人差し指を立てて、仰った。


「でも、先輩でもあるから、何でも聞いていただいて結構ですわ」

「よろしくお願いします」

「では、美味しく頂きましょう」


 そんなわけで、ようやく食事ですよ!
 お昼を抜いたから、お腹すいたー!


「マリーさん。あの後、お昼食べたの?夕食に差し支えそう」


 となりで、既に半分食べ終わっているリリアさんが、尋ねてきた。

 あの状況で、しっかり食べてたのね?
 その、神経の図太さ。
 侮れないわ!


「実は、あの後寝てしまって。食べていないから大丈夫よ。とても美味しいわ」


 コーンスープを飲みこんでから答えると、周りの空気が凍る。

 え?
 何か不味いこと言っちゃったかしら。


「昼食が出なかったと、言うことですの?」


 プリシラさんの言葉は、氷にように冷たい。
 それを聞いて、食堂内の空気が凍る。


「配膳を担当したのはだれ?」


 カタリナさんが立ち上がった。
 先程は穏やかだった声が、厳しいものに変わる。

 カタカタと、椅子ごと全身を震わせている少女に視線が集まる。


「ヨハンナ」

「すみません!すみません!!」


 まだ成人していないだろう少女が、震えながら立ち上がり、カタリナさんに向かって謝罪を始めた。

 顔色は真っ青で目線も定まらず、目元は涙が膜を張っている。

 思ったより大事になってしまった。
 迂闊なことを口にしてしまったことを悔いる。


「あ、すみません!彼女は持ってきてくれていたと思います」


 差し出がましいとは思ったけど、口を挟む。
 今にも気絶してしまいそうなほど、少女は怯えていた。


「わたしが寝ていて、気付かなかったのだと思います。少し疲れていたので、深く入ってしまっていたのかも!」


 これは嘘。

 確かに仕事を怠ったことを叱られるのは当然ではあるけれど、時間を考えれば、彼女だけに非がある訳ではない。
 どっちかと言うと、悪いのは神官ちょ……こほん。


「本当ですか?ヨハンナ」


 カタリナさんの声は、まだ厳しい。

 ヨハンナは、ただ震えるだけで、意識が朦朧としている感じだ。
 これ以上責めたら、泡を拭いて倒れてしまいそう。

 カタリナさんも分かっているのか、追求はそこで終わった。


「ローズマリーさんに、後でお詫びをしておくように。掛けなさい」

「……はい」


 放心状態で、ヨハンナは椅子に掛けた。

 思った以上に、職務の不備には厳しいのかもしれない。
 わたしも気をつけよう。


 その後も、なんとなくピリピリした空気で、その晩の食事は終わった。

 席を立つ直前、プリシラ様がわたしに目線をむけた。


「甘やかすのは良くなくてよ。立場を忘れ、直ぐにつけ上がるのですから」

「肝に命じます」
 

 『立場を忘れ、つけあがる』と言うのは、よく分からないけど、『一人に甘くすると集団全体の規律が乱れる』ということは理解出来る。

 真摯な視線をプリシラさんへ向けて、頭を下げると、彼女は『わかればいいのですわ』と口に笑みを浮かべた。

 流石は伯爵令嬢だわ。
 わたしも、広い視野を持てるよう注意しよう。

 さて、使った食器を食器返却台へ運んだら、次はお風呂かな。

 通路へ出ると、


「ローズマリーさまぁ!」


 後ろから声をかけられた。
 
 振り向くと、先程の少女。
 ええと。
 ヨハンナ?

 慌ててこちらにかけよろうとして、何も無いところで躓き、顔からべしょっと転んだ。

 ……ドジっ子なの?


「大丈夫?」


 顔を抑えてしゃがみ込んでいる少女の元へいき、顔の様子を見る。
 おでこが赤くなって腫れている。

 少しこぶになっているかな?


「夜、吐き気がしたら、念のため医務室に行ったほうがいいわ」


 痛くないよう、そっとおでこを撫でてあげると、ヨハンナは顔を赤面させて、目に一杯涙を溜めながら、こくこくと頷いた。

 うん。
 良い子。

 わたしが立ち上がっても、しばらくわたしが撫でたあたりを、自分でナデナデしている。

 まだ十歳くらいかしら?
 栗色の髪を耳の下で二つに束ねている。
 大きな黒っぽい瞳が可愛らしい。

 こんなに小さいうちから働いているなんて、大変だなぁ。


「それではね?」
 

 わたしが言うと、ヨハンナはビクっ!として立ち上がり、


「待ってください!お昼の、はいぜんっ!すいませんでした!!」


 深く深く頭を下げる。

 ああ。
 お詫びに来てくれたのね。

 肩を震わせ、頭を下げ続ける少女を、とても愛おしく感じる。

 
「今回のことは、気にしなくていいわ。時間が時間だったものね」

 わたしは、微笑みながらヨハンナの頭を撫でた。

「『重要なのは、同じミスを繰り返さないこと』と、いつも母がわたしに言うのよ。頭をあげて?」


 ヨハンナは、顔を上げてわたしをみる。


「わたしも、来たばかりでわからないことだらけなの。色々教えてね?」


 ヨハンナはコクコクと頷いた。


「差し当たり、お風呂について教えて欲しいのだけど……」


 冗談っぽく言うと、ヨハンナは、にっこり笑って大きく頷いてくれた。

「はい!後でお部屋へ迎えにいきますね!」



 その日は、ヨハンナと一緒にお風呂に行って、ゆっくり温泉を堪能したのでした。

 はぁ。
 ごくらく極楽。
 温泉最高!
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