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第三章

早起きは三文の徳

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 翌朝。

 わたしは、早くに目を覚ました。
 朝起きるのはちょっと得意なの。
 
 『早起きは三文の徳!』

 前世のお母さんが、毎朝そう言いながら病室に来てくれた事が影響しているのかな。

 多分わたしのせいで、経済的に苦しかったのだと思う。
 正社員でバリバリ働いていたお母さんは、出勤前に必ずわたしの病室により、頭を撫でながら言っていた。


『おかげで今日もあなたに会えた』と。


 とても嬉しかったことを、心が覚えている。
 顔とかは大分忘れてしまっているけれど、今でもわたしの大好きな人だ。



 子どもの時から、何となく早く起きる習慣がついたのは、お父様とお兄様が朝鍛錬を行っていた影響だと思う。

 十歳になるまでは、わたしも一緒になって護身術なんかを習ったりもしていた。

 十歳を超えてからは、お母様と朝のお散歩をするのが日課になった。
 その後、強烈なダンスレッスンが始まるのだけど、それも今となっては良い思い出……よね?

 旅の最中はしていなかったけど、それまでは毎日の習慣になっていたし、朝の散歩は頭がすっきりするので大好き。

 せっかくだから散策も兼ねて、今日は寮の周りを歩いてみようかしら。

 その後、聖女候補のお仕事である「聖堂の清掃」があるので、服も神官服に着替えておけば良いわね。
 


 服を着替えて部屋を出ると、廊下の窓から聖騎士さんの寮と、芝生の生えた広場が見える。

 あれ?
 視界の隅に、何か動くものを捉えて、そちらを見下ろすと、広場の中で人影が動いているのが見えた。

 こんなに早い時間に?
 まだ、日が出たばかりの時間。
 ちょっとだけ、負けた気がする。

 見覚えのある細身の人影。

 うん。
 っていうか、レンさんだわ。
 
 ストレッチをしているのかな?
 サラサラの黒髪が揺れている。

 個人的な朝鍛錬?
 それとも、この後、他の聖騎士さんたちも来るのかしら?

 そんなことを思いながら眺めていると、レンさんが、突如、バッ!と、顔を上げてこちらを見た。

 え?

 もしかして、視線に気付いた?
 どういう察知能力しているんだろう。
 結構離れているし、こっちは建物の中なのに。
 
 薄暗いし遠いから、はっきりと見えない。

 でも多分だけど、視線が合っている気がするので、頭を下げる。
 レンさんも頭を下げたので、見えているのだとわかる。
 目がとってもいいのね!

 このままでは、覗き見をしていたみたいで、なんとなく気まずい。
 わたしは急いで階段を降り、寮から出た。


 レンさんは広場の隅で、黙々とストレッチをしていた。

 うん。
 アキレス腱。
 大事ですよね!


「おはようございます!早いんですね!」


 張り気味に声をかけると、彼はこちらを向いて、頭を下げた。


「おはようございます。旅の疲れは、とれましたか?」
 

 いつもと同じ無表情だけど、口調はとても柔らかい。
 アンバランスだけど、そこも素敵!


「はい!早く起きたので、お散歩をしようと。レンさんは鍛錬ですか?」

「はい。毎朝ここで、聖騎士の鍛錬があります」


 なるほど。

 この広場は、聖騎士さんの鍛錬場だったのね!
 他の聖騎士さんは、まだ来ていないみたいだけど……。  
 先に個人で、鍛錬するつもりなのかな?

 レンさんは、表情は変えず、しかし声音だけはやや申し訳なさそうに続ける。


「……騒がしくて、ご迷惑かと思いますが」

「そんなことないです。朝から大変ですね」

「いえ。強制では無いですし、全体の鍛錬の有無に関わらず、どうせやることですので」

「……そうですか!さすがですね」


 もう。
 さすがとしか言いようがない。

 でも、騎士って、そういうものかもね。
 お父様やお兄様も、そういう感じだもの。


 鍛錬の邪魔になってはいけないので、そろそろお暇した方が良いかしら?


「では、わたしは少し散歩して来ます」

「はい。……その、どちらを歩く予定ですか?」


 少し考えるように間を空けた後、レンさんが尋ねてきたので、取り敢えず考えていたことを答える。


「今日は寮の周りを歩いてみようかと」

「それでしたら……。聖騎士寮と塀の間の通路に、花畑がありますよ。北側で日照条件が悪いので、時期がずれて、今、丁度満開です」


 それ、なんて素敵情報!?
 嬉しくて、頬が緩んでしまう。


「ありがとうございます!早速行ってみます!」


 レンさんは目元を少し和らげた。

 出会った当初は、変化したかどうかはっきり分からなかったけど、旅の間で大分わかるようになった……気がする。
 ……確実かどうかは、ちょっと自信ないけど。


「一度ロータリーに出て、裏門へ行くと分かると思います」

「分かりました」


 丁寧に道順を教えてくれたので、笑顔で頷く。
 ついでに、考えていたことを聞いてみようかな。


「戻って来たら、見学させて頂いても?」


 レンさんは、一瞬止まった。
 そして、少し考えてから、答える。


「お目にかけるほど、大したものでは」


 ご謙遜をーっ‼︎
 レンさん、そういう人だよね?
 にこにこしながら顔を見つめると、やや視線を逸らしながら、


「興味が有るようでしたら、どうぞ」


 と、許可をくれた。

 わーい!
 あとで見に来よう!

 レンさんと別れると、言われた通り、一度ロータリーへ出て、門まで進む。
 左手を見ると、聖騎士さんの寮と塀の間に、思っていたよりずっと広い通路があった。

 塀沿いには、スミレのような小さなお花が咲いていて可愛いらしい。

 でも、お花畑と言っていたから、これのことではないよね?

 もう少し進んでみよう。

 のんびり歩を進めるうちに、辺りはだいぶ明るくなって来た。

 寮の中程まで進んで、はっと息を飲む。

 あぁ。
 ここのことだ!!

 花畑と言っていたので、花壇のような物を想像していたのだけど、全く違った。
 
 それは、まごう事なき、お花畑だった。

 塀伝いに、寮の真北から西側一面、鮮やかな黄色で埋め尽くされている。

 水仙の花だった。

 誰かが植えたのが、増えてしまったのかしら?
 それとも、誰かが少しづつ増やしているのかな?

 しっかり手入れがされている様なので、後者かも知れない。

 レンさんに聞けばわかるかな?

 あまりの絶景に、テンションが上がる。
 何より、この景色を見せてあげようと思ってくれた、その心遣いが嬉しい。

 早起きは三文の徳。

 本当よね。
 朝からなんだか、とても幸福な気分だ。
 良い一日になりそう!

 スキップしたい気分で、右手に広がる水仙畑を見ながら、散歩を続けた。





 ぐるっと一周して、鍛錬場に戻って来ると、レンさんは、今度は走り込みをしていた。

 準備にしっかり時間をかけている。
 きっと怪我とか少ないんだろうな。

 鍛錬場の周辺には、いくつか木製のベンチが置かれていたので、わたしは一番隅にあるものに座って、静かに見学させて頂くことにした。

 先程、あの距離で、わたしが見ていることに気づいたくらいだから、きっと戻って来たことも、レンさんは気付いているだろうけど、見学すると言ってあるので、邪魔にはならないと思う。


 前方向への走り込みが済むと、今度は後ろ方向。

 部活動ってこんな感じかしら?
 かっこいい先輩いると、つい眺めちゃうって、わかるわ!


「レン先輩、早いっすよ~!」


 あ!
 ラルフさんが来た。

 寮から、小走りで出てくるラルフさん。

 あ、寝癖が!
 そんなところも、なんだかお茶目だ。

 レンさんは、丁度逆走が終わったようで、立ち止まってラルフさんに挨拶している。


「おはよう。ゆっくり休めたか?」

「はい。お陰様で、あの後ゆっくり……って、そうじゃ無かった!昨日、夕飯の時、ニコさんから聞いたんすけど、あの後、書類仕事やらなんやら、全部終わらせたって、マジすか?」

「ああ。もう提出した」

「マジか。えっ、昨日午後休ですよね?」

「……そうだな。他に仕事が無かったから捗った」

「規定では、一週間以内の提出でいい書類ですよね?」

「神官長が可及的速かに、と言っていたから」

「その日のうちにやるなら、せめて声かけて下さいよ。オレ。明後日勤務の時に、手伝おうと思ってたのに」

「…………。それは悪かった」

「いや、先輩が謝るところじゃないと思うんですけど……むしろ」

「いや。今後、書類を任される事も有るだろうから、説明すべきだった。書類が戻って来たらやり方の説明をする」

「……そう言う意味で言ったんじゃ無いんすけど。……じゃあ。お願いします」

「ああ」

 
 話の方向性が、若干噛み合って無いな~。
 などと、眺めながら考える。

 ラルフさんは、多分、レンさんのことを心配している。
 本来分担すべき仕事を、一人で終わらせてしまったのね。
 二人とも休みだったのに、レンさんだけに働かせてしまったことを、申し訳なく思っているのかもしれない。

 レンさんは、昨日神官長に嫌味ったらしく言われていたから、文字通り、可及的速やかに(可能な限り速く)書類を出した。
 ただ、それにより、後輩から『書類の作り方を習う機会』を奪ってしまった事を、悪かったと思っている。

 お互いを思いやってのすれ違いだから、問題は無さそうだけど……。


「あれ~っ⁈ローズマリーさんがいる‼︎」

「ラルフさん、おはようございます!」
 

 なんとなく声をかけそびれていたので、挨拶をする良い機会になった。

 話も変わったし、少しだけひりついていた雰囲気もガラッと変わって、いつもの後輩キャラのラルフさんに戻った。

 ラルフさん、切り替えが上手そうだから、大丈夫かな?
 レンさんは、相変わらず、いつも通りの無表情。

 ラルフさんは、こちらまで走ってくるようだ。
 レンさんも、なんとなく歩いてついてきている。


「ローズマリーさん、おはようございます!早いですね‼︎ 見学ですか⁈」

「長いので、ローズでいいですよ?朝の散歩に出て、帰って来たので、見学させて頂いてました」

「そうでしたか~。早起きですね。って、え?ホントに?愛称で呼んでいいんですか?まじか~!」

「どうぞどうぞ」


 嬉しそうに言ってくれると、なんだかこそばゆい。 
 でも、こっちも嬉しいので、笑いながら答える。

 丁度レンさんが追いついて来たので、お花畑を教えてくれたお礼を言おうと、口を開きかけたけど、ラルフさんが話す方が、秒で早かった。


「レン先輩!ローズさんって呼んで良いらしいですよ!」

「……いや、私は」


 一瞬、言葉に詰まるレンさん。
 そう言えば、名前を呼ばれた記憶がない。

 出来たら、そう呼んでくれれば嬉しいけど。


「是非。そう呼んでいただけたら、嬉しいです」


 表情は変わらないけど、少しだけ、たじろいだ雰囲気が伝わって来た。迷惑だったかな。

 レンさんは暫く沈黙した後、


「……はい」


 やや俯き加減で目を伏せながら、いつもより気持ち小さな声で返事をくれた。

 ラルフさんは、満足そうにレンさんを横目にみて、一度顔をこちらに戻した後、驚いたように再度レンさんを見た。


「……え?」


 その後、じわじわと頬を緩め、レンさんの顔を覗き込む。


「先輩……もしかして、ちょっと照れてます?」


 レンさんは、ラルフさんの顔を、手の甲で退けている。
 じゃれあっているみたいで、ちょっとかわいいな。


「からかうな」


 体の大きいラルフさんを、最後には両手で押しのけて、顔を背けると、レンさんは踵を返した。

 一歩進み、俯きながらその場に一時停止。
 一瞬考えるような間があり、


「戻ります」


 顔だけ僅か振りむきながら、言うレンさん。


「あ、はい」


 何だろう。
 余計なことで悩ませてしまったかな?
 ちょっと申し訳無かったな。

 あ。
 お礼言いそびれた!


「じゃ、ローズさん。また後で!っちょ。先輩まって!」

 軽く頭を下げながら、ラルフさんは、足早に歩いて行くレンさんの後を、小走りで追った。

 レンさんは、練習用の木剣をとりに行ったみたい。


 さて。

 そろそろ他の聖騎士さんたちも集まって来そうだし、わたしも聖堂の掃除に行かなくちゃ。

 立ち上がって、お尻についた埃を払う。

 明日も見にきてもいいかな?
 お礼はその時にでも。
 ハンカチも、洗って返さなきゃだし。

 レンさんに目線を移すと、視線に気づいたのか、こちらを向いてくれた。
 笑顔で頭を下げると、同じように挨拶を返してくれた。
 表情はいつも通りだ。

 ラルフさんが、ニコニコしながら手を振っているので、彼にも笑顔で頭を下げる。


 それでは、少し早いけど聖堂に行こう。
 明日は、剣をふっているところを見れるといいな。

 そんなことを考えながら、わたしはその場を後にした。
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